2021コーポレートガバナンス研究会 第10回「フランスのコーポレートガバナンス改革」

Q&Aセッション

Q01:フランスのコーポレートガバナンス改革の網羅的説明ありがとうございます。これを機に、理解を深めるため関連文献に目を通して、次の様に理解しましたが、これ等の理解に誤り等ございましたなら、ご指摘願います。

 フランスの企業統治は、米国型の株主重視では無く、利害関係者重視であること。この2国間の相違の背景に、企業統治の目的となる社会的価値観の相違が有る事。即ち、フランスは事実上の終身雇用制の下、経営者、従業員、株主を含めたその他の利害関係者全体の利益と国の経済全体の中長期的成長・競争力の向上を企業統治の目的とする社会的コンセンサスが存在すること。

この社会的コンセンサスを維持しながら、エリート層達のインナーサークルの相互監視の不十分な処を強化するためのコーポレートガバナンスの改革であること。

2018年のコーポレートガバナンス・コードの改正は、経営者側(ミシュラン社会長)と労働者側(労働組合連盟の元事務局長)の共同報告書(ノタ&セナール報告書)の形式をとり、企業は株主のものでは無く従業員のものとのトーンとなっており、企業の目的として利益の追求だけでなく、社会的責任や環境的配慮が求められ、フランスは国全体を挙げてCSRやESGに取り組むことを示すコードとなっていること。

1994年に導入された従業員取締役制度をより実効あらしめるため、従業員取締役の発言を確実なものにするための施策が採られていること。等が示されている。フランスの株式会社の株主構成はフランス革命以来、伝統的に政府と個人株主が占め、日本などで猛威を振るってる短期所有のファンド等の機関投資家は、2年以上株式を保有する株主に与えられる2倍の議決権制度が壁になって存在感は薄いとのこと。

フランスのコーポレートガバナンス改革を概観して、世界には色々なコーポレートガバナンスのあり方が有ることを学びました。ともすれば、米国型コーポレートガバナンス一辺倒になりがちな日本の現状に一石を投じる内容(少なくとも私にとって)で今後のドイツその他の国々のコーポレートガバナンスの状況に興味をそそられました。

A01:株式会社は株主のもの(私有財産)であるが、その存在は総てのステークホルダーのためのもの(役立ち)であることはこの研究会で折あるごとに強調してきたことです。株式会社制度を採用している国では、株式会社を「営利目的の社団法人」と性格付けるとともに、会社の経営を株主が選んだ取締役に委ねることを定めています。営利とは、会社が行う事業から利益(残余利益)をあげ出資者である株主に分配することです。一般に株主にとっては利益が大きい方が望ましいので、(法律には明示的に書かれていなくても)株主から会社経営を委任された取締役は自ずと(長期的な)利益を実現することを目指します。資本主義を採用している国においては、競争原理と市場原理(第2回研究会)に基づく価格等の決定が、株式会社と総てのステークホルダー(顧客、取引先企業、従業員、資本提供者)との間の公平な取引ルールであるとされますから、株主(実際には代理人である経営者)が市場経済を尊重する限り、株主のガバナンスによる株式会社の利益追求は、株主だけでなく総てのステークホルダーが尊重される企業行動とみなされます。これは英米のアングロサクソン的な経済でも、フランスのようにラテン的な経済でも同様です。(なお地域に対する影響や地球環境などには市場がありませんから、国の中のルールとして、あるいは国家間のルールとして協定を結ぶ必要があります。)資本主義国は、株式会社の自由な経済活動により、国民が必要とする財・サービスを生産・流通させることを経済の柱としていますが、このような仕組みでは国民が必要とする財・サービスが確保されないと認識される場合には、国は国営企業等により直接事業を行います。日本には、独立行政法人に限っても、国が経営に関与している企業が33あります。あるいは、中国やフランスのように、株式会社形態を採っているが、国が株式の大部分(あるいは全部)を保有し、株式会社制度を利用して株主のガバナンスにより会社経営を支配するというケースもあります。なお、株式市場へはどのような行動原理の投資家も参入できるのが資本主義の原則ですが、投資家行動のノイズのせいで株式会社による健全な営利目的事業を確保できないと考える国では、議決権行使について株主により差別的な制限を加えることもあります。ただし、これについては、種々多様な投資家が参加してこそ株式市場の健全性が維持されると考える人たちからの批判もあります。

