JCGR 日本コーポレートガバナンス研究所

現代株式会社論

  現代株式会社論

―株式会社の存在理由とコーポレートガバナンス―

JCGR理事 若杉 敬明

序章

なぜ現代株式会社を学ぶのか

 

1 株式会社は現代社会を支える最も重要な制度である
 

現代社会は株式会社によって支えられている。

私たちが日常的に利用する自動車、電気製品、医薬品、金融サービス、通信ネットワーク、情報システムなど、そのほとんどは株式会社によって開発され、製造され、提供されている。株式会社は雇用を生み、技術革新を促進し、税を納め、経済成長を牽引する存在である。現代の市場経済は株式会社なくして成り立たない。

しかし、株式会社が社会において極めて重要な存在であるにもかかわらず、「株式会社とは何か」「なぜ株式会社という制度がこれほど大きな力を持つのか」を体系的に説明した文献は決して多くない。

近年はコーポレートガバナンスへの関心が世界的に高まり、多くの国でガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードが整備されている。しかし、それらの多くは制度や運用を説明するものであり、株式会社制度そのものを出発点としてコーポレートガバナンスを論じるものではない。

本論は、株式会社という制度の本質を理解し、その上で企業価値創造とコーポレートガバナンスの関係を体系的に考察することを目的とする

2 株式会社は人類最大の制度的発明の一つである

株式会社は単なる企業形態ではない。

それは、人類が長い商業活動の歴史の中で生み出した、最も優れた制度的発明の一つである。

もし株式会社が存在しなかったならば、現代の巨大企業は成立せず、鉄道網も航空機産業も半導体産業も、インターネットもAI産業も現在の姿には到達しなかったであろう。

株式会社が偉大な制度である理由は、多数の投資家から資本を集め、それを長期間にわたって効率的に運用し、その成果を社会全体へ還元する仕組みを実現したことにある。

株式会社制度は、有限責任制度、法人格、株式譲渡の自由、永続性、専門経営者による経営など、いくつもの制度的革新によって支えられている。

これらの制度は、それぞれ独立して重要であるが、相互に結び付くことによって初めて現代株式会社という制度を形成している。

3 現代株式会社は「企業価値」を創造する制度である

株式会社の目的については、世界中でさまざまな議論が続いている。

株主価値を最大化すべきであるという考え方と、ステークホルダー全体の利益を重視すべきであるという考え方は、しばしば対立的に論じられる。

しかし本書は、この二つを対立概念として捉えない。

株式会社の本来の目的は、企業価値を持続的に向上させることである。

企業価値とは、企業が将来にわたって価値を創造し続ける能力を市場が評価したものであり、その実現には、株主のみならず、従業員、顧客、取引先、債権者、地域社会など、多様なステークホルダーとの信頼関係が不可欠である。

したがって、企業価値の持続的向上こそが株式会社の目的であり、株主価値とステークホルダーとの協働は、その目的を実現するための相互補完的な要素として理解されるべきである。

4 コーポレートガバナンスは企業価値創造の制度である

コーポレートガバナンスは、社外取締役や委員会制度を意味するものではない。

それらはガバナンスを実現するための手段である。

コーポレートガバナンスの本質は、株式会社が企業価値を持続的に創造することを可能にする制度にある。

株式会社では、資本を提供する株主と、経営を行う経営者は同一ではない。

この「所有と経営の分離」は、現代株式会社を成立させる前提条件である一方で、経営者が自己の利益を優先するという利益相反の問題を生み出す。

コーポレートガバナンスとは、この利益相反を抑制し、経営者が企業価値創造という目的に向かって経営を行うよう統治する制度である。

したがって、コーポレートガバナンスは会社法上の制度にとどまらず、企業価値を創造するための経営システムとして理解されなければならない。

5 本書の構成

本書は、現代株式会社を企業価値創造の制度として理解することを目的としている。

第1部では、株式会社制度の成立と発展、その歴史的背景、資本市場との関係を考察する。

第2部では、企業価値とは何か、株主、取締役会、CEOの役割を整理し、コーポレートガバナンスの理論を体系的に説明する。

第3部では、ESG、人的資本、AI、地政学リスクなど、現代企業が直面する新たな課題を取り上げ、将来の株式会社の姿を展望する。

本書が目指すのは、制度の解説ではない。

株式会社という制度の本質を理解し、その上に企業価値創造とコーポレートガバナンスを位置付けることである。

 

第1章 株式会社という発明

人類最大の制度イノベーション―

1-1 株式会社はなぜ誕生したのか

株式会社は、人類が生み出した最も重要な制度的発明の一つである。

私たちは飛行機やコンピュータ、インターネットを偉大な発明として称賛する。しかし、それらの技術を研究・開発し、世界へ普及させることを可能にしたのは株式会社という制度であった。

制度もまた技術と同様にイノベーションである。

優れた制度は人々の協力を促し、巨大な資源を組織化し、新たな価値を創造する。株式会社はまさにその代表例である。

もし株式会社という制度が存在しなかったならば、今日のような巨大企業は成立せず、世界経済も現在とは全く異なる姿になっていただろう。

株式会社は単なる企業形態ではない。それは、近代資本主義を支える制度的基盤なのである。

1-2 個人商店では巨大事業はできない

人類の経済活動は、当初は個人による商取引から始まった。

やがて商業が発展すると、多くの資金を必要とする事業が現れた。

遠洋航海である。

15世紀から17世紀にかけての大航海時代、アジアやアメリカ大陸との交易は莫大な利益をもたらしたが、その一方で船舶の建造、乗組員の雇用、武装、食料の確保など、多額の資金を必要とした。

