Home > JCGRコーポレートガバナンス原則
<前 文>
会社法のもと、株式会社は、営利を目的とする株主の出資によって設立されるが、会社の経営は、株主総会において株主によって選任される取締役に委ねられる。取締役会は営利という業務を遂行するための基本的な意思決定を行い、その執行は取締役会が選ぶ業務執行役員に委ねる。ここにおいて、取締役も業務執行役員も株主であることが要件とされていない。
営利とは事業を行い利益を上げ出資者である株主にそれを分配することである。会社法自体は、営利という言葉を用いていないが、会社の計算が利益の算定を最終目的としていることから、それが推論できる。また株式会社の計算の基礎になっている実現主義、発生主義および利益平準化原則などから、株式会社が長期的存在であることが前提とされていると推論できる。そのことから株式会社の価値は、株式市場において、主として長期的な予想利益に基づいて決定されると認識されている。これが企業価値あるいは株主価値と呼ばれているものである。株主にとって利益は多いほど望ましいので、株主は経営者に企業価値を最大化する経営ーいわゆる株主価値最大化経営-を望むと認識されている。
株主は出資し事業のリスクを負担するが、自らは経営しない。このことから、出資者である株主と実際に経営を行う業務執行役員との利害の不一致が問題となる。これを解決する仕組みがコーポレート・ガバナンスである。換言すれば、コーポレートガバナンスの目的は、株主とは利害が一致しない業務執行役員から、株主にとって最善の経営を引き出すことであり、その橋渡しの役割を負うのが取締役会である。このことから、近年、取締役会の機能・役割が重視されるとともに、経営者とりわけCEOの自社株保有が注目を集めている。
コーポレート・ガバナンスにおける現代のベスト・プラクティスは、独立取締役としての社外取締役を中心に取締役会を形成し、取締役とは別人の業務執行役員に経営を委ねるという監督体制である。ここでは、業務執行役員は経営に専念し取締役会は業務執行役員の監督に専念するという分業が行われており、ガバナンスとマネジメントの分離と呼ぶべきものである。ただし、取締役会の重要な役割のひとつは、業務つまり営利に関する重要な決定-大規模な投資やM&Aとその資金調達に関する決定-という経営上の意思決定であり、それには業務執行役員の関与が不可欠である。それゆえ、取締役会には社内取締役と呼ばれるCEO(以下、CEO)やCFO(最高財務責任者)がメンバー(取締役)として入るのが現実の実務である。その意味では、ガバナンスとマネジメントの分離は理念上の概念である。
この体制の下で、業務執行役員のトップであるCEOをして営利に最適な執行体制-経営システム-を構築させるとともに、CEOを営利に向けて動機付けることを取締役会のガバナンス(取締役会の監督)という。このような体制のもとでの、取締役、取締役会およびCEOの行動規範を示すのがJCGRコーポレート・ガバナンス原則である。
なお、本原則において、CEOとは、指名委員会等設置会社の代表執行役および監査役会設置会社・監査等委員会設置会社の代表取締役のことをいう。また、マネジメント、経営および業務執行は同義語である。
JCGRは、会社が以下の原則のすべてを実践することが理想であると考えているが、これまでのわが国の経営実践とは大きく異なるので、会社が全てを同時に取り入れるのは不可能であり、現実的ではない。実践を急ぐよりも、原則の背後にある考え方を理解することをさせることが賢明であると考える。そのためにいくつかの注意点を挙げておく。なお、以下、自社のことを単に会社と呼ぶ。
(1)JCGRコーポレートガバナンス原則は、①ガバナンスとマネジメントの人的分離、②独立取締役を中心とする取締役会、および③指名、報酬、監査の三委員会による執行役員の監督という考え方に基づいたモデルである。三委員会は、その機能が重要なのであるり、法定のものであっても任意のものであってもかまわない。
(2)会社は自社に即したコーポレートガバナンス原則を定めるとともに、それを文書化することが必要である。文書の名称は、コーポレートガバナンスガイドラインであったり、コーポレートガバナンス基本原則であったり、コーポレートガバナンス行動規範であったり、取締役会規則であったり、あるいは委員会規則であったりしてもかまわない。
(3)会社によって事情が異なるのは当然であるから、会社はその事情に合わせて本原則に修正を加えることが必要である。ただし、①~③の基本的考え方から逸脱しないようには注意しなければならない。
(4)会社のコーポレートガバナンス原則をホームページにおいて公開することが望ましい。コーポレートガバナンス原則を通じて、広くステークホルダーおよび社会に会社を理解してもらうことは、会社の持続性ーサステナビリティーという観点から重要である
