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2021 ファイナンス研究会 |
第3回 資本市場におけるリスク評価の原理 |
第2回講義においては、資本市場の存在(金利)を前提に、確実なキャッシュフローの時間価値を考えてきた。今回の研究会においては、企業に資本を供給する側の観点に立ってリスクがある将来のキャッシュフローの現在価値についてどう考えるべきかを検討する。現実の世界では、確実なキャッシュフローは極めて少ない。銀行は、預金金利を払って預金を集め、企業や個人に貸付けを行い、元本を回収するとともに金利を受け取り、預金金利との利鞘を収益としてきた。貸付けにおいては、貸付先の都合で金利が払われなかったり、元本が返済されなかったりする。信用リスク、貸倒れリスクである。その損失を補償するために、貸付先全体にプラスアルファの金利を課して、貸倒れの損失を埋め合わせようとする。このプラスアルファを、(貸倒れ)リスク・プレミアムと呼ぶ。講義の前半では、貸倒れに対するリスク・プレミアムがどのような要因で決まるかを簡単なモデル(貸付期間1年)で解明する。この場合、銀行の貸付け事業の現在価値は、貸付額×元利の回収確率を乗じた「期待貸付け回収額」を、要求収益率である「金利+貸倒れリスク・プレミアム」で割り引いた割引現在価値である。 後半では、ビジネスリスクを負担する株主にとってのリスク・プレミアム決定理論を取り上げる。いわゆるCAPM(資本資産評価モデル)ある。株主にとって株式投資収益は配当と株価値上がり益(または値下がり損)であるが、いずれも金額が予め決められているわけではない。どのようにリスク・プレミアムが決まり、要求収益率が決まるのであろうか。現代のファイナンス理論は、株式市場における諸現象から、リスクに関する市場原理を解明したのである。 Ⅰ 金利について―短期金利と長期金利― 2.短期金利と長期金利 講義の前半では、信用リスクがどのように貸出金利に反映されるかを数値的に見ていく。 Ⅱ 資本資産評価モデルの考え方-株式市場におけるリスクの評価- 個別銘柄の投資収益率は、市場と連動して変動する部分(市場リスク、システマティック・リスク)と市場とは無関係に変動する部分(非市場リスク、アンシステマティック・リスク)とから構成されている。複数の銘柄を組み合わせると、非市場リスクが相殺され組み合わせた投資-ポートフォリオ-のリスクは減少する。ポートフォリオに多数の銘柄を組み入れれば入れるほど分散が深化し、個々の銘柄のアンシステマティック・リスクは相殺され消去されていく。そのようなポートフォリオを分散ポートフォリオ(Diversified portfolio)という。分散投資の効果を最大限に生かした究極の分散ポートフォリオは、株式市場で売買できる銘柄をすべて保有する市場ポートフォリオである。 分散投資において重要なことは、個別銘柄の投資収益率(TSR)の変動は銘柄の増加とともに減少するが、個別銘柄の投資収益率の平均(期待収益率)は銘柄の影響を受けず維持され、銘柄数の増加によって相殺されるというようなことは起こらないことである。したがって、分散投資によって組入銘柄の期待投資収益率が減少することはない。分散投資はリスクを減少させるというメリットだけがありマイナス面はないのである。 したがって、同じ平均であるならよりリスクが小さいことを望む危険回避投資家(Risk Averter)にとっては、可能な限り銘柄を多様化し分散ポートフォリオを保有することが合理的な行動である。究極の分散投資は市場ポートフォリオであるから、合理的な投資行動とは市場ポートフォリオを保有することである。アンシステマティック・リスクが消去された市場ポートフォリオは、すべての銘柄の、究極の分散投資でも消去できないアンシステマティック・リスクを総計したもので、システマティック・リスクそのものを表している。 分散投資理論に基盤を置く資産運用の世界では、市場ポートフォリオが基準になり、市場ポートフォリオの投資収益率つまり市場収益率の平均μMとリスクσM2が投資成果の基準となる。分散投資で消去されるアンシステマティック・リスクは、それがいかに大きくても無視され、リスク・プレミアムの対象にはならない。リスクとはシステマティック・リスクであり、システマティック・リスクがリスク・プレミアムの対象になる。 個々の銘柄のiのシステマティック・リスクは、システマティック・リスクそのものである市場収益率の変動との連動性を表す共分散σMiで測定される。ここで、共分散が、プラスであれば個別収益率と市場収益率の増減が同じ方向に同じ方向に動く傾向があり、マイナスであれば反対方向に動く傾向があると判断される。また共分散の絶対値が大きいほど、個別銘柄の変動が大きいと判断される。なお、市場収益率のリスクσM2は共分散の合計である。市場収益率のリスクσM2を1と基準化すると、個々の銘柄のiのシステマティック・リスクは、σMi/σM2と表される。これはベータ係数あるいは単にベータと呼ばれβiと表される。これは、個々の銘柄の投資収益率のシステマティック・リスクの大きさが、市場ポートフォリオの何倍であるかを表している。 ファイナンスの世界では、リスクに対してリスク・プレミアムが与えられる。金利をrFとするとき、市場ポートフォリオに対するリスク・プレミアムは(RM-rF)である。市場ポートフォリオのベータ係数はβM=σMM/σM2=1である(分散σM2とは自らの変数と自らの変数との共分散σMMである)。銘柄iの投資収益率の平均(=期待投資収益率)をμiとするとそのリスク・プレミアムは(μi-rF)である。この銘柄のベータ係数がβiであるということは、この銘柄は市場ポートフォリオのβi倍のシステマティック・リスクを有しているということである。したがって、市場ポートフォリオのリスク・プレミアムのβi倍のリスク・プレミアムが相当である。それゆえ、次の関係式が成立する。μi-rF=βi( μM-rF) μi=rF + βi( μM-rF) これが分散投資理論であるポートフォリオ理論における市場均衡のモデルで、Capital Asset Pricing Model(CAPM;資産評価モデル)と呼ばれる。 現代投資理論によれば、株式市場においては、個々の銘柄の期待収益率に関して上の式が成立するところで、株式市場に生まれる需給が均衡し株価が決まる。企業価値-株主価値-が決まるのである。 市場均衡においては、要求収益率は期待収益率に等しくなる。市場でこの期待収益率が成立しているならば、投資家はこれより低い期待収益率で我慢することができない代わりにこれより高い収益率を期待することはできない。上の式は、要求収益率がどのように決まるかをも表していると言える。 CAPMは株式市場を前提として導かれているが、リスクの分散ということは、ファイナンスを含めこの世の中で重要な原理の一つであるので、CAPMはリスク・プレミアム決定の普遍的な理論とされている。 (若杉 敬明)
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