しかも航海は極めて危険であった。

嵐、海賊、疫病、戦争などにより、船団が全滅することも珍しくなかった。

一人の商人がこれほど大きな危険を負うことはできない。

複数の投資家が資金を出し合い、利益も損失も分け合う仕組みが必要になった。

ここに株式会社の原型が生まれた。

1-3 東インド会社が株式会社を完成させた

1600年に設立されたイギリス東インド会社、1602年に設立されたオランダ東インド会社は、近代株式会社の原型として知られている。

特にオランダ東インド会社(VOC)は、人類史上初めて恒久的な株式を発行し、多数の投資家から資本を集める仕組みを確立した。

株式は自由に売買することができ、投資家は会社から退出するために会社を解散させる必要がなくなった。

この仕組みは、資本を長期間維持しながら経営を継続することを可能にした。

現代株式会社の基本原理は、この時代にほぼ完成したのである。

1-4 株式会社を支える五つの制度

株式会社が人類最大の制度イノベーションと呼ばれる理由は、一つの制度ではなく、複数の制度を有機的に組み合わせたことにある。

現代株式会社は、次の五つの制度によって支えられている。

(1)法人格(Legal Personality)

会社は株主とは独立した法的主体である。

契約を締結し、資産を保有し、訴訟の当事者となることができる。

企業は個人の集合ではなく、一つの法人として永続的に存在する。

(2)有限責任(Limited Liability)

株主は出資額を限度として責任を負う。

これによって投資家は過大なリスクを負うことなく、多様な企業へ投資することが可能になった。

資本市場の発展は、この制度なしには考えられない。

(3)株式譲渡の自由(Transferability of Shares)

株主は株式を自由に売却できる。

会社は株主が交代しても存続し続ける。

この流動性こそが株式市場の基盤である。

(4)永続性(Perpetual Succession)

株式会社は株主や経営者が交代しても存続する。

この永続性が、長期的な研究開発や設備投資を可能にする。

(5)専門経営(Professional Management)

企業規模が拡大すると、株主自らが経営を行うことは困難になる。

そこで株主は経営を専門家に委ねる。

ここに現代経営者(CEO)の役割が生まれる。

1-5 株式会社は資本を組織化する制度である

株式会社を単に「会社の一形態」と理解するだけでは、その本質を見失う。

株式会社とは、社会に存在する資本を効率的に組織化し、長期にわたって企業価値を創造するための制度である。

資本は、それ自体では価値を生み出さない。

工場も、技術も、人材も、市場も、それらを有機的に結び付ける経営があって初めて価値が生まれる。

株式会社とは、資本と経営を結び付ける制度なのである。

1-6 株式会社が生んだ新しい問題

しかし、この偉大な制度には新しい問題があった。

企業が巨大化すると、出資者は自ら経営することができなくなる。

経営は専門家に委ねられる。

ここに「所有」と「経営」が分離する。

そして、この分離こそが現代株式会社の最大の特徴であると同時に、コーポレートガバナンスが必要となる理由でもある。

次章では、この「所有と経営の分離」が企業にどのような変化をもたらしたのかを考察する。

 

第2章 所有と経営の分離

現代株式会社の本質―

“The owner of capital can no longer himself manage the enterprise.”

「資本の所有者は、もはや自ら企業を経営することはできない。」

― アドルフ・バーリ & ガーディナー・ミーンズ
The Modern Corporation and Private Property (1932)

2-1 現代株式会社を理解する鍵

現代株式会社を理解する上で最も重要な概念は、「所有と経営の分離(Separation of Ownership and Management)」である。

株式会社が小規模であった時代には、会社の所有者がそのまま経営者であった。商店や工房では、出資した者が自ら事業を営み、利益も損失も直接引き受けていた。

しかし、株式会社が発展し、企業規模が拡大すると、この姿は大きく変化する。

数万人、あるいは数十万人の株主が存在する企業では、すべての株主が経営に参加することは不可能である。

株主は資本を提供し、経営は専門家に委ねる。

これが現代株式会社の基本構造である。

2-2 バーリとミーンズの発見

1932年、アドルフ・バーリ(Adolf A. Berle)とガーディナー・ミーンズ(Gardiner C. Means)は、名著 The Modern Corporation and Private Property を出版した。