 このように営利目的の社団法人という株式会社の性格は各国で共通ですが、国が国策的に株式会社を利用することもあり、その運営形態は多様です。これはまさに社会的な価値観による株式会社制度の利用の多様性です。その点は、質問者の理解が正しいと思います。ただし、このことは「株式会社の性格は多様である」ということではないことに気付いていただきたいと思います。なお、今回の以下のブログは、フランス株式会社協会事務局長というフランス人の論考を掲載しましたので、是非お目通し下さい。 (若杉敬明)

 

第10回講義に対する補足事項

《用語解説》免許主義と準則主義

 法人の設立にあたっては準則主義と免許主義という考え方がある。株式会社について説明してみよう。
 ヨーロッパでは、当初,国王の特許状によって設立され,経営も官吏・大株主が専制的に行ったが(特許主義),しだいに私的な民主的性格のものが現れ,1807年のフランス商法典は,株式会社に関する一般的な規定を置くに至った。フランス商法典は免許主義(法人ごとに官庁が実質的審査を行って,その裁量に基づく免許によって設立を認めるもの)をとっていたが,19世紀半ば以降になると,経済の興隆に対応して各国で準則主義(あらかじめ定められた一定の要件を満たしていれば当然に設立を認めるもの)が採用されるに至り,株式会社の設立は容易となった。

 日本では,1869年(明治2)に設立された通商会社,為替会社,1872年の国立銀行条例,1874年の株式取引条例等を経てしだいに各業種を通じて株式会社は発達し,1890年制定の旧商法は免許主義を定めていたが,99年には商法が改正され(新商法。3月公布,6月施行),これに伴って株式合資会社が認められたほか,株式会社設立については免許主義を廃して準則主義が採用され,また無記名株・優先株の発行が認められた。会社法施行の前後から,日本の企業は会社形態を中心として発展を遂げていったが,鉱山業や製糸業などでは会社形態をとらないものが多かったことにも注意すべきである。 コトバンクより>

《論文紹介》

フィリップ・ビサラ著* 小染吉章訳**「フランスにおけるコーポレートガバナンス」
*フランス株式会社協会(ANSA)事務局長 **広島大学法学部
https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/1/14273/20141016120920163083/KSH_2004_32_594.pdf

 コーポレートガバナンス論はアメリカという特殊な国を起源とするアングロサクソン法系のガバナンスであると規定する。それに対して、フランスではコーポレートガバナンスは法律に基づいて規定されていると主張する。ただし、独立取締役を中心とする取締役会および指名・報酬・監査の取締役会委員会による業務執行役員の監督という現代のコーポレートガバナンス・モデルは共有している。しかし、法律の代わりに資本市場における株主行動を前提とする仕組み作りはいろいろ問題を含んでいると指摘し、フランスのコーポレートガバナンス改革の方が優れているということを暗に主張している。

 わが国の現代法制は明治時代にフランスの民法および商法(当初のドイツ商法を後に民法との整合性からフランス商法に改正)を導入したことから法定法主義(成文法主義)を大原則としてきたが、21世紀に導入されたわが国のコーポレートガバナンス改革はアングロサクソン流のコーポレートガバナンス改革である。わが国のコーポレートガバナンスを改革を客観的に見るために、上の論文の主張のいくつかを抜粋して引用する。黒字の部分が引用であり、段落を下げた青字のぶぶんが私の意見である。なお以下で物的会社とは金融機関ではない一般事業法人を称していると思われる。(若杉敬明;以下青字は若杉の注釈)

 10 年ほど前から法制化すべきか否か、物的会社の経営者の自己規制に委ねるべきか、コーポレート・ガヴァナンス勧告は会社法の領域か、あるいは金融市場規則の領域か、といった問題について「コーポレート・ガヴァナンス」論には常に対立が見られた。資本の自由な移動とグローバリゼーションが進んだ現在、世界的にこれほど議論を呼んでいる分野はほかに見られない。
 この議論にある混乱は、法体系の相違に起因しているのであるが、かならずしも関係者がこれを理解しているとは限らない。とりわけ投資家は株式発行会社が服している国の法制度がどうであれ、唯一の規制に依ることを望んでいる。