(5)会社の実務が、会社のコーポレートガバナンス原則に沿っているかを定期的に評価し、それに応じて必要なアクションをとることが重要である。これがわが国のコーポレートガバナンス・コードが強調するコーポレートガバナンスの実効性評価の所以である。
(6)自社の事業や環境の変化等に応じて原則自身を見直すことも必要であることはいうまでもない。
注)わが国会社法上の「職務」と「業務」
<本 文>
【会社の業績目標と最高経営責任者の経営体制】
1.<最高経営責任者と後継者育成計画> 取締役会は、優秀な人材を最高経営責任者(以下、CEO)として選任するとともに、CEOが営利を目指した最善の経営に向けて動機付けられるように、成果報酬に業績目標を埋め込んだ業績連動報酬をインセン ティブ報酬として活用する。取締役会は会社のサステナビリティ等の観点から将来のCEOにも関心を持つべきである。そのために、CEOに対して、後継者育成計画を立案し取締役会の監視の下に計画を実行することを求める。
2.<コンプライアンス> CEOは、法律や社内規則、社会倫理等を遵守―コンプライアンス-するとともに、資本主義の大原則である市場原理を遵守し、株主を始めとする全てのステークホルダーに対して公平を期す。
3.<CEOの進退> CEOは自らの進退をかけて、業績を追求するとともに全てのステークホルダーにとって最善の経営を目指す。
【取締役の選任】
4.<社内取締役と社外取締役> 取締役会は、取締役の選任基準に基づいて、社内取締役および社外取締役の候補者を決定する。
5.<業務執行取締役と非業務執行取締役> 株主総会で選任された後、社内取締役は業務執行取締役か非業務執行取締役となる。また、社外取締役は、独立取締役であるか否かにかかわらず、非業務執行取締役でなければならない。なお、独立性の概念は、東京証券取引所の「独立役員の確保に係る実務上の留意事項」(2021 年 6 月改訂版)に準拠する。
6.<取締役の多様性> 株主総会に提出する取締役候補者の決定にあたっては、経営の多様性に対応するためにスキル、コンピテンシー、性別、年齢、年齢、人種・民族、国籍および職業経験等の観点から多様性を重視する。
7.<取締役の役割> 取締役候補者の決定に先立ち、候補者には候補者リスト入りを依頼するが、その際、取締役会がその候補者に期待する役割を明示して説明する。
8.<取締役の任期> 取締役の任期は1年とし再任を妨げない。ただし、再任にあたっては、その可否を取締役の選任基準に照らして厳しく評価する。また、取締役としての会社における経験を反故にしないために再任の回数については制限を設けない。
9.<取締役の辞任> 取締役は、①期待されている役割を果たせなくなったと自ら判断する時、あるいは②自らが定める年齢(例えば75歳)に達した時、辞表を提出する。ただし、最終的な進退については取締役会の判断に委ねる。
10.<取締役の自社株保有> 取締役候補者は、取締役会が定めた数の自社株式を取締役就任前に保有する。
11.<新任取締役の研修> 新任の取締役は権威のある機関においてコーポレート・ガバナンス、ファイナンス及びマネジメントに関する研修を受ける。
【取締役の主な職務】
12.<取締役としての努力> 取締役は、取締役会における業務の意思決定という責任、および取締役会の経営監督に関して責任を全うするために、会社の事業および財務戦略あるいは会社の課題等を理解するために時間と労力を惜しんではならない。
13.<取締役への助言者> 取締役会のメンバーの一員として取締役会の責任遂行に貢献するために、取締役は必要に応じて、業務執行役員、会計監査役など外部の専門家等に助言を求めることがある。そのためにも、業務執行役員の選任および外部専門家の選択においては慎重を期さなければならない。
14.<取締役会等出席のための準備> 取締役は、取締役会および経営に関する重要な会議に出席し助言等を行わなければならない。その責務を全うするためには相応の準備が必要である。取締役が会社に情報を請求した場合、会社は持てる情報を適宜・適切に提供しなければならない。
15.<取締役と財産保全> 取締役は、監督の一環として、株主の出資および債権者の債権が資産として適切に保全されているかいなかを確認する。また、それを担保する財務統制システムおよび内部統制システムが健全に機能していることを確認する。これらが確認できないときには、CEOに是正措置を勧告する。
16.<取締役の議事提案> 取締役は、自らの判断により取締役会の議題を事前あるいは取締役会の場で提案する。
17.<独立取締役のみの会議体> 独立取締役は、取締役会の承認を得て、いわゆるExecutive Sessionを組織し、取締役会の前後に会合を開き、業務執行に関するさまざまな事項について検討を行う。必要があれば、議論の結果に基づき取締役会あるいはCEOに報告ないし助言を行う。
【取締役会の主な任務】
