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研究会ブログ
2021 コーポレートガバナンス研究会
第4回 わが国会社法のガバナンス規整

Q&Aセッション

Q01:資料10-11「取締役会のプラクティス」が世界的な標準、在り方となっている背景・理由を補足いただけますでしょうか?例えば、東レ社長「会社の大事なことは社外の人間ではなく、事業をよく理解している社内の人間で話し合って決めるべきだ」(週刊東洋経済2021年7月10日号)といった発言にどう答えるべきか、在り方通りにやっているはずの東芝や三菱電機で不祥事が頻発しているのはなぜか、先生のご示唆を賜れますと幸いに存じます。

A01:これから説明するのは、いわばアメリカのベストプラクティスです。独立社外取締役が取締役会で半数以上を占め、三委員会は独立取締役だけで構成されている、ガバナンスとマネジメントが分離体制での取締役会のあり方です。現在の日本の多くの会社の取締役会のことは忘れて読んでください。

 取締役会における社内取締役はCEOとCFOだけです。他の取締役(8人としましょう)は独立社外取締役です。この人たちは取締役を引き受けた以上、当該会社の現状および業界事情はある程度分っているでしょう。だからと言ってこの会社の経営理念やビジョンや経営戦略を取締役会に提案し決定することはできません。それらを提案できるのは、会社を熟知しているCEO/CFOを中心とするトップの業務執行役員たち(以下、経営陣と呼びます)です。業績連動報酬というインセンティブで同期づけられているCEOは経営陣および戦略スタッフと厳しい議論を行い、これからの経営理念、ビジョンおよび経営戦略を煮詰め練り上げて、取締役会に議題として提出します。独立社外取締役が多数を占めている取締役会は、それを受け①経営理念→ビジョン→経営戦略のプロセスが論理的に首尾一貫(consistent)しているか、②重要なリスク要因を見逃さずに考慮に入れているか等々を検討します。経営陣が練りに練ったビジョンや経営戦略を、多角的な「外部の目」で厳しく見るのです。それをパスすると経営陣の提案は取締役会の業務意思決定になります。形式的には、会社法に基づき取締役会の決定ということになりますが、実際にはCEOを中心とする経営陣の決定が取締役会により正式な決定になるのです。経営戦略に限らず、M&Aやグローバル進出などの意思決定についても同様です。わが国の多くの企業が採用しているせいぜい3,4人の社外取締役しかいない取締役会でも同じプロセスをとりますが、最終段階の外部の多角的なチェックが効かないために、自己満足的な結論になってしまう傾向があります。東レ社長「会社の大事なことは社外の人間ではなく、事業をよく理解している社内の人間で話し合って決めるべきだ」というのは正しいのですが、そこには社外取締役の多角的な支店からのスクリーニングが必要であるという重要なプロセスが抜けている点で、現代のガバナンスのベストプラクティスから大きく逸脱しています。私も、東証一部上場会社の取締役、監査役を経験してきましたが、日本の経営者はコーポレートガバナンスを誤解していると実感してきました。会社内のことはよく知っていることで、他の誰よりも良い意思決定ができると思っているのです。それは思い上がりだと言わざるを得ません。東芝や三菱電機の問題は、社外取締役がいるのに独立取締役としての責任を果たせなかったと言うことです。その理由は色々あると思います。第一に独立社外取締役の人数が少ないということです。第二にCEO/CFOが社外取締役に独立取締役に本来の独立取締役の役割を期待していないということです。第三に、社外取締役が独立取締役として必要な資質・能力を持っていなかった、ということなどと思います。要するに、日本の多くの企業では取締役会のガバナンスが理解されていないということだと思います。(若杉敬明)

