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研究会ブログ
2021 コーポレートガバナンス研究会
第3回 わが国会社法のガバナンス規整

Q&Aセッション ⇨ ここ

Ⅰ 会社法について

 2019年12月4日、「会社法の一部を改正する法律」(令和元年法律第70号)が成立した(同月11日公布)。今回の改正は,前回(2014年)改正後の指摘等を踏まえ,会社をめぐる社会経済情勢の変化に鑑み,株主総会の運営及び取締役の職務の執行の一層の適正化等を図るため,会社法の一部を改正するものとされている。(法務省http://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00001.htmlより)

 会社法は、商法や有限会社法など細分化されていた会社に関する法律を1本にまとめて2005年に制定され2006年に施行された法律であり、会社の設立や運営のルールを規定した法律である。その立法趣旨は、①国際化・スピード化が進む経済・企業の実態に合うように、②定款で定められる事項の拡大(定款自治)、③会社形態の多様化、④M&Aに関する手続きの簡素化等々を進める一方で、⑤大会社に内部統制システムの概要の開示を求めるなど、⑥経営の透明化を図ることであった。その後、2014年に改正され、附則において、「改正法施行後2年を経過した場合において,企業統治に係る制度の在り方について検討を加え,必要があると認めるときは,その結果に基づいて,社外取締役を置くことの義務付け等所要の措置を講ずるもの」とされていた。しかし、改正後も,会社法の更なる見直しについて,様々な指摘がされてきた。

1.会社法の一部を改正する法律(2019)の概要

法務省の上記ウェブサイトは次のように今回の改正の概要を次のように紹介している。

① 株主に対して早期に株主総会資料を提供し,株主による議案等の検討期間を十分に確保するため,株主総会資料を自社のホームページ等のウェブサイトに掲載し,株主に対し当該ウェブサイトのアドレス等を書面で通知する方法により,株主に対して株主総会資料を提供することができる制度を創設することとしています。

② 株主提案権の濫用的な行使を制限するため,株主が同一の株主総会において提案することができる議案の数を制限することとしています。

③ 取締役の報酬等を決定する手続等の透明性を向上させ,また,株式会社が業績等に連動した報酬等をより適切かつ円滑に取締役に付与することができるようにするため,上場会社等の取締役会は,取締役の個人別の報酬等に関する決定方針を定めなければならないこととするとともに,上場会社が取締役の報酬等として株式の発行等をする場合には,金銭の払込み等を要しないこととするなどの規定を設けることとしています。

④ 役員等にインセンティブを付与するとともに,役員等の職務の執行の適正さを確保するため,役員等がその職務の執行に関して責任追及を受けるなどして生じた費用等を株式会社が補償することを約する補償契約や,役員等のために締結される保険契約に関する規定を設けることとしています。

⑤ 我が国の資本市場が全体として信頼される環境を整備するため,上場会社等に社外取締役を置くことを義務付けることとしています。

⑥ 社債の管理を自ら行う社債権者の負担を軽減するため,会社から委託を受けた第三者が,社債権者による社債の管理の補助を行う制度(社債管理補助者制度)を創設することとしています。

⑦ 企業買収に関する手続の合理化を図るため,株式会社が他の株式会社を子会社化するに当たって,自社の株式を当該他の株式会社の株主に交付することができる制度を創設することとしています。

コメント 今回の会社法改正においてガバナンス上特に重要なことは、⑤の「社外取締役設置の義務化」であると言えよう。ただし、他国のように独立取締役とせず社外取締役としているところに、経団連への配慮であろうか、相変わらず本格的なガバナンス改革への尻込みが顕著である。また、④において、取締役の報酬を業績連動報酬とすることを促していることは業務執行取締役を前提としていることを如実に表している、監督に専念すべく取締役は業務執行に携わらないという世界の潮流である「ガバナンスとマネジメントの分離」(取締役と業務執行役員を別人にすること)を受け入れることができない経済界とそれを忖度する経済官庁の現状が感じられ遺憾の思いを禁じ得ない。(若杉 敬明)

