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研究会ブログ
2021 コーポレートガバナンス研究会
第7回 報酬委員会とインセンティブ報酬

Ⅰ 米国における役員報酬の哲学
1. Pay-for-Performance
米国における役員報酬の哲学は一言で言えば Pay-for-Performanceである。執行役員の報酬は業務執行の結果であるパフォーマンスに応じて支払うべきであるという理念に基づいている。一口に報酬と言っても報酬には色々な種類(Plan)があり、それらの組み合わせにより報酬が決定される。それを報酬パッケージ Compensation Packageという。なお、報酬には色々な種類があると述べたが、それらがミックスされるところに、報酬の難しさや奥深さを物語っていることに注意しなければならない。

2.経営者の役割
株式会社の目的は営利である。営利とは事業により利益を上げ、それを出資者である株主に分配することである。株主にとって利益は多い方が望ましい。したがって株主は経営者に利益を追求する経営を望む。しかし、利益を上げる経営により恩恵を受けるのは株主だけではない。会社が十分な利益を上げる力があれば、利益になるべき付加価値の一部を他のステークホルダーのために使うことが出来る。
-従業員に、給料・ボーナスや良好な労働条件を提供できる
-顧客にも、R&D投資による新製品開発などで報いることができる
-取引先企業とは、相手を尊重した良質の取引を行うことができる
 利益追求の結果の利益の一部を費用化して他のステークホルダーに分配する事により、利益はさらなる利益を生むドライブになるので、株主は最終的に高利益による高配当、株価上昇等で報いられる。
事業を管理し利益を実現するのはCEOに代表される経営陣である。株主は、CEOに会社経営を委任する契約とともに報酬を払う契約を結ぶ。委任とは経営を委ねることであり、委託と異なり経営により特定の結果-利益-を実現することを依頼するものではない。その意味で株主からすると毎期の業績は保証されていない。つまりリスクがある。それゆえ、株主は損失のリスクをコントロールしつつ、可能な限り多くの利益を上げる経営を望む。しかし、委任とはCEOにあれこれ指示をする契約ではない。どのようにすれば、経営者に利益追求に本気を出してもらえるであろうか。方法はいろいろあるかも知れないが、われわれは経験的に、人は報酬によって動くことを知っている。報酬契約により、CEOが自発的にやる気(motivation)になり利益に邁進する経営を行ってくれるのではないだろうか。それでは、どのような報酬の仕組みがCEOの利益追求に対するモチベーションになってくれるのであろうか。

3.モチベーションに関する期待理論
仕事において「やる気」を起こさせるのは何か、どのようなメカニズムであるかに関して「期待理論Expectancy Theory」が知られている。V.H.ブルームはモチベーションMがどのように生じるのかというプロセスに着目しそれを解明し、「期待理論」を著書Work and Motivation(1964)において提唱した。

課せられた仕事において、
➀ Efforts(努力)をすればGoal(目標)の達成が高い確率で期待E1できる。
会社との契約で
➁Goalを達成すればそれに相応しいReward(報酬)が支払われると期待E2できる。
③Rewardは自分にとって魅力(valence)があると期待E3できる。
これらの三つの期待の相乗効果でモチベーションが高まるというのがブルームの期待理論である。すなわち、モチベーションの大きさMはこれらの期待Eの積
M=E1×E2×E3
によって決まるというのである。積であるので一つでも低い期待があるとモチベーションが極端に下がってしまうので、三つの期待のバランスが取れていることが重要である。L.W. Porter&E.E. Lawler は、ブルームの期待理論に「仕事に対する報酬を通して企業と目的と社員の目的の一体化」を加えた期待理論を提唱した。頑張った結果に対する報酬に満足した人は、次の仕事に対するモチベーションが上がり、その高いモチベーションで取り組んだ仕事は良い結果を生んで満足する報酬が得られるというように、好循環を生むことを主張した。
期待理論は結果に応じた報酬が動機づけの点で重要な働きをすることを教えてくれている。現代のアメリカ企業においてはPay-for-Performanceが従業員に共通の報酬哲学であり、取締役会も役員報酬に積極的に採用している。株主から会社を預かった取締役会は、業務に関する意思決定を行い、CEO以下の役員に業務執行に関して委任契約する。CEOとの報酬契約を期待理論に基づいて設計するならば、➀CEOのモチベーションを高め、➁CEOが取るパフォーマンス(執行)の質を高め、③営利企業として、株主が満足するサステイナブルかつ大きなパフォーマンス(成果)を期待できるというのである。これを実現する報酬概念が Pay-for-Performance(以下P4Pと略記)であるというのである。

