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第8回ファイナンス勉強会「株主還元-配当と自社株買い-:Q&A」

株式会社の目的は事業を行って利益を上げそれを出資者である株主に分配することである。これを営利という。利益はすべてを配当として株主に還元することができるが、一部を配当しないで社内に留保し次の投資に向けることもできる。これを内部留保という。受け取るべき利益を受け取らないだけであるが、利益を受け取りそれを直ちに自己資本として企業に提供したと考えることができる。したがって、利益の内部留保は自己資本と性格付けらえる。

株主は、なぜ配当として受け取らずに内部留保することを選好するのであろうか。それは一定の条件を満たすとき、内部留保された利益が株価上昇-キャピタルゲイン-になって還元されるからである。そのメカニズムの解明が今回の勉強会の第一のテーマである。

ゴーイングコンサーンを前提とする株式会社においては、株主の出資である自己資本には満期がない。つまり、企業が返済することはないのである。その代わり、株主は自由に株式を売却し出資を回収することができる。これを譲渡可能性という。株式会社は自己資本が過剰であると判断したとき株主から株式の譲渡を受けることができる。これを自社株買いという。企業は投資機会に対して株式発行により資金を調達して投資を行うことがあるが、その逆が自社株買いである。内部留保が蓄積されているが投資機会がない場合などに自社株買いを行う。いわば自己資本の返済である。これも多くの場合、内部留保された利益が株主に分配されることを意味するので株主還元策の一つとされる。自社株買いがいかなるメカニズムで利益の株主還元に貢献するかを解明するのが、今回の勉強会の第二のテーマである。

なお自社株買いには、自己資本が資本構成を適正水準に戻すために、負債調達による資金で自社株買いを行うfinancial restructuringに属する財務政策を意味するものがある。このような理論的な問題と並んで、配当政策および自社株買いの実際をデータで見るのが第三のテーマである。

Q&Aおよびディスカッション(田中さん、松浦さん、議論の記録ありがとうございました)

はじめに

シグナリング効果 米国では、株価が割安であると経営者は自社株買いを行い、割高であると株式発行を行う。株式市場はそのことを知っているので、経営者が自社株買いの決定を発表すると株価は上昇する。逆に株式発行を決定すると株価は低下する。つまり、株式の発行、自社株買いは株価を適正水準に戻す機能を持っている。経営者は株価が割安であるか割高であるかなどということはできない。なぜなら、経営者が株価に直接言及すると、株価が経営者のいうとおりでならなかったとき場合、訴訟される恐れがあるからである。そこで、経営者は株価について言及する代わりに、自社株買いや株式発行を決定するのである。つまり、株式発行・自社株買いは情報伝達手段として利用される。これを自社株買い、株式発行のシグナリング効果という。同様に配当政策にもシグナリング効果がある。経営者は安定配当政策を選好する傾向があることを投資家は知っている。したがって、内部留保を減ずる配当性向の引き上げを発表するということは企業に投資機会が減少したことを意味することになる。投資が減少すれば企業の成長率は低下する。株式市場では株価が下がる。逆に、配当性向を引き下げれば株価は上昇する。経営者が投資機会は減少していると認識しているのに株価が高いということは株価が割高ということである。逆に、投資機会が豊富であるのに株価が低ければ割安ということである。そこで、株主は配当性向の変更は、株価が割安か、割高かを教える経営者からの合図になる。これが配当政策(変更)のシグナリング効果である。オプションを経営者報酬として受け取る経営者にとっては、株価は適正でないと困る。つまり、株高の時にオプションを付与されると権利行使価格が高く設定され、権利行使の機会を減ずることになる。逆に株価が割安であれば、現在保有しているオプションの価値を減ずることになる。株主はもちろん、経営者にとっても適正な価格形成は不可欠なのである。

米国企業の増資 シグナリングとは別に米国企業においては、投資需要がなく資金が余剰になると自社株買いを行い金庫株として収納し、投資機会が生じて内部留保では足りなくなると金庫株を利用して株式発行を行う。米国企業全体の増資の統計を見ると、景気循環に応じて増資がプラスになったりマイナスになったりしている。長期的平均はわずかにプラス程度でほぼゼロに近い。

 

Q01:会社が自社株買いを発表した後、市場で株式を売却した場合、株主は自社株買いに応じたことになるのか。(山口隆太)

A01自社株買いは信託銀行等を通じて行われるので、その間株式を売却した株主には、自社株に応じたのかそうでないのかは分からない。しかし同じ価格で買われるのでどちらでも同じことである。(若杉)

