JCGR 日本コーポレートガバナンス研究所

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2020 CG研究会:第2回「資本主義と株式会社制度:Q&A」

 第2回コーポレートファイナンス研究会は、コーポレートガバナンスの対象になっている株式会社の仕組みの解明です。国は国民生活に不可能な存在として株式会社を制度化し、そのあり方を会社法で規定しています。法律は最低限のことしか決めていませんから、会社のあり方は実務に任されていますが、経営者も従業員も株式会社とはどのような制度であるかを正しく理解しておくことが必要なことは言うまでもありません。第2回研究会では、資本主義経済における株式会社の建て付けについて議論します。

 今回のブログでは、「資本主義略史」として資本主義がどのような経緯で成立し、またどのように現代の資本主義に至ったかを説明します。多少長いですが、是非、一読して下さい。(若杉敬明) 「資本主義略史」⇨ コラムに移動しました

Q&Aセッション

Q01:先生のブログにおいて「現代では、多くの国において、個人が労働者であると同時に資本家である新資本主義の時代に入っている。」とのご記載がありました。
この点につき、米国ではそのような前提がありそう(個人の株式保有率が高い)ですが、法人株主の割合が多く個人株主がまだ少ないと考えられる日本においては、どのように考えるべきなのでしょうか。経済格差の拡大があるという世界的な状況からみると、日本の現状は望ましくないということなのでしょうか。
金融庁が個人株主の参加拡大を目指しているのは、「個人が労働者であると同時に資本家である」ことと関係があるのでしょうか。(野村彩)

A01:確かに、日本では、個人で直接株式を保有しているのは必ずしも多くはありません。しかし、皆保険制度と呼ばれ20歳以上の国民全員が加入することになっている日本の公的年金においては、加入者6700万人で保険料が160兆円以上が積み立てられています。積立金は運用されていますが、その構成は内外の株式が全体の25%ずつ、債券がやはり25%ずつです。したがって、国民は全員が株主になります。さらに、保険会社は加入者の保険料を積み立て株式に投資をしています。また、企業年金も株式投資をしています。このように、個人は、自分では意識していませんが、間接的に株式を保有しており立派に株主です。

日本の年金制度は公的年金、企業年金、個人年金を三本柱とする制度になっています。アベノミクスは、株式市場の好況で成果を誇示しようとする戦略ですから、個人年金でも株式保有を増やしたいと考えています。それに乗っているのが金融庁の個人株主振興政策です。(若杉)

Q02:3ページに関する質問です。中国は、果たして社会主義なのか、共産主義なのかという問題があります。社会主義市場経済とか国家主導資本主義とかよく言われているのですが、株式会社の背景にある資本主義の仕組み(テキストP23)からして色々矛盾が生じるものと考えます。資本主義もどきの中国経済(或いは株式市場)がどう展開していくのか、ガバナンス理論の観点から、若杉先生のお考えをご教示ください。(武正雄)

A02:中国は、労働者主導を唱え社会制度としては社会主義ですが、社会主義市場経済を標榜し、重要産業では国有株式会社が中心的企業形態とされており、経済面では一見資本主義国です。国は国民のために存在しているのですから、国民firstの国家運営がなされているのであれば、どんな体制でも良いと思うのですが、現在の中国は事実上独裁国家であり、情報統制が行われており民主主義からは遠い存在です。「民主主義」と「自由経済」が資本主義の本質であると考えれば、中国は資本主義国とは言えないと思います。資本主義の都合の良いところだけをつまみ食いしているだけであり、とうてい資本主義とは言えない思います。(若杉)

Q03:経営者と株主の利害の一致を図るのが、コーポレートガバナンスの本質と理解しましたが、利害の一致を図るために、経営者に多額のインセンティブを、株主に高額配当と自己株式を実施し結果として、債務超過の状態に陥り、不況時に多数の従業員を解雇し更には政府支援(国民の税金)を求める事案が生まれています。少なくとも従業員・地域住民を含む国民・環境等のステークホルダーに迷惑を掛けないこともコーポレートガバナンスの目的にすべきではないでしょうか。また、債務超過の状態が判明した段階で、増資による事業継続か、清算かの決議を株主総会で行うことにしないと、株主持ち分(Equity)を消失しているにもかかわらず、他人の財産(債権者の持ち分)で事業継続の賭けを行い、その失敗による追加的損失に対しても、株主有限責任を盾に責任を回避できるのでは、株主の無責任(モラルハザード)が蔓延することになりませんか。(松浦洋)

