JCGR 日本コーポレートガバナンス研究所

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2020 コーポレートガバナンス研究会 第9回「英米のコーポレートガバナンス改革」-その1 英国ー

英国ガバナンス改革の背景:国有化と民営化

Ⅰ 第2次大戦後の内閣の歴史:社会主義の労働党と資本主義の保守党が交互に政権を担った

- 労働党のアトリー内閣:1945年~1951年の間;石炭、電力、ガス、鉄鋼、鉄道、運輸などを国有化
- 保守党のチャーチル内閣、1951年、政権を奪回:1953年、鉄鋼や運輸などの産業を民営化
- 労働党のウィルソン内閣、1964年、政権を再奪回:1967年に鉄鋼や運輸などの産業を再び国有化
- 第2次ウィルソン内閣:1975年、自動車産業を国有化
- 労働党キャラハン内閣:-1977年、航空宇宙産業を国有化

Ⅱ 英国病と鉄の女

1 「ゆりかごから墓場まで」
-労働党は、産業の国有化とともに社会保障制度を充実
-1946年 国民保健サービス法(国民が原則無料で医療を受けることが出来る)、国民保険法(国民が老齢年金と失業保険を受け取ることが出来る)
-1948年 国民扶助法(政府が生活困窮者を扶助)、児童法(政府が青少年を保護)を制定
-1960年代以降、イギリスの経済は停滞
・充実した社会保障制度や基幹産業の国有化等の政策によって社会保障負担の増加、国民の勤労意欲低下、既得権益の発生等の経済・社会的な問題が発生
-1960~70年代、労使紛争の頻発と経済不振・低成長のため、西欧諸国からヨーロッパの病人(Sick man of Europe)と呼ばれた ⇨ 日本では英国病と呼んだ

2 「鉄の女」の登場

-1979年総選挙、保守党が勝利
・5月、サッチャー内閣が成立⇒サッチャリズム
・マーガレット・サッチャ-:「ゆりかごから墓場まで」を打ち砕き自由主義の正統性を証明し、「鉄の女」と称された
・国有企業の民営化、金融引き締めによるインフレ抑制、財政支出の削減、税制改革、規制緩和、労働組合の弱体化などの政策を推進
・これらの政策により英国病の症状は次第に克服されていった。しかし、サッチャー在任中は、不況が改善されず、失業者数はむしろ増加、財政支出も減らなかった。さらに、反対派を排除する強硬な態度もとった。在任中も退任後も、英国内では、毀誉褒貶が相半ば

3 英国病の克服

・メージャー内閣(1990-1997):サッチャー辞任後の後継者
・労働党が政権を奪回しブレア内閣(1997-2007)が成立
  -サッチャー内閣の基本路線を踏襲しつつも、是正する政策を実行⇒第三の道
  -若さや活気などをイメージさせる「クール・ブリタニア」という標語でブランド戦略を推進
  -悪い・老いた印象の国⇒良い・若い印象の国へ脱却
  -イギリスのGDP:1992年~2008年、プラス成長に転換
  -1998年、サッチャー内閣が解消できなかった財政赤字を黒字に転換
・2001年、ブレア内閣(1997-2007)によって「英国病克服宣言」
・現在、イギリスは英国病を克服したと認識されている

4 英国企業の業績低迷と経営者不祥事(1980年代)

世界的に貿易の自由化や金融自由化が進む中、サッチャリズムのもと企業の民営化が進められた。厳しい競争環境に置かれた英国企業では、長引く経済不況の下で、業績不振とともに経営者の不正が頻発した。
①ギネス事件(1986)
-イギリスのビール会社ギネス社がデステラーズ社に対する企業買収するに当たって、ギネス社は自社株の株価を上げて有利に進めようと自社株の買い集めに奔走したという事件
-オリバー・ストーン監督の映画「ウォール街」のモデルとなった米国の投資家アイバン・ボウ スキーがギネス社と結託して暗躍した事件
②ブルーアロー事件(1987)
-NWBの投資会社County NatWestの従業員がManpower社の買収資金を賄うための増資に失敗したことを隠蔽した事件
③ポリーペック・インターナショナル事件(1990)
-中小の繊維会社であったが80年代に急成長しFTSE100銘柄入りを果たしたが、巨額の負債を抱えて倒産
④BCCI事件(1991) Bank of Credit and Commerce International
-1972年に創立して20年足らずの間に世界78カ国に400以上の支店を擁し250億ドルもの資産を有していたが、1991年に経営破綻した事件
⑤マクスウェル事件(1992)
-メディア大手のマックスウェル・コミュニケーション及びミラー・グループを所有していたロバート・マックスウェル氏が、自らが所有する企業の年金受託者理事長の地位を利用し、年金資産を投機に流用した事件。流用先が破綻したため、多くの従業員が年金を受領できない事態に陥った

5 コーポレートガバナンス改革始動

・上述のような企業不祥事に加えて、法外な役員報酬やアカウンタビリティの欠如が指摘され、企業経営に対する批判が高まった
・一般投資家の間でもCEOに対する取締役会の監督が不十分との不信感が高まった
・こうした事態を受けコーポレートガバナンスに対する関心が高まり、キャドベリー委員会が誕生し、コーポレートガバナンス改革の道を歩むことになった

Ⅱ 英国会社法の会社機関

株式会社の起源はオランダと並び英国にあるが、それがゆえに制度は原始的でわが国会社法の機関構成とは異なる。以下簡単に特徴を紹介する。歴史的に英国では会社の多様性を容認するとともに重視し、機関構成に関しては会社の定款自治に委ねている。以下は公開会社についての紹介である。

株主総会および取締役会は定款の定めによる

-公開会社は、役員として取締役1名以上と総務役( a company secretary)を置かなければならない。

-社員総会(株主総会)と取締役会
・社員総会:あらゆる権限を有している
・取締役会:法定機関ではなく附属定款に基づいて設置される任意機関である。取締役の中から業務執行取締役が選任され、附属定款に基づき社員総会から経営権を移譲される。その他の取締役は非業務執行取締役( Non-executive Director)である。

-単層型取締役会制度 Unitary Board
・取締役会は業務執行を監督する機関として位置づけられているが、取締役会内部に業務執行機能(業務執行取締役)と監督機能(非業務執行取締役)の双方を持っているので、自己監査の構造になっている。それゆえ、業務執行に対する監督が形骸化する恐れを内包している。会社法も、業務執行取締役と非業務執行取締役の義務・責任を明確に定めていない。会社法は、非業務執行取締役を「業務執行に携わらない取締役」と定義しているだけである。

-独立取締役 (independent director)
・現代のコーポレートガバナンスにおいて独立取締役は鍵となる存在であるが、英米あるいは独仏においても会社法で定められているわけではなく事実上の存在である。その起源は信託制度にあると言われている。

(若杉 敬明)

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