2021ファイナンス研究会 第10回「株式持ち合いと自己株取得-財務的意義-」 

株式持ち合い

講義では、株式持ち合いがどのような財務効果を持つかを、二つの企業が株式を持ち合う単純なモデルで分析した。その結論は次の通りである。
(1)二つの企業がそれぞれ独自の事業を行い営業利益を上げている時、株式を持ち合うと、お互いの利益の一部を相手企業に与え合うことになる。したがって、双方の資本は増加するが双方の営業利益も増加する。多くの企業が多様な企業と同時に持ち合えば、企業部門の資本・資産も膨張し、利益も膨張する。</br /> (2)しかし、双方の企業の本来の事業が生み出す営業利益に変化がなければ、その事業に資本を提供していた株主・債権者の利益・利息には変化がない。つまり減少もしなければ増加もしない。資本・資産および利益の拡大はいわば水増しである。
(3)その意味で、株式の持ち合いは何らの財務効果がない。したがって、持ち合いが合理化されるためには、株式持ち合いによる二つの企業のる結合が、利益の源泉になるものを生み出さなければならない。

 M&A総合研究所のウエブサイトは、、株式持ち合いのメリット-意義、効果―として次の三項目を挙げている。 https://mastory.jp/株式の持ち合い
   ・安定した経営を継続できる
   ・会社間の結束力を向上させながら事業拡大を進められる
   ・敵対的買収への対策を講じられる
他方、同サイトはデメリットとして次の三つを指摘している。
   ・株主の意向が反映されにくくなる
   ・資本効率が低下する
   ・株価暴落による経営悪化のリスクが付きまとう

同様に、株式持ち合いの危険性についてウィキペディア(Wikipedia)は次のように指摘している。
   ・資本の空洞化を招くことから、会社法上の資本充実の原則からすれば問題がある。
   ・株主総会における議決権による監視機能が形骸化して損なわれ、さらには経営の歪曲化を招く恐れがある。
   ・実質上「物言わぬ株主」の比率が高まることで、企業統治の維持・改善が損なわれる恐れがある。
 

 M&A総合研究所およびウィキペディアが指摘しているのはコーポレートガバナンスに対する影響の問題である。東証のコーポレートガバナンスコードは株式持ち合いを政策的株式保有と呼び、それを行う場合には持ち合いとしての経済的合理性をチェックするように強く要求しているのは、このような理由からである。

 なお、株式持ち合いの現状について野村資本市場研究所のレポートは次のように要約している。

(1)野村資本市場研究所で算出した2019年度の「株式持ち合い比率」は前年度比で低下した。持ち合い(政策保有株式)が我が国のコーポレートガバナンス改革の中心的な課題として位置づけられる中、各企業が保有の合理性に乏しい株式を売却する動きを進めていることが要因と考えられる。
(2)保有主体別にみると、上場事業法人、上場銀行、保険会社とも株式保有比率は低下しており、持ち合い解消、政策保有株の圧縮は業種を問わず進められていることがうかがわれる。また、3 月決算のRussell/Nomura Large Cap 構成企業を対象に政策保有株式の変化を少し詳しくみると、事業法人では取引関係と結びついた株式の取得も引き続き見られている。また、金額としては小さいが、相手先企業の持ち株会への出資による株式取得は広範囲に行われている。さらに、新規事業開拓やベンチャーキャピタルへの投資を名目に非上場株式への投資はむしろ増加していることが分かる。これらは政策投資というよりも出資の色彩が強い。
(3)2021年より議決権行使助言会社のグラス・ルイスが、「保有目的が純投資目的以外の目的である投資株式」の「貸借対照表計上額の合計額」が連結純資産と比較して10%以上の場合、会長(会長職が存在しない場合、社長等の経営トップ)の選任議案に反対助言を行う。これにより、機関投資家の議決権行使基準に持ち合いを反映させる動きが出てくるかどうかが注目されるが、当面はエンゲージメント(企業と投資家との対話)のテーマとして扱われることが主になるであろう。その際には法定開示を超えたさまざまな情報の提供や開示が投資家から企業に求められると想定されるため、企業側からの自発的、積極的な対応が期待される。以上のような状況を勘案すると、株式持ち合いの解消の動きは緩やかに継続すると考えられる。

(若杉敬明)

自己株取得

 自己株式とは、株式会社が発行している株式のうち、自社で取得-一般に自社株買いというが法律上は自己株取得-し、自社で保有している株式をいう。金庫株と呼ばれることもある。上述のM&A総合研究所は自己株取得の主な目的として、⑦、⑧を除く①~⑥を列挙している。 https://mastory.jp/自己株式
  ① 敵対的買収を防ぐため
  ② 株価低迷を改善するため
  ③ 事業承継を成功させるため
  ④ 少数株主を整理するため
  ⑤ M&Aの対価として用いるため
  ⑥ 持ち株比率に影響を与えるため  
  ⑦ ROEを高めるため
  ⑧ 過大になった株主資本比率を下げ最適資本構成を実現するため