18.<取締役会の業務意思決定> 取締役会は、CEOとともに株主の利益に重要な影響を及ぼす戦略や業務に関する意思決定を行う。
19.<取締役会の議長> 取締役会は独立取締役が議長として主宰する。CEO等の業務執行取締役が取締役会議長を務める場合は取締役会の議を経てそれを認める。
19-1.<取締役会の多様性> 適切に動機づけられたCEOはリーダーシップを発揮し、複雑で絶えず変化する環境の下で株主価値を創造するために、新たな価値創造機会を開発し取締役会に提案する。当然自社の事業遂行能力を考慮し人材、技術など不足するものを補うことも考えなければならない。複雑で変化の激しい環境においてはCEOが開発する機会は、CEOが優秀であるほど多様でありうる。独立取締役を中心とする取締役会は、自社の事業が発揮しうる多様性を理解し意思決定をするとともに、その実行を適切に監視しなければならない。そのためには、取締役もCEOが提案する事業を理解しうる多様なスキルや専門性とそれを発揮する能力―コンピテンシー―を有していなければならない。
19-2. <取締役会の多様性> そのためには取締役会そのものを管理する機能が存在しなければならない。それは取締役会のリーダーであろう。取締役会は取締役会のリーダーとして取締役会会長あるいは取締役会議長(以下、取締役会会長)を独立取締役の中から選定することが望まれる。いわゆる筆頭取締役である。取締役会会議を・CEOなど業務執行取締役が進行する場合には、筆頭取締役が非業務執行取締役を統率して、取締役会が必要な多様性を充たすことができるように、指名委員会等を通して取締役の選任について、将来を見据えた計画を決めることが望ましい。
19-3. <取締役会会長とCEOの連携>経営戦略など株主価値創造に直結する重要な問題を取締役会で意思決定する際には、その問題について、執行側のトップであるCEOと取締役会側のトップである取締役会会長とが、十分にコミュニケーションを行い、なぜその問題が取締役会に上程されるのか相互に理解を深めておくことが必要である。しかし、それは両者で意思決定をするということではない。あくまでも、取締役会の場において十分な議論がなされるための準備のプロセスとして必要である。
20.<取締役の選解任規準> 取締役会は、自社の取締役に要求される知識、専門性などのスキル、および資質を定義し、取締役の選任および解任規準を定める。必要な資質とは、スキルを適切に使いこなす行動特性や人間的能力すなわちコンピテンシーを指す。
21.<戦略およびリスクマネジメントの監視> 取締役会は、少なくとも年に1回、経営戦略、財務戦略およびリスク・マネジメントの基本方針についてCEOから報告を受け議論する。
22.<取締役会の新しい課題> 現代の複雑な経営環境のもとでCEOの負担は飛躍的に増大している。本来はCEOが責任を負うべきマネジメント事項であっても、株主価値に重要な影響を与える新しい事柄については、取締役会がその基本方針の確認あるいは決定に関与する。たとえば、内部統制システム、ITシステム、会社年金制度、CSR(会社の社会的責任)やESG,あるいは地球のサステナビリティに関する事項等である。
【取締役会の経営監督機能】
23.<業務執行役員の選任と業績監視> 株主から経営を委ねられた取締役会は、業務執行を担う業務執行役員を選任する。業務執行役員が企業価値を生み出すために行う、長期的利益の成長を目指した効果的、効率的そして倫理的な経営を監視し、その成果を評価する責務を負っている。
24.<リスクマネジメントの監視> 会社が行う事業にはリターンとともにリスクをともなう。企業価値を生むためにはリターンを求めて敢えてリスクテイキングをしなければならない。企業価値を最大化するために、業務執行役員は利益を追求すると同時にリスクマネジメントを実行しなければならない。業務執行役員のリスクマネジメントを監視することは取締役会のもう一つの最重要な任務である。
25.<ガバナンスの三機能> 取締役会は、経営監督を果たすために、指名、報酬および監査というガバナンスの基本機能を確保する。そのために取締役会のもとに、独立取締役を構成員とする指名委員会、報酬委員会および監査委員会を設置する。
26.<指名委員会> 指名委員会は、会社の特性を考慮して、社内取締役および社外取締役が持つべき資質、知識、専門性等の要件を定める。それを選任基準として、株主総会に提出する取締役候補者を決定する。取締役会の最も重要な任務は業務執行役員のマネジメントに対する監督であるから、取締役会を構成するメンバーの特性として特に独立性を重視する。さらに、
-指名委員会は、ガバナンスの遂行のために取締役会の下部組織として設置する取締役会委員会とそのメンバーおよび委員長である取締役を決定する。取締役会委員会として必ず設置すべき委員会が、上記の指名委員会、報酬委員会および監査委員会の三委員会である。