A03:授業でも強調したと思いますが、企業は国民のため、社会のためにあります。しかし、皆のためとだけ言っていたら、「船頭多くして船山に登る」になってしまいますから、私有財産制度の下で企業も出資者の私有財産であるとして、出資者に企業の運営を委ねるのが資本主義の原則です。出資者から会社を預かっているのが経営者です。第2次世界大戦前のアメリは株式会社制度が発達していましたが、国民全体としての資本蓄積が薄かったので零細な個人投資家に支えられた大衆資本主義でした。そこでの実態は経営者が力を握る経営者資本主義でした。第二次世界大戦を契機にアメリカは高度成長を遂げ豊かな資本主義国に変貌しました。それとともに株主の力が強くなり経営者をコントロールすることが課題になりました。それがコーポレートガバナンスです。コーポレートガバナンスをどんなに工夫をしても、経営者がインサイダーであり、株主はアウトサイダーです。株主のガバナンスには限界があります。株主対経営者の問題の他に、資本提供者同士の株主対債権者の問題があります。その原因は株主の有限責任制にあります。しかし、企業はリスクを取ることによって発展する存在ですから、株主だけにリスクを負担させていては、株主になろうという投資家がいなくなり企業制度は活力を失ってしまいます。株主の有限責任制を株式会社制度の根幹とせざるをえません。従業員も同様の問題に直面しています。企業を支えるためには失業など従業員もリスクを負わざるを得ない面があります。これらは株式会社制度そのものがもつ問題ですから、最終的には制度を運営する国がセイフティネットなどの対策を講じなければなりません。しかし、国家に責任をなすりつける前に、ディスクロージャー制度を機能させる、金融機関や監督官庁・税務当局が企業を監視する、ジャーナリズムも頑張る、会計士やコンサルタントも健全に機能する、もちろん投資家-株主も債権者も-が企業を正しく評価するなど、企業に関わる専門家が職業人として誠実に職務を遂行し、企業に対する監視役という役目を果たすことが不可欠です。つまり、すべての人が規律を持って行動することが大事です。これが民主主義の前提です。しかし、豊かになると人々は油断し規律が緩むのが人の世の常です。極端な言い方をすると、仕組みや制度が悪いと言うよりも豊かになると人間が腐ってくるのです。

最初に話が戻りますが、企業は皆の貯めにあるのですから、すべてのステークホルダーを大事にしなければなりません。それは資本主義の大原則である市場原理を守ることです。市場原理を守ることが大事だからと言って、企業の目的の一つはすべてのステークホルダーを大事にすることだというのは間違いです。市場原理を守ることによってステークホルダーを大事にすることは守るべきルールで宛て、目的ではありません。スポーツではルールを守ることは絶対的なマンデートですが、だからと言ってルールを守ることがスポーツの目的ではありません。試合をやる以上は勝つことが目的です。株式会社において大事なことは、すべてのステークホルダーをレスペクトしつつ、利益を追求することです。そして企業が豊かな利益を上げられれば、株主だけでなく、従業員も、取引先も、顧客も何らかの形で利益が還元され恩恵を受けることが出来ます。(若杉)

 

Q04:ご講義の最後に、株主総会が、社外から独立取締役を選任し、その独立取締役を中心とした取締役会が、経営者(業務執行役員)を監督する形態がベストプラクティスであるとのご説明がありました。確かに、最近の潮流はその方向にあると認識しておりますが、社外独立取締役は、必ずしも株主とは限らないわけで、そのような社外独立取締役を、株主の代理人として選任する正統性(業務執行役員より、株主の利益のために行動するという保証)は、どのように担保されると考えたら良いのでしょうか?(甲斐幹敏)

A04:基本としては松浦さんに対する答えと共通です。独立取締役一人ひとりが、資本主義および株式会社制度を正しく理解し自らの責任を自覚していることが大前提です。その自覚を促すために、取締役会の仕組みとして独立取締役の業績評価が不可欠です。業績評価を風土としている国においては、社会全般に、定年制という、年齢で人を差別するような制度はありません。定期的に業績評価を行い、一定の業績を上げている人であれば何年でもその仕事を続けてもらいたいからです。会社においても独立取締役の業績評価制度が不可欠です(もちろん社内取締役も)。日本ではこのいずれもが満たされていないので、質問のような疑問が生ずるのだと思います。チコちゃんに言って欲しいです。ぼーっと生きてんじゃねーよ!!(若杉)

 

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