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第10回 2019 ファイナンス勉強会「行動ファイナンス:期待効用最大化理論対プロスペクト理論 : Q&A」

現在、地球上の唯一の人類であるホモサピエンスが地球上に現れたのは20万年前と言われる。一説によればアフリカにいた一家族の子孫が20万年かけて世界中に広まり、今日、地球を支配しているとのことである。75億人と言われる地球人口の祖先はたった一人の女性だというのである。それはともかく賭して、この間、われわれの祖先はさまざまなリスクと機会に遭遇したがそれらを乗り越え現在に至ってる。その過程で大脳を発達させ心と頭を持った人類に進化した。そして、多種多様な経験を脳と身体に蓄積し種(speceis)として繁栄を謳歌している。ホモサピエンス成功の秘訣は、さまざまな経験から得た知恵をヒューリスティクス(heuristics)として脳内に蓄積してきたことである。脳を使うことは時間もエネルギーも消費するので、分かりきったことはヒューリスティクスにゆだね、新しい問題や重要な問題を解決するときにのみ脳を使うようにして、脳の負担を軽減してきたのである。人類20万年の歴史を経て積み上げたノウハウは膨大なものであり、それらが最終的に一人ひとりの幸せに貢献してきた。しかし、直近の過去数千年、あるいは数百年の間に人類は新しい文明を発達させた。ホモサピエンスは新しい環境に生きなければならなくなっている。資本主義経済やそこでのファイナンスは人類にとって全く新しい事態を生み出している。ホモサピエンスの性として、そのような場面でも、祖先が何万年もかけてDNAに蓄積してきたノウハウが自動的に飛び出してくる。現代の科学から見ると、あるいは現代の状況で考えると適切でないわれわれの反応行動のことを、心理バイアスあるいは認知バイアスという。人類が蓄えてきたノウハウを大事にすると同時に、それらが相応しくない場面で出現しないようコントロールするために、それらのバイアスの性格を解明するのが現代の行動心理学であり、経済の分野では行動経済学であり行動ファイナンスである。

われわれは何か目的があって行動を起こす。しかし、われわれが生きている社会にはさまざまなファクターが作用しているので、想定したとおりの結果が得られるとは限らない。そのような状態をリスクという。経済活動はその典型である。企業は売上を伸ばそうと大金を掛けて大がかりなキャンペーンを行っても、結果にはリスクが伴う。個人が資産を殖やそうと株式投資をしてもうまく行くこともあれば失敗することもある。これらがリスクである。

何らかの目的を持ってある行動を取ったときさまざまな結果が予想されるが、結果が金額あるいは数量で現れ、それぞれの結果の起こりやすさ-確率-を想定できるとき、金額と確率を乗じて得られる合計値を期待値という。統計学の発達とともに、このような状況での合理的な行動は期待値を最大化することであるとする期待値最大化理論が唱えられた。しかし、研究が進むうちに、この理論では人間の行動を説明できないことが明らかになってきた。そのことから、われわれにとって意味があるのは金額そのものではなく、金額から得られる効用-主観的な満足-が問題であるという考え方が受け容れられ、期待効用最大化理論が提唱され、20世紀後半のファイナンス理論の基盤となった。しかし、この理論も現代人のファイナンス行動を説明できないということで出現したのが行動ファイナンスである。その理論的中核がプロスペクト理論である。

第10回ファイナンス勉強会では、期待効用最大化理論とプロスペクト理論を対比させて勉強する。

Q&Aおよびディスカッション
(田中さん、松浦さん、毎回ありがとうございます)
行動ファイナンスにおいては、教室での実験や(例えば街頭での)聞き取り調査などに基づいて得られた結果に基づいて、人の判断の偏りなどを認知バイアスとして一般化している。つまり、ごく一部のサンプルによって得た結果を一般化している。行動ファイナンスに入る前に統計的推論の考え方を説明することにより、一部のサンプルをとって理論を構築することにはリスクがともなう(間違える可能性がある)ことを説明しておく。 統計学においては、集団の数値、属性などの特性を対象とするが、対象の集団全体を母集団(population)という。現実には、集団を構成する個体すべての特性を得ることは現実的でない(コスト・時間が掛かる)ので、母集団から一部の個体を取り出し、その特性から母集団全体の特性を推定することが行われる。取り出された個体の集団を標本(sample)といい、個体数をサンプルサイズという。抽出されたサンプルは母集団の特性を有していることが期待されるが、抽出される個体によってはサンプルの特性が母集団の特性とかけ離れていることも起こりうる。そこで、事前の情報を用いて母集団の特性に付いて一定の仮説(帰無仮説と呼ばれる)を設定し、サンプルの特性がその仮説と整合的であるか否かによって仮説の適否を判定するという方法がとられる。これを仮説検定という。一般にサンプルサイズが小さいほど、仮説から離れた特性が出現するので、サンプルによる判断には注意が必要である。