Q02:コーポレートガバナンスコードにある企業文化・風土の「監督」について、具体的にはどのように実施されることを想定されていると先生はお考えでしょうか?基本原則2「取締役会・経営陣は、これらのステークホルダーの権利・立場や健全な事業活動倫理を尊重する企業文化・風土の醸成に向けてリーダーシップを発揮すべきである。」補充原則2-2①「取締役会は、行動準則が広く実践されているか否かについて、適宜または定期的にレビューを行うべきである。その際には、実質的に行動準則の趣旨・精神を尊重する企業文化・風土が存在するか否かに重点を置くべきであり、形式的な遵守確認に終始すべきではない。」経営戦略・計画、あるいは業績や重要な意思決定の監督は一定イメージが付くものの、「企業文化・風土」を「監督」するイメージが沸いておりませんでして、先生のご示唆を賜れますと幸いに存じます。

A02:企業文化・企業風土について共通の概念が共有されているわけではなく、何となく使われているように思います。コーポレートガバナンスコードも明確には定義せず、「何となく」を前提としているように見えます。定評ある国語辞書は文化と風土を次のように定義しています(新明解国語辞典)。すなわち、「文化」とは「その人間集団の構成員に共通の価値観を反映した、物心両面にわたる行動の様式(の総体)」と説明し、また「風土」を「(住民の生活・思考様式を決定するものと考えられる)その土地の気候・水質・地質・地形などの総合状態、またそれによって創り出されたもの」と定義している。ここでは、企業文化については「企業と従業員が共有している価値観や行動規範」という定義を、企業風土については「企業内で自然発生して定着した暗黙のルールや習慣」という定義を採用する(https://motifyhr.jp/blog/training/corporate_culture-4/)。風土というと「長期的に」醸成されたという語感があるので、企業において長い年月を経て培われた価値観・行動様式という意味合いがあると思うが、ここでは企業尾文化、企業風土という言葉を区別しないで用いることにする。いずれにせよ、それを定め定着させるのは経営トップの役割だと認識しているからである。企業であるから利益を上げることが重要である。利益を上げるに当たって事業をどう行うかという基本価値観が企業文化・風土の一つであると思う。大きい事業も小さい事業も収益性が高ければやるとしている大企業もあれば、小規模の事業は避ける大企業もある。利益を上げるためには、法律違反ぎりぎり方法で事業を行う企業もあれば、コンプライアンスを励行することをプライドとしている企業もある。サッカーでいえばは、勝つためには、毎試合、ラフプレーも辞さない、審判にみつからなければ反則プレーも繰り返すというチームもある。それらこそチームの文化であり風土である。企業文化・風土を決めることができるのは経営トップである。談合などが慣行化されている業界の企業に新しい社長が就任したとします。その社長が、自社を法律を遵守する現代企業にしたいと考え、就任の挨拶で法律を厳しく守る会社にする、もちろん談合には与しないと宣言したとします。現場の人たちは、「談合に加わらないなんてそんなことはできない、そんなことをしていては会社が潰れてしまう。社長はあんなことを言っているけれど外向けだ」と考えるでしょう。現場は「談合に加わらなければ仕事にならない、社長は口先だけでいっているのであって、本当はわれわれ現場がうまく談合に付き合って欲しいと思っているはずだ」と忖度して、談合を続けようとするかも知れない。優秀な経営者であればそれを分っているから頻繁に現場を回って歩き、担当者に「自分は本当に談合を望んでいない」と諄々と説くであろう。現場が本当に変わるまでそれを続けるであろう。談合をしなければ仕事がないこたが判明ということであるならば、業界から撤退し、現場のために新しい事業を開発するであろう。そうすれば、いつ逮捕されるか分らないと戦々恐々としている暗い職場を解放することができる。つまり、企業風土が変わるのである。企業風土・文化を変えるのはガバナンスではなくマネジメントです。経営者の仕事です。結論を言うと、経営者は新しい企業文化・風土がどういうものかを①現場に行き説いて回ること、そして②企業文化が変わったかを調査して変わったことが確認されるまでそれを続けることです。どうしても受け容れられない人には辞めていただくしかありませんね。(若杉敬明)