-指名委員会は、CEOがCHRO(人材担当執行役員)などの協力を得て作成した、経営幹部の育成、維持、交代に関する計画(CEOサクセッション・プラニング等)を検証し、その結果を取締役会に報告する。
-ここで重要なことは、長期戦略とCEO育成計画との整合性である。つまり、長期戦略が目指す将来の経営と、将来のCEOとの整合性、マッチングである。
-将来の経営が変われば取締役会もそれに応じた経営監督をしなければならないので、取締役会の後継者決定問題もCEO育成計画と整合性を確保しなければならない。
27.<報酬委員会> 報酬委員会は、役員報酬政策を定め役員報酬の目的を定義した後、CEOを始めとする業務執行役員を最良のマネジメントに向けて動機付けるために、株式報酬を含む業績連動報酬を柱とするインセンティブ報酬制度を定める。
-報酬委員会は、少なくとも年1回、CEOおよびその他の業務執行役員の個別業績評価を行う。報酬制度と業績評価を付き合わせ、CEOおよび業務執行役員の報酬額を決定する。
-報酬委員会は、役員および従業員の報酬政策および報酬制度が適切で競争力があり、会社の業績目標を適切に反映していることを確認するために報酬政策および報酬制度を定期的に見直す。
28.<監査委員会> 監査委員会は、経営システムの主要な部分である内部統制システムの機能を監査する内部監査人の独立性および内部監査自体の独立性を検証する。会計報告に関する外部監査に関しても、外部監査人の独立性および内部監査自体の独立性を検証する。
-取締役は、取締役と会社、その子会社または関連会社等との間のあらゆる取引について、実行可能な限り速やかに、監査委員会に報告しなければならない。監査委員会は報告された取引を検証し承認する。取締役会は、会社資産の濫用または違法な関連当事者取引がないことを確認する。
-監査委員会は、独立監査人による会社の年次財務諸表監査を含む、会社の会計および財務報告システムおよび開示統制などの内部統制システムが整備されているどうかを評価する。
-監査委員会は定期的に取締役会に報告し、取締役会は監査委員会の勧告に基づき、会社の会計・財務報告システムの完全性を確保するために必要な行動をとる。
29.<取締役会委員会の自己評価> 指名、報酬、監査の各委員会は、各委員会の目的および責任を委員会憲章として規定するとともに、年度末に委員会活動を総括し、委員会の目的および自らに課した使命に照らして委員会活動を自己責任で評価し、取締役会に報告する。
-指名委員会は、各委員会の報告および取締役会の記録に基づき、取締役会が運営するガバナンス実務の実効性を毎年検証・評価し、必要に応じてこれらの実務を修正する。
30.<CEOへの助言> 取締役会は、必要に応じて、各委員会の報告に基づきCEOに適切なマネジメント行動をとるように促す。
【取締役会の規則】
31.<取締役会会合の開催頻度> 取締役会の開催は年に6回以上とする。開催に先立ち、原則として少なくともその1週間前までに、取締役会議長は取締役に議題を通知するとともに、議題に関連する情報を提供する。
32.<取締役会への出席> 取締役会会合への参加を容易にするため、取締役は、対面またはビデオ会議にて出席することができることとする。
33.<取締役の兼任> 取締役には、他の団体等における役員活動が会社の取締役としての職務に差し障りが生じないように最大限の努力をすることが期待される。取締役が、他社の取締役として兼任できる会社数は含め4社以内とする。
-取締役は兼任状況を取締役会に報告する。
34.<CEOの他社取締役兼任> CEOの場合は、他社の取締役の兼任は2社以内に留めなければならない。
35.<取締役の業務執行役員へのアクセス> 取締役は、職務を遂行するために必要であれば、会社の業務執行役員および従業員と直接あるいはオンラインで面会することができる。ただし、面会したことを、自身が属する取締役会委員会に報告しなければならない。
36.<行動規範> 取締役会は、会社が、取締役、役員および従業員の倫理的行動に関するガイドラインとして行動規範を定め、それをウエブサイトに掲載することを推奨する。
37.<コーポレートガバナンス・ガイドライン> 取締役会は、ベストプラクティスを参考に、コーポレートガバナンス・ガイドラインを定め取締役会の行動規範とするとともに、ウエブサイトに掲載する。
38.<取締役・業務執行役員の自社株式保有> 取締役および業務執行役員と株主との利害をより密接に一致させるために、取締役会は自社株式保有を義務付け、取締役・業務執行役員個人ごとに最少保有数を定める。
【取締役へのオリエンテーションと継続教育】
39.<取締役に対する継続教育> 取締役会は、新任の取締役を対象に、会社の事業および戦略に関するオリエンテーションを実施する。その方法は、文書、対面でのプレゼンテーション、経営幹部とのミーティングディング等々、多様であることが望ましい。