彼らは、アメリカの巨大企業を詳細に分析し、重要な事実を明らかにした。

それは、企業の所有者である株主は、もはや企業を支配していないという事実である。

株主は会社を所有している。

しかし実際に会社を動かしているのは経営者である。

この「所有」と「支配(Control)」の分離こそが、現代株式会社の最大の特徴であると彼らは指摘した。

この発見は、その後の企業論、会社法、経済学、経営学、そしてコーポレートガバナンス論に決定的な影響を与えた

2-3 所有と経営の分離は問題なのか

所有と経営の分離は、しばしば株式会社の欠陥のように語られる。

しかし、それは誤解である。

むしろ、この分離があったからこそ、現代の巨大企業は成立した。

仮に株主が全員経営を行う仕組みであれば、企業規模は極めて限定される。

世界中から資本を集め、多様な専門家が経営を担うことによって初めて、グローバル企業は誕生したのである。

したがって、所有と経営の分離は株式会社の弱点ではない。

それは、株式会社が社会にもたらした最大の制度的革新の一つである。

2-4 しかし新たな問題が生まれる

一方で、この制度は新たな課題も生み出した。

経営を委ねられた者が、必ずしも株主の利益を最優先に行動するとは限らないからである。

経営者は、自らの地位を守ろうとするかもしれない。

過大な報酬を求めるかもしれない。

企業価値よりも企業規模の拡大を優先するかもしれない。

あるいは、短期的な利益を追求して長期的な競争力を損なうかもしれない。

株主と経営者の利益が一致しない可能性は、所有と経営の分離から必然的に生じる。

これが、現代株式会社における最も重要な統治課題である。

2-5 エージェンシー問題

経済学では、この問題を**エージェンシー問題(Agency Problem)**と呼ぶ。

株主は企業の所有者であり、経営者は株主から経営を委任された代理人(Agent)である。

代理人は、本来、本人(Principal)の利益のために行動しなければならない。

しかし、情報の非対称性や利害の違いが存在すると、代理人は自己の利益を優先する可能性がある。

1976年、マイケル・ジェンセンとウィリアム・メックリングは、この問題を理論的に整理し、「企業とは契約の束(Nexus of Contracts)」であるという考え方を提示した。

この理論は、現代コーポレートガバナンス論の重要な基礎となっている。

2-6 取締役会の歴史的役割

ここで重要なことは、取締役会の存在理由である。

取締役会は経営を行うために存在するのではない。

株主を代表して経営を監督するために存在するのである。

取締役会は、

CEOを選任し、

CEOを評価し、

必要であればCEOを解任し、

企業価値向上に向けた戦略を監督する。

経営者が自由に経営することを認める一方で、その権限を適切に統制する。

この均衡こそが現代株式会社の核心である。

2-7 所有者は株主、経営者はCEO

現代株式会社では、それぞれの役割は明確に分かれている。

株主は資本を提供する。

取締役会は株主から委任を受けて会社を統治する。

CEOは取締役会から委任を受けて経営を執行する。

この役割分担は、効率性とアカウンタビリティを両立させるための制度設計である。

所有者が経営者である必要はない。

重要なのは、それぞれが果たすべき責任を明確にし、その責任を果たしているかを検証できる仕組みを持つことである。

2-8 所有と経営の分離からコーポレートガバナンスへ

本章では、現代株式会社の最も重要な特徴である「所有と経営の分離」を見てきた。

この分離は、巨大企業の成立を可能にした一方で、株主と経営者の利益相反という新たな課題を生み出した。

この課題を解決するために発展してきたのがコーポレートガバナンスである。

したがって、コーポレートガバナンスとは、後から付け加えられた制度ではない。

それは、現代株式会社という制度そのものが必然的に要請した統治システムなのである。

次章では、この統治システムの出発点である「株主」について考察する。

 

第3章 企業価値とは何か

株式会社の目的と企業価値創造―

3-1 企業価値という概念

本書は、株式会社の目的を企業価値の持続的創造にあると考える。

企業は利益を追求するためだけに存在するのではない。また、株価を上げること自体を目的とするものでもない。企業は、人材、技術、知的資産、設備、ブランド、組織能力など、多様な経営資源を組み合わせて新たな価値を創造し、それを継続的に社会へ提供することによって存在意義を有する。

