JCGR 日本コーポレートガバナンス研究所

ブログ

2020 CF研究会:第1回「コーポレートファイナンス-序-:Q&A」

はじめに

 本研究会は、ファイナンス研究会という名前ですが、正しくはコーポレートファイナンス研究会(今後略称CF研究会)であり、コーポレートファイナンスの理論と実務を学ぶ研究会です。コーポレートファイナンスとは、企業とくに大企業、より具体的に言えば株式会社における資金の流れに関する管理のことを言います。コーポレートファイナンスのあるべき原理を解明するのがコーポレートファイナンス理論です。

株主価値最大化を巡って

 コーポレートファイナンス理論の出発点は「株式会社の目的は株主価値最大化あるいは株主価値創造にある。そのためのコーポレートファイナンスの原理は何であるか」という問題意識です。しかし、日本で株主価値というと強い抵抗に遭います。日本人には「会社はみんなのものであって株主のものではない」という認識が根底にあり何かにつけてその思いが湧き上がって来るように見えます。株式会社の制度においても確かに会社はみんなの「ための」ものであると認識されているが、株主には、自らの所有物として責任を持って会社を運営することが期待されているのである。この思想が腑に落ちていないと、コーポレートファイナンスを勉強してもコーポレートファイナンス理論はバーチャルな世界の理論としか思えないのだと思います。みんなのための株式会社ですが、株式会社は株主私有財産です。(資本主義においては、企業は出資者の私有財産です。)

 経済学の理論は、現実の様々なファクターや側面をそぎ落とし、単純化されたモデルの上で導かれるものですから、その意味では現実離れしています。もし現実のすべてを含んでいたら現実そのものですから、複雑すぎて理論を導くことが出来ません。その意味では経済学の理論が語る真実は、現実の一部分だけを取り出した部分的な真実に過ぎません。したがって、種々の角度からの理論を用いて、色々な角度から一つの現象を見る必要があります。コーポレートファイナンスの理論もそういうものだと思ってください。しかし、優れた理論は必ず現実の姿を捉えており真理に迫っています。コーポレートファイナンスの理論を役立てるためには、➀現実を正しく真正面から見ていることと、➁コーポレートファイナンスの理論を正しく理解していることの両方の条件を満たす必要があります。私の信念は、両方が揃えば、コーポレートファイナンス理論は役に立つはずだということです。

 今回は、CF研究会を始めるにあたり、皆さんに株主価値最大化の意義を理解しておいていただきたく敢えてここに書かせていただきます。

 株式会社のあり方を決めている会社法は、株式会社の目的は営利であることを前提としています。営利とは、株式会社が事業を行うことによって上げた利益を出資者である株主に分配することです。利益は誰にとっても大きい方が望ましいので、株主もそれを望みます。したがって、自ずと会社の目的は利益最大化ということになります。ところで、株主は会社が存続する限り(そして利益が上がっている限り)毎期、利益の分配を受けることが出来ますから、株主にとって株式の価値は会社の将来の利益によって決まります。このとき株式の価値を株主価値と呼びますが、コーポレートファイナンスの理論によれば、具体的には株式市場で決まる株価です。株式価値が大きいことは株主の財産が大きいことを意味しますから、株主はだれでも株主価値がより大きいことを望みます。会社の経営を経営者に委ねている株主は、経営者に株価を上げる経営を求めるはずです。これを株主価値創造経営と言います。さらに、株主は、経営者が最大限可能な努力をして、株主価値を高めることを望むはずです。株式会社の前提はゴーイングコンサーン(継続企業)であることです。したがって、経営者が追求しなければならないのは、一時的な利益ではなく長期的な利益によって決まる株主価値の最大化です。

 日本では、株主価値創造や株主価値最大化という概念には反発が非常に強いです。株主価値を追求すると、企業の他のステークホルダーのベネフィットを犠牲にするのではないかという危惧があるというのです。民主主義を基本とする資本主義経済の理念は、多数の参加者が存在する市場において、多数の需要と多数の供給とで決まる市場価格が公平かつ賢明な価格であるということです。ここで公平かつ賢明というのは、色々な人の欲求と色々な人のもつ情報を反映しているという意味です。企業が、従業員、顧客、取引先などすべてのステークホルダーと市場価格(付帯条件を含めて)で取引-give and take-を行うならば、それは社会的正義にかなっており、企業がすべてのステークホルダーを大事(respect)にしていることになります。それが資本主義の基本理念です。

