2021 コーポレートガバナンス研究会 |
第9回 英・米のコーポレートガバナンス改革 |
Q&Aセッション Q01:英米のコーポレートガバナンスの歴史を包括的に説明頂きありがとうございます。英米の歴史と日本のコーポレートガバナンス論との相違を感じましたので、以下コメントさせていただきます。 英国のコーポレートガバナンス改革の為の各委員会の発足のきっかけは、企業不祥事・役員の高額報酬の批判・ステークホルダーへの配慮等の社会的要請に対応するためであったこと。米国置いても、粉飾決算・高額報酬等への対応としてのコーポレートガバナンス改革が行われてきていると理解しました。他方、日本は企業価値増加、その一環として役員報酬のインセンティブ(ストックオプションの付与)が大きな目的とするコーポレートガバナンスなっているように見え、英米の歴史との相違を感じます。 コーポレートガバナンスが企業価値とコーポレートガバナンスの相関関係は立証されていないといわれますが、2010~2020年の10年間の各市場の時価総額の増加率を見ると、NYSE/東証/ドイツは1.5倍、英国は0.9倍で、東証は遜色のない伸び率を示しコーポレートガバナンスの相違による影響は見られません。大きく異なるのは、ハイテク新興企業が多いナスダック市場が3.5倍の伸び率でその中でもGAFAMの5社の伸びが凄く、ナスダック市場の時価総額の42%を5社が占めています。 結局、日米の証券市場の時価総額の格差は技術革新の差及び技術革新を育てるベンチャーキャピタルの規模の差にあるように見受けられますが、先生のお考えを教えてください。 A01:ある特定の10年間について株価の動向を云々することは難しいです。これについてはQ&Aセッションの際にグラフを示して説明します。IT、バイオ等の技術革新の激しい世界で成功している企業が高い価値を生んでいます。コーポレートガバナンスとは、いつも強調していますように、経営者から優良な経営を引き出すのが取締役会のガバナンスです。したがって経営力あってのガバナンスであり、ガバナンスあっての経営力です。技術力を付加価値の生産に結び点けるのが経営力です。1980年代には世界的な技術力を誇った日本企業が、バブルの破裂により失われた10年、20年、そして30年に突入し世界での地位を落としているのは、私は日本のガバナンスと経営力の相乗効果-どちらも激しいグローバル競争には適合していないーによるものだと考えています。先進国は、20世紀末からのグローバリゼーションに合わせてガバナンス改革を進めてきましたが、日本の改革はキャッチアップするには遅すぎたと思います。ガバナンス改革、「遅れた20年」です!しかし、やらなければなりません、ガバナンス改革も、もちろん経営力改革も。(若杉敬明) 第1部 英国のガバナンス改革 Ⅰ 第2次大戦後の内閣の歴史:社会主義の労働党と資本主義の保守党が交互に政権を担った - 労働党のアトリー内閣:1945年~1951年の間;石炭、電力、ガス、鉄鋼、鉄道、運輸などを国有化 - 保守党のチャーチル内閣、1951年、政権を奪回:1953年、鉄鋼や運輸などの産業を民営化 - 労働党のウィルソン内閣、1964年、政権を再奪回:1967年に鉄鋼や運輸などの産業を再び国有化 - 第2次ウィルソン内閣:1975年、自動車産業を国有化 - 労働党キャラハン内閣:-1977年、航空宇宙産業を国有化 Ⅱ 英国病と鉄の女 1 「ゆりかごから墓場まで」 -労働党は、産業の国有化とともに社会保障制度を充実 1946年 国民保健サービス法(国民が原則無料で医療を受けることが出来る)、国民保険法(国民が老齢年金と失業保険を受け取ることが出来る) 1948年 国民扶助法(政府が生活困窮者を扶助)、児童法(政府が青少年を保護)を制定 1960年代以降、イギリスの経済は停滞 ・充実した社会保障制度や基幹産業の国有化等の政策によって社会保障負担の増加、国民の勤労意欲低下、既得権益の発生等の経済・社会的な問題が発生 1960~70年代、労使紛争の頻発と経済不振・低成長のため、西欧諸国からヨーロッパの病人(Sick man of Europe)と呼ばれた ⇨ 日本では英国病と呼んだ 2 「鉄の女」の登場 5 コーポレートガバナンス改革始動 ・株式会社の起源はオランダと並び英国にあるが、それがゆえに制度は原始的でわが国会社法の機関構成とは異なる。以下簡単に特徴を紹介する。歴史的に英国では会社の多様性を容認するとともに重視し、機関構成に関しては会社の定款自治に委ねている。以下は公開会社についての機関の紹介である。 ・株主総会および取締役会は定款の定めによる ・公開会社は、役員として取締役1名以上と総務役( a company secretary)を置かなければならない。 ・社員総会(株主総会)と取締役会 -社員総会:あらゆる権限を有している -取締役会:法定機関ではなく附属定款に基づいて設置される任意機関である。取締役の中から業務執行取締役が選任され、附属定款に基づき社員総会から経営権を移譲される。その他の取締役は非業務執行取締役( Non-executive Director)である。 ・単層型取締役会制度 Unitary Board -取締役会は業務執行を監督する機関として位置づけられているが、取締役会内部に業務執行機能(業務執行取締役)と監督機能(非業務執行取締役)の双方を持っているので、自己監査の構造になっている。それゆえ、業務執行に対する監督が形骸化する恐れを内包している。会社法も、業務執行取締役と非業務執行取締役の義務・責任を明確に定めていない。会社法は、非業務執行取締役を「業務執行に携わらない取締役」と定義しているだけである。 ・独立取締役 (independent director) -現代のコーポレートガバナンスにおいて独立取締役は鍵となる存在であるが、英米あるいは独仏においても会社法で定められているわけではなく事実上の存在である。その起源は信託制度にあると言われている。 Ⅳ 英国のコーポレートガバナンス・コード改訂2018 1.従業員に対するエンゲージメント ・取締役会は、従業員向けの制度やその取り扱いが、企業価値と一致し、企業の長期的かつ継続的な成長を支えるものであるようにすべき ・従業員が何らかの懸念を抱えている場合、従業員側から声を上げられるようになっていることが望ましい ・アニュアルレポートで、従業員への投資と処遇の方針ついて説明すべき ・従業員とのエンゲージメントの観点から、取締役会は以下の施策から少なくとも一つ以上を選択することが求められる ・従業員から取締役を選任 ①自社の正式な組織として、従業員諮問委員会を設立 ②従業員とのエンゲージメントを担当する社外取締役の設置 ③上記の施策を全く取らない場合、自社が行っている施策およびその有効性について説明する ④報酬委員会は、従業員の報酬制度や関連するポリシー等をレビューし、念頭に置いた上で、経営者報酬ポリシーを策定するべきである ⑤ 報酬委員会は、ペイレシオ等の指標を用いて経営者報酬の説明すべき 2.企業文化 ・取締役会は企業の目的や価値・戦略を策定するとともに、それらが企業文化と整合するように図るべき ・全ての取締役は、取締役としての品位ある行動と規範を示し、健全な企業文化の確立を推し進めるべき ・取締役会は自社の企業文化をモニターし評価する ・その上で、事業のポリシーやプラクティス・行動が会社の目的や価値・戦略と一致していない場合は、経営陣に適切な改善策を講じさせるべき ・報酬委員会は、経営者報酬ポリシーの策定において、インセンティブ制度や処遇の内容と企業文化との整合性もレビューするべき 3.取締役の後継者育成と多様性 ・取締役会が、スキルと経験の適切な組み合わせと建設的な問題意識を持っていることを保証するとともに、多様性を促進するために、新鮮な取締役会を保つことが重要である。そのためには、取締役の後継者育成が計画的に行わなければならない ・委員会は、取締役会議長の在任期間について慎重に検討しなければならない。9年が一つの節目である ・指名委員会は、委員会の多様性を促進するために、計画的な後継者育成を強化しなければならない ・以上の取締役会のミッションを考慮すると、社外取締役による監視と評価が重要である ・指名委員会は、社外取締役が①取締役会に行った報告および②個々の取締役と行った対話の詳細を取締役会に報告する 4.ダイバーシティとサクセッション ・取締役および上級役員のサクセッションは、厳格かつ透明性の高い制度運営のもと、実績や客観的な基準に基づいて行われなければならない ・運営においては、ジェンダーや社会的・民族的背景、知識や個人的長所等におけるダイバーシティを促進しなければならない ・指名委員会は、計画的なサクセッションプランの運営、多様な人材パイプラインの開発等を担い、取締役および経営陣の選任において積極的役割を果たすべきである ・年次報告では、指名委員会の下記活動内容を報告するべきである (1)取締役選任のプロセスやサクセッション計画の運営状況、またそれらが多様な人材パイプラインの開発をどのように貢献しているか (2)外部コンサルタントによる、取締役会の実効性評価の方法と結果 (3)ダイバーシティ・ポリシーと企業戦略との関係、およびポリシーに基づく施策の実施状況 (4)経営幹部の男女比率 5.