JCGR 日本コーポレートガバナンス研究所

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2020 CF研究会:第6回「資本調達と資本コスト:Q&A」

(Q&Aセッションはここです)

投資と株主価値創造 新製品の導入や既存製品の拡大で、将来、利益が増加すると見込めると、経営者は、株主価値創造を指して、資本を調達し投資を行う。たとえば企業買収も投資の1つであるゆえ、アメリカ企業はM&Aに熱心である。投資をするには投資資金調達が必要である。企業は株主はじめ投資家に投資に関する情報を提供する。それに呼応して投資家はその情報により投資がもたらす将来の予想利益を株価に反映させる。予想利益が十分(収益性が高い)であれば株価が上昇し、キャピタル・ゲインが発生し、株主価値が創造される。

投資を実行すべきか否か?これに対して、経営者は、株式市場の反応を見て投資を決断する。企業が発表する投資計画により、投資家が、予想利益は十分で株価が上昇する見込めると判断されるのであれば、株主価値が創造されるので、その投資は株主にとって望ましい投資であるから、企業は投資を実行すべきである。逆に、予想利益が十分でなく、株価が下落するようなものであれば、株主価値破壊が破壊されるので株主にとって望ましくない投資であり、企業は投資を実行すべきではない。

資本コスト 株主価値を創造するために企業が投資を実行すべきか否かは、上述のように投資の収益性に依存する。投資すべきか否かを決定する最低限の指標はなんであろうか。株主価値を創造するために超えるべき最低限の投資利益率を資本コストCost of Capitalという。一般に、資本コストが低ければ、利益率が低い投資も株主価値を創造する。そうであれば、より多くの投資が可能でより多くの株主価値創造が可能である。そのロジックで多くの企業が、資本コストが重要であると考えている。しかし、資本コストとは、その投資案件が持つリスク-ベータリスク-によって決まるのであり、本来は企業に固有のものではない。そうではなく投資案件のリスクによって決まるもので、投資案件に固有な数値なのである。今回の研究会の後半では、資本調達-株式発行、内部留保、負債調達-ごとに資本コストを導出することにより、このことを確認する。

CAPMと資本コスト 第4回研究会「効率的市場の理論-DDMと市場の効率性-」ではCAPMをとりあげ、資本市場においては資本が負担するリスクに対して見返り(プレミアム)がどのように決まるかを解明した。これは、リスクのある事業に資本を投ずるときリスクを負担する投資家(出資者)にどれだけのリターンを約束しなければならないかという資本コストの理論であった。

資本コストの定義 企業が事業に必要な資本を調達するに際していくつかの方法がある。第6回ファイナンス研究会では企業の資本調達にともなう資本コストが資本調達法ごとにどのように決まるかを取り上げる。ファイナンスにおける資本コスト概念は少し特殊に見える。企業の行動のベクトルはすべて株主価値送創造に向けられている。企業が投資を行うのは株主価値創造を行うためである。企業が実行すべきと認めるためにある投資が上げるべき最低限の投資利益率が資本コスト(Cost of Capital)定義されているのである。

MM理論 それを解明したのはフランコ・モジリアーニとマートンミラーでその理論はMM定理:The Modigliani-Miller theorem (M&M)とも呼ばれている。1952年の論文で発表されたものである。その理論の要は「企業の価値は資本構成を変更しても変わらない、一定である」というものでそれから何十年も学界を揺るがせた理論である。その後のファイナンス理論の発展により、現代では当たり前の論理になっているが、当時の常識からいうとコペルニクス的転回であったのである。

MM理論の三命題 MM理論は、その後のファイナンス理論の発展により、よりスマートな紹介法もあるが数学がわずかだが高度になるなどのバリアもあるので、本研究会ではほぼMM理論に忠実に説明していく。MM理論は、第一命題「企業価値は資本構成から独立である」、第二命題「株式投資収益率は負債比率の関数である」そして第三命題「資本コストは資金調達方法とは無関係である」という3つの命題から成り立っている。今回のファイナンス研究会のテーマは第三命題である

企業価値は資本構成とは無関係 まず、U企業という自己資本100%の株式会社とL企業という負債を持つ企業を想定する。2つの企業は資本構成は異なるが、営業利益に関しては同一の期待が持たれている。投資家がU企業への投資とL企業への投資の間で裁定取引を行うことにより、両企業の企業価値が等しくなることを証明する。それに基づき、企業は資本構成が異なっても企業価値は等しいことを推論する。これが第一命題である。第二命題は、第一命題に基づき、株主のL企業への株式投資収益率は、その企業の(時価総額および負債にもとづく)負債比率の増加関数であることを導く。この命題は、第5回ファイナンス研究会の財務レバレッジに対応するものである

MMの第一命題の証明 レクチャーでは数値例を用いて説明したので、ここで定式的に導出する。記号は資料に従う。U社の株式の100α%を持つポートフォリオUを想定すると、その投資額はαVU(VUは株式時価総額すなわち株価×株式数)であり投資収益はαXである。他方、L社の株式の100α%と社債100α%とを保有するポートフォリオLを想定する。その投資額は、株式についてはαSL、社債についてはαBLであるから合計α(SL+BL)=αVLである。投資収益は、株式投資から α(XーrBL)、社債からαrBLであるから合計αXである。ポートフォリオUもポートフォリオLも同じ投資収益をもたらすのであるから、市場メカニズムによりその投資収益を得るための投資額は等しくなるはずである。したがってαVUαVLであり、VUVLである。つまり、同じ営業利益Xを上げる二つの企業は、資本構成が異なっても企業価値は等しい。(証明終わり)

