JCGR 日本コーポレートガバナンス研究所

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2020 ファイナンス研究会:第11回「M&Aの理論と実際」

<目次>
1.M&A概論
2.アンゾフとシナジー効果
3.買収防衛策
◆ Q&Aセッション

1. M&A概論

 M&Aは二つの企業が結合することにより、非効率を克服したり新しい価値を創造したりするという原理に基づいている。原理はシンプルで平易であるが原理を実現するのは容易ではない。今回の研究会でM&Aの狙いは何であるかを学ぶとともに、その狙いを達成するにはどのような現実的な問題があるかを明らかにする。M&Aの本質を理解していただくために、少し古いものであるが、M&Aに関する未公表のエッセイを紹介する。今回の研究会の基盤にあるM&A観として参考にしていただきたい。

 株式会社は長期的な観点から株主利益の追求-株主価値最大化-を目指すことにより、企業が生み出す付加価値を最大化し、株主を豊かにするだけでなく、豊かな社会の実現に貢献するというのが資本主義経済の理念である。株主価値は、企業がROI>WACCである投資を行うことによって創造される。投資とは現在何らかのキャッシュフローを犠牲にし、将来キャッシュフローを得ることで、いわば現在のキャッシュフローと将来のキャッシュフローの交換である。その意味では、一定の資金を投じて相手企業を買収し、その企業が生み出す将来のキャッシュフローを買うM&Aも投資の一種であり、その目的は、他の投資同様、株主価値創造にある。違いは自社による新しい事業の開始によるものか、既存の事業の再編によるものかである。

 M&Aが仕掛けられる典型的なケースは、第一に、対象企業の経営者が拙劣な経営をしている場合である。人材や技術など優れた経営資源を有しているが、経営が拙いために実力相応の業績を上げることが出来ず、株価が本来より低い企業があるとする。経営者を代えるか経営を変えるかすれば、この企業の業績が向上し株価も上昇するはずである。資金を持った他の企業や投資家がこのことに気付けば、当然、買収に乗り出すことになる。なお、絶対的な意味で非効率ではなくても、例えば同業他社の経営者は、自分ならターゲットの会社をさらに効率的にすることができると判断すればM&Aを仕掛けることがあり得るであろう。相対的な非効率性である。このようなM&Aは、買収企業、ターゲット企業双方の株主および社会全体に貢献するので、当然、歓迎されるべきものである。しかし、経営者の立場は異なる。いうならば対象企業の経営者の経営のあり方が問われているわけである、M&Aの成功後、経営者は責任や能力が問われ地位を追われる恐れがある。したがって、このようなM&Aに対して経営者は本能的に脅威を感じる。

 第二のM&Aは、後述のシナジー効果を狙うものである。いずれの企業も健全な経営をしているが、両社が合体すると、1+1=3というjoint effects(結合効果)が生ずる場合である。ここでは、経営者の地位が脅かされることはないので、本来、経営者は何ら恐れることはない(日本では怯えすぎる傾向があるかもしれない)。このようなM&Aを仕掛けられたら、対象企業の経営者は買収者と話し合えば、両方の株主にとって価値創造が行われる落とし所(株価等の条件)があるはずである。したがって、このM&Aも、株主だけでなく、社会的にも好ましいものである。

注)M&Aを正当化するその他の理論:以上、M&A正当化として①企業の非効率性、②企業の相対的非効率性、③シナジー効果の創出をあげたが他にも次のような理論がある(資料には挙げられているがここでまとめて整理する)。④多角化効果:自社の事業と競合せずむしろ製品の多様化により自社全体の業績を安定化させる効果のあるM&A、⑤負債調達力効果:多角化で業績が安定しビジネスリスクが減少するのでレバレッジの容量が増す、あるいは企業規模の効果で負債調達力が増す効果、⑥戦略再編効果:動的に変化する環境にスピーディーに対応するために自社が行っていない事業を行っている企業をM&Aし速やかに新しい戦略を可能にする、⑦市場の非効率性による過小評価修正効果:ターゲットが非効率な経営をしているわけではないが、市場が効率的でなく株価が割安であるので、M&Aでガバナンスを獲得し割安であることをPRし株価を上昇させキャピタルゲインを享受する効果、⑧情報効果・シグナリング効果:レクチャーで紹介したSitting on the Gold MineあるいはKick in the Pants仮説である ⑨経営者の自己満足感:これもレクチャーで説明した企業規模拡大により報酬効果あるいは経営者の傲慢・自信過剰である、⑩市場支配力効果:企業規模が拡大することにより市場シェアが高まりサプライヤーに対する競争力が増しコスト削減に貢献する、あるいは製品価格を支配できるので収益力が増すなど効果。企業はこれらの効果のいずれかあるいはいくつかを求めてM&Aを行うというのである。

