ファイナンスにおけるリスクマネジメント-分散とヘッジ-
はじめに
企業は事業を遂行するために様々な活動を行う。その活動の結果には多かれ少なかれリスクー予見できない変動ーをともなう。リスクの中には何もしなくても良いものもあれば(放置)、何らかの対策をする方が良いものもある。企業活動にともなうリスクを確認し、放置か対策かを判断し、それを実行することをリスクマネジメントという。対策をとるべきリスクについて具体的なアクションを決定し実行することが、いわゆるリスク対策である。ところで、企業の目的は利益であるので、事業にともなう活動の結果は最終的には金額で捉えられ、活動にはリスクをともなうのでそれは確率変数で表される
企業の一群の活動に注目する。活動の結果であるリスクには、相互に連動するリスクの部分と、他の活動のリスクとは無関係に変動するリスクの部分とがある。ファイナンスでは、連動している部分をシステマティックリスク(Systematic risk)と呼び、無関係な変動をアンシステマティックリスク(Unsystematic risk)と呼ぶ。連動していることを相関があると言い、無関係であることを相関がない、あるいは無相関という。システマティックリスクへの対策はヘッジ(Hedge)と呼ばれ、アンシステマティックリスクの対策には分散(Diversification)という方法が捉える。分散は第3回研究会で取り上げた株式投資において典型的な対策である。今回の研究会ではヘッジをとりあげる。
Ⅰ.不確実性とリスク:Uncertainty vs. Risk
リスクと不確実性、これらの言葉は最近よく目に耳にするが、日常的には必ずしも明確な使い分け、意味の違いはない。しかし、ファイナンスの世界では、両者の意味するところの相違について共通の理解が確立している。
1.リスクの定義
一般に、① ある行動をとるにせよとらないにせよ結果として利益または損失が発生することが分かっており、主観的にせよ客観的にせよ、② 実現しうる利益/損失の大きさと、③ その確率が予想されている状況において、ある行動をとる場合の結果をいう。あるいは、その状況のこと自体を言う。
2.不確実性の定義
不確実性とは、ある状況や環境においてある行動をとった時どのような結果になるかが、 ① 全く予想できない、あるいは部分的にしか予想できないことをいう。あるいは、状況や環境自体が変化してしまう可能性があることをいう。
3.リスクと不確実性の主な違い
(1)リスクとは、価値のあるものを獲得または失う「状況」をいう。不確実性とは、将来の出来事についての未知あるいは部分的に未知である状態をいう。
(2)リスクは、理論モデルを通じて測定および定量化できる。逆に、将来の出来事は予測できないため、不確実性を定量的に測定することはできない。
(3)リスクにおいては、どのような結果が生じるかが、客観的にせよ主観的にせよリスクでは分かっているが、不確実性の場合、結果は不明である。
(4)リスクは、適切な対策を講じれば、理論上、リスクを制御できる。他方、不確実性においては、将来が未知であるため制御することはできない。
(5)必要な予防措置を講じることで、リスクを最小限に抑えることができるが、不確実性は数量化が不可能であるので最小化できない
(6)リスクにおいては、将来起こりうることを列挙して、客観的あるいは主観的に確率を割り当てることができる。不確実性の場合には、将来の出来事について(部分的にせよ)未知であるので、確率を割り当てることができない。
Ⅱ.リスクの指標-確率論の基礎-
1.確率変数と確率分布
ある行動をとった結果はN通りあり、その値はx1、x2、、・・・、xNであるとする。このNこの値を実現値という。結果は色々な値を取りうるので変数とよばれる。これをXと表す。行動結果は、N個の値を取る変数Xで表されたわけである。この行動結果については過去のデータがあり、その頻度から確率が推定されている。各実現値に対する確率をp1、p2、、・・・、p N (Σpi=1;確率の合計は1)である。つまり、変数 Xは次のように表すことができる。
将来の状態 状態1 状態2・・・状態N
X の実現値 x1 x2 ・・・ x N
状態の確率 p1 p2 ・・・ p N , Σ pi=p1+ p2+・・・+ p N=1
このとき、変数Xの実現値に1対1で確率が対応しているので、この変数を確率変数(Random variable)とよぶ。そして実現値と確率の対応を確率分布(Probability distribution)とよぶ。
注1)この変数のように飛び飛びの値を取る確率変数は離散型確率変数とよばれる。それに対して、長さや重さのように本来は連続的な数値をとる確率変数を連続型確率変数と呼ばれる。
注2)蓄積された過去のデータ(頻度)から客観的に推定できる確率を客観確率という。株価などのように、過去のデータが豊富にあっても、将来は過去とは同じではないはずであるから、その意味は過去の頻度を用いて将来の確率と見なすとき、それは主観確率とよぶべきである。
2.期待値(Expectation, Expected Value)
確率変数 Xの実現値に確率を掛けて合計した数値をXの期待値とよびE(X)と表す。
a)平均(Mean)
通常、E(X)は平均とよばれ μと表される(ギリシャ文字μはアルファベットのmに対応する)。
E(X) =x1・p1+x2・p2+・・・+xN・pN=Σxi・pi= μ
実現値から平均を引いた値(X-μ)すなわち、実現値の平均からの乖離も確率変数である。その期待値はゼロである。
