米国企業のジレンマ:『企業価値の最大化』対『短期主義』
Q1:Geminiに次のように質問しました(若杉)。「70年代のフリードマン以来、米国上場企業の目的は長期的利益を反映した株主価値の最大化であると言われて来ましたが、これは理論的な話であって、現実の企業は短期的な利益を追求する企業が大勢を占めているのではないですか?
A1:ご指摘の通り、米国のコーポレートガバナンスにおける「長期的利益を反映した株主価値の最大化」という理論と、現実の市場を支配する「短期主義(ショートターミズム)」との間には、極めて大きなギャップが存在します。
>結論から申し上げますと、理論的な理想とは裏腹に、現実のアメリカ市場では依然として短期的な利益追求メカニズムが強い引力を持っています。 この乖離は、企業のガバナンス構造と資本市場の力学が複雑に絡み合った結果生じています。
現実の企業が短期主義に傾倒しがちな背景には、主に以下の3つの構造的要因があります。
1.経営陣のインセンティブ設計の歪み
米国企業のCEOや経営陣の報酬は、ストックオプションや自社株引き受け権など、株価に連動する割合が非常に高く設定されています。本来これは「経営者と株主の利益を一致させる」ためのガバナンス・メカニズムですが、現実には経営者が自身の任期中や権利行使のタイミング(多くは数年以内)での株価上昇を優先するインセンティブとして働いてしまいます。結果として、10年後の成長のための巨額のR&D(研究開発)投資よりも、目先のEPS(1株当たり利益)を押し上げるための大規模な自社株買いが選ばれやすくなります。
2.資本市場からの強烈な圧力(四半期資本主義)
米国の株式市場では、アナリストが予測する「四半期ごとの業績ガイダンス」を達成できるかどうかが、経営者の評価に直結します。市場の期待値を1セントでも下回れば株価は容赦なく急落するため、経営陣は長期的なビジョンよりも、次の四半期の数字を取り繕う「利益管理(アーニングス・マネジメント)」に追われることになります。
3.アクティビスト・ファンドの存在感
近年、物言う株主(アクティビスト)のターゲットは、業績不振企業だけでなく、優良企業にも及んでいます。彼らの多くは数年での資金回収を目的としており、事業の切り売り(スピンオフ)や特別配当、大規模な自社株買いを強硬に要求します。経営陣は委任状争奪戦(プロキシファイト)を避けるため、こうした短期的な株主還元要求に屈せざるを得ないケースが多々あります。
アカウンタビリティの観点から見た課題
経営陣は本来、株主からの信認(トラスト)と負託(マンデート)に基づき、企業の持続的な価値向上という「結果」を出すためのアカウンタビリティ(説明責任・結果責任)を負っています。
理論上、この負託には「長期的な成長」が含まれているはずですが、現実の市場ではアカウンタビリティを測定する「指標(株価・四半期利益)」と「時間軸」が極端に短縮されています。その結果、経営陣は「現在の株価を支える」という短期的な結果責任を果たすことばかりに注力し、本来の長期的な信認関係(受託者責任)との間に深刻な矛盾を抱えることになります。
長期主義への揺り戻し
ただし、米国市場もこの短期主義の弊害を放置しているわけではありません。近年では、現実を理論に引き戻そうとする力学も働き始めています。
・インデックス・ファンドの台頭: 市場全体を保有し続ける(ユニバーサル・オーナーである)ブラックロックやバンガードなどの巨大機関投資家は、個別企業の短期的な株価上昇よりも、市場全体の長期的な持続可能性を重視し、スチュワードシップ活動を通じて経営陣に長期志向を求めています。
・ステークホルダー資本主義への傾斜: 2019年のビジネス・ラウンドテーブルによる「企業の目的に関する声明」に見られるように、株主至上主義を行き過ぎた短期主義の温床と反省し、従業員や環境を含めた長期的な価値創造(エンライトンド・シェアホルダー・バリュー:啓発された株主価値)への転換が模索されています。
◆ 現実の米国企業は、理論上の「長期志向」と資本市場が突きつける「短期主義」という二つの相反する引力の中で、常に綱引きを強いられている状態と言えます。

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