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第11回 2019 ファイナンス勉強会「行動ファイナンス-複雑性回避のヒューリスティクス:Q&A」

 人は常に何らかの行動をとらなければならない事態、状況あるいは問題などに直面している。この問題を解決するためには、どのような行動をとりうるか、行動の結果はどのようなものであるか等を考えなければならない。そこには、意識、知覚、推論、判断など頭脳を使った「知」の獲得過程がある。そのプロセスのことを認知(cognition)という。

 その時、脳内では、①さまざまな情報を集め何が問題であるかを整理し(problem finding and definition)、②さらにその問題を解決するために情報を収集し、③行動を起こすための代替案を作成し、④その結果を比較し(problem solving)、⑤最終的に意思決定を行い(decision making)、⑥行動に移す(action)という作業が行われる。このような情報処理を行う脳の活動が認知である。認知には、エネルギーを費消するし時間もかかる。それは脳にとって大きな負担である。そこで脳は、情報処理活動を簡便化・迅速化する工夫をする。つまり、左脳の働きにより、能率的かつ短絡的な方法で問題を解決しようとする。具体的には、簡便化、単純化などを用いたり経験則に頼ったりしようとする。これらの方法はヒューリスティクス(heuristics)と総称される。これらは、前回も述べたように人類(ホモサピエンス)の長い進化の過程で形成されてきたものである。

ヒューリスティクスにより問題解決のための労力や時間を節約することが出来るが、いつでも正しい結論に到達するわけではない。ヒューリスティクスに対して論理的プロセスを経て問題解決に至る一連の手順のことをアルゴリズム(algorithm)という。人の認知資源-脳の能力-は限られているので、簡便で短い時間で結論に到達することが出来るヒューリスティクスは、日常生活の仲で頻繁に用いられる。しかし、そのヒューリスティクスが適切でない場合に用いられると判断に偏りが生ずることも多い。このような判断の歪みを認知バイアス(cognitive bias)という。

 ヒューリスティクスにはさまざまなものがあるが、複雑性を減少させるタイプのものと、時間節約をもたらすタイプのものとに大別することが出来る。前者は、上述の➀から⑥までのプロセスを単純化させるもので複雑性回避のヒューリスティクスと呼ぶことが出来る。他方、われわれの行動はリスクをともなうので、行動の結果の確率を推定する必要がある。しかし、確率の判断は難しいし時間もかかる。そこで人の脳は確率を直観的に判断し時間を節約しようとする。このタイプの簡便法を時間節約のヒューリスティクスと類型化することが出来る。

 複雑性回避のヒューリスティクスには、さらに単純化、メンタルアカウンティングおよび利用可能性という三つのタイプがある。なお、利用可能性ヒューリスティクスも確率の推定の際に発現するヒューリスティクスである。それぞれのタイプにはさらにバリエーションがある。今回の勉強会では複雑性回避のヒューリスティクスのさまざまなパターンをくわしく見ていく。

 Q&Aおよびディスカッション

(松浦さん、いつもありがとうございます)

Q01:企業の経理部門は過去の損失経験に囚われ(Snake Bite Effect)、保守的な対応が見られるケースがある。

A01:経理部門やファイナンス部門は価値を創造する業務ではない。他方、リスクは直ぐに数字に現れるので、リスクに対しては敏感なのではないか。ただし、ファイナンス部門は資本コストを引き下げたりで価値の創造に貢献する。Golden Sixtiesと呼ばれる1960年代、豊かになったアメリカはファイナンスの時代が始まった。現代的なファイナンス理論の基礎が出来たのもこの時代である。ファイナンス部門出身者がCEOになるケースが多かったが、ファイナンス出身のCEOはリスクに対して厳しいので、どうしても新規投資を抑制しがちになる。その結果、アメリカ全体として低成長経済に陥ったという説がある。その後、ファイナンス系の経営者がCEOになるケースは減っていると言われる。ただし、ファイナンスは非常に重要な部門であるの、現在のアメリカ企業では、CEOとCFOが経営陣のtwo-topsとして君臨しており、社外独立取締役が中心の取締役会においても、CEOとCFOは社内取締役として一角を占めている。(若杉)

Q02:「サンクコストの罠」のナンピン買いについて、投資機会の代替性との比較衡量を検討する必要は無いか。

A02:その必要性があるのに、同じ銘柄の中に閉じこもり、株価の変動を見て平均価格が上がった,下がったと一喜一憂するのがナンピン買いである。それゆえ、非合理な認知バイアス行動とされるのである。(若杉)