 株主の利益は、売上高からすべての費用を支払った後の残り物にすぎません。利益はしばしば残余利益と呼ばれます。残り物ですからいくらになるか分からない、マイナスになるかも知れないというリスクがあります。ということは、そういう形で株主は事業にともなうリスクを負担するという意味です。事業のリスク-ビジネスリスク-を負担する代わりに、残余利益が最大化されるような経営を求めることは不公平ではないというのが株式会社制度の哲学です。

 企業が期待以上の多額の利益を上げれば従業員にボーナスを払います。恒常的に他社よりも多くの利益を上げられれば自ずと月々の給料も他社より高くなります。そうしなければ、従業員は、自分たちが一生懸命に働いて会社が儲かっているに、自分たちには全然還元しないと不満を持ち、一生懸命に働かなくなってしまいます。取引先や顧客との関係も同様です。下請けいじめという言葉はもう使われなくなりましたが、現在でも立場の弱い取引先に過酷な条件を強いている大企業が沢山あると言います。太宰治の言う「貧すれば貪する」です。しかし、利益が上がればそのようなこともなくなり、取引先企業もその会社のために尽くすようになり、会社はますます繁栄します。儲かる企業は研究開発などにも資金を注ぎ、顧客のためにより良い製品を作るようになります。利益はより良い社会を実現する資金源です。そのためには国民一人ひとりが規律ある行動をすることが大事であり、それが民主主義の前提です。実際にはなかなかあり得ないことですが、それを目指さない限り資本主義は人類を幸福にする制度とは言えません。

 資産運用の世界では、ESGやSDGsが重視されていますが、上で述べたことと同じ認識の上にあると思います。豊かな利益を上げることが出来る企業は自然と株主だけでなく、すべてのステークホルダーのことを考えることが出来るようになります。ESGやSDGsをきちんと出来る企業は豊かな利益を上げられる企業と考えて良いでしょう。したがって、投資パフォーマンスも良いと考えられます。機関投資家が着目する理由だと思います。

 思い掛けず長くなってしまいましたが、先入観によってではなく冷静に株主価値最大化をかんがえていただけるとうれしいです。(若杉)

 

ファイナンス研究会参加者メンバーからの質問および意見

Q01: 『会社は株主のものである』という(言い方)は間違っているのでしょうか。私は本日の講義の前もそして後も(さらに一段)そう強く確信いたしました。が、日本社会では、昔も今も反対者(反論する方)が多く、この研究会(過去1年)においても少数派に属するように感じています。敢えて、私は言葉が足りないとは思っていないのですが・・・。(2020/04/18 武 正雄)

A01:  現代の地球上には奴隷制はありません。人類の合意によって禁止されています。会社も法人という、自然人と同じ権利を有する「人」ですから所有者はいません。したがって、法律上は会社には所有者はいません。しかし、資本主義経済においては、私有財産制度の下で企業も私有財産という考え方ですから、企業にも所有者がいて出資者(自己資本の拠出者)が所有者です。株式会社においては株主が出資者ですから株主が所有者です。しかし、法律上は株式会社の所有という概念はなく、その代わり株主には自ら拠出した財産-会社資産から債権者の取り分を控除した額-に対する請求権が与えられています。所有者としての義務である結果責任は、毎期の売上高から諸費用を控除した後の残余利益に対する請求権が与えられており、事業にともなうリスクを負担するということで負ってっています。したがって、経済上の議論をするときは株主が株式会社の所有者であることを前提とすべきです。(若杉)

Q02:経営陣が株主価値最大化を目指して経営をしていく中で、コンプライアンスの問題(テーマ)がこの研究会の中で登場してきますか?予定外であるならば、ちょっとでも触れていただけますようにお願いいたします。何かいわゆる不祥事が生じると、すぐに?コンプライアンスの問題だとしてしまうケースが多い様に感じています。コンプライアンスとは守るべきこと(法令・各種の基準・社内規則、加えて社会と環境との約束等々)を守るのは当たり前で、それらを遵守し実行しているか否かをモニタリングし、弱点があれば繕い・修正していくのが経営陣とその部下である管理者の役目の一部であろうと。又内部監査部門の役目の一つでもあろうと。かなり、偏った見方かもしれませんが、このように感じています。(2020/04/18 安達 伸雄)

