第2回ファイナンス研究会「株式の評価:DDMと倍率法」
はじめに
会社法は、株式会社と持分会社(合資会社、合名会社、合同会社)という4つの会社を定めているが、これらの会社を営利目的の社団法人と性格づけている。社団というのは出資者を社員とする団体という意味であり、営利とは、会社が事業を行い利益を得て出資者に分配することをいう。
企業会計にゴーイングコンサーン(Going Concern)という概念があるように、色々なステークホルダーが関係し社会的な影響が大きい存在である会社は永遠に続くものとして運営されることが期待されている。最近は、サステナビリティ(Sustainability持続性)という語で、地球および企業の永続性が重視されている。
株式会社の出資者である株主の重要な権利-株式あるいは株主権という-の一つに利益配当請求権がある。株主は企業が続く限り配当として利益の分配を享受する権利がある。譲渡制限のない株式は株式市場で売買され株価が形成される。そこでは、会社の存続が期待できる限り、将来分配される予想配当に基づいて株価が決まると考えるのが合理的であろう。
貯蓄を増殖することを目的として株式を保有する株主(およびこれから保有しようとする投資家)にとって株価は高い方が望ましい。持分会社では出資者が自ら経営をするが、株式会社では、取締役を選任して取締役会が選ぶ経営者に経営を委ねる。いわゆる「所有と経営の分離」である。株主から株式会社の経営を任された経営者は、受託者責任として、株主の期待に応えて株式価値の最大化を追求する経営を行おうとする。これが「株主価値最大化経営」・「株主価値創造経営」と呼ばれる。
今回の研究会は、バリュエーションと称して、株式市場で株価が形成されるメカニズムに基づいた株価配当割引モデルを取り上げる
ところで、コーポレートファイナンス-本研究会では単に「ファイナンス」とよぶ-とは、企業活動をお金の観点から、つまりお金に換算してとらえる企業の一機能である。貨幣経済の現代社会では多くの活動がお金(貨幣)と結びついている。会社が行う事業はさまざまな職務(job)から合成されているが、それぞれの職務がお金に絡んでいる。職務から生ずるお金の流れ―キャッシュフロー―の大きさを金額で表すことを評価(Valuationバリュエーション)とよぶ。その意味ではファイナンスのすべてがバリュエーションであるが、ファイナンスのトピクスとして取り上げられるバリュエーションの対象は、株式のほかに、「企業」や「事業」や「投資」あるいは「資産」や「負債」等々である。以下ではバリュエーションについてもう少し詳しく説明しよう。
1.バリュエーションとは
企業(株式会社)におけるファイナンスの本質は-Valuation:評価=価値の金額的測定-であるということができる。価値創造のために企業は色々な行動を採る。行動とはある結果を期待して現在行為をすることである。資金(キャッシュフロー)をともなう行動であれば、現在の支出(あるいは収入)と交換に将来の収入(あるいは支出)を得ることである。代表的な例は、設備投資や企業の買収(M&A)である。設備投資やM&Aのために支出された資金は、会計上資産を形成し、将来の複数期間、収入(キャッシュフロー)を生み出す。現在の支出の価値より将来の収入の価値の方が大きければ、設備投資やM&Aは価値を創造することになる。ここでは現在の支出(キャッシュアウトフロー)と将来の収入(キャッシュインフロ-)の価値を決定することが出発点となる。将来のキャッシュフローには時間価値がある。また将来のキャッシュフローにはリスクがある。時間とリスクを考慮に入れて支出と収入の価値を決定することをバリュエーションとという。このキャッシュフローのパターンは、ファイナンスが対象とする企業行動のすべてに共通である。単にバリュエーションという時には、投資の経済計算およびM&Aの際の事業や企業価値の評価を指すことが多いが、極言すれば、ファイナンスが対象とするのすべての問題解決がバリュエーションに結びついている。
1)株式、債券等を購入・売却する際の価格の計算
