JCGR 日本コーポレートガバナンス研究所

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2020 コーポレートガバナンス研究会:第7回「報酬委員会と役員報酬-Pay-for-Performance-:Q&A」

Q&Aセッションはこちら

今回は米国における報酬委員会の実務をPay-for-Performanceという観点から見ていく。

1.ペイ・フォ・パフォーマンス

 繰り返しになるが、株式会社の目的は営利である。営利とは事業により利益を上げ、それを出資者である株主に分配することである。株主にとって利益は多い方が望ましい。したがって株主は経営者に利益を追求する経営を望む。しかし、利益を上げる経営により恩恵を受けるのは株主だけではない。会社が十分な利益を上げる力があれば、利益になるべき付加価値の一部を他のステークホルダーのために使うことが出来る。
  -従業員に、給料・ボーナスや良好な労働条件を提供できる
  -顧客にも、R&D投資による新製品開発などで報いることができる
  -取引先企業とは、相手を尊重した良質の取引を行うことができる
 利益追求の結果を他のステークホルダーに分配する事により、利益はさらなる利益を生むドライブになるので、株主は最終的に高利益による高配当、株価上昇等で報いられる。

 事業を管理し利益を実現するのはCEOに代表される経営陣である。株主は、CEOに会社経営を委任する契約とともに報酬を払う契約を結ぶ。委任とは経営を委ねることであり、委託と異なり経営により特定の結果-利益-を実現することを依頼するものではない。その意味で株主からすると毎期の業績は保証されていない。つまりリスクがある。それゆえ、株主は損失のリスクを回避しできるだけ多くの利益を上げる経営を望む。しかし、委任とはCEOにあれこれ指示をすることではない。どのようにすれば、経営者に利益追求に本気を出してもらえるであろうか。方法はいろいろあるかも知れないが、われわれは経験的に、人は報酬によって動くことを知っている。報酬契約により、CEOが自発的にやる気(motivation)になり利益に邁進する経営を行ってくれるのではないだろうか。それでは、どのような報酬の仕組みがCEOのモチベーションになるのであろうか。

モチベーションに関する期待理論 仕事において「やる気」を起こさせるのは何か、どのようなメカニズムであるかに関して「期待理論Expectancy Theory」が知られている。V.H.ブルームはモチベーションMがどのように生じるのかという過程に着目した「期待理論」を著書Work and Motivation(1964)において提唱した。➀Efforts(努力)によってGoal(目標)達成が期待E1できる。➁Goalを達成すればReward(報酬)が期待E2できる。③Rewardは自分にとって魅力(valence)があると期待E3できるという連関により、モチベーションMはこれらの期待の積M=E1×E2×E3によって決まるというのである。積であるので一つでも低い期待があるとモチベーションが極端に下がってしまうので、三つの期待のバランスが取れていることが重要である。L.W.ポーターPorter&E.E. Lawler は、ブルームの期待理論に「仕事に対する報酬を通して企業と目的と社員の目的の一体化」を加えた期待理論を提唱した。頑張った結果に対する報酬に満足した人は、次の仕事に対するモチベーションが上がり、その高いモチベーションで取り組んだ仕事は良い結果を生んで満足する報酬が得られるというように、好循環を生むことを主張した。

Pay-for-Performance Policy 期待理論により報酬が重要な働きをすることが確かめれている。現代のアメリカ企業においてはPay-for-Performanceが従業員に共通の報酬哲学であり、取締役会も役員報酬に積極的に採用している。株主から会社を預かった取締役会は、業務に関する意思決定を行い、CEO以下の役員に業務執行に関して委任契約する。CEOとの報酬契約を期待理論に基づいて設計するならば、➀CEOのモチベーションを高め、➁CEOが取るパフォーマンス(執行)の質を高め、③営利企業として、株主が満足するサステイナブルかつ大きなパフォーマンス(成果)を期待できるというのである。これを実現する報酬概念が Pay-for-Performance(以下P4P)であるというのである。

2.ニューヨーク証券取引所の報酬委員会ガイドライン

 経営者報酬は、株主にとっては費用として株主の利益を減ずるので株主にとっては「経営を委任するコストである。他方, くふう次第で経営者のモチベーションを高めるインセンティブとして機能する。株主も取締役会も 「経営者報酬は利益を生むためのコスト」と認識することが重要である。株主が関心を持つべきポイントは、現在実施されている報酬プランは、➀コストと効果(成果である利益)の関係が明確か、そして、➁インセンティブとして効率的に機能しているかの二つである。