 このように考えると、いずれの場合も両社の株主価値創造および社会的価値の創造に直結するので、M&Aは一般に好ましいと言える。しかし、M&Aを仕掛けられたとき、経営者にはどちらのタイプか分からないので(分かっているかも知れない)、安全策をとって事前にM&A防衛策を講じておこうとする傾向がある。自らの経営に自信がない経営者ほどそのように行動する傾向が強いと推し量ることができます。逆に言えば、良い経営を行い、それを透明にしていれば、経営者はM&Aを恐れる必要はまったくない。良い会社には誰もが投資をしようと思うが、買収して経営を変えようとは思わないからである。良い経営こそ最大のM&A防衛策である。

上の二つ以外の悪いM&Aもあり得る。たとえば、市場が効率的でなく株価が一時的に本来の価値より低いとき(ミスプライシング)、その企業を買収した後、企業をバラバラにして資産を売却し裁定利益を得ようとするケースである(アメリカではよくあるという)。このような場合には、企業が永続すればもっと大きな価値を持つ可能性があるのにその機会を完全に失わせることになってしまうのかも知れない。株主にとっても国の経済にとっても大きな損失である。M&Aを防がなければならないこともある。

したがって、M&Aの自由度に応じた、M&A防衛策もあってしかるべきである。株主の立場から、本当に価値を生むM&Aであるかを判断し、そうでないと判断されたら、防衛することが必要である。ただし、あくまでも株主の立場に立った判断でなければならず、経営者のための防衛であってはならない。ガバナンスの現代のベストプラクティスに基づいて言えば、独立取締役を中心とした取締役会こそ、その判断をするのにふさわしい。

 このようにM&Aは、基本的には、効率の良い豊かな社会を作るために不可欠である。そのためには、株主価値に敏感な投資家がいなければならない。同時に、M&Aの市場として会社支配権(ガバナンス)の機能-market for corporate control-が不可欠である。しかし、わが国では、株式持合の堅持によりM&Aがきわめて困難な社会を築かれて来た。近年、東証のコーポレートガバナンス・コードの影響もあり、株式持合の比率は減少している、依然として経営者を守るために最低限の持合が維持されているようにみえる。

 一時、新しい投資家が出て来て注目された。いわゆる企業買収ファンドである。その後、海外からのM&Aを嫌悪する日本の社会的風潮でなりを潜めたが、依然として黙々と活動をしている。このような投資家をどのように評価するかも社会にとって重要な判断である。他の投資家が気付かないときに、ある企業の非効率性を発見する機能を持つこれらのファンドの存在および活動は基本的には望ましいと考えるべきである。

 他方、M&Aの仲介業者である金融機関にとっては、M&Aは絶好のビジネスチャンスである。したがって、株主や経営者がしっかりしていないと、企業が、仲介業者に言われるままにM&Aを行うという事態になりかねない。M&Aブームが到来し、それが終わってみたら仲介業者以外、残らなかったという結末になりかねない。1980年代の第4次M&Aブームのアメリカがまさにそうであった。

 わが国では、株主が今ひとつしっかりしていないので、M&Aも合理的な議決権行使もなく、経営者がのんびりしていられる。経営者がのんびりしているから経済が低迷する。経済が低迷しているので投資がますます株式から遠のくという悪循環に陥っている。知恵と勇気を奮いたたせこの状態から抜け出さなければならない。

 企業のガバナンスを変え、わが国企業を復活させるという意味では、クロスボーダーM&AとくにOut-Inは重要である。残念ながら、そのチャンスがあったにもかかわらず、わが国が失われた10年、失われた20年、失われた30年などと言って、もたもたしている間に、ガバナンス先進国である米国の企業やファンドからの日本企業への関心が薄れつつあると言われる。しかし、クロスボーダーのM&Aは日本を再生させるために不可欠である。特にOut-Inが持ち込むガバナンスは日本企業を変革させるのに不可欠である。

 ところでクロスボーダーのM&Aに関する日本固有の問題とは何であろうか。M&Aの本質が共通である限り、クロスボーダーM&Aに固有の問題などないはずである。しかし、わが国において株主のガバナンスがいまだに確立されていない状況を考えると、深刻な問題が潜在していると認識せざるを得ない。1980年代後半、バブル期の資金力にものを言わせて特に米国企業を買い漁ったわが国企業の行動は、ガバナンスの点からすると完全な失敗事例である。株主のガバナンスのもとで企業利益を追求するという資本主義の精神が曖昧なわが国では、本来株主価値の創造のために行われるはずのM&Aが、金があるから行う、そこにM&Aがあるから行うという本末転倒が生じた。一部にそれが未だに続いている。そこでは採算つまり株主価値創造が度外視されたM&Aが行われ、株主価値破壊が繰り返されている。結末は、高く買った企業を安く手放すという醜態である。