A02:コンプライアンスの問題はコーポレートガバナンス研究会において、監査委員会の機能に関連して取り上げられる問題なので、ファイナンス研究会において今後取り上げられることはありません。そこで、ご要望に応えて、少しだけ説明をしておきます。コンプライアンスとは、質問の中で安達さんが説明しているとおりで、それ以上付け加えることはありませんが、たとえ話で説明してみます。会社は人間が考えた人工的な仕組み-artificial-であり、会社は、安達さんが言われるように法令、業界の申し合わせ、社内規則等々の様々なルールを守りながら株主価値最大化を実現しなければなりません。サッカーなどのスポーツを考えて下さい。スポーツも人間が作ったartificialで、実体はルールの集合です。プレーヤはそれらのルールを守りつつ、点をとらなければいけません。ルールを破って点を取っても得点にはなりません。どのスポーツでも選手自身が、ルール違反を犯さないように-コンプライアンスを遵守するように-自分をコントロール-内部統制-しながらプレーをしなければなりません。しかし、激しい動きの中でルールを犯してしまうこともあれば、見えないだろうと思って故意にルールを破ることもあるでしょう。そこで、審判がいてルール違反がないか、ルールに則った点数であるかを判断します。コンプライアンス違反があまりに多ければ、観衆にとってつまらない試合になってしまい、そのスポーツはファンを失うことになりビジネスとして成り立たなくなります。監督は、ルールを守るように厳しく指導しつつ点を取れる選手を育てるようにリードしなければなりません。会社で言えば内部監査が審判に相当すると思います。経営者は株主価値最大化のために従業員を鼓舞しますが、コンプライアンスの遵守にもそれと同じくらいのエネルギーを割かなければいけません。会社の中で何か不都合なことが起こるとすぐコンプライアンスのせいにするのは、無能な経営の証拠だと思います。(若杉)

意見01:コーポレートファイナンスー序ーの録画を見させて頂きました。先生の清廉且つ理路整然とした説明に触れるたびに、実務社会の事象に流されがちであることを、心に戒め、常に原点(理想論)に立ち戻り、現実の事象の改善努力を継続することの重要性を感じております。

 私が理解する日本の実務社会のコーポレートファイナンスに係るところのコーポレートガバナンス論を紹介させて頂きますと、日本においては、バブル崩壊以降、企業不祥事が多発し、「不正会計」が資本市場の健全な発展を阻害し、「品質・表示偽造」「談合」「偽装請負」等が市場経済の健全な発展を阻害してきたため、2000年に入り、企業不祥事防止の一環として内部統制体制の構築・運営が経営者の責務とされ、取締役会の監督義務と法定化されたことから、内部統制体制の整備が社会問題となりました。

 そこで、議論されたのが、『内部統制体制を「性善説」に基づいて整備すれば、企業不祥事の防止策として弱く、「性悪説」に基づいて整備すれば、内部統制コストが高額になり経済合理性に合わない、結論として「性弱説」に基づいて整備する』ことに落ち着いたように見える。即ち、人間は平時には「善」であるが、強いプレッシャーや貪欲さに負けて「悪」に走るので、平時をベースにした内部統制体制を整備・運用し、経営者や従業員に強いプレッシャーが掛からないように取締役会は監督し、経営者は「無理な経営計画」を策定して、事業本部長や従業員に過度のプレッシャーを掛けていないか、また貪欲さをコントロールするために過度のインセンティブを避けているか、口銭率や売差率の異常値はないか等の監査を監査役・会計監査人・内部監査部が行う。

 また風通しの良い企業風土を醸成し内部通報制制度が有効に機能させることによって不祥事の早期発見・早期是正による企業の自助作用を促し、市場経済・資本市場の健全性を確保しようとする動きが日本のコーポレートガバナンスの第一弾とすれば、コーポレートガバナンス・コードを策定し日本企業の持続的成長と中長期的な企業価値の向上を促し収益力・資本効率等の改善を図ることを目指すとしたのが、日本のコーポレートガバナンスの第二弾と思います。