Q03:各人が持つヒューリステック行動の経験値を集計してデータベースを構築しAIで意思決定する方法が考えられないのか。

A03:ヒューリスティクスは、正しいときもあるが、認知バイアスをともないがちであるので危険な行動とされている。それらの集計を重ねても、分散投資のようには、間違いが相殺されない。AIは、ヒューリスティクスが誤謬を犯しそうなとき、それを感知してwarningを出すようなシステムを作るのに使えるかも知れない。(若杉)

Q04:認知バイアスを客観的に評価するのは難しいですか。

A04:ヒューリスティクスは、人類が地球上で数十万年を生き抜いてきて得た知恵である。しかし、似たような状況においても、賢い知恵であることも、また間違った知恵であることもある。しかし、一定のシステマティックな傾向があるので、行動心理学や行動経済学あるいは行動ファイナンスでその傾向を整理してモデル化している。人間が利用するヒューリスティクスを分析し、その限界を理解しリスクを回避する方法を確立するしりようすることが、認知バイアスを客観的に評価するプロセスであると言えるのではないか。

Q05:行動ファイナンス理論や行動経済学は政策的に応用されているのか。

A05:賢い国では利用していると聞いている。オリンピックではどこの国でも準備を進めている途中で予算がどこの国でも膨らんでいく。ロンドンオリンピックの際、イギリスでは行動心理学を応用し予算の膨張を防ぐのに成功したという記事を見たことがある。軍隊でも行動心理学を研究しているという論文を読んだことがある。ただし、詳細は覚えていない。

なお、以下の論文「行動経済『政策』の進め」の冒頭の要約は次のように述べている。「行動経済学を制度設計に応用する試みは、学界とは異なり政策現場では実証的な分析、規範的な政策提言ともにわずかな例しか存在しない。行動経済学を政策議論のツールとして応用するこを阻みうる要因には非規範性、政府の失敗、倫理性、行動パターンの多様性と文脈依存性があり、政策応用の進歩には慎重かつ漸次的なアプローチが重要である。

http://www.abef.jp/archive/event/20081221/yokou_hpup/no7.tada_revised.yokou081121.pdf

Q06:人間の認知バイアスを修正する必要はあるのか。

A06:修正できたら素晴らしいことだと思う。人の小脳にある認知システムがシステムⅠでヒューリステヒクスを司っている。脳を十分に使って合理的な行動をとろうとするのが大脳のシステムⅡである。認知バイアスを避けるには大脳をさらに発達させる必要がある。それにはさらに数万年掛かるのではないか。大脳の限界を打ち破るのがAIであるが、そのようなAIは膨大な装置になり日常では使えないと思う。敢えて言うなら、認知バイアスを修正するための研究分野が行動心理学であり、行動経済学であり行動ファイナンスである。認知バイアス修正には沢山研究成果を学ぶ必要があるので、このためにも疲れやすい大脳を使わなければならない。間違いが多いなどと文句を言いながら、人類数十万年の歴史で培ってきた認知能力を利用しながら生きて行くのも人生の楽しみかも知れない。(若杉)

意見01:システムⅡがシステムⅠをコントロールすると言われるも、人間の行動に大きな影響を与えるのはシステムⅠであることを考慮するなら、システムⅠの修正に正面から取り組むべきでは無いのか。

Q07:あぶく銭効果について否定的なトーンとなっているが、米国の場合、株式並びに不動産の価格上昇で得た利益が消費に向かい米国経済を牽引して居り、あぶく銭効果を否定的に考えるべきではないと思うも如何ですか。

A07:あぶく銭とは「棚からぼた餅」のことで、努力無しに幸運で得た金を意味し、株式や不動産に対する投資をポートフォリオ管理しながら得た金をあぶく銭とは言わない。(若杉)

意見02:ファンドにも色々あるが、セコアファンドなどは投資の8割が失敗することを想定してポートフォリオを組み、High Risk/High Returnの投資を実施しているが、日本ではバブル崩壊後に良く見られるSnake Bite Effectから抜け出していない日本の投資家・経営者とは対照的な動きとなっている。(会員)

Q08:日本の難平買いは、損切れない人が行っているが、米国の投資家は損切りが早い。

A08:日本の投資家と外国人投資家とでは、株価急落の際、明らかに行動が異なる。外国人投資家は株価が下がると直ぐに得るが、日本の投資家は売らずに持ちこたえようとする人が多い。日本の株式市場が下がる時は、外国投資家の売り抜き行為によって需給のバランスを崩し下落が始まることが多いと言われる。(若杉)

Q09:日本人はシステムⅠに基づく行動が多く、システムⅡの働きかけによる行為が遅いと言う事を意味しているように見える。

Ao9:アメリカ人の売り急ぎはむしろシステムIによるのではないかと思う。映画館の中で火が出ると観客は一斉に出口に殺到しけが人や死者の山を作る。これは、原始人が「怖い動物に出会ったら一目散に逃げるヒューリスティック行動」と同じである。(若杉)

以上

 

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