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研究会ブログ
2021 ファイナンス研究会
第1回 コーポレートファイナンス-序-

Q&Aセッション

Q01:「P18  家計が黒字主体で赤字主体の政府に資金を供給・・・・」とありますが、国債発行残高が1,000兆円を超えておりますが、よく日本国内で保有されているからとか、将来の子孫に負担を押し付けるものでないとか言われております。家計に置きなおすと、600万円の年間所得者が1億円の借金を抱えているようなもので、プライマリーバランスも中々実現できず、消費税30%が必要になるかも知れません。この問題に我々の世代としてはどのように対応していけば宜しいのでしょうか?

A01:日本の国債は、目的別に見ると①普通国債(歳入債)、②財政投融資特別会計国債(財投債)、③繰延債、④融通債に分類されますが、通常国債と言っているのは普通国債です。普通国債の主たるものは建設国債と赤字国債です。質問の趣旨に応じてこの二つについて私の理解を述べます。

 わが国では、財政の安定を図るために国家財政は収支均衡主義がとられています(が、以下に述べるように形骸化しています)。収支均衡主義とは、財政支出を財政収入の範囲以内に抑える考え方です。主たる財政収入は税収ですから、国のさまざまな事業は税収の範囲で行うことになっています。したがって、税収で賄えない事業は民間に委ねることになります。国が国民のためにいろいろな政策を行おうとすると財政支出が増えますから、自ずと税金も高くなります。また、政策の実行のために政府で働く人も増え、大きな政府になります。逆に、なるべく国は経済に関与せず国の事業を抑制しようとすると、お役人の数も少なくなり、「小さな政府 small government」ということになります。道路の建設や空港・港湾設備などのインフラ関係の事業(国を建設する事業)は、数十年という長期にわたる事業で、採算が取れるには非常に長い期間を要します。またリスクもともないます。民間の経済計算に合わないので、国がそのような事業を行うことになります。インフラの整備が本当に経済活動に貢献するものであれば、その成果として経済が活性化し、企業は利益を上げることができるので、将来的には税収が増えます。また企業や国民は、インフラの利用料金や利用税など払ってくれます。その結果、インフラ投資のために要した資金を回収できます。また、したがって、このような事業のためであるならば、その直接・間接の効果で発行された国債の償還が自ずと可能です。このような事業のためであるならば国債を発行しても、収支均衡の原則に反することがありません。このような見通しの下で発行される国債を建設国債と呼びます。

 それに対して、石油危機や金融危機が生じた場合には、経済全体が落ち込み税収が激減し、収支均衡を貫くことができません。税収の減少に合わせて事業を縮小すれば、国民は大きな不便を負わなければ成りません。一旦、収支均衡から離れ、国債の発行により税収の不足を補い、国の事業を維持したり、あるいは不況から脱出するための積極的な財政支出を行ったりすれば、むしろ、経済が再び活性化し危機を乗り越えることができます。その結果、税収が増えることになり、国債の償還が可能になります。このような状況において発行される国債は、国の事業を維持するためにあえて財政赤字の時に特例で発行されるものであるから特例国債として制度化されており、赤字国債とも呼ばれています。しかし、建設国債にして赤字国債にしても、その償還が可能であるか否かを慎重に検討しなければなりませんから、発行に際しては国会での議決が必要です。特に赤字国債は、国債発行の採算計算が難しく、また国会議員が人気とり票獲得のために安易に賛成しがちで、借金地獄に陥るリスクが大きいことから、慎重に発行することが求められます。

