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研究会ブログ
2021 コーポレートガバナンス研究会
第5回 コーポレートガバナンスのベストプラクティス

Q&Aセッション ⇨ ここ

はじめに
 第5回研究会はコーポレートガバナンスのベストプラクティスとして米国のニューヨーク証券取引所(NYSE)の上場会社マニュアルを紹介しました。これは米国における上場会社の実務(practice)をベースにNYSEが理想と考える取締役会のガバナンスのあるべき姿を示したものであると私は考えています。会社法は株式会社のあるべき骨格(機関)を定めているに過ぎません。株式会社の実務は個々の会社の事業およびその経営環境等の実態を踏まえて多種多様であるのは当然です。NYSEの上場会社マニュアルはそれを前提に多様な会社実務の共通項を体系化したものです。当然それがベストでない企業も多数あります。だからこそ、「マニュアル」は、取引所規則soft lawという形で施行され、それは”Comply or explain”を許容するという寛容さを備えています。
 会社法は、取締役会の権限として①業務意思決定、②業務意思決定を執行する執行役員の監督、そして③代表執行役員の選任を定めていますが、これは各国共通と言われています。この枠組みの下で、取締役会の実務の現実は、マネジメントモデルとモニタリングモデルに大別されると言われています。わが国の多くの企業は前者であり、後者はごく一部です。前者は取締役が業務執行役員(経営者)を兼ね、監督と業務執行が一体化した取締役会であり、後者はガバナンスとマネジメントの分離(取締役と執行役員は原則として別人とする)の下で、取締役会が業務執行役員の業績を厳しく評価するタイプです。業績を客観的に評価するためには取締役会が独立であることが前提になります。それゆえ取締役会は独立取締役を主体に構成されなければなりません。このタイプの取締役会が世界のベストプラクティスであると私は信じています。
 モニタリングモデルの構造は複雑です。以下、米国の実務を前提に考えていきます。業績評価をするためには予めそのフレームワークを定めておかなければなりません。まず主要な業績指標に関して目標を定めます。そして目標の達成度に応じたインセンティブ報酬制度を設計をします。独立社外取締役が報酬制度の設計を行うことはできませんから、HR部門の報酬制度のプロが、必要に応じて報酬コンサルタントの助けを借りて、役員報酬プランを決定します。KPIの選定等に当たっては企画部門の参加も必要でしょう。報酬委員会の職務は、できあがった報酬制度の事前チェックと、それが期待通り機能したかの事後チェックということになります。次に、監査委員会ですが、NYSEは上場会社は、内部統制機能しているか否かを監査するために内部監査部門を置くように指示した上で、監査委員会の職務は、内部監査が厳正に行われるように内部監査人の独立性の検証することであるとしています。会計報告についても同様に外部監査人の独立性の検証を義務づけています。しかし監査自体は、監査委員会が行うわけではなく内部監査室および外部監査人が行います。その意味では、監査委員会の職責の前提は執行部門である内部監査および会計監査部門です。このように報酬委員会および監査委員会は、当該執行部門の協力を得つつ、業務執行を評価すると言うことになります。執行と監督のコラボが前提ですが、監督は独立でなければなりません。繰り返しになりますが取締役会は独立取締役を中心に構成されなければならない所以です。
 指名委員会も同様にHR部門など執行部門の活動が前提になります。HR部門は絶えず外部の人材をサーチしていますから、社内人材のデータベースだけでなく社外人材のデータベース(へのアクセス)を持っています。社外に求めるのが原則である独立取締役候補のリスト作りHR部門に任せるのがベストです。もちろん多くの場合人材コンサルタントの活用も不可欠でしょう。取締役候補者のリス伝統的な指名委員会の仕事でしたが、現在のNYSEマニュアルは、指名委員会にそれ以上のことを求めています。つまりコーポレートガバナンスの体制作りです。取締役会の下部委員会設置の決定からメンバーおよび委員長の選定までやらなければなりません。その上、コーポレートガバナンスガイドラインも決定しなければなりません。HR部門への依存は非常に大きいと言わざるを得ません。このように考えると、指名委員会は必要な人材を備えた独自・独立のオフィスを持つことも意味があると思います。指名委員会に課された以上のような役割から、米国では指名委員会は取締役会のガバナンスの頂点と位置づけられており、指名委員会委員長は取締役のトップとされています。
 つまり、取締役会の三委員会の活動はすべて執行部門の活動に支えられています。取締役会のモニタリングモデルの名称の由来は、取締役会の活動は業務執行部門の関連する活動のモニタリングであることに由来しています。(若杉敬明)