2)事業への投資を行う際の「投資の経済計算」
3)M&A(企業や事業の取得あるいは売却)の際の企業価値・事業価値の決定
4)財務会計、税務会計において、貸借対照表を作成する際の資産価値および負債価値の決定;とくに非上場株式等の評価
5)証券化における「債権の価値の算定」 などなど、である
2.投資とキャッシュフロー
企業におけるファイナンス活動の究極の課題は、投資により価値を創造することである。投資とは次のような一連のプロセスである。
①資本源泉から資金(cash)を調達し
②それを支出して(資本支出・投資 キャッシュアウトフロー)
③生産設備などの資産を取得し
④長期にわたる製品の生産・販売によりキャッシュインフローを得て
⑤投下資金の回収(cash inflows)と
⑥価値の増殖(利益)を獲得する
どいう一連のプロセスである。
3.ファイナンスにおけるバリュエーションの基本型
冒頭で述べたように、バリュエーションの本質は、キャッシュ・アウトフロー(C0)の価値とキャッシュインフロー(C1,C2,・・・,CT)の価値PVとを比較することである。その際の代表的指標が正味現在価値NPVである。
NPV=PV-C0=-C0+C1/(1+r)+ C2/ (1+r)2+・・・・+CT/ (1+r)T
このように、キャッシュフローを割り引いて現在価値を計算して判断基準を作る方法をDCF法(Discounted Cash Flow method)という。
4.株式のバリュエーション
営利法人である株式会社の目的は株主価値の創造であるから、株主価値と営利とがどのように結びついているかを解明することがファイナンスの出発点となる。したがって、ファイナンスにおける分析は、企業活動が株式価値とどのように結びついているかを解明することである。株式会社における営利とは、株式会社が事業を行い利益を得て、それを株主に分配することである。株主は財産を形成するために株式会社に投資する。その価値は、株式市場における株価に反映される。投資家は、株式市場の株価で株式を取得し、その後の財産価値は株価で評価される(売却して株式の財産価値を現金で実現するときには、財産価値は株価によって決まる)。営利を目的とする株式会社の行動が、企業の諸活動とどのように結びついているかを解明することがファイナンスの基本問題である。
ここで株式について簡単に説明しておこう。株式とは、株式会社における出資者の地位(法人の社員)および社員が有する権利のことを言う。株主の権利つまり株主権は、次のように共益権と自益権とから構成されている。
-自益権 ①剰余金分配請求権 ②残余財産分配請求権
-共益権 議決権(単独株主権、少数株主権など)
共益権の一つである議決権は、株主総会における決定案件に関して投票する権利である。議決権は、株主権が移動しM&Aなどによりガバナンスが変わるときに重要となる。株主の交代により営利事業が大きく変わり将来の利益が大きく変わる可能性があるからである。したがって、株価は大きな影響を受ける。①の剰余金分配請求権は、会社が上げた利益の分配すなわち配当を受ける権利である。それに対して、残余財産分配請求権は、事業業績が思わしくなく会社が解散するとき清算が行われるが、その際、最終的に株主に残った財産の分配を受ける権利である。これらの権利の総合的な価値が、株式市場で決まる株価であるが、会社が存続するときに最も重要な権利は毎期の業績に応じて利益配当請求権であると考えられている。なお、投資家が、株主のガバナンスで経営を変えようとする場合には③が必要になる。株式を取得するためには、通常、①の価値に、③の価値をプレミアムとして上乗せすることが不可欠である。
◆株式のバリュエーションが必要になる場合
1)金融商品として株式を投資対象とする時
2)株式の買収によるM&Aの場合
3)事業再編等に伴う事業の売却・買収の場合
4)時価公募による資金調達
5)財務リストラや株主への資金還元のための自社株取得
6)非上場株式の評価(相続時など)などなど
株式のバリュエーションの代表的なモデルが今回の研究会の対象である配当割引モデルDDMである。