 日本では、第二次大戦後、経済の復興が比較的順調で収支均衡、国債の国会議決の原則で財政運営がなされてきました。しかし、1965年佐藤栄作首相の下で初めて赤字国債が発行されましたが(証券恐慌による昭和40年不況)福田赳夫蔵相が抵抗したことや、オイルショック後の1975年三木武夫内閣が赤字国債を発行する際大平正芳蔵相が「万死に値する」と述べ「一生かかって償う」と語ったことは有名です。今思えば、現在の政治家には見られない矜持をもった政治家でした。しかし、そのような政治家は現れず、ばらまき政治を続けるために赤字国債の発行が恒例化、常態化しています。ひとたび赤字国債の味をしめると、政治家は安易に赤字国債の垂れ流しに陥ることは各国で経験されていることです。赤字国債が発行され続けると、国民の貯蓄は新しい投資には向けられず、赤字国債の借り換えと膨らむ金利支払いに向けられ、現状維持で経済は停滞して行きます。そうではないという理論もありますが、日本の現状は借金地獄に落ちたサラリーマンと同じで、ただ借金の返済と毎日を生きていくだけの経済と同じだではないでしょうか。

 国民が政治の重要性を認識し選挙に積極的に参加し、日本の将来を考えてくれる人を自分たちの政治家として選ばないと、政治に利用して自分の利益を追求しようとする一部の選挙民と、それに応えようとする政治家の国になってしまいます。政治のお粗末は、残念ながら国民のお粗末の反映です。(若杉敬明)

Q02:コーポレートファイナンスにおいて税制の動向の影響は大きいと思われますので、以下の質問をさせていただきます。最近の英国・米国の税制に対する新しい動きとして世界的な「最低税制制度」の導入と、英国の「法人税の引き上げ」、米国では「法人税の引き上げとインフラ投資(景気刺激策)」と「富裕層に対する増税と格差社会の是正の施策(中間層の復活)」の動きが見られます。日本は、財政状態は先進国の中でも際立って悪く、物価上昇率2%の達成による成長戦略の実現(財政再建)の見通しは暗く、コロナの影響により財政状態は悪化の一途ですが、英米に追随した増税政策の導入が視野に入って来たと考えて良いのでしょうか。それとも「ジャパン・プレミアム」や「国債の大幅な格下げ」等の圧力(黒船)が到来するまでは増税の決定は出来ないと考えるべきでしょうか。

A02:マクロ経済においては、経済主体を、個人、企業、政府(そして外国)に分類するので、ファイナンスでは、personal finance(家計), corporate finance(企業財務)そしてpublic finance(財政) と分かれて研究や分析が行われます。税制は財政を賄うための主たる財源です。国はさまざまな政策から成る経済政策を定め、①それを実行するための税源を確保する目的と②個人および企業に財政の目的に沿った行動をとってもらう目的とで税制を決めます。この研究会の目的である(コーポレート)ファイナンスはその限りにおいて税制と深い関係を持っています。しかし、ファイナンスが税制を決めるわけではありません。ファイナンスは、株主価値最大化を通して企業価値を最大化することですから、そのためにむしろ税制を利用します。その意味では税制と企業行動は相互に絡んでいるので、政府はそのことを読んで税制を定め施行しないととんでもない結果を招くことがあります。

ところで質問はこれからの税制のあり方に関する趣旨ですから、この研究会の範囲を超えていますが、若干説明をしておきます。「税制とは税金の体系ですが、税金とは、年金・医療などの社会保障・福祉や、水道、道路などの社会資本整備、教育、警察、防衛といった公的サービスを運営するための費用を賄うものです。みんなが互いに支え合い、共によりよい社会を作っていくため、この費用を広く公平に分かち合うことが必要です。」(財務省税制のホームページ)。国がどのような公的サービスをどの程度提供するかは国民が何を求めているかによります。しかし、国民のニーズは多様であり利害も異なります。それをくみ取り党の公約として掲げて選挙を戦い国政に反映させようとするのが政党です。政党の間の切磋琢磨がまさに政治です。これから他国の状況も見ながら、日本がどの方向に向かうかは国民自身が決める問題です。