NYSEの上場マニュアルは、取締役会に①独立取締役による報酬委員会の設置、②適切な役員報酬制度の実施、③その開示を要請している。その規程は次の通りである。
A)CEOの報酬
 ➀CEOの報酬プランの策定(事前)。
 ➁会社の目的を確認し、CEOの報酬を決める規準となる会社業績の目標を確認する(事後)。
 ③その目標・目的を規準としてCEOの業績評価を行う。
 ④業績評価に基づきCEOの報酬額を決定する。
  ・この時、報酬委員会のみで決めても、他の独立取締役を入れて決めてもよい。
B)CEO以外の役員の報酬
 -CEO以外についてもインセンティブ報酬プランおよび株価連動プラン等を策定し、取締役会に提案する。
C)報告の作成と開示
 -執行役員の報酬にかんする報告を作成し、SEC規制にもとづき、株主総会の招集通知に添付される年次株主報告書あるいはForm10-Kにもとづく年次報告書に掲載する。

3.米国における役員報酬開示制度改革

 英国では1990年代から高額な役員報酬が社会問題になっていたが(キャドベリー委員会発足の一つの理由であった)、米国では2000年頃から役員報酬が高騰し社会的問題として再燃した(それまでも不況になる度に問題となった)。それを受け、2006年、SEC(証券取引委員会)が新たに次のような開示ルールを導入した。➀役員報酬に関する企業の方針 ➁CEO・CFOおよびその他の報酬額上位者3人(合計5人)の報酬 および③過去③年間の報酬の詳細。リーマンショックの後、金融機関に対する世間の風当たりが強くなり、2010年ドッド=フランク・ウォールストリート改革法(DF法)が成立した。同法の役員報酬関係の主な項目は次の通りである。➀役員報酬の株主承認(Say-on-Pay;第951条) ➁報酬委員会の取締役会からの独立性(第952条) ③役員報酬の追加的開示(第953条;役員報酬と株主総利回り(TSR)を始めとする財務業績との関連性の開示) ④付与が結果的に誤りであった場合の報酬の回収(第954条Claw back条項)。またPay Ratioの開示義務も定められた。

Say-on-Pay (Advisory Vote on Executive Compensationが正式な名称)

 株主総会で株主が役員の報酬について賛否を投票することである。役員報酬について株主の意見を直接に問う仕組みであるが、投票結果は、非拘束(=拘束力を持たない)である。また英国では義務化されているが、米国ではSay-on-Payの導入は義務化されていない。拘束力 のないSay-on-Payを義務化することについては投資家側からの強い要望があり、数年来、活発な議論が展開されている。一般的な株主が、役員報酬の妥当性について判断できるかについては疑問の声もあるが、役員報酬高騰の歯止めになることが期待されている。なお、Say-on-Payに拘束力を持たせないのは、独立取締役のみで構成される報酬委員会においては報酬の内容や額について独立な判断がなされるはずである。それに基づく取締役会の決定は経営判断の原則Business Judgement Ruleに基づき尊重されるべきであるという思想があるからである。株主は、取締役を選んで経営を委ねた以上、役員報酬について訴えを起こすことは実質的に不可能なのである。

Pay Ratio ペイ・レシオ

 企業の報酬指標の一つであり、経営トップの報酬(ペイ)が自社の平均的な従業員の何倍であるかという比率(レシオ)をいう。DF法に基づき2018年から米上場企業が開示を開始した。開示規則は、最高経営責任者CEOの報酬額と従業員の賃金(年収)の中央値およびペイ・レシオを開示事項に加えるとしている。米国では、経営者の報酬が企業業績や株価、世間的な物価水準、労働者の賃金額などとは無関係に高騰し、格差の拡大を助長しているという批判が、ペイ・レシオ開示の背景である。

4.CEOの高額報酬の背後にある人材観

ビジネスの世界では、一般に優秀な人は高い報酬を稼ぐ、高い報酬を稼ぐ人は優秀な企業人だ、と考えられている。背景に、企業の目的は利益を上げることゆえ利益に貢献する人は優秀な企業人であると考える社会的認識がある。つまり、従業員を利益を生むための資源-human resources-と考えており、利益に貢献する人材には高報酬で報いるという慣行がある。企業における人の管理は、Human Resources Management(HRM)と呼ばれ、一人ひとりの従業員に利益への貢献を求めるとともに、貢献に応じて報酬を支給する。これがまさにPay-for-Performanceである。逆に、利益への貢献が小さい仕事、誰にでもできる仕事しか出来ない人は低い報酬に甘んじなければならない

