JCGR 日本コーポレートガバナンス研究所

コラム

講演録 日本のコーポレートガバナンス改革:略史

The 32nd International Symposium
Mitsui Life Financial Research Center
Stephen M. Ross School of Business at the University of Michigan

わが国のコーポレートガバナンス改革:略史(講演録)

コーポレートガバナンス研究所 理事長

若 杉   敬 明

はじめに

 本日は多数の皆さまにご参加いただき、まことにありがとうございます。

 このシンポジウムにおきましては、アベノミクスの下、急速に進展した日本のコーポレートガバナンス改革の現状を評価し、これからの課題をパネルディスカッションという形で議論いたします。それに先立ち、私から日本のコーポレートガバナンスの歴史と現状についてごく簡単に紹介させていただきます。時間が限られておりますので早速始めたいと思います。

1.コーポレートガバナンスとは

 最初に、私なりに、コーポレートガバナンスとは何かを定義いたします。コーポレートガバナンスとは、株主から委任を受けた取締役会が、経営者から優良な経営を引き出すことです。これを取締役会のガバナンスといいます。誰にとって優良な経営かといいますと、それは株主始め企業の全てのステークホルダーにとって優良な経営です。しかし、株主が資金を提供し事業リスクを負担するのですから、株主の利益が優先順位一番ということになります。なお、私有財産制度を前提とする資本主義では、出資者が会社の所有者として会社を支配するのが原則です。

 わが国の会社法では、株式会社、合同会社、合資会社および合名会社の四形態を認めていますが、多数の株主を想定した株式会社においては、出資者である株主自らが経営をするのではなく、株主総会で取締役を選任し、取締役会に経営を委ねるという形になっています。取締役や業務執行役員は株主に限定されませんので、いかに株主の利益を守るかという問題が生じます。ここにコーポレートガバナンス問題の原点があります。

2.日本の株式会社と証券取引所

 歴史を紐解きますと、日本最初の株式会社は1873年、紙幣発券のための国策銀行である第一国立銀行です。経済発展を目指す日本政府が、資産家の資金を集め、紙幣発行を主要業務とするために設立した国策銀行が最初の株式会社です。なお、紙幣発券は、1882年に設立された日本銀行が引き継ぎました。

 第一国立銀行の株式を流通させるために、1878年、東京株式取引所が発足しました。因みに、株式会社発祥の国であるオランダでは1602年株式取引所が開設されました。ニューヨークでは1792年、ロンドンは1801年です。

3.商法の公布とガバナンス規整

 1890年ドイツ人ロエスレルの起草による商法が制定されました。この商法におけるコーポレートガバナンスの機関設計は次の通りです。第一は、会社の基本的意思決定を行う「株主総会」です。第二は、業務執行を行う取締役です。あわせて取締役会の設置義務が定められました。第三は、監査役です。監査役には、取締役会の監督機関として、取締役の業務監督権限とともに、会計検査権限が与えられました。

 ここで重要なことは、取締役就任資格が株主に限定されていたことです。まさに株主のガバナンスです。なお、監督の「監」と検査の「査」とから、監査という名称ができたと聞いております。ちなみに、1893年に商法に基づく最初の株式会社として日本郵船株式会社が設立され、取引所に上場されました。

 民法がフランスの民法を基本としていましたので、それに合わせるため、1899年フランスの商法を導入した新商法が公布され、最初の商法は旧商法と呼ばれるようになりました。新商法では、株主総会招集権など監査役の権限強化が盛り込まれました。

4.第二次大戦後、英米流の取締役会制度導入

 その後半世紀を経て、第二次大戦敗戦後の1950年、英米流の取締役会制度が導入されました。英米には監査役はいませんが、日本では監査役制度が維持されました。しかし、監督権限は取締役会に移譲され監査役の権限は縮小されました。同時に株主に限定という監査役就任資格が停止され、株主による直接のガバナンスは廃止されました。

 これに先立ち「侵略戦争の経済的基盤」になったとされる財閥が解体され、財閥の保有する株式が、経済民主化・証券民主化の名の下に大量に放出されました。個人の持ち株比率は、一時60%を超えたと言われます。しかし、国民は貧しく、株の保有を続けることができませんでした。それをいわゆる乗っ取り屋が買い占め、企業に高く売りつける事件が頻発しました。このことから、戦後定められた企業の株式保有禁止が解禁されました。その後の企業間株式持合体制の原点はここにあります。

 1965年、山陽特殊鋼が倒産し粉飾決算が発覚しました。取締役会の経営監督の機能不全が露呈されたということで、商法が改正され、1950年改革で外された監査役の業務監査権限が、再度、監査役に戻されました。しかし、大企業の不祥事はその後も繰り返されました。

5. 取締役会委員会制度の導入

 その後日本は1980年代の繁栄期にエンジョイしましたが、バブル崩壊であえなく「失われた10年さらに20年」に突入することになりました。この間にも、2001年の議員立法による商法改正など、いたずらに監査役の地位強化が図られました。しかし、2002年、商法は、三つの委員会を持つ英米流の委員会等設置会社を導入しました。

 これは、業務執行取締役を否定し、取締役と業務執行役員とを切り離し、業務執行に専念する執行役を置く、日本では新しい制度でした。しかし、経済界の強い反対で、取締役が執行役を兼任することが認められとともに、監査役会設置会社が据え置かれ、委員会等設置会社との選択制とされ、改正商法はいわゆる「ざる法」になってしまいました。

 しかし、グローバリゼーションと技術革新で大競争の時代が進行する中で、商法の再構築が避けられず、これまで商法の一部として機能していた「会社の部」が切り離され、2005年に独立の会社法が成立し、2006年に施行されました。