Q01:3つの委員会の役割は、執行部門の監督につき同部門と密に関係しながら、取締役会の内部機関として、特定分野の職務を遂行していると理解しています。この点、
①報酬委員会は、執行部門(HR部門)と連携しながら執行部問の長(CEO)のインセンティブ設定を、
➁監査委員会は、内部監査部門を指揮監督しながら執行部門による内部統制の体制・運用の監査を実施していると整理しています。一方で、
③指名委員会については、いわば“自分達“(=取締役会の構成員)の選任が主な職務ですし、また、HR部門の情報を参考にするとしても社外メンバーの情報収集は限界があると思います。これはNYSEが求める指名/コーポレートガバナンス委員会の機能においても同様であって、取締役会の自治的な規律維持が主な機能であり、執行部門の監督に直接関与していないようです。そうすると、3委員会のうち、指名委員会は他の2委員会と機能が異なるとの整理になると思います(言葉を選ばずに言えば、指名委員会は、いえば「監督者の中の監督者」、その他2委員会は「取締役会の下請け」のようなイメージがあります)。以上の考えは正しいでしょうか?

A01:冒頭に長々と説明した理由で、正しいです。

Q01-2:なお、実際には、任意でCEO等の選任に関する諮問を担当する企業があります。また、我が国のコーポレートガバナンスコードでは、指名委員会等設置会社以外の会社において、任意の指名員会を設置し、「経営幹部」の選任報酬に「関与・助言」することが規定されています(補充原則4-10①)。しかし、それがガバナンス上望ましいのであれば、なぜ、NYSEルールや日本の指名委員会等設置会社において、CEO候補の選任に関する関与を指名委員会の機能と規定していないのかが 良く分かりません。制度設計に何か歪みがあるように思えるのですが。

A01-2:NYSEの「マニュアル」がCEOの選任に言及していなくても、それを妨げていないのであればまったく問題はないと思います。むしろそのような実務が定着しているのでわざわざ言及していないのかも知れません。独立取締役がdominantでない日本の場合、指名委員会等設置会社においても代表執行役(CEO)の選任は取締役会が行います。取締役会がCEOの選任について人選を指名委員会に委ねるのがベストとは限らないと思いますので、会社法には書き込まない方がよいと思います。(若杉敬明)

Q02:欲求5段階説を企業に当てはめれば、高度に発展したグローバル企業においては、持続的成長を可能にする5段階目の欲求は「環境保護・社会問題の解決・高度の人材育成等」になり「株主価値増大等」は4段階目の欲求になるのではないでしょうか
また、国の歴史・文化・価値観・国民性が異なり、又各々の企業の発展段階が異なる中で、英米流のコーポレートガバナンスをベストプラクティスとして世界の全ての企業に当てはめるのは無理が有るのではないでしょうか。会計基準にグローバルスタンダードは有っても、コーポレートガバナンスにグローバルスタンダードは無いのではないでしょうか。

A02:マズローの欲求5段階説を企業に当てはめることには私は違和感を覚えますので意見は控えさせていただきます。また私は、現在世界の主流になっている英米流のコーポレートガバナンスを闇雲に日本に当てはめようとは思っていません。ただ、資本主義、株式会社制度という共通のプラットフォームで勝負している以上は、それらの論理に忠実な行動を取るのが合理的であろうということで、英米流のコーポレートガバナンスのベストプラクティスを紹介しています。押しつけようとはまったく思っていません。英米流のコーポレートガバナンスのベストプラクティスを理解していただきたいと考えているだけです。

Q02-1:「株式会社規範のコペルニクス的転回」の著者コリン・メイヤー教授(オックスフォード大学)はコーポレートがバンスは「株主の利益と経営者の利益を一致させるため」にあるのではなく「会社の目的を実現させるため」にあるとし、会社の目的は各々の企業の存在意義でありPrototypeを意味せず、又「株主価値増大」を超えた全てのステークホルダーにコミットする「会社の目的」の策定を求め、企業(特にグローバル企業)が直面している「格差社会の問題」「環境問題」「高度の人材不足問題」「人権問題」等の解決策を模索して持続的に成長を図ることを示唆されているように見受けられますが、如何でしょうか。