5.報酬を確保するためのCEOの努力

経営者報酬は、全額株価上昇にリンクした業績連動報酬と想定しよう。サプライズ投資―投資家が予想できなかった投資利益率がリスクに見合ったリターンより高い投資―による株価上昇がなければ、経営者の報酬はゼロである。したがって、経営者は株価上昇を目指して、積極的に投資機会を探索し、見込があれば敢えてリスクテイクを覚悟し投資を実行する。実行した後、経営者は、リスクマネジメントを励行し、安定的な利益の実現と、株価上昇を目指す。経営者は、利益実現のために常に最善の努力をしていることを、投資家に信じてもらうために、IRミーティング等を積極的に開催する。経営者と投資家との間に信頼関係が成立していれば、新規投資は株主価値を創造し、株価上昇により報酬が実現する。 (若杉敬明)

Q&Aセッション

 

Q01添付資料によると、1965年を基準に2018年の指数を比較すると、CEO報酬は18.59倍、S&P500の株価指数4.46倍、民間企業の賃金1.34倍となっており、CEO報酬が説明が付かないほど高額上昇であると同時に、民間企業の賃金が53年間で1.34倍と、これまた説明が付かないほど低額に抑えられている。

これは米国の労働市場は、会社都合による解雇が多く、また移民政策により、労働市場は常に供給過剰の状態(高い失業率と失業保険給付に依存し就職活動をしていない失業予備軍が併存している状態)で、供給と需要が交叉し労働力の価格が上下を繰り返して市場価格を形成する舞台装置が全国的に構築されていないため、長年労賃が異常に低く抑えられてきた結果ではないかと思います。

万一、以上の認識が正しいとすると、全てのステークホルダーは市場経済の下で、公正に取り扱われ、結果として生じた利益は社会的に正当性を持ち、CEOの高額報酬も高額配当や株主価値も正当性があるとする前提が崩れるのではないかと思われます。

米国のコーポレートガバナンスは非常に論理的に構築され、参考とする処多々ありますが、実際の運用面で有効に機能していないところもあるように見受けられる。昨今CEOの高額報酬や格差社会に対する厳しい批判が有る中、米国のラウンドテーブル・All Stakeholder主義のESG投資の活発化の状況下、この低賃金問題の解決策として米国で何か有効は手段が考えられているのでしょうか、または欧州のように労働者代表をコーポレートガバナンスの構成メンバーに加えることが必要なのでしょうか。

A01:難しい問題ですね。労働市場が流動的で競争原理が働いていれば労働に対する需給で賃金が決まるはずです。ただし、一口に労働と言ってもさまざまな(質が異なる)労働がありますから、賃金は一様には決まりません。誰でもできる仕事であれば賃金は安く、余人をもって代えがたい労働であれば賃金は高くなります。企業において、付加価値の生産に著しく貢献しており、かつそのような人材の獲得が極めて困難であるというような人材がいる場合には、その人が付加価値のほとんどを独り占めするほど賃金は高くなっても経済原理に反しません。アメリカの大企業のCEOはそのような逸材かもしれません。では、いくら利益を上げてるとはいえ、CEOの報酬の伸びが株主の利益の伸びより大きいというようなことをなぜ株主は許しているのでしょうか。その理由として考えられるのは、そのCEOがいなければ、株主は現在のような株主利益を享受できないと考えているからです。CEOにいくら報酬を払っても今の株主リターンをエンジョイできれば満足だ、というわけです。アメリカの企業や社会が、非常に有能な経営者を育成し動機づけるのが巧みであれば、人口のごく一部の人を選抜しこのような経営者層を形成するということが考えられます。自由経済の市場原理に忠実な社会であればこそ、所得の格差問題は生じます。資本主義の宿命です。この格差問題はどこかの社会主義国でも生じていると思います(違いは自由競争、市場原理の結果であるのか差別的な制度の結果であるのかということです)。それはともかく、あまりに極端な格差は社会的な問題です。かせげるCEOの報酬は、100%本人の努力の成果ではありません。現代の社会ニーズに合った能力を持って生まれたという幸運も多分にあるはずです。その幸運の部分を、幸運でなかった人とシェアすることが必要だと思います。それが所得の再分配です。その一つが国が行うもので所得税制や社会保障です。他は、高額所得者が、自分に幸運を与えてくれば社会に対してお返しをする寄付です。国の政策も重要ですが、私は自由主義・民主主義の国では後者がメインであるべきだと考えています。それには国民の気高い精神が不可欠で、国民に対する教育、躾が重要です。ここまで来ると理想論に近くなりますが、どこでどのように国が関与すべきかが現実の問題です。ピケティ教授が提起したのはこの問題です。(若杉 敬明)

