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2020 CF研究会:第7回「投資の経済計算と加重平均資本コスト:Q&A」

Q&Aセッションはここ

0.はじめに 

今回は検討対象となっている投資案件が株主価値創造に貢献するか否かがどのように判断されるかという問題を取り上げる。ファイナンスの分野で資本予算(Capital budgeting)あるいは投資の経済性計算(または経済計算)と呼ばれる分野である。第6回ファイナンス研究会では資本コストを取り上げたが、その資本コストをどのように使うかという問題でもある。経済性評価には会計的利益率(ROI・ARR)および回収期間(PB)が伝統的に用いられてきたが、その後、より合理的な判断基準として正味現在価値(NPV)および内部利益率(IRR)が利用されるようになってきた。この2つは投資がもたらすキャッシュフローの割引現在価値を前提とする判断基準であるので、これらを利用する投資の経済性計算はDCFと呼ばれる。そのほかに、回収期間をDCFに基づいて計算する割引回収期間法、投資決定にオプションの概念を導入したリアルオプション(Real Option)と呼ばれる方法もある。

1.用語法:キャッシュフロー、営業利益そして純利益

ファイナンスの観点からは、投資とは、最初に資本を投下(資本支出)して種々の資産を取得し、その後それらを用いて事業を行い、販売収入の中から投下資本を回収するとともに資本に対する利子・利益を獲得する企業活動である。この過程における現金の流れをキャッシュフローという。投資が資本に価値をもたらし、資本を増殖するか否かを判断するのが投資評価あるいは投資の経済性計算(経済計算)である。株式会社の目的は営利ーつまり、事業を行い利益を稼得し出資者である株主に利益を分配することーであるから、企業会計の最終的な目的は株主利益の計算である。

ファイナンス論においては、負債も自己資本(株主資本)と同様に、いろいろな資産を取得するための資金の源泉になっており、資本の一部である。それゆえ、かつては頻繁に他人資本と呼ばれた。損益計算書の営業利益に金融収益などの営業外収益を加えた利益(企業会計上は名前がないのでこの研究会では事業利益と呼んでいる)から負債に対する利息が支払われるので、事業利益はしばしば利払前利益と呼ばれる。その残りが経常利益であり、これに特別利益・特別損失が加減された利益が税引前当期利益と呼ばれる。これが株主への利益であるが、これから税制上課される法人税を控除した残額が、株主に分配される利益である。実際には一部が内部留保された残りが配当として株主に分配される。

ファイナンス論と制度上の企業会計とでは用語が若干異なるのでここで整理しておく。上でいろいろな利益が出てきたが、自己資本と負債の合計である資本に帰属する利益は事業利益である。ファイナンス論では、これを利払前利益または営業利益(企業会計の営業利益と紛らわしいので注意が必要)と呼ぶ。営業利益(NOI;Net Operating Income)から負債への利息を控除した残りを利払後利益あるいは純利益(NI;Net Income)とよぶ。企業会計では、この利払後利益に特別損益を加減した残りが純利益であるが、ファイナンス論の純利益と企業会計の純利益との間には、特別損益の分だけの差があるので、ファイナンス論の手法に企業会計の数値を適用するときには注意が必要である。ファイナンス論では、利払前利益すなわち営業利益が資本(負債+自己資本)に分配される利益であり、キャッシュフローである。

投資の経済計算におけるキャッシュフローとは、先ず第一に最初になされる初期投資である。これは投資のために調達された資本額に等しく、資本にとってはマイナスのキャッシュフローである。次にその後の各期のキャッシュフローとは、資本(負債と自己資本)に分配される利益である利払前利益(営業利益)ある。しかし、それだけではない。なぜなら、減価償却費は資本減耗を補償するものでもあるが資本の回収の意味があるからである。減価償却費は企業会計上の費用であるが、実際には支出は行われない。利払前利益を計算するにあたっては減価償却費が控除されているので、これを加え戻さなければならない。したがって、毎期のキャッシュフローとは利払前利益プラス減価償却費である。投資の経済性計算において注意すべき点はここである。なお、減価償却費について補足すると、企業会計上は最初の資本支出は費用とされずに、まず貸借対照表上の資産に計上される。その後の各期において、資本の減耗に対応するものとして減価償却費という名称で費用として計上されるが支出ではなく、それは事実上、投下資本の回収なのである。