Q01:期待値最大化原理が期待効用最大化原理にとって代わられたというが、期待最大化原理は自体は極めて当たり前のことではないか。

A01:比較的限られた条件の下では当たり前である。ある企業が2つの製品の開発に成功した。いずれも日々多数の製品が売れる安価な日常品である。いずれも製品1個あたりの利益は同じであるが、製品Aは日々の売上個数は平均こそ大きいが日々ランダムに変動する。他方、一方は、売上個数の一日辺り平均は小さいが毎日の売上個数の変動は小さく見るからに安定した商品である。このような製品の場合、日々の変動は大きくても、1年365日の売上高は大数の法則により平均値に収束する。したがって、日々の変動リスクにとらわれず期待値最大化原理によりA,Bいずれかを決定するのが望ましい。このように大数の法則が働く分野では期待値最大化原理が有効である。生命保険なども同様である。(若杉)

Q02:サンクトペテルブルクのパラドックスとは、1回目のトスの期待値は、表に出る期待値1ルーブル×1/2=0.5ルーブル(益)と裏が出る期待値10ルーブル×1/2=5ルーブル(損)の合計期待値4.5ルーブル(損)、同様に2回目の合計期待値2ルーブル(損)、3回目の合計期待値0.755ルーブル(損)4回目の合計期待値0.125ルーブル(損)、4回目までの(損)の累積合計期待値7.375ルーブルとなる。5回目の合計期待値が0.1875(益)となり以降トスの度に合計期待値の益が増大し限りなく1回の合計期待値の益が0.5ルーブルに近づき、概ね22回目で(益)の累積合計期待値が(損)累積合計期待値7,375を上回り、それ以降は無限大に累積合計値の(益)が増大するが、遠い将来の無限大の益の期待値は正当に評価されない結果、誰も賭けに乗らないことを意味していると理解して良いですか。(松浦)

A02:勉強会の場では適切に答えられなかったので説明し直す。賭け金10ルーブルはいわば賞金を得るコストで確定しており、後述のように期待値は10ルーブルである。

      回数  賞金    コスト    確率

      1回目  1ルーブル -10ルーブル (1/2)

      2回目  2ルーブル -10ルーブル (1/2)✕(1/2)

      3回目  4ルーブル -10ルーブル (1/2)✕(1/2)✕(1/2)

      4回目  8ルーブル -10ルーブル (1/2)✕(1/2)✕(1/2)✕(1/2)

      5回目 16ルーブル -10ルーブル (1/2)✕(1/2)✕(1/2)✕(1/2)✕(1/2)

      6回目 32ルーブル -10ルーブル (1/2)✕(1/2)✕(1/2)✕(1/2)✕(1/2)✕(1/2)

                  ・・・・・・・・

コイン・トスで表が出たら1回の賭が終わる。理論的には無限回トスを続ける可能性があるので確率の合計は1である。1回の賭けで考えれば、賞金の期待値はあくまでも無限大であり、将来10ルーブルを失う期待値は10ルーブルである。どんなに賭け金が高くてもこの賭に乗れば期待値的には有利なはずである。無限回までやらなくても、数万ルーブル用意して繰り返し賭をやれば、かなり稼げる確率は高いと言える。それゆえ、賭けに乗る人がいないというのは逆説的あるというのがこの話のポイントである。(若杉)

Q03:アレのパラドックスの実験において、籤Aと籤Bでは圧倒的に籤Aが選好されたとあるも、当勉強会では籤Bの期待値54.5万円が籤Aの期待値50万円を上回ることから籤Bが選好されたが、この差は何に基づくのですか 。 

A03:行動ファイナンス的には、人は低い確率を過大評価し、高い確率を過小評価する傾向にある。この設例ではゼロ円になる確率1%をもっと高く感じてしまう結果である。勉強会の場では、籤Bを選ぶ人の報が多かったのは、勉強会参加者が確率を正しく理解しておりバイアス小さかったせいであろう。(若杉)

Q04:確率加重関数の具体的な式として示されているが、実験で確認したものを関数にしたのか。

A04:実験の詳細は分からないが、色々な工夫をして実際の確率に対応する認知確率を推定して、両者の関係から確率加重関数として定式化したのだと思う。(若杉)