6.海外のコーポレートガバナンス改革:英国

 英国では、第二次体制後、社会主義政党である労働党と資本主義政党である保守党とが交互に政権を握り、労働党政権の下では企業の国有化が進められ、保守党が政権をとると民営化に戻されるという不安定な時代が続きイギリスは「ヨーロッパの病人」と悪口を言われる有様でした。

 1979年鉄の女と呼ばれたサッチャーさんの保守党政権が成立し、資本主義にてこ入れをしましたが、80年代のグローバル競争にイギリス経済は苦しめられ、企業の業績低迷と経営者の不祥事事件が多発しました。そこで、「経営者を監督するはずの取締役会は何をしているのだ」という議論が巻き起こり、機関投資家やロンドン証券取引所などが中心となり、次々と委員会を組織し、「コーポレートガバナンスのベストプラクティスと原則」を追求しました。

 その第一弾が有名なカドベリー委員会です。その後のいくつかの委員会の報告が集大成され、1998年に統合規範として結実しました。ここに独立取締役と取締役会三委員会を柱とする「取締役会のモニタリングモデル」が姿を表しました。その後も検討が続けられ、2010年に「スチュワードシップ・コード」と「コーポレートガバナンス・コード」とが完成し、各国のコーポレートガバナンス改革に大きな影響を与えています。

7.海外のコーポレートガバナンス改革:米国・欧州大陸

 米国では英国のような委員会活動は組織されず、企業のベストプラクティスの進化という形でコーポレートガバナンス改革が進められました。しかし、2001年、エンロン事件等を契機に、ニューヨーク証券取引所が、独立取締役で構成される指名・報酬・監査の取締役会三委員会を上場規則化し、ガバナンス改革が見える化されました。連邦政府が、それまで州政府に任せていた会社規整に、SOX法で介入したという構図です。

 ヨーロッパ大陸でも、80年代以降、業績不振と経営者不祥事で各国の経済が低迷していました。イギリスの1998年の統合規範の影響を受け、ドイツ、フランスでもガバナンス改革への取り組みが進められました。並行して1999年にOECD原則が策定され、その後も改訂が繰り替えされています。

 ここで注目されることは、英・米が株主を前面に出すシェアホルダー主義、株主主義であるのに対して、ヨーロッパ大陸は株主だけでなく全てのステークホルダーに配慮するステークホルダー主義であることです。しかし、株式会社の目的は株主価値の最大化については共通であると私は理解しております。

8.わが国の最近のコーポレートガバナンス改革

 2012年末に、第2次安倍内閣が成立し、レーガン大統領のレーガノミクスに倣ってアベノミクスを標榜し、日本再興戦略の一環としてガバナンス改革を次々と打ち出しました。これは監査役制度の強化に終始した過去のガバナンス改革とは一線を画すものでした。

 2014年金融庁が日本版スチュワードシップ・コードを策定し、翌2015年、会社法は監査等委員会設置会社を導入、直後に東証はコーポレートガバナンス・コードを公表しました。

 二つのコードは法律ではありませんので、Comply or Explainというイギリス流のソフトローの形を採っていますが、政府は3年置きに改訂を繰り返すという力の入れようです。ここで奇妙なことは、スチュワードシップ・コードは日本版と称しているようにシェアホルダー主義の英国版スチュワードシップ・コードをお手本としているのに対して、コーポレートガバナンス・コードはステークホルダー主義のOECD原則のコピーであることです。

9.現在のわが国のコーポレートガバナンス体制

 以上のコーポレートガバナンス改革の結果、会社法上、現在のわが国のガバナンス体制、つまり取締役会のタイプは、先ほど挙げた次の三つです。

第一は、取締役会と監査役会を持つ伝統的な監査役会設置会社です。
第二は、取締役会と、指名、報酬、監査の三取締役会委員会を持つ指名委員会等設置会社です。
第三は、取締役会と監査等委員会をもつ監査等委員会設置会社です。監査等委員会は、擬似的な指名委員会機能と報酬委員会機能を持っていることを特色としています。

 いずれの取締役会も、現在、社外取締役の設置が会社法上の義務になっています。しかし、会社法には、社外取締役の概念はあっても、諸外国では当たり前の独立取締役の概念がありません。ただし、今年のコーポレートガバナンス・コード改訂は独立取締役を正式に認知した内容になっています。そのほかに、法律ではないので法的拘束力を持たない、あるいは拘束力が弱い、準法律的な文書であるソフトローとして、スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードとがあります。

10.問題提起

 国により細部では違いがありますが、各国が理想としている取締役会のガバナンス体制は、第1に独立取締役を中心とする取締役会、第2に三つの取締役会委員会体制です。

 現在のわが国では前頁の、明治以来の①監査役会設置会社、②そこに三委員会のフレーバーを付けた監査等委員会設置会社、および③指名委員会等設置会社、の選択制です。最後が世界の潮流のガバナンス体制ですがこの体制を取っている会社は上場会社の1割もありません。コーポレートガバナンス・コードは、モニタリングモデルの取締役会を指向していると言っていますが、取締役が執行役員を兼任している現状では、コーポレートガバナンス改革が進んでいると言えるのか、疑問に思わざるを得ません。

 コーポレートガバナンスのコンサルタントの中には、日本のガバナンス改革は進んでいるという声がありますが、企業からは、確かにいろいろ変わっているように見えるが、実質は変わっていないという声も聞かれます。

 アベノミクス改革から9年が経った今、わが国のコーポレートガバナンス改革の現状を評価し、これから進むべき道を議論するというのが、本日のシンポジウムの目的です。時間が来ましたので以上といたします。

2021/12/09

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