2021ファイナンス研究会 第10回「株式持ち合いと自己株取得-財務的意義-」 

株式持ち合い

講義では、株式持ち合いがどのような財務効果を持つかを、二つの企業が株式を持ち合う単純なモデルで分析した。その結論は次の通りである。
(1)二つの企業がそれぞれ独自の事業を行い営業利益を上げている時、株式を持ち合うと、お互いの利益の一部を相手企業に与え合うことになる。したがって、双方の資本は増加するが双方の営業利益も増加する。多くの企業が多様な企業と同時に持ち合えば、企業部門の資本・資産も膨張し、利益も膨張する。</br /> (2)しかし、双方の企業の本来の事業が生み出す営業利益に変化がなければ、その事業に資本を提供していた株主・債権者の利益・利息には変化がない。つまり減少もしなければ増加もしない。資本・資産および利益の拡大はいわば水増しである。
(3)その意味で、株式の持ち合いは何らの財務効果がない。したがって、持ち合いが合理化されるためには、株式持ち合いによる二つの企業のる結合が、利益の源泉になるものを生み出さなければならない。

 M&A総合研究所のウエブサイトは、、株式持ち合いのメリット-意義、効果―として次の三項目を挙げている。 https://mastory.jp/株式の持ち合い
   ・安定した経営を継続できる
   ・会社間の結束力を向上させながら事業拡大を進められる
   ・敵対的買収への対策を講じられる
他方、同サイトはデメリットとして次の三つを指摘している。
   ・株主の意向が反映されにくくなる
   ・資本効率が低下する
   ・株価暴落による経営悪化のリスクが付きまとう

同様に、株式持ち合いの危険性についてウィキペディア(Wikipedia)は次のように指摘している。
   ・資本の空洞化を招くことから、会社法上の資本充実の原則からすれば問題がある。
   ・株主総会における議決権による監視機能が形骸化して損なわれ、さらには経営の歪曲化を招く恐れがある。
   ・実質上「物言わぬ株主」の比率が高まることで、企業統治の維持・改善が損なわれる恐れがある。
 

 M&A総合研究所およびウィキペディアが指摘しているのはコーポレートガバナンスに対する影響の問題である。東証のコーポレートガバナンスコードは株式持ち合いを政策的株式保有と呼び、それを行う場合には持ち合いとしての経済的合理性をチェックするように強く要求しているのは、このような理由からである。

 なお、株式持ち合いの現状について野村資本市場研究所のレポートは次のように要約している。

(1)野村資本市場研究所で算出した2019年度の「株式持ち合い比率」は前年度比で低下した。持ち合い(政策保有株式)が我が国のコーポレートガバナンス改革の中心的な課題として位置づけられる中、各企業が保有の合理性に乏しい株式を売却する動きを進めていることが要因と考えられる。
(2)保有主体別にみると、上場事業法人、上場銀行、保険会社とも株式保有比率は低下しており、持ち合い解消、政策保有株の圧縮は業種を問わず進められていることがうかがわれる。また、3 月決算のRussell/Nomura Large Cap 構成企業を対象に政策保有株式の変化を少し詳しくみると、事業法人では取引関係と結びついた株式の取得も引き続き見られている。また、金額としては小さいが、相手先企業の持ち株会への出資による株式取得は広範囲に行われている。さらに、新規事業開拓やベンチャーキャピタルへの投資を名目に非上場株式への投資はむしろ増加していることが分かる。これらは政策投資というよりも出資の色彩が強い。
(3)2021年より議決権行使助言会社のグラス・ルイスが、「保有目的が純投資目的以外の目的である投資株式」の「貸借対照表計上額の合計額」が連結純資産と比較して10%以上の場合、会長(会長職が存在しない場合、社長等の経営トップ)の選任議案に反対助言を行う。これにより、機関投資家の議決権行使基準に持ち合いを反映させる動きが出てくるかどうかが注目されるが、当面はエンゲージメント(企業と投資家との対話)のテーマとして扱われることが主になるであろう。その際には法定開示を超えたさまざまな情報の提供や開示が投資家から企業に求められると想定されるため、企業側からの自発的、積極的な対応が期待される。以上のような状況を勘案すると、株式持ち合いの解消の動きは緩やかに継続すると考えられる。

(若杉敬明)

自己株取得

 自己株式とは、株式会社が発行している株式のうち、自社で取得-一般に自社株買いというが法律上は自己株取得-し、自社で保有している株式をいう。金庫株と呼ばれることもある。上述のM&A総合研究所は自己株取得の主な目的として、⑦、⑧を除く①~⑥を列挙している。 https://mastory.jp/自己株式
  ① 敵対的買収を防ぐため
  ② 株価低迷を改善するため
  ③ 事業承継を成功させるため
  ④ 少数株主を整理するため
  ⑤ M&Aの対価として用いるため
  ⑥ 持ち株比率に影響を与えるため  
  ⑦ ROEを高めるため
  ⑧ 過大になった株主資本比率を下げ最適資本構成を実現するため

  ①は、敵対的買収を仕掛けられたとき、自社株を取得しておけば自社株と持ち合い株で安定株を増やすことができ、買収を防ぐことができる。②はかつてわが国が期待したことである。以下で詳述する。③は非上場企業においてオーナー株の遺産相続者に納税資金を作るために行われる自己株取得である。④は、少数株主が多数いる会社が株主を整理するために行われるものである。わが国では、2018年の産業競争力強化法と租税特別措置法の改正により、これまで法務面・税務面における課題点が改善されたことで、自社株式を対価とするM&Aを実施できるようになった。⑤は、自己株取得を行いそれを対価に友好的買収を行えば、安定株主を獲得することになるかも知れない。ただし、自己株取得に資金が必要であるので買収資金が必要であることには変わりがない。⑥は、自己株取得を行えば自己株取得に応じなかった株主の持株比率を高めることになる。何らかの理由でそれが必要な場合、自己株取得によってそれが可能になる。伊藤レポートの公表後、ROEに関する関心が高まっている。企業の純利益を大きく減らさずに株主資本を減少させることができればROEが上昇する。⑦は資本構成においてレバレッジを高めるための自己株取得である。講義でも説明したように、収益性の低い遊休資産を保有している場合、それで自己株取得を行えば株主価値創造が可能であるとともに、ROEを高めることができる。ただし、自己資本を減少させてレバレッジ比率を上げれば必ず株主価値が創造されるわけではない。ROEはハイリスク=ハイリターンになり、リターンの上昇がリスクの増大で相殺されてしまうからである。⑨は、講義でも説明すするように、好業績が続き豊富な内部留保などで株主資本比率が高くなりすぎた場合、それを下げるために行う自己株取得である。負債の節税効果を享受するためには株主資本比率の上限に留まるのが最適資本構成である。

 株主の有限責任制の下では、債権者保護のため株主資本の維持は極めて重要である。その意味では自己株取得は株主資本を減少させることにほかならない。かつてわが国では債権者保護の大義名分とインサイダー取引や株価操縦と言った不正を防ぐために法律で厳禁されていた。それが1990年代半ばに解禁された。上の②が深く関わっているので詳説したい。1990年初頭以降、日本経済のバブル崩壊により株価の暴落そして低迷が続いていたことから、政府は証券業界の要望もあり、株価の下支え効果を狙って自己株取得禁止を緩和する議論を開始した。アメリカでは、会社が自社株買いを発表すると株価が上昇することが知られていたからである。それはファイナンス理論ではシグナリング効果と呼ばれるものである。株式市場では企業の将来の業績予想をベースに株価形成がなされるが、会社のことを十分に知っている経営者の目からすると株価が過小評価されているという事態がしばしば生ずる。このような時、会社が自社株買いを行うと、現在の株主からすると、より高い価値を持つ自社株を安く買えるわけであるから、後に正当な評価がなされて株価が上昇したときにキャピタルゲインを享受できる。したがって、現在の株主にとっての株式価値を目指す経営者は、株価が割安と判断すると自社株買いを宣言する。ここに至る根本原因は、経営者の持つ情報と投資家が持つ情報とに格差があるからである。自社株買いはまさに、株価が割安であることを投資家に知らせる情報発信の意味を持つと考えることができる。そこで、ファイナンス理論では自社株買いの公表が株価を上昇させる効果を「自社株買いのシグナリング効果」とよぶ。

 バブル破裂後の株価低迷に悩まされていた政府と証券界は、自社株買いをやれば株価が上がると考え、1994年、自己株取得を禁止していた商法を改正し解禁したのである。ただし、株式消却やストックオプション(自社株購入権)付与など,特定の目的に限定されていた。しかし、日本の株価は全然回復せずその後も下がり続けた。ここで注意しなければならないのは、「経営者が株主価値創造を企業目的としているとき」、シグナリング効果があるということである。日本の場合には株主価値最大化経営ではないので効果が出なかったと推論できるのではないだろうか。なお、経営者に対するインセンティブであるストックオプションの普及を目指し政府は、2001年の商法改正で、自社株買いで得られた株式をストックオプションの権利行使に対応できるように、企業内に置いておける金庫株を認めた。

 講義の分析が示すように、資本コストを満たせない利益率しか上げられない資産(あるいは事業)を売却し、その資金で自社株買いを行うならば株価は上昇する。そのような資産の代表的なものが当座資産と呼ばれる余剰資金や投資収益率(TSR)の低い持ち合い株式である。このような資産の処分による自己株取得は利益の株主還元の意味を持っている。企業は、株式発行による資金調達(株式発行に限らないが)で、資本コストを上回る投資利益率を持つ投資を実行すれば株主価値を創造する。それと全く逆の財務-投資資産を処分してその資金で自己株取得-により現在の株価を引き上げることができ、株主価値を創造することができるのである。(若杉敬明)

2021コーポレートガバナンス研究会 第10回「フランスのコーポレートガバナンス改革」

Q&Aセッション

Q01:フランスのコーポレートガバナンス改革の網羅的説明ありがとうございます。これを機に、理解を深めるため関連文献に目を通して、次の様に理解しましたが、これ等の理解に誤り等ございましたなら、ご指摘願います。

 フランスの企業統治は、米国型の株主重視では無く、利害関係者重視であること。この2国間の相違の背景に、企業統治の目的となる社会的価値観の相違が有る事。即ち、フランスは事実上の終身雇用制の下、経営者、従業員、株主を含めたその他の利害関係者全体の利益と国の経済全体の中長期的成長・競争力の向上を企業統治の目的とする社会的コンセンサスが存在すること。

この社会的コンセンサスを維持しながら、エリート層達のインナーサークルの相互監視の不十分な処を強化するためのコーポレートガバナンスの改革であること。

2018年のコーポレートガバナンス・コードの改正は、経営者側(ミシュラン社会長)と労働者側(労働組合連盟の元事務局長)の共同報告書(ノタ&セナール報告書)の形式をとり、企業は株主のものでは無く従業員のものとのトーンとなっており、企業の目的として利益の追求だけでなく、社会的責任や環境的配慮が求められ、フランスは国全体を挙げてCSRやESGに取り組むことを示すコードとなっていること。

1994年に導入された従業員取締役制度をより実効あらしめるため、従業員取締役の発言を確実なものにするための施策が採られていること。等が示されている。フランスの株式会社の株主構成はフランス革命以来、伝統的に政府と個人株主が占め、日本などで猛威を振るってる短期所有のファンド等の機関投資家は、2年以上株式を保有する株主に与えられる2倍の議決権制度が壁になって存在感は薄いとのこと。

フランスのコーポレートガバナンス改革を概観して、世界には色々なコーポレートガバナンスのあり方が有ることを学びました。ともすれば、米国型コーポレートガバナンス一辺倒になりがちな日本の現状に一石を投じる内容(少なくとも私にとって)で今後のドイツその他の国々のコーポレートガバナンスの状況に興味をそそられました。

A01:株式会社は株主のもの(私有財産)であるが、その存在は総てのステークホルダーのためのもの(役立ち)であることはこの研究会で折あるごとに強調してきたことです。株式会社制度を採用している国では、株式会社を「営利目的の社団法人」と性格付けるとともに、会社の経営を株主が選んだ取締役に委ねることを定めています。営利とは、会社が行う事業から利益(残余利益)をあげ出資者である株主に分配することです。一般に株主にとっては利益が大きい方が望ましいので、(法律には明示的に書かれていなくても)株主から会社経営を委任された取締役は自ずと(長期的な)利益を実現することを目指します。資本主義を採用している国においては、競争原理と市場原理(第2回研究会)に基づく価格等の決定が、株式会社と総てのステークホルダー(顧客、取引先企業、従業員、資本提供者)との間の公平な取引ルールであるとされますから、株主(実際には代理人である経営者)が市場経済を尊重する限り、株主のガバナンスによる株式会社の利益追求は、株主だけでなく総てのステークホルダーが尊重される企業行動とみなされます。これは英米のアングロサクソン的な経済でも、フランスのようにラテン的な経済でも同様です。(なお地域に対する影響や地球環境などには市場がありませんから、国の中のルールとして、あるいは国家間のルールとして協定を結ぶ必要があります。)資本主義国は、株式会社の自由な経済活動により、国民が必要とする財・サービスを生産・流通させることを経済の柱としていますが、このような仕組みでは国民が必要とする財・サービスが確保されないと認識される場合には、国は国営企業等により直接事業を行います。日本には、独立行政法人に限っても、国が経営に関与している企業が33あります。あるいは、中国やフランスのように、株式会社形態を採っているが、国が株式の大部分(あるいは全部)を保有し、株式会社制度を利用して株主のガバナンスにより会社経営を支配するというケースもあります。なお、株式市場へはどのような行動原理の投資家も参入できるのが資本主義の原則ですが、投資家行動のノイズのせいで株式会社による健全な営利目的事業を確保できないと考える国では、議決権行使について株主により差別的な制限を加えることもあります。ただし、これについては、種々多様な投資家が参加してこそ株式市場の健全性が維持されると考える人たちからの批判もあります。

 このように営利目的の社団法人という株式会社の性格は各国で共通ですが、国が国策的に株式会社を利用することもあり、その運営形態は多様です。これはまさに社会的な価値観による株式会社制度の利用の多様性です。その点は、質問者の理解が正しいと思います。ただし、このことは「株式会社の性格は多様である」ということではないことに気付いていただきたいと思います。なお、今回の以下のブログは、フランス株式会社協会事務局長というフランス人の論考を掲載しましたので、是非お目通し下さい。 (若杉敬明)

 

第10回講義に対する補足事項

《用語解説》免許主義と準則主義

 法人の設立にあたっては準則主義と免許主義という考え方がある。株式会社について説明してみよう。
 ヨーロッパでは、当初,国王の特許状によって設立され,経営も官吏・大株主が専制的に行ったが(特許主義),しだいに私的な民主的性格のものが現れ,1807年のフランス商法典は,株式会社に関する一般的な規定を置くに至った。フランス商法典は免許主義(法人ごとに官庁が実質的審査を行って,その裁量に基づく免許によって設立を認めるもの)をとっていたが,19世紀半ば以降になると,経済の興隆に対応して各国で準則主義(あらかじめ定められた一定の要件を満たしていれば当然に設立を認めるもの)が採用されるに至り,株式会社の設立は容易となった。

 日本では,1869年(明治2)に設立された通商会社,為替会社,1872年の国立銀行条例,1874年の株式取引条例等を経てしだいに各業種を通じて株式会社は発達し,1890年制定の旧商法は免許主義を定めていたが,99年には商法が改正され(新商法。3月公布,6月施行),これに伴って株式合資会社が認められたほか,株式会社設立については免許主義を廃して準則主義が採用され,また無記名株・優先株の発行が認められた。会社法施行の前後から,日本の企業は会社形態を中心として発展を遂げていったが,鉱山業や製糸業などでは会社形態をとらないものが多かったことにも注意すべきである。 コトバンクより>

《論文紹介》

フィリップ・ビサラ著* 小染吉章訳**「フランスにおけるコーポレートガバナンス」
*フランス株式会社協会(ANSA)事務局長 **広島大学法学部
https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/1/14273/20141016120920163083/KSH_2004_32_594.pdf

 コーポレートガバナンス論はアメリカという特殊な国を起源とするアングロサクソン法系のガバナンスであると規定する。それに対して、フランスではコーポレートガバナンスは法律に基づいて規定されていると主張する。ただし、独立取締役を中心とする取締役会および指名・報酬・監査の取締役会委員会による業務執行役員の監督という現代のコーポレートガバナンス・モデルは共有している。しかし、法律の代わりに資本市場における株主行動を前提とする仕組み作りはいろいろ問題を含んでいると指摘し、フランスのコーポレートガバナンス改革の方が優れているということを暗に主張している。

 わが国の現代法制は明治時代にフランスの民法および商法(当初のドイツ商法を後に民法との整合性からフランス商法に改正)を導入したことから法定法主義(成文法主義)を大原則としてきたが、21世紀に導入されたわが国のコーポレートガバナンス改革はアングロサクソン流のコーポレートガバナンス改革である。わが国のコーポレートガバナンスを改革を客観的に見るために、上の論文の主張のいくつかを抜粋して引用する。黒字の部分が引用であり、段落を下げた青字のぶぶんが私の意見である。なお以下で物的会社とは金融機関ではない一般事業法人を称していると思われる。(若杉敬明;以下青字は若杉の注釈)

 10 年ほど前から法制化すべきか否か、物的会社の経営者の自己規制に委ねるべきか、コーポレート・ガヴァナンス勧告は会社法の領域か、あるいは金融市場規則の領域か、といった問題について「コーポレート・ガヴァナンス」論には常に対立が見られた。資本の自由な移動とグローバリゼーションが進んだ現在、世界的にこれほど議論を呼んでいる分野はほかに見られない。
 この議論にある混乱は、法体系の相違に起因しているのであるが、かならずしも関係者がこれを理解しているとは限らない。とりわけ投資家は株式発行会社が服している国の法制度がどうであれ、唯一の規制に依ることを望んでいる。

 現実には、いわゆる「コーポレート・ガヴァナンス」論は、アメリカという特定の歴史的・法律的な文脈において発生し、アングロ・サクソン法系の国に広まったものであって、その実施規則の性質に明らかなように、コーポレート・ガヴァナンス勧告はその誕生の地とその後の発展の事情を映している。コーポレート・ガヴァナンスの法制化の要否を検討する前に、まずこの点を明らかにしてみよう。

コーポレート・ガヴァナンス」への疑問-上場会社における権限行使

 フランス語では「コーポレート・ガヴァナンス」という場合、「企業」(entreprise)という語が使われるが、これは企業そのもの、あるいは法的・財産的に多様な形態の企業を指すのではなく、証券市場で譲渡可能な株式を発行する物的会社一般を指している。「コーポレート」(corporate)は「法人」を意味し、物的会社を指すが、アメリカの文献はすべて一般公募の株式会社、パブリック・コーポレーション(public corporation)を前提としている。

 次に、「ガヴァナンス」は、物的会社における「組織または権限の行使」、取締役会(アングロ・サクソン法系の国では二層構造をとらない)と執行役員の権限、取締役会の運営、その任務・目的、株主の権利、取締役会と株主との関係、証券市場に対する経営者の情報提供義務等を意味する。

※ 法人とは法律上の人格である。株式会社は人であり、自然人と同じように法的、経済的に行動することができるが、出資者を社員とする集団にすぎない。したがって、その行動は自然人によって決定され実行されなければならない。株式会社においては、株主が出資者であり所有者としてガバナンスを有しているが、多数の株主から資金を集め大規模な事業を行う会社もあるので、株主が自ら経営することを前提としていない。そこで株主は、株主総会という機関を持ち、そこで取締役を選任し取締役会に業務意思決定とその執行を委ねる。取締役会は、業務執行役員を選任し、会社の業務意思決定の執行を委ねるとともに、その執行を監督する。この仕組みに関わる上のようなファクターをコントロールすることが、コーポレートガバナンスである。コーポレートガバナンスを、会社法が規定するのか、株式会社の所有者である株主あるいは潜在的株主である投資家-著者は「資本市場」と表現ーの判断に委ねるために、資本市場のルールまたは資本市場法を定めるのが良いのかを議論しようとしている。後者に委ねようという思想を著者は「コーポレートガバナン論」と呼んでいる。

 フランス人法学者ならば、この領域がア・プリオリに法律の規定分野であることに疑問を持つ者はいないだろう。1966 年 7 月 24 日会社法およびその後の改正、最近の2001 年 5 月 15 日「新経済規則」法において、株式会社の機構、各機構の権限と責任が詳細に規定されており、株主が定款に規定を設ける余地はきわめて限られている。

 アングロ・サクソン法系の国では大きく異なる。定款上の自由は一般的に広く、立法者もこれを維持しており、さらにアメリカの場合は連邦主義が会社法規則の統一の障害となっている。「コーポレート・ガヴァナンス」論は会社法ではなく、取引所規則、倫理規則の領域に属している。」

アングロ・サクソン法系の国における定款の自由の優先

 物的会社の機構とその権限について、立法者が強制的に干渉するとは限らない。イギリス法(1985 年会社法)では、アプローチはフランスとは逆で、目立った対照があることが分かる。同 7 条は会社の設立人に定款を定めることを義務づけ、定款モデル(表 A)を提供しているが(8 条)、その採否は自由であって、採用する場合もかならずしも全部を採用せずに、一部の採用でもよい。定款に規定がない場合にのみ定款はモデルに譲ることになる。

 たとえば、同法は証券発行、発行条件などについての決議方法を詳細に規定し、また、株主総会に一定の権限を留保しているが、少なくともフランス法が規定するような会社の経営管理に関する基本事項についてほとんど規定がない。取締役会の組織・権限に関する規定として「パブリック」会社は 2 名以上の取締役を要するだけである。その代わり、利益相反の予防・制裁に関しては、取締役の選任・解任などきわめて規定が多く、詳細である(1985 年会社法 282 条~347 条)。

 「よきガヴァナンス」に関する最近のイギリスの報告は、法律が妥当な道具ではないと再確認している。

連邦主義の影響-「コーポレート・ガヴァナンス」規則の会社法から資本市場法への委譲

 アメリカでは会社法は連邦ではなく州の管轄であり、一方、有価証券・証券取引所法は連邦の管轄である。憲法上の権限配分により、州はフランスのように取締役会の計算書類の承認・確定などの義務化など会社の機構に関する規則を変更することができる。

 いわゆる会社法規定を体系的に統一していないうえ、「コーポレート・ガヴァナンス」論は主として上場会社に関係し、連邦有価証券法が大恐慌以来相当発展したため、「コーポレート・ガヴァナンス」論は会社法ではなく、証券取引所法・資本市場法に向けられている。

法令・定款の規則の相違に直面する投資家

 アメリカでは憲法上の連邦と州の権限配分の遵守、会社の機関に関する定款上の広範な 自由、上場会社の取締役会に最低限の義務と規律を課すべきであるという投資家の要請、 こうしたことを手品のように妥協させており、その安易さに驚きを禁じえない。アメリカでは会社法に比べ資本市場法の重要度が高く、また優越していること、ファン ドの運用会社が責任を負うことがこうした安易な姿勢の原因である。

 投資家、とくにミューチュアル・ファンド、ペンション・ファンドなどのファンドの運用者は資金の委託者に対して懈怠ないし過失の責任を負う。責任を問われかねない懈怠の例としては、取締役が執行役員を十分に監督していない会社の株式に投資することやその 結果ファンドの資産の劣化を招き、機能不全に陥ることを挙げることができる。 