Q02:いつも有意義な講義・ブログ・動画をありがとうございます。今回テーマの報酬問題も企業ガバナンスにとって重要な点でした。さて予てより「Wakasugi Watcher」である私は、先生の過去記事などファイリングしています。今回の件で思い出したのですが、2010年春ころの日経に次の記事がありました。『インタビュー領空侵犯・若杉教授、「経営者への叙勲をなくせ。報酬は業績連動の金銭で」』というタイトル。趣旨を私なりにかいつまみますと、「経営者は利益追求にまい進すべきなのに日本では大企業経営者のインセンティブが高ランク勲章になっている」「結果、赤字を恐れて果敢な経営判断をしなくなる危険性がある」「日本では結果平等という貧しい時代の文化が残り(中略)、(高額)報酬は自己判断で社会貢献しやすいよう寄付税制を見直すべき」と締めておられました。

さて、今回の講義と基本的に変わらない内容に安堵しましたが、質問は次の点です。

①勲章は原則個人に授与される。勿論大っぴらに受勲を目標化する経営者はいないが、そこにインセンティブを求めること自体、ガバナンスの趣旨に反しているのではないか。②(他方逆説的に)日本の旧財閥系等を含めたエスタブリッシュ系企業のCEOの報酬は低い。しかし彼らの報酬が10倍になったところで、その企業の利益水準が数倍になるのだろうか。投資家はそのことを分かっているのではないだろうか。

A02:① 大きな業界の協会長を務めると高位の勲章をいただけるのだそうです。会社側もその暗黙のルールは分かっていて、協会長を務めるような会社には勲章担当の部署があるそうです。いよいようちの会長の番だということになるとその部署が勲章獲得に向かって動き出すのだそうです。いわゆる猟勲運動です。週刊文春などが会長のスキャンダルをほじくり出したりするともみ消しに走るということです。そういう会社の会長は、ライバル会社の会社の会長がこれこれの階位の勲章をもらうと自分は少なくともそれ以上の勲章をという気持ちになるのだそうです(以上の話はすべて伝聞ですがありそうな話でもありますね)。業績をあげたトップには高額の報酬が支払われるので、それを寄附に充て高邁な社会貢献により名声を得るというような社会的な風習がない現代の日本では考えられないことです。アメリカではビル・ゲイツさんが有名ですね。ただし、寄附は汚くもうけた人が、マネーロンダリングのために活用するということもあるそうです。こんな不健全なことが起こるならば、会社の利益に貢献したCEOには多額のインセンティブ報酬を支払うというコーポレートガバナンスに忠実な役員報酬制度の方が健全だと私は思います。なお、日本の場合、業績が悪かったり、企業不祥事が発覚したりすると勲章を貰えないということです。したがって、アベノミクスが成長戦略ということで企業に積極的な投資を迫っても勲章に近い経営者はリスクをとれない、あるいは不祥事が起こればもみ消すというような、およそ正しいコーポレートガバナンスのもとではあってはならないことが起こっているのだそうです。

②日本ではpay-for-performanceがなぜか嫌われます。別の見方をすると、pay-for-performanceは、報酬においてもハイリスク=ハイリターン、ローリスク=ローリターンの経済原理が働くことを意味しています。芸能界やスポーツ界と異なり、サラリーマンには能力など関係がないと思われているせいか、大企業の経営者が高い報酬を得ると他人の妬みを買うだけなので、好まれないように思われます。また、横並び意識が強い日本ではローリスク=ローリターンが好まれるのではないでしょうか。投資家はそのような日本の社会システムを見抜いているのでだれがCEOになっても同じだと思っているのではないのでしょうか。(若杉 敬明)

 

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