 現実には、いわゆる「コーポレート・ガヴァナンス」論は、アメリカという特定の歴史的・法律的な文脈において発生し、アングロ・サクソン法系の国に広まったものであって、その実施規則の性質に明らかなように、コーポレート・ガヴァナンス勧告はその誕生の地とその後の発展の事情を映している。コーポレート・ガヴァナンスの法制化の要否を検討する前に、まずこの点を明らかにしてみよう。

コーポレート・ガヴァナンス」への疑問-上場会社における権限行使

 フランス語では「コーポレート・ガヴァナンス」という場合、「企業」(entreprise)という語が使われるが、これは企業そのもの、あるいは法的・財産的に多様な形態の企業を指すのではなく、証券市場で譲渡可能な株式を発行する物的会社一般を指している。「コーポレート」(corporate)は「法人」を意味し、物的会社を指すが、アメリカの文献はすべて一般公募の株式会社、パブリック・コーポレーション(public corporation)を前提としている。

 次に、「ガヴァナンス」は、物的会社における「組織または権限の行使」、取締役会(アングロ・サクソン法系の国では二層構造をとらない)と執行役員の権限、取締役会の運営、その任務・目的、株主の権利、取締役会と株主との関係、証券市場に対する経営者の情報提供義務等を意味する。

※ 法人とは法律上の人格である。株式会社は人であり、自然人と同じように法的、経済的に行動することができるが、出資者を社員とする集団にすぎない。したがって、その行動は自然人によって決定され実行されなければならない。株式会社においては、株主が出資者であり所有者としてガバナンスを有しているが、多数の株主から資金を集め大規模な事業を行う会社もあるので、株主が自ら経営することを前提としていない。そこで株主は、株主総会という機関を持ち、そこで取締役を選任し取締役会に業務意思決定とその執行を委ねる。取締役会は、業務執行役員を選任し、会社の業務意思決定の執行を委ねるとともに、その執行を監督する。この仕組みに関わる上のようなファクターをコントロールすることが、コーポレートガバナンスである。コーポレートガバナンスを、会社法が規定するのか、株式会社の所有者である株主あるいは潜在的株主である投資家-著者は「資本市場」と表現ーの判断に委ねるために、資本市場のルールまたは資本市場法を定めるのが良いのかを議論しようとしている。後者に委ねようという思想を著者は「コーポレートガバナン論」と呼んでいる。

 フランス人法学者ならば、この領域がア・プリオリに法律の規定分野であることに疑問を持つ者はいないだろう。1966 年 7 月 24 日会社法およびその後の改正、最近の2001 年 5 月 15 日「新経済規則」法において、株式会社の機構、各機構の権限と責任が詳細に規定されており、株主が定款に規定を設ける余地はきわめて限られている。

 アングロ・サクソン法系の国では大きく異なる。定款上の自由は一般的に広く、立法者もこれを維持しており、さらにアメリカの場合は連邦主義が会社法規則の統一の障害となっている。「コーポレート・ガヴァナンス」論は会社法ではなく、取引所規則、倫理規則の領域に属している。」

アングロ・サクソン法系の国における定款の自由の優先

 物的会社の機構とその権限について、立法者が強制的に干渉するとは限らない。イギリス法(1985 年会社法)では、アプローチはフランスとは逆で、目立った対照があることが分かる。同 7 条は会社の設立人に定款を定めることを義務づけ、定款モデル(表 A)を提供しているが(8 条)、その採否は自由であって、採用する場合もかならずしも全部を採用せずに、一部の採用でもよい。定款に規定がない場合にのみ定款はモデルに譲ることになる。

 たとえば、同法は証券発行、発行条件などについての決議方法を詳細に規定し、また、株主総会に一定の権限を留保しているが、少なくともフランス法が規定するような会社の経営管理に関する基本事項についてほとんど規定がない。取締役会の組織・権限に関する規定として「パブリック」会社は 2 名以上の取締役を要するだけである。その代わり、利益相反の予防・制裁に関しては、取締役の選任・解任などきわめて規定が多く、詳細である(1985 年会社法 282 条~347 条)。

