JCGR 日本コーポレートガバナンス研究所

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2025 ファイナンス研究会「第10回 株主還元」

Q&A

Q1:最近の日本企業は資産効率の向上と称して自社株買いに邁進しています。余資も資産の運用ということになりますが、リターンが低いので資本コストWACCを満たしていないので、株主価値創造どころか株主価値を破壊しています。したがって、自社株買いを行い余資の運用を辞めれば資産効率は向上し、株価は上がります。しかし、これは企業が折角持っている資産の運用先を創ることができないという経営の無能力さを意味していると思います。それを、自社株買いをポジティブに喧伝するのはおかしいと思います。客観的な意見をお聞かせ下さい。(若杉)

A1ご指摘の点は、コーポレート・ファイナンスの本質を突いた非常に鋭い考察です。質問者様がおっしゃる通り、自社株買いは「投資先の不在」という経営の課題を裏返したものであり、それを単に「株主還元」として手放しに称賛する風潮には、確かに論理的な飛躍があります。客観的な視点から、この問題を整理してみたいと思います。

1. 経済的実態:価値創造か、価値破壊の回避か
>> ご指摘の通り、ROIC<WACC(投下資本利益率 < 加重平均資本コスト) の状態で現金を保持し続けることは、資本を腐らせ、経済的付加価値(EVA)をマイナスにする「価値破壊」です。
自社株買いの正体: これは「新たな価値を創造している」のではなく、「価値破壊を止めている」に過ぎません。マイナスをゼロに戻す行為を「ポジティブ」と呼ぶのは、本来の経営の役割(価値創造)からすれば、ご指摘の通り**「経営の無能力さ」の告白**とも受け取れます。

2. なぜ市場は「ポジティブ」に反応するのか(エージェンシー問題の観点)
>>それにもかかわらず、なぜ市場が自社株買いを歓迎し、喧伝するのか。そこには経営者と株主の間のエージェンシー問題が介在しています。
規律(Discipline)としての自社株買い: 経営者が「リターンが低いのに、無理に投資やM&Aを行ってキャッシュを浪費する(エンパイア・ビルディング)」リスクを、市場は常に警戒しています。
「無能な投資」より「正直な返還」: 株主から見れば、「使い道がないなら返してくれ、我々が他の成長企業に投資する」という論理になります。つまり、自社株買いは「無能な投資による価値破壊」を未然に防ぐ「規律ある撤退」として評価されている側面があります。

3. 日本企業が直面している「資本効率」の罠
>>現在、東京証券取引所などの要請により、多くの企業がPBR改善に向けて自社株買いを行っています。
視点                       評価の背景
ポジティブな評価 資本コストを意識した経営への転換。
       ROEを押し上げ、株価形成を正常化させる。
ネガティブな評価 本業での成長投資が描けないことの証左。
       縮小均衡への道であり、中長期的な競争力低下。

4. 「自社株買い」をどう評価すべきか
>>客観的な意見として、自社株買いを評価する際には以下の「二階建ての論理」が必要だと考えられます。
第一階:資本政策の適正化 過剰な内部留保を抱え、WACCを下回る運用をしている企業が、資本構成を是正するために自社株買いを行うことは、ファイナンスの定石として「正しい」判断です。
第二階:経営戦略の評価 しかし、それはあくまで「守りの財務」です。企業が持続的に価値を創造するためには、ROIC>WACC となる事業機会を創出することが本分です。自社株買いをポジティブに喧伝する一方で、「では、残った資本でどう成長するのか」という問いに答えられない企業は、経営としての能力を欠いていると言わざるを得ません。

結論
>>質問者様のご意見は、ファイナンス理論に照らして非常に正確です。自社株買いは「資本効率の向上」という手段であって、「企業価値の創造」という目的のものではありません。「投資先が見つからないのでお返しします」という誠実な敗北宣言であるはずのものが、あたかも輝かしい経営成果のように語られる現状には、実体経済における「成長の枯渇」という深刻な問題が隠されています