2.ガバナンス規整と21世紀のガバナンス改革

2.1. ガバナンス規整と会社の機関

 株式会社は株主が実質的な所有者であり、株主がガバナンスを有するが、株主が自ら会社の意思決定や会社の行為を行うことを前提としていない。法律上、株式会社は人であり、自然人同様に法的行為をすることができるが、自ら意思を有し行為をすることができないので、自然人または会議体が行う意思決定や、自然人がなす行為を会社の意思や行為とすることが必要である。会社法は、株主の意に沿った意思決定や行為がなされるように、株式会社が、自然人や会議体を設置することを求めている。これを会社の機関と呼ぶ。これらの機関は、株主の意に沿った株式会社の経営がなされることを目的として設置が求められているので、(株主のための)ガバナンス規整と呼ばれる。

2.2. 伝統的な監査役会設置会社の機関

 次節で述べる2002年の商法改正以前は、公開大会社の機関設計は次の通りであった。太字の語が主たる機関である。なお、大会社とは資本金5億円以上または負債の合計額が200億円以上の株式会社であり、会計監査人による監査が強制される。また、公開会社とは、譲渡制限のない株式を発行している会社をいう。

(1) 株主は定時に株主総会を開き、基本的事項についてのみ会社の意思を決定し、それ以外の会社経営に関する事項の決定と執行とをさせるために取締役を選任する。かつ取締役の職務の執行を監督する監査役を選任する。株主総会は取締役の選任・解任により取締役を監督する。
(2) 取締役は全員で取締役会を構成する。取締役会は会社の業務に関する意思決定を行うとともに代表取締役を選定する。代表取締役は業務意思決定を執行し、対外的には会社を代表する。取締役会は代表取締役の業務執行を監督する
(3) 監査役は、取締役および会計参与の業務の執行を監査する。監査役会は監査役3名以上かつ社外取締役が半数以上の合議体である。
(4) 会計参与は、定款の定めによって株式会社に設置できる機関の1つで、取締役と協働して会社の計算書類を作成する。
(5) 会計監査人は、取締役および会計参与が作成した会社の計算書類を監査する。

2.3. 商法改正とガバナンス改革(2002年)

 1990年のバブル崩壊以降、不況に陥った日本の経済社会と企業活動を活性化させ、長い経済不振から抜け出すことが21世紀初頭における時代的要請であった。当時、市場経済のグローバル化により企業間の国際競争が激化する中で、株式市場からの資金調達に関して企業が投資家から厳しい評価を受けていた。政府はようやく、競争力・効率性・利益率・信頼性・遵法精神等の向上により企業価値の増大を実現するコーポレートガバナンスの必要性が高まっていると認識するに至り、① 委員会等設置会社の導入によるコーポレートガバナンス改革および②新株予約権、種類株式等の導入による株式発行・株取引の規制緩和を柱とする2002年商法改正へと政府を踏み切らせた。それまで企業改革といえば監査役制度の改正だけにこだわってきた日本政府としてはコペルニクス的転換であった。

2.4. 新会社法施行(2006年5月)

 上述のように、従来は、商法でいう会社(株式会社・合名会社・合資会社)関連の規定、および、有限会社法でいう有限会社の規定を総称して一般に「会社法」と呼んでいたが、現代の経済情勢の変化に対応し、新たに会社法が制定された。その主な内容は次の通りである。

①有限会社を廃止、全て株式会社に統合
②合同会社(LLC:Limited Liability Company)を規定
③株式会社の機関設定の自由度を向上
  -企業の競争力向上のため事前規制緩和により会社経営の自由度を拡大
  -定款自治の範囲を拡大するとともに明確化
④資本金1円でも株式会社の設立が可能になった


新会社法の機関設計ルールは次の通である。

(1)すべての株式会社は,株主総会のほか,取締役を置かなければならない
(2)公開会社には,取締役会を設置しなければならない
(3)取締役会を設置する場合は,監査役(監査役会を含む)又は委員会のいずれかを設置しなければならない
(4)ただし,大会社以外の非公開株式会社において,会計参与を設置する場合はこの限りではない。 
(5)監査役と三委員会をともに設置することはできない
(6)取締役会を設置しない場合には,監査役会及び三委員会を設置することはできない
(7)会計監査人を設置するには,監査役(監査役会を含む)又は三委員会(大会社であって公開会社にあっては,監査役会または三委員会)のいずれかを設置しなければならない。
(8)会計監査人を設置しない場合には,三委員会を設置できない。
(9)大会社には,会計監査人を設置しなければならない