-再任の取締役についても継続的に教育の機会を提供する。
-取締役会は教育のために必要な予算を確保する。
【取締役会の実効性評価】
40.<取締役会委員会の自己評価> 取締役会は、指名委員会および各種取締役会委員会およびそのメンバーとともに、取締役会が年次評価と自己点検を受ける機会を設ける。
-指名委員会がこの機会を監督し、その結果をインターネットを通して「取締役会の実効性評価」として公表する。
40-1. 取締役会がその責務を完全に果たすことは現実には困難である。取締役の選任、取締役会の運営等において、改善の余地が生まれざるを得ない。取締役会の自己革新のために取締役会の自己評価すなわち実効性評価はきわめて重要である。機関投資家などが自己評価を求めることもあろうが、取締役会の自己評価のように内部性の強い事項に関しては、最優先の意義は取締役会自身の自己改革であり、開示は制約の多い副次的な活動と考えるべきである。
40-2. 取締役会の自己評価のように、機密性が高く複雑な内部調整が必要な行為は取締役会会長(取締役会議長あるいは筆頭取締役)の強いリーダーシップの下で行われなければならない。
40-3. <コーポレートガバナンス・ガイドライン>評価のためには事前に評価基準を定めておくことが必要である。取締役会の責務はコーポレートガバナンスであるから、取締役会はコーポレートガバナンス・ガイドラインを定めておくことが望ましい。
【株主とのコミュニケーション】
41.<株主からのコミュニケーション> 株主は、会社に関する善意の問題提起や質問について電子メールを送信することにより、取締役会とのコミュニケーションを図れる。
【CEOの経営体制】
42.<サステナブル経営> 効果的・効率的・倫理的に業績目標の実現を目指す経営が、CEOの個人的な資質に依存するのではなく継続的に実現するように、CEOは合理的なマネジメント・システムを構築し維持する。
43.<内部統制> CEOは、リスク・マネジメントを含む内部統制システムの重認識し認識し、会社に適した内部統制システムを設計・設置し、その維持管理および見直しに努める。
44.<内部監査> CEOは、内部統制の有効性をチェックする機能である内部監査に関しては自らが責任者になるとともに、部下の内部監査人が独立性を確保できるよう最大限の努力をする。
45.<内部通報制度> 高位の役職者が共謀すれば不正の隠蔽は必ずしも不可能ではない。不正に関する情報は共謀者以外も必ず保有しうる。内部監査人は内部通報制度を効果的に利用することが望ましい。
46.<業績評価と報酬制度> CEOは会社全体の業績目標を事業部門・子会社に分解し、それらの業績目標によって事業部門長・子会社CEO等を監督する。つまり業績目標によって業績評価を行い、かつその業績評価に基づくインセンティブ報酬制度を実施する。
47.<アカウンタビリティ> CEOは、株主の信頼を確保するために、IR、株主総会等を通じて株主と密接なコミュニケーションを図ることによりアカウンタビリティを果たす。
48.<コンプライアンス> CEOは、株主以外のステークホルダーと公平・公正な取引を行うために、法律を遵守するとともに、資本主義経済の前提である市場原理を遵守する。CEOはコンプライアンス経営を忠実に実行すべきである。
49.<コンプライアンスの監視> CEOは内部統制の一部として、内部監査とは別にコンプライアンスを監視する機能を確保することが望ましい。
50.<取締役会への報告と開示> CEOはコンプライアンスの状況を取締役会に報告するとともに、全ステークホルダーに対して適切な情報提供―ディスクロージャ-を行う。
改訂:2022/04/01 2020/09/01 2019/03/03
<解 説>
【はじめに】
会社は人々が必要とする財・サービスの生産・流通を担うとともに、その過程で付加価値を生産し、それを労働と資本とに分配し所得を創出する。人々はその所得で財・サービスを購入し生活をする。その意味で会社は、社会にとって不可欠な存在であり、重要な社会的役割、社会的使命を担っている。
それゆえ、どの国においても会社は法律により制度化されている。わが国では、会社が行う事業の目的や性格に応じて、さまざまな法律により会社の種類とあり方が定められているが、それらは国や公共団体が出資して運営を行う公会社と、民間が出資し運営を行う私会社とに大別される。さらに私会社の中には法人会社と個人会社とがある。法人会社は、それが基づく法律の違いにより、営利を目的とする会社と必ずしも営利を目的としない組合とに大別される(1)。営利とは、事業を行って利益をあげ、それを出資者に分配することである。
注1)組合のなかには民法上の組合などのように法人格を有しないものもある。