Q03:今回の授業は、主に株主→取締役会→経営陣の関係に焦点を当てたものであり、また、その株主は多様なタイプがあると理解しました。すると、(1)株主間で利害や意見が合わない場合に、取締役会ではどのように行動すべきかという点が気になりました。この点、(2)直近の東芝の事例を例として取り上げると、少数株主が経営陣の行為を問題視(→同事案では、特定株主に圧力かけたのではないか等)した場合に、受任者たる取締役会がどう行動するか(→同事案:株主総会招集通知書において株主提案権に反対推奨との取締役会意見を記載)は判断が難しいと思われます。可能であれば、予め何らかの行動基準を定めておくのが有用とも思いますが、その際、単に独立取締役の判断に委ねれば良いというのも評価が分かれると思います(→同事案:調査主体の監査委員会は全員独立取締役)。以上の点について、何か先生のお考えを示唆頂ければ、有難いと存じます。

A03:最初に、(1)株主の多様性と取締役の対応について考えます。株主を、企業のファンダメンタルズ(基礎的体力)を重視する長期投資家と短期の価格変動に関心を持つ投機家とに大別すると、後者は企業の経営能力には(極論すれば)関心がありませんが、前者は大いに関心を持っています。戦略的な経営が株価の成長トレンドを生むのですから、長期投資家は、経営者を長期インセンティブシステムで動機づけるガバナンスシステムを機能させてもらうために優秀な独立社外取締役を株主総会で選任しようとします。長期的投資家が多数であれば健全な取締役会が成立し、長期的な経営が行われることになります。投資家が多様であるからと言って、取締役会が多様な株主の異なる利害に配慮した経営を実現させるようなガバナンスを行うわけではありません。株主総会における取締役選任に関する議決権行使で多数を占める株主の意向が反映されるのです。それが民主主義です。次に、(2)東芝の問題について考えて見ます。少数株主(6ヶ月前からどの時期をとっても総株主の議決権の1%以上または300個以上の議決権を有していた株主)は、①議題の提案権、または②議案の提出権を有しています。後者②の場合、議案が法令・定款に違反するとき、または、実質的に同一の議案について10分の1以上の賛成を得られなかった総会から3年を経ていないときは、認められない。東芝の場合詳細は知りませんが、②の「認められない」場合でないにも関わらず、経産省に駆け込んだようですので、明らかに小数株主の権利を無視するもので、会社法違反だと考えます。会社としては、会社法の定めに反しない限りは株主提案として受け付け、株主総会における株主の判断に委ねるべきでした。(若杉敬明)

Q04:ビジネスラウンドテーブル(米国トップ企業の経営者181人が参画)で「企業にとって、どのステークホルダーも不可欠な存在である。私たちは会社、コミュニテー、国家の成功のために、その全員に価値をもたらすことを約束する」と宣言し、株主資本主義との決別、ステークホルダー資本主義への転換を示した。(2019年8月19日)この声明は、長年企業の意思決定の指針となってきた、ミルトン・フリードマン的世界観(「資本主義と自由」)に対する公然たる批判と受け止められ、企業の説明責任を負う相手は顧客(消費者)、従業員、サプライヤー、コミュニテー、株主の5者であり、株主はその1つに過ぎないとされました。欧州においても、「ステークホルダー資本主義」が強く主張されている。最大級の資産運用会社ブラックロックは「企業のPurpose(目的)は、利益の追求だけでなく、利益を達成するための活力になる」と述べています。最近発行された(コリン・メイヤー著の「株式会社規範のコペルニクス的転回」では株式会社はステークホルダーの利益に貢献すべきで、会社法を改正して、株式会社の「目的」を定款に記載させ、取締役は株主に加えて利害関係者に対しも、受託者責任を負うべきと提言しています。近年、世界中のESG投資が大きなうねりも、この様な動きに呼応していると見られ、日本でも石炭火力発電所の売却や開発投資の中止等が相次いでいます。この様な流れの中で、コーポレートガバナンスは今後どのように変わって行くべきについて、先生のご意見をお聞かせ願います。

