A.貸借対照表と資本政策―期間構造とリスク負担構造―
企業はさまざまな資産を利用して事業を行う。それらの資産を取得し保有する資金を確保するために負債や株主資本などの資本を調達する。貸借対照表とは、ある時点における企業の資産、負債、株主資本を報告する財務諸表のことである。貸借対照表は、投資家の収益率を計算し、企業の資本構造を評価するための基礎となるものである。つまり、貸借対照表は、企業が何を所有し、何を負っているのか、また、株主がどれだけ投資したのかのスナップショットを提供する財務諸表である。貸借対照表は、次の会計恒等式に則っており、一方の資産と、もう一方の負債と株主資本とがバランスしている。
資産=負債+株主資本
貸借対照表は、以下のような項目から構成されている。資産は遅かれ早かれ現金として回収される項目であるが、負債は同様に現金で支払わなければならない項目である。収入と支払とが円滑に循環しなければ、支払不能、債務不履行という事態が発生し、利益が上がっていても倒産するという事態に陥る。そのためにどのような流動負債、固定負債および純資産の構成にするかということが問題になる。これが資本政策における期間構造問題である。
事業利益に対する請求権を有する株主資本は、その本来の性格からして事業変動に伴う利益の変動―ビジネスリスク―を甘受するが、負債は流動負債も固定負債もビジネスリスクを負担しない。そのためリスクの変動が大きかったり不況が長く続いたりすると利益の赤字が累積し事業の継続が困難になり倒産リスクが顕在化する。そのリスクに耐えるにはビジネスリスクを負担する株主資本とビジネスリスクを負担しない資本である負債との構造を適切に保たなければならない。これが,資本政策におけるリスク負担構造問題である。第4回ファイナンス研究会はこの二つの資本構造問題を取り上げる。
B.貸借対照表の構成要素
Ⅰ 資産(Assets)
この区分内の勘定科目は、流動性の高い順に上から下へ記載される。流動性とは、資産が現金に変換されることの容易さである。1年以内に現金化できる流動資産と、現金化に1年超かかる固定資産または長期資産に分けられる。
Ⅰー1 流動資産
1)当座資産
①現金預金
②受取手形 取引をしている相手から受けとった「約束手形」および「為替手形」のこと
③売掛金 販売代金を将来的に受け取れる権利、つまり顧客が会社に対して負っている金銭を指す。顧客が代金を支払わない場合もあるため、 貸倒引当金を計上する場合がある
④一時保有の有価証券 政府短期証券(財務省証券)、短期譲渡性預金およびハードカレンシー(国際通貨、決済通貨)など最も流動性の高い資産
2)棚卸資産 企業が販売する目的で一時的に保有している商品・製品・原材料・仕掛品の総称
3)その他流動資産 前払費用 保険、広告契約、家賃など、すでに支払われている価値
Ⅰー2 固定資産
1)有形固定資産 土地、機械、設備、建物、運搬具など耐久性があり、一般に資本集約的な資産
2)無形固定資産 独占権利や施設権利、特許権、営業権、ソフトウエアなど
3)長期投資その他 今後1年間に清算されない投資有価証券や長期預金、長期前払費用など
4)繰延資産 会社または個人事業主が支出する費用のうち、その支出効果が1年以上に及ぶ資産のこと
Ⅱ 負債(Liabilities)
取引先への請求書、債権者への社債利子、家賃、光熱費、給料など、企業が外部に対して負っている金銭を指す。流動負債は、1年以内に支払期限が到来するもので、支払期限の到来したものから順に記載される。一方、固定負債は、1年以降の時点に支払期日が到来する債務
Ⅱ-1 流動負債
長期借入金のうち、今後12ヶ月以内に返済期限が到来するものを指す。例えば、ある会社が不動産を購入するために10年間のローンを残している場合、1年間が流動負債、9年間が固定負債となる。
1)支払手形 その代金を今ではなく、後の支払期日に支払うことを約束するために作成される書類
2)買掛金 従業員に対する給与、賃金および手当であり、多くの場合、直近の給与期間に支払われるものです。