企業価値とは、そのような企業の価値創造能力を市場が評価した結果である。

したがって、本書では企業価値を次のように定義する。

企業価値とは、企業が将来にわたり持続的に価値を創造する能力に対する市場の評価である。

この定義には、本書全体を貫く考え方が凝縮されている。

第一に、企業価値は将来に向けられた概念である。第二に、企業価値の本質は価値創造能力にある。第三に、その能力は資本市場によって評価される。

3-2 企業は価値を創造し、市場はそれを評価する

企業価値を理解するうえで最も重要なことは、「価値の創造」と「企業価値」は同じものではないということである。

企業が行うのは価値創造である。

研究開発を行い、新しい製品を生み出し、優れたサービスを提供し、従業員を育成し、顧客との信頼関係を築く。こうした活動を通じて企業は価値を創造する。

一方、市場が行うのは評価である。

投資家は、企業が将来どれだけ価値を創造できるかを予測し、その期待を株価や企業価値として反映する。

したがって、企業は価値を創造する。市場はその価値創造能力を企業価値として評価する。

この区別は、本書の基本原理である。

3-3 利益は企業価値ではない

企業価値は利益とは異なる。

利益は一定期間に企業が獲得した経営成果を示す会計上の指標である。

これに対し、企業価値は将来にわたり企業が創造する価値全体を反映する経済的概念である。

したがって、利益が増加しても企業価値が上昇するとは限らない。

例えば、一時的な資産売却によって利益が増えても、それが将来の競争力向上につながらなければ企業価値への影響は限定的である。

逆に、研究開発や人的資本への投資によって当面の利益が減少しても、それが将来の競争優位を生み出すと市場が判断すれば企業価値は高まる。

企業価値とは、現在の利益ではなく、将来の利益を生み出す能力に対する評価なのである。

3-4 企業価値の源泉

企業価値は何によって生み出されるのであろうか。

従来は、有形資産が企業価値の中心であった。

しかし現代企業では、企業価値の源泉は大きく変化している。

例えば、

技術力

ブランド

人的資本

イノベーション能力

顧客との信頼関係

データと知的財産

組織文化

ガバナンス

など、多くは財務諸表に十分表れない無形資産である。

現代株式会社は、これらの経営資源を統合し、継続的に価値を創造する能力によって評価される。

3-5 資本コストを上回る価値創造

企業価値創造とは、単に利益を生み出すことではない。

株主は企業へ資本を提供する。

その資本には期待収益率、すなわち資本コストが存在する。

企業が資本コストを上回る収益を継続的に生み出して初めて、新たな価値が創造される。

この考え方は現代ファイナンスの基本原理であり、ROIC、EVA、DCFなどの企業価値評価手法は、いずれもこの原理に基づいている。

したがって企業価値創造とは、資本コストを上回る価値を持続的に創造することである。

3-6 企業価値と株主価値

企業価値と株主価値は混同されることが多い。

企業価値は企業全体の価値である。

株主価値は、その企業価値のうち株主に帰属する部分である。

企業価値が増大すれば、債権者への請求権を控除した残余が株主価値となる。

したがって、企業価値の持続的向上は、株主価値の持続的向上につながる。

この意味において、本書は株主価値最大化を短期的株価の追求とは考えない。

株主価値最大化とは、企業価値を持続的に高めることによって実現される長期的な成果なのである。

3-7 ESGと企業価値

近年、ESGが企業経営の重要課題となっている。

しかし、本書ではESGそのものを企業目的とは考えない。

ESGは企業価値創造を支える重要な経営戦略である。

環境への配慮は事業の持続可能性を高める。

人的資本への投資は競争力を高める。

適切なガバナンスは資本市場からの信頼を高める。

これらはいずれも企業価値創造への貢献を通じて意味を持つ。

ESGと株主価値は対立概念ではない。

ESGは、企業価値を高め、結果として株主価値を持続的に向上させるための重要な手段である。

3-8 企業価値とコーポレートガバナンス

ここで、本書の最も重要な命題を提示する。

コーポレートガバナンスの目的は、企業価値を持続的に創造することである。

ガバナンスは目的ではない。

社外取締役も、委員会制度も、コンプライアンスも、それ自体が目的ではない。

それらはすべて、企業価値創造を支える制度である。

したがって、ガバナンスの有効性は、制度の形式ではなく、企業価値創造への貢献によって評価されるべきである。

本書は、この考え方を企業価値創造理論の基本原理とする。

3-9 企業価値は株式会社の北極星である

企業は日々、数え切れないほどの意思決定を行っている。

設備投資を行うか。

新製品を開発するか。

海外へ進出するか。

人材へ投資するか。

株主へ利益を還元するか。

これらの意思決定には、それぞれ異なる利害関係者が存在し、短期的利益と長期的利益が対立する場面も少なくない。

そのようなとき、経営者と取締役会が立ち返るべき基準は何であろうか。

本書は、その基準を企業価値に求める。

企業価値は単なる財務指標ではない。

株式会社という制度の中で、あらゆる意思決定の方向を示す基本原理である。

航海者が北極星を目印として進路を定めたように、現代株式会社は企業価値を指針として意思決定を行うべきである。

したがって、本書は企業価値を株式会社制度の**「北極星」**と位置付ける。

企業価値という概念を中心に据えることによって、株主、取締役会、CEO、ガバナンス、ESG、人的資本、資本政策など、本書で扱うすべてのテーマは一つの理論体系として理解することができる。