 ただ、このコードにおいても、上場会社は、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の創出は、従業員・顧客・取引先・債権者・地域社会をはじめとする様々なステークホルダーによるリソースの提供によってはじめて達成することを認識し、ステークホルダーの権利・立場や健全な事業活動倫理を尊重する企業文化・風土の醸成に向けて取締役会・経営陣はリーダーシップを発揮すべきであると定められています。

 企業活動を支えているのは人間であるが、人間は「弱い者」であることを前提に、如何に効率の良い内部統制体制・監査体制・内部通報制度を構築しながら、企業の持続的成長と中長期的企業価値を高めて行くのかは永遠の課題と思いますが、現状に甘んじることなく改善活動を継続することが企業の使命とするなら、先生の清廉で理路整然としたコーポレートファイナンス論は改善活動のエネルギーになると思いました。有難うございました。(2020/04/20 松浦 洋)

意見02:内部統制システムが重くなり維持できなくなるのは、はリスクフリーを目指せば限りなく重くなるし、どこで折り合いをつけるか、の考え方の差だろうと理解しています。リスクフリーは現実には無く、周囲の状況が変わればリスクの軽重も変わる。又、一度策定したリスク対応策が現実的に機能しているのか否かの再評価が甘い。組織の階層ごとに中身は異なるが、一度策定して現場に導入すれば、任せた・100%良いと思い込んで(性善説)いる。経営者を頂点とする組織の中で、それぞれの立場・権限と責任に照らしての定期的な自己評価・モニタリングがおろそかになっているともいえるのではないでしょうか。リスク・事象を識別・評価するには性悪説、リスクへの対応と統制活動は基本的には部下を信じて性善説・モニタリングはきちんと行う。ただし環境の変化(松浦様が言われているような事象の時)には性悪説に立ち戻らねば抜けが出る。それと、独立的モニタリングを担う内部監査部門が余りにも脆弱なのではなかろうかと思います。

 私は松浦さんが挙げられたような不祥事事例を、私が研究してきたCOSO Frameworkを透してみてきた限りでは不祥事を起こした日本企業の共通点はこのあたりにあるのかなと考えています。(2020/04/25 安達伸雄)

Q03:CGCが唱う企業価値と株主価値の違いについての質問です。

コーポレートガバナンス・コード(CGC)導入の過程で「持続的な成長と中長期的な企業価値の向上」が強調され、これを受けてcopy & pasteしたかの如く自社の方針として企業価値向上を高々と掲げている例が少なからず見受けられます。

テキストの27ページにお示し頂いたように、「企業価値」とは減価償却費、人件費、債務支払いを含んだ「粗付加価値」のことであるならば、税引後利益の「株主価値」と比べかなり広い部分を指し示すこととなります。

営利法人としての株式会社の目的は、「株主価値創造による長期的な株主価値の最大化」である点からすれば、CGCの如く耳当たりの良い「企業価値の向上」と言ってしまうと、資本主義、市場原理の下での本来の企業の目的や経営者の役割について理解に混乱を招き、焦点がボケる原因となっている気がしますが、いかがでしょうか。(2020/04/25 栗田 優一)

A03:私が強調したいのはそこです。CGCはきちんと定義することなく美辞麗句として企業価値という言葉をキーワードとしています。株主価値と言うと誰も付いて来てくれないと怖れているからだと思います。世の中を変えようと思うのであれば、人々の抵抗を怖れず、CGCは、正しい概念を掲げ人々の考えを改めつつ人々を引っ張って行かなければいけないと思います。日本の官僚は、伝統的に国民は愚かだと考え行政を行ってきました。太平洋戦争の時もそうですし現在のコロナ対策も然りです。正に愚民政策です。前置きが長くなりましたが、私が強調したいのは、資本主義の精神に従い市場原理を遵守して株主価値創造に専念すれば自ずと企業価値創造に通ずるので、経営者は迷うことなく株主価値創造に専念していただきたいということです。曖昧な企業価値を目標に経営をしても論理的な経営は出来ません。このブログでもそうですが、私がしつこく株主価値創造、株主価値最大化と言っているのは、このことを理解していただきたいからです。余計なことを考えると碌なことができません。経営者の使命は株主価値最大化しかありません。もちろん、資本主義および株式会社制度を正しく理解していることが大前提です。ただし、自分を鼓舞し従業員を牽引するためにまた社会から認知されるために、経営理念などで、自分の会社は世の中のためにあるのだと述べることは望ましいと思います。(若杉)