 このルールの結果、公開大会社については、伝統的な監査役会設置会社と2002年導入の委員会等設置会社が改称された委員会設置会社との選択制になった。このあと、アベノミクスの下での2014年ガバナンス改革へとつながっていく。 (若杉敬明)

Ⅱ 講義資料の補足説明

「官民ファンド」(資料 p.2)
国の政策に基づき日本政府と民間で出資する日本の政府系ファンドである。内閣官房は既存官民ファンドのチェックと新規官民ファンドの制度設計について議論すべく、官民ファンド総括アドバイザリー委員会を設置している。政府系ファンド(Sovereign Wealth Fund; SWF) とは、各国の政府が出資する政府系投資機関が運営するファンドをいう。石油、ガスなどの天然資源による収入や、貿易黒字で膨らんだ外貨準備などの国家資産を財源として、将来の世代に向けた資金の蓄え、財政赤字の補てん、対外債務の支払いなどの目的で運用される。

「会社財産を危うくする罪」(資料 p.14)
会社法第963条は、1項~4項で不実申述や事実隠ぺいを禁止する一方,「会社財産を危うくする罪」(狭義)として,5項1号,5項2号,および(5項3号)を設けている。
会社法第963条
1項~4項 裁判所又は創立総会もしくは種類創立総会に対し、虚偽の申述を行い、又は事実を隠ぺいしたとき五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金
5項 第九百六十条第一項第三号から第七号までに掲げる者が,次のいずれかに該当する場合にも,第一項と同様とする。
1号 何人の名義をもってするかを問わず,株式会社の計算において不正にその株式を取得したとき(自己株式取得罪)
2号 法令又は定款の規定に違反して,剰余金の配当をしたとき(違法配当罪;いわゆる蛸配当)
3号 株式会社の目的の範囲外において,投機取引のために株式会社の財産を処分したとき(目的範囲外投機取引罪)

「背任罪と特別背任罪」(資料 p.14)
背任罪:刑法第247条は、「委託者から事務処理を依頼された者が、委託者以外の利益を図る目的あるいは委託者に損害を加える目的で(図利加害目的)、その任務に背く行為をし、委託者に財産上の損害を加えたときは、5年以下の懲役または50万円以下の罰金に処する」と定めている。
特別背任罪:会社法第960条1項に定められた犯罪あり、株式会社の取締役や支配人など、一定の役職にある者が背任の罪を犯した場合、通常の背任罪よりもはるかに重い、10年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金、またはこれを併科という刑罰が科せられる。

「監査役・監査等委員・監査委員の選解任の比較」(資料p.21 p.25)

◆監査役会設置会社:監査役(任期:4年)
選任:株主総会の普通決議
解任:株主総会の特別決議(2/3以上)
選任議案に対する同意:監査役会の同意が必要

◆監査等委員会設置会社:監査等委員(任期:2年)
選任:株主総会の普通決議により監査等委員として選任
解任:株主総会の特別決議(2/3以上)
選任議案に対する同意:監査等委員会の同意が必要

◆指名委員会等設置会社:監査委員(任期:1年)
選任:株主総会の普通決議により取締役として選任され、その後、取締役会の決議により監査委員として選定される
解任:株主総会の普通決議(過半数)
選任議案に対する同意:他の機関の同意は不要            (以上)

 

Q&Aセッション

Q01:次回講義に直接関係が無くそもそもの質問で恐縮ですが、今までのご講演でも私には未だ基本的な理解が追い付いていないものですので、以下の点について、先生のお考えをお伺いしたいと存じます。

⑴取締役(会)がその向上を目指すのは、企業価値向上でしょうか、株主価値でしょうか。

・会社法の法的構成から見れば、取締役は会社の受任者(330条)であり、企業価値とも思えます。コーポレートガバナンスコードも「企業価値向上を促し」との記載があります(原則4)。すると、「所有者」たる株主の利益は劣後させてよいのかという疑問が生じます。