E(X-μ)= (x1―μ) p1+(x2-μ) p2+・・・+(xN-μ) pN=Σ(xi-μ) pi=0
b)分散(Variance)
実現値の平均からの乖離の自乗の期待値E「(X-μ)2」は次のように表される。
E[(X-μ)2]=(x1―μ) 2 p1+(x2-μ) 2 p2+・・・+(xN-μ) 2 pN=Σ(xi-μ) 2 pi
実現値 xiの平均 μからの乖離はそれぞれの実現値が平均からどれだけ離れているかを表すから、その期待値は実現値のバラバラ具合を現すと考えられる。しかし、その期待値は上で見たようにゼロである。
そこで乖離の自乗をとってその期待値を求めた値が E「(X-μ)2」である。これを分散varianceとよび、σX2と表す。分散が大きければ、各実現値が平均より遠くに存在することが分かる。実現地の差が大きいということであるから、Xの変動が大きいことを意味する。そこで分散は確率変数 Xのリスクの尺度とされる。
なお分散はギリシャ文字σ2で表され、平方根σは標準偏差とよばれる。
c)共分散(Covariance)
確率変数Xと同時に確率変数Yが存在しているとする。つまり、xi が実現するときは、確率変数Yにおいてはyi が実現する。両者の分布の状況は次の通りである。
将来の状態 状態1 状態2・・・状態N
X の実現値 x1 x2 ・・・ x N
Y の実現値 y1 y2 ・・・ y N
状態の確率 p1 p2 ・・・ p N
ここでXの平均を μ X、Yの平均を μ Yと表す。二つの確率変数 X、Yの乖離の積も確率変数であり、その期待値は共分散とよばれる。その期待値は次のように計算され、σXYと表される。
E [(X-μX)(Y-μY)] = (x1―μX) (y1―μY) p1+(x2―μX) (y2―μY) p2+・・・+(xN―μX) (yN―μY )p N
確率変数 X の実現値が平均より大きい(乖離>0)とき、確率変数 Yの実現値も平均より大きく(乖離>0)、Xの実現値が平均より小さい(乖離<0)とき、Y の実現値が平均より小さければ(乖離<0)両者の積はプラスであり、共分散は大きな値となる。逆に、一方が平均より大きいとき、他方は平均より小さいという場合には共分散はマイナスの数値の合計になり、そういうケースが多いほどマイナスの値は大きくなる。そのような規則性がなく、マイナスの積とプラスの積が混在しているとき、共分散は小さく、最小の場合はゼロである。要するに、X とYが平均を中心に同じ方向に動くとき共分散は大きく、両者が逆の方向に動くとき共分散は小さい。つまり、共分散は、確率変数X、Yが変動を共有する状況-共変動-を表す。共分散がプラスの時、二つの確率変数は正の相関関係にあると言い、マイナスの時、負の相関関係にあると言う。
d)相関係数(Correlation coefficient)
共分散σXYをXおよびYの標準偏差σX、σYで標準化-それぞれの標準偏差の何倍であるかを表すこと-したものを相関係数とよぶ。これをρXYと表すと次のように定義される。
ρXY=σXY/σX・σY この定義の下では 1≧ ρXY ≧ -1
相関係数は定義式から-1から1までの値を取り、
ρXY=1 XとYとの間に完全な正の相関。グラフにすると傾き1の直線
ρXY=0 XとYとは無関係。独立という。
ρXY=-1 XとYとの間に完全な負の相関。グラフにすると傾き-1の直線
e)記号法
以下、E(・)は・の期待値を演算すること、および・の期待値を表す
-E(X):Xの期待値(またはその演算)。μXまたは単に μとも表され、一般に平均とよばれる。
-Var (X)=E[(X-μX)2]:Xの分散(またはその演算)。σX2または単に σ2とも表される。分散の平方根 σは標準偏差とよばれる。
Var (x)=E[(X-μ)2]=E ( X 2-2 μX+μ 2)=E ( X 2)-2 μ E(X)+E(μ 2)=E(X 2)-μ 2
-Cov (X,Y)=E[ (X-μX) (Y-μY) ]:XとYの共分散(またはその演算)。σXYとも表される。
-ρ (X, Y):XとYの相関係数(または相関係数を求めること)。ρXYまたは単にρとも表される。
Ⅲ.リスクマネジメント-分散とヘッジ-
1.リスク分散
独立な確率変数の総和は、確率変数の数が増加するにつれて、各確率変数の期待値の総和に収束する。各確率変数の期待値がゼロである場合には、総和がゼロに収束する(大数の法則;Law of large numbers)。つまり、リスクはゼロになる。ファイナンスではこれをリスク分散という。ファイナンスにおけるリスクコントロールの重要な手段である。
2.リスクヘッジ
相関係数がマイナス1の二つの確率編変数を、一定の割合で重み付けした和の分散はゼロであり、リスクは完全に消去される。
Var (a X+b Y)=a2 Var(X)+2ab Cov(X, Y)+b2 Var(Y)=a2σXY2+2ab σXY+b2σXY2
相関係数がマイナス1の時には σXY/σX・σY=-1であるからこれを上の式に代入すると
Var (a X+b Y)=(a σX-bσY)2 したがって a σX-bσY=0 の時、分散がゼロになりリスクが消滅する。
つまり、XとYを a/b=σY/σX という割合で、つまりXを1とするとき、YをσX/σY 倍だけ保有すればリスクはゼロになる。
一般的に言えば、ある確率変数に対して相関係数がマイナスの確率変数を組み合わせれば、変動は相殺し合い、その組み合わせのリスクはゼロになる。この方法により、リスクを消去する方法をリスクヘッジ、あるいは単にヘッジという。