 コーポレート・ガヴァナンス」論が受け入れられるのは、投資家が上場会社の法律・定款の規則の現実の違いを無視して、「コーポレート・ガヴァナンス」の「スタンダード」の採否だけを確認すればよいからである。アングロ・サクソンの投資家は欧州大陸の会社に投資しており、各国会社法の違いがこの姿勢を強めている。さらに、これらのファンドは巨大化し、証券取引所における重要性が高まっており、株式はファンドから不興を買わないように、「ウオール・ストリート・ウオーク」に譲らざるを得ないのである。長期投資の場合、ファンドは投資した株式の会社において権限遂行が正しく行われていることを保障しなければならない。

 外国投資家が「コーポレート・ガヴァナンス」の新たな規則を求めているといっても、投資家がどこか特定の国の会社法を「コーポレート・ガヴァナンス」の「スタンダード」以下であると見ているわけではない。投資家は投資先の会社に適用される法令や定款の規定を確認・比較したり、各会社の実務を具体的に検証ずることなく、普遍的な一つのスタンダードが全世界に適用されればよいとして、自分で責任をとらないようにしているのである。
 このようにして、市場法則というバイアスによって、各国会社法は二義的なものとなり、代わって、上場会社に固有の一種の並行的な会社法が作り上げられ、「監査委員会」や「独立」取締役といった会社の擬似機関(pseudo-organes)が生み出されている。

投資家の要求に直面する経営者

 過去 20 年、ファンドの運用者は投資先が「コーポレート・ガヴァナンス」の「スタンダード」を採用しているか否かを投資決定の基準とすることにためらわなかった。この結果、株価は少なくとも一部はこのスタンダードの採否に左右された。行き過ぎた株価の低下は経営者にとって「ストック・オプション」によって得られたであろう利益を失わせ、立場を弱めることになる。さらに、とくにアメリカで異常に多い取締役責任に関する紛争は「コーポレート・ガヴァナンス」論の実施を促すものである。コーポレート・ガヴァナンス論が経営者の責任追及を防ぎ、防火壁となる。

 アメリカ法曹協会の「コーポレート・ガヴァナンス・ガイドブック」はコーポレート・ガヴァナンス論のこの側面を表わすものである。コーポレート・ガヴァナンスと言いさえすれば、経営者は経営に対して批判を受けることはなく、行動に責任も問われない。よき行動の鍵が「ビジネス・ジャッジメント・ルール」である。これは経営者個人の図利目的がなく、事前に事案の検討に適当な情報が与えられ、会社の利益を図る目的で意思決定が行なわれたことを「合理的に」確信できることをいう。これは一種の客観性の要件である。実際には過失があっても、これらの要件を充足しさえすれば、経営者の責任は制限され、免除される。「取締役の義務を明確にしつつ、アメリカの法学者は『セーフ・ハーバー』、すなわち事案の偶然性を考慮して、万一責任を問われた場合にも非難されない行動の定義を設けたのである。

 この「コーポレート・ガヴァナンス」論の側面については、強調しすぎるということはなかろう。だからこそ経営者組織であるビジネス・ラウンドテーブルは、頻繁にこの議論に加わっているのである。

「コーポレート・ガヴァナンス」論における責任と性質

 原則として、物的会社は株主の利益のために運営されなければならず、すべてはこのことから派生するのである。現実には、この原則は現在の株主の利益だけではなく、潜在的な株主の利益のために会社を統治することであるから、株主というより投資家やディーラーの利益のためといわねばならない。したがって、財務情報は市場に対して行うものであって、株主のみに対して行うものではない。

 フランスでは「コーポレート・ガヴァナンス」にいう「株主の利益」は、フランスの裁判所が適用する「社会的利益」と同じものか、という問題が活発に議論されてきた。現在は、「会社の利益」と「株主の共通利益」は一致するとして、この議論も落ち着いたようである。

※ 日本では「株主の利益」と言うと他のステークホルダーの犠牲により株主の利益を確保することが連想が地であるが、資本主義の大原則である市場原則に則って他のステークホルダーと取引を行う(対価を払う)という形で他のステークホルダーを尊重した結果得られるのが社会的正義を満たした公明正大な「株主の利益」ある。このような利益こそ「社会的利益」である。

 ところで、前述のヒッグス報告は「すべての取締役は会社の事業にとって最善の利益になるように行為することを求められる。各人は事業の公明正大(probity)を保障し、全体としての会社の持続可能な(sustainable)資産形成に貢献する任務を有する」としている。以前、第一次ヴィエノ報告が「取締役は当該会社の利益のみに基づいて行動しなければなら」ず、これが「企業の反映と永続性を保障するのである」と述べたことを批判した者がいたが、イギリス・フランス両国の二つの報告に驚くほど類似の発想があることを理解すべきだろう。

 おかしなことに、株主の利益のための経営という原則はアングロ・サクソン法系の国の会社法や判例にはあまり見られない。イギリス 1985 年会社法 309 条 1 項は「取締役がその任務を遂行する上で考慮すべきことは、一般的な会社の従業員の利益と社員の利益である」と規定しているが、この方向性は株主の共通利益の概念に対応する社会的利益というフランス判例上の概念よりも、フルハーフ事件判決の孤立した判決の考え方に近い。

※ 株式会社の目的は営利である。営利とは事業を行い利益をあげそれを出資者である株主に分配することである。企業会計の計算の最終目的は株主利益の計算である。株主にとって利益は多いほど望ましいので、株主は自ずと株主利益最大化の経営を経営者に求める。長期的な観点からの株主利益を株主価値という。株主が望むのは自ずと株主価値最大化の経営である。株主の利害を最優先する「コーポレートガバナンス」論はわざわざ株主利益のためとか株主利益最大化とか言う必要はない。それは会社法においても同様である。

 判例を見る限り、アメリカにおいても経営者の義務と責任は会社に対してのみ存在し、意思決定が会社の利益のために行われていれば充足されるとされている。現実には、フランスの概念は「コーポレート・ガヴァナンスの原理」に見られるものにきわめて近いのであり、主な違いは、フランス法の方がアメリカ法より株主の権利を保護していることである。物的会社に定款上の自由を認めない代わりに、株主総会に定款および計算書類に関する主要な権限を留保しており、フランス法は株主の「政治的権利」を詳細に規定しているのである。外国の株主総会の権限と比較すると、フランスは株主にもっとも広範な意思決定権限を認めていることが明らかである。書面投票制度など株主の議決権行使方法はきわめて区々である。万一の不正に対しては多くの刑事法上の規定が株主の権利を保護している。

※ 定款自治を唱えるわが国はまさに「コーポレート・ガバナンス論」に立脚している。

 グローバリゼーション、非居住者株主の株式保有などの株主増加のために、株主総会への出席が減っているのは懸念すべきであるが、フランスでは法律上株主総会が物的会社の重要な機関であることは疑いようがない。

 コーポレート・ガヴァナンス論は、取締役会による業務執行役員に対する公平かつ実効的な監督遂行を保障することを目的とする。取締役会の内部に委員会を設置すること、一定数の独立取締役の選任を勧告するが、後者はフランスでは現在の法制度の下でもアメリカ・イギリスと同様に実施可能である。この実施が会社の各機関の権限の定め以上の安全を保障すると評価されている。

 フランス法は取締役と業務執行役員に連帯責任を負わせ、取締役会という会議体に主要な意思決定を留保し、取締役に広範な責任を負わせている。フランス法は権限と責任を詳細に規定しているのである。

 よく取締役会はその任務を完全には果たしていないと誤って批判されることがある。取締役会の機能を規定する網の目は細かいのに、これ以上どのように責任を負わせるというのだろう。」

法律とコーポレート・ガヴァナンス論の適用

 法律がコーポレート・ガヴァナンス勧告の採用の障害にならないか、コーポレート・ガヴァナンスに関する勧告を法律によって強制すべきか、という二つの問題がある。

 ひとつは、フランスの厳密で制度的な法体系がコーポレート・ガヴァナンス勧告の採用を妨げているか、という問題である。

 典型的な衝突の例として、フランスにおける取締役会会長と業務執行役員の兼務があり、従来は分離することはできなかった。2001 年 5 月 15 日、新経済規則法は、取締役会に取締役会会長と業務執行役員の兼務または分離の判断権限を与え、この障害を克服した。

 取締役会の内部に特別委員会を設置する制度はこのような問題を生じない。フランスの会社の取締役会はこの種の委員会を設置することができる。委員会は取締役会に代わるものではなく、取締役会は法律上の権限を行使しなければならない。委員会は諮問された問題を「検証」し、意見を具申するだけである。しかし、たとえばアド・ホックな委員会に計算書類を検証させよという勧告を受け入れても、取締役会は計算書類を承認・確定するする会議体としての責任を免除されるものではない。

 一方、サーベンス・オクスレー法は独立取締役が構成する「監査委員会」が会計監査人を選任しなければならないとするが、これは困難な、法的に二つの問題を生じさせる。一つはフランスの会社の取締役会は上記のように、委員会によってその権限を奪われるものではなく、取締役会が株主総会を招集し、会計監査人の選任を提案する役割を担っていることである。また、選任は法律上株主総会出席の株主の権限であり、これが株主の権利の保護である。金融市場保障法案は、商事法典 L 225-228 に次のような項を挿入することで問題をやんわりと解決することを提案している。すなわち「会計監査人は株主総会での選任のために、取締役会ないし董事会の議案として株主の決議を求めるべく提案される。公募会社の場合、取締役を兼務する業務執行役員は取締役会決議に加わることなく、取締役会は提案すべき会計監査人を決議する。」「会社と労働契約を締結している取締役、董事会構成員、または商事法典 L 233-3 の 1 項 2 項の意味において当該会社がコントロールし、またはコントロールされている他の会社と労働契約を締結している取締役、董事会構成員についても同様である。一方、数の上で制限されているのは業務執行取締役であるから、取締役会が「独立」取締役を含むことを禁じる規定はない。

 会社の経営者の報酬の公開については、プライヴァシー保護の議論もなく、新経済規則で義務づけられた。

 今日、フランスの会社法制は公募会社がコーポレート・ガヴァナンス勧告を採用する妨げになっていないのである。

 ところで、現在コーポレート・ガヴァナンス論は取締役会の運営の問題ばかりに集中しているわけではなく、株主に対して計算書類が適正・真正、会社の状況を忠実に反映していることを確認する役割を担っている会計監査人など透明性を保障する関係者にも拡大している。

 第二の問題、すなわちコーポレート・ガヴァナンスに関する勧告の強制については、上記のとおり、法制化よりも透明性の向上を求める意見が多く、ネガティブな意見が多い。つい最近、証券取引委員会委員長はこう述べて規則化に反対している。

 「道を歩いている人に聞いてみるがよい。預金者にとってもそうだろう。ガヴァナンスの問題はただひとつ、プロがやっていいこと、やってはいけないことを自己決定する能力なのである。注釈書や規則集を見ながら、形式的に法規を守ることではないのだ。常識であり、個人と公共のモラルという永遠の原則、職業倫理ともいうべき誰でも責任のある者なら知っている規則を守ることなのである。」(以上)

2021ファイナンス研究会 第9回「資本コストの計測」

1.資本コストは機会費用

 人間は何らかの行動を取るときに複数の選択肢の中から選択するのが普通である。合理的な人間であれば最大の価値をもたらす選択肢を選択する。そのとき選択されなかった選択肢がもたらす価値のなかで最大の価値を機会費用という。その価値は選択されなかったことにより犠牲になったのでコストと呼ぶのである。企業はキャッシュフローを求めて投資を行う。–その投資に出資するのは投資家である。–投資家はハイリスク=ハイリターン、ローリスク=ローリターンの市場原理が成立している資本市場で投資をすることもできる。そこで犠牲にする市場原理が要求収益率である

2.負債コストの推定

(1)負債コストの推計

 市場で決まる利回りが要求収益率であるから、負債コストは、自社が発行した社債の市場利回りで推計するのが基本である

(2)オプションフリー・ボンドを発行していない企業の負債コスト

 負債コストとは、企業が長期負債に対して、今日支払わなければならない税引き後の利率のことである。それは現在発行している長期社債の市場利回りとして現れている。ただし、その社債はオプションフリー・社債でなければならない。企業が発行しているのがオプション付社債の場合、企業あるいは債券保有者が金利動向に依存するオプションに投機をしているので、真の自社の負債コストを知る上でノイズになる。オプションフリーの社債が発行されていない場合は、オプション価値を推定し、社債の市場価格を調整して負債コストを推定しなければならない。
社債に附属するオプションとは次の二つである。
・任意償還権:債券発行から据え置き期間経過後、債券発行者の任意で一部または全部を途中償還(満期前償還)できる権利。社債発行企業が買い取る権利であるから、発行企業がコールオプションを取得していることを意味する。コールオプションプレミアムは発行企業が払うので、その分、クーポンレートが高くなる
・買取請求権:債券保有者が発行会社に償還(買取)を求める権利つまりプットオプションの権利をいう。債券保有者がプットオプションを買うことになるので、その分だけクーポンレートが相殺される。
・新株予約権:期間内(転換請求期間)であれば設定された価格(転換価格)で株式に転換できる権利。額面で転換価格を払い社債が消滅する場合、転換社債という。現金で権利行使代金が支払われ、社債が残存する場合債という。いずれにしろ、債券保有者は発行会社の新株を取得すオプションを保有するのでその分だけクーポンレートは低い。
これらの権利が付与された社債はつぎのように呼ばれる。
任意償還権付社債:Callable bond 金利が下がると、発行会社は権利を行使し、既存のクーポンレートが高い社債を償還し、市場金利の低下によりクーポンレートが低い社債に乗り換える
買取請求権付社債:Puttable bond 金利が上がると、社債保有者は権利行使を、発行会社に社債を買い取らせて資金を回収し、その資金でクーポンレートが高い新発債などに乗り換える
新株予約権付社債:Bond with stock purchase right 所定の権利価格以上に株価が上昇すると社債保有者は、株価上昇益を享受できる。株式に対するコールオプション付で金利は低い。

(3)短期借入金のみで負債調達をしている場合の負債コスト推定法

 企業の中には、ほとんど、あるいは完全に短期借入金だけで負債調達をしているところがある。このような場合には、短期金利を負債コストとして用いるべきではない。短期金利は、長期的なインフレに対する予想を反映していないからである。資本コストを見積もる際の時間軸は、キャッシュフロー予測期間の時間軸と一致させる必要がある。
 長期金利の方が、短期借入金を借り換えの繰り返しで長期化している企業にとっても、長期の金利コストの近似値として優れている。長期金利は短期金利の累積だからである。企業が短期負債のみに依存している場合は、テキストにあるように、その企業の長期負債の信用格付けを利用して長期債務の資本コストの近似値とする。

3.株主資本コストの推定のロジックとプロセス

 負債コストが市場利回りデータとして観察可能であるのに対して、株主資本コストは観察不可能である。そのため、株式価格を決める理論-資産価格モデル-に基づいて推定する必要がある。最もよく知られているモデルは、資本資産評価モデル(CAPM)、ファマ・フレンチ3因子モデル、裁定価格理論(APT)の3つである。株主資本コストつまり株主の要求収益率は、株式市場においても財務諸表においても明示的には存在していない。それゆえ推定しなければならない。それには理論が必要である。

①理論的には分散投資の世界でCAPMが成立する。
②しかし、現実はもう少し複雑である
③投資家が株式を売買するときには会社の将来の業績を予想する
④予想はその時に得られるさまざまな情報によって形成される
⑤その予想形成によって株価の売買が発生する
⑥ところが現代の社会では国内外で次々と新情報が発生する
⑦投資家は、情報が発生する度に予想を変更し株式の売買をする
⑧多数の投資が同じ状況にいるので、需要と供給が安定する機会がない
⑨現実にはCAPMの均衡が得られる瞬間などない
⑩このように考えると理論が成立するチャンスはない
⑪したがって、理論が正しいか検証できない
⑫しかも、CAPMは投資家の予想-各銘柄の平均収益率、分散および銘柄間の相関係数-が前提になっている
⑬しかし、投資家の予想データなどどこにも存在しない
⑭したがって、CAPMを検証したり応用したりすることはできない。
このように考えると不可知論に陥ってしまう。しかし過去の株価の情報はデータとして整備されているので、それを活用して将来を推計することはできる。もちろん、将来は過去の繰り返しではないので、それを単純に信じるのは賢いことではない。それは森羅万象すべてがそうである。そのことを自覚して過去のデータを賢く利用するならば、まったく何もないより合理的な行動ができる。そう信じることが重要である。

 

2021 コーポレートガバナンス研究会 第9回「英・米のコーポレートガバナンス改革」

Q&Aセッション

Q01:英米のコーポレートガバナンスの歴史を包括的に説明頂きありがとうございます。英米の歴史と日本のコーポレートガバナンス論との相違を感じましたので、以下コメントさせていただきます。

英国のコーポレートガバナンス改革の為の各委員会の発足のきっかけは、企業不祥事・役員の高額報酬の批判・ステークホルダーへの配慮等の社会的要請に対応するためであったこと。米国置いても、粉飾決算・高額報酬等への対応としてのコーポレートガバナンス改革が行われてきていると理解しました。他方、日本は企業価値増加、その一環として役員報酬のインセンティブ(ストックオプションの付与)が大きな目的とするコーポレートガバナンスなっているように見え、英米の歴史との相違を感じます。   

コーポレートガバナンスが企業価値とコーポレートガバナンスの相関関係は立証されていないといわれますが、2010~2020年の10年間の各市場の時価総額の増加率を見ると、NYSE/東証/ドイツは1.5倍、英国は0.9倍で、東証は遜色のない伸び率を示しコーポレートガバナンスの相違による影響は見られません。大きく異なるのは、ハイテク新興企業が多いナスダック市場が3.5倍の伸び率でその中でもGAFAMの5社の伸びが凄く、ナスダック市場の時価総額の42%を5社が占めています。

結局、日米の証券市場の時価総額の格差は技術革新の差及び技術革新を育てるベンチャーキャピタルの規模の差にあるように見受けられますが、先生のお考えを教えてください。

A01:ある特定の10年間について株価の動向を云々することは難しいです。これについてはQ&Aセッションの際にグラフを示して説明します。IT、バイオ等の技術革新の激しい世界で成功している企業が高い価値を生んでいます。コーポレートガバナンスとは、いつも強調していますように、経営者から優良な経営を引き出すのが取締役会のガバナンスです。したがって経営力あってのガバナンスであり、ガバナンスあっての経営力です。技術力を付加価値の生産に結び点けるのが経営力です。1980年代には世界的な技術力を誇った日本企業が、バブルの破裂により失われた10年、20年、そして30年に突入し世界での地位を落としているのは、私は日本のガバナンスと経営力の相乗効果-どちらも激しいグローバル競争には適合していないーによるものだと考えています。先進国は、20世紀末からのグローバリゼーションに合わせてガバナンス改革を進めてきましたが、日本の改革はキャッチアップするには遅すぎたと思います。ガバナンス改革、「遅れた20年」です!しかし、やらなければなりません、ガバナンス改革も、もちろん経営力改革も。(若杉敬明)

第1部 英国のガバナンス改革

Ⅰ 第2次大戦後の内閣の歴史:社会主義の労働党と資本主義の保守党が交互に政権を担った

- 労働党のアトリー内閣:1945年~1951年の間;石炭、電力、ガス、鉄鋼、鉄道、運輸などを国有化
- 保守党のチャーチル内閣、1951年、政権を奪回:1953年、鉄鋼や運輸などの産業を民営化
- 労働党のウィルソン内閣、1964年、政権を再奪回:1967年に鉄鋼や運輸などの産業を再び国有化
- 第2次ウィルソン内閣:1975年、自動車産業を国有化
- 労働党キャラハン内閣:-1977年、航空宇宙産業を国有化

Ⅱ 英国病と鉄の女

1 「ゆりかごから墓場まで」
-労働党は、産業の国有化とともに社会保障制度を充実
 1946年 国民保健サービス法(国民が原則無料で医療を受けることが出来る)、国民保険法(国民が老齢年金と失業保険を受け取ることが出来る)
 1948年 国民扶助法(政府が生活困窮者を扶助)、児童法(政府が青少年を保護)を制定
 1960年代以降、イギリスの経済は停滞
・充実した社会保障制度や基幹産業の国有化等の政策によって社会保障負担の増加、国民の勤労意欲低下、既得権益の発生等の経済・社会的な問題が発生
 1960~70年代、労使紛争の頻発と経済不振・低成長のため、西欧諸国からヨーロッパの病人(Sick man of Europe)と呼ばれた ⇨ 日本では英国病と呼んだ

2 「鉄の女」の登場
-1979年総選挙、保守党が勝利
 ・5月、サッチャー内閣が成立⇒サッチャリズム
 ・マーガレット・サッチャ-:「ゆりかごから墓場まで」を打ち砕き自由主義の正統性を証明し、「鉄の女」と称された
 ・国有企業の民営化、金融引き締めによるインフレ抑制、財政支出の削減、税制改革、規制緩和、労働組合の弱体化などの政策を推進
 ・これらの政策により英国病の症状は次第に克服されていった。しかし、サッチャー在任中は、不況が改善されず、失業者数はむしろ増加、財政支出も減らなかった。さらに、反対派を排除する強硬な態度もとった。在任中も退任後も、英国内では、毀誉褒貶が相半ば!

