2021 ファイナンス研究会 |
第1回 コーポレートファイナンス-序- |
Q&Aセッション A01:日本の国債は、目的別に見ると①普通国債(歳入債)、②財政投融資特別会計国債(財投債)、③繰延債、④融通債に分類されますが、通常国債と言っているのは普通国債です。普通国債の主たるものは建設国債と赤字国債です。質問の趣旨に応じてこの二つについて私の理解を述べます。 わが国では、財政の安定を図るために国家財政は収支均衡主義がとられています(が、以下に述べるように形骸化しています)。収支均衡主義とは、財政支出を財政収入の範囲以内に抑える考え方です。主たる財政収入は税収ですから、国のさまざまな事業は税収の範囲で行うことになっています。したがって、税収で賄えない事業は民間に委ねることになります。国が国民のためにいろいろな政策を行おうとすると財政支出が増えますから、自ずと税金も高くなります。また、政策の実行のために政府で働く人も増え、大きな政府になります。逆に、なるべく国は経済に関与せず国の事業を抑制しようとすると、お役人の数も少なくなり、「小さな政府 small government」ということになります。道路の建設や空港・港湾設備などのインフラ関係の事業(国を建設する事業)は、数十年という長期にわたる事業で、採算が取れるには非常に長い期間を要します。またリスクもともないます。民間の経済計算に合わないので、国がそのような事業を行うことになります。インフラの整備が本当に経済活動に貢献するものであれば、その成果として経済が活性化し、企業は利益を上げることができるので、将来的には税収が増えます。また企業や国民は、インフラの利用料金や利用税など払ってくれます。その結果、インフラ投資のために要した資金を回収できます。また、したがって、このような事業のためであるならば、その直接・間接の効果で発行された国債の償還が自ずと可能です。このような事業のためであるならば国債を発行しても、収支均衡の原則に反することがありません。このような見通しの下で発行される国債を建設国債と呼びます。 それに対して、石油危機や金融危機が生じた場合には、経済全体が落ち込み税収が激減し、収支均衡を貫くことができません。税収の減少に合わせて事業を縮小すれば、国民は大きな不便を負わなければ成りません。一旦、収支均衡から離れ、国債の発行により税収の不足を補い、国の事業を維持したり、あるいは不況から脱出するための積極的な財政支出を行ったりすれば、むしろ、経済が再び活性化し危機を乗り越えることができます。その結果、税収が増えることになり、国債の償還が可能になります。このような状況において発行される国債は、国の事業を維持するためにあえて財政赤字の時に特例で発行されるものであるから特例国債として制度化されており、赤字国債とも呼ばれています。しかし、建設国債にして赤字国債にしても、その償還が可能であるか否かを慎重に検討しなければなりませんから、発行に際しては国会での議決が必要です。特に赤字国債は、国債発行の採算計算が難しく、また国会議員が人気とり票獲得のために安易に賛成しがちで、借金地獄に陥るリスクが大きいことから、慎重に発行することが求められます。 日本では、第二次大戦後、経済の復興が比較的順調で収支均衡、国債の国会議決の原則で財政運営がなされてきました。しかし、1965年佐藤栄作首相の下で初めて赤字国債が発行されましたが(証券恐慌による昭和40年不況)福田赳夫蔵相が抵抗したことや、オイルショック後の1975年三木武夫内閣が赤字国債を発行する際大平正芳蔵相が「万死に値する」と述べ「一生かかって償う」と語ったことは有名です。今思えば、現在の政治家には見られない矜持をもった政治家でした。しかし、そのような政治家は現れず、ばらまき政治を続けるために赤字国債の発行が恒例化、常態化しています。ひとたび赤字国債の味をしめると、政治家は安易に赤字国債の垂れ流しに陥ることは各国で経験されていることです。赤字国債が発行され続けると、国民の貯蓄は新しい投資には向けられず、赤字国債の借り換えと膨らむ金利支払いに向けられ、現状維持で経済は停滞して行きます。そうではないという理論もありますが、日本の現状は借金地獄に落ちたサラリーマンと同じで、ただ借金の返済と毎日を生きていくだけの経済と同じだではないでしょうか。 国民が政治の重要性を認識し選挙に積極的に参加し、日本の将来を考えてくれる人を自分たちの政治家として選ばないと、政治に利用して自分の利益を追求しようとする一部の選挙民と、それに応えようとする政治家の国になってしまいます。