 わが国の現況は、株主のガバナンスがいまだ十分に浸透していないという意味では1980年代とあまり変わってないと言える。つまり、例えば外資系企業・ファンドが日本企業によるM&Aを受け入れる場合、当然、より多くの株主価値創造を目指してより高く売ろうとする。自らの株主価値創造に無関心な日本企業は、どうしても高く買いがちである。逆に、日本企業が外資に売る場合も同様のことが起こり売る。売る場合には、トラブルがある部門(子会社)を売るケースが多いと思われるが、本来ならばできるだけ高く売らなければならないのに、売り急いでただ当然で手放す。そこには、行動ファイナンスが言う損切りは遅れるという行動が売り時を失い余計に安く売るという現実がある。常に株主価値を念頭に置いて意思決定を、行動をしなければならないのに、その意識が不在だからである。

 早く正しいコーポレートガバナンス改革を果たし合理的な経営を行う体制を確立することが不可欠である。

(若杉 敬明)

2.アンゾフとシナジー効果

 ハリー・イゴール・アンゾフ(1918-2002)はロシア系アメリカ人。応用数学者であり経営者であった。1965年に『企業戦略論』を上梓し、多角化戦略による企業成長論を提唱したことから「企業戦略論の父」として知られている。アンゾフの多角化戦略論はシナジー効果(相乗効果)をキーコンセプトとする成長マトリックス・モデルである。アンゾフはシナジーを四つに分類しているが、M&Aと結びつけて整理すると次のようになる。
① 販売シナジー;M&Aにより、流通経路の統合や製品の広告などの販売促進効果が統合されることを指す。例えば、同じ場所へ運ぶのに、異なった企業が異なった流通で運ぶと却ってコストが上がってしまう。M&Aにより流通経路を統合すればコストを下げることができる。
② 生産シナジー(操業シナジー):原材料を共同で仕入れたほうが安く購入できる。同じ施設を共通利用することで、わざわざ施設を2つ持たなくて済むなど、M&Aにより大幅にコスト削減ができる。(工場、機械、技術などの共同利用など)
③ 投資シナジー:M&Aにより、原材料の共同保管、企業間で類似した製品の研究成果の共有などにより、投資を節約できる。
④ 経営シナジー:M&Aにより経営者や管理者のノウハウを共有することできるので経営効率の向上をきたいできる。⇨。アンゾフ 『企業戦略論』

 

3.買収防衛策

(1)ライツプラン/ポイズンピル
 予め定めた条件を満たした場合に、所定の価格(通常時価より安い価格)で新株を購入できる権利(新株予約権)を、既存の株主に付与しておく手法。権利行使の結果、敵対的な買収を企図した投資家などの持株比率が低下するとともに、株式数の増加による株価低下が買収者に不利に働くため、買収を予防するものと期待できる。別名、ポイズンピル(毒薬条項)とよばれる。
(2)黄金株
 拒否権付種類株式のこと。株主総会で重要議案を否決できる特別な株式のことで、黄金株を保有する株主は決議に対する拒否権を行使できる。企業は、敵対的買収を受けた際、黄金株の保持者に提案を否決してもらうことを主な目的として発行する。
(3)ゴールデンパラシュート/ティンパラシュート
 ゴールデンパラシュートとは、予め取締役と退職金契約を高額にしておく手法です。買収後の出費が多くなるため、買収側の買収への意欲が下がる効果が見込まれる。ティンパラシュートとは、企業買収に伴って解雇される従業員に対して、割高な退職金を支払うことや、就職の斡旋、健康保険契約などを保証するという契約を予め決めておくことを指す。いずれも、買収企業が買収後に従業員の解雇などを行う際のコストを上げ、買収の意欲を減少させる方法である。
(4)プットオプション
 プットオプションは株式の買い取りを請求できる権利である。企業が特定の関係者に多額のプットオプションを売却しき、敵対的買収を受けたとき権利行使をしてもらうように契約しておけば、買収者は多額の資金を必要とすることになり、買収の防止策として機能する。
(5)チェンジオブコントロール条項
 チェンジオブコントロール(COC)条項とは、M&Aなどを理由として契約の当事者の一方に支配権の変更、つまり経営権の移動が生じた場合、契約内容に何らかの制限がかかり、他方の当事者によって契約を解除することが可能な規定である。資本拘束条項ともよばれる。例えば、ライセンス供与を受けた企業の支配権が第三者に移行した場合、ライセンス供与元はライセンス契約を破棄することで、第三者への技術流出を防ぐことができる。
(6)非公開化(MBO、LBOなど)
 マネジメント・バイアウト(MBO)、レバレッジド・バイアウト(LBO)などによる株式の非公開化を行うことで、敵対的買収を防ぐ方法もある。MBO(Management Buyout)は会社の経営陣が、自社の資産や将来のキャッシュフローを担保として、投資ファンドなどからの出資・金融機関からの借入れなどを行い、自社の株式や一事業部門を買収し、会社から独立する手法である。LBO(Leveraged Buyout)は、借入金を活用した企業、事業買収のことを指す。一定のキャッシュフローを生み出す事業を、借入金を活用して買収することで、経営陣や投資ファンドなどは少ない資金で事業・企業を買収することができる。MBOやLBOによって、株式を非公開にすることで、敵対的買収を阻止できる。

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