3 英国病の克服
・メージャー内閣(1990-1997):サッチャー辞任後の後継者
 ・労働党が政権を奪回しブレア内閣(1997-2007)が成立
  -サッチャー内閣の基本路線を踏襲しつつも、是正する政策を実行⇒第三の道
  -若さや活気などをイメージさせる「クール・ブリタニア」という標語でブランド戦略を推進
  -悪い・老いた印象の国⇒良い・若い印象の国へ脱却
  -イギリスのGDP:1992年~2008年、プラス成長に転換
  -1998年、サッチャー内閣が解消できなかった財政赤字を黒字に転換
 ・2001年、ブレア内閣(1997-2007)によって「英国病克服宣言」
 ・現在、イギリスは英国病を克服したと認識されている

4 英国企業の業績低迷と経営者不祥事(1980年代)
世界的に貿易の自由化や金融自由化が進む中、サッチャリズムのもと企業の民営化が進められた。厳しい競争環境に置かれた英国企業では、長引く経済不況の下で、業績不振とともに経営者の不正が頻発した。
①ギネス事件(1986)
 -イギリスのビール会社ギネス社がデステラーズ社に対する企業買収するに当たって、ギネス社は自社株の株価を上げて有利に進めようと自社株の買い集めに奔走したという事件
 -オリバー・ストーン監督の映画「ウォール街」のモデルとなった米国の投資家アイバン・ボウ スキーがギネス社と結託して暗躍した事件
②ブルーアロー事件(1987)
 -NWBの投資会社County NatWestの従業員がManpower社の買収資金を賄うための増資に失敗したことを隠蔽した事件
③ポリーペック・インターナショナル事件(1990)
 -中小の繊維会社であったが80年代に急成長しFTSE100銘柄入りを果たしたが、巨額の負債を抱えて倒産
④BCCI事件(1991) Bank of Credit and Commerce International
 -1972年に創立して20年足らずの間に世界78カ国に400以上の支店を擁し250億ドルもの資産を有していたが、1991年に経営破綻した事件
⑤マクスウェル事件(1992)
 -メディア大手のマックスウェル・コミュニケーション及びミラー・グループを所有していたロバート・マックスウェル氏が、自らが所有する企業の年金受託者理事長の地位を利用し、年金資産を投機に流用した事件。流用先が破綻したため、多くの従業員が年金を受領できない事態に陥った

5 コーポレートガバナンス改革始動
 ・上述のような企業不祥事に加えて、法外な役員報酬アカウンタビリティの欠如が指摘され、企業経営に対する批判が高まった
 ・一般投資家の間でもCEOに対する取締役会の監督が不十分との不信感が高まった
 ・こうした事態を受けコーポレートガバナンスに対する関心が高まり、キャドベリー委員会が誕生し、コーポレートガバナンス改革の道を歩むことになった

Ⅲ 英国会社法の会社機関

・株式会社の起源はオランダと並び英国にあるが、それがゆえに制度は原始的でわが国会社法の機関構成とは異なる。以下簡単に特徴を紹介する。歴史的に英国では会社の多様性を容認するとともに重視し、機関構成に関しては会社の定款自治に委ねている。以下は公開会社についての機関の紹介である。
 ・株主総会および取締役会は定款の定めによる
 ・公開会社は、役員として取締役1名以上と総務役( a company secretary)を置かなければならない。
 ・社員総会(株主総会)と取締役会
  -社員総会:あらゆる権限を有している
  -取締役会法定機関ではなく附属定款に基づいて設置される任意機関である。取締役の中から業務執行取締役が選任され、附属定款に基づき社員総会から経営権を移譲される。その他の取締役は非業務執行取締役( Non-executive Director)である。
 ・単層型取締役会制度 Unitary Board
  -取締役会は業務執行を監督する機関として位置づけられているが、取締役会内部に業務執行機能(業務執行取締役)と監督機能(非業務執行取締役)の双方を持っているので、自己監査の構造になっている。それゆえ、業務執行に対する監督が形骸化する恐れを内包している。会社法も、業務執行取締役と非業務執行取締役の義務・責任を明確に定めていない。会社法は、非業務執行取締役を「業務執行に携わらない取締役」と定義しているだけである。
 ・独立取締役 (independent director)
  -現代のコーポレートガバナンスにおいて独立取締役は鍵となる存在であるが、英米あるいは独仏においても会社法で定められているわけではなく事実上の存在である。その起源は信託制度にあると言われている。

Ⅳ 英国のコーポレートガバナンス・コード改訂2018

1.従業員に対するエンゲージメント
・取締役会は、従業員向けの制度やその取り扱いが、企業価値と一致し、企業の長期的かつ継続的な成長を支えるものであるようにすべき
・従業員が何らかの懸念を抱えている場合、従業員側から声を上げられるようになっていることが望ましい
・アニュアルレポートで、従業員への投資と処遇の方針ついて説明すべき
・従業員とのエンゲージメントの観点から、取締役会は以下の施策から少なくとも一つ以上を選択することが求められる
・従業員から取締役を選任 ①自社の正式な組織として、従業員諮問委員会を設立 ②従業員とのエンゲージメントを担当する社外取締役の設置 ③上記の施策を全く取らない場合、自社が行っている施策およびその有効性について説明する ④報酬委員会は、従業員の報酬制度や関連するポリシー等をレビューし、念頭に置いた上で、経営者報酬ポリシーを策定するべきである  ⑤  報酬委員会は、ペイレシオ等の指標を用いて経営者報酬の説明すべき

2.企業文化
・取締役会は企業の目的や価値・戦略を策定するとともに、それらが企業文化と整合するように図るべき
・全ての取締役は、取締役としての品位ある行動と規範を示し、健全な企業文化の確立を推し進めるべき
・取締役会は自社の企業文化をモニターし評価する
・その上で、事業のポリシーやプラクティス・行動が会社の目的や価値・戦略と一致していない場合は、経営陣に適切な改善策を講じさせるべき
・報酬委員会は、経営者報酬ポリシーの策定において、インセンティブ制度や処遇の内容と企業文化との整合性もレビューするべき

3.取締役の後継者育成と多様性
・取締役会が、スキルと経験の適切な組み合わせと建設的な問題意識を持っていることを保証するとともに、多様性を促進するために、新鮮な取締役会を保つことが重要である。そのためには、取締役の後継者育成が計画的に行わなければならない
・委員会は、取締役会議長の在任期間について慎重に検討しなければならない。9年が一つの節目である
・指名委員会は、委員会の多様性を促進するために、計画的な後継者育成を強化しなければならない
・以上の取締役会のミッションを考慮すると、社外取締役による監視と評価が重要である
・指名委員会は、社外取締役が①取締役会に行った報告および②個々の取締役と行った対話の詳細を取締役会に報告する

4.ダイバーシティとサクセッション
・取締役および上級役員のサクセッションは、厳格かつ透明性の高い制度運営のもと、実績や客観的な基準に基づいて行われなければならない
・運営においては、ジェンダーや社会的・民族的背景、知識や個人的長所等におけるダイバーシティを促進しなければならない
・指名委員会は、計画的なサクセッションプランの運営、多様な人材パイプラインの開発等を担い、取締役および経営陣の選任において積極的役割を果たすべきである
・年次報告では、指名委員会の下記活動内容を報告するべきである
 (1)取締役選任のプロセスやサクセッション計画の運営状況、またそれらが多様な人材パイプラインの開発をどのように貢献しているか
 (2)外部コンサルタントによる、取締役会の実効性評価の方法と結果
 (3)ダイバーシティ・ポリシーと企業戦略との関係、およびポリシーに基づく施策の実施状況
 (4)経営幹部の男女比率

5.報酬
(1)報酬を決定する際には、広範な環境要因を考慮しつつ、会社の業績や個人のパフォーマンス、取締役の独立した判断と裁量を働かせるべき
(2)長期インセンティブの権利行使期間及び譲渡制限期間の合計は5年以上とする
(3)経営者報酬ポリシーや報酬プランを策定する際には、報酬委員会は以下の観点を踏まえるべき-
 -明瞭性:高い透明性を持ち、株主や従業員との効果的なエンゲージメントを促進すること
 -簡潔性:複雑な設計は避け、金額決定プロセスが分かりやすいこと
 -リスク:過大な報酬への社会の批判や、ターゲット型のインセンティブが不適切な経営判断を誘発しうるリスク等を把握し、リスク低減に努力すること
 -予測可能性:ポリシー策定時点つまり事前に、報酬の変動幅や制限・裁量の余地等が定められていること
 -業績とのバランス:報酬と業績の関係が明確であること。業績不振時は報酬を支払わないあるいは引き下げること
 -企業文化との整合性:企業文化と一致した行動を後押しするインセンティブ設計であること

第2部 米国のガバナンス改革-前史-

動画では時間の制約でアメリカのコーポレートガバナンス改革の全体について触れることが出来ない。しかし、コーポレートガバナンスのベストプラクティスとしてNYSEのCorporate Governance Standardを紹介する過程で、現在の米国のコーポレートガバナンスの基本的な構造は示した。ここではそれに至るまでの米国の企業史とコーポレートガバナンスの変遷を示す。

第二次大戦後の繁栄-Pax American-

米国では第二次大戦後の1950年代から60年代にかけて、大戦中に開発された多くの技術が民間に開放され、企業は活性化し経済が繁栄した。そのピークが1960年代の半ばであった。アメリカではGolden Sixties(黄金の60年代)と呼ばれてきた。大型の自家用車が普及し、各家庭は電化製品であふれた。文化面では、ハリウッド映画が全盛を極めポピュラーソングも任期を呼んだ。マリリン・モンローやエルビス・プレスリーはまさにこの時代の寵児である。連邦政府が州間高速道路網の構想を打ち出したのも1950年代である(Freewayと呼ばれるハイウエイ自体は自動車が普及した1920年代から建設が始まっていた)。自動車道路網が建設されたのもこの時代であった。州政府は税金で潤い州立大学を充実させた。その結果、ハーバード大学を始めとする東部の名門私立大学(アイビー・リーグ)ですら財政難に陥り、寄附と引き換えに、高度成長路線を走り始めた日本企業から多数のMBA生を受け入れた。

-株式市場の動き;Wall Street Rule
・「投資先企業の経営に関して不満があれば、その企業の株式を売却することで不満は解消される」という考え方
・米国で初めて登場したコーポレート・ガバナンス(企業統治)の方式 ➡ 企業に対する投資家の評価を、株式市場における株式売買を通じて経営者に伝えた。「これから伸びると予想できる会社の優良株はブルーチップと呼ばれた。 

【参考】Ralph Nader氏の社会活動
1934年レバノン系の移民の子としてコネティカットに生まれたネーダーは、弁護士として教育を受け、60年代から70年代にかけてアメリカの消費者運動の旗手として名を馳せた。1985年に発表した「Unsafe at Any Speed」でゼネラルモーターズの欠陥車を告発し、自動車業界に製造物責任を負わせる安全規制立法を成立させて、一躍有名になった。以後、数多くの消費者保護立法を成立させ、Occupational Safety and Health Administration (OSHA)やEnvironment Protection Agency (EPA), Consumer Product Safety Administrationなど政府規制機関の設置を促した。また、消費者運動の組織化にもつとめ、60年代後半に「ネーダー突撃隊」とよばれる企業告発グループをいくつもつくった。その後、二大政党制を批判し、第三の政党の確立を目指した。1996年、市民運動を基盤として「緑の党」から立候補したのを皮切りに、2008年まで毎回大統領選挙に立候補した。

2. 1960年代:第三次M&Aブームとコングロマリットそして多国籍企

 1960年代になると繁栄がピークに達し、企業は成長機会を見つけるのに苦労するようになった。そこで行われたのが、自業種・異業種を問わずM&Aによる企業統合により企業を成長させる手法である。その結果誕生したのが、関係のない事業の集まりであるコングロマリットである。非効率な経営のせいで株価が本来価値より安い企業を買収し、その企業の経営改革により企業価値を創造する経営戦略である。その結果、1960年代は、1900年前後の水平的統合の第一次M&Aブーム、第一次大戦後の垂直的統合の第二次M&Aブームに続く、第三次M&Aブームの時代になった。水平的統合やす直的統合が進んでおりこれらを進めれば独禁法に触れるということで、異業種との統合に目を向けたのである。1960年代は、国内に目を向ければコングロマリット化の時代であったが、国外にビジネス機会を見いだす時代でもあった。「多国籍企業」はまさにこの時代を象徴する言葉であった。

3 1970年代:多国籍化が生んだ不正会計と監査委員会の設置

 1970年代は多難な時代であった。オイル・ショックとそれに続く不況の中、ニクソン大統領再選委員会への違法献金、ロッキード事件、ガルフオイル事件など多国籍企業による外国の政治家などへの贈賄・不正献金事件が発生。これら社会倫理・株主のリスクに関するガバナンス問題(経営者をコントロールできていない!)と同時に、投資家の観点からのガバナンス問題も問われ始めた。 経営者が株主・債権者を欺いていることを機関投資家が発見するようになったのである。さらに、ペン・セントラル鉄道の粉飾決算・倒産や、ロッキード社の経営危機に際して、粉飾決算やインサイダー取引が行われていたことが発覚し、その結果、社外取締役会の必要性に対する認識が高まった。

 多国籍企業は欧州にも進出したが、産業がより遅れているオリエントやアジアの方が収益機会としては優れていた。しかし、これらの地域は賄賂の世界でもあった。企業は賄賂の資金を創る必要があったが、先進国では当然、賄賂の勘定は認められていない。不正な会計で賄賂資金を捻出するしかなかった。1976年に明るみに出たロッキード社による世界的な大規模汚職事件もこの流れの一つである。日本でも全日空がこれに巻き込まれ、田中角栄元首相が逮捕されるなど政界が揺るがす大事件が起きた。企業の会計不祥事は、米国企業のガバナンスにも一石を投じ、SECの始動によりNYSEが企業に監査委員会の設置を要請することになった。これにより、企業はウォール・ストリート・ルールに加えて、企業の内部から社外取締役が加わる監査委員会の監視をうけることになった。

4 1980年代:コングロマリットの再編が引き金になった第四次M&Aブームのコーポレートガバナンスへの貢献

 コングロマリットは、新しい結合による企業価値の創造をもたたすものであったが、何年かするとその価値も出し切ってしまい、むしろ新たな非効率の源泉になってしまい、いったん買収した企業を売却せざるを得ないという事態を生んだ。クライスラーの経営破綻もその良い例である。しかし、この件は、政府が債務保証を与えたことから、なぜ民間企業の危機を政府が救うのかと世論を沸かした。1970年代から80年代にかけて、非効率になったコングロマリットをリシャッフル(再構成)するニーズを生み、再びM&Aが活発になり第四次M&Aブームがビジネス界を賑わすことになった。この過程でM&Aにからむインサイダー取引事件も頻発した。このブームの特徴は、インベストメントバンクがM&Aの仲介をビジネスとするようになり(それ以前は、ビジネスと言うよりむしろ顧客サービスであった)、自らの利益のためにM&Aの機会を創出し、大型M&A、敵対的TOB、LBOなど新たな範疇のM&Aを生み出した。敵対的M&Aの横行で、経営者は、自らの経営が株式市場を通して敵対的買収の危険にさらされていることを実感背せざるを得なくなり、敵対的M&Aは経営者に対する規律付けというガバナンス機能を果たした。一方で、敵対的買収を防ぐために、多くの企業でポイズン・ピル(毒薬条項)などの買収防衛策が採用されるようになった。これは、CEOが自己の利益のために、CEOの座にしがみつくことを許すもので、株主の利益を損なう可能性があった。そのことから、株主と経営陣の対立が明確になり、社外取締役の導入が促進された。いずれにせよ、M&Aをインベストメントバンクが主導するようになり、不健全な(経済・経営的な意味のない)M&Aを横行させることになった。世間も投資家もそれに気づき、M&Aブームは急速にしぼむことになった。繰り返しになるが、敵対的M&Aは経営者に規律を与え経営を改革させる刺激にもなり、コーポレートガバナンスの進展を促した。監査委員会の設置とともに入ってきた社外取締役は、TOBが仕掛けられることになった理由を考える過程で自社の経営を客観的に見る機会を与えられたことから、社外取締役と経営陣の対立を生み社外取締役の増加をもたらすことになり、少なからずコーポレートガバナンスの進展に貢献することになった。

5 1990年代:機関投資家と社外取締役
 1990年代に入ると第四次M&Aブームへの反省とグローバル市場からの圧力を受けてアメリカ企業のリストラが進んだ。企業は新しい環境に対応するために変わらなければならない。その時の合い言葉は、選択と集中、コアビジネスの強化であった。これを実行に移すために、再度、M&A活発化の機運が高まった。M&Aを推進するために、多くの企業で ポイズン・ピルを撤廃する株主総会決議がなされた。エイボンレター後、1990年代初頭には、GM、IBM、アメリカン・エキスプレスなどの大企業で、投資家の後押しを受けた社外取締役によってCEOが交代させられるという事件も起こった。1990年代のアメリカでは機関投資家と社外取締役の活動を通じたコーポレートガバナンス体制が整備されていった。。「社外取締役による取締役会のガバナンスガバナンス」と「CEOをトップとする執行役員のマネジメント」という分業と対峙の構図が顕著になり、経営者もそれを受け入れつつある。

6 企業年金の普及と株式市場

 あらためて時代を遡ると、第二次大戦後、軍事技術の民間への転用は、民間企業に新しい能力持つ人材に対するニーズを生んだ。企業は、新しい技術に追いつけない恒例の従業員に退職を促し、新しい技術を持つ若い世代を雇用するために企業年金を導入した。つまり、高齢者を退職させ、新人を採用し定着させるインセンティブとして利用されたのである。その後、1950年代には企業年金は広く普及することになった。企業年金というと、現在は、確定拠出企業年金と確定給付企業年金とが知られているが、初期の企業年金は確定給付年金であった。確定企業給付年金では、企業は従業員の在職中、サラリーの一定額分を掛け金として拠出し積み立て、それを運用して元利を退職後の年金給付の原資とする財政方式である。したがって、大企業の企業年金は多額の運用資金を保有しているので、機関投資家として強大な力を有している。ただし、ERISA(従業員退職所得保証法)により、リスクに見合った合理的かつ効率的がなされるよう企業年金の運用者には重い受託者責任が課されている。

上述のような経済環境の変遷の下、企業年金の資産運用も大きく変化してきた。1950年代から60年代にかけては、企業成長とともに活況な株式市場において、ウォール・ストリート・ルールとよばれる手法で株式を売買するのが一般的であった。

注)ウォール・ストリート・ルールとは『投資先企業の経営に関して不満があれば、その企業の株式を売却することで不満は解消される』という考え方。 米国で最初に誕生したコーポレート・ガバナンス(企業統治)の方式であり、投資家としての意見を、株式市場を通して間接的に経営者に伝えるということを意味する。(企業年金連合会「用語集」より)

7 企業年金のシェアホルダー・アクティビズム

 1974年のエリサ(Employee Retirement Income Security Act)成立以後は、当時確立された現代ポートフォリオ理論(MPT:Modern Portfolio Theory)に基づき分散ポートフォリオ(市場ポートフォリオ)を長期保有する投資戦略が普及し、インデクスファンドを持ち続ける資産運用が基本になっている。しかし、M&Aが盛んな1980年代はM&Aに便乗する運用も盛んに行われたと言われる。M&Aにおいては、企業を買収する側の株式より買収される側の株式の方が、値上がり益が大きいので、買収される株を見つけていち早く買うという手法である。しかし、バブル的M&Aブームが社会的批判を浴びるようになると、再び分散投資・長期保有に立ち戻ることになった。しかし、長期保有ということで売買を行わない場合、ウォール・ストリート・ルールのように投資家の意思を経営者に伝えることが出来ない。そこでエイボン社が1988年、労働省にお伺いを立てたところ、これまで企業年金の議決権行使を禁じてきたが、「今後は企業年金の議決権行使も資金運用責任者の(ERISAで定める)受託者責任とする」というレターが労働省から返ってきた。これをエイボン・レターという。

米国各州の会社法では、株主総会での主たる決定事項は株主の代理人たる取締役の選任であることから、企業年金はじめ年金基金は積極的に取締役とくに独立取締役の選任に積極的に関与し、コーポレートガバナンスに大きな影響を与えることになった。これをShareholder Activism(Activist Shareholder)という。(若杉 敬明)

2021 ファイナンス研究会 第8回「経営者報酬」

税法と役員報酬

 

株式会社の経営は、取締役、執行役、執行役員、監査役といった役員によって行われる。役員の名称は取締役会のタイプによって異なる。一般社員の労働の対価は「給与」として支払われるが、役員の場合は「役員報酬」として支払われる。役員報酬を支払うことになる法人税法上の役員は、取締役、執行役、会計参与、監査役である。

役員報酬はどのように決定されるのか。会社法は、役員報酬について「定款または株主総会の決議によって定める」としている。したがって、役員報酬の総枠を株主総会で承認を得なければならない。役員報酬は不相当に高すぎると税務署から否認される可能性があるので、適正金額を設定しなければならない。役員が担っている職務内容、一般従業員への給与支給状況、同業他社の給与支給状況のほか、今後の事業計画や法人税と個人税のバランスなどを、多角的に検討した上で決定しなければならない。

役員報酬と給与の違い

会社が自社で働く人に対して行う支払いには、「給与」と「役員報酬」がある。雇用関係にある従業員に労働の対価として支払うものが給与である。役員報酬とはどのようなものであるのだろうか。また、なぜ給与と役員報酬という区別があるのか。

役員報酬と給与には、税務上の取り扱いに大きな違いがある。従業員に支払う給与は、不相当に高額でない限り、全額損金に算入できるのに対し、役員報酬を損金に算入するには一定の条件がある。例えば、毎月同じ金額を支払っていない限り、損金に算入することはできない。損金算入できれば、課税対象の金額が減ることになるので、法人税を減らすことになる。なぜ条件があるのかというと、オーナー企業の役員が自身で報酬を決めることができるという仕組を利用して、決算に大きな利益が見込まれると、決算の前に役員報酬を増やし、法人税を減らすという調整が行われることがあるからと言われる。

第361条(取締役の報酬等)
取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(以下この章において「報酬等」という。)についての次に掲げる事項は、定款に当該事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定める。

一 報酬等のうち額が確定しているものについては、その額
二 報酬等のうち額が確定していないものについては、その具体的な算定方法
三 報酬等のうち金銭でないものについては、その具体的な内容

2 (略)
3 (略)
4 第一項第二号又は第三号に掲げる事項を定め、又はこれを改定する議案を株主総会に提出した取締役は、当該株主総会において、当該事項を相当とする理由を説明しなければならない。
(以下略)

 

役員報酬が損金算入を認められる場合として次の三つがある。

(1)定期同額給与

講義資料P.37 の「基本報酬」である。

役員報酬は、原則として「定期同額給与」で支払うこととされている。定期同額給与は、事業年度開始から3ヵ月以内に役員報酬の金額を決定する必要がある。株式会社なら、「株主総会議事録」または「取締役会議事録」を作成・保管した後、年度中は毎月同じ額の給与を「定期同額給与」として支給し続けなければならない。逆に、役員報酬は、毎月一定額を払い続けることによって損金に算入することができる。

(2)事前確定届出給与

講義資料P.37 の「年次インセンティブ報酬」である。

役員には、一般従業員に対して支払われるような賞与(ボーナス)はない。しかし、賞与に似た形で支払いをして、損金に計上することができる。それが「事前確定届出給与」である。
事前確定届出給与として支払うには、事前に「支払いの時期」と「金額」を税務署に申告する。届け出た金額を役員報酬として支払うことで、損金として認められる。

(3)利益連動給与

講義資料P.37 の「長期インセンティブ報酬」である。

利益連動給与とは、国内の法人が、その事業年度の利益に関する指標を基準にして、支給する役員報酬である。利益連動給与を支給するには、次の要件を満たす必要がある。

・その事業年度の利益に関する指標(有価証券報告書に記載されるものに限る)を基礎とした客観的な算定がなされていること
・利益が確定した後、1ヵ月以内に支払われた、または支払われる見込みであること

 

2021コーポレートガバナンス研究会 第8回「監査委員会と内部監査」

研究会メンバーとのQ&A

Q01:CEOが任命する内部監査人が、CEOを監視するガバナンスのプロセスを検討・評価を米国で行われているとのことですが、少し無理が有る様見受けられ、また何故監査委員会がガバナンスのプロセスを検討・評価しないのかの疑問もあります。この点について、説明お願いします。

A01:ガバナンスの体制・あり方等はコーポレートガバナンスガイドラインで指名委員会が定めます。指名委員会はガイドラインに基づき毎年の報告(自己評価)決めます。ガイドラインに従って、ガバナンスの実務を行うのはマネジメントです。マネジメントのガバナンスの実践を監査するのが内部監査です。(若杉敬明)

Q02:日本では、上場会社に対する金商法の内部統制とソフトローのコーポレートガバナンス・コードがありますが、その他に全ての株式会社に適用される会社法がガバナンス・内部統制体制の整備(構築並びに運用)を定め、取締役会設置会社には監査役の設置を義務付け、公開(取締役会の承認無しで株式譲渡が可能)大会社(資本金5億円以上又は負債総額が200億円以上)に対しては、監査役会(監査役3人以上、内社外監査役が過半数)の設置並びに社外会計監査人の設置が義務付けられています。結果として、監査役が就任している会社数は100万社を超えるとも言われています。
米国においては、上場会社はSECの規定によりガバナンス・内部統制体制の整備が定められ、上場会社以外の株式会社のガバナンス・内部統制体制の整備は州法が適用されると理解しますが、州法の内容について、州法の代表格であるデラウエア州法をベースに説明をお願いします。

A02:米国会社法では、内部統制全般に関する定めはないようです。ただし、2000年代初頭に発生した大企業による不正会計問題への対応として、米国議会が制定したSOX法(2002年施行)では、財務報告に係る内部統制システムについて種々のルールを定め、会計業務への監視の強化およびコーポレートガバナンスへの規制強化を目指しています。

SOX法は、CEOとCFOとが、財務報告にかかる内部統制システムの構築・維持に関して有する責任ならびに内部統制システムの有効性について行った評価を含む、内部統制報告書を年次報告書と一緒に提出することを求めています。

こうした、執行役の活動の分野に関しては、伝統的に各州法が規制する分野ですが、取締役、株主等に関する事項と異なり、各州の会社法が実際に規制する内容がほとんどなく、その規則は取締役会に委ねられているとのことです。

経営陣は、事業年度終了時点での内部統制システムの有効性および財務状況の報告に関する内部統制システムに重大な影響を与え得る変更を評価し、[重要な欠陥」を発見した場合には 開示しなければなりません。

財務報告にかかる内部統制システムとは、「財務報告の信頼性」およびGAAPに準拠した財務諸表の作成を合理的に保証する過程であって、CEO・CFO等の監督下で設計され、取締役会、経営陣、その他の従業員により達成されるもの」と定義されている。

内部統制報告書は、①経営陣が内部統制システムの有効性の評価に用いる枠組み、②経営陣による内部統制システムの有効性に関する評価の内容、および、③経営陣の自己評価に対して会計事務所から検証報告書が発行されたことを記載するものであることを要する、とされています。経営陣による自己評価では、財務報告にかかる内部統制システムに「重要な欠陥」が存在する場合、経営陣は、内部統制システムが有効である結論づけることはできません。

③の内部統制報告書に記載する経営陣による自己評価に対しては、その証券発行体の会計監査を行った会計事務所が、PCAOBの策定する基準に沿って検証した上、監査報告書で報告するものとされています。なお、会計事務所は、内部統制システムの「重要な欠陥」や不備の有無を判断されることとされています。証券発行体の財務報告にかかる内部統制システムに「重要な欠陥」が存在する場合には、会計事務所は、不適正意見を表明しなければなりません。 (以上、カーティス・J・ミルハウプト編『米国会社法』有斐閣 2009年より抜粋。 (若杉敬明)

 

今回はQ&Aを想定して内部監査について補足説明をします。

《内部監査の倫理コード》

Q01:PPT資料P.22の倫理コードについてもう少し説明して欲しい。

A01Rules of Conductとして次のように詳述しています。
1.誠実さ
内部監査人は
1.1. 誠実さ(Integrity)、勤勉さ、および責任をもって業務を遂行しなければならない
1.2. 法律を遵守し、法律および職業上期待される開示を行わなければならない
1.3. 意図して違法行為の当事者となったり、内部監査の職業や組織の信用を損なう行為をしてはならない
1.4. 組織の合法的かつ倫理的な目的を尊重し、これに貢献しなければならない
2.客観性
内部監査人は
2.1. 内部監査人は、公平な評価を損なう可能性のある、または損なうと推定される活動または関係に関与してはならない。
                ここでいう関与には、組織の利益と対立する可能性のある活動参加することが含まれる
2.2. 専門家としての判断を損なう可能性があるもの、または損なうと推定されるものは受け取ってはならない
2.3. 開示しなければ監査対象の活動に関する報告を歪める可能性のある、自分が知っているすべての重要な事実は開示しなければならない
3.守秘義務
内部監査人は
3.1. 職務上知り得た情報の使用および保護に慎重でなければならない
3.2. 個人的な利益のために、法律に反したり、組織の合法的かつ倫理的な目的に悪影響を及ぼしたりするような方法で、情報を使用してはならない
4. コンピテンシー
内部監査人は
4.1. 必要な知識、技能および経験を有する業務にのみ従事するものとする
4.2. 「内部監査の専門的実践のための国際基準」に従って内部監査の業務を実践するものとする。
4.3. 熟練度、業務の有効性と質を継続的に向上させなければならない

  https://na.theiia.org/standards-guidance/mandatory-guidance/Pages/Code-of-Ethics.aspx

 

《内部統制について》

Q01:現在、内部統制が重視されるのはなぜ?