A04:企業にとってすべてのステークホルダーも不可欠な存在であることは私がいつも言っているとおりです。これには誰も反対しないでしょう。BRTの宣言においてもそれがメインのステートメントではなく、宣言の一部だと思います。企業はすべてのステークホルダー「のため」の存在ですが、誰「の」ものかと言えば株主のものです。他のステークホルダーも企業が倒産するような時にはリスクを負いますが、平常時における業績変動のリスクを負うのは株主です。株主は所有者の権利としてガバナンス(支配権)を有すると同時に、その責任としてリスクを負担するのです。企業の活動のサステイナビリティーを支えるのはすべてのステークホルダーです。したがって、株主に選任された経営者も、すべてのステークホルダーをレスペクト(respect)しなければ、すべてのステークホルダーを必要なだけ確保できず、企業を維持できません。レスペクトは取引舎双方の受託者責任と言って良いでしょう。それではいかにしてレスペクトすべきなのでしょうか。それは、自由主義を前提とする資本主義の市場経済を遵守することです。それぞれをステークホルダーの貢献を獲得するにはそれに対する対価(価格)を払わなければなりません。価格は貢献に対する需要と供給によって決まります。それが資本主義における競争原理です。経営者はステークホルダーをレスペクトしつつ貢献を受け取り対価を払わなければなりません。貢献と対価の交換においては、供給者と需要者の人権を守るということもレスペクトの重要な前提です。未成年労働者は政治的な敗者である人々を奴隷のように価格な条件の下で働かせるということは決して許されることではありません。これらのことは現代資本主義の大前提ですが、一部の国で人権を無視した取引(貢献と対価の交換)が行われているので、現在、ウイグル問題などが注目されているのです。途上国が発展し地球が急に小さくなってしまいました。そのため新しいルールが必要になってきました。自由主義、民主主義を前提とする資本主義の理想が間違っているのではなく、資本主義の運営の仕方が問題になっているのです。(若杉敬明)

 

第4回研究会の補足説明

CEOを中心とする経営陣から優れたマネジメントを引き出すのが取締役会のガバナンスの役割である。20世紀末から21世紀にかけてガバナンスは大きく変容した。新たな取締役会のガバナンスについては今後詳しく取り上げるので、今回はガバナンスの対象であるマネジメントとはどんなものであるかを紹介する。ところで、この6月に東証のコーポレートガバナンスコードが改訂された。東証のコーポレートガバナンスコードの特徴は、「コーポレートガバナンス」とは名ばかりで、マネジメントに関する言及が多い。このブログでは、同コードの諸原則のうちマネジメントに付いて述べている箇所を紹介する。コーポレートガバナンス・コードについてはこの研究会シリーズの最後で取り上げるので、ここでは各自で同コードがどんなものであるか確認していただきたい。今回の改訂では、サステナビリティに詳しく言及しているので、その部分も引用する。

Ⅰ 現代の取締役会ガバナンス

実務

1.株主のガバナンス観
①株主総会で取締役を選任し、その後の企業経営を取締役会に委任する
②取締役会は、優秀な経営者を選任し、適切な企業目標を与えて経営を一任するとともに、取締役会が適切な監視を行うならば、株主の目的は達成される
③株主の目的は、株主価値(長期的株主利益)の最大化
④企業は法人として人の道や法律等を厳守しなければならない
2.ガバナンスシステム
①株主は独立な社外取締役を中心に取締役を選任する
②取締役会は、CEO以下の業務執行役員(経営陣)を選任する
③取締役会は、業務意思決定を行うともに、独立取締役により三委員会を組織
-取締役候補者、CEO等業務執行役員を選任する
1)良き取締役候補・執行役員を選任するために指名委員会を組織する
2)インセンティブ報酬により経営陣を株主利益実現に誘導する。そのために効果的な報酬制度を設計・実施するために報酬委員会を置く
3)コンプライアンス励行のために独立監査人を確保する。そのために監査委員会を置き、内部および外部監査人の独立性を検証する