資本主義経済は自由経済を原則とし、民間会社の営利行動により人々が必要とする財・サービスが充足されることを想定している。また、資本主義経済は私有財産制度を前提としており、会社も私有財産であるとし、自己資本の提供者である出資者を所有者とするのが原則である(2)。ちなみに、私有財産制度とは、財産に対する私的所有と、所有に基づく財産に対する支配権、そして支配の結果を甘受する義務―結果責任―とが三位一体となった制度である。
注2)現代社会においては、人が人を所有する奴隷制度は禁じられている。法律は法人会社を「人」と認めているので、法律上、会社の所有者はいない。しかし、法律は出資者を事実上の所有者とみなしている。
わが国における中心的な会社形態である会社は、会社法によってそのあり方が規定されている。会社法は、会社の目的は営利であるとし、その形態として合名会社、合資会社、合同会社および株式会社を定めている。合名会社、合資会社および合同会社においては、少数の出資者による小規模な事業が想定されており、原則として出資者が業務に関する決定を行いかつ業務を執行する。私有財産制度においては所有者が私有財産に対して支配権を行使するという原則に基づき、所有者である出資者自身が経営に携わるのである。
他方、多数の投資家から巨額の資本を集め大規模な事業を行うことが想定されている株式会社においては、出資者が経営に携わることが前提とされていない。会社法は、出資者である株主は、株主総会において、会社の基本的な方針や重要な事項を決定するとともに取締役を選任し、取締役にその決定の執行を委ねるという仕組みを求めている。しかし、一般に株主と取締役とでは利害が異なる。株主が自ら経営をしない株式会社においては、株主が選んだ取締役によって、株主の利益に忠実な経営が行われるよう、種々の仕組みやルールが定められている。これをガバナンス規整という。
会社法は、公開大会社に対して、取締役から構成される取締役会の設置を求める。取締役会は、事業ドメイン・経営戦略など事業に関する重要事項-業務という-を意思決定し、業務執行は取締役会が選ぶ業務執行役員-以下、執行役員-に委任する。委任が成果を上げるよう取締役会は執行役員およびその業務執行を監督する。会社の目的は営利であるから、この仕組みにおいて前提となっているのは、営利のための業務意思決定であり、営利のための業務執行である。
株式会社には従業員、資本提供者―株主・債権者―、顧客、供給業者等々のステークホルダーが、それぞれ自らの目的を達するために関わっている。同時に、会社はどのステークホルダーが欠けても存続しえない。その意味では、会社はすべてのステークホルダーのために存在しており、すべてのステークホルダーが共存共栄するための公器であるということができる。
株式会社は、このように、異なる目的を持つステークホルダーから構成される組織であるから、それぞれのステークホルダーが自らの利益を主張し合うと調整が困難になる。そこで資本主義経済においては、ステークホルダー間の利害の調整は市場原理に委ねることを前提に、株主が、会社の事実上の所有者としてガバナンスを有し、ビジネスリスクを負担するという形で会社が行う事業の結果責任を負う。資本主義経済では、対等な多数の人々や会社の自由な行動から発生する需要と供給とにより取引条件が決まる市場原理が民主的で公平・公正な取引ルールであると考えられている。
投資家が株主として株式を保有する第一義的な目的は、会社に預けた財産の価値すなわち株主価値を殖やすことにある。個人投資家にせよ個人等から財産を預かった機関投資家にせよ、その目的は共通である。したがって、会社の取締役や業務執行役員は、株主が誰であるかに関わらず、株主価値の継続的増大に専念すればよい。これを株主価値創造という。
株主には、年金や財団などのように長期的視野から株主価値創造に重きを置く長期投資家と、株価の変動のみに注目し株主価値創造にはほとんど関心を持たない短期投資家とがいるが、現実の問題として、株主総会で取締役の選任等に関して積極的に議決権行使をするのは前者の長期投資家である。その結果、経営者は自ずと株主価値創造に専念せざるをえないというのが株式市場における世界的な傾向である。
ちなみに、会社の将来業績を考慮して株価が決定される株式市場においては、会社が、収益性が高いと予想される投資を実行すれば、予想に基づき、将来ではなく現在、株価が上昇する。その後、会社が予想通りの収益性を実現していけば株価は維持される。また予想以上の収益性が実現すれば株価はさらに上昇する。こうして株主価値創造が行われる。