4月26日Q&Aセッション@zoomミーティングの記録(藤島裕三理事のメモより抜粋)

1.メンバー自己紹介の後、若杉教授より本研究会の趣旨など挨拶。

  ファイナンス研究会は前半で基本的な理論を、後半では最近のトピックスを取り上げる。現代のファイナンス理論の出発点は企業の営利性、株主価値最大化であるから、皆さんにそれを納得してもらう必要がある。コーポレートガバナンス研究会とダブルが、最初のうちはガバナンスの話もする必要があるのでご理解いただきたい。私はガバナンスを1990年くらいから研究している。学者では最も早いのではないか。これまでリコー取締役、ドコモ監査役、JFE HD監査役、ニッスイ取締役を経験したが、取締役としての一線を退いて7年が経つので、最新の実務について皆さんと一緒に勉強したい。

2.冒頭に司会者(藤島)が、若杉先生の講義内容から本日のポイントを3つ提示。

  • 株式会社の目的は株主価値の創造そして最大化であり、またゴーイングコンサーンを前提とするので、その株主価値は長期的な利益によって決まることになる。
  • 長期的に利益を獲得するには、すべてのステークホルダーを大事にして事業を運営しなければならない。事業において生じるリスクは残余利益の形で株主が負担する。
  • リスクが顕在化して短期的には株主の残余利益が棄損しても、資本主義の大原則である市場原理に従ってステークホルダーを適切に扱えば、企業はサステイナブルであり、長期的に安定した利益が獲得できる。

3.司会者が、メンバー2名からの質問と若杉先生の回答(ブログ上)を簡単に紹介。

(ブログ掲載質問の1点目)

質問者  武さん:「会社は株主のものである」と確信しているが、日本では少数派なのか?

若杉先生:私有財産制度を前提とする資本主義において、企業の所有者は株主に他ならない。だからこそ株主は所有者としての責任として、残余利益のリスクを負担している。

(以下、自由討議)

武さん:「会社は株主のもの」は決して言葉足らずではないと思うが、これを言うと99%は反発を食らう。ダボス会議で株主至上主義の見直しが叫ばれたが、個人的には到底納得できない。日本は短期志向に陥っているというが全くの逆。株価チャートを観るとアメリカの方がよほど長期的に成果を出している。

若杉先生:会社はあくまでも株主のものだ。会社も私有財産である。ただし法人なので人格があるため、法律上は所有者がいないことになる。経済的な実質は違う。また会社は皆のためのものでもあるが、責任を持つのは経済的な所有者である株主で、株主の責任で行われた経営によって皆がベネフィットを受ける。

武さん:栗田さんからの質問にあったが、株主価値と企業価値を曖昧にするとよくない。株主価値が大事だと言い切ることが大事。

若杉先生:CGコードでも「企業価値」を定義していない。それが長期的な付加価値の最大化を言うのならそれで良い。しかし会社の目的は株主価値の最大化である。その結果として企業価値は創出される。ステークホルダーは市場原理に従って大事にすれば良い。

栗田さん:若杉教授の仰る通りだ。企業価値という漠然としたものを定義もしないで出したことが、いつまでたってもガバナンス議論が定まらない元凶。

若杉先生:日本では株主価値というと嫌がられる。企業の在り方を変えなければならないのに手ぬるい、生ぬるい。政府も国民に正しい教育もしないで無責任だ。

山口(公)さん:株主が最終リスクを負うという点、いささか腑に落ちない。長期投資家はともかく短期投資家について、流動性の高い株式市場で株主の最終リスクを強調されても納得感が得られない。株主価値の最大化は、他のステークホルダーの価値を減じない限りであるべき。スティグリッツも新自由主義は失敗と言っている。これは人間を性善説と見ているからで、もっと抑制が必要ではないか。

若杉先生:人間は合理的でないことは、行動ファイナンスの分野で研究されている。不合理を理解した上で、そうならないように経済を運営すべきだ。理論は変わっていく。ステークホルダーが割りを食わないようにして、市場原理を守るべきである。