2.わが国における投資の経済性計算の実務

次の表は、わが国で以上述べた方法がどの程度利用されているかの調査結果である。

投資の経済性評価指標の利用状況
  いいえ(1) まれに(2) しばしば(3) たいてい(4) つねに(5) 利用率(3+4+5)
ARR・ROI 28.1% 23.4% 18.7% 18.7% 11.1% 48.5%
回収期間 16.8% 18.6% 15.6% 26.3% 22.8% 64.7%
割引回収期間 33.9% 19.9% 21.6% 16.4% 8.2% 46.2%
正味現在価値 35.9% 15.9% 17.6% 17.1% 13.5% 48.2%
内部利益率 50.9% 15.0% 10.8% 11.4% 12.0% 34.2%
リアルオプション 91.0% 7.2% 1.8% 0.0% 0.0% 1.8%
その他 91.9% 3.5% 06% 0.0% 4.1% 4.7%

(出所)東証1部上場企業に対する投資意思決定に関する実態調査(北尾信夫「わが国企業の投資決定におけるステークホルダーの影響」)『原価計算研究』(日本原価計算研究学会)2013 Vol.37 No.2 –対象:製造業、電気・ガス業、情報・通信業 1046社 –有効回答: 172社 有効回答率 16.4% –選択肢:回収期間法(PP;Payoff Period)、割引回収期間法(DPP)、正味現在価値法(NPV)、内部利益率法(IRR)、リアルオプション(R/O)

この調査によるとDCF法-正味現在価値と内部利益率-の利用は50%に充たない。その上、5.明田雅昭の教育的ノートによると、資本コストを合理的な方法で計測している会社は20%にも充たないとのことである。DCFが正しい方法で利用されているかどうかは疑問のようである。

3.特殊なケースにおけるIRRとARR

DDMモデルによると毎期一定の期待配当D(DPS)を永久に払い続ける株式の価値Pは、株主の要求収益率をkとすると、P=D/k であった。毎期一定額の配当フロー(D,D,・・・,D,・・・)のkで割り引いた現在価値はD/kということである。投資額IIで永久に同額の期待キャッシュフローFを生み続ける投資プロジェクトの現在価値は、割引率をxとするとF/xである。これが投資額IIと等しくなるxがIRRである。したがって、II=F/xよりx=F/II=IRRということになる。毎期の利益を投資額で割った比率がIRRなのである。この関係を公式として覚えておくと便利である。

投資期間が5年、初期投資20億円、毎期の営業利益3億円の投資案件がある。なお減価償却費は20億円を5年で償却するので毎期4億円である。したがって、毎期のキャッシュフローは7億円であり、投資のキャッシュフロー流列は[-20  7  7  7  7  7] である。会計利益の流列は[3  3  3  3  3] である。会計では初期投資は減価償却費として営業利益を計算する際に控除されている。この投資のIRRはExcelのIRR関数によると22.1%であり、ARRは3/20=15%である。

この投資は、設備の劣化を防ぐための補修に4億円の減価償却費を再投資し続けていくと設備はつねに新設の時の状態が維持され、永久に3億円の営業利益が期待できるとする。キャッシュフローは3億円+4億円であるが、4億円は再投資されるので正味のキャッシュフローは3億円である。この投資のIRRは上の公式を用いて3/20=15%である。営業利益3億円も維持されるのでARRも同じく15%である。このような投資においてはARR=IRRである。したがって、ARRは貨幣の時間価値を考慮していないのでIRRに劣ると一概に言うことはできないので注意を要する。

4.法人税制下での投資利益率と加重平均資本コスト

加重平均資本コスト Weighted Average Cost of Capital : WACC とは、資本コストは負債および自己資本の要求収益率の加重平均であるという意味である。法人税が無い場合には WACC==r(B/A)+k(W/A)である。ここにr:金利(負債の要求収益率)、k:自己資本の要求収益率である。またB:負債、W:自己資本株主、A:B+Wである。自己資本の利益に税率tの法人税が課され場合には WACCt=(1-t)r(B/A)+k(W/A) となる。ここに、kは負債を調達していう企業の株主の要求収益率であり。(1-t)rは、税金があるとき金利は税率の分だけ低くなることを表している。このことは、前回の講義で負債の資本コストは、税金があるとき自己資本より低くなることを示したが、そのことと対応している。その結果、負債を利用するほどWACCは低下するのである。これに対応して、投資の経済性計算において税引き後のキャッシュフローを用いるときには、キャッシュフローに(1-t)を掛ける。実際には、株主利益分だけに税金がかかるのであるが、キャッシュフロー全体に税金がかかったとして利益率を計算するのである。