A02-1:メイヤー教授のように現代社会のさまざまな問題の解決を企業に押しつけようとする考えには賛同できません。社会において個人、企業、国家(そのほかに国が認知しているさまざまな組織があります)がどのような役割を果たすかについては社会の合意が必要です。企業の役割は財・サービスを国民に提供し付加価値を生産しそれを労働の提供はおよび資本の提供者に分配し、収入をもたらすことです。地球の資源には限りがありますから、それを効率的に利用することが必要です。それを促すために、資本主義社会では経済の運営を営利を目的として企業行動に委ねています。社会問題の解決を企業に委ねると、営利が歪められ、企業の効率性、ひいては地球全体としての資源の効率的利用を妨げ、資源の無駄遣いをもたらす恐れがあります。企業には利益の追求に邁進して貰い、莫大な利益が上がったらその恩恵を受ける株主や従業員の収入に税金を課したり寄附を促したりして(つまり所得の再分配により)、さまざまな社会問題の解決の資金にするのがよいと私は考えます。(若杉敬明)

第5回研究会の補足説明

 自己資本の提供者である株主は会社の所有者であり、所有に基づきガバナンス-会社の支配権-を有している。しかし、多額の自己資本を調達し規模の大きな事業を行うことを基本としているので、自ずと株主が多数であり株式会社は多数の株主から自己資本を調達し規模の大きな事業を行うことを基本としているので、株主は自ら経営者として会社を経営せず、取締役を選任して取締役会に経営を委ねるという形でガバナンスを行使する。

 法律上、多くの国で、取締役会が取締役の中から経営者―業務執行取締役―を選定し会社の経営を委ねるとともに、取締役会が経営者を監督するというガバナンスが行われてきた。取締役会が経営陣と一体化し、経営意思決定と経営をおこなうというスタイルで、取締役会のマネジメント・モデルと呼ばれる。しかし、これでは事実上自己監督であり監督が形骸化するのが当然で、20世紀末の厳しい競争環境の下で、各国で企業業績の低下や経営者の不祥事などを引き起こしてきた。そこで取締役会の監督機能を健全化させる実務上の改革がなされてきた。取締役は経営を担当せず監督に専念し、経営は専門の経営者が行うというガバナンスとマネジメントの分離である。その前提の下で、取締役会は優秀な人材を経営者として選任し、業績連動報酬をインセンティブとして経営者を動機づけ、内部監査人の独立性を確保し内部統制を機能させるとともに、外部監査人の独立性により外部報告の適正性を確保する。これらを監視するのが指名委員会、報酬委員会および監査委員会である。これがモニタリングモデルと呼ばれる取締役会の新しい実務である。この実務を標準化したのが英国のキャドベリー委員会報告をはじめとする調査報告であり、実際に実務として確立してきたのが米国であり、それがニューヨーク証券取引所(NYSE)の上場会社マニュアル(NYSE Listed Company Manual)におけるガバナンス規整である。今回の研究会では、NYSEのガバナンス規整を紹介することにより、コーポレートガバナンスの新しいベストプラクティスを紹介する。

 以下は上場会社マニュアル全体の目次である。「セクション3 会社の責任」において取締役会のガバナンスに関する職責が体系的に述べられている。その具体的な実務は講義で紹介される。

NYSE上場会社マニュアル

目次
セクション1 上場プロセス
セクション2 重要情報の開示と報告
セクション3 企業の責任
セクション4 株主総会と委任状
セクション5 証明書
セクション6 代理店、預託機関、管財人
セクション7 上場申請
セクション8 上場の一時停止及び上場廃止
セクション9 取引所フォーム<

セクション 3 企業の責任
301.00 はじめに
302.00 年次総会
303A.00 コーポレートガバナンス準則
303A.00 はじめに
 303A.01 独立取締役
 303A.02 独立性のテスト
 303A.03 エグゼクティブ・セッション
 303A.04 指名/コーポレートガバナンス委員会
 303A.05 報酬委員会
 303A.06 監査委員会
 303A.07 監査委員会の追加要件
 303A.08 株式報酬プランの株主承認
 303A.09 コーポレートガバナンス・ガイドライン
 303A.10 ビジネス行動および倫理規範
 303A.11 外国民間発行体の開示
 303A.12 認証の要件
 303A.13 公開譴責状
304.00 期差取締役会
305.00 Reseved
306.00 Reseved
307.00 ウェブサイトの要件
308.00 Reseved
309.00 取締役および役員による自社株購入
310.00 定足数
311.00 上場証券の償還、公開買付け
 311.01 償還の公表および取引所への通知
 311.02 償還請求された証券の取引
 311.03 公開買付け
312.00 株主承認方針
 312.01 株主の利益
 312.02 会社への要請
 312.03 株主の承認
 312.04 第312.03項の目的のために
312.05 例外
312.06 いかなる場合も・・・
312.07 株主が・・・
313.00 投票権
314.00 関連当事者間取引
315.00 規制の見直し
以上

(若杉 敬明)

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