 「よきガヴァナンス」に関する最近のイギリスの報告は、法律が妥当な道具ではないと再確認している。

連邦主義の影響-「コーポレート・ガヴァナンス」規則の会社法から資本市場法への委譲

 アメリカでは会社法は連邦ではなく州の管轄であり、一方、有価証券・証券取引所法は連邦の管轄である。憲法上の権限配分により、州はフランスのように取締役会の計算書類の承認・確定などの義務化など会社の機構に関する規則を変更することができる。

 いわゆる会社法規定を体系的に統一していないうえ、「コーポレート・ガヴァナンス」論は主として上場会社に関係し、連邦有価証券法が大恐慌以来相当発展したため、「コーポレート・ガヴァナンス」論は会社法ではなく、証券取引所法・資本市場法に向けられている。

法令・定款の規則の相違に直面する投資家

 アメリカでは憲法上の連邦と州の権限配分の遵守、会社の機関に関する定款上の広範な 自由、上場会社の取締役会に最低限の義務と規律を課すべきであるという投資家の要請、 こうしたことを手品のように妥協させており、その安易さに驚きを禁じえない。アメリカでは会社法に比べ資本市場法の重要度が高く、また優越していること、ファン ドの運用会社が責任を負うことがこうした安易な姿勢の原因である。

 投資家、とくにミューチュアル・ファンド、ペンション・ファンドなどのファンドの運用者は資金の委託者に対して懈怠ないし過失の責任を負う。責任を問われかねない懈怠の例としては、取締役が執行役員を十分に監督していない会社の株式に投資することやその 結果ファンドの資産の劣化を招き、機能不全に陥ることを挙げることができる。 

 コーポレート・ガヴァナンス」論が受け入れられるのは、投資家が上場会社の法律・定款の規則の現実の違いを無視して、「コーポレート・ガヴァナンス」の「スタンダード」の採否だけを確認すればよいからである。アングロ・サクソンの投資家は欧州大陸の会社に投資しており、各国会社法の違いがこの姿勢を強めている。さらに、これらのファンドは巨大化し、証券取引所における重要性が高まっており、株式はファンドから不興を買わないように、「ウオール・ストリート・ウオーク」に譲らざるを得ないのである。長期投資の場合、ファンドは投資した株式の会社において権限遂行が正しく行われていることを保障しなければならない。

 外国投資家が「コーポレート・ガヴァナンス」の新たな規則を求めているといっても、投資家がどこか特定の国の会社法を「コーポレート・ガヴァナンス」の「スタンダード」以下であると見ているわけではない。投資家は投資先の会社に適用される法令や定款の規定を確認・比較したり、各会社の実務を具体的に検証ずることなく、普遍的な一つのスタンダードが全世界に適用されればよいとして、自分で責任をとらないようにしているのである。
 このようにして、市場法則というバイアスによって、各国会社法は二義的なものとなり、代わって、上場会社に固有の一種の並行的な会社法が作り上げられ、「監査委員会」や「独立」取締役といった会社の擬似機関(pseudo-organes)が生み出されている。

投資家の要求に直面する経営者

 過去 20 年、ファンドの運用者は投資先が「コーポレート・ガヴァナンス」の「スタンダード」を採用しているか否かを投資決定の基準とすることにためらわなかった。この結果、株価は少なくとも一部はこのスタンダードの採否に左右された。行き過ぎた株価の低下は経営者にとって「ストック・オプション」によって得られたであろう利益を失わせ、立場を弱めることになる。さらに、とくにアメリカで異常に多い取締役責任に関する紛争は「コーポレート・ガヴァナンス」論の実施を促すものである。コーポレート・ガヴァナンス論が経営者の責任追及を防ぎ、防火壁となる。

 アメリカ法曹協会の「コーポレート・ガヴァナンス・ガイドブック」はコーポレート・ガヴァナンス論のこの側面を表わすものである。コーポレート・ガヴァナンスと言いさえすれば、経営者は経営に対して批判を受けることはなく、行動に責任も問われない。よき行動の鍵が「ビジネス・ジャッジメント・ルール」である。これは経営者個人の図利目的がなく、事前に事案の検討に適当な情報が与えられ、会社の利益を図る目的で意思決定が行なわれたことを「合理的に」確信できることをいう。これは一種の客観性の要件である。実際には過失があっても、これらの要件を充足しさえすれば、経営者の責任は制限され、免除される。「取締役の義務を明確にしつつ、アメリカの法学者は『セーフ・ハーバー』、すなわち事案の偶然性を考慮して、万一責任を問われた場合にも非難されない行動の定義を設けたのである。