Ⅱ マズローの欲求5段階説とマグレガーのX型人間・Y型人間

1.マズローの欲求5段階説

人間性心理学の第一人者として有名な米国の心理学者アブラハム・マズローは、「人間は、自己実現に向かって成長する主体的な存在である」と考え、これを説明するために、人間の欲求は5層からなるというピラミッドモデルを提示した。人間の欲求には以下の5段階があり、低次の欲求が満たされると高次の欲求へと上がっていくという法則である

第1段階 生理的欲求(physiological needs) 生理的欲求とは、食欲、排泄欲、睡眠の欲求など「生きること(生命の活動)」と直結した欲求 。これらは人間の本能的な欲求であり、生きていくために必要不可欠なものである。まずはどんな欲求よりも先に、「食べたい」「眠りたい」「トイレに行きたい」といった、生命維持に必要な欲求が満たされることが必要である。

第2段階 安全欲求(safety-security needs)  安全欲求とは、危険や脅威、不安から逃れようとする欲求。人間は生理的欲求が満たされると、次は、「雨風や猛獣に守られた安全な家に住みたい」「食べ物に不足しない生活をしたい」と考える。こういった物質的な欲求は、第1段階の生理的欲求と同じくらい強いものだとされている。また、安全欲求は、年齢を重ねるにつれて反応を抑制することを覚え、昇華していき、自然と次の社会的欲求を求めるようになるといわれる。

第3段階 社会的欲求(belongingness-love needs) 社会的欲求は、別名「所属と愛の欲求」と呼ばれており、 集団への帰属や愛情を求める欲求で「愛情と所属の欲求」あるいは「帰属の欲求」ともいわれる。学校や会社・サークル・部活・家族などに属して安心感を抱きたい、受け入れられたいという欲求のことである。物質的に満たされると、次は「会社やサークルなどに所属したい」「友人や恋人など、他者から愛されたい」といった気持ちが生まれる。人間は社会的な生き物であるから、自分を受け入れてくれる他者の存在が必要である。そのため、この欲求が満たされていないと、孤独や不安を感じやすくなる。

第4段階 承認欲求(esteem needs) 他人から尊敬されたいとか、人の注目を得たいという欲求で尊厳の欲求ともいわれる。名声や地位を求める出世欲もこの欲求の一つ。社会的欲求が満たされると、次に、「所属した場所で認められたい」という気持ちが生まれる。つまり、「みんなからすごいと思われたい」「評価されたい」と思うようになるのである。承認欲求には低次と高次の2種類があるとされており、低次の承認欲求は、他者から注目を集めたり、褒められたりすることで満足できる。他方、高次の承認欲求は、自己肯定感を高め、自分の存在を認めることで満たされる。こうした承認欲求が妨害されると、劣等感や無力感を抱きやすくなると言われる。

第5段階 自己実現欲求(self-actualization needs) 自己実現欲求とは、各人が自分の世界観や人生観に基づいて自分の信じる目標に向かって自分を高めていこうとする欲求のことで、潜在的な自分の可能性の探求や自己啓発、創造性へのチャレンジなどを含む。自分の持つ能力や可能性を最大限に発揮して、自分らしく生きたいという気持ちのことである。人間には、創造性を発揮して理想の自分に近づきたいという願望がある。そのため、承認欲求が満たされたら、次は「夢をかなえて世の中に貢献したい」「自分にしかできないことをしたい」という自己実現欲求に到達すると考えられている。

2.マクレガーのX理論・Y理論

X理論Y理論とは、1950年代後半にアメリカの心理・経営学者ダグラス・マクレガーによって提唱された人間観・動機づけにかかわる2つの対立的な理論のこと。マズローの欲求段階説をもとにしながら、「人間は生来怠け者で、強制されたり命令されなければ仕事をしない」とするX理論と、「生まれながらに嫌いということはなく、条件次第で責任を受け入れ、自ら進んで責任を取ろうとする」Y理論とがあるとその理論を構築している。