3-10 資本という言葉の誤解

「資本」という言葉ほど、日常的に使われながら誤解されている言葉は少ない。

会計では資本は貸借対照表の純資産の部として表示される。

会社法では株主が会社へ拠出した財産を意味する。

経済学では生産要素の一つとして位置付けられる。

これらはいずれも正しい。

しかし、株式会社を理解するためには、もう一歩踏み込まなければならない。

資本とは単なる「お金」ではない。

資本とは、将来の価値創造に投じられるリスクを伴う資源である。

この視点から初めて、株式会社の存在意義を理解することができる。

3-11 資本は未来への投資である

企業が新しい工場を建設する。

新製品を開発する。

優秀な人材を採用する。

AIへ投資する。

海外へ進出する。

これらはいずれも、将来の価値創造を期待して行われる投資である。

その原資となるのが資本である。

したがって資本は、現在を消費するためのお金ではない。

未来を創るためのお金である。

資本とは、未来への期待を形にした経済資源なのである。

3-12 資本には必ずコストがある

資本は無償ではない。

株主は企業へ資金を提供するが、その見返りとして将来の収益を期待している。

金融機関は貸付を行う代わりに利息を求める。

つまり、資本には必ず対価が存在する。

これを資本コストという。

資本コストとは、企業が資本を利用するために負担しなければならない期待収益率である。

したがって、企業は利益を上げるだけでは十分ではない。

資本コストを上回る価値を創造して初めて、新たな企業価値が生まれる。

ここに企業価値創造の原理がある。

3-13 株主資本は最もリスクの高い資本である

株式会社にはさまざまな資金提供者が存在する。

銀行は契約に基づいて利息を受け取る。

社債権者も契約に基づいて元本と利息を受け取る。

しかし株主だけは何も保証されない。

利益が出なければ配当はない。

企業価値が低下すれば株価は下落する。

倒産すれば投資した資本を失う可能性もある。

株主資本とは、このような最終的リスクを引き受ける資本である。

その代わりに、企業価値が向上すれば最大の利益を享受する。

リスクとリターンは表裏一体であり、株式会社制度はこの原理の上に成立している。

3-14 資本は企業価値創造を支えるエネルギーである

資本は企業価値そのものではない。

また利益そのものでもない。

資本は企業が価値を創造するための源泉である。

工場を建設するにも、

研究開発を行うにも、

人材へ投資するにも、

AIを導入するにも、

まず資本が必要である。

資本が価値を創るのではない。

企業が資本を活用して価値を創るのである。

この意味で資本は、企業価値創造を可能にするエネルギーである。

3-15 資本市場の役割

株式会社制度が偉大な発明であった理由は、

必要な資本を社会から広く集められる仕組みを作ったことである。

資本市場は、資本を必要とする企業と、資本を提供する投資家を結び付ける。

そして市場は、どの企業が最も高い価値創造能力を持つかを評価し、資本を効率的に配分する。

資本市場は単なる株式売買の場ではない。

社会全体の資本を、最も価値を創造できる企業へ配分する制度なのである。

3-16 資本は企業価値創造への信任である

本書では、資本を単なる資金とは考えない。

株主が資本を提供するということは、企業の将来に対して期待と信頼を託すことである。

企業は、その期待に応える責任を負う。

取締役会は、その責任を監督する。

CEOは、その責任を遂行する。

コーポレートガバナンスは、その責任が適切に果たされるよう制度を整える。

このように考えると、資本は単なる貨幣ではない。

資本とは、企業価値創造への社会からの信任 なのである。

3-17 本書の資本観

本書は、資本を次のように定義する。

資本とは、企業が将来にわたり価値を創造するために社会から託されたリスク資源である。

この定義には三つの意味が含まれている。

第一に、資本は未来へ向けて投じられる。

第二に、資本は価値創造を目的とする。

第三に、資本は社会からの信任のもとに企業へ託される。

この資本を最も効率的に活用し、資本コストを上回る価値を継続的に創造することが、株式会社の使命である。

したがって、本書は資本を会計上の概念にとどめず、企業価値創造の出発点となる概念として位置付ける。

 

第4章 株主とは誰か

企業価値創造のためのリスク資本の提供者―

4-1 株主とは何者か

株式会社を理解するためには、まず株主とは誰であるかを理解しなければならない。

株主とは、株式会社に資本を提供する者である。

しかし、それだけでは十分ではない。

株主は単なる出資者ではない。

株式会社が事業活動を行うために必要なリスク資本を提供し、その成果とリスクの双方を引き受ける主体である。

したがって、株主は株式会社の所有者であると同時に、その将来に最も大きな利害関係を有する存在でもある。

4-2 なぜ株主だけが残余請求権を持つのか

株式会社には多くの利害関係者が存在する。

従業員

顧客

取引先

金融機関

地域社会

政府

しかし、これらのステークホルダーは、それぞれ契約によって保護されている。

従業員には給与がある。

金融機関には利息と元本返済がある。

取引先には契約代金がある。

これに対し、株主だけは何も保証されていない。

利益が出なければ配当はない。

企業価値が下落すれば株価も下落する。

最悪の場合には投資した資本を失う。

このように、最後に利益を受け取る代わりに、最後までリスクを負担する。

これが残余請求権(Residual Claim)の意味である。

4-3 株主は企業経営を行わない

株式会社制度の最大の特徴は、

株主が所有者でありながら、

経営は行わないことである。

株主は取締役を選任する。

取締役会はCEOを選任する。

CEOが経営を行う。

このような役割分担によって、株式会社は専門経営者による経営を可能にした。

これが第2章で述べた所有と経営の分離である。

4-4 株主の目的

株主の目的は何であろうか。

短期的な株価上昇であろうか。

高い配当であろうか。

本書はそう考えない。

株主が期待するものは、企業価値の持続的向上である。

その結果として、株価も、配当も、長期的に向上する。

つまり、株主価値最大化とは、企業価値最大化の結果なのである。

4-5 株主とステークホルダー

近年、「株主か、ステークホルダーか」という議論が繰り返されている。

しかし、この問い方そのものが適切ではない。

企業価値を持続的に創造するためには、

顧客から信頼され、

優秀な従業員を確保し、

地域社会と共存し、

環境へ配慮し、

健全な取引関係を維持しなければならない。

つまり、ステークホルダーへの配慮は、企業価値創造の重要な条件なのである。

本書は、株主利益とステークホルダー利益を対立概念として捉えない。

企業価値創造を通じて、長期的には両者は一致すると考える。

4-6 株主エンゲージメント

株主は経営を行わない。

しかし、経営に無関心であってよいわけではない。

株主は取締役会を通じて、企業価値創造が適切に行われているかを確認し、必要に応じて対話を行う。

これがエンゲージメントである。

エンゲージメントとは、短期利益を要求する活動ではない。

企業価値の持続的向上を目的とする建設的対話である。

4-7 株主責任

株主には権利だけでなく責任もある。

短期利益だけを追求し、企業価値を毀損するような要求は、株主として望ましい行動ではない。

長期的視点から企業価値創造を支えること。

これが責任ある株主(Responsible Shareholder)の基本的役割である。

近年のスチュワードシップ・コードは、まさにこの考え方を制度化したものである。

4-8 本書の立場

本書は、株主第一主義を唱えるものではない。

同時に、株主を一つのステークホルダーにすぎないとも考えない。

株主は、企業価値創造のためにリスク資本を提供し、最終的なリスクを負担する主体である。

その意味で、株式会社制度において特別な地位を有する。

しかし、その株主価値は、企業価値創造によってのみ実現される。

したがって、本書は企業価値創造を中心に株主とステークホルダーを統合的に理解する立場を採る。

 