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Ⅰ.株主還元:日米の違い

◆ 日米の企業における株主還元(配当や自社株買い)の考え方には、歴史的背景やコーポレートガバナンスのあり方に起因する大きな違いがあります。しかし、2024年から2025年にかけて、東京証券取引所による「資本コストや株価を意識した経営」の要請やアクティビストの台頭により、日本企業も急速に米国型に近い還元姿勢へと変化しています。主な違いを以下の表とポイントで整理しました。(Gemini 3Pro.)

日米の株主還元に関する比較
基本理念  日)ステークホルダー資本主義
        (従業員・取引先・地域との調和、企業の存続を重視)
      米)株主第一主義
        (株主価値の最大化、資本効率の追求を重視)
総還元性向 日)上昇傾向(40〜50%程度)。
        かつては30%程度が標準だったが、
        現在は100%超を掲げる企業も。
      米)高い(80〜100%超)。
        利益のほとんど、あるいは借入をしてまで
        還元することもある。
還元の手段 日)配当が中心。日本独自の「株主優待」も存在するが、
        最近は廃止して配当へ集約する動き。
      米)自社株買いを多用。機動的に実施し、
        EPS(1株当たり利益)の成長を強く意識する。
内部留保  日)厚い。不況への備えとして現預金を積み増す傾向が強い
        (ネットキャッシュ企業が多い)。
      米)薄い。過剰な現金は「不効率」と見なされ、
        投資か還元に回すのが一般的。
配当の頻度 日)年2回(中間・期末)が一般的。
      米)年4回(四半期ごと)が一般的。

主要な3つの相違点
1.資本効率(ROE)に対する執着心
米国企業にとって、株主還元は単なる「利益の分配」ではなく、資本効率をコントロールするための経営手段です。高いROE(自己資本利益率)を維持するため、余剰資本を積極的に自社株買いで市場に戻します。一方、日本企業は伝統的に「現預金の保有=経営の安定」と捉える傾向が強く、還元は「利益が出たから配当を出す」という、損益計算書(P/L)ベースの事後的判断になりがちでした。
2.自社株買いの役割
米国では、自社株買いは発行済株式数を減らして「1株当たりの価値」を高めるための標準的なツールです。経営者の報酬が株価に連動していることも、この動きを後押ししています。日本では長らく配当が主役でしたが、2024年度の自社株買い設定額が約18兆円と過去最高を更新(前年比でほぼ倍増)するなど、「資本コストを意識した経営」への転換が急速に進んでいます。
3.「株主優待」と「公平性」
日本特有の文化として、自社製品やカタログギフトを贈る「株主優待」があります。これは個人投資家(ファン)を増やす目的がありますが、機関投資家や外国人投資家からは「株主平等の原則に反する(海外投資家が恩恵を享受しにくい)」と批判されてきました。近年、グローバルなガバナンス基準に合わせるため、優待を廃止して配当を増やす企業が増えています。

2025年現在の最新トレンド:日本企業の「米国化」
◆ 現在、日本市場では以下の要因により、考え方の差が縮まりつつあります。
1.PBR1倍割れ是正:東証の要請を受け、低PBR企業が解散価値を上回るために、蓄積した内部留保を大規模な自社株買いや特別配当に回しています。
2.政策保有株式の解消:日本特有の「持ち合い株」の売却が進み、その売却益を成長投資や株主還元に充てるサイクルが定着しました。
3.株主還元方針の明確化:かつての「配当性向30%」といった画一的な目標から、DOE(自己資本配当率)の導入や総還元性向の引き上げなど、より長期で安定的な還元を約束する企業が増えています。
>>以前の日本企業は「内部留保による守り」を重視していましたが、現在は「資本効率による攻め」へと、考え方のパラダイムシフトが起きていると言えます。

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