5.資本コストの推計方法

WACCは投資決定において致命的に重要であるが、他方できわめて恣意的な面がある。理論および株式市場と金融市場のデータに基づいて推計されるものだからである。明田雅昭(日本証券経済研究所)は「企業のための資本コスト試算マニュアル〜CAPM編 ver.1.0〜」という教育的ノートにより、コーポレートガバナンス・コードに言及しつつ、資本コストの推計方法を具体的に解説しているので紹介する。日立製作所を取り上げ、実際に推計された資本コストの数値が示されている「要約」を以下に掲載する。

企業統治コードの 2018 年改訂版により企業は「資本コストを意識した経営戦略・経営計画の策定と公表」を求められることになったが、業界団体のアンケートによれば東証第一部企業の 8 割近くは資本コストの算定を行っていない可能性がある。
本稿では、どの企業でも費用をかけることなしに自社の株主資本コストの試算を行える方法を提案する。下の図表は日立製作所(経団連会長輩出企業)を分析したものだが、企業の短期的な株価変動から推測された株主 β は 1.34、電気機器業種の中長期的な株価変動から推測された株主 β は 1.24 であった。適切な前提値をおいて CAPM で試算したところ株主資本コストは 7.7%~9.5%程度で、8.9%が推奨試算値となった。
本稿は、株主資本コストを試算するための考え方と手順を示すもので、具体的な EXCELシートの仕様も提示している。企業はこのような株主資本コストの試算値情報も手元に加えて、運用会社との「建設的な対話」に臨んでいただきたい。

6.実効税率

法人に課される税は色々あり、実効税率の算出はけっこう複雑である。東京に本社を置く大企業には次の1)~5)の諸税が課せられ、実効税率は30.62%と計算されるという

1)  法人税:23.2% 2) 地方法人税:4.4% 3) 住民税:16.3% 4) 事業税:0.88% 5) 地方法人特別税:2.9%

これらの税率から、実効税率は次の分子、分母から計算される。
分子=法人税率×(1+地方法人税率+住民税率)+事業税率+地方法人特別税率
分母=1+事業税率+地方法人特別税率
実際の数字を当てはめると次のようになる。
実効税率={23.2%×(1+4.4%+16.3%)+0.88%+2.9%}/(1+0.88%+2.9%)=30.62%

以上の推定は http://ventureinq.jp/effectivetaxrate/による。 

 (若杉 敬明)

Q&Aセッション

Q01:投資決定の手法としてDCF法を実務に利用して行こうと思います。その時の投資期間の考え方ですが、具体的にどのような年数を採用すればよいのでしょうか。例えば、機械装置を購入する場合は、耐用年数を使えば良いと思いますが新規工場を建設する場合や他社から新規事業を買収してくる場合などは投資期間をどのように設定すればよいのでしょうか。結局、投資期間を正しく設定しないとNPⅤも正確に計算できないと思います。基本的な考え方はあるのでしょうか?

A01:設備投資の場合も機械の新規投資の場合も同様で、①(苦しいことですが需要予測などを行い)期待キャッシュフローを予想します。(取替投資であれば主として費用の節約額がキャッシュフローになります。)②投資期間をずらしていき、それぞれの期間ごとに、キャッシュフローから計算されるNPVを計算します。③は最大になる期間が投資期間になります。④予想キャッシュフローが、将来の状態によって異なるというリスクがあるときには、いくつかのシナリオを描き、シナリオごとにNPVを計算します。⑤さらに、それぞれのシナリオが実現する確率を予想します。シナリオごとのNPVにシナリオが実現する確率をかけて期待NPVを出すなり、最悪のNPVが発生するシナリオの確率をみて、投資をするかしないかを決定する。
キャッシュフローが比較的容易に予想できることもありますが、前例のない投資や新製品の場合には、分からないことばかりで予測は非常に困難で苦しい作業です。つまりリスクということです。しかし、大事なことは、何が明確に予想できることで、何が全く予想できないことで、何がその中間であるかを明らかにすることです。どうしてもそのような投資を実行しなければならないときでも、リスクの要因が分かっているのでリスクを最小にすることができます。逆に言えば、そこまで分析ができていれば、この投資を実行すべきか、すべきでないかの判断ができます。ここまで分かっていれば、最悪でも会社を潰してしまうことはないというような確信を持ってリスクにかけることができます。(若杉 敬明)