田中さん:株主価値のため社外役員を増やす流れは、その他のステークホルダーを重視することと衝突する。対立する場面ではどちらを優先するべきか。矛盾はないのか。

若杉先生:公正な取引を尊重していれば相手を尊重したことになる。従業員は弱いので組合を作った。流動化でマーケット化になっている。株主の利益は分配される。研究開発にもお金を使ってもらえる。

伊岐さん:現実には転職市場が機能していない。学卒一括採用のままで人件費が硬直的な中、株主価値最大化がうまく機能するのか。また現在、コロナ対策でなるべく雇えと政府は言うが、企業のスリム化に向けた経営努力を阻害している。株主価値最大化と反対でないか。

若杉先生:これまで労組が従業員を守ってきたが、今は中途半端になっている。ここで政府が何をやるべきなか、口を出しにくいというのも変な風潮だ。従業員を解雇してもいいが失業保険をしっかり給付すべきで、今は特殊な環境下なので長めに所得水準を補償すべきだ。単に会社の雇用で長く留め置くのはよくない。それでは各社ごとに成長段階に合わせた経営ができない。人手不足の際、日本企業は移民に頼れなかったので、産業ロボットを作った。制約条件が現在の競争力につながっている。物事の解決は単純ではない。

大林教授:今の就活生は苦労している。企業に雇用維持をむやみに強いるのはよくない。雇用の流動性は確保してほしい。

(ブログ掲載質問の2点目)

質問者 安達さん:コンプライアンスの考え方について。不祥事の際など簡単に「コンプライアンスの問題」と言い過ぎで、もっと重要なものではないのか。

若杉先生:スポーツにおけるルールと同じで、コンプライアンスなくしてビジネスは成り立たない。従業員がコンプライアンスを守るよう経営者は最善を尽くす必要があり、不祥事をコンプライアンスの問題とするのは自身が無能と言うに等しい。

(以下、自由討議)

安達さん:経営者自身が責任を持つべき話なのに、無責任にも組織の下に押し付けている。情報が上がってこなかったとの言い訳が多いが、良い情報は上がってくる一方、悪い情報は途中で止められるものだ。経営者が自ら取りに行かないといけない。モニタリングの仕組みが大事。特に大きい会社では問題となる。

山口(公)さん:自己株取得は、株価が下がっている時にやるべきものなのか。経営者の間では、内部留保は自分のものという意識が強い。一方で、株主還元のかなりが自己株取得で行われている。株価の見方が経営者と株主では違うのか。

若杉先生:株価が割安な時に自己株を買っておくのが常道。高ければ増資をすればよい。また会社が儲からなければ、現金化する方が良いケースもある。株式市場か企業経営のいずれかが非効率だと自己株取得は有効である。

大林教授:自分の経験では、株価の評価が低いから自己株取得を開始したものの、株価が上昇したので目標額までは実施しなかった。

栗田さん:株価が効率的に動かないマーケットの流れでは、自社株取得は効果がない。それならば内部留保で抱えておこうとなると、資本コストなどファイナンスを重視した経営は顧みられなくな両方のバランスを図って中長期的に成長を狙わないといけない。現実は未だに内部通報で不祥事が発覚してばかりだ。

若杉先生:コンプライアンスは経営の原点ということを、経営者が分かっていない。従業員に言えば悪いことをやらないなど安直に過ぎる。国会議員も賄賂が発覚すれば「返せばよいだろう」などと意識が低い。罰も軽過ぎる。

橋口さん:自分の会社は商社に買われた際、当期利益5%を確保すれば何をしても良いと言われた。プレッシャー大きいが自由もある。自動車部品で営業利益10%は大変だが、目標が明確なのはやりやすい。株主価値最大化の目標を、株主がはっきり会社に課すべき。厳しい目標を達成するには賃金を上げて、従業員の精勤を引き出す必要もあった。

若杉先生:経営者に対しては報酬制度が有効だ。明確な目標を与えるのは良いやり方である。もっともアメリカだと目標に未達だと訴えられるので難しい。最大化とは全力を尽くすこと、ということでもよい。

戎井さん:監査報告で会計不正については「ありませんでした」だけの記載が多い。しかし社内では不適切なことがあったとの調査結果が出ている。会社のためと長年隠匿されたりしている。経営者が何でも言って良い文化を作らなければならない。問題がゼロで良いとは限らない。風通しが大事ではないか。

以上

page top