⑵取締役(会)が株主以外のステークホルダー(取引先・消費者、労働者、地域社会等。以下「SH」)への配慮をする意義・位置づけは、どう考えたらよいでしょうか(私は、以下の2つの考え方があると思いますが、いかがでしょうか)

①経済側面からは、SH配慮は、会社の暖簾価値や企業継続性の向上に繋がるので、企業価値(注)ひいては株主価値に寄与する。また、ESG投資重視の近時においては、株主価値の向上にも直接寄与する。

(注)コーポレートガバナンスコード基本原則2解説の「上場会社が、こうした認識を踏まえて適切な対応を行うことは、社会・経済全体に利益を及ぼすとともに、その結果として、会社自身にも更に利益がもたらされる、という好循環の実現に資するものである。」は、このことを指していると思います。

 ➁法的側面からは、取締役は法令遵守義務(365条)があり、遵守対象は、各種法令(規制法、消費者保護法を含む)や契約法(取引・労働契約)はもとより、SH配慮を求めるソフトロー(コーポレートガバナンスコード、SDG)や、法人格を与えられ市民社会の一員で以上遵守すべき社会規範・要請も含まれるべきと考えられる(株主は、この行為による収益減を、与件として当然甘受しなければならない)なお、SH配慮は、上記⑴の企業価値向上を重視する考え方に親和的と思いました。

A01:まず最初に要点を示しておきます。株式会社は多種・多数のステークホルダー(SH)を確保することによって事業を円滑に進めることができますが、他方で、直接・間接にそれらステークホルダーの生活を支えています。その意味で、株式会社はステークホルダーみんなのためのものです。法は、株主を株式会社の所有者と定め、株主が所有者のガバナンスに基づき株式会社を支配することによって、真に全ステークホルダーのためになる存在たりうることを期待しています。その代わり、株主に事業のリスクを負わせることにより、支配の責任の所在を明確にしています。要するに、株式会社はステークホルダーみんなのためのものですが、誰のものかといえば株主のものです。株主の直接的な目的は会社の利益です。したがって、株式会社が利益を目指して経営されることを望みます。株主価値の追求です。資本主義は、株主の利益追求がすべてのステークホルダーのためになる仕組み-競争原理に基づく市場経済-を備えています。株式会社が皆のためだからと言って、すべてのステークホルダーの希望を取締役会で反映させていたら、「船頭多くして船山に上る」状態に陥り健全で効率的な経営を行うことができません。それが株主という単独のステークホルダーに会社を委ねる理由です。

株式会社の経済的使命は、①国民が欲する財・サービスを生産・流通させること、および②それを通して創出した付加価値を資本と労働とに分配し、資本の提供者および労働者に生活をするための収入をもたらすことです。すべての付加価値の合計が、一国の経済活動の成果であるGDPですから、私は企業の社会的使命は付加価値の創出にあると考えます。したがって、株式会社は企業価値を最大化する社会的使命、社会的責任を負っていると考えます。だからと言って、「取締役会の最大の関心事は、株主価値の向上でなく企業価値の向上であるべきだ」とはなりません。なぜなら、資本主義の仕組みにより、株主価値の向上が企業価値の向上に直結するからです。

現代企業の事業は資本と労働との協働によってなされ、付加価値が生産されます。資本を提供するのは債権者や株主です。労働を提供するのは従業員と経営者です。付加価値は最終的にこれら提供者に分配されます。資本主義および株式会社のルールは、第2回の講義で説明したように、企業の所有者は資本、とくに自己資本の提供者であり、株式会社においては株主が所有者です。(ただし、奴隷制度は許されていません。株式会社も法人という「人」ですから、法人を所有することは許されません。企業の所有者というのは経済的な意味においてです。)したがって、株式会社の経営は所有者である株主に委ねられます。これが株主のガバナンスです。しかし、株式会社は、大きな資本を使用し大規模な事業を行うことを基本として制度化されているので、株主が多数います。会社法の他の会社(合名会社、合資会社、合同会社)のように、出資者が自ら経営者になって会社を経営することは現実に不可能です。また、大小さまざまな株主が多数いますから、株主に経営能力があるとは限りません。そこで、株式会社では、株主の最高意思決定の場である株主総会において、株主の代わりに会社を経営する取締役を選任し、経営を委ねることになっています。取締役はあくまでも株主から依頼を受けた経営代理人です。株主は、企業が事業によって稼いだ利益に対する請求権を持っていますから、長期的な観点から会社の利益が最大化されることを望みます。これが株主価値最大化です。