Q02:資本コストの内、株主コストの算出にあっての推定方法の違いによる影響について質問させて頂きます。
  CAPM:   re = rf +  β x(rMkt – rf)  を使って株主コスト(re)を求めるには、β と同様に市場リスクプレミアム(rMkt – rf)  の推定の正確さも大事かと思います。
ブログでご紹介頂いた日本証券経済研究所の明田雅昭氏の「企業のための資本コスト試算マニュアル」によると、推奨市場リスクプレミアムは 6.9%となっています。安全資産利子率(rf)については 0.28%を採用されていますので、市場リスク(rMkt)は 7.18%となります。同様に、Bloombergの最近のデータで日本のExpected Market Returnを見ると12.35% (Risk Free Rateは0.04%)となっており、「試算マニュアル」の結果とは 5% 余りの大きな差があります。
  市場リスクプレミアムの推定方法として、「試算マニュアル」ではヒストリカル法を、Bloombergでは問い合わせたところインプライド法を使っているとのことです。また、両者のデータ取得対象期間も異なっているものと理解しています。

A02:資本コストは、投資がもたらす将来のキャッシュフローに適用されるものですから、CAPMに基づく資本コストも、将来に関する金利、マーケットプレミアムそしてベータ係数によって推定されます。将来は過去と同じとは限りませんから過去のデータに基づいて株式市場の要求収益率を推計するヒストリカル法には危うさがあります。また、現在の株式市場は将来を織り込んでいるという前提に立つインプライドによるベータ係数も、市場がいつも正しいとは限りませんからそれなりの危うさがあります。特にコロナ後の社会・経済がすっかり変わるという予想されている現在では、双方の推計値の乖離が大きいことは容易に想像できます。最近私は自分自身で資本コストの実証分析を行っていませんが、下にある論文などの結果をまとめるとマーケットプレミアムは(やや古いが)、4%±1%程度です。たまたま目にしたPlutus社の2016年推計の株主資本コスト(リスクプレミアム込み)はヒストリカル法で4.26%、インプライド法で4.89%でした。
ヒストリカル法とインプライド法の差は、将来をどう見るかにかかっていると思います。変化が激しいときは、将来の味方に対するバラツキ(リスク)が大きいのでインプライド法は高めに推計され、ヒストリカル法より高めに出るのではないのでしょうか。還元すると、ヒストリカル法は過去のデータを使用するので株式投資収益率が時間分散されリスクが小さめに評価されるのに対して、インプライド法はそれがないため高めに出るのではないかと見ています。その反面、インプライド法は株式市場の変動をそのまま反映する傾向があるので、どの期間をとるかで変動が大きくなる傾向があるように思えます。(若杉 敬明)
【文献】
山口勝業(2005)「わが国産業の株式期待リターンのサプライサイド推計」『証券アナリス トジャーナル』2005 年 9 月号 45~59 頁
井出正介(2005)『不均衡発展の 60 年-低収益経営システムの盛衰と新時代の幕開け』東 洋経済新報社
中嶋基晴、馬場直彦(2005)「低金利下における資本コストの動向~EBO モデルに基づく 観察~」日銀レビュー,2005 年 2 月

 

Q03:投資プロジェクトのWACCを求める方法として、以下を考えてみましたが、正しい方法なのか、又はもっと容易な方法があるのか、ご教示願います。
① 投資プロジェクト類似上場企業をベンチマーク企業として数社選定
② ベンチマーク企業数社の平均有利子負債額、有利子負債の平均利子率を算出
③ ベンチマーク企業数社の平均時価自己資本(株主資本)の算出
④ ベンチマーク企業数社の株主資本コストを「リスクフリーレート+β×マーケット・リスク・プレミアム」の算式で各々の企業の株主資本コストを算出の上、平均値を求める。(リスクフリーレートは10年物国債利回り、ベンチマーク企業のβは株式市場から取り入れる、マーケット・リスク・プレミアムは証券市場の歴史的数値を利用し、米国では6~8%、日本では4~6%を採用)
⑤ 上記②と③から資本構成(有利子負債と時価自己資本の比率)を確定し、平均利子率と株主資本コストを乗じて投資プロジェクトの加重平均資本コストを算出。

A03:自社には類似事業がないが、同じような事業を主たる事業として既に行っている企業があれば、それをお手本として推定するのは、類推法あるいは類似企業比較法といい合理的な方法とされています。ただし、投資を実施した後、EVAなどを算出し、EVAがプラスかマイナスがチェックすることが必要です。あまりにも容易にEVA>0が達成できるならば資本コストが低すぎたと考えて、資本コストを引き上げることを検討する必要があります。逆に、EVA<0からなかなか抜け出せないならば、事業運営を精査する必要があります。事業そのものは順調であるにもかかわらずEVA<0から脱出できないのであれば、資本コストが高すぎる可能性があるので、引き下げることを検討すべきです。なおEVA<0の時には、もう一つ、事業運営が健全かという観点からの検討も必要です。 (若杉敬明)

 

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