第5章 資本市場

企業価値を評価する仕組み―

5-1 なぜ資本市場が必要なのか

株式会社は優れた制度である。

しかし、それだけでは十分ではない。

株式会社が持続的に価値を創造するためには、多額の資本を継続的に調達できなければならない。

また、資本を提供する投資家は、その資本が効率的に利用されているかを判断できなければならない。

この二つの役割を担うのが資本市場である。

資本市場は単に株式を売買する場所ではない。

企業価値を評価し、社会の資本を最も価値創造能力の高い企業へ配分する制度である。

5-2 資本市場は価格を決める市場ではない

一般には、株式市場とは株価を決める市場だと考えられている。

もちろん、それは間違いではない。

しかし、本質ではない。

資本市場が評価しているのは株価ではない。

企業の将来の価値創造能力である。

株価はその評価が数値として表れた結果にすぎない。

したがって、株価を見て経営する企業は、本質を見失う危険がある。

経営者が見るべきものは、

企業価値である。

株価はその結果なのである。

5-3 市場は未来を評価する

市場は過去を買わない。

市場は未来を買う。

昨年の利益はすでに過去である。

重要なのは、

来年、

五年後、

十年後に、

企業がどれだけ価値を創造できるかである。

だから市場は、

研究開発、

人的資本、

ブランド、

イノベーション、

ガバナンス、

これらすべてを評価する。

その理由は単純である。

それらが将来の価値創造能力を左右するからである。

5-4 効率的市場と企業価値

現代ファイナンスでは、市場は公開情報を迅速に価格へ反映すると考えられている。

しかし、本書は市場が常に正しいとは考えない。市場は将来を評価する制度である。

だから、市場は時に過大評価し、時に過小評価する。

それでもなお、長期的には、価値を創造する企業へ資本が集まり、

価値を創造できない企業から資本は離れていく。

これが資本市場の社会的機能である。

5-5 資本市場は社会の期待を映す鏡である

資本市場は、単に企業を評価しているのではない。

社会が、その企業にどれだけ期待しているかを評価しているのである。

企業が社会へ価値を提供すれば、社会は企業を信頼する。

その信頼は、投資という形になり、企業価値として表れる。

つまり、企業価値とは、社会から企業への期待と信頼が、資本市場を通じて経済的価値へ転換された姿なのである。

 