MMの資本コスト導出プロセス 第三命題が今回のファイナンス研究会の主題である。企業が新規事業に投資をするとき、そのための資本調達には、株式発行があるが、➀新規投資の成果を反映した株価で新株を発行する時価発行と➁時価より低価で新株を売り出す割引発行とで資本コストが等しいことが示される。さらに、③内部留保も④負債調達も資本コストが等しいことが証明される。日本では長い間、内部留保は利益を内部留保するだけであるから資本コストはゼロであると考えられてきた。また負債は、金利を払えばよいのであるから負債の資本コストは金利であると考えられてきた。だがこれらはいずれも間違いであり、資本コストは、内部留保も負債調達も時価発行の資本コストと等しいのである。研究会では、これらの結論を、MM理論のモデルに基づいて導いていく。

【解説1】第一命題 資本構成問題とは、企業が資本のために稼いだ付加価値つまり営業利益を、負債と資本とでいかに分け合うかという問題である。ある企業が株式と社債を発行し事業を行っているとする。簡単のために税金は無いとする。社債には利子として営業利益の一定部分が支払われ、株主には営業利益から社債利子を支払った後の残余が純利益として支払われる。仮に一人の投資家が株式も社債も全額をもっているとする。その場合、投資家の投資収益は営業利益そのものである。したがって、企業が資本構成を変えても投資収益に変わりは無い。したがって、投資家にとっての企業価値-つまり株式価値と社債価値の合計-は一定であり、資本構成からは独立である。これがMMの第一命題である。(ただし、社債が過度に大きくなれば、財務レバレッジにより倒産のリスクが高まるので企業価値も影響を受けるであろう。)第一命題が成り立つならば、新規投資の利益率がそのリスクに見合ったリターン(=利子率+リスクプレミアム)より大きな投資リターンをあげるのであれば、その新規投資を実行すれば株主価値が創造される。しかし、いかなる資本調達によるかは無関係である。投資後の資本構成がどうなるかは関係ない。これがMM理論の第三命題である。

【解説2】負債の資本コスト 負債の要求収益率は利子率であるが、新規投資のために負債を調達すると一般に企業全体の負債比率が上昇し自己資本の要求収益率が上昇する。その上昇分を補給するために利子率以上の利益率が必要であり、結局、負債の資本コストは自己資本のコストに等しくなる。

【解説3】投資利益率 最初に I  億円の投資をすると、1年後から永久に毎年 Y 億円の平均利益を期待できるとき、次回にとりあげるDCF法による、その投資の利益率ROIは、ROI=Y/I と表すことができる。

【解説4】税金の問題 今回のMM理論の導出では法人税のことを考慮していない。第5回ファイナンス研究会で言及したように法人税が課されると企業にとっては負債を利用する方が有利になる。その結果、資本コストも、自己資本調達(株式発行、内部留保)より、負債調達の方が低くなる。つまり、自己資本調達では資本コストをクリアできない投資も、負債調達では実行可能になるのである。MM理論自体が改訂理論を発表してこのことを認めているが、今回の研究会では法人税が無いものとして、ファイナンスのロジックを紹介する。

(若杉 敬明)

Q&Aセッション

Q01:M&A等の投資案件では、投資案件に含まれるリスクを評価し、リスクに見合うリターンを確保するための割引レートを設定して、投資案件の将来のC/Fを割引いて投資金額の上限を算出すべきところ、競合他社の競争条件を意識して割引レートの引き下げ(投資金額の引き上げ)競争に陥りがちですが、泥沼化を避けるため、割引レートの下限の設定方法として、自社の資本コスト(WACC)や当該案件の投資金額の資金調達方法(これも投資案件のリスクを反映したものでなく、資金調達する自社のリスクを反映したもので有るゆえ、自社の資本コストで妥当なものとは言えないも)から算出される資本コストを採用することは、必要最小限度の措置として許容されるでしょうか、又はその他の良い方についてご教授下さい。(松浦 洋)

A01:M&Aの対象物件(企業あるいは事業)を評価する際、対象物件が将来稼ぐキャッシュフローをそのリスクに見合ったリターンを要求収益率(すなわち資本コスト)として割り引くのが基本である。しかし、他にM&Aを考えている競争相手がいる場合、プレミアムを付けて買わなければならない。そのプレミアムをどう決めたら良いかという質問ですね。資本コストを過少にして対象物件の価値を高めるのは、よく行われているようですが、私はそれには反対です。そもそも買収するのは、自社が買収すれば、対象物件が現在上げている以上のキャッシュフローを稼げると考えられる場合です。あるいは、対象物件の事業がこれまでの事業と補完的であるので大きくビジネスリスクを下げることができると見込める場合です。つまりシナジーがある場合です。それらを見込んだものが現在の買収オファー価格です。それでは太刀打ちできないからと、割引率である資本コストを過少にして、対象物件の価値を高く見積もることには、私は反対です。なすべきことは、これまで想定した以上にシナジー効果を発揮する術があるか否かを冷静に分析し判断するべきだと思います。それがない場合は、経営者に、やるからにはどんなことをしてでも結果を出してみせる、結果を出せなければ責任を取って辞任するという、経営者としてプライドと能力が必要だと思います。それを後押しするのが、取締役会のガバナンスです。日本の企業は、経営能力もガバナンスも無いのに海外企業を高値づかみし、過半のM&Aを失敗に終わらせてきました。私は、90年代以降の失われた10年、20年、30年の理由の一つは、M&Aの失敗で日本企業の冨が海外に流出していることにあるのではないかと考えています。 (若杉 敬明)

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