グローバリゼーションの現代においては、会社のステークホルダーも国際化している。このような環境下においては、会社にはすべてのステークホルダーに対して公平・公正な経営が求められている。したがって、会社は法律や社会の道徳・倫理等を遵守するとともに、資本主義の大前提である自由競争に基づく市場原理を守ることが求められている。これら守るべきことを守ることがいわゆるコンプライアンスである。会社の株主価値創造の大前提はコンプライアンスである。会社がコンプライアンスを怠れば、会社は社会的な制裁を受け、株価を大きく下げ株主価値を損なう恐れがある。さらに、会社の存続が不可能になって倒産するようなことになれば、さらに多くのステークホルダーに大きな損害を与えることになる。この意味で、会社経営においては、営利追求のための事業の効率性向上とともにコンプライアンスを実現するために、事業活動をコントロールすること、つまり内部統制が不可欠である。
会社が株主価値創造を継続的に実現していくためには、会社のことを良く理解して、会社と関わりを持ってくれる良いステークホルダーを確保することが不可欠である。そのためには、会社の実態に関する情報を適切・適宜に開示し、つねに透明性―トランスペレンシー―を確保しておくことが重要である。
【会社の業績目標と経営者の責任体制】
株式会社は、営利を目的とする法人であり、事業活動を行うことにより利益を得てそれを株主に分配することを目的としている。株主は、会社の実質的所有者としてガバナンスを有するとともに、不確定な残余利益を自らの取り分とし、事業活動にともなうリスクを負担する。
「所有と経営の分離」を前提としたわが国の株式会社制度においては、株主は株主総会を通じて取締役を任免し、取締役会が会社の経営者である代表取締役あるいは執行役を任免するという方式をとっている。その意味では、「所有と支配の一致」が前提である。
「所有と経営の分離」のもとで実際に会社経営を行うのは代表取締役あるいは執行役である。そのトップを以下ではCEOと呼ぶ。経営者としてのCEOの役割は、会社の目的である利益を実現することである。わが国の株式市場においては、年金等の機関投資家を始めとして、長期的な観点から株式価値の増大を目指す投資家が支配的である。したがって、現代のCEOにとって会社経営の目的は、利益機会の開発・確保を通じて長期的観点から株式価値の増大を図ることであると考えるべきである。これを株主価値の創造という。そして、株主価値を創造すべくつねに最善の努力をすることを株主価値最大化という。
【取締役会の構成と経営監督機能】
CEOが自らの役割を自覚し、株主価値の最大化に向けて最善の努力をするならば、株主にとってなんら問題はないが、現実には必ずしもそれを期待できない。そこで、株主は、経営者から最大限の努力を引き出す仕組みが必要となる。これをガバナンス・システムとよぶ。ガバナンス・システムとは、経営者に受託者責任を全うしてもらうための仕組みということもできる。
他方、グローバル競争、ITの進展および広範な技術進歩の下では、迅速かつ柔軟な経営が求められる。そこで、CEOに絶大な権限を与えることも必要である。しかし、絶大な権限を持つCEOが不適切な経営を行えば、株主ばかりでなく、広く会社のステークホルダーが多大な損失を被る。したがって、CEOから適切な経営を引き出すための仕組みが必要である。
このような観点から、会社経営(マネジメント)はCEOに委ね、取締役会は、株主の観点からCEOの監督(ガバナンス)に専念するというガバナンス体制が合理的であるという認識が世界的に広まりつつある。これを「ガバナンスとマネジメントの分離」という。
取締役会が、CEOを監督するためには、取締役は経営者から中立であることが望ましい。また、純粋に株主の利益を図るためには、株主以外のその他のステークホルダーからも中立であることが望ましい。このような要件を満たした取締役を「独立取締役」という。会社は、取締役の選任基準として独立性を明示することが望ましい。
株主は、CEOが長期的に株主価値を上昇させることを望んでいる。そのためには、CEOに明示的・具体的な業績目標を与えるとともに、経営の状態をつねに監視し業績評価等を行うとともに、業績の達成度によって成功報酬で報いるなどの報奨制度によって経営者のやる気を引き出すことが必要である。前者を監視(モニタリング)、後者を動機付け(モティベーション)という。
社外取締役を中心とする取締役会は、株主のために、監視と動機付けとにより、CEOから最大限の努力を引き出そうとする。監視は実務的には内部統制および内部監査によってなされ、動機付けは報酬をインセンティブとするインセンティブ・システムによって行われる。ガバナンスの観点からの取締役会の本来の役割は、内部監査制度およびインセンティブ報酬制度を有効に機能させることである。
さらにCEOから業績の達成に対して責任ある経営行動を引き出すためには、取締役会がCEOの任免という本来の機能を果たさなければならない。
取締役会は事項によっては経営上の意思決定に関与する。取締役会は三つの監督機能(指名、監査、報酬)のほか、「経営の基本方針」に関わる事項を決定する必要がある。具体的には、経営戦略や大規模な設備投資等をともなう中長期経営計画がこれに相当する。同じ考え方から、本来経営上の問題である内部統制システム、CSR(会社の社会的責任)、会社年金、IT、リスク・マネジメントなどについても、基本方針に関わる部分については取締役会が関与することが望ましいこともある。