第6章 取締役会

企業価値創造の最高意思決定機関―

6-1 取締役会の存在意義

株式会社は優れた制度である。

しかし、どれほど優れた制度であっても、自ら意思決定を行うことはできない。

株式会社という法人は、自ら考え、自ら判断し、自ら行動する能力を持たない。

そのため株式会社には、企業の意思を形成し、その将来を方向付ける機関が必要となる。

それが取締役会である。

取締役会は会社法上の機関であるだけではない。

本書では、取締役会を企業価値創造に対する最終的な責任を負う最高意思決定機関と位置付ける。

この「最高意思決定機関」という表現は重要である。

なぜなら、取締役会は自らすべてを執行する機関ではなく、企業価値創造の方向性を決定し、その実現をCEOに委ね、その成果に責任を負う機関だからである。

6-2 企業価値創造の責任主体

企業価値は市場が評価する。

しかし、市場が企業価値を創造するわけではない。

企業価値を創造する主体は企業自身である。

そして、その最終的な責任を負うのが取締役会である。

ここでいう責任とは、単に法令を遵守する責任ではない。

企業が社会に価値を提供し、資本提供者の期待に応え、持続的に企業価値を高める責任である。

取締役会は、この責任を果たすために存在する。

6-3 取締役会の役割

本書は、取締役会の役割を三つに整理する。

第一は、企業価値創造の方向性を示すことである。企業理念、経営戦略、資本政策、リスク許容度など、企業の長期的な方向を定める。

第二は、CEOへ権限を委譲することである。取締役会が自ら経営を行うのではない。最適なCEOを選び、必要な権限を与え、経営を委ねる。

第三は、CEOの成果を評価し、アカウンタビリティーを求めることである。

これが企業価値創造に対する監督である。

取締役会は経営を代行する機関ではない。

企業価値創造の実現を監督する機関なのである。

6-4 監督とは何か

監督という言葉は、しばしば誤解される。

監督とは、経営に口を出すことではない。

細かな業務執行を指示することでもない。

本書における監督とは、企業価値創造という目的に照らして、CEOがその責任を適切に果たしているかを確認することである。

したがって監督とは、

「介入」ではなく、「確認」であり、「統制」ではなく、

「アカウンタビリティーの確保」なのである。

6-5 取締役会とCEOは対立するものではない

本書は、取締役会とCEOを対立する存在とは考えない。

企業価値を創造するためには、取締役会の監督とCEOの執行は、互いに補完し合う関係でなければならない。

取締役会は企業価値創造の方向性を示す。

CEOは、その方向性を実現する。

取締役会は成果を評価する。

CEOは、その評価に対してアカウンタビリティーを果たす。

この関係は、上下関係ではない。企業価値創造という共通の目的を共有するパートナーシップである。

6-6 なぜ社外取締役が必要なのか

現代の株式会社では、多くの国で社外取締役の重要性が強調されている。

その理由は独立性だけではない。

社外取締役の最大の役割は、企業価値創造という目的に照らして、経営陣の意思決定を客観的に評価することである。

経営者は日々の業務に深く関わる。

一方、社外取締役は企業全体を俯瞰し、長期的視点から判断することができる。

この役割分担が、取締役会の判断の質を高める。

したがって、社外取締役は「監視役」ではなく、

企業価値創造を支える独立した判断者として位置付けられる。

6-7 企業価値創造のための取締役会

取締役会の存在意義は、制度を維持することではない。

委員会を設置することでもない。

会議を開くことでもない。

その本質は、企業価値創造を実現することである。

したがって、取締役会の有効性は、取締役会の構成や開催回数によって測られるものではない。

企業価値創造への貢献によって評価されるべきである。

6-8 本書の立場

本書は、取締役会を次のように定義する。

取締役会とは、企業価値創造に対する最終的な責任を負い、その実現のためにCEOを選任し、権限を委譲し、その成果についてアカウンタビリティーを求める最高意思決定機関である。

この定義には、本書の取締役会観が凝縮されている。

取締役会は経営を代行する機関ではない。

監督だけを行う機関でもない。

企業価値創造という目的を実現するために、組織全体を方向付ける中核的な機関なのである。

 

第7章 CEO

企業価値創造の最高執行責任者―

7-1 CEOとは何者か

企業価値は、取締役会だけでは創造できない。

取締役会は企業価値創造の方向性を定め、その実現に対する最終責任を負う。しかし、企業価値を現実のものとして創造するのは、日々の経営を担うCEOである。

本書ではCEOを次のように定義する。

CEOとは、企業価値創造という使命を実現する最高執行責任者である。

CEOの使命は経営そのものではない。

経営とは企業価値創造という使命を実現するための手段である。

CEOは企業全体を一つの価値創造システムとして統合し、持続的な企業価値創造を実現する責任を負う。

7-2 CEOの使命

CEOの使命は企業価値を持続的に創造することである。

そのためCEOは、

長期ビジョンを示し、

経営戦略を策定し、

経営資源を最適に配分し、

人材を育成し、

イノベーションを促進し、

健全な企業文化を形成し、

社会からの信頼を獲得する。

これらは個別の経営課題ではない。

すべて企業価値創造という一つの使命に収斂する。

7-3 CEOは未来を経営する

CEOの本質的な仕事は管理ではない。

経営とは、

設備投資、

研究開発、

M&A、

人材育成、

資本政策、

リスクテイクなど、

企業の将来を左右する意思決定の連続である。

したがって、経営とは意思決定である。

7-4 意思決定とは未来を創造することである

意思決定は未来にしか存在しない。

過去は変えられない。

現在は瞬時に過去になる。

CEOが影響を与えることができるのは未来だけである。

したがって、意思決定とは未来を創造することである。

CEOは現在を管理する人ではない。

未来を創造する人である。

企業価値とは、その未来を創造する能力に対する市場の評価なのである。

7-5 CEOのリーダーシップ

CEOのリーダーシップとは、

企業価値創造という未来への責任を引き受け、組織全体をその実現へ導く能力である。

CEOは自ら成果を生み出すだけではない。

社員一人ひとりが価値創造の担い手となる組織を築かなければならない。

その意味でCEOは、企業文化の形成にも最終責任を負う。

企業文化とは、企業価値創造に向けた組織の共通の価値観である。

7-6 CEOは未来の受託者である

CEOは企業を所有しているわけではない。

株主から資本を託され、取締役会から権限を委ねられ、社員から信頼を寄せられ、社会から期待を受ける。

CEOは、多くの人々から未来を託された存在である。

したがってCEOは、単なる最高経営責任者ではなく、未来の受託者(Steward of the Future)である。

7-7 Dual Leaders

株式会社は一人の英雄によって経営される組織ではない。

本書は、取締役会議長(Chair)とCEOを、企業価値創造という共通の使命を担う

Dual Leadersとして位置付ける。

取締役会議長は、

企業価値創造の方向性を示し、

CEOを選任し、

その成果についてアカウンタビリティーを求める。

CEOは、

企業価値創造を現実の成果として実現する。

両者は上下関係にはない。

企業価値創造という共通の使命を共有する二人の最高責任者である

7-8 CEOと取締役会

取締役会とCEOは対立する存在ではない。

両者は企業価値創造という目的を共有するパートナーである。

取締役会の使命は企業価値創造であり、監督はその使命を果たすための手段である。

CEOの使命は企業価値創造であり、経営はその使命を果たすための手段である。

この二つが適切に機能するとき、株式会社は持続的に企業価値を創造することができる。

7-9 本章の結論

CEOは利益を管理する人ではない。

企業価値を創造する人である。

経営とは意思決定であり、意思決定とは未来を創造することである。

株式会社は、未来を創造するための社会的道具である。

CEOは、その道具を用いて、人々から託された未来を現実へと変える最高執行責任者なのである。

CEOは、株主・社員・社会から託された資源と信頼を、未来の企業価値へ転換する受託者である。

JCGR命題

  1. CEOとは、企業価値創造という使命を実現する最高執行責任者である。
  2. CEOの使命は企業価値創造であり、経営はその使命を果たすための手段である。
  3. 経営とは意思決定であり、意思決定とは未来を創造することである。
  4. 取締役会議長とCEOは、企業価値創造という共通の使命を担う Dual Leaders である。
  5. CEOは、人々から託された未来を現実へと変える最高責任者である。