A01:そもそも内部統制の起源は、企業規模の増大とともに、企業内における①業務管理上のミスの発生の増加および②従業員による故意の不正の増加等に対して管理の必要性が認識されことにあると言われている。仕事の担当者による自己チェックや隣の担当者との間の相互チェックが始まりだったと言われています。業務の分担も自ずと相互チェックが働く仕組みですね。

企業の発展やビジネス環境の変化等により、ミスや不正の影響が飛躍的に大きくなるとともに内部統制の重要性が強く認識されるようになりました。①組織の大規模化、②取引形態の変化・多様化、③グローバル化、④情報システムの発展、⑤雇用環境の変化等々、内部統制が進化せざるを得ない変化は枚挙に限りがありません。

Q02:内部統制の二つの側面とはどういうものか?

A02:全社的な内部統制と部門ごとの業務プロセスに関する内部統制に分類するのが一般的です。前者は企業インフラに相当する部分で、企業文化、コーポレートガバナンス、リスクマネジメント、従業員の教育研修等々に関する規定などです後者は、個々の職務の管理手続きに当たる部分で、日常が現場で行われている仕事の手続きなどです。

 

《内部監査について》

Q01:内部監査が企業の効率性に貢献するとはどういうことか?

A01:内部監査では、組織の方針や手続きを客観的にレビューすることで、方針や手続きに記載されていることを実行しているか、また、これらのプロセスが固有のリスクを軽減する上で適切であるかを確認することができます。あるいは、ビジネス慣行や手順、ガバナンスプロセスの重複を発見し、合理化のための提案を行うことで、時間とコストの削減を実現します。また、プロセスを継続的に監視・レビューすることで、プロセスの効率性と有効性を向上させるための推奨事項を特定することができます。その結果、組織は人ではなくプロセスに依存するようになると言われています。

Q02:ITセキュリティなどセキュリティが経営問題として急浮上しているが、内部監査はどのように関わっているのか?

A02:現代の内部監査は、サイバーセキュリティ環境を精査します。例えば、すべてのデジタルデバイスを数え、それらがポリシーに沿って保護されているかどうかを検証します。また、デジタルシステムやネットワークの脆弱性を調査し、ギャップを解消するためのアドバイスを行います。

Q03:内部監査に関する誠実さ(integrity)とはどういうことか?

A03:21世紀に入り、エンロンなどの大企業が関与した不正事件が大きな話題となりました。これが、有名なCOSOフレームワークのきっかけとなりました。このスキャンダルの結果、エンロン社は倒産しました。人は必ずしも正直ではありません。また、「過ちは人なり」です。内部監査は、財務諸表を分析・精査し、その正確性と完全性を検証します。

Q04:COSOフレームワークとは?

A04:COSOフレームワークの「内部統制-統合的フレームワーク」では、「内部統制」を、「事業体の取締役会、経営陣、およびその他の人員によって実施され、業務、報告、およびコンプライアンスに関する目標の達成に関して合理的な保証を提供するように設計されたプロセス」と定義しています。ここには内部監査のすべてのアイデアが網羅されています。

Q05:内部監査がリスクを低減するとはどういうことか?

A05:内部監査では、企業に特定されたすべてのリスクを検討し、リスクを軽減する方法が適切に機能しているかどうかを分析します。機能していない場合は、その問題を解決するために何をすべきかが監査報告書に記載されます。

Q06:内部監査はどのようにコンプライアンスの向上するのか?

A06:内部監査では、組織が準拠すべき法律、規制、業界標準をチェックし、実際に準拠しているかどうかを判断します。コンプライアンス違反があった場合、内部監査人はその問題を解決する方法を提案します。

Q07:内部監査はどのようにコントロール(内部統制)を評価するのか?

A07:内部監査が有益なのは、効率性と業務の有効性を評価することで、組織の統制環境を改善するからです。なお、統制環境とは、内部監査基準(内部監査協会)によると、「組織の気風を決定し、組織内のすべての者の統制に関する意識に影響を与えるとともに、他の基本的要素の基礎・基盤となるものです。」コントロール(内部統制)の評価とは統制環境を評価することにあります。

(若杉敬明)

2021ファイナンス研究会 第7回「リスクマネジメントとファイナンス」

Financial Risk Managementをリスクマネジメントの遺憾として捉えるため、講義の冒頭ではリスクマネジメントの体系を説明しようと計画しましたが、時間が足りないので「リスクマネジメントとは何か」「ERMの特徴」と「リスク対策」の概略しか説明することができませんでした。ここではリスクマネジメントのプロセスを捕捉します。

目次:リスクマネジメントのステップ
◆Risk Appetite(リスクアペタイト)
1.潜在的リスク(エクスポージャー)の把握
2.被害の頻度と重大性の測定
3.リスク対策の検討
4.リスク対策案の決定・実行
5.リスク対策状況の監視

◆リスクアペタイト:一概に定義することは難しいがリスクアペタイトは次のような要因によって決まるという例示もある
①業界 ②企業文化 ③競合他社 ④追求する目標の性質(例:どれだけ積極的か)⑤組織の財務力と能力(例:資源が豊富な企業ほど、リスクとそれに伴うコストを喜んで受け入れる可能性がある)
-リスク選好度は時間の経過とともに変化することあるので留意すべきであり、可能であれば、状況、利用可能なリソース、スキル、技術、システムに応じて定期的または継続的にリスク基準に照らしてリスクを評価することが望ましい。例えば、通常で年に1~2回、特定のリスクシナリオでは毎日と言われている。

ステップ1 潜在的なリスクの洗い出し

1.企業のリスク・エクスポージャー()を把握する。リスクマネジメントを行う上で、どのような種類のリスクがあるのかを捉えることが重要
 ①火災や怪我などのハザードリスク
 ②離職率上昇やサプライヤーの倒産などのオペレーショナルリスク
 ③景気後退などのファイナンシャルリスク
 ④新規競合企業やブランドの評判などのストラテジックリスク、等々。
2.企業は、経験や記録(内部情報)、業界の専門家への相談、外部調査(外部情報)などを通じて自社のリスクを特定することができる
-インタビューやグループでのブレーンストーミングも有効
3.リスクの環境は常に変化しているので、このステップは定期的に見直す必要がある!
(*) 企業がリスクに曝されていること。リスクに曝されている資産やその金額

ステップ2 リスク実現の頻度とその影響度の測定

-あるリスクが発生する可能性はどの程度か、発生した場合の影響の重大さはどの程度か
 ・ヒートマップが最近多用されていると言われる
-ヒートマップとは、エリアごとにデータの数値を強弱で色分けしたグラフ
◆リスクマップ
-どのリスクが頻繁に発生し、どのリスクが深刻であるか(したがって、多くのリソースを必要とするか)を詳細に示す視覚的なツール
-①や②により、どのリスクの可能性が大きいか小さいか、または影響が大きいか小さいかを特定することができる
-リスクの頻度と重大度を知ることで、どこに時間と資金を使うべきかがわかり、リスクマネジメント・チームは資源配分の優先順位を決め易くなる
ヒートマップの例1 リスクマップの例1

ステップ3 リスク対策案の検討

・リスクを処理する方法にはどのようなものがあるか、問題は、どの方法がコストと効果の観点からバランスが最適であるか?
・企業には通常、①リスクを受容する ②回避する ③-リスクコントロール策をとる ④移転する という選択肢がある
リスクマップの例2

ステップ4 どの対策を取るかの決定および実

1.合理的な解決策をすべてリストアップする
-望ましい結果を達成できる可能性が最も高いものを選択する
2.人材や資金など、リスクマネジメントに必要なリソースを確定し、関係部署の承認を得る
-通常、シニアマネジメントの計画承認が必要である
-その後、チームメンバーに情報を提供する
・関係者は、必要に応じてトレーニングを受ける
3.リスク対策を、論理的かつ一貫性を持って企業全体で実行するために正式なプロセスと手続きを設定する
-リスクマネジメントに関わる全従業員に手続きの遵守を奨励する。

ステップ5 結果の監視

1.リスクマネジメントはプロセスであり、「終わった」ら忘れてしまうようなプロジェクトではない
-企業、環境、リスクは常に変化しているので、リスクマネジメントのプロセス全体を常に見直されなければならない
2.リスクへの取り組みが効果的であったかどうか、変更や更新が必要であるかどうかを判断する
-実施した戦略が効果的でない場合、チームは新しいプロセスからやり直さなければならないことになることを覚悟しておく
3.企業がリスクマネジメントのプロセスを徐々に公式化し、リスク文化を醸成していけば、変化に直面したときの回復力と適応力が高まる
4.これは、事業環境の全体像に基づいて、より多くの情報に基づいた意思決定を行い、長期的にはより強力なボトムラインを生み出すことになる

 

2021コーポレートガバナンス研究会 第7回「報酬委員会と役員報酬」

Ⅰ 米国における役員報酬の哲学
1. Pay-for-Performance
米国における役員報酬の哲学は一言で言えば Pay-for-Performanceである。執行役員の報酬は業務執行の結果であるパフォーマンスに応じて支払うべきであるという理念に基づいている。一口に報酬と言っても報酬には色々な種類(Plan)があり、それらの組み合わせにより報酬が決定される。それを報酬パッケージ Compensation Packageという。なお、報酬には色々な種類があると述べたが、それらがミックスされるところに、報酬の難しさや奥深さを物語っていることに注意しなければならない。

2.経営者の役割
株式会社の目的は営利である。営利とは事業により利益を上げ、それを出資者である株主に分配することである。株主にとって利益は多い方が望ましい。したがって株主は経営者に利益を追求する経営を望む。しかし、利益を上げる経営により恩恵を受けるのは株主だけではない。会社が十分な利益を上げる力があれば、利益になるべき付加価値の一部を他のステークホルダーのために使うことが出来る。
-従業員に、給料・ボーナスや良好な労働条件を提供できる
-顧客にも、R&D投資による新製品開発などで報いることができる
-取引先企業とは、相手を尊重した良質の取引を行うことができる
 利益追求の結果の利益の一部を費用化して他のステークホルダーに分配する事により、利益はさらなる利益を生むドライブになるので、株主は最終的に高利益による高配当、株価上昇等で報いられる。
事業を管理し利益を実現するのはCEOに代表される経営陣である。株主は、CEOに会社経営を委任する契約とともに報酬を払う契約を結ぶ。委任とは経営を委ねることであり、委託と異なり経営により特定の結果-利益-を実現することを依頼するものではない。その意味で株主からすると毎期の業績は保証されていない。つまりリスクがある。それゆえ、株主は損失のリスクをコントロールしつつ、可能な限り多くの利益を上げる経営を望む。しかし、委任とはCEOにあれこれ指示をする契約ではない。どのようにすれば、経営者に利益追求に本気を出してもらえるであろうか。方法はいろいろあるかも知れないが、われわれは経験的に、人は報酬によって動くことを知っている。報酬契約により、CEOが自発的にやる気(motivation)になり利益に邁進する経営を行ってくれるのではないだろうか。それでは、どのような報酬の仕組みがCEOの利益追求に対するモチベーションになってくれるのであろうか。

3.モチベーションに関する期待理論
仕事において「やる気」を起こさせるのは何か、どのようなメカニズムであるかに関して「期待理論Expectancy Theory」が知られている。V.H.ブルームはモチベーションMがどのように生じるのかというプロセスに着目しそれを解明し、「期待理論」を著書Work and Motivation(1964)において提唱した。

課せられた仕事において、
➀ Efforts(努力)をすればGoal(目標)の達成が高い確率で期待E1できる。
会社との契約で
➁Goalを達成すればそれに相応しいReward(報酬)が支払われると期待E2できる。
③Rewardは自分にとって魅力(valence)があると期待E3できる。
これらの三つの期待の相乗効果でモチベーションが高まるというのがブルームの期待理論である。すなわち、モチベーションの大きさMはこれらの期待Eの積
M=E1×E2×E3
によって決まるというのである。積であるので一つでも低い期待があるとモチベーションが極端に下がってしまうので、三つの期待のバランスが取れていることが重要である。L.W. Porter&E.E. Lawler は、ブルームの期待理論に「仕事に対する報酬を通して企業と目的と社員の目的の一体化」を加えた期待理論を提唱した。頑張った結果に対する報酬に満足した人は、次の仕事に対するモチベーションが上がり、その高いモチベーションで取り組んだ仕事は良い結果を生んで満足する報酬が得られるというように、好循環を生むことを主張した。
期待理論は結果に応じた報酬が動機づけの点で重要な働きをすることを教えてくれている。現代のアメリカ企業においてはPay-for-Performanceが従業員に共通の報酬哲学であり、取締役会も役員報酬に積極的に採用している。株主から会社を預かった取締役会は、業務に関する意思決定を行い、CEO以下の役員に業務執行に関して委任契約する。CEOとの報酬契約を期待理論に基づいて設計するならば、➀CEOのモチベーションを高め、➁CEOが取るパフォーマンス(執行)の質を高め、③営利企業として、株主が満足するサステイナブルかつ大きなパフォーマンス(成果)を期待できるというのである。これを実現する報酬概念が Pay-for-Performance(以下P4Pと略記)であるというのである。

Ⅱ 報酬パッケージ
現代企業における事業の遂行はいろいろな側面を持っている。企業の事業は色々な事業の組み合わせである。一つの事業は通常長期間にわたる。経営者は現在事業から利益を上げなければならないが、同時に将来の利益にも配慮しなければならない。どのような報酬プランが、経営者に短期・長期の利益に向けて動機づけることが可能であろうか。また事業には必ずリスクがともなう。リスクを恐れてリスクゼロの事業を行おうとしてもそれは不可能である。あるとしたら何もしないことである。それでは利益を上げられず、営利の追求という経営者の責任を果たすことができない。経営者に合理的にリスクをとる事業運営をしてもらうためにはどのような報酬プランが適切なのであろうか。役員報酬制度を決定しモニターする指名委員会の責任はここにある。

Ⅲ ニューヨーク証券取引所(NYSE)の指名委員会規整と指名委員会実務
今回の研究会では、上述のような前提―各種の報酬プラン―の下で、NYSEが取締役会の指名委員会にどのような役割を課しているかを紹介するとともに、米国企業の指名委員会実務がどのようなものであるかを紹介する。

《参考》米国におけるCEOの高額報酬問題

CEO報酬国際比較

CEO報酬成長率

米国CEO報酬は一部のCEOに限られるが確かに高額である。世界に類を見ない高額報酬はいかなるデータによっても説明できない。特に不況になると社会的に批判が高まる。株価が上昇していれば株主はCEOの高額報酬を承認するが、その場合でも従業員との格差は社会的にはなかなか受け容れられない。

1.米国のCEO報酬の特徴

そのようなCEOを始めとする米国の経営者の報酬には次のような特徴がある。
-長期インセンティブとして株式報酬のウエートがきわめて大きい
-過去数十年、報酬額が急上昇している
-報酬の上昇率は企業業績とは無関係であり、企業の利益や経済成長率、株価全般の上昇率等々で説明できない
-従業員の賃金との格差-金額・上昇率いずれも-が大きい

コーポレートガバナンス先進国であることを誇る米国においては、NYSE上場企業においては独立取締役から構成される報酬委員会が株主の観点から役員報酬を監督している。CEO報酬の現状は報酬委員会の機能と整合的なのであろうか、ということが問題である。

2.CEOの高報酬の背後にある米国の人材観

ビジネスの世界では、一般に、①優秀な人は高い報酬を稼ぐ、②高い報酬を稼ぐ人は優秀な経済人だ、と考えられている。背景に、企業の目的は利益を上げること、利益に貢献する人は優秀な企業人材であると考える社会的認知がある。つまり、従業員を利益を生むための資源-human resources-と考えており、利益に貢献する人材には高報酬で報いるという慣行がある。企業における人の管理は、Human Resources Management(HRM)と呼ばれ、一人ひとりの従業員に利益への貢献を求めるとともに、貢献に応じて報酬を支給するPay-for-Performanceが常識である。逆に、利益への貢献が小さい仕事、誰にでもできる仕事しか出来ない人は低い報酬に甘んじなければならない

3.CEOの報酬創造の論理

経営者報酬は、全額株価上昇にリンクした業績連動報酬と想定すると、サプライズ投資による株価上昇がなければ、経営者の報酬はゼロである。したがって、経営者は株価上昇を目指して、積極的に投資機会を探索し、見込があれば敢えてリスクテイクを覚悟し投資を実行する。実行した後、経営者は、リスクマネジメントを励行し、安定的な利益の実現と、株価上昇を目指す。利益実現のために常に最善の努力をしていることを、投資家に信じてもらうために、IRミーティング等を積極的に開催する。経営者と投資家との間に信頼関係が成立していれば、新規投資は株主価値を創造し、株価上昇により報酬が実現する。

4.米国のCEO報酬が異常に高騰する理由

報酬委員会は独立取締役のみで構成され、株主価値の観点から役員報酬のあり方を監督しているが・・・・・・

報酬委員会メンバーではないCEOが意外と大きな影響力を持っている。CEOに十分な報酬を払わないと、優秀な将来のCEO候補を他社にとられてしまうなどと進言すると報酬委員会はそれを容易に受け容れてしまう傾向があると言われる。米国ではベンチマーキングがごく普通の実務のやり方である。ベンチマーキングとは他社をお手本とすることで、世間並みを目指す方法である。そこで報酬調査を参考に決めようとするが、どの会社も平均より上を目指す。その結果、CEOの報酬全体が上昇することになると言われる。 (若杉敬明)

 

2021ファイナンス研究会 第6回「株主価値創造の投資決定理論」

今回のファイナンス研究会においては、株主価値創造のための投資の経済計算の基本指標として、正味現在価値法(NPV)と内部利益率法(IRR)を取り上げる。ここではその背景にある思想を紹介する。

そこには18世紀の産業革命による資本主義の成立と20世紀後半の資本市場の発展という背景がある。

1.18世紀後半に英国で始まった産業革命が製造業を一変させた。大規模な生産設備を用いた大量生産そして大量販売の時代が到来した。大規模な生産設備を持つには大きな資金が必要であるのでファイナンスが発達した。同時に大量販売のためのマーケティングが発達した。時代は下るが、第二次大戦終了後、戦争による技術革新の成果が波及し、米国経済は生産性の向上により急成長し、国民は豊かになり資本の蓄積が急速に須進んだ。その結果、資本に関する経済学が発達した。

2.それがファイナンスである。資本コスト論を中心に資本の「調達」に関する経済理論が発展するとともに、それに対応して資本の運用に関する経済理論が発展した。企業が生産活動の拡大に資本を投下する際の資本予算(capital  budgeting )および貯蓄を株式や債券などの金融資産に運用するための資産運用理論(portfolio theory)等である。

3.株式会社の目的は営利であり、事業を行うことにより、付加価値を生産し、付加価値から賃金・利息を支払った残りである純利益を株主に分配する事である。既存製品の拡大投資にせよ新製品投資にせよ、新規投資は事業を拡大させ付加価値生産を増加させ株主への純利益を長期的に増殖させる。それを株主価値の創造という。

4.投資とは、①最初に資本を調達して設備などへの投資を行い、②その後複数期間にわたって行われる事業から販売収益(売上高)を得て、③そこから投下資本を回収するとともに(企業会計的には減価償却費の計上)、資本に分配する利益を獲得することである。

5.ゴーイングコンサーンと想定される株式会社が、将来、稼得すると予想される純利益の現在価値が株主価値である。株主の資本を自己資本として設立され営利を追求する株式会社は、新規投資を行うことにより、将来の純利益を増加させ株主価値創造を目指す。そのための、経済性計算-新規投資は株主価値を創造するか否かの判断-が、資本予算Capital Budgetingあるいは投資の経済計算Investment Appraisalと呼ばれる。前者は、企業において希少な資本をどの投資案に配分するかという予算編成(Budgeting)のプロセスから派生した呼び名であり、後者は投資の採算性評価を中心として呼称である。

6.米国では、投資プロジェクトの評価尺度として会計的利益率(ARR:Accounting Rate of Return)または投資利益率(ROI:Return on Investment)あるいは回収期間(PB:Payback Period)が実務では普及していた。前者は投資期間中の年間平均会計利益を投資額で割った利益率であり、後者は年間キャッシュフロー(利益+減価償却費)により投資額を回収するのに要する期間を表す。

7.第二次大戦後、資本市場の発達を背景に、①キャッシュフロー概念、および②貨幣の時間価値概念が実務界に浸透し、③割引現在価値の合理性が認識され用いられるようになった。その結果、正味現在価値NPVおよび内部利益率法IRRが正当な投資の経済性評価指標として認知され、DCF法と呼ばれるようになった。ただし、欠点が指摘されているが、依然として、伝統的なARRもPBも広く利用されている。しかし、資本市場における資本のコストを認識する立場からは、①ARRの欠点としては貨幣の時間価値を考慮していないこと、および②PBの欠点としては投資の全期間のキャッシュフローを考慮していないことが指摘されている。それぞれ実務的には実感に合うことは理解できるので、現代ファイナンスの観点からは、DCF法をサポートする補助的な方法として利用することが推奨されている。

(若杉敬明)

2021コーポレートガバナンス研究会 第6回「指名/コーポレートガバナンス委員会とCEOサクセッション」

【参加者とのQ&A】

Q01:レジュメP17でナスダックのBoardDiversity Ruleについて紹介されていますが、女性と自認する個人1名以上。過小評価されている社会的少数者1名以上というcomply or explain要件は欧州のクオータ制に比べるとかなり控えめなものに見えますが、この控えめな要件ですらようやく今年の8月に導入されたということについて意外の感を持ちました。この要件が導入される前はナスダックにおいてダイバーシティについてのルールは存在しなかったのでしょうか?また、ナスダック以外の市場においてのアメリカの市場ではこのようなルールはないのでしょうか?