株主価値に重大な影響を与えるM&A(会社の買収・合併)についても同様である。これらは経営者の地位を脅かし経営者の利益に反する可能性が無視できないので、その決定を経営者に委ねては、株主の観点からの合理的な意思決定がなされないおそれがある。したがって、M&Aの意思決定は本来経営上の事項であるが、取締役会が独立な観点からこれに関与することが望ましい。
【CEOの経営執行体制】
会社活動はさまざまなステークホルダーとの取引から成り立っている。資本主義経済の前提は、国、会社および個人が、遵法および自由主義の精神のもと、市場原理に基づいて公平な取引を行うとともに、法律を守った公正な取引を行うことである。したがって、法律や市場原理を犯した会社は厳しい社会的な制裁を受けることになり、株主だけでなく他のステークホルダーも重大な損失を被る。このようなルール違反を防止・是正する仕組みは内部統制システムの重要な構成要素である。内部監査により内部統制システムの健全な機能を確保することはCEOの重大な責任であると同時に、CEOがその責任を全うしているかいなかをチェックすることは、取締役会の重要な責務である。
CEOは自らに課された業績目標を、会社の事業部門あるいは子会社などの業績目標に分解し、部下にその実現を委ねるとともに監督する。内部統制およびインセンティブ報酬の目的は、まさに部下から責任ある行動を引き出すことにある。そのために、CEOは自社に、経営計画、予算、業績評価、報酬等からなる経営システムを構築し、それぞれの長に合理的な管理を求める。これらのシステムの目的は、安定的に利益をあげ株主価値を創造することにあり、執行システムと呼ばれる。それに対して、このシステムが正常に機能するように統制する仕組みが内部統制システムである。ここでは執行システムと内部統制システムとを合わせて経営システム(マネジメント・システム)とよぶ。経営システムを直轄し、部下の経営を監督することがCEOの基本的な役割であるマネジメントである。
【アカウンタビリティと透明性の確保】
CEOは株主の財産を預かり事業活動を通して株主のために営利を追求する。その意味で経営者に対して受託者責任を負っており、株主に適切な報告を行うとともに、受託者責任を果たしていることを証明する義務(アカウンタビリティ)がある。同時にCEOは、株主に対して、自身が、将来の株主価値の創造に向けていかに信頼の置ける経営者であるかを示すことが必要である。これらのために、CEOは、株主総会やIRを通じて、株主と良好なコミュニケーションを保つことが不可欠である。
利益を追求することが株主からCEOに課された役割であるが、CEOは株主以外のステークホルダーと法律および市場原理を遵守した取引をしなければならない。個々のステークホルダーと公平・公正な取引を行うために、適切な情報提供が不可欠である。それと同時に、他のステークホルダーに対して、その他のステークホルダーと公平・公正な取引をしていることを示す必要がある。つまり透明性である。現代においては、公平・公正に反する取引を行うと、法律的にも社会的にも大きな制裁を受け、株主ばかりでなくその他のステークホルダーも大きな損害を被るからである。このような観点から、経営者はつねに外部に対して最大限の情報提供を行う必要がある。このような情報活動がディスクロージャである。なお、現代の株主は多数に分散しているので、株主への情報提供も事実上ディスクロージャである。事実上ディスクロージャはすべてのステークホルダーへの情報提供を意味し、その目的は透明性による会社倫理の確保である。
【JCGRの基本姿勢】
コーポレート・ガバナンスにおいて最も重要なことは、CEOが自らの責任を自覚し、株主のために業績を上げることを目指して良質の経営を提供することである。社外取締役を中心とする取締役会による監督や、内部統制、インセンティブ報酬などは、ある意味では形の問題である。重要なのは経営者の自覚とその実現の仕方である。したがって、良質な経営による良好な会社業績をあげるガバナンス体制のあり方は一つではない。重要なことは形ではなく内容である。
それにもかかわらず、現代の会社環境に最も合ったガバナンス体制というものがあることも事実であると信じている。会社が長期にわたって安定した業績をあげゴーイング・コンサーンとして人類に貢献するためには、そのときどきに合ったガバナンスの形をとることが望ましいと考える。われわれはこの信念のもとに、明確な会社業績目標を掲げ、独立取締役を中心とする取締役会が、経営者であるCEOを監督するガバナンスの形が現代の会社環境において最適と考え、これを基準に日本会社のガバナンスを指数化する作業に取り組んでいる。
(解説:若杉敬明)