 株式会社には、従業員、顧客、取引先、債権者などのステークホルダーがいるのに、株主が所有者面して自らの利益のために株式会社の経営を支配(ガバナンス)するのは社会的に正義なのでしょうか。資本主義ではイエスです。資本主義は、自由な経済活動が補償された市場経済を前提としています。商品の市場で、原材料や機械の市場で、また労働の市場で多数の人々が自由に需要や供給を行い、その需・給から価格や取引条件が決まるというのが競争原理に基づいた市場経済です。どの市場でも、不必要な規制がなく自由な経済活動が認められている市場経済は公平・公正な制度であるというのが資本主義の前提です。企業がすべてのステークホルダーと市場原理に則った価格や条件で利益を最大化するならば、付加価値=(利益+利息)+賃金も最大化されます。利息も賃金も市場原理に即したものですから、公平公正に最大化されたことになります。市場経済が機能する限り、株主価値の追求は企業価値の追求に直結しています。企業は余計なことを考えずに、株主価値を追求すれば良いのです。それが取締役会の責任です。要するに。株式会社において、取締役会および経営者が市場経済を尊重しつつ株主価値を追求するのは社会的正義であるというのが資本主義の思想です。企業が株主価値を追求するために、効率的な経営を行い大きな利益を実現すれば、従業員は基本給の他にボーナスで収入を増やすことができます。利益が上がる会社は研究開発などを積極的に行うことができ、良い製品やサービスを顧客に提供することができます。このように株主価値追求は顧客にも恩恵を漏らします。同様に取引先も下請けいじめなどされずに公正な取引で恩恵を受けるでしょう。企業は地域や地球環境に配慮した経営を行うことができるでしょう。そのために株主の利益が犠牲になっても、潤沢な利益を享受している株主は不平・不満を言わないでしょう。

 このように、市場経済が健全に機能すれば、株主価値創造はすべてのステークホルダーに恩恵をもたらします。しかし、日本はもともと規制の多い国です。したがって、市場経済が歪められる場面が多くありましたし、依然としてそれらが残っています。企業は規制などによる市場経済の歪みを株主利益の追求に利用できたかも知れません。そのことは多くの日本人が実感しているかも知れません。それゆえ、長らく規制緩和が強く叫ばれているのです。

 なお、自由経済を前提とする市場経済がその精神通り健全に運営されるためには、国民一人一人が自己規律を備え、社会のルールを尊重する社会人であることが必要です。嘘をついたり騙したりは許されません。ところがそうでない人が多いため、法はさまざまルールを決め遵守しない人には罰を与えます。また、ESGやSDGsに正しい理解を持つことも需要です。コーポレートガバナンス・コードがこれらを重視しているのは、健全な市場経済を実現するためです。資本主義を採用し株式会社制度に多くを依存している日本ですが、ここに述べたようなことが十分に理解されていません。コーポレートガバナンスコーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードを作っている人たちも理解できていないように思わざるを得ません。また、社会通念上、株主価値を堂々と謳うことがでいないために企業価値という言葉で誤魔化しています。日本人の多くが株式会社で働いているのに、また公的年金や企業年金を通じて多額の株式を保有しているのに、株式会社制度の制度や仕組みを理解していないので株主価値や株主の利益という言葉に後ろめたさを感じています。コードの作成者たちは、そのような国民に迎合した表現でコードを作っています。その結果、二つのコードができたにもかかわらず、会社は上辺だけ遵守を装い、真のコーポレートガバナンス改革により企業経営を確信する大きなうねりにはなっていません。大変残念なことです。 (若杉敬明)