A01:アメリカではもっぱら「独立取締役」に焦点が当てられており、取締役会の多様性は重視されてこなかったのだと思います。私の経験では、建前はともかく意外にもアメリカ人男性の心は女性蔑視そのものです。米国の伝統的な大会社はWASPの世界です。その取締役会は伝統的に男性中心であることは容易に想像できます。何年か前に、アメリカ企業の取締役会について多様性が議論されるようになったのは企業社会で給料等で女性差別が度を過ごしているからだという記事を読んだ記憶があります。以上は私の偏見かも知れませんが、Forbesの記事”New Policy Requires Diversity On Corporate Boards For Nasdaq-Listed Companies”を読むとアメリカでジェンダー・ダイバーシティが関心を呼ぶようになったのは、ヨーロッパよりはるかに最近のことであることが分ります。おそらくNASDAQのルールが嚆矢だと思います。(若杉敬明)

Q02:レジュメ..20~21の「取締役会のスキルマトリックス」「取締役会の視点とコンピテンシー」の説明は大変印象深かったのですが、この部分の内容はブログでもふれられているオーストラリアのローファームの作成したウェブサイト”Board skills: building the right board”を要約したものだと理解しました。何故ここで特にオーストラリアのウェブサイトを取り上げられたのでしょうか?同様の論理をアメリカやイギリスのローファームは展開していないのでしょうか?またPPレジュメP22の「取締役に要求されるスキル/コンピテンシー」についてはとても分かりやすく、今後講演などで使わせていただければと思うのですが、この部分も上記”Board skills: building the right board”からとられたものでしょうか?ウェブサイトに行って読んでみた限りこの部分の記述が見つからなかったのですが?

A02:PPT資料P.21の最後の4行はブログで引用として紹介している”Board skills: building the right board”の記述をそのまま引用していますが、P.20~21の全体は、いろいろなサイトを調べた結果の私なりのスキルマトリックスの考え方を述べたもので特定の記事の要約ではありません。なお、P.22のリストはほとんど引用ですので、P.21の青字「次頁の表」でリンクしたつもりでしたが、青色だけが残ってURLが消えてしまいました。元のPPTファイルをチェックしましたがそこでもリンク先URLが消えていました。他のページのリンクを示す青字はすべてURLが消えていました。何が起こったのか分りません。ブラウザーの履歴をチェックしましたが一ヶ月半以上前のアクセスのせいか、3時間ぐらい掛けても見つかりませんでした。申し訳ありませんが、今のところ出所不明としか説明しようがありません。②なぜオーストラリアか?の質問ですが、”Board skills: building the right board”についてはたまたまです。非常に多数のサイトを調べましたが、これが内容の点でサイズの点でもベストと判断した結果です。多様性に関してASXのコーポレートガバナンス原則を引用したのは、オーストラリアでも取引所が多様性を取り上げるようになったのかと、少し印象的だったからです。ただ、ジェンダーダイバーシティのみに触れられていることには、ダイバーシティの本質は、事業戦略に合ったダイバーシティというのが私の考え方ですので違和感を持っています。これに関してはブログに書き足します。(若杉敬明)

第6回研究会について

今月から研究会は取締役会のガバナンスの各論に入ります。その第1回は指名/コーポレートガバナンス委員会です。NYSEの上場会社マニュアルは指名/コーポレートガバナンス委員会の憲章を作成することを求めています。その事例としてネオジェノミクス株式会社の委員会憲章を紹介します(最後尾)。後半では21世紀に入ってから注目を浴びているCEO Succession PLanningについて紹介しますので、個々ではなぜCEOの後継者問題が注目を浴びているかを紹介します。

《A》取締役会における多様性の必要性

  ASX(オーストラリア証券取引所)も、NASDAQに先立ち「コーポレートガバナンス原則と勧告」第4版(2019)で取締役会の多様性を強調しています。ここではジェンダーダイバーシティが強調されていますが、ジェンダーやマイノリティの問題は社会的には重要ですが、ガバナンスの観点からは本質的な問題ではありません。会社の事業を将来に向けて牽引していくガバナンスの観点からは、将来の事業経営を監督できる事業経営にあった多様性でなければならないからです。その点に注意しながら次の引用文を読んでください。

 「多様性は、特に競争の激しい労働市場において、上場企業の資産であり、総合的なパフォーマンスの向上に寄与するものと考えられるようになってきています。取締役会又は取締役会の委員会が設定する多様性の目標は、監視及び測定が可能であり、かつ、測定される、適切かつ意味のあるベンチマークを含むべきである。これには、例えば以下のようなものが含まれます
 - 指定された期間内に、取締役、上級管理職、および従業員に占める女性の割合の具体的な数値目標を達成する。
 -将来の上級管理職への引き継ぎを考慮できる多様な人材のパイプラインを構築するために、特定の期間内に主要な業務上の役割における女性の割合について特定の数値目標を達成すること
 -職場男女共同参画法の「男女共同参画指標」の具体的な目標を達成すること。ダイバーシティ・ポリシーの導入」や「ダイバーシティ・カウンシルの設立」のような数値によらない目標や、「インクルージョンの文化の実現」のような意欲的な目標は、個々には価値があっても、適切な数値目標で裏打ちされていなければ、ジェンダー・ダイバーシティの改善には効果的ではないと思われます。取締役会または委員会は、責任範囲内のジェンダー参加に関する上級管理職の主要業績評価指標を設定し、報酬の一部を(直接または「バランススコアカード」の一部として)これらのKPIの達成に関連付けることを検討するとよいでしょう。」

《B》取締役会のスキルマトリックス(コンピテンシーマトリックス) 

1.スキルとコンピテンシー 

◆スキルとは、与えられた仕事をうまくこなすために必要な、具体的な学習能力のことです。例えば、会計処理やコーディング、溶接や入札書の作成など、職種によってさまざまです。しかし、ハードスキルとソフトスキルには違いがあります。ハードスキルは、専門家が特定の資格や専門的な経験を通じて示すことのできる、技術的で定量化可能なスキルであるのに対し、ソフトスキルは、特定の職業にあまり根ざしていない、非技術的なスキルである。例えば、ハードスキルの例としては、コンピュータプログラミングや外国語の能力などがあり、ソフトスキルの例としては、時間管理や言葉によるコミュニケーションなどが挙げられます。
コンピテンシーとは、仕事で成功を収めるためのその人の知識や行動のことです。コンピテンシーの例としては、ビジネスプロセスの改善、戦略的計画、データに基づく意思決定などが挙げられます。コンピテンシーは、個人の行動が、その役割において望ましい結果をもたらすことを効果的に説明します。スキルと同様に、コンピテンシーにもさまざまな種類があります。コアコンピテンシーとは、成功した従業員が組織の中で昇進するために必要なコンピテンシーのことです。マーケターのアジャ・デイビス・アイブルは、「コアコンピテンシーとは、あなたの中核となるものであり、あなたがどのように働くのかを示すものである。

  • ハードスキルの例:Team Building、Writing Skills、Strategic Management、Speaking and Listening Skills、Data Management、Persuading and Influencing Team Members、Planning and Organization
  • コアコンピテンシーの例: Problem-solving、Time management、Teamwork、Responsibility、Focus、Adaptability、Conscientiousness

https://social.hays.com/2019/10/04/skills-competencies-whats-the-difference/

2.スキルマトリックスvsコンピテンシーマトリックス

 上述のようにコンピテンシーは能力であり、スキルは通常、学習されたタスクのことである。例えば、コンピテンシーは才能や習慣から発展する場合もあれば、1つまたは複数のスキルから構成される場合もある。一方、スキルとは、学習された能力のことです。スキルは、才能や興味によって高められることもあります。コンピテンシーは、スキルやスキルセットを含むカテゴリーと考えるとよいかもしれません。
 スキルマトリクスとは、組織、グループ、チーム内の個人のスキルやコンピテンシーを明確に把握するためのビジュアルツールであり、スキルマネジメントの一部である。スキルマネジメントの主な目的は、人とそのスキルおよびコンピテンシーを理解し、組織を開発し、活用し、そのパフォーマンスを分析するためのツールである。そこではスキルとコンピテンシーの両者が総合的に評価されるので「コンピテンシーマトリックス」とも呼ばれる。

3.取締役会のスキルマトリックス

「他の人のスキル/コンピテンシーが不足していることを批判するためのものではない。重要なのは、他の人のスキル/コンピテンシーの価値と有効性を認識し、集団の目的を達成するために必要なスキル/コンピテンシーを持つ人を組み合わせることである。」J.B. Reid, Commonsense Corporate Governance, Sydney: AICD, 2002

スキルマトリックスは開示するために作成されるものではない。ある部門の目的を効率的・効果的に達成するためには、それに相応しい人的構成を実現することが望ましい。部門をとりまく環境が変化すれば人的構成も替えなければならない。その際に利用されるのがスキルマトリックスである。取締役会に関しても同様である。マネジメントのパフォーマンスを最大化するためには取締役会の能力を変えることが必要なこともある。そのような場合、取締役の入れ替えや取締役の新規採用が必要になるであろう。取締役会のスキルマトリックスが活用される所以である。

スキルマトリックスは投資家に開示されるために作成されるものではない。取締役会の自己評価、実効性評価には生かされ開示につながるであろうが、あくまでもその本来の目的は取締役会構成の最適化という取締役会の内部管理が目的である。スキルマトリックスは特に取締役の選任の際に利用される。

以下は”Board skills: building the right board”からの引用である。https://www.effectivegovernance.com.au/page/knowledge-centre/news-articles/board-skills-building-the-right-board

取締役選任
ますます多くの取締役会が、より構造化された専門的な取締役選定プロセスに取り組んでいます。そのようなプロセスでは、一般的に以下の点が考慮されます。
 -戦略的方向性とスキルの整合性。
 -現在の取締役会の構成に付加価値があるかどうか
 -取締役会との文化的適合性
 -効果的な貢献者となるために必要な時間、および
 -サクセッションプランニング。
適切な取締役会を構築するには、取締役の経験、スキル、属性、能力を考慮した上で、取締役のコンピテンシーを理解する必要があります。取締役のコンピテンシーには、技術的コンピテンシーと行動的コンピテンシーという2つの異なる領域があります。技術的コンピテンシーとは、会計や法律のスキル、業界知識、戦略立案やコーポレート・ガバナンスの経験など、ディレクターの技術的なスキルや経験(「知っておくべきこと、できること」)を指します。行動的コンピテンシーとは、ディレクターの能力と個人的特性(「知っていることをどのように適用するか、個人的・対人的スキル」)であり、例えば、「オーナーシップ」との関連性、人や状況に積極的に影響を与える能力、複雑な情報を吸収・統合する能力、時間的余裕、正直さと誠実さ、高い倫理基準などが含まれます。(若杉注:第三のコンピテンシーとしてリーダーシップが挙げられることがある)
 
取締役会は、取締役の資格や経験を記載した履歴書では明らかにならない取締役の能力にあまり注意を払わないことが多い。そのため、取締役会は以下のような能力を持つ取締役の組み合わせを必要としているかどうかを検討する必要があります。
 
 -複雑な情報を素早く吸収し、総合的に判断することができる。
 -説得力のある議論を展開し、提供する。
 -革新的であり、枠にとらわれない考え方をする。
 -問題を詳細なレベルと「大局的な」レベルの両方で理解する。
 -すべての取締役は、取締役会で簡潔かつ効果的に主張する能力を持つ必要があり、決して話さない「サイレント」な取締役や、すべての議論を支配しようとする「ラウドマウス」な取締役になることはありません。
 -個人を取締役として再任、指名、任命する前に、取締役会は以下を行うべきである。
 -ある取締役会に必要とされる特定の能力やスキルは、他の取締役会に必要とされるものとは異なる可能性があることを認識した上で、取締役会全体としてどのような能力やスキルを持つべきかを検討する。
 -現職の取締役がどのような能力とスキルを持っているかを評価する。一人の取締役が必要とされる能力やスキルをすべて持っていることはあり得ないので、各個人がそれぞれ貢献するグループとして取締役会を考えるべきである。
 -取締役の性格と、現在の取締役会の文化との適合性を検討する。検討に値する属性としては、自己認識、誠実さ、高い倫理基準などが挙げられます。ボードルームのダイナミクスは、存在するパーソナリティや行動タイプによって影響を受けるため、これらの資質にも注意を払う必要があります。(翻訳はDeepLによる)
 

《C》CEO後継者育成計画 CEO Succession Planning

Ⅰ 米国企業ではなぜCEO後継者育成が関心を集めているのか
 -CEOの育成・選任に関する認識の変化の背景-

1.現代の企業環境下では正しい後継者選びが重要との認識の定着
 ① 経済環境の変動が激化 ② 地球規模で不確実性が増大 ③ 先進国の経済縮小・発展途上国の台頭

2.ミラー効果の弊害
 米国でも、従来はCEO自身が後継者を選ぶのが一般的であった。しかし、行動心理学の発展とともに、その後継者選びには心理的バイアスが伴いやすいことが認識されるようになった。それは、CEOは自分自身に似た人物を後継者として選ぶ傾向があるという癖でミラー効果(Mirror Effect)と呼ばれる。CEOはこれからの事業環境を考えると、自分では限界があると感じるから後継者に譲ろうとする。将来は過去・現在とは異なるという自覚であるから、むしろ自分とは異なるタイプの人材に会社の将来を託すべきである。自分と似たような経営者を選んでは会社の未来に期待できない。実際、多くの会社が後継者選びの失敗で経営破綻の憂き目にあって来た。

3.HR関連指標と企業業績の相関関係
 多数の調査・研究が、外部採用のCEOは内部昇格のCEOよりもパフォーマンスが低く、在任期間も短くなりがちであることを指摘している。外部採用のCEOが業界や会社のことが分るようになるにはそれなりの時間がかかる。会社の文化・風土を理解しないまま外部者を経営トップに据えることの危険性が懸念されてきたが、多くの実証研究が蓄積されそれが科学的に証明されたのである。この事実を受け、企業が自発的に、会社に対するロイヤリティの高い、内部昇格組を重視するようになってきている。

4.人材引き留め策
 経営者の人材難が続く中、市場は経営者の奪い合い状態である。その結果、外部から招いたCEOの報酬は高騰を続けている(それにともない内部昇格のCEOの報酬も高くなっている)。それならば社内でCEO人材を育成しようという動きが出るのは当然のことである。しかし、優秀な人材には外部から魔の手が伸びる。まごまごしていると将来を有望視されている人材が引き抜かれてしまう。社内で早期に有望な人材を選抜し、本人に将来のCEO候補であることを自覚させつつ、社内でキャリアを高めるために適切なエリート教育を施すことが必要であるとの認識が広まっている。最近では、社内人材の経営陣への昇進率を経営指標にする企業が増加しているとも言われる。

5.投資家の関心
 企業内の人材育成の動きに対応して投資家が企業価値を評価する際、財務指標のみならずサクセッション・プランにも注目するようになってきたと言われる。次のようなことを考慮して、企業のリスクマネジメント・レベルを評価する投資家が出てきたのである。すなわち① 将来起こりうるCEOの交代にどのように備えているのか  ② 不意のCEO交代時に対応できる人材パイプラインが作られているか。後者②のような場合、急場しのぎにCEOを外部から採用すると、長期的展望のない企業と判断され、株価が下落するケースが見られるようになっている。

6.企業の変容
 間違ったCEO選びが、会社の将来を簡単に狂わせる事実が頻発し、企業自身がCEOの後任問題に真剣に取り組むようになってきた。多くの企業が、CEO自身が人事部門・研修部門等からの報告を定例化し会社の将来を支える人材がどのようにどれだけ用意されているか(パイプライン)に常に配慮し、合理的な後継者育成に取り組むようになっている。人材コンサルタントも有望なマーケットとして力を入れている。

7.まとめ
 「CEO Succession PlanningはCEOが責任を持って行う」というのが現代の米国企業における基本認識になってきた。去りゆくCEOが後継者指名に大きな影響を与えるという従来の慣行が一見続いているように見えるが、①取締役会がCEOの後継者育成プログラムの運営を監視しより多面的な視点から社内外の人材を評価するようになってきたことや、② 取締役会の監視の下、CEO自身がCHRO(人材担当役員)などと連携して『CEO後継者育成計画』を運営し、CEO後継者の育成・選任にコミットするという点で本質的な変化が生じていることは注目に値する。 (若杉敬明)

Ⅱ 将来のCEO育成における現在のCEOの役割:現在の利益と将来の利益

-CEOは現在の事業から利益を上げると共に、将来の利益のために手を打って置かなければならない

-将来の利益のためには、経済・社会・業界そして自社の将来を見通して5年後、10年後、20年後の事業ドメインを想定し、ビジョンを描き、それを実現する戦略を策定する。同時に、将来の事業に相応しいCEO像に向けて部下を育成する。その意味ではCEOには「先見性」と「リーダーシップ」が不可欠である。 ⇨「自社を差別化する最重要な経営資源は、経営の担い手であるCEOである」

-技術・モノ・カネも重要であるが、金余りの現代は、優れた事業にはカネが集まってくる。カネがあれば何でも買える。その前提は優れた経営、すぐれた経営者である。 優れた経営能力は希少な存在であり、市場で調達しようとすると超過収益はほとんど外部から来たCEOの報酬になってしまう。

Ⅲ CEOサクセッション・プラニングの担い手

次の四者であるプランの運営者はあくまでもCEOとCHRO/HR部門
① 現在のCEO (⇦ CFOのサクセッションはCFOが担当)
 -現CEOは、業務遂行の過程で、①CEOの要件も認識し、②社内の事情に精通している
② 取締役会
 -取締役会はCEOの選任義務を負うが内部の事情には疎い。したがって、CEOとの密接なコミュニケーションが不可欠である。
③ CHROおよびHR部門
 -HR部門は当然社内の人材に精通しており人材データベースも持っている。
④ 外部のエグゼクティブ・サーチ会社、等
-パイプラインに投入すべき人材が社内にいなければ社外の人材を調達せざるをえないので、人材サーチ会社の利用が不可欠である。

(若杉敬明)

◆D◆指名委員会憲章の事例

指名委員会およびコーポレート・ガバナンス委員会憲章
ネオゲノミクス(株)取締役会 2014年10月14日

(注)ネオゲノミクス(NeoGenomics, Inc.)は、がん遺伝子診断検査サービスに特化する臨床検査室のネットワークを運営。細胞遺伝学、蛍光遺伝子プローブ法(FISH)、流動細胞分析法、形態学、解剖病理学、分子遺伝子検査を含むサービスを、病理学者、がん専門医、泌尿器科医、病院に提供する。)

 Ⅰ 要約
 指名およびコーポレート・ガバナンス委員会(以下「当委員会」)は、以下の責任を果たすために、当社の取締役会(以下「取締役会」)によって設立される。
  (i)取締役会の規模、構成、機能および義務を、ニーズに合致しているかという観点からレビューおよび評価する。
  (ii)取締役会および下部委員会の候補者に関する選任基準を確立し、株主から提出された候補者の検討を含め、選任基準に合致する取締役会・下部委員会のメンバーになる資格のある取締役を特定する。
 (iii)取締役が選任される次回の年次株主総会または特別株主総会での選任、またはそれら株主総会の間に発生する可能性のある欠員または新たに創設された取締役の補充を取締役会に推奨する。
 (iv)取締役会に下部委員会の委員に任命する取締役を推薦する。
  (v)取締役会に対して取締役の独立性判断基準を勧告する。
 (vi)取締役会の評価を監督する。
(vii)会社のコーポレート・ガバナンス・ガイドラインを作成して取締役会に提案するとともに、ガイドラインの遵守を監視する。
(viii)コーポレート・ガバナンスの法律と慣行、および公開会社の取締役の義務と責任について動向を監視する。

 II 当委員会の構成と運営
 当委員会は、取締役会が独立しているとみなし、ナスダックの規則に従って独立要件を満たす取締役のみで構成される、少なくとも3名のメンバーで構成される。取締役会は、毎年、欠員または新たに創設された役職が発生したときに、当委員会に任命する候補者を推薦する。当委員会のメンバーは取締役会によって任命されるものとし、取締役会はいつでも解任することができる。取締役会は、当委員会の推薦に基づき、当委員会の会議の議題を承認する当委員会委員長を指名する。
 当委員会は、当委員会が取締役候補者を特定する際に利用する人材調査会社との契約および解約については、当委員会のみが権限を持つ。これには、調査会社の料金およびその他の保持条件を承認する一切の権限が含まれる。
 当委員会は、会社の最善の利益のために適切であると判断した場合、小委員会または当委員会の委員長に権限委譲することができる。当委員会はまた、適切とみなす場合、弁護士または他の顧問と契約することができる。コンサルタントまたはアドバイザーとの契約および解約、かつコンサルタントまたはアドバイザーと料金およびその他すべての条件の契約に関して、当委員会のみが権限を有する。ただし、当委員会は、監査委員会の承認なしに、当社の独立監査人にサービスの実行を依頼することはできない。当委員会は、当委員会が決定した適切な金額を当社から受け取り、弁護士、監査人、またはその他の顧問に支払う。

 III 会議
 当委員会は、状況に応じて、ただし少なくとも年に一度は会議を開催する。当委員会の委員長は、当委員会メンバーと協議して、当委員会の会議の頻度と時間を決定し、当憲章が定めた会議の議題を設定する。
 当委員会は、その責任を遂行するために、取締役、会社の経営陣、および適切と思われるその他の者に会議への出席を求めることができる。当委員会はまた、責任を遂行するために適切である場合特定の者を会議から除外することができる。
 会議成立の定足数は当委員会メンバーの過半数(2人以上)である。法令で別段の定めがある場合を除き、定足数を満たしている場合、出席メンバーの過半数の賛成で当委員会の決定とすることができる。当委員会は電話またはビデオ会議で会合することも、また全会一致の書面による同意によって決定することもできる。定足数に足りない場合、出席している当委員会メンバーの過半数の合意により、出席者が定足数に足りるまで会議の開始を延期することができる。
 当委員会は、当委員会以外の者を幹事として任命し、議事録の作成とその保管とを委ねる。会議の議題次第は幹事が作成し、可能な限り各会合の開催前に当委員会メンバーに回覧することが望ましい。