X理論では、マズローの欲求段階説における低次欲求(生理的欲求や安全の欲求)を比較的多く持つ人間の行動モデル。(1)普通の人間は生まれながら仕事が嫌いで、できれば仕事はしたくないと思っている、(2)このため、人間は強制されたり、統制されたり、命令されたり、処罰すると脅されなければ、目標達成のために十分な力を出さない、などといった人間観が前提となっている。この人間観にたつと、厳格な監督、金銭刺激、ノルマ(標準作業量)の賦課、規則の多用による管理方式がとられることになる。命令や強制で管理し、目標が達成出来なければ処罰といった「アメとムチ」によるマネジメント手法となる。 

Y理論では、マズローの欲求段階説における高次欲求(社会的欲求や自我・自己実現欲求)を比較的多く持つ人間の行動モデル。(1)仕事をするのは人間の本性であるが、条件しだいで、満足したり嫌悪したりする、(2)人間は自分から進んで身をゆだねた目標には自発的に努力する、(3)献身的に努力するか否かは、達成して得る報酬しだいである、(4)人間は条件しだいで責任を引き受ける、(5)人間は問題解決能力をもっている、(6)人間の能力は組織内で一部しか活用されていない、などといった人間観が前提となっている。この人間観にたった場合は、能力を引き出す指導型の監督、多面的報酬、参加やコミュニケーションを重視する管理方式がとられる。魅力ある目標と責任を与え続けることによって、従業員を動かしていく、「機会を与える」マネジメント手法となる。また、企業目標と従業員個々人の欲求や目標とがはっきりとした方法で調整出来れば、企業はもっと能率的に目標を達成することが出来ると示している。つまり、企業目標と個人の欲求が統合されている場合、従業員は絶えず自発的に自分の能力・知識・技術・手段を高め、かつ実地に活かして企業の繁栄に尽くそうとするようになると、マクレガーは指摘している。 社会の生活水準が上昇し、生理的欲求や安全欲求などの低次欲求が満たされている時には、X理論の人間観によるマネジメントは管理対象となる人間の欲求と適合しないため、モチベーションの効果は期待できない。低次欲求が充分満たされているような現代においては、Y理論に基づいた管理方法の必要性が高い、とマクレガーは主張している。→ 次のサイトより引用 https://www.hri-japan.co.jp/contents_library/term/leader-ship/205/
https://kotobank.jp/word/X理論・Y理論-36781

Ⅲ 東証コーポレートガバナンス・コードが言及するマネジメント事項

 東証のコーポレートガバナンス・コードが改訂された2021年6月11日)。東証のコーポレートガバナンス・コードは、その初版から「コーポレートガバナンス・コード」と言いながら、むしろ経営戦略などマネジメント・マターと観が選れべき事項が盛り込まれている原則が多い。そもそも前文ではコーポレートガバナンスを「経営意思決定を行うための仕組み」と定義しており、マネジメント・コードの性格が強い。以下は、コードのマネジメント関する原則を引用してみた。コーポレートガバナンス・コードは、ガバナンスとマネジメントの分離が理解されていない日本の現状を追認していると言わざるを得ない。別の見方をすると、日本のマネジメントは弱体であるので、それを認識させるために故意にマネジメントに関する原則を多く入れたとみることができるかも知れない。日本の官僚の間では、アベノミクスの最大の成果はコーポレートガバナンス改革であると認識されているらしいが、残念ながら後進的なコーポレートガバナンス・コードと言わざるを得ない。(若杉敬明)