  ①は、敵対的買収を仕掛けられたとき、自社株を取得しておけば自社株と持ち合い株で安定株を増やすことができ、買収を防ぐことができる。②はかつてわが国が期待したことである。以下で詳述する。③は非上場企業においてオーナー株の遺産相続者に納税資金を作るために行われる自己株取得である。④は、少数株主が多数いる会社が株主を整理するために行われるものである。わが国では、2018年の産業競争力強化法と租税特別措置法の改正により、これまで法務面・税務面における課題点が改善されたことで、自社株式を対価とするM&Aを実施できるようになった。⑤は、自己株取得を行いそれを対価に友好的買収を行えば、安定株主を獲得することになるかも知れない。ただし、自己株取得に資金が必要であるので買収資金が必要であることには変わりがない。⑥は、自己株取得を行えば自己株取得に応じなかった株主の持株比率を高めることになる。何らかの理由でそれが必要な場合、自己株取得によってそれが可能になる。伊藤レポートの公表後、ROEに関する関心が高まっている。企業の純利益を大きく減らさずに株主資本を減少させることができればROEが上昇する。⑦は資本構成においてレバレッジを高めるための自己株取得である。講義でも説明したように、収益性の低い遊休資産を保有している場合、それで自己株取得を行えば株主価値創造が可能であるとともに、ROEを高めることができる。ただし、自己資本を減少させてレバレッジ比率を上げれば必ず株主価値が創造されるわけではない。ROEはハイリスク=ハイリターンになり、リターンの上昇がリスクの増大で相殺されてしまうからである。⑨は、講義でも説明すするように、好業績が続き豊富な内部留保などで株主資本比率が高くなりすぎた場合、それを下げるために行う自己株取得である。負債の節税効果を享受するためには株主資本比率の上限に留まるのが最適資本構成である。

 株主の有限責任制の下では、債権者保護のため株主資本の維持は極めて重要である。その意味では自己株取得は株主資本を減少させることにほかならない。かつてわが国では債権者保護の大義名分とインサイダー取引や株価操縦と言った不正を防ぐために法律で厳禁されていた。それが1990年代半ばに解禁された。上の②が深く関わっているので詳説したい。1990年初頭以降、日本経済のバブル崩壊により株価の暴落そして低迷が続いていたことから、政府は証券業界の要望もあり、株価の下支え効果を狙って自己株取得禁止を緩和する議論を開始した。アメリカでは、会社が自社株買いを発表すると株価が上昇することが知られていたからである。それはファイナンス理論ではシグナリング効果と呼ばれるものである。株式市場では企業の将来の業績予想をベースに株価形成がなされるが、会社のことを十分に知っている経営者の目からすると株価が過小評価されているという事態がしばしば生ずる。このような時、会社が自社株買いを行うと、現在の株主からすると、より高い価値を持つ自社株を安く買えるわけであるから、後に正当な評価がなされて株価が上昇したときにキャピタルゲインを享受できる。したがって、現在の株主にとっての株式価値を目指す経営者は、株価が割安と判断すると自社株買いを宣言する。ここに至る根本原因は、経営者の持つ情報と投資家が持つ情報とに格差があるからである。自社株買いはまさに、株価が割安であることを投資家に知らせる情報発信の意味を持つと考えることができる。そこで、ファイナンス理論では自社株買いの公表が株価を上昇させる効果を「自社株買いのシグナリング効果」とよぶ。

 バブル破裂後の株価低迷に悩まされていた政府と証券界は、自社株買いをやれば株価が上がると考え、1994年、自己株取得を禁止していた商法を改正し解禁したのである。ただし、株式消却やストックオプション(自社株購入権)付与など,特定の目的に限定されていた。しかし、日本の株価は全然回復せずその後も下がり続けた。ここで注意しなければならないのは、「経営者が株主価値創造を企業目的としているとき」、シグナリング効果があるということである。日本の場合には株主価値最大化経営ではないので効果が出なかったと推論できるのではないだろうか。なお、経営者に対するインセンティブであるストックオプションの普及を目指し政府は、2001年の商法改正で、自社株買いで得られた株式をストックオプションの権利行使に対応できるように、企業内に置いておける金庫株を認めた。

 講義の分析が示すように、資本コストを満たせない利益率しか上げられない資産(あるいは事業)を売却し、その資金で自社株買いを行うならば株価は上昇する。そのような資産の代表的なものが当座資産と呼ばれる余剰資金や投資収益率(TSR)の低い持ち合い株式である。このような資産の処分による自己株取得は利益の株主還元の意味を持っている。企業は、株式発行による資金調達(株式発行に限らないが)で、資本コストを上回る投資利益率を持つ投資を実行すれば株主価値を創造する。それと全く逆の財務-投資資産を処分してその資金で自己株取得-により現在の株価を引き上げることができ、株主価値を創造することができるのである。(若杉敬明)

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