 IV 責任と義務
  以下の事項は、本憲章のセクションⅠに要約されている責任を果たす上で、当委員会がなすべき一般的かつ定期的な活動である。これらの機能は、当委員会が追加の機能を実行し、ビジネス、立法、規制、法律、またはその他の条件の変化に照らして適切な追加のポリシーと手順を採用する可能性があることを理解した上でガイドとして機能する必要がある。当委員会はまた、本憲章のセクションⅠに要約されている委員会の目的に関連して、取締役会から委任されたその他の責任および義務を随時実行する。

◆取締役会および下部委員会の候補者
1.当委員会は、取締役会のメンバーとなる資格のある個人を探し、特定することを監視する。
2.当委員会は、取締役会および下部委員会のメンバーの基準を取締役会に勧告し、取締役会および下部委員会のメンバーとして個人を推薦するものとする。さらに、当委員会は、下部委員会の委員長を務める取締役会メンバーを取締役会に推薦するものとする。取締役会および下部委員会のメンバーを推薦するにあたり、当委員会は以下を行うものとする。

-取締役会によって承認された基準に基づいて、取締役会または取締役会下部委員会メンバーとなるための候補者の資格を検討する(各候補者の独立性に関する条件の決定を含む)(および、監査委員会メンバーの目的のために法律またはNasdaq規則の下で要求される可能性のある、強化された独立性、財務リテラシーおよび財務専門家の基準をも考慮する)。
-取締役会メンバーへの再指名または取締役会下部委員会メンバーへの再指名をする場合、当該取締役の業績を評価する。

-取締役会、会社および各下部委員会の現在の課題およびニーズに照らして、取締役会および下部委員会の構成を定期的に見直し、判断力、多様性、年齢、技能、経歴および経験の問題を考慮した上で、個人を追加または除外することが適切かどうかを判断する。
-会社のコーポレート・ガバナンス・ガイドラインに記載されている要因、または当委員会もしくは取締役会が適切とみなすその他の要因を検討する。

◆取締役会および下部委員会の評価
3.少なくとも年1回、当委員会は、取締役会および下部委員会が効果的に機能しているかどうかを判断するための自己評価において取締役会をリードするものとする。当委員会は、評価プロセスを監督し、その結果(変更提案の勧告を含む)を取締役会に報告する。
4.少なくとも年1回、委員会は、各下部委員会が作成したパフォーマンスに関する自己評価を再点検し、取締役会に対する変更提案を検討するものとする。
5.当委員会は、当委員会が取締役会または下部委員会の規模、あるいは取締役会の下部委員会構成に望ましいと考える変更がある場合、取締役会に勧告する。

◆コーポレート・ガバナンスに関する事項
6.当委員会は、会社のコーポレート・ガバナンス・ガイドラインを作成し、取締役会に勧告する。少なくとも年1回、当委員会はコーポレート・ガバナンス・ガイドラインの妥当性を見直し、再評価し、変更提案があれば取締役会に勧告する
7.当委員会は、コーポレート・ガバナンスの動向を監視し、当委員会が適切と見なすコーポレート・ガバナンスのあらゆる事項に関して取締役会に勧告を行う、あるいは必要な行動をとる。
8.当委員会は、会社のコーポレート・ガバナンス・ガイドラインで当委員会に割り当てられたあらゆるタスクに責任を負う。
9.当委員会は、関係者が直接または間接的に重要な利害を持つ可能性のある取引または取引案をレビューし承認する。さらに、当委員会は、潜在的な利益相反を構成するものとして、取締役、執行役員、上級財務役員が弁護士またはコーポレート・セクレタリーに開示した件、および利益相反のおそれがあるとして取締役会がレビューしていない取引等をレビューし、コーポレート・ガバナンス・ガイドラインの該当する規定に従って、それらの関係または取引について、承認または不承認を決定する。
10.当委員会は、会社の企業行動倫理規範の遵守状況を監視する。これには、企業行動倫理規範の適切な遵守を確保するための会社の手続きの妥当性および有効性を弁護士と検討することも含まれる。取締役、執行役員、上級財務役員に対する会社の企業行動倫理規範の免除は、当委員会または取締役会の独立取締役の過半数によって承認されなければならない。また、当委員会は、当委員会が適切と判断した場合、企業行動倫理規範の修正を取締役会に勧告する。

◆取締役のオリエンテーションおよび継続的教育
11.当委員会は、取締役のためのオリエンテーションおよび継続教育プログラムを監視する。

◆取締役会への報告
12.取締役会の定例会合において、当委員会は、取締役会の前回の定例会合以降当当委員会が開催した会合または講じた措置について、当委員会が適切と考える勧告とともに理事会に報告するものとする。
13.当委員会は、定期的に取締役会に報告するものとする。
14.少なくとも年1回、当委員会は自らのパフォーマンスを評価し、その結果を取締役会に報告する。
15.当委員会は、本憲章の妥当性を定期的に見直し、評価し、提案された変更を承認のために取締役会に勧告する。

Ⅴ 年次業績評価
 当委員会は、本憲章に対する委員会のコンプライアンスの見直しを含む、委員会およびそのメンバーのパフォーマンスの見直しおよび評価を少なくとも年1回行う。さらに、当委員会は、少なくとも年1回、本憲章の妥当性を見直し、再評価し、当委員会が必要または価値があると考える本憲章の改善を取締役会に推奨するものとする。当委員会は、適切と思われる方法でかかる評価およびレビューを行う。(若杉敬明訳)

 

2021コーポレートガバナンス研究会 第5回「コーポレートガバナンスのベストプラクティス」

Q&Aセッション

はじめに
 第5回研究会はコーポレートガバナンスのベストプラクティスとして米国のニューヨーク証券取引所(NYSE)の上場会社マニュアルを紹介しました。これは米国における上場会社の実務(practice)をベースにNYSEが理想と考える取締役会のガバナンスのあるべき姿を示したものであると私は考えています。会社法は株式会社のあるべき骨格(機関)を定めているに過ぎません。株式会社の実務は個々の会社の事業およびその経営環境等の実態を踏まえて多種多様であるのは当然です。NYSEの上場会社マニュアルはそれを前提に多様な会社実務の共通項を体系化したものです。当然それがベストでない企業も多数あります。だからこそ、「マニュアル」は、取引所規則soft lawという形で施行され、それは”Comply or explain”を許容するという寛容さを備えています。
 会社法は、取締役会の権限として①業務意思決定、②業務意思決定を執行する執行役員の監督、そして③代表執行役員の選任を定めていますが、これは各国共通と言われています。この枠組みの下で、取締役会の実務の現実は、マネジメントモデルとモニタリングモデルに大別されると言われています。わが国の多くの企業は前者であり、後者はごく一部です。前者は取締役が業務執行役員(経営者)を兼ね、監督と業務執行が一体化した取締役会であり、後者はガバナンスとマネジメントの分離(取締役と執行役員は原則として別人とする)の下で、取締役会が業務執行役員の業績を厳しく評価するタイプです。業績を客観的に評価するためには取締役会が独立であることが前提になります。それゆえ取締役会は独立取締役を主体に構成されなければなりません。このタイプの取締役会が世界のベストプラクティスであると私は信じています。
 モニタリングモデルの構造は複雑です。以下、米国の実務を前提に考えていきます。業績評価をするためには予めそのフレームワークを定めておかなければなりません。まず主要な業績指標に関して目標を定めます。そして目標の達成度に応じたインセンティブ報酬制度を設計をします。独立社外取締役が報酬制度の設計を行うことはできませんから、HR部門の報酬制度のプロが、必要に応じて報酬コンサルタントの助けを借りて、役員報酬プランを決定します。KPIの選定等に当たっては企画部門の参加も必要でしょう。報酬委員会の職務は、できあがった報酬制度の事前チェックと、それが期待通り機能したかの事後チェックということになります。次に、監査委員会ですが、NYSEは上場会社は、内部統制機能しているか否かを監査するために内部監査部門を置くように指示した上で、監査委員会の職務は、内部監査が厳正に行われるように内部監査人の独立性の検証することであるとしています。会計報告についても同様に外部監査人の独立性の検証を義務づけています。しかし監査自体は、監査委員会が行うわけではなく内部監査室および外部監査人が行います。その意味では、監査委員会の職責の前提は執行部門である内部監査および会計監査部門です。このように報酬委員会および監査委員会は、当該執行部門の協力を得つつ、業務執行を評価すると言うことになります。執行と監督のコラボが前提ですが、監督は独立でなければなりません。繰り返しになりますが取締役会は独立取締役を中心に構成されなければならない所以です。
 指名委員会も同様にHR部門など執行部門の活動が前提になります。HR部門は絶えず外部の人材をサーチしていますから、社内人材のデータベースだけでなく社外人材のデータベース(へのアクセス)を持っています。社外に求めるのが原則である独立取締役候補のリスト作りHR部門に任せるのがベストです。もちろん多くの場合人材コンサルタントの活用も不可欠でしょう。取締役候補者のリス伝統的な指名委員会の仕事でしたが、現在のNYSEマニュアルは、指名委員会にそれ以上のことを求めています。つまりコーポレートガバナンスの体制作りです。取締役会の下部委員会設置の決定からメンバーおよび委員長の選定までやらなければなりません。その上、コーポレートガバナンスガイドラインも決定しなければなりません。HR部門への依存は非常に大きいと言わざるを得ません。このように考えると、指名委員会は必要な人材を備えた独自・独立のオフィスを持つことも意味があると思います。指名委員会に課された以上のような役割から、米国では指名委員会は取締役会のガバナンスの頂点と位置づけられており、指名委員会委員長は取締役のトップとされています。
 つまり、取締役会の三委員会の活動はすべて執行部門の活動に支えられています。取締役会のモニタリングモデルの名称の由来は、取締役会の活動は業務執行部門の関連する活動のモニタリングであることに由来しています。(若杉敬明)

Q01:3つの委員会の役割は、執行部門の監督につき同部門と密に関係しながら、取締役会の内部機関として、特定分野の職務を遂行していると理解しています。この点、
①報酬委員会は、執行部門(HR部門)と連携しながら執行部問の長(CEO)のインセンティブ設定を、
➁監査委員会は、内部監査部門を指揮監督しながら執行部門による内部統制の体制・運用の監査を実施していると整理しています。一方で、
③指名委員会については、いわば“自分達“(=取締役会の構成員)の選任が主な職務ですし、また、HR部門の情報を参考にするとしても社外メンバーの情報収集は限界があると思います。これはNYSEが求める指名/コーポレートガバナンス委員会の機能においても同様であって、取締役会の自治的な規律維持が主な機能であり、執行部門の監督に直接関与していないようです。そうすると、3委員会のうち、指名委員会は他の2委員会と機能が異なるとの整理になると思います(言葉を選ばずに言えば、指名委員会は、いえば「監督者の中の監督者」、その他2委員会は「取締役会の下請け」のようなイメージがあります)。以上の考えは正しいでしょうか?

A01:冒頭に長々と説明した理由で、正しいです。

Q01-2:なお、実際には、任意でCEO等の選任に関する諮問を担当する企業があります。また、我が国のコーポレートガバナンスコードでは、指名委員会等設置会社以外の会社において、任意の指名員会を設置し、「経営幹部」の選任報酬に「関与・助言」することが規定されています(補充原則4-10①)。しかし、それがガバナンス上望ましいのであれば、なぜ、NYSEルールや日本の指名委員会等設置会社において、CEO候補の選任に関する関与を指名委員会の機能と規定していないのかが 良く分かりません。制度設計に何か歪みがあるように思えるのですが。

A01-2:NYSEの「マニュアル」がCEOの選任に言及していなくても、それを妨げていないのであればまったく問題はないと思います。むしろそのような実務が定着しているのでわざわざ言及していないのかも知れません。独立取締役がdominantでない日本の場合、指名委員会等設置会社においても代表執行役(CEO)の選任は取締役会が行います。取締役会がCEOの選任について人選を指名委員会に委ねるのがベストとは限らないと思いますので、会社法には書き込まない方がよいと思います。(若杉敬明)

Q02:欲求5段階説を企業に当てはめれば、高度に発展したグローバル企業においては、持続的成長を可能にする5段階目の欲求は「環境保護・社会問題の解決・高度の人材育成等」になり「株主価値増大等」は4段階目の欲求になるのではないでしょうか
また、国の歴史・文化・価値観・国民性が異なり、又各々の企業の発展段階が異なる中で、英米流のコーポレートガバナンスをベストプラクティスとして世界の全ての企業に当てはめるのは無理が有るのではないでしょうか。会計基準にグローバルスタンダードは有っても、コーポレートガバナンスにグローバルスタンダードは無いのではないでしょうか。

A02:マズローの欲求5段階説を企業に当てはめることには私は違和感を覚えますので意見は控えさせていただきます。また私は、現在世界の主流になっている英米流のコーポレートガバナンスを闇雲に日本に当てはめようとは思っていません。ただ、資本主義、株式会社制度という共通のプラットフォームで勝負している以上は、それらの論理に忠実な行動を取るのが合理的であろうということで、英米流のコーポレートガバナンスのベストプラクティスを紹介しています。押しつけようとはまったく思っていません。英米流のコーポレートガバナンスのベストプラクティスを理解していただきたいと考えているだけです。

Q02-1:「株式会社規範のコペルニクス的転回」の著者コリン・メイヤー教授(オックスフォード大学)はコーポレートがバンスは「株主の利益と経営者の利益を一致させるため」にあるのではなく「会社の目的を実現させるため」にあるとし、会社の目的は各々の企業の存在意義でありPrototypeを意味せず、又「株主価値増大」を超えた全てのステークホルダーにコミットする「会社の目的」の策定を求め、企業(特にグローバル企業)が直面している「格差社会の問題」「環境問題」「高度の人材不足問題」「人権問題」等の解決策を模索して持続的に成長を図ることを示唆されているように見受けられますが、如何でしょうか。

A02-1:メイヤー教授のように現代社会のさまざまな問題の解決を企業に押しつけようとする考えには賛同できません。社会において個人、企業、国家(そのほかに国が認知しているさまざまな組織があります)がどのような役割を果たすかについては社会の合意が必要です。企業の役割は財・サービスを国民に提供し付加価値を生産しそれを労働の提供はおよび資本の提供者に分配し、収入をもたらすことです。地球の資源には限りがありますから、それを効率的に利用することが必要です。それを促すために、資本主義社会では経済の運営を営利を目的として企業行動に委ねています。社会問題の解決を企業に委ねると、営利が歪められ、企業の効率性、ひいては地球全体としての資源の効率的利用を妨げ、資源の無駄遣いをもたらす恐れがあります。企業には利益の追求に邁進して貰い、莫大な利益が上がったらその恩恵を受ける株主や従業員の収入に税金を課したり寄附を促したりして(つまり所得の再分配により)、さまざまな社会問題の解決の資金にするのがよいと私は考えます。(若杉敬明)

第5回研究会の補足説明

 自己資本の提供者である株主は会社の所有者であり、所有に基づきガバナンス-会社の支配権-を有している。しかし、多額の自己資本を調達し規模の大きな事業を行うことを基本としているので、自ずと株主が多数であり株式会社は多数の株主から自己資本を調達し規模の大きな事業を行うことを基本としているので、株主は自ら経営者として会社を経営せず、取締役を選任して取締役会に経営を委ねるという形でガバナンスを行使する。

 法律上、多くの国で、取締役会が取締役の中から経営者―業務執行取締役―を選定し会社の経営を委ねるとともに、取締役会が経営者を監督するというガバナンスが行われてきた。取締役会が経営陣と一体化し、経営意思決定と経営をおこなうというスタイルで、取締役会のマネジメント・モデルと呼ばれる。しかし、これでは事実上自己監督であり監督が形骸化するのが当然で、20世紀末の厳しい競争環境の下で、各国で企業業績の低下や経営者の不祥事などを引き起こしてきた。そこで取締役会の監督機能を健全化させる実務上の改革がなされてきた。取締役は経営を担当せず監督に専念し、経営は専門の経営者が行うというガバナンスとマネジメントの分離である。その前提の下で、取締役会は優秀な人材を経営者として選任し、業績連動報酬をインセンティブとして経営者を動機づけ、内部監査人の独立性を確保し内部統制を機能させるとともに、外部監査人の独立性により外部報告の適正性を確保する。これらを監視するのが指名委員会、報酬委員会および監査委員会である。これがモニタリングモデルと呼ばれる取締役会の新しい実務である。この実務を標準化したのが英国のキャドベリー委員会報告をはじめとする調査報告であり、実際に実務として確立してきたのが米国であり、それがニューヨーク証券取引所(NYSE)の上場会社マニュアル(NYSE Listed Company Manual)におけるガバナンス規整である。今回の研究会では、NYSEのガバナンス規整を紹介することにより、コーポレートガバナンスの新しいベストプラクティスを紹介する。

 以下は上場会社マニュアル全体の目次である。「セクション3 会社の責任」において取締役会のガバナンスに関する職責が体系的に述べられている。その具体的な実務は講義で紹介される。

NYSE上場会社マニュアル

目次
セクション1 上場プロセス
セクション2 重要情報の開示と報告
セクション3 企業の責任
セクション4 株主総会と委任状
セクション5 証明書
セクション6 代理店、預託機関、管財人
セクション7 上場申請
セクション8 上場の一時停止及び上場廃止
セクション9 取引所フォーム<

セクション 3 企業の責任
301.00 はじめに
302.00 年次総会
303A.00 コーポレートガバナンス準則
303A.00 はじめに
 303A.01 独立取締役
 303A.02 独立性のテスト
 303A.03 エグゼクティブ・セッション
 303A.04 指名/コーポレートガバナンス委員会
 303A.05 報酬委員会
 303A.06 監査委員会
 303A.07 監査委員会の追加要件
 303A.08 株式報酬プランの株主承認
 303A.09 コーポレートガバナンス・ガイドライン
 303A.10 ビジネス行動および倫理規範
 303A.11 外国民間発行体の開示
 303A.12 認証の要件
 303A.13 公開譴責状
304.00 期差取締役会
305.00 Reseved
306.00 Reseved
307.00 ウェブサイトの要件
308.00 Reseved
309.00 取締役および役員による自社株購入
310.00 定足数
311.00 上場証券の償還、公開買付け
 311.01 償還の公表および取引所への通知
 311.02 償還請求された証券の取引
 311.03 公開買付け
312.00 株主承認方針
 312.01 株主の利益
 312.02 会社への要請
 312.03 株主の承認
 312.04 第312.03項の目的のために
312.05 例外
312.06 いかなる場合も・・・
312.07 株主が・・・
313.00 投票権
314.00 関連当事者間取引
315.00 規制の見直し
以上

2021ファイナンス研究会 第5回「レバレッジ効果と加重平均資本コスト」

1.ファイナンスには二つのレバレッジ効果がある。資金調達の面からの財務レバレッジと生産現場でのコスト面からの操業レバレッジである。固定金利あるいは固定費という「固定」部分が株主利益あるいは事業利益のリスク、リターンに影響を与えるという共通部分があるので、ともにレバレッジと呼ばれる。レクチャーで財務レバレッジを詳しく取り上げるので、ここでは操業レバレッジの概要を説明する。

操業レバレッジ(Operating Leverage) 財務レバレッジは、自己資本に加えて「負債を利用する」というファイナンスがもたらす、事業利益の一部である当期純利益(株主利益)のリスクに関する効果であったが、操業レバレッジは、事業利益自体のリスクに関する効果である。企業は事業を行って事業利益を上げるが、事業にはコストがかかる。コストにはオフィスのレントや工場の設備などのように売上高とは関係なく発生する固定費と、原材料費や部品費などのように売上高や操業度に比例する変動費とがある。その意味では売上高は当然「変動」収入である。ここでは販売数量をX(確率変数)とする。財務レバレッジの説明ではXは事業利益を表したがここでは販売数量であるので注意されたい。ここでは事業利益をΠ(大文字のパイ)で表す。これも確率変数である。製品単位当たりの価格をp、製品単位当たりの費用をcとする。pもcも一定であ。売上高および変動費はpX、cXであり、期ごとに変動する販売数量に依存するので確率変数である。(売上高-変動費)を貢献利益というが、単位当たり貢献利益は(p-c)、総貢献利益は(p-c) Xである。
総貢献利益から固定費を控除したものが事業利益Πである。
  Π=(p-c)X―F
景気の変動等により販売数量Xが変動すると、事業利益Πが変動する。Πの変動リスクをファイナンスではビジネスリスクあるいは事業リスク(Business Risk)という。
  σΠ=(p-c)σX
したがって、販売数量の変動リスクσXが同じであっても、単位当たり貢献利益(p-c)が大きいほどビジネスリスクは大きいということになる。単位当たり変動費cと固定費Fとの間に代替関係(トレードオフ関係)がある時、Fが大きい企業はcが小さいことから単位当たり変動費(p-c)が大きいので、事業利益の変動すなわちビジネスリスクが大きい。それゆえ、事業リスクを分析するとき、固定費対変動費という原価構造の影響を操業レバレッジあるいは営業レバレッジ(Operating Leverage)という。

2.法人税制下での投資利益率と加重平均資本コスト

加重平均資本コスト Weighted Average Cost of Capital : WACC とは、資本コストは負債および自己資本の要求収益率の加重平均であるという意味である。法人税が無い場合には WACC==r(B/A)+k(W/A)である。ここにr:金利(負債の要求収益率)、k:自己資本の要求収益率である。またB:負債、W:自己資本株主、A:B+Wである。自己資本の利益に税率tの法人税が課され場合には WACCt=(1-t)r(B/A)+k(W/A) となる。ここに、kは負債を調達していう企業の株主の要求収益率であり。(1-t)rは、税金があるとき金利は税率の分だけ低くなることを表している。その結果、負債を利用するほどWACCは低下するのである。これに対応して、投資の経済性計算において税引き後のキャッシュフローを用いるときには、キャッシュフローに(1-t)を掛ける。実際には、株主利益分だけに税金がかかるのであるが、キャッシュフロー全体に税金がかかったとして利益率を計算するのである。これについては次回(9月)の研究会にて取り上げる。

3.最適資本構成

講義では詳しく説明する時間がないのでここで詳論する。ROA ROE の平均をμ、標準偏差をσで表すと、ROA,ROEの定義式およびA=W+Bより次の関係が得られる。ここで負債比率B/W をLで表す。
  μROE=μROA+( μROA-r)・・・・・・④
  σROE=σROA+ σROAL   ・・・・・・・⑤
⑤式右辺の第1項σROAビジネスリスク(BR)そのものであり、第2項σROAは負債利用というファイナンスがもたらすリスクである。BRが負債調達というファイナンスの結果Lによって増幅されるリスクである。そこで、 σROAは、フィナンシャルリスクFRと呼ばれる。確かに、B=0つまりL=Oであれば FR=0 すなわち負債を調達していなければフィナンシャルリスクは0である。以上から、負債利用の高度化はROEをハイリスク=ハイリターンにすることが明らかである。これをレバレッジ効果という。
<倒産リスク>リスクが大きいということは、利益の変動が大きいということである。つまり、事業にとって悪環境が長く続いたりすると赤字が続き倒産のリスクが大きくなる。倒産リスクを抑えるためにはROEのリスクを一定範囲内に治めなければならない。その上限をσROE*と表そう。σROE*はいわば経営者のリスク許容度である。σROEは次の条件を満たさなければならない。
  σROE=σROA+ σROA・L ≦ σROE* ∴ L ≦(σ*-σROA)/ σROA=L*
この式から、負債比率Lの上限は、①ビジネスリスクσROAが大きいほど、また②リスク許容度σROE*が小さいほど、低いことが分る。
負債の節税効果から、企業は負債をより多く利用する方が資本コストという点で株主価値創造上有利である。しかし、過度の負債利用は倒産リスクを増大する。最適な資本構成の選択は上のL*であるべきである。(若杉敬明)