 1980年以降、先進国は、高利益企業を呼び込むため、あるいは引き留めるために法人税率引き下げ競争をしてきました法人税率12.5%のアイルランドはフェイスブックの拠点になっています。しかし、法人税率引き下げ競争が国家財政を歪め負担になっていることは間違いありません。。国民のニーズとは関係なく国際間の競争だけで法人税率が決まってしまうことは本来望ましいことではありません。OECDも加盟国の最低税率を設けようと議論を進めて来ました。イエレン米財務長官は4月5日、法人税率を競って引き下げる多年の「競走」を終わらせるため、G20で協力して国際的に共通の法人最低税率を導入することを提案しました。いまや分断国家となり共和党の主張を無視できないアメリカの政治情勢を考えると見通しが暗いと言わざるを得ません。しかし、コロナ禍で各国の財政負担が急増している世界情勢において法人税率引き下げによる高収益企業獲得競争は不健全であることは間違いありません。日本もOECDの一員としてこの議論に乗らざるを得ないと思いますが、もともと法人税率は高い方の国であるので影響は小さいと思います。

 税金を徴収し豊かな国家財政の下で公的サービスを経済先進国の夢です。税金は労働の賃金そして資本の利益に課税されます。労働の賃金と資本の利益の合計が付加価値です。付加価値生産性が高い国であってはじめて国政の財源が確保でき、豊かな公的サービスの提供が可能になります。資本主義国では、民間企業が中心になって付加価値の生産を担います。株主価値の最大化を目指して企業価値の最大化、長期的付加価値の最大化の実現を担うのがコーポレートファイナンスです。


講義の補足説明

 現代の人類「ホモサピエンス」は、数十万年前に地球に誕生して以来、人々が集まり社会生活を行うことにより種族として発展してきた。現代においては、地球上の各地に散らばった人類は、それぞれ国を形成し経済や政治のシステムを作り生活している。わが国はじめ民主主義を基本とする資本主義国では企業形態の中心は株式会社であり、株式会社が経済を支えていると言っても過言ではない。400年の歴史を有する株式会社は資本主義に適合した優れた仕組みであるが、現在のように複雑な環境においては株式会社制度の運営は決して容易ではない。株式会社が人々の生活に貢献するためには、時代によって変質する資本主義の現状にあった株式会社制度のあり方を工夫していくことが不可欠である。その根本問題がコーポレートガバナンスである。株式会社を経営するのは経営者であるので、経営者の経営を社会が必要とする経営に誘導する仕組みが必要である。それが取締役会のガバナンスである。株式会社制度にはそれが内包されているが時間の経過とともに形骸化してしまった。20世紀から21世紀にかけて世界経済が大きく変容する中で、株式会社は業績低迷や経営者の不祥事などの問題を頻発させてきた。各国はコーポレートガバナンスのあり方に根本問題があると認識しコーポレートガバナンス改革を進めている。このような認識の下、第1回のコーポレートガバナンス研究会においては、コーポレートガバナンスをいろいろな角度からみてみる。

1.ファイナンスとは
 人々は働いて収入を得ると,大半を日々の生活費に充てるが残りを将来の大きな支出や不時の場合に備えて貯蓄する。それらは株式や債券の購入に充てられたり,金融機関に預けられたりして,金融資産の形をとる。あるいは企業も一時的に余裕のある資金を金融資産などで運用する。逆に,将来の収入をあてにしてお金を調達し現在消費する人もいる。また企業は製品からの将来の収入を見込んで資金を調達して投資しようとする。金融機関といってもさまざまあるが、これらは余裕資金を持つ個人や企業から集めた資金で,株式や債券の購入,あるいは企業や個人への貸し付けを行う。
 貸し付けを受けた個人はその資金で、たとえばマンションやマイカーの購入に充てる。企業は,株式や社債の発行や金融機関からの借り入れにより資金を調達し,事業を拡大するために,工場を建設したり,内外の会社を買収したりする。そしてそれらの事業からの売り上げの中から調達資金を返済したり,金利や配当を払ったりする。このように個人や企業は資金を調達したり運用したりしている。このような資金活動は民間部門だけでなく、国や地方自治体も行っている。政府は,税金の徴収や国債の発行により資金を調達し,国民に生活基盤、教育・科学、衛生・保健等々に関する公共サービスを提供するほか,公共事業と称して民間ではできない事業を行う。そして,将来の税収や事業収入で国債の元利の支払いを行う。このようにさまざまな経済主体が資金を供給したり調達したりしている。これをお金の融通という意味で一般に金融といいます。個々の経済主体に関しては財務や財政など使い分けることもある。英語ではすべてファイナンス(finance)である。経済主体別には,個人金融(personal finance),企業金融・企業財務(corporate finance),国家財政(public finance)などと呼ばれる。