コメント01自社株買いは一時的に株価を上げても一時的効果と考えている経営者が多く、多額の金庫株に対しアナリスト等から金庫株の使途の質問が多く、また日本では金庫株は発行済み株式数から差し引かれず、EPSとの計算に良い影響を与えていない。日本のアナリストは5年程度の短中期の業績に関心が強く、長期的視点が欠けているように見える。(栗田)

コメント02今までの経験から、自社株買いを実施しても精々5%程度しか株価が上昇しておらず、自社株買いの効果は限定的である。とくに2019年以降はToSTNeTで発表し翌日に買って終わるので、短期的な効果しかでないのでは。新株発行には法手続きが複雑で金庫株保有の意義は有るように見える。(山崎)

コメント03金庫株はストックオプションの行使への対応やM&Aの株式払いの利用等、用途が多く保有する意義が有ると思う。(武)

コメント04経営者が自社株買いを行う動機は、発行済み株数の減少による配当負担の軽減・株主総会運営費の軽減・株価対策等があるが、配当政策が株式に対する配当額から配当性向に移ってきており、配当負担の軽減という動機(インセンティブ)が失われつつある。(松浦)

Q02:純利益の使い方について、日米で大きな差は見られるか。(山口隆太)

A02米国企業は余分な流動性を持たない。たとえば企業買収を考えているときには余分な流動性を持つと言われる。そのような場合には自ずと配当は低水準になる。逆に、投資機会が低水準であれば、内部留保を抑え配当性向を高くする傾向がある。このように、資金需要の状況によって、配当性向が変わる。それに対して、日本企業は、安定配当政策に拘泥し安定配当性向を維持する傾向があるようである。(若杉)

Q03:欧米の経営者は地位保全のため、株価の上昇を維持するための自社株買いを恣意的に利用していることがないですか。(山口公明)

A03長期的には、経営者がストックオプションを持っていることは、むしろ適正価格を実現させるインセンティブとして働く。しかし、近々権利行使をしたいと考えている巨額のオプションを持っているような場合、株価を上昇させたいというインセンティブが働くかも知れない。もちろん、このようなことは本来許されることではない(若杉)

Q04:米国の大企業は資金の需要は内部留保で満たされ、新株発行を必要とするのはM&Aを実行する場合等に限定されており、株式市場の役割が変質しているのではないか。(山口公明)

04そういう傾向はあるかも知れない。もともと米国企業には、企業の成長は利益の再投資で実現するという哲学があると思う。しかし、高度成長の社会では内部留保だけでは足りない。そこで新株発行を行う。しかし、先進国は低成長経済に移行しており、資金需要は低水準になっている。したがって、成熟した大企業が多い伝統的な株式市場の役割は縮小していると言えるであろう。その意味では変質している。他方、情報化や素材開発や生命科学の発展で、新規企業に成長機会が生まれている。そういう企業に資金を供給する金融に対する需要は急激に増大している。つまり、伝統的な株式市場の役割は低下し、Private Equity等の役割が増大しており、企業金融の世界は大きく変化している。(若杉)

コメント05:資本コストは低ければ良いと言うものでは無いと思う。2015年に伊藤レポートが出ているのに、経営者の資本コストに対する関心が0.5%というのはいかにも低すぎる。(山口公明)

Q05:資本コストの概念が日本では未だ浸透していないが、資本コストを共有できるような施策が望まれると思うがいかがですか。(武)

A05難しい問題だ。理論的・合理的なファイナンス理論を勉強している人が沢山いるのに、日本の企業のファイナンスはなかなか近代化しない。依然としてファイナンスに関するリテラシーは低い。第二次大戦後の銀行中心の間接金融体制が、銀行から借り際すれば成長できるという理論不在の企業ファイナンスが行われてきたせいであろうか。ところで、資本コストは会計上の概念ではなくファイナンス理論に基づいている。理論的には明白だが、実際問題としては難しい。基本的には株式市場のデータから算出するので不安定な面があるので、アメリカでも会計上のROEを使ったりする。利用はそう簡単なことではない。(若杉)

Q06:日本企業はGoing concernとして、従業員の終身雇用・配当性向35%の維持等が経営の義務と考えているが、株主価値増大等の考えが薄いのは何故か。(渡辺)

A06資本主義が生まれたプロテスタント文化の欧米では利益の最大化を経営者の義務との考えが強いが、日本ではこの様な考えは無いのではないか。(武)