 

2021 ファイナンス研究会 第4回「バリュエーション」

バリュエーションとそのアプローチ

一般にValueとは価値とか価格のことであり、valuation(バリュエーション)とは価値を算定すること見積もること、あるいは市場で価格が決まることを言う。企業におけるファイナンスとは、資本を調達し、その資金で購入した財やサービスを駆使して製品を生産し・販売して投下した資金を回収するとともに利益を上げることである。その過程で、さまざまな財・サービスの購入・売却が繰り替えされる。その1年間の集約が企業の業績でありその最終結果が利益である。その成果が財務諸表に総括され、課税等の基礎データとなる。そこに至るまでには無数のバリュエーションが繰り返される。

1.ファイナンス論が対象とするバリュエーション
(1) 株式、債券への投資を行う際の金融資産の価値の計算
(2) 資本を調達し事業を行う際の「投資の経済計算」
(3) M&A(企業や事業の取得あるいは売却)の際の企業価値・事業価値の推定
(4) 財務会計、税務会計に、貸借対照表を作成する際の資産価値および負債価値の決定 
(5) 債権証券化の際の債権価値の推定、等々

2. M&Aにおける企業評価-バリュエーション-の方法
 M&Aにおいては企業評価-バリュエーション-が最も重要なプロセスになる。上記の3)である。しかし、最も難しいプロセスであり、いろいろな方法が提唱され利用されているが、次の三つに大別できる。

(1) コストアプローチ(ネットアセット・アプローチ)主として評価対象会社の貸借対照表記載の純資産(=総資産-負債)に着目して価値を評価する方法である。①簿価純資産法、②時価純資産法(資産・負債をすべて時価評価し自己資本価値を推定)が代表的である。

(2) マーケットアプローチ M&Aにおいて買収・合併対象の企業を評価する際に、コストアプローチと並んで採用される方法で、他の企業や業界との比較で評価する方法である。しばしば利用されるが、現代のように企業が多角化している時代には、比較対象の企業や業界を見付けるのが困難であり、容易そうに見えて客観的な評価が難しい方法である。①市場株価法 ②マルチプル法(倍率法、乗数法)とも呼ばれる類似企業比較法 ③類似取引比較法・類似業種比較法などがある。(https://www.ycg-advisory.jp/learning/valuation/market/

市場株価法 市場株価法は、評価対象企業が上場会社である場合に利用される。市場株価は、長期的には会社の収益力等に基づく企業価値を適正に反映して形成されると考えられているが、短期的には企業価値と無関係に変動することもある。そのため、一時的な株価の騰落といったマーケットの影響を排除するため、毎日の終値を1~3ヵ月程度の期間で平均を取り、これを評価額とするのが一般的である。

②類似会社比較法(マルチプル法) 類似会社比較法(マルチプル法:倍率法、乗数法ともいう)は、評価対象企業の類似会社にあたる上場会社の市場株価と、利益やEBITDA、純資産といった財務指標から算出された倍率(マルチプル)を評価対象会社に適用することで企業価値を算定する手法であり、マーケットアプローチの1つである。評価対象が非上場会社である場合、市場株価が存在しないため、市場株価法に代替する手段として利用されることが多い。この場合、評価対象企業の流動性欠如について一定の割引(非流動性ディスカウント)を考慮する必要がある。DCF法などと比べれば客観性が担保されているとされるが、この評価の妥当性は選定した類似会社の妥当性に依存している。一般的には、類似会社は以下のプロセスによって選定する。
 1) 所属する業界、類似する業種の上場会社をリストアップする。
 2)同業種の上場会社がない場合、顧客属性や、事業構造、製品サービスの補完性などの観点から、類似会社を選択する。
 3) 事業戦略、ビジネスモデル、地域性、顧客層、製品構成、事業ライン、免許・許認可、規模、国際性などの観点から類似度を判別する。

③類似取引比較法 その他のマーケットアプローチの手法として、類似する企業あるいは業種のM&Aによる取引事例を用いた類似取引比較法がある。しかし、取引対象となった企業が非上場である場合、財務数値は、限定的にしか開示されていないため、類似度の判定が難しく、中小企業のM&Aで利用されることは少ない。

④類似業種比準方式 評価対象の会社に対して、類似している業種の会社を比較対象としながら株価を評価する方法である。

(3) インカムアプローチ 評価対象会社から将来期待される利益やキャッシュフローを、リスク等を考慮した割引率で割引くことにより企業価値を評価する方法 ⇨ ①DCF法 ②収益還元法 ③配当還元法など

3.社債のバリュエーション

レクチャーで取り上げる社債は普通社債(Straight Bond)と呼ばれる。通常は固定金利で、定期的に金利が支払われ、満期が来ると額面価額が償還される社債である。社債の金利は固定されているので、一見リスクがなさそうに見えるが、発行後の市場金利の動向によって社債の価値は変化する。つまり、社債にもリスクがある。

1)期限前償還条項付債券 社債の市場価値は、金利を将来の金利で割り引いたものである。金利が下がれば社債の価値は上昇し、債権保有者(Bondholder)は利益を得るが、発行体は逆に損をする。市場金利が下がったのに、高い金利を払い続けなければならないからである。発行体は、このような場合に備えて、満期前に償還できる契約をしておくことが望ましい。このような社債を期限前償還条項付債券(Callable Bond)という。発行体に有利であるので、発行体は市場金利より高いクーポンレートを設定しなければならない。

2)買取請求権付債券 逆に、金利が上がった場合は、発行体にとっては金利が低いときに調達しておいてよかったということになるが、債権者にとっては逆であるから、満期前にもかかわらず発行体に買い取って欲しいと思うはずである。このような条件が付いている社債を買取請求権付債券(Puttable Bond)という。この場合、債権保有者は市場金利で低い金利で我慢しなければならない。 このように、確定利付きの債権は元利のキャッシュフローを変えられないので、このようにリスク対策として選択権(オプション)が付与されるのである。そのほかに次のような債券がある。

3)新株予約権付社債(ワラント債) 発行会社の新株を一定価格で購入する権利(ワラント)がついている社債。その権利が付いている分だけクーポンレートは低い。将来株価が上昇する可能性が高ければ、投資家は低いクーポンレートを許容する。現在行う投資の効果が出るのが遅いので、当分利払いを低く抑えたい企業が発行する。

4)転換社債型新株予約権付社債(コンバーティブルボンド) 発行会社の新株を購入する権利が付いているが、権利を行使する社債は消滅する。ワラント債と同様であるが、資金に余裕のない投資家に向いている。

5)仕組み債 上記の1)~4)にもオプションが組み入れられているが、さらに複雑な条件の下でのオプションやスワップなどのデリバティブを組み込むことで、通常の債券のキャッシュ・フローとは異なるキャッシュ・フローを持つようにした債券である。

6)担保付社債 社債の債務に対して担保が設定されていない社債で、債務不履行時の保証がなく、デフォルトリスクがある。リスクを負担する分だけクーポンレートは高い。

 そのほかにもさまざまはバリエーションがある。

4.債券価格:オーバーパーとアンダーパー(P.6)
 債券の価格が、額面金額と同じである状態を「パー」という。債券価格が額面を下回る場合は「アンダーパー」、額面を上回る場合は「オーバーパー」という。ただし、これは日本だけの用語で、英語ではabove parまたはat a premium, premium bondなどと呼ばれ、後者はbelow par, at a discount, discount bondなどと呼ばれる。

5.債券価格:価格弾力性としてのデュレーションと修正デュレーション(p.8)
 債券の価格弾力性とは、金利の変化に対する債券価格の変化の割合のことをいう。例えば、金利が2%動いた時に債券価格が4%動いたとすると、価格弾力性は、2(0.04÷0.02=2)である。価格弾力性Dは、価格Bの変化率(ΔB/B)を金利(1+r)の変化Δrを1+rで割ったもの(Δr/1+r)として表される。このとき債券価格の変化額ΔBは次のように表される。ΔB=-B・{D/(1+r)}・Δr。Dを加工して、{D/(1+r)}=D*とすると、ΔB=-B・D*・Δrとなるので債券価格Bの変化額ΔBを表す式が簡略化される。そこでD*が修正デュレーションとして実務的には多用される。

6.株価指標の見方

配当利回りDY(p.36):株式投資収益率は、配当利回り+株価上昇率と定義される。個々の企業の期待収益率つまり要求収益率は、株式市場において金利+リスク・プレミアムで決まるが、リスク・プレミアムはベータリスク(システマティック・リスクあるいは市場リスク)によって決まり、ある意味ではこれは企業に固有の値である。したがって、企業の成長率我高いときには配当利回りは低く、株価値上がり率が高い。そこに注意が必要である。配当利回りは配当だけに着目する投資家の株価指標であり、利用するときには注意が必要である。

株価収益率PER(p.37):PERは、株価が1株当たり純利益の何倍まで買われているか、すなわち1株当たり純利益の何倍の値段が付けられているかを見る投資尺度である。現在の株価が企業の利益水準に対して割高か割安かを判断する目安として利用される。PERの数値は、低いほうが株価は割安と判断されます。p.37で分析されているように、一般的に利益成長の高い会社ほど、将来の収益拡大の期待が株価に織り込まれるため、PERは高くなる傾向がる。しかし、PERが何倍だから割安、割高という絶対基準はなく、業種によってPERの水準は異なるので、同業種間、経営内容の似ている企業間での比較に用いるのが一般的である。

株価純資産倍率PBR(p.38):PBR1倍は株価と資産価値(株式発行と利益の内部留保による株主の出資)が同じであることを意味する。PBRが1を下回ると株価が資産価値よりも低くなっているわけであるから、言い方によっては割安だと判断される。しかし、P.38によると、PBRが1より低くなるのは、企業のROEが株主の要求収益率kより低いときである。つまり、株主が期待しているだけの利益率(要求収益率)kを企業があげることができないでいることを意味する。この数ヶ月の日経平均企業のPBRは1.25前後である。https://nikkeiyosoku.com/nikkeipbr/ (若杉敬明)

 

2021 コーポレートガバナンス研究会 第4回「ガバナンスとマネジメント」

第4回研究会のQ&Aブログセッション

Q01:資料10-11「取締役会のプラクティス」が世界的な標準、在り方となっている背景・理由を補足いただけますでしょうか?例えば、東レ社長「会社の大事なことは社外の人間ではなく、事業をよく理解している社内の人間で話し合って決めるべきだ」(週刊東洋経済2021年7月10日号)といった発言にどう答えるべきか、在り方通りにやっているはずの東芝や三菱電機で不祥事が頻発しているのはなぜか、先生のご示唆を賜れますと幸いに存じます。

A01:これから説明するのは、いわばアメリカのベストプラクティスです。独立社外取締役が取締役会で半数以上を占め、三委員会は独立取締役だけで構成されている、ガバナンスとマネジメントが分離体制での取締役会のあり方です。現在の日本の多くの会社の取締役会のことは忘れて読んでください

 取締役会における社内取締役はCEOとCFOだけです。他の取締役(8人としましょう)は独立社外取締役です。この人たちは取締役を引き受けた以上、当該会社の現状および業界事情はある程度分っているでしょう。だからと言ってこの会社の経営理念やビジョンや経営戦略を取締役会に提案し決定することはできません。それらを提案できるのは、会社を熟知しているCEO/CFOを中心とするトップの業務執行役員たち(以下、経営陣と呼びます)です。業績連動報酬というインセンティブで同期づけられているCEOは経営陣および戦略スタッフと厳しい議論を行い、これからの経営理念、ビジョンおよび経営戦略を煮詰め練り上げて、取締役会に議題として提出します。独立社外取締役が多数を占めている取締役会は、それを受け①経営理念→ビジョン→経営戦略のプロセスが論理的に首尾一貫(consistent)しているか、②重要なリスク要因を見逃さずに考慮に入れているか等々を検討します。経営陣が練りに練ったビジョンや経営戦略を、多角的な「外部の目」で厳しく見るのです。それをパスすると経営陣の提案は取締役会の業務意思決定になります。形式的には、会社法に基づき取締役会の決定ということになりますが、実際にはCEOを中心とする経営陣の決定が取締役会により正式な決定になるのです。経営戦略に限らず、M&Aやグローバル進出などの意思決定についても同様です。わが国の多くの企業が採用しているせいぜい3,4人の社外取締役しかいない取締役会でも同じプロセスをとりますが、最終段階の外部の多角的なチェックが効かないために、自己満足的な結論になってしまう傾向があります。東レ社長「会社の大事なことは社外の人間ではなく、事業をよく理解している社内の人間で話し合って決めるべきだ」というのは正しいのですが、そこには社外取締役の多角的な支店からのスクリーニングが必要であるという重要なプロセスが抜けている点で、現代のガバナンスのベストプラクティスから大きく逸脱しています。私も、東証一部上場会社の取締役、監査役を経験してきましたが、日本の経営者はコーポレートガバナンスを誤解していると実感してきました。会社内のことはよく知っていることで、他の誰よりも良い意思決定ができると思っているのです。それは思い上がりだと言わざるを得ません。東芝や三菱電機の問題は、社外取締役がいるのに独立取締役としての責任を果たせなかったと言うことです。その理由は色々あると思います。第一に独立社外取締役の人数が少ないということです。第二にCEO/CFOが社外取締役に独立取締役に本来の独立取締役の役割を期待していないということです。第三に、社外取締役が独立取締役として必要な資質・能力を持っていなかった、ということなどと思います。要するに、日本の多くの企業では取締役会のガバナンスが理解されていないということだと思います。(若杉敬明)

Q02:コーポレートガバナンスコードにある企業文化・風土の「監督」について、具体的にはどのように実施されることを想定されていると先生はお考えでしょうか?基本原則2「取締役会・経営陣は、これらのステークホルダーの権利・立場や健全な事業活動倫理を尊重する企業文化・風土の醸成に向けてリーダーシップを発揮すべきである。」補充原則2-2①「取締役会は、行動準則が広く実践されているか否かについて、適宜または定期的にレビューを行うべきである。その際には、実質的に行動準則の趣旨・精神を尊重する企業文化・風土が存在するか否かに重点を置くべきであり、形式的な遵守確認に終始すべきではない。」経営戦略・計画、あるいは業績や重要な意思決定の監督は一定イメージが付くものの、「企業文化・風土」を「監督」するイメージが沸いておりませんでして、先生のご示唆を賜れますと幸いに存じます。

A02:企業文化・企業風土について共通の概念が共有されているわけではなく、何となく使われているように思います。コーポレートガバナンスコードも明確には定義せず、「何となく」を前提としているように見えます。定評ある国語辞書は文化と風土を次のように定義しています(新明解国語辞典)。すなわち、「文化」とは「その人間集団の構成員に共通の価値観を反映した、物心両面にわたる行動の様式(の総体)」と説明し、また「風土」を「(住民の生活・思考様式を決定するものと考えられる)その土地の気候・水質・地質・地形などの総合状態、またそれによって創り出されたもの」と定義している。ここでは、企業文化については「企業と従業員が共有している価値観や行動規範」という定義を、企業風土については「企業内で自然発生して定着した暗黙のルールや習慣」という定義を採用する(https://motifyhr.jp/blog/training/corporate_culture-4/)。風土というと「長期的に」醸成されたという語感があるので、企業において長い年月を経て培われた価値観・行動様式という意味合いがあると思うが、ここでは企業尾文化、企業風土という言葉を区別しないで用いることにする。いずれにせよ、それを定め定着させるのは経営トップの役割だと認識しているからである。企業であるから利益を上げることが重要である。利益を上げるに当たって事業をどう行うかという基本価値観が企業文化・風土の一つであると思う。大きい事業も小さい事業も収益性が高ければやるとしている大企業もあれば、小規模の事業は避ける大企業もある。利益を上げるためには、法律違反ぎりぎり方法で事業を行う企業もあれば、コンプライアンスを励行することをプライドとしている企業もある。サッカーでいえばは、勝つためには、毎試合、ラフプレーも辞さない、審判にみつからなければ反則プレーも繰り返すというチームもある。それらこそチームの文化であり風土である。企業文化・風土を決めることができるのは経営トップである。談合などが慣行化されている業界の企業に新しい社長が就任したとします。その社長が、自社を法律を遵守する現代企業にしたいと考え、就任の挨拶で法律を厳しく守る会社にする、もちろん談合には与しないと宣言したとします。現場の人たちは、「談合に加わらないなんてそんなことはできない、そんなことをしていては会社が潰れてしまう。社長はあんなことを言っているけれど外向けだ」と考えるでしょう。現場は「談合に加わらなければ仕事にならない、社長は口先だけでいっているのであって、本当はわれわれ現場がうまく談合に付き合って欲しいと思っているはずだ」と忖度して、談合を続けようとするかも知れない。優秀な経営者であればそれを分っているから頻繁に現場を回って歩き、担当者に「自分は本当に談合を望んでいない」と諄々と説くであろう。現場が本当に変わるまでそれを続けるであろう。談合をしなければ仕事がないこたが判明ということであるならば、業界から撤退し、現場のために新しい事業を開発するであろう。そうすれば、いつ逮捕されるか分らないと戦々恐々としている暗い職場を解放することができる。つまり、企業風土が変わるのである。企業風土・文化を変えるのはガバナンスではなくマネジメントです。経営者の仕事です。結論を言うと、経営者は新しい企業文化・風土がどういうものかを①現場に行き説いて回ること、そして②企業文化が変わったかを調査して変わったことが確認されるまでそれを続けることです。どうしても受け容れられない人には辞めていただくしかありませんね。(若杉敬明)

Q03:今回の授業は、主に株主→取締役会→経営陣の関係に焦点を当てたものであり、また、その株主は多様なタイプがあると理解しました。すると、(1)株主間で利害や意見が合わない場合に、取締役会ではどのように行動すべきかという点が気になりました。この点、(2)直近の東芝の事例を例として取り上げると、少数株主が経営陣の行為を問題視(→同事案では、特定株主に圧力かけたのではないか等)した場合に、受任者たる取締役会がどう行動するか(→同事案:株主総会招集通知書において株主提案権に反対推奨との取締役会意見を記載)は判断が難しいと思われます。可能であれば、予め何らかの行動基準を定めておくのが有用とも思いますが、その際、単に独立取締役の判断に委ねれば良いというのも評価が分かれると思います(→同事案:調査主体の監査委員会は全員独立取締役)。以上の点について、何か先生のお考えを示唆頂ければ、有難いと存じます。

A03:最初に、(1)株主の多様性と取締役の対応について考えます。株主を、企業のファンダメンタルズ(基礎的体力)を重視する長期投資家と短期の価格変動に関心を持つ投機家とに大別すると、後者は企業の経営能力には(極論すれば)関心がありませんが、前者は大いに関心を持っています。戦略的な経営が株価の成長トレンドを生むのですから、長期投資家は、経営者を長期インセンティブシステムで動機づけるガバナンスシステムを機能させてもらうために優秀な独立社外取締役を株主総会で選任しようとします。長期的投資家が多数であれば健全な取締役会が成立し、長期的な経営が行われることになります。投資家が多様であるからと言って、取締役会が多様な株主の異なる利害に配慮した経営を実現させるようなガバナンスを行うわけではありません。株主総会における取締役選任に関する議決権行使で多数を占める株主の意向が反映されるのです。それが民主主義です。次に、(2)東芝の問題について考えて見ます。少数株主(6ヶ月前からどの時期をとっても総株主の議決権の1%以上または300個以上の議決権を有していた株主)は、①議題の提案権、または②議案の提出権を有しています。後者②の場合、議案が法令・定款に違反するとき、または、実質的に同一の議案について10分の1以上の賛成を得られなかった総会から3年を経ていないときは、認められない。東芝の場合詳細は知りませんが、②の「認められない」場合でないにも関わらず、経産省に駆け込んだようですので、明らかに小数株主の権利を無視するもので、会社法違反だと考えます。会社としては、会社法の定めに反しない限りは株主提案として受け付け、株主総会における株主の判断に委ねるべきでした。(若杉敬明)

Q04:ビジネスラウンドテーブル(米国トップ企業の経営者181人が参画)で「企業にとって、どのステークホルダーも不可欠な存在である。私たちは会社、コミュニテー、国家の成功のために、その全員に価値をもたらすことを約束する」と宣言し、株主資本主義との決別、ステークホルダー資本主義への転換を示した。(2019年8月19日)この声明は、長年企業の意思決定の指針となってきた、ミルトン・フリードマン的世界観(「資本主義と自由」)に対する公然たる批判と受け止められ、企業の説明責任を負う相手は顧客(消費者)、従業員、サプライヤー、コミュニテー、株主の5者であり、株主はその1つに過ぎないとされました。欧州においても、「ステークホルダー資本主義」が強く主張されている。最大級の資産運用会社ブラックロックは「企業のPurpose(目的)は、利益の追求だけでなく、利益を達成するための活力になる」と述べています。最近発行された(コリン・メイヤー著の「株式会社規範のコペルニクス的転回」では株式会社はステークホルダーの利益に貢献すべきで、会社法を改正して、株式会社の「目的」を定款に記載させ、取締役は株主に加えて利害関係者に対しも、受託者責任を負うべきと提言しています。近年、世界中のESG投資が大きなうねりも、この様な動きに呼応していると見られ、日本でも石炭火力発電所の売却や開発投資の中止等が相次いでいます。この様な流れの中で、コーポレートガバナンスは今後どのように変わって行くべきについて、先生のご意見をお聞かせ願います。

A04:企業にとってすべてのステークホルダーも不可欠な存在であることは私がいつも言っているとおりです。これには誰も反対しないでしょう。BRTの宣言においてもそれがメインのステートメントではなく、宣言の一部だと思います。企業はすべてのステークホルダー「のため」の存在ですが、誰「」ものかと言えば株主のものです。他のステークホルダーも企業が倒産するような時にはリスクを負いますが、平常時における業績変動のリスクを負うのは株主です。株主は所有者の権利としてガバナンス(支配権)を有すると同時に、その責任としてリスクを負担するのです。企業の活動のサステイナビリティーを支えるのはすべてのステークホルダーです。したがって、株主に選任された経営者も、すべてのステークホルダーをレスペクト(respect)しなければ、すべてのステークホルダーを必要なだけ確保できず、企業を維持できません。レスペクトは取引舎双方の受託者責任と言って良いでしょう。それではいかにしてレスペクトすべきなのでしょうか。それは、自由主義を前提とする資本主義の市場経済を遵守することです。それぞれをステークホルダーの貢献を獲得するにはそれに対する対価(価格)を払わなければなりません。価格は貢献に対する需要と供給によって決まります。それが資本主義における競争原理です。経営者はステークホルダーをレスペクトしつつ貢献を受け取り対価を払わなければなりません。貢献と対価の交換においては、供給者と需要者の人権を守るということもレスペクトの重要な前提です。未成年労働者は政治的な敗者である人々を奴隷のように価格な条件の下で働かせるということは決して許されることではありません。これらのことは現代資本主義の大前提ですが、一部の国で人権を無視した取引(貢献と対価の交換)が行われているので、現在、ウイグル問題などが注目されているのです。途上国が発展し地球が急に小さくなってしまいました。そのため新しいルールが必要になってきました。自由主義、民主主義を前提とする資本主義の理想が間違っているのではなく、資本主義の運営の仕方が問題になっているのです。(若杉敬明)

 