Ⅱ 報酬パッケージ
現代企業における事業の遂行はいろいろな側面を持っている。企業の事業は色々な事業の組み合わせである。一つの事業は通常長期間にわたる。経営者は現在事業から利益を上げなければならないが、同時に将来の利益にも配慮しなければならない。どのような報酬プランが、経営者に短期・長期の利益に向けて動機づけることが可能であろうか。また事業には必ずリスクがともなう。リスクを恐れてリスクゼロの事業を行おうとしてもそれは不可能である。あるとしたら何もしないことである。それでは利益を上げられず、営利の追求という経営者の責任を果たすことができない。経営者に合理的にリスクをとる事業運営をしてもらうためにはどのような報酬プランが適切なのであろうか。役員報酬制度を決定しモニターする指名委員会の責任はここにある。

Ⅲ ニューヨーク証券取引所(NYSE)の指名委員会規整と指名委員会実務
今回の研究会では、上述のような前提―各種の報酬プラン―の下で、NYSEが取締役会の指名委員会にどのような役割を課しているかを紹介するとともに、米国企業の指名委員会実務がどのようなものであるかを紹介する。

Ⅳ《参考》米国におけるCEOの高額報酬問題

CEO報酬国際比較 CEO報酬成長率

米国CEO報酬は一部のCEOに限られるが確かに高額である。世界に類を見ない高額報酬はいかなるデータによっても説明できない。特に不況になると社会的に批判が高まる。株価が上昇していれば株主はCEOの高額報酬を承認するが、その場合でも従業員との格差は社会的にはなかなか受け容れられない。

1.米国のCEO報酬の特徴

そのようなCEOを始めとする米国の経営者の報酬には次のような特徴がある。
-長期インセンティブとして株式報酬のウエートがきわめて大きい
-過去数十年、報酬額が急上昇している
-報酬の上昇率は企業業績とは無関係であり、企業の利益や経済成長率、株価全般の上昇率等々で説明できない
-従業員の賃金との格差-金額・上昇率いずれも-が大きい

コーポレートガバナンス先進国であることを誇る米国においては、NYSE上場企業においては独立取締役から構成される報酬委員会が株主の観点から役員報酬を監督している。CEO報酬の現状は報酬委員会の機能と整合的なのであろうか、ということが問題である。

2.CEOの高報酬の背後にある米国の人材観

ビジネスの世界では、一般に、①優秀な人は高い報酬を稼ぐ、②高い報酬を稼ぐ人は優秀な経済人だ、と考えられている。背景に、企業の目的は利益を上げること、利益に貢献する人は優秀な企業人材であると考える社会的認知がある。つまり、従業員を利益を生むための資源-human resources-と考えており、利益に貢献する人材には高報酬で報いるという慣行がある。企業における人の管理は、Human Resources Management(HRM)と呼ばれ、一人ひとりの従業員に利益への貢献を求めるとともに、貢献に応じて報酬を支給するPay-for-Performanceが常識である。逆に、利益への貢献が小さい仕事、誰にでもできる仕事しか出来ない人は低い報酬に甘んじなければならない

3.CEOの報酬創造の論理

経営者報酬は、全額株価上昇にリンクした業績連動報酬と想定すると、サプライズ投資による株価上昇がなければ、経営者の報酬はゼロである。したがって、経営者は株価上昇を目指して、積極的に投資機会を探索し、見込があれば敢えてリスクテイクを覚悟し投資を実行する。実行した後、経営者は、リスクマネジメントを励行し、安定的な利益の実現と、株価上昇を目指す。利益実現のために常に最善の努力をしていることを、投資家に信じてもらうために、IRミーティング等を積極的に開催する。経営者と投資家との間に信頼関係が成立していれば、新規投資は株主価値を創造し、株価上昇により報酬が実現する。

4.米国のCEO報酬が異常に高騰する理由

報酬委員会は独立取締役のみで構成され、株主価値の観点から役員報酬のあり方を監督しているが・・・・・・

報酬委員会メンバーではないCEOが意外と大きな影響力を持っている。CEOに十分な報酬を払わないと、優秀な将来のCEO候補を他社にとられてしまうなどと進言すると報酬委員会はそれを容易に受け容れてしまう傾向があると言われる。米国ではベンチマーキングがごく普通の実務のやり方である。ベンチマーキングとは他社をお手本とすることで、世間並みを目指す方法である。そこで報酬調査を参考に決めようとするが、どの会社も平均より上を目指す。その結果、CEOの報酬全体が上昇することになると言われる。 (若杉敬明)

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