2.経済とファイナンス
 どのような職業であるかにかかわらず,人々は働いて収入を得て,それで生計を立てている。その収入を,毎月,衣食住や娯楽・交際等々のために支出して生活を楽しむ。しかし,ほとんどの人は,給料のすべてを使ってしまうのではなく,将来の大きな買い物,たとえばマイホームやマイカー,子供の教育資金,老後の生活費,あるいはいざというときの備え等々のために,収入の一部を貯蓄する。
 貯蓄を銀行に預けたとする。銀行は,多数の人から集めた預金を,事業の拡大などを目指す企業に貸し付ける。あるいは大きな買い物(たとえばマンションの購入)を使用としている個人に貸し付ける。もちろん,いずれの場合も,将来,きちんと返してもらえること、つまり回収できることが前提である。そのためには、個人であれば安定した所得が見込めなければならないし、企業であれば事業から十分な収入を上げられると期待できなければならない。
 事業を拡大した企業のばあい、事業の拡大で増加した売上高により利子を払い元本を返済していく。銀行の住宅ローンを利用した個人は将来の所得から元利を支払う。銀行は貸し付けからの元利収入で、預金をしてくれた人たちに利子を払ったり預金の引き出しに応じたりする。
 金融機関の役割は、個人から資金を集め企業に資金を供給し企業の活動を促進することである。銀行が貸し付けた資金を回収できなくなると、資金が思うように集められなくなり金融機能が麻痺してしまう。一昔前の話になるが、バブルの破裂後の1990年代半ばから世間を騒がせた銀行の不良債権問題は,銀行がきちんと返済してもらえると判断して貸し付けた資金が,景気低迷による業績悪化や倒産で回収できなくなったことが原因であった。もちろん、個人の中にもリストラなどで仕事を失い収入が絶え返済不能になった人も多数いた。いずれにせよ、銀行が貸付金を正常に回収できなくなり、預金の返済が危ぶまれるという状況になり、銀行が機能しなくなり、その結果、金融が正常に機能せず、日本の経済が停滞することになった。不良債権問題解決の目途が付くのに10年の歳月がかかた。
 また、2007年頃からアメリカのサブプライムローンの貸し倒れ急増に端を発した金融危機では、サブプライムローン関係の証券化商品に多額の投資をしたアメリカやヨーロッパの金融機関が大きな損失を出し、経営が脅かされることになった。その結果、一時的にではあるが、金融機関は資金を集めることができなくなり、企業に資金を供給することもできなくなった。金融危機により多くの人々が損失を被ったということもありますが、金融機能そのものに対する不安や不信が残り、金融が停滞したのである。その結果、とくに国民の貯蓄が大きい先進国の経済は数年が経過しても不振に喘いだ。
 金融において大事なことは、預けたお金が返ってくる、貸した資金は返してもらえるということである。逆に言えば、借りた人や企業はきちんと元利を返済しなければならないということである。それができれば、お金を預けた人は、最終的にそれを使って事業を行った企業からの利益や利子で元本を増やすことができ、将来、貯蓄した以上の金額を消費することができる。金融が順調に行われれば、お金が世の中を円滑に循環し、経済活動が活発になり、豊かで安全な社会が実現する。お金が円滑に循環するための原理を探るのがファイナンス論であり、本ファイナンス研究会の目的でもある。(若杉敬明)

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