第4回研究会の補足説明

CEOを中心とする経営陣から優れたマネジメントを引き出すのが取締役会のガバナンスの役割である。20世紀末から21世紀にかけてガバナンスは大きく変容した。新たな取締役会のガバナンスについては今後詳しく取り上げるので、今回はガバナンスの対象であるマネジメントとはどんなものであるかを紹介する。ところで、この6月に東証のコーポレートガバナンスコードが改訂された。東証のコーポレートガバナンスコードの特徴は、「コーポレートガバナンス」とは名ばかりで、マネジメントに関する言及が多い。このブログでは、同コードの諸原則のうちマネジメントに付いて述べている箇所を紹介する。コーポレートガバナンス・コードについてはこの研究会シリーズの最後で取り上げるので、ここでは各自で同コードがどんなものであるか確認していただきたい。今回の改訂では、サステナビリティに詳しく言及しているので、その部分も引用する。

Ⅰ 現代の取締役会ガバナンス

実務

1.株主のガバナンス観
①株主総会で取締役を選任し、その後の企業経営を取締役会に委任する
②取締役会は、優秀な経営者を選任し、適切な企業目標を与えて経営を一任するとともに、取締役会が適切な監視を行うならば、株主の目的は達成される
③株主の目的は、株主価値(長期的株主利益)の最大化
④企業は法人として人の道や法律等を厳守しなければならない
2.ガバナンスシステム
①株主は独立な社外取締役を中心に取締役を選任する
②取締役会は、CEO以下の業務執行役員(経営陣)を選任する
③取締役会は、業務意思決定を行うともに、独立取締役により三委員会を組織
-取締役候補者、CEO等業務執行役員を選任する
1)良き取締役候補・執行役員を選任するために指名委員会を組織する
2)インセンティブ報酬により経営陣を株主利益実現に誘導する。そのために効果的な報酬制度を設計・実施するために報酬委員会を置く
3)コンプライアンス励行のために独立監査人を確保する。そのために監査委員会を置き、内部および外部監査人の独立性を検証する

Ⅱ マズローの欲求5段階説とマグレガーのX型人間・Y型人間

1.マズローの欲求5段階説

人間性心理学の第一人者として有名な米国の心理学者アブラハム・マズローは、「人間は、自己実現に向かって成長する主体的な存在である」と考え、これを説明するために、人間の欲求は5層からなるというピラミッドモデルを提示した。人間の欲求には以下の5段階があり、低次の欲求が満たされると高次の欲求へと上がっていくという法則である

第1段階 生理的欲求(physiological needs) 生理的欲求とは、食欲、排泄欲、睡眠の欲求など「生きること(生命の活動)」と直結した欲求 。これらは人間の本能的な欲求であり、生きていくために必要不可欠なものである。まずはどんな欲求よりも先に、「食べたい」「眠りたい」「トイレに行きたい」といった、生命維持に必要な欲求が満たされることが必要である。

第2段階 安全欲求(safety-security needs)  安全欲求とは、危険や脅威、不安から逃れようとする欲求。人間は生理的欲求が満たされると、次は、「雨風や猛獣に守られた安全な家に住みたい」「食べ物に不足しない生活をしたい」と考える。こういった物質的な欲求は、第1段階の生理的欲求と同じくらい強いものだとされている。また、安全欲求は、年齢を重ねるにつれて反応を抑制することを覚え、昇華していき、自然と次の社会的欲求を求めるようになるといわれる。

第3段階 社会的欲求(belongingness-love needs) 社会的欲求は、別名「所属と愛の欲求」と呼ばれており、 集団への帰属や愛情を求める欲求で「愛情と所属の欲求」あるいは「帰属の欲求」ともいわれる。学校や会社・サークル・部活・家族などに属して安心感を抱きたい、受け入れられたいという欲求のことである。物質的に満たされると、次は「会社やサークルなどに所属したい」「友人や恋人など、他者から愛されたい」といった気持ちが生まれる。人間は社会的な生き物であるから、自分を受け入れてくれる他者の存在が必要である。そのため、この欲求が満たされていないと、孤独や不安を感じやすくなる。

第4段階 承認欲求(esteem needs) 他人から尊敬されたいとか、人の注目を得たいという欲求で尊厳の欲求ともいわれる。名声や地位を求める出世欲もこの欲求の一つ。社会的欲求が満たされると、次に、「所属した場所で認められたい」という気持ちが生まれる。つまり、「みんなからすごいと思われたい」「評価されたい」と思うようになるのである。承認欲求には低次と高次の2種類があるとされており、低次の承認欲求は、他者から注目を集めたり、褒められたりすることで満足できる。他方、高次の承認欲求は、自己肯定感を高め、自分の存在を認めることで満たされる。こうした承認欲求が妨害されると、劣等感や無力感を抱きやすくなると言われる。

第5段階 自己実現欲求(self-actualization needs) 自己実現欲求とは、各人が自分の世界観や人生観に基づいて自分の信じる目標に向かって自分を高めていこうとする欲求のことで、潜在的な自分の可能性の探求や自己啓発、創造性へのチャレンジなどを含む。自分の持つ能力や可能性を最大限に発揮して、自分らしく生きたいという気持ちのことである。人間には、創造性を発揮して理想の自分に近づきたいという願望がある。そのため、承認欲求が満たされたら、次は「夢をかなえて世の中に貢献したい」「自分にしかできないことをしたい」という自己実現欲求に到達すると考えられている。

2.マクレガーのX理論・Y理論

X理論Y理論とは、1950年代後半にアメリカの心理・経営学者ダグラス・マクレガーによって提唱された人間観・動機づけにかかわる2つの対立的な理論のこと。マズローの欲求段階説をもとにしながら、「人間は生来怠け者で、強制されたり命令されなければ仕事をしない」とするX理論と、「生まれながらに嫌いということはなく、条件次第で責任を受け入れ、自ら進んで責任を取ろうとする」Y理論とがあるとその理論を構築している。

X理論では、マズローの欲求段階説における低次欲求(生理的欲求や安全の欲求)を比較的多く持つ人間の行動モデル。(1)普通の人間は生まれながら仕事が嫌いで、できれば仕事はしたくないと思っている、(2)このため、人間は強制されたり、統制されたり、命令されたり、処罰すると脅されなければ、目標達成のために十分な力を出さない、などといった人間観が前提となっている。この人間観にたつと、厳格な監督、金銭刺激、ノルマ(標準作業量)の賦課、規則の多用による管理方式がとられることになる。命令や強制で管理し、目標が達成出来なければ処罰といった「アメとムチ」によるマネジメント手法となる。 

Y理論では、マズローの欲求段階説における高次欲求(社会的欲求や自我・自己実現欲求)を比較的多く持つ人間の行動モデル。(1)仕事をするのは人間の本性であるが、条件しだいで、満足したり嫌悪したりする、(2)人間は自分から進んで身をゆだねた目標には自発的に努力する、(3)献身的に努力するか否かは、達成して得る報酬しだいである、(4)人間は条件しだいで責任を引き受ける、(5)人間は問題解決能力をもっている、(6)人間の能力は組織内で一部しか活用されていない、などといった人間観が前提となっている。この人間観にたった場合は、能力を引き出す指導型の監督、多面的報酬、参加やコミュニケーションを重視する管理方式がとられる。魅力ある目標と責任を与え続けることによって、従業員を動かしていく、「機会を与える」マネジメント手法となる。また、企業目標と従業員個々人の欲求や目標とがはっきりとした方法で調整出来れば、企業はもっと能率的に目標を達成することが出来ると示している。つまり、企業目標と個人の欲求が統合されている場合、従業員は絶えず自発的に自分の能力・知識・技術・手段を高め、かつ実地に活かして企業の繁栄に尽くそうとするようになると、マクレガーは指摘している。 社会の生活水準が上昇し、生理的欲求や安全欲求などの低次欲求が満たされている時には、X理論の人間観によるマネジメントは管理対象となる人間の欲求と適合しないため、モチベーションの効果は期待できない。低次欲求が充分満たされているような現代においては、Y理論に基づいた管理方法の必要性が高い、とマクレガーは主張している。→ 次のサイトより引用 https://www.hri-japan.co.jp/contents_library/term/leader-ship/205/ https://kotobank.jp/word/X理論・Y理論-36781

Ⅲ 東証コーポレートガバナンス・コードが言及するマネジメント事項

 東証のコーポレートガバナンス・コードが改訂された2021年6月11日)。東証のコーポレートガバナンス・コードは、その初版から「コーポレートガバナンス・コード」と言いながら、むしろ経営戦略などマネジメント・マターと観が選れべき事項が盛り込まれている原則が多い。そもそも前文ではコーポレートガバナンスを「経営意思決定を行うための仕組み」と定義しており、マネジメント・コードの性格が強い。以下は、コードのマネジメント関する原則を引用してみた。コーポレートガバナンス・コードは、ガバナンスとマネジメントの分離が理解されていない日本の現状を追認していると言わざるを得ない。別の見方をすると、日本のマネジメントは弱体であるので、それを認識させるために故意にマネジメントに関する原則を多く入れたとみることができるかも知れない。日本の官僚の間では、アベノミクスの最大の成果はコーポレートガバナンス改革であると認識されているらしいが、残念ながら後進的なコーポレートガバナンス・コードと言わざるを得ない。(若杉敬明)

1.東証コーポレートガバナンス・コードの諸原則のうちマネジメントに関するものと思われる原則
「東証のコーポレートガバナンス・コード~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」の前文は次のように謳っている。
<前 文>
「本コードにおいて、「コーポレートガバナンス」とは、会社が、株主をはじめ顧客・ 従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組みを意味する。
本コードは、実効的なコーポレートガバナンスの実現に資する主要な原則を取りまとめたものであり、これらが適切に実践されることは、それぞれの会社において持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のための自律的な対応が図られることを通じて、会社、投資家、ひいては経済全体の発展にも寄与することとなるものと考えられる。」
【基本原則1】株主の権利・平等性の確保
 上場会社は、株主の権利が実質的に確保されるよう適切な対応を行うとともに、 株主がその権利を適切に行使することができる環境の整備を行うべきである。
 また、上場会社は、株主の実質的な平等性を確保すべきである。
 少数株主や外国人株主については、株主の権利の実質的な確保、権利行使に係る 環境や実質的な平等性の確保に課題や懸念が生じやすい面があることから、十分に 配慮を行うべきである。
【原則1-1 株主の権利の確保】 上場会社は、株主総会における議決権をはじめとする株主の権利が実質的に確保 されるよう、適切な対応を行うべきである。
【原則1-2 株主総会における権利行使】 上場会社は、株主総会が株主との建設的な対話の場であることを認識し、株主の 視点に立って、株主総会における権利行使に係る適切な環境整備を行うべきである。
【基本原則2】株主以外のステークホルダーとの適切な協働
 上場会社は、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の創出は、従業員、顧客、取引先、債権者、地域社会をはじめとする様々なステークホルダーによるリソースの提供や貢献の結果であることを十分に認識し、これらのステークホルダーとの適切な協働に努めるべきである。
 取締役会・経営陣は、これらのステークホルダーの権利・立場や健全な事業活動を尊重する企業文化・風土の醸成に向けてリーダーシップを発揮すべきである
【原則2-1 中長期的な企業価値向上の基礎となる経営理念の策定】
【原則2-4 女性の活躍促進を含む社内の多様性の確保】
【原則2-5 内部通報】
【基本原則3】適切な情報開示と透明性の確保
  上場会社は、会社の財政状態・経営成績等の財務情報や、経営戦略・経営課題、リスクやガバナンスに係る情報等の非財務情報について、法令に基づく開示を適切に行うとともに、法令に基づく開示以外の情報提供にも主体的に取り組むべきである。
  その際、取締役会は、開示・提供される情報が株主との間で建設的な対話を行う上での基盤となることも踏まえ、そうした情報(とりわけ非財務情報)が、正確で利用者にとって分かりやすく、情報として有用性の高いものとなるようにすべきである。
【原則3-1.情報開示の充実】
 上場会社は、法令に基づく開示を適切に行うことに加え、会社の意思決定の透明性・公正性を確保し、実効的なコーポレートガバナンスを実現するとの観点から、(本コードの各原則において開示を求めている事項のほか、)以下の事項について開示し、主体的な情報発信を行うべきである。
 (ⅰ) 会社の目指すところ(経営理念等)や経営戦略、経営計画
 (ⅱ) 本コードのそれぞれの原則を踏まえた、コーポレートガバナンスに関する基本的な考え方と基本方針
 (ⅲ) 取締役会が経営陣幹部・取締役の報酬を決定するに当たっての方針と手続
 (ⅳ) 取締役会が経営陣幹部の選解任と取締役・監査役候補の指名を行うに当た っての方針と手続
 (ⅴ) 取締役会が上記(ⅳ)を踏まえて経営陣幹部の選解任と取締役・監査役候補の指名を行う際の、個々の選解任・指名についての説明
【基本原則4】取締役会の責務
上場会社の取締役会は、株主に対する受託者責任・説明責任を踏まえ、会社の持続的成長と中長期的な企業価値の向上を促し、収益力・資本効率等の改善を図るべく、
 (1) 企業戦略等の大きな方向性を示すこと
 (2) 経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うこと
 (3) 独立した客観的な立場から、経営陣(執行役及びいわゆる執行役員を含む)・取締役に対する実効性の高い監督を行うこと
をはじめとする役割・責務を適切に果たすべきである。
こうした役割・責務は、監査役会設置会社(その役割・責務の一部は監査役及び監査役会が担うこととなる)、指名委員会等設置会社、監査等委員会設置会社など、いずれの機関設計を採用する場合にも、等しく 適切に果たされるべきである。
【原則4-1.取締役会の役割・責務(1)】
取締役会は、会社の目指すところ(経営理念等)を確立し、戦略的な方向付けを行うことを主要な役割・責務の一つと捉え、具体的な経営戦略や経営計画等について建設的な議論を行うべきであり、重要な業務執行の決定を行う場合には、上記の戦略的な方向付けを踏まえるべきである。
【原則4-3. 取締役会の役割・責務(3)】
・・・また、取締役会は、適時かつ正確な情報開示が行われるよう監督を行うとともに、内部統制やリスク管理体制を適切に整備すべきである。
【基本原則5】株主との対話
上場会社は、その持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に資するため、株主総会の場以外においても、株主との間で建設的な対話を行うべきである。
経営陣幹部・取締役(社外取締役を含む)は、こうした対話を通じて株主の声に耳を傾け、その関心・懸念に正当な関心を払うとともに、自らの経営方針を株主に分かりやすい形で明確に説明しその理解を得る努力を行い、株主を含むステークホルダーの立場に関するバランスのとれた理解と、そうした理解を踏まえた適切な対応に努めるべきである。

2.改訂コーポレートガバナンス原則とサステナビリティ
2021年改訂版はサステイナビリティーやSDGsについて積極的に言及している。その部分を以下に引用した。サステナビリティには地球あるいは社会のそれと、個々の企業のそれとがある。後者は、企業会計においてはGoing Concernとして、現代会計の基礎になっている。資本主義社会では、民間企業は自らの営利のために事業を行い、地球のサステナビリティはその一つの材料である。営利目的の民間企業ができない事業は公的機関が行う。なお、コードは、自社のサステナビリティとして、両者を峻別している。
【原則3-1 社会・環境問題を始めとするサステナビリティを巡る課題】
 上場会社は、社会・環境問題をはじめとするサステナビリティー(持続可能性)を巡る課題について、適切な対応を行うべきである。
補充原則2-3①  取締役会は、気候変動などの地球環境問題への配慮、人権の尊重、従業員の健康・労働環境への配慮や公正・適切な処遇、取引先との公正・適正な取引、自然 災害等への危機管理など、サステナビリティー(持続可能性)を巡る課題への対応は、重要なリスク管理リスクの減少のみならず収益機会にもつながる重要な 経営課題の一部であると認識し、中長期的な企業価値の向上の観点から、適確に対処するとともに、近時、こうした課題に対する要請・関心が大きく高まりつつあることを勘案し、これらの課題に積極的・能動的に取り組むよう検討を深めるべきである。
【原則3-1.情報開示の充実】
補充原則3-1③ 上場会社は、経営戦略の開示に当たって、自社のサステナビリティについての取組みを適切に開示すべきである。また、人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである。
 特に、プライム市場上場会社は、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みであるTCFD(*)またはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである。
* Task Force on Climate-related Financial Disclosures気候関連財務情報開示タスクフォース
【原則4-2.取締役会の役割・責務(2)】
 取締役会は、経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うことを主要な役割・責務の一つと捉え、経営陣からの健全な企業家精神に基づく提案を歓迎しつつ、説明責任の確保に向けて、そうした提案について独立した客観的な立場において多角的かつ十分な検討を行うとともに、承認した提案が実行される際には、経営陣幹部の迅速・果断な意思決定を支援すべきである。
 また、経営陣の報酬については、中長期的な会社の業績や潜在的リスクを反映させ、健全な企業家精神の発揮に資するようなインセンティブ付けを行うべきである。
補充原則4-2② 取締役会は、中長期的な企業価値の向上の観点から、自社のサステナビリティを巡る取組みについて基本的な方針を策定すべきである。
また、人的資本・知的財産への投資等の重要性に鑑み、これらをはじめとする 経営資源の配分や、事業ポートフォリオに関する戦略の実行が、企業の持続的な成長に資するよう、実効的に監督を行うべきである。

サロン・ド・丸の内「企業の評判の評価」(7月3日)のQ&Aについて(福永朱里)

企業の評判の評価について
2021年7月3日

7月2日、「サロンド丸の内」で企業の評判についてお話をさせていただいた福永朱里です。この度は皆様とご一緒する機会を頂き、お礼申し上げます。

質疑応答の中で「評判」の測定について議論しました。マスコミにあがる記事の評価など、いくつかの伝統的広報の測定法は世にあるとしても、最新の社会変化がもたらすインフラと多様な価値観を総合的に網羅した測定法は、いろいろな方々が模索している段階です。

質問へのお答えとして、評判の評価は複合的に考えるべきであるとお伝えしました。私自身は、色々なメーターが配置された「ダッシュボード」を想像した評価法が適切だと考えています。企業が設定した経営目標項目を、「ダッシュボード」上にのせます。評判を各目標の達成要因とみなし、経営陣との協議のもと評判の貢献度を割り当てる方式です。経営目標は各企業で異なりますので、ダッシュボードにのせる項目は企業によって変わります。売り上げ、純利益、株価、社員の意識動向、人材確保率など、さまざまな項目があります。

さて、どうしてこのような間接的な方法が適切かという理由ですが、それは、経営者にとって、評判自体がゴールではないからです。良い評判の持続と向上を意識しながら、経営陣の力を向ける最終ゴールは各経営目標の達成だからです。

福永朱里
株式会社パスエード

2021 ファイナンス研究会 第3回「資本市場におけるリスクの評価」

前回は、資本市場の存在(金利)を前提に、確実なキャッシュフローの時間価値を考えてきた。今回の研究会においては、企業に資本を供給する側の観点に立ってリスクがある将来のキャッシュフローの現在価値についてどう考えるべきかを検討する。現実の世界では、確実なキャッシュフローは極めて少ない。銀行は、預金金利を払って預金を集め、企業や個人に貸付けを行い、元本を回収するとともに金利を受け取り、預金金利との利鞘を収益としてきた。貸付けにおいては、貸付先の都合で金利が払われなかったり、元本が返済されなかったりする。信用リスク、貸倒れリスクである。その損失を補償するために、貸付先全体にプラスアルファの金利を課して、貸倒れの損失を埋め合わせようとする。このプラスアルファを、(貸倒れ)リスク・プレミアムと呼ぶ。講義の前半では、貸倒れに対するリスク・プレミアムがどのような要因で決まるかを簡単なモデル(貸付期間1年)で解明する。この場合、銀行の貸付け事業の現在価値は、貸付額×元利の回収確率を乗じた「期待貸付け回収額」を、要求収益率である「金利+貸倒れリスク・プレミアム」で割り引いた割引現在価値である。

 後半においては、ビジネスリスクを負担する株主にとってのリスク・プレミアム決定理論を取り上げる。いわゆるCAPM(資本資産評価モデル)ある。株主にとって株式投資収益は配当と株価値上がり益(または値下がり損)であるが、いずれも金額が予め決められているわけではない。どのようにリスク・プレミアムが決まり、要求収益率が決まるのであろうか。現代のファイナンス理論は、株式市場における諸現象から、リスクに関する市場原理を解明したのである。

Ⅰ 金利について―短期金利と長期金利―
1.研究会での用語の整理
・金利;利子、利息、利率、年利等の総称であるので、どれを指しているかは状況によって判断する。
・利子・利息:金利を金額(円)で表したもの
・利率:金利を比率(%あるいは小数)で表したもの。年あたりの利率は年利、月当たりは月利という。単に利率と言うときは年利を指すことが多い。
・利回り:投資金額に対する投資収益の割合をいう(%あるいは小数)。投資金額とは債権で言えば市場で流通している債券の価格である。
・投資収益:英語ではリターン。伝統的には配当あるいは利子を言ってきたが、最近は配当・利子+キャピタルゲイン(またはキャピタルロス)を指すのが普通であり、トータルリターンとも呼ばれる。アカデミックな論文などでは「投資収益」とも言われる。
・リターン:通常はrate of returnレート・オブ・リターンの略語

2.短期金利と長期金利
(1)短期金利
・期間が1年未満の金融資産の金利。日本の市場では政策金利によって誘導されて決まる
  ①政策金利:中央銀行(日銀)が金融政策によって市場金利を誘導する際の目標となる基準金利。すなわち、中央銀行が、一般の銀行に資金を貸し出す時の金利で、短期金利の基準。
  ②金融政策:利上げ、利下げ、量的緩和など、中央銀行が、政策金利を変更して、市中に流通する通貨量を調整することをいう
(2)長期金利
・期間が1年以上の金融資産の金利で、期間、短期金利・将来の見通し等および金融資産の発行者(借り手・資金調達者)の信用力を前提に市場で決まる。信用力に関しては、国と企業間、企業間の信用力(リスク)の差が最も大きな要素である。
  ①10年債国債利回り:長期金利の代表の一つ。最も信用力があるとされるは10年国債利。一般投資家が国に10年間お金を貸す時に受け取る金利であり期間約10年の市中金利の基準回
  ②10年債社債利回り:長期金利のもう一つの代表は10年社債利回りである。一般投資家が企業に10年間お金を貸す時に受け取る金利。10年国債利回りに、企業ごとの信用力に応じた上乗せ金利(プレミアム)を追加した金利である。
3.債権投資のリスク
・債権とは、法的に言えば、特定の相手に特定の行為や給付を請求できる権利である。金銭の支払いを求める権利、つまり貸したお金を返してもらう権利がその代表である。ここではそのような債権を持つことを債券投資と呼ぶ。
(1)金利リスク:貸したお金は将来返済されるが、将来のお金の現在価値は金利によって変動する。これを金利リスクという。市場金利の変動は、対策を立てることが可能であるが回避することは不可能である。
(2)信用リスク:将来支払うべき元利が相手の事業や財産状態により確実に支払われない恐れがあることを信用リスクという。金利の支払いや元本の途中返済が遅れることなどである。あるいはそれらにより、信用格付けが格下げになり債権の価値が下がることもある。最終的には、債権の回収がまったく不可能になり貸倒れ(default)ということもある。上述の国債利回りと社債利回りの差(スプレッド)は、信用リスクの大きさにより貸出金利をコントロールし、信用リスクの影響を回避しようとすることである。

講義の前半では、信用リスクがどのように貸出金利に反映されるかを数値的に見ていく。

Ⅱ 資本資産評価モデルの考え方-株式市場におけるリスクの評価-

個別銘柄の投資収益率は、市場と連動して変動する部分(市場リスク、システマティック・リスク)と市場とは無関係に変動する部分(非市場リスク、アンシステマティック・リスク)とから構成されている。複数の銘柄を組み合わせると、非市場リスクが相殺され組み合わせた投資-ポートフォリオ-のリスクは減少する。ポートフォリオに多数の銘柄を組み入れれば入れるほど分散が