Q02:「わが国会社法のガバナンス規整」について、明治時代の商法から現在の会社法に至る株式会社のガバナンスに係る歴史的経緯と三つの機関設計の相違に関する網羅的な説明ありがとうございます。本件に関連して、日本監査役協会が三つの機関設計別の役員等の構成の変化などに関するアンケート集計結果(約300ページ)を発表しております。また私が勤務した会社(2社)の総会資料に興味深い記載がありますので、私の感想も沿えて、会員の議論を高める目的で報告させていただきます。
Q02-1 監査役協会の報告について、紙面の関係から、指名委員会等設置会社を除いて、監査役会設置会社と監査等委員会設置会社の比較報告とします。→監査役協会アンケート集計結果等
【弊所見1】日本監査役協会には現在日本の主だった企業が会員(監査役会設置会社:6002社/85%、監査等委員会設置会社:1003社/14%、指名委員会等設置会社:75社/1%)に登録している。同協会は各種専門委員会を設け、その活動の成果を年2回の全国大会で発表して、監査役等への監査の実務指針を示している。また実務分科会に監査役等が参画して監査レベルの向上の支援と新任監査役等への研修を実施し、また月刊誌「監査役」を発行して監査役等の専門知識の習得に貢献している。
 日本には監査役設置会社に加えて、指名委員会等設置会社並びに監査等委員会設置会社が存在しているが、実態は余り変わらないように見える。理由の一つに、新しい機関設計の策定に監査役会設置会社の先進事例も参考にされてきたことと、及び監査役会協会を中心に新しい機関設計の機能を監査役設置会社に取り込み、後日監査役設置会社の法改正につなげて来ていることによると思われる。
 今回の比較に置いても、役員の数及び監査役等の報酬に格差が見られるも、これは監査役設置会社の企業規模が比較的大きい事に起因するものと思われる。役員の社外比率も略同じで、監査役設置会社における社外取締役は平均2名、1名も居ない会社の比率は1.6%で今回の法改正が与える影響は殆ど無いと思われる。内部監査部門の脆弱性は両方の機関に言えることで今後の課題と思われる。
Q02-2 私が勤務経験を持つ以下の2社の事例を今期の総会資料をベースに紹介します。 →2社の事例
【弊所見2】会社のガバナンス体制は会社の規模・企業風土・業態・海外進出度合等を勘案しながら、最適な形態を試行錯誤して現在の形態に至り、更に将来に向かって試行錯誤を続けていくものと思われます。ガバナンスが3機関設計の選択で決まるのではなく、会社法が定める機関設計に会社が主体的に諮問機関等の任意の機関を組み合わせたハイブリット型、又はブテック型のガバナンス体制が当該企業にとって有効に機能する体制になるのではないかと思われる。株主の圧力や株主総会対応の為の、関係者のコンセンサスのない表面的な機関設計やガバナンス体制が有効に機能するのか疑問を禁じ得ない。また、いつの世でも同じことですが、組織体制と同時に重要なことはそこに働く役員の意識及び矜持の持ち方ではないかと思われます。

A02:二つの質問に対する私の答えは同じです。【貴所見2】の最後の文章に全く賛成です。同意見ですが、念のため補足説明を加えます。現代企業の取締役会のガバナンスの望ましい姿に関する私の考えは、JCGRウエブサイトの「コラム」において、『コーポレートガバナンス概論―教育的ノート-』と題するエッセイで述べさせていただいております。その(3)むすびを引用します。


「指名、報酬、監査の機能により、経営のトップであるCEOから効率的で健全な経営を引き出すのが取締役会のガバナンスである。取締役会のリード役が社外独立取締役である。ガバナンスは、業務の執行に直接関わることではないので、社外の独立取締役にも果たすことができる、否、厳しくその職責を果たすためにこそ、独立な社外取締役こそ望ましいとするのが、現代のコーポレートガバナンスのベスト・プラクティスの根底にある思想である。
 ここで大事なことは、ガバナンスとマネジメントは一対であるということである。上に見たようにガバナンスは、マネジメントの協力があってこそ機能するのである。他方、健全なガバナンスの下でこそ、マネジメントはその力を発揮できるのである。残念ながら全体としてみると日本の経営は目的志向の合理的・科学的経営という観点からは貧弱である。政府も企業も学界も同様である。ガバナンス改革はガバナンス、ガバナンスとお題目を唱えているだけでは進まない。同時に、マネジメント力を高める施策が必要である。ガバナンス改革を唱えている政府はそれにもコミットする必要があることを自覚すべきである。」