1.東証コーポレートガバナンス・コードの諸原則のうちマネジメントに関するものと思われる原則
「東証のコーポレートガバナンス・コード~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」の前文は次のように謳っている。
<前 文>
「本コードにおいて、「コーポレートガバナンス」とは、会社が、株主をはじめ顧客・ 従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組みを意味する。
本コードは、実効的なコーポレートガバナンスの実現に資する主要な原則を取りまとめたものであり、これらが適切に実践されることは、それぞれの会社において持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のための自律的な対応が図られることを通じて、会社、投資家、ひいては経済全体の発展にも寄与することとなるものと考えられる。」
【基本原則1】株主の権利・平等性の確保
 上場会社は、株主の権利が実質的に確保されるよう適切な対応を行うとともに、 株主がその権利を適切に行使することができる環境の整備を行うべきである。
 また、上場会社は、株主の実質的な平等性を確保すべきである。
 少数株主や外国人株主については、株主の権利の実質的な確保、権利行使に係る 環境や実質的な平等性の確保に課題や懸念が生じやすい面があることから、十分に 配慮を行うべきである。
【原則1-1 株主の権利の確保】 上場会社は、株主総会における議決権をはじめとする株主の権利が実質的に確保 されるよう、適切な対応を行うべきである。
【原則1-2 株主総会における権利行使】 上場会社は、株主総会が株主との建設的な対話の場であることを認識し、株主の 視点に立って、株主総会における権利行使に係る適切な環境整備を行うべきである。
【基本原則2】株主以外のステークホルダーとの適切な協働
 上場会社は、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の創出は、従業員、顧客、取引先、債権者、地域社会をはじめとする様々なステークホルダーによるリソースの提供や貢献の結果であることを十分に認識し、これらのステークホルダーとの適切な協働に努めるべきである。
 取締役会・経営陣は、これらのステークホルダーの権利・立場や健全な事業活動を尊重する企業文化・風土の醸成に向けてリーダーシップを発揮すべきである
【原則2-1 中長期的な企業価値向上の基礎となる経営理念の策定】
【原則2-4 女性の活躍促進を含む社内の多様性の確保】
【原則2-5 内部通報】
【基本原則3】適切な情報開示と透明性の確保
  上場会社は、会社の財政状態・経営成績等の財務情報や、経営戦略・経営課題、リスクやガバナンスに係る情報等の非財務情報について、法令に基づく開示を適切に行うとともに、法令に基づく開示以外の情報提供にも主体的に取り組むべきである。
  その際、取締役会は、開示・提供される情報が株主との間で建設的な対話を行う上での基盤となることも踏まえ、そうした情報(とりわけ非財務情報)が、正確で利用者にとって分かりやすく、情報として有用性の高いものとなるようにすべきである。
【原則3-1.情報開示の充実】
 上場会社は、法令に基づく開示を適切に行うことに加え、会社の意思決定の透明性・公正性を確保し、実効的なコーポレートガバナンスを実現するとの観点から、(本コードの各原則において開示を求めている事項のほか、)以下の事項について開示し、主体的な情報発信を行うべきである。
 (ⅰ) 会社の目指すところ(経営理念等)や経営戦略、経営計画
 (ⅱ) 本コードのそれぞれの原則を踏まえた、コーポレートガバナンスに関する基本的な考え方と基本方針
 (ⅲ) 取締役会が経営陣幹部・取締役の報酬を決定するに当たっての方針と手続
 (ⅳ) 取締役会が経営陣幹部の選解任と取締役・監査役候補の指名を行うに当た っての方針と手続
 (ⅴ) 取締役会が上記(ⅳ)を踏まえて経営陣幹部の選解任と取締役・監査役候補の指名を行う際の、個々の選解任・指名についての説明
【基本原則4】取締役会の責務
上場会社の取締役会は、株主に対する受託者責任・説明責任を踏まえ、会社の持続的成長と中長期的な企業価値の向上を促し、収益力・資本効率等の改善を図るべく、
 (1) 企業戦略等の大きな方向性を示すこと
 (2) 経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うこと
 (3) 独立した客観的な立場から、経営陣(執行役及びいわゆる執行役員を含む)・取締役に対する実効性の高い監督を行うこと
をはじめとする役割・責務を適切に果たすべきである。
こうした役割・責務は、監査役会設置会社(その役割・責務の一部は監査役及び監査役会が担うこととなる)、指名委員会等設置会社、監査等委員会設置会社など、いずれの機関設計を採用する場合にも、等しく 適切に果たされるべきである。
【原則4-1.取締役会の役割・責務(1)】
取締役会は、会社の目指すところ(経営理念等)を確立し、戦略的な方向付けを行うことを主要な役割・責務の一つと捉え、具体的な経営戦略や経営計画等について建設的な議論を行うべきであり、重要な業務執行の決定を行う場合には、上記の戦略的な方向付けを踏まえるべきである。
【原則4-3. 取締役会の役割・責務(3)】
・・・また、取締役会は、適時かつ正確な情報開示が行われるよう監督を行うとともに、内部統制やリスク管理体制を適切に整備すべきである。
【基本原則5】株主との対話
上場会社は、その持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に資するため、株主総会の場以外においても、株主との間で建設的な対話を行うべきである。
経営陣幹部・取締役(社外取締役を含む)は、こうした対話を通じて株主の声に耳を傾け、その関心・懸念に正当な関心を払うとともに、自らの経営方針を株主に分かりやすい形で明確に説明しその理解を得る努力を行い、株主を含むステークホルダーの立場に関するバランスのとれた理解と、そうした理解を踏まえた適切な対応に努めるべきである。

