2021ファイナンス研究会 第9回「資本コストの計測」

1.資本コストは機会費用

 人間は何らかの行動を取るときに複数の選択肢の中から選択するのが普通である。合理的な人間であれば最大の価値をもたらす選択肢を選択する。そのとき選択されなかった選択肢がもたらす価値のなかで最大の価値を機会費用という。その価値は選択されなかったことにより犠牲になったのでコストと呼ぶのである。企業はキャッシュフローを求めて投資を行う。–その投資に出資するのは投資家である。–投資家はハイリスク=ハイリターン、ローリスク=ローリターンの市場原理が成立している資本市場で投資をすることもできる。そこで犠牲にする市場原理が要求収益率である

2.負債コストの推定

(1)負債コストの推計

 市場で決まる利回りが要求収益率であるから、負債コストは、自社が発行した社債の市場利回りで推計するのが基本である

(2)オプションフリー・ボンドを発行していない企業の負債コスト

 負債コストとは、企業が長期負債に対して、今日支払わなければならない税引き後の利率のことである。それは現在発行している長期社債の市場利回りとして現れている。ただし、その社債はオプションフリー・社債でなければならない。企業が発行しているのがオプション付社債の場合、企業あるいは債券保有者が金利動向に依存するオプションに投機をしているので、真の自社の負債コストを知る上でノイズになる。オプションフリーの社債が発行されていない場合は、オプション価値を推定し、社債の市場価格を調整して負債コストを推定しなければならない。
社債に附属するオプションとは次の二つである。
・任意償還権:債券発行から据え置き期間経過後、債券発行者の任意で一部または全部を途中償還(満期前償還)できる権利。社債発行企業が買い取る権利であるから、発行企業がコールオプションを取得していることを意味する。コールオプションプレミアムは発行企業が払うので、その分、クーポンレートが高くなる
・買取請求権:債券保有者が発行会社に償還(買取)を求める権利つまりプットオプションの権利をいう。債券保有者がプットオプションを買うことになるので、その分だけクーポンレートが相殺される。
・新株予約権:期間内(転換請求期間)であれば設定された価格(転換価格)で株式に転換できる権利。額面で転換価格を払い社債が消滅する場合、転換社債という。現金で権利行使代金が支払われ、社債が残存する場合債という。いずれにしろ、債券保有者は発行会社の新株を取得すオプションを保有するのでその分だけクーポンレートは低い。
これらの権利が付与された社債はつぎのように呼ばれる。
任意償還権付社債:Callable bond 金利が下がると、発行会社は権利を行使し、既存のクーポンレートが高い社債を償還し、市場金利の低下によりクーポンレートが低い社債に乗り換える
買取請求権付社債:Puttable bond 金利が上がると、社債保有者は権利行使を、発行会社に社債を買い取らせて資金を回収し、その資金でクーポンレートが高い新発債などに乗り換える
新株予約権付社債:Bond with stock purchase right 所定の権利価格以上に株価が上昇すると社債保有者は、株価上昇益を享受できる。株式に対するコールオプション付で金利は低い。

(3)短期借入金のみで負債調達をしている場合の負債コスト推定法

 企業の中には、ほとんど、あるいは完全に短期借入金だけで負債調達をしているところがある。このような場合には、短期金利を負債コストとして用いるべきではない。短期金利は、長期的なインフレに対する予想を反映していないからである。資本コストを見積もる際の時間軸は、キャッシュフロー予測期間の時間軸と一致させる必要がある。
 長期金利の方が、短期借入金を借り換えの繰り返しで長期化している企業にとっても、長期の金利コストの近似値として優れている。長期金利は短期金利の累積だからである。企業が短期負債のみに依存している場合は、テキストにあるように、その企業の長期負債の信用格付けを利用して長期債務の資本コストの近似値とする。

3.株主資本コストの推定のロジックとプロセス

 負債コストが市場利回りデータとして観察可能であるのに対して、株主資本コストは観察不可能である。そのため、株式価格を決める理論-資産価格モデル-に基づいて推定する必要がある。最もよく知られているモデルは、資本資産評価モデル(CAPM)、ファマ・フレンチ3因子モデル、裁定価格理論(APT)の3つである。株主資本コストつまり株主の要求収益率は、株式市場においても財務諸表においても明示的には存在していない。それゆえ推定しなければならない。それには理論が必要である。

①理論的には分散投資の世界でCAPMが成立する。
②しかし、現実はもう少し複雑である
③投資家が株式を売買するときには会社の将来の業績を予想する
④予想はその時に得られるさまざまな情報によって形成される
⑤その予想形成によって株価の売買が発生する
⑥ところが現代の社会では国内外で次々と新情報が発生する
⑦投資家は、情報が発生する度に予想を変更し株式の売買をする
⑧多数の投資が同じ状況にいるので、需要と供給が安定する機会がない
⑨現実にはCAPMの均衡が得られる瞬間などない
⑩このように考えると理論が成立するチャンスはない
⑪したがって、理論が正しいか検証できない
⑫しかも、CAPMは投資家の予想-各銘柄の平均収益率、分散および銘柄間の相関係数-が前提になっている
⑬しかし、投資家の予想データなどどこにも存在しない
⑭したがって、CAPMを検証したり応用したりすることはできない。
このように考えると不可知論に陥ってしまう。しかし過去の株価の情報はデータとして整備されているので、それを活用して将来を推計することはできる。もちろん、将来は過去の繰り返しではないので、それを単純に信じるのは賢いことではない。それは森羅万象すべてがそうである。そのことを自覚して過去のデータを賢く利用するならば、まったく何もないより合理的な行動ができる。そう信じることが重要である。

 

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