大事なことは「委員会」という形ではなく、自社の経営実態に合ったガバナンスの「機能」です。極論すれば、取締役会が指名・報酬・監査という三つの基本機能を正しく理解し確保してさえいれば形(委員会の名前)はどうでも良いのです。しかし、現代のように複雑な状況に置いては、株主始め投資家に理解してもらうためには、名前も重要だと思います。もちろん名前という形をとるか機能の確保をとるかという選択問題になったら機能の確保をとるべきです。日本のコーポレートガバナンス改革は―他の改革と同様に―形ばかりにとらわれ機能を強調することを忘れているので実効性が乏しいのであろうと私は憂いております。 (若杉 敬明)

 

資料1 監査役協会アンケート集計結果
【監査役会設置会社】
1)対象会社数  6,002社、有効回答数3,479社(58%)うち上場会社数1,464社
2)比較対象会社 上場会社 1,464社に限定。(うち一部上場 952社/65%)
3)役員構成
  ① 取締役平均人数 8人 (うち社外取締役 2.4人)
  ② 監査役平均人数 3.5人(うち社外監査役 2,4人、常勤監査役1.4人)
  ③ 役員合計    11.5 人(うち社外役員  4.8人、社外比率 42%)
  ④ 社外取締役がいない会社 24社(全体の1.6%)
4)社外役員の前職・現職
  ① 社外取締役・・・会社の役員(39%)、弁護士(12%)、公認会計士(8%)
  ② 社外監査役・・・公認会計士(26%)、弁護士(22%)、会社の役員(20%)
5)独立役員届出人数
  ① 4人・・・(内訳) 社外取締役 (2.1人)、社外監査役(1.9人)
6)内部監査部
  ① 内部監査部門の平均スタッフ数 5.8人
  ② 内部監査部門長の役職・・・部長(69%) 執行役員(9%)取締役(9%)
7)監査役による内部監査役への指示権
  ① 社内規則に監査役の指示権が明記されている・・・38%
  ② 社内規則の明記は無いが実質的に指示している・・・48%
8)内部監査部の報告
  ① 監査役(会)が正式報告先に規定 ・・・ 42%
  ② 監査役(会)が写報告先に規定 ・・・・ 39%
9)指名委員会・報酬委員会に相当する諮問機関の設置の有無
  設置している会社・・・51%
10)取締役会に於ける監査役の発言
 ① 議長の求めが無くとも、発言している。・・・93%
 ② 監査役の発言の影響…・代表取締役等との日常的コミュニケーションで意見を反映(25%)・取締役会での発言を真摯に受け止めて頂いている(44%)
11)社長・経営トップと監査役会の対話機会
  最も多いレンジ・・・年3~4回(31%)
12) 内部通報の窓口
  監査役が内部通報の窓口の一つになっている・・・42%13)監査役の報酬 ① 常勤社内監査役・・・最も多いレンジ(2000万円~2500万円/19%) ② 非常勤社外監査役・・最も多いレンジ(200万円~500万円/41%)