A06-1前問と同じ根から出ている現象ではないか。(若杉)

コメント06:日本でコーポレートガバナンスや株主価値増大等の概念の徹底が図られていない原因とし、株主の存在が薄く必要性も少ないことが挙げられる。すなわち、1992年のバブル崩壊以降、新株を発行して資金調達している企業は非常に少ないし、また、今後資金調達しようとしている企業も少ない。11月10日の日経によると、日本だけでなく欧米においても、企業の「カネ余り」、家計の「貯蓄増大」、政府の「資金不足」の現象が2000年以降顕著になっていると報道している。本日先生が言われた「知恵と勇気をもって」投資機会を発掘することが先決か。(松浦)

◆発展途上国にはニーズはある。プライベートエクイティ化するのがよいのかも知れない(大林)。

◆確かに先進国は、先進国の宿命で、成長率が低下し、資本の蓄積はあるのに投資機会がなく資金需要がないが、発展途上国では資金需要が旺盛であるのに「カントリーリスク」の問題等が原因で資金循環が上手く行っていない面がある。(若杉)

コメント07:米国でも企業は豊富な資金を持っているが、経営者が市場を向いているのは成長の機会があるからである。日本には先生が言われるように「知恵と勇気がない」のではないか。(渡辺)

コメント08:IT化が進み若い世代が力を付けて来ており、若い世代が活躍している会社は成長の機会を増やし資金のニーズがでていると思う。(山口公明)

コメント09退場すべき企業が退場しない。未公開の会社に金を入れるべきだ。資本市場は動いているが品質が悪い。株式市場の品質を上げ、小さい企業にも資金が流れるようにしないと良い企業が出てこない。(武)

コメント10機関投資家が問題ではないか。機関投資家は株式市場にばかり投資をして、オルタナティブ等に目が向いていない点が問題だと思う。(伊藤)

◆その通りだと思う。日本の年金とくに巨額資金を持つ公的年金は、相変わらず伝統的な株式市場中心の投資であり、代替的な投資つまりプライベートエクイティやインフラ投資あるいは不動産投資などのオルタナティブ投資はきわめてわずかである。リスクは大きいが、合理的に管理すれば発展途上国などへの投資は大きな利益をもたらすはずであるが、過度にリスクを恐れてそれらの機会を利用できないでいる(若杉)

◆ 後日、記録係の松浦さんから次のような質問がありましたのでお答えします。

Q:配当性向率と株価についての私の質問ですが、先生は配当性向率を上げることは、新たな投資機会の減少のシグナルとなり株価は下がると言われていますが、今の日本では配当性向率を上げ、配当額並びに配当利回りを高めることが株価上昇に繋がる傾向が見られます。

多分、この傾向は日本の配当政策が長い間、安定配当を謳い、低い配当を続けてきたが、最近のガバナンスの動きとマイナス金利の中、配当性向率を高め配当利回りを良くすることで株式に買いの圧力が高まり株価上昇に繋がっている面が有ると思います。
ただ、配当性向率と株価にトレードオフの関係は無いのかなと思いますが、そのような研究成果は無いのでしょうか。例えば、

   配当性向率が 50 %に達成するまでは、株価と正の相関
   配当性向率が 50 %~75 %までは、   株価とはニュートラルの相関
   配当性向率が 75 %以上の場合は、  株価と負の相関

本件についてアドバイスお願いします。(松浦)

A:資料「株主還元」P.39【補論】にあるように、企業は不採算事業をストップし、事業資産を現金化して株主還元(配当あるいは自社株買い)を行うと株価が上昇します。日本企業のように内部留保をため込み流動性資産を保有しているということは、「流動性資産を保有するという事業」に投資しているのと同じことです。いうまでもなく現在のわが国では流動性資産(金融資産)の利回りは極端に低いのでそれはまさに不採算事業です。その流動性を配当に回すということは、不採算事業を中止しその資金を株主還元に回すということですから、理論通り株価は上昇します。

配当ではなく自社株買いを行っても同じです。ただし、自社株買いの場合は株式市場が自社株買いの効果を正しく株価に反映しているということが前提です。そうでないと、自社株買いに応じた株主と応じなかった株主の間で不公平が生じます。その意味では、すべての株主に利益を分配する配当の方が望ましいと言えます。日本の場合は後者の状況の可能性が大だと思います。

増配と株価の関係についてはウエブサイトにこのような記事があります。できたら、併せて資料の最後の補論を丁寧に読んでもらえると上のロジックが分かっていただけると思います。(若杉)

以上

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