報酬 (1)報酬を決定する際には、広範な環境要因を考慮しつつ、会社の業績や個人のパフォーマンス、取締役の独立した判断と裁量を働かせるべき (2)長期インセンティブの権利行使期間及び譲渡制限期間の合計は5年以上とする (3)経営者報酬ポリシーや報酬プランを策定する際には、報酬委員会は以下の観点を踏まえるべき- -明瞭性:高い透明性を持ち、株主や従業員との効果的なエンゲージメントを促進すること -簡潔性:複雑な設計は避け、金額決定プロセスが分かりやすいこと -リスク:過大な報酬への社会の批判や、ターゲット型のインセンティブが不適切な経営判断を誘発しうるリスク等を把握し、リスク低減に努力すること -予測可能性:ポリシー策定時点つまり事前に、報酬の変動幅や制限・裁量の余地等が定められていること -業績とのバランス:報酬と業績の関係が明確であること。業績不振時は報酬を支払わないあるいは引き下げること -企業文化との整合性:企業文化と一致した行動を後押しするインセンティブ設計であること 《参考文献》 (企業統治):英国コーポレートガバナンス・コード改訂に見る「従業員重視」年金ストラテジー (Vol.268) October 2018(ニッセイ基礎研究所) https://www.nli-research.co.jp/files/topics/59708_ext_18_0.pdf?site=nli 第2部 米国のガバナンス改革-前史- 動画では時間の制約でアメリカのコーポレートガバナンス改革の全体について触れることが出来ない。しかし、コーポレートガバナンスのベストプラクティスとしてNYSEのCorporate Governance Standardを紹介する過程で、現在の米国のコーポレートガバナンスの基本的な構造は示した。ここではそれに至るまでの米国の企業史とコーポレートガバナンスの変遷を示す。 1.第二次大戦後の繁栄-Pax Americana- 【参考】-株式市場の動き;Wall Street Rule 【参考】Ralph Nader氏の社会活動 3.1970年代:多国籍化が生んだ不正会計と監査委員会の設置 4 1980年代:コングロマリットの再編が引き金になった第四次M&Aブームのコーポレートガバナンスへの貢献 上述のような経済環境の変遷の下、企業年金の資産運用も大きく変化してきた。1950年代から60年代にかけては、企業成長とともに活況な株式市場において、ウォール・ストリート・ルールとよばれる手法で株式を売買するのが一般的であった。 7 企業年金のシェアホルダー・アクティビズム 1974年のエリサ(Employee Retirement Income Security Act)成立以後は、当時確立された現代ポートフォリオ理論(MPT:Modern Portfolio Theory)に基づき分散ポートフォリオ(市場ポートフォリオ)を長期保有する投資戦略が普及し、インデクスファンドを持ち続ける資産運用が基本になっている。しかし、M&Aが盛んな1980年代はM&Aに便乗する運用も盛んに行われたと言われる。M&Aにおいては、企業を買収する側の株式より買収される側の株式の方が、値上がり益が大きいので、買収される株を見つけていち早く買うという手法である。しかし、バブル的M&Aブームが社会的批判を浴びるようになると、再び分散投資・長期保有に立ち戻ることになった。しかし、長期保有ということで売買を行わない場合、ウォール・ストリート・ルールのように投資家の意思を経営者に伝えることが出来ない。そこでエイボン社が1988年、労働省にお伺いを立てたところ、これまで企業年金の議決権行使を禁じてきたが、「今後は企業年金の議決権行使も資金運用責任者の(ERISAで定める)受託者責任とする」というレターが労働省から返ってきた。これをエイボン・レターという。 米国各州の会社法では、株主総会での主たる決定事項は株主の代理人たる取締役の選任であることから、企業年金はじめ年金基金は積極的に取締役とくに独立取締役の選任に積極的に関与し、コーポレートガバナンスに大きな影響を与えることになった。これをShareholder Activism(Activist Shareholder)という。 (若杉敬明) |
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Japan Corporate Governance Research Institute 2001-2022