3)短期借入金 返済期限が決算日の翌日から1年を超えない範囲に設定された借入金のこと
4)貸し倒れ引当金 貸倒損失によるリスクに備え、損失になるかもしれない金額を予想して、あらかじめ計上した引当金
5)未払い法人税 決算で確定した当期分の法人税等で、まだ国に納付していない額
6)預り金 役員・従業員・取引先などが負担すべきお金を、支払う前に会社が一時的に預かったときに使う勘定科目
Ⅱ-2 固定負債
1年以内に支払い義務が発生しない負債のこと
1)長期借入金 銀行などから借り入れた資金のうち、支払い期限が1年を超えるもの
2)社債 企業が資金調達のために発行する債券などの有価証券
3)預かり保証金 取引・契約の際に担保として支払われる、「受入保証金」とも呼ばれる現金
Ⅲ 株主資本(Net Worth)
企業の所有者または株主に帰属する金銭のことである。企業の総資産から負債または株主以外への負債を差し引いたもので、純資産とも呼ばれる。
1)資本金 会社を設立した際あるいはその後に、株主、投資家といった出資者から払い込まれた資金のこと
2)資本準備金・その他剰余金 設立時や増資の時、株主から払込みを受けた金額のうち、資本金に組み入れなかった金額。後者は、保有していた自己株式を第三者に譲渡した際に発生する処分益や、資本金減少差益、資本準備金減少差益など
3)利益剰余金 剰余金の配当時に積立てられる金額として会社法上規定されている利益準備金。配当せずに会社内に留保された利益、いわゆる内部留保。企業が獲得した留保利益のうち、利益準備金のように法律上積立が強制されておらず、会社の裁量によって積立てられているものを任意積立金という。
C.運転資本管理
Ⅰ 運転資本の定義
運転資本は、正味運転資本(NWC;Net Working Capital)とも呼ばれ、企業の流動資産(現金、売掛金)と流動負債(買掛金や借入金など)の差額のことである。ただそ、流動資産そのものを運転資本と呼ぶこともある。企業の短期的な健全性を測る指標としてよく利用される。運転資本の重要なポイントは次の通りである。
1)運転資本は、企業の流動性と短期的な財務の健全性を測る尺度である。特に重要なのは、事業部ごとや製品ごとの運転資本である。会社の中では、事業部ごとにあるいは製品ごとに、仕入-生産-販売-代金回収というビジネスサイクルを繰り返している。事業部ごとや製品ごとに運転資金を算出することにより、それぞれの事業の流動性や財務健全性を判断できることに注目すべきである。
2)流動資産÷負債の比率が1より小さい場合(または 流動資産<流動負債の場合)、運転資本はマイナスになる。
3)運転資本がプラスであるということは、企業が現在の事業活動に資金を供給し、将来の活動や成長に投資することができることを示している。
4)しかし、運転資本が多いことは、必ずしも良いこととは限らない。 在庫が多すぎる、余剰資金を投資していない、あるいは低コストの借入の機会を活用していないことを示しているのかも知れない。
Ⅱ 運転資本の意義
運転資本の見積もりは、企業の貸借対照表上の資産と負債の配列から導き出される。貸借対照表では資産も負債も流動性が高い順に上から下に項目が並べられている。流動性の高い資産で相殺することで、近い将来にどのような流動性があるのかを把握することができる。
また、運転資本は、企業の経営効率や短期的な財務の健全性を示す指標でもある。企業が実質的なプラスのNWCを持っていれば、拡張投資をして企業を成長させる可能性がある。もし、流動資産が流動負債を上回らない場合、企業の成長や債権者への返済に支障をきたす可能性がある。倒産する可能性もある。
企業が保有する運転資本の額は、通常、その業界によって異なります。生産サイクルが長い業種では、在庫の回転が悪く、オンデマンドで現金を生み出すことができないため、より多くの運転資金が必要となる場合がある。一方、1日に何千人もの顧客と取引する小売業では、短期資金をより迅速に調達できるため、必要な運転資金が少なくて済む場合が多い。