2.改訂コーポレートガバナンス原則とサステナビリティ
2021年改訂版はサステイナビリティーやSDGsについて積極的に言及している。その部分を以下に引用した。サステナビリティには地球あるいは社会のそれと、個々の企業のそれとがある。後者は、企業会計においてはGoing Concernとして、現代会計の基礎になっている。資本主義社会では、民間企業は自らの営利のために事業を行い、地球のサステナビリティはその一つの材料である。営利目的の民間企業ができない事業は公的機関が行う。なお、コードは、自社のサステナビリティとして、両者を峻別している。
【原則3-1 社会・環境問題を始めとするサステナビリティを巡る課題】
 上場会社は、社会・環境問題をはじめとするサステナビリティー(持続可能性)を巡る課題について、適切な対応を行うべきである。
補充原則2-3①  取締役会は、気候変動などの地球環境問題への配慮、人権の尊重、従業員の健康・労働環境への配慮や公正・適切な処遇、取引先との公正・適正な取引、自然 災害等への危機管理など、サステナビリティー(持続可能性)を巡る課題への対応は、重要なリスク管理リスクの減少のみならず収益機会にもつながる重要な 経営課題の一部であると認識し、中長期的な企業価値の向上の観点から、適確に対処するとともに、近時、こうした課題に対する要請・関心が大きく高まりつつあることを勘案し、これらの課題に積極的・能動的に取り組むよう検討を深めるべきである。
【原則3-1.情報開示の充実】
補充原則3-1③ 上場会社は、経営戦略の開示に当たって、自社のサステナビリティについての取組みを適切に開示すべきである。また、人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである。
 特に、プライム市場上場会社は、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みであるTCFD(*)またはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである。
* Task Force on Climate-related Financial Disclosures気候関連財務情報開示タスクフォース
【原則4-2.取締役会の役割・責務(2)】
 取締役会は、経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うことを主要な役割・責務の一つと捉え、経営陣からの健全な企業家精神に基づく提案を歓迎しつつ、説明責任の確保に向けて、そうした提案について独立した客観的な立場において多角的かつ十分な検討を行うとともに、承認した提案が実行される際には、経営陣幹部の迅速・果断な意思決定を支援すべきである。
 また、経営陣の報酬については、中長期的な会社の業績や潜在的リスクを反映させ、健全な企業家精神の発揮に資するようなインセンティブ付けを行うべきである。
補充原則4-2② 取締役会は、中長期的な企業価値の向上の観点から、自社のサステナビリティを巡る取組みについて基本的な方針を策定すべきである。
また、人的資本・知的財産への投資等の重要性に鑑み、これらをはじめとする 経営資源の配分や、事業ポートフォリオに関する戦略の実行が、企業の持続的な成長に資するよう、実効的に監督を行うべきである。

(若杉 敬明)

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