政治のお粗末は、残念ながら国民のお粗末の反映です。(若杉敬明) Q02:コーポレートファイナンスにおいて税制の動向の影響は大きいと思われますので、以下の質問をさせていただきます。最近の英国・米国の税制に対する新しい動きとして世界的な「最低税制制度」の導入と、英国の「法人税の引き上げ」、米国では「法人税の引き上げとインフラ投資(景気刺激策)」と「富裕層に対する増税と格差社会の是正の施策(中間層の復活)」の動きが見られます。日本は、財政状態は先進国の中でも際立って悪く、物価上昇率2%の達成による成長戦略の実現(財政再建)の見通しは暗く、コロナの影響により財政状態は悪化の一途ですが、英米に追随した増税政策の導入が視野に入って来たと考えて良いのでしょうか。それとも「ジャパン・プレミアム」や「国債の大幅な格下げ」等の圧力(黒船)が到来するまでは増税の決定は出来ないと考えるべきでしょうか。 A02:マクロ経済においては、経済主体を、個人、企業、政府(そして外国)に分類するので、ファイナンスでは、personal finance(家計), corporate finance(企業財務)そしてpublic finance(財政) と分かれて研究や分析が行われます。税制は財政を賄うための主たる財源です。国はさまざまな政策から成る経済政策を定め、①それを実行するための税源を確保する目的と②個人および企業に財政の目的に沿った行動をとってもらう目的とで税制を決めます。この研究会の目的である(コーポレート)ファイナンスはその限りにおいて税制と深い関係を持っています。しかし、ファイナンスが税制を決めるわけではありません。ファイナンスは、株主価値最大化を通して企業価値を最大化することですから、そのためにむしろ税制を利用します。その意味では税制と企業行動は相互に絡んでいるので、政府はそのことを読んで税制を定め施行しないととんでもない結果を招くことがあります。 ところで質問はこれからの税制のあり方に関する趣旨ですから、この研究会の範囲を超えていますが、若干説明をしておきます。「税制とは税金の体系ですが、税金とは、年金・医療などの社会保障・福祉や、水道、道路などの社会資本整備、教育、警察、防衛といった公的サービスを運営するための費用を賄うものです。みんなが互いに支え合い、共によりよい社会を作っていくため、この費用を広く公平に分かち合うことが必要です。」(財務省税制のホームページ)。国がどのような公的サービスをどの程度提供するかは国民が何を求めているかによります。しかし、国民のニーズは多様であり利害も異なります。それをくみ取り党の公約として掲げて選挙を戦い国政に反映させようとするのが政党です。政党の間の切磋琢磨がまさに政治です。これから他国の状況も見ながら、日本がどの方向に向かうかは国民自身が決める問題です。 1980年以降、先進国は、高利益企業を呼び込むため、あるいは引き留めるために法人税率引き下げ競争をしてきました法人税率12.5%のアイルランドはフェイスブックの拠点になっています。しかし、法人税率引き下げ競争が国家財政を歪め負担になっていることは間違いありません。。国民のニーズとは関係なく国際間の競争だけで法人税率が決まってしまうことは本来望ましいことではありません。OECDも加盟国の最低税率を設けようと議論を進めて来ました。イエレン米財務長官は4月5日、法人税率を競って引き下げる多年の「競走」を終わらせるため、G20で協力して国際的に共通の法人最低税率を導入することを提案しました。いまや分断国家となり共和党の主張を無視できないアメリカの政治情勢を考えると見通しが暗いと言わざるを得ません。しかし、コロナ禍で各国の財政負担が急増している世界情勢において法人税率引き下げによる高収益企業獲得競争は不健全であることは間違いありません。日本もOECDの一員としてこの議論に乗らざるを得ないと思いますが、もともと法人税率は高い方の国であるので影響は小さいと思います。 税金を徴収し豊かな国家財政の下で公的サービスを経済先進国の夢です。税金は労働の賃金そして資本の利益に課税されます。労働の賃金と資本の利益の合計が付加価値です。付加価値生産性が高い国であってはじめて国政の財源が確保でき、豊かな公的サービスの提供が可能になります。資本主義国では、民間企業が中心になって付加価値の生産を担います。株主価値の最大化を目指して企業価値の最大化、長期的付加価値の最大化の実現を担うのがコーポレートファイナンスです。
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