 この「コーポレート・ガヴァナンス」論の側面については、強調しすぎるということはなかろう。だからこそ経営者組織であるビジネス・ラウンドテーブルは、頻繁にこの議論に加わっているのである。

「コーポレート・ガヴァナンス」論における責任と性質

 原則として、物的会社は株主の利益のために運営されなければならず、すべてはこのことから派生するのである。現実には、この原則は現在の株主の利益だけではなく、潜在的な株主の利益のために会社を統治することであるから、株主というより投資家やディーラーの利益のためといわねばならない。したがって、財務情報は市場に対して行うものであって、株主のみに対して行うものではない。

 フランスでは「コーポレート・ガヴァナンス」にいう「株主の利益」は、フランスの裁判所が適用する「社会的利益」と同じものか、という問題が活発に議論されてきた。現在は、「会社の利益」と「株主の共通利益」は一致するとして、この議論も落ち着いたようである。

※ 日本では「株主の利益」と言うと他のステークホルダーの犠牲により株主の利益を確保することが連想が地であるが、資本主義の大原則である市場原則に則って他のステークホルダーと取引を行う(対価を払う)という形で他のステークホルダーを尊重した結果得られるのが社会的正義を満たした公明正大な「株主の利益」ある。このような利益こそ「社会的利益」である。

 ところで、前述のヒッグス報告は「すべての取締役は会社の事業にとって最善の利益になるように行為することを求められる。各人は事業の公明正大(probity)を保障し、全体としての会社の持続可能な(sustainable)資産形成に貢献する任務を有する」としている。以前、第一次ヴィエノ報告が「取締役は当該会社の利益のみに基づいて行動しなければなら」ず、これが「企業の反映と永続性を保障するのである」と述べたことを批判した者がいたが、イギリス・フランス両国の二つの報告に驚くほど類似の発想があることを理解すべきだろう。

 おかしなことに、株主の利益のための経営という原則はアングロ・サクソン法系の国の会社法や判例にはあまり見られない。イギリス 1985 年会社法 309 条 1 項は「取締役がその任務を遂行する上で考慮すべきことは、一般的な会社の従業員の利益と社員の利益である」と規定しているが、この方向性は株主の共通利益の概念に対応する社会的利益というフランス判例上の概念よりも、フルハーフ事件判決の孤立した判決の考え方に近い。

※ 株式会社の目的は営利である。営利とは事業を行い利益をあげそれを出資者である株主に分配することである。企業会計の計算の最終目的は株主利益の計算である。株主にとって利益は多いほど望ましいので、株主は自ずと株主利益最大化の経営を経営者に求める。長期的な観点からの株主利益を株主価値という。株主が望むのは自ずと株主価値最大化の経営である。株主の利害を最優先する「コーポレートガバナンス」論はわざわざ株主利益のためとか株主利益最大化とか言う必要はない。それは会社法においても同様である。

 判例を見る限り、アメリカにおいても経営者の義務と責任は会社に対してのみ存在し、意思決定が会社の利益のために行われていれば充足されるとされている。現実には、フランスの概念は「コーポレート・ガヴァナンスの原理」に見られるものにきわめて近いのであり、主な違いは、フランス法の方がアメリカ法より株主の権利を保護していることである。物的会社に定款上の自由を認めない代わりに、株主総会に定款および計算書類に関する主要な権限を留保しており、フランス法は株主の「政治的権利」を詳細に規定しているのである。外国の株主総会の権限と比較すると、フランスは株主にもっとも広範な意思決定権限を認めていることが明らかである。書面投票制度など株主の議決権行使方法はきわめて区々である。万一の不正に対しては多くの刑事法上の規定が株主の権利を保護している。

※ 定款自治を唱えるわが国はまさに「コーポレート・ガバナンス論」に立脚している。

 グローバリゼーション、非居住者株主の株式保有などの株主増加のために、株主総会への出席が減っているのは懸念すべきであるが、フランスでは法律上株主総会が物的会社の重要な機関であることは疑いようがない。