 

第8章 コーポレートガバナンス

企業価値創造を実現する基本原理―

8-1 ガバナンスとは何か

コーポレートガバナンスとは、企業価値の持続的向上を実現するための組織運営の基本原理である。

ガバナンスは監視や規制の仕組みではない。

企業価値創造という目的を実現するために、株式会社という組織を適切に運営するための基本原理である。

したがって、ガバナンスの目的は監督そのものではなく、企業価値創造にある。

8-2 企業価値創造のガバナンス

企業価値は偶然には創造されない。

長期戦略、

資本政策、

リスク管理、

人材育成、

企業文化、

イノベーションなど、

多くの要素が統合されて初めて創造される。

ガバナンスは、それらを一つの方向へ統合する役割を果たす。

したがって、ガバナンスとは経営を拘束する制度ではなく、企業価値創造を可能にする組織原理である。

8-3 アカウンタビリティー

株式会社では権限が委譲される。

株主は取締役会へ、

取締役会はCEOへ、

CEOは経営陣へ権限を委譲する。

権限が委譲される以上、その結果について説明し責任を果たす義務が生じる。

これがアカウンタビリティーである。

アカウンタビリティーは単なる説明責任ではない。

委ねられた権限を適切に行使し、その成果について応答する責任である。

8-4 ガバナンスの構造

株式会社は、

株主、

取締役会、

CEO、

経営陣、

社員、

資本市場、

社会

という多様な主体によって構成される。

ガバナンスとは、これらの主体を企業価値創造という共通目的の下に統合する仕組みである。

8-5 本章の結論

企業価値創造はガバナンスの目的である。

ガバナンスは企業価値創造を実現するための基本原理である。

 

第9章 社会との共創

信頼が企業価値を支える―

9-1 企業価値と社会

株式会社は社会の中で存在する。

市場は社会の期待を反映する。

企業価値もまた社会との関係の中で形成される。

企業価値創造は社会価値創造と対立しない。

むしろ社会から信頼される企業ほど、持続的な企業価値を創造する。

9-2 ESGの本質

ESGは企業価値と対立する概念ではない。

環境への配慮(Environment)

社会との共生(Social)

適切なガバナンス(Governance)

はいずれも企業価値創造を持続させるための条件である。

ESGは目的ではなく、持続的企業価値創造のための経営原則である。

9-3 人的資本

企業価値は人が創造する。

社員は費用ではない。

未来を創造する資本である。

人的資本への投資は、最も重要な企業価値創造投資の一つである。

9-4 社会からの信頼

企業は社会から信頼されて初めて資本を調達できる。

顧客も社員も投資家も社会も、信頼する企業に資源を託す。

企業価値とは、未来への期待であると同時に、社会からの信頼の表現でもある。

9-5 本章の結論

企業価値は社会との共創によって持続する。

社会からの信頼こそ企業価値創造の基盤である。

 

第10章 未来を創造する株式会社

企業価値創造の理論―

10-1 企業価値創造の循環

本書では、株式会社を未来を創造する社会的道具として位置付ける。

株主は未来を信じて資本を託す。

取締役会は未来への責任を担う。

CEOは未来を意思決定する。

社員は未来を実現する。

市場は未来を評価する。

企業価値は、この循環の中から創造される。

10-2 Dual Leaders

第6章で取締役会を、第7章でCEOを論じた。

本節では、その両者を企業価値創造という視点から一つの理論として統合する。

取締役会議長とCEOは、それぞれ監督と執行という異なる役割を担う。

しかし、その使命は一つである。

株式会社とは、この二人のDual Leadersが

企業価値創造という共通の目的の下で協働する組織なのである。

10-3 企業価値創造の理論

本書は、

株式会社とは何か、

株主とは何か、

資本とは何か、

企業価値とは何か、

取締役会とは何か、

CEOとは何か、

ガバナンスとは何か、

そして社会との関係とは何か を論じてきた。

これらは独立した概念ではない。

すべて企業価値創造という一つの理論によって統合される。

10-4 JCGR宣言

  1. 株式会社は、人類が未来を創造するために発明した社会的道具である。
  2. 企業価値とは、その未来を創造する能力に対する社会と市場の評価である。
  3. 株主は未来を信じて資本を託す。
  4. 取締役会は未来への責任を担う。
  5. CEOは未来を意思決定する。
  6. ガバナンスは未来を実現するための基本原理である。
  7. 社会からの信頼が企業価値を育み、企業価値は新たな未来を創造する。
  8. われわれは、株式会社という道具によって未来を創造する。

10-5  結びに

株式会社は利益を生み出すためだけの制度ではない。

人々が未来を信じ、

資本を託し、

人材を集め、

技術を育て、

社会とともに価値を創造するための仕組みである。

本書は、その仕組みを企業価値創造という視点から体系化しようと試みた。

企業価値とは未来への期待である。

ガバナンスとは未来を実現する原理である。

CEOとは未来を意思決定する人である。

そして株式会社とは、

人類が未来を創造するために発明した最も優れた社会的道具なのである。

2026/08/01

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