【監査等委員会設置会社】
1)対象会社数  1,003社、 有効回答社数626社(62%、うち上場会社数575社)
2)比較対象会社 上場会社 626社に限定
3)取締役構成
  ① 監査等委員でない取締役平均人数 5.9人(うち社外取締役 0.8人)
  ② 監査等委員の取締役平均人数   3.5人(うち社外取締役 2.7人、常勤 1人)
  ③ 取締役合計           9.4人(うち社外役員 3.5人、社外比率 37%)
4)社外取締役の前職・現職
  ① 監査等委員でない社外取締役・・会社の役員(36%)、取引先の役員(14%)、弁護士(11%)
  ② 監査等委員の社外取締役・・・・公認会計士(27%),弁護士(25%)、会社の役員(21%)
5)独立役員届出人数
  ① 3.2人・・・(内訳) 監査等委員でない取締役 0.8人、監査等委員 2.4人
6)内部監査部
  ① 内部監査部門の平均スタッフ数 4.8人
  ② 内部監査部門長の役職・・・部長(69%)、執行役員(9%)、取締役(9%)
7)監査等委員会による内部監査役への指示権
  ① 社内規則に監査等委員会の指示権が明記されている・・・60%
  ② 社内規則の明記は無いが実質的に指示している・・・  32%
8)内部監査部の報告
  ① 監査等委員会が正式報告先に規定・・・50%
  ② 監査役等委員会に写報告先に規定・・・32%
9)指名委員会・報酬委員会に相当する諮問機関の設置の有無
  設置している会社・・・54%
10)取締役会に於ける監査等委員の発言
  ① 議長の求めが無くとも、発言している・・・97%
  ② 監査等委員の発言の影響…・代表取締役等との日常的コミュニケーションで意見を反映(21%)・ 取締役会での発言を真摯に受け止めて頂いている(36%)
11)社長・経営トップと監査等委員会との対話の機会
  最も多いレンジ・・・年1~2回(33%)
12)内部通報の窓口
  監査等委員会が内部通報の窓口の一つになっている・・・45%
13)監査等委員の報酬
  ① 常勤社内監査等委員・・・最も多いレンジ(1000万円~1250万円/21%)
  ② 非常勤社外監査等委員…最も多いレンジ(200万円~500万円/43%)

資料2 私が勤務経験を持つ以下の2社の事例を今期の総会資料をベースに紹介します。

1.A社の事例
 1)機関設計
   監査役設置会社から前期に監査等委員会設置会社に移行  
   ・役員構成の変化
    常勤社内取締役  6名から4名(2名減)
    非常勤社外取締役 2名変更なし
    常勤社内監査役  2名から常勤社内監査等委員  1名(1名減)
    非常勤社外監査役 2名から非常勤社外監査等委員 2名
    合計       12名から9名に変更
  ② 諮問機関
    数年前からガバナンス委員会(委員長・・社外取締役)を設置し、社外役員全員が
    委員に就任。今後も変更なし。ガバナンス全般・指名・報酬の協議機関
 2)業績連動型報酬
  ① 業績(連結)
    売上高 1750億円、純利益 120億円、自己資本比率 72%、ROE 8%
    配当性向率 65%、配当利回り 2.6%
   ・業績連動報酬比率
    報酬総額に占める比率を15%~20%とする。
2.M社の事例
 1)機関設計
   監査役会設置会社
   ・役員構成
    常勤社内取締役  9名
    非常勤社外取締役 5名(うち女性 3名、外国籍 2名)
    常勤社内監査役  2名
    非常勤社外監査役 3名(うち女性 1名)
    合計      19名(うち女性 4名、外国籍 2名)
   ・諮問機関
    ガバナンス委員会(委員長/会長)・・・18年前から設置されガバナンス全般
    指名委員会(委員長/社外取締役)・・・役員選解任基準・後継者計画等の評価
    報酬委員会(委員長/社外監査役)・・・報酬体系及び役員報酬案の評価及びクローバック条項の運用の適切性の評価
    会長の役割・・・執行役員を兼務せず、経営の監督に専念し、総会の議長・取締役会の議長及びガバナンス委員会の委員長に就任。
 2)業績連動型報酬
  ① 業績(連結)
    収益 8兆、 純利益 3500億円、 自己資本比率 39%,  ROE 7.3%
    営業キャッシュフロー 6600億円  配当性向率 40%、営業C/F比率 21%
    自己株式 700億 株主還元率 60% 配当利回り 3.4%
  ② 業績連動型報酬
    イ)業績連動賞与
      連結純利益並びに営業C/Fに一定の算式で計算した金額(但し7億円上限)
    ロ)株式報酬
      当社の株価成長率と東証株価指数成長率との比較により取締役の取得する株
      式数が決定する。(但し5億円上限)
    ハ)報酬総額の中、業績連動型報酬の占める比率は54%(昨年度実績)
    ニ)従業員への株式報酬 (70億円)

(若杉 敬明)

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