 コーポレート・ガヴァナンス論は、取締役会による業務執行役員に対する公平かつ実効的な監督遂行を保障することを目的とする。取締役会の内部に委員会を設置すること、一定数の独立取締役の選任を勧告するが、後者はフランスでは現在の法制度の下でもアメリカ・イギリスと同様に実施可能である。この実施が会社の各機関の権限の定め以上の安全を保障すると評価されている。

 フランス法は取締役と業務執行役員に連帯責任を負わせ、取締役会という会議体に主要な意思決定を留保し、取締役に広範な責任を負わせている。フランス法は権限と責任を詳細に規定しているのである。

 よく取締役会はその任務を完全には果たしていないと誤って批判されることがある。取締役会の機能を規定する網の目は細かいのに、これ以上どのように責任を負わせるというのだろう。」

法律とコーポレート・ガヴァナンス論の適用

 法律がコーポレート・ガヴァナンス勧告の採用の障害にならないか、コーポレート・ガヴァナンスに関する勧告を法律によって強制すべきか、という二つの問題がある。

 ひとつは、フランスの厳密で制度的な法体系がコーポレート・ガヴァナンス勧告の採用を妨げているか、という問題である。

 典型的な衝突の例として、フランスにおける取締役会会長と業務執行役員の兼務があり、従来は分離することはできなかった。2001 年 5 月 15 日、新経済規則法は、取締役会に取締役会会長と業務執行役員の兼務または分離の判断権限を与え、この障害を克服した。

 取締役会の内部に特別委員会を設置する制度はこのような問題を生じない。フランスの会社の取締役会はこの種の委員会を設置することができる。委員会は取締役会に代わるものではなく、取締役会は法律上の権限を行使しなければならない。委員会は諮問された問題を「検証」し、意見を具申するだけである。しかし、たとえばアド・ホックな委員会に計算書類を検証させよという勧告を受け入れても、取締役会は計算書類を承認・確定するする会議体としての責任を免除されるものではない。

 一方、サーベンス・オクスレー法は独立取締役が構成する「監査委員会」が会計監査人を選任しなければならないとするが、これは困難な、法的に二つの問題を生じさせる。一つはフランスの会社の取締役会は上記のように、委員会によってその権限を奪われるものではなく、取締役会が株主総会を招集し、会計監査人の選任を提案する役割を担っていることである。また、選任は法律上株主総会出席の株主の権限であり、これが株主の権利の保護である。金融市場保障法案は、商事法典 L 225-228 に次のような項を挿入することで問題をやんわりと解決することを提案している。すなわち「会計監査人は株主総会での選任のために、取締役会ないし董事会の議案として株主の決議を求めるべく提案される。公募会社の場合、取締役を兼務する業務執行役員は取締役会決議に加わることなく、取締役会は提案すべき会計監査人を決議する。」「会社と労働契約を締結している取締役、董事会構成員、または商事法典 L 233-3 の 1 項 2 項の意味において当該会社がコントロールし、またはコントロールされている他の会社と労働契約を締結している取締役、董事会構成員についても同様である。一方、数の上で制限されているのは業務執行取締役であるから、取締役会が「独立」取締役を含むことを禁じる規定はない。

 会社の経営者の報酬の公開については、プライヴァシー保護の議論もなく、新経済規則で義務づけられた。

 今日、フランスの会社法制は公募会社がコーポレート・ガヴァナンス勧告を採用する妨げになっていないのである。

 ところで、現在コーポレート・ガヴァナンス論は取締役会の運営の問題ばかりに集中しているわけではなく、株主に対して計算書類が適正・真正、会社の状況を忠実に反映していることを確認する役割を担っている会計監査人など透明性を保障する関係者にも拡大している。

 第二の問題、すなわちコーポレート・ガヴァナンスに関する勧告の強制については、上記のとおり、法制化よりも透明性の向上を求める意見が多く、ネガティブな意見が多い。つい最近、証券取引委員会委員長はこう述べて規則化に反対している。

 「道を歩いている人に聞いてみるがよい。預金者にとってもそうだろう。ガヴァナンスの問題はただひとつ、プロがやっていいこと、やってはいけないことを自己決定する能力なのである。注釈書や規則集を見ながら、形式的に法規を守ることではないのだ。常識であり、個人と公共のモラルという永遠の原則、職業倫理ともいうべき誰でも責任のある者なら知っている規則を守ることなのである。」(以上)

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