Q05:認知バイアスの問題は脳の科学的な分析で裏付けられているのか。  

A05:広い意味の大脳生理学の進歩はすさまじく、認知に関する脳の機能を見ることができるようになってきた。それでも分からないことの方が多いと言われている。認知とは人間の対外で起こったことに対して、それを知覚した上で、それが何であるかを判断したり、解釈したり、対応法を考えたりする過程のことで、認知システムにはシステムⅠとシステムⅡの2つがあるとされている。何かを知覚したとき、直観的にシステムⅠが反応するとバイアスが発生するという説が有力である。(若杉)

Q06:人間の行動が20万年の経験値に基づく脳の働きによって起きると考えると、地域性・国民性によって行動パターンが異なるのでは無いかと思われるも、実験はこの様な点を考慮して行われているのか。

A06:実験の内容が常に大きな課題で、実験対象者が白人・学生等に偏重していることへの疑問が提示されることがあるが、実験の容易性並びにコスト等の関係もあり、この様な偏重が是正されない場合も有る。(大林)

A06-1.:確かにそういう問題はあると思う。これは今日最初に話をしたサンプリングの問題である。確かに、大林先生が言われるように教室や実験で行う調査の対象者はランダムに選ばれたサンプルとは言えないので全人類を代表しているとは言えない。したがって、結果を割り引いて見なければいけない。しかし、研究者が実験や調査により面白い結果が得られると論文を発表する。興味深い結果であると、世界中に散在する他の学者/研究者が同様の実験等により追加検証を行う。多くの実験・調査等で同様の結果が得られれば共通の真理として理論化される。したがって、研究者が多いテーマでは比較的偏りの少ない結論が出されるが、場合によっては間違った理論が巾を聞かせることもある。(若杉)

C07:勤務評定を行う場合、どうしても直近の成績に影響されがちであるが、心して期中全体の成績に注視しないと公正な評価が出来ないことが経験から言える。人間の習性を理解した上で判断することが重要と理解しました。

A07:行動心理学にはピーク・エンドの法則(peak/end rule)という法則がある。経験や実績は、①それがピーク時にどうであったか? ②最後がどう終わったか?の2点によって判定される傾向があり、ピーク時と最後以外の情報は忘れがちである。したがって、「忘れがちな情報」には敢えて注意する事が重要であると言えよう。(若杉)

C08:人間が行動を起こすとき、人間の脳が確率をどの程度認識して行動しているのかが疑問である。

A08:確率と言えるほど厳密な数字でなくても、どういう結果が出やすいかというような判断は日常的に行っているのではないか。(若杉)

C09:プロスペクト理論では“人間は得の喜びより損に対する失う恐怖の方が大きい事から損切りが遅くなる“と言われているが、株の世界でも当てはまり、株を塩漬けしている人は含み損を抱えていることが多い。含み損を抱える塩漬け株の値戻る可能性が低いのに損切れない実態を多く見て来た者として、プロスペクト理論は良く理解できる。

A09:長期的に見れば株は売らない方が良いと証明されているのではないか。

A09-1:いやそんなことは証明されていない。現実を見ると、損を抱えて塩漬け株にしてしまい、持ち続けて回復しない例が圧倒的に多い。

A09-2:普通は持ち続けている方が儲かっている。

Note 09:長期運用の測り方には工夫が必要だが、経済財政白書付録の長期経済統計を利用して単純計算すると、1957−2017年で東証株価指数は42倍、1957年から複利(約定平均金利)で貯蓄した場合19倍となる。(大林)

Note 09-1:長期的に経済成長を続けている国においては、株価も上昇傾向にあるので、短期的な変動や中期的な循環があっても、その変動は相殺されるので「株は長期間保有すれば儲かる」と言うことができる。しかし、個人投資家の場合は、たまたま循環変動のピークで株を買ってその後の下落が大きい場合、生涯保有し続けてもその下落を克服できないことがある。そのような経験をした投資家にとっては「長く持てば儲かる」は戯れ言だということになる。(若杉)

Q10:宝くじは45.7%しか戻しが無いのに、何故に大量に売れるのかが不思議である。理論的には宝くじを買う意味が無いと思うが、どの様な理論に基づく行動なのか。プロスペクト理論で説明できるのか。

A10:数寄屋橋で並んでいるところを見ると群集心理説も浮上するが、どこでも行列が出来るわけではないので一般論としては説得的ではない。賞金の期待値で言えば売上の半分以上は地方自治体に持って行かれるのであるから、宝くじを買い続けるのは合理的な行動とは言えない。そこで「一発勝負に賭ける」とか「夢を買う」とか言われている。ただ長い間買い続けていると、だんだん当選するような気になってくるという説もある。これなどは「回数を重ねれば確率が高まるのではないか」とか「自分だけは当たるのではないか」等という、認知バイアスの一種である楽観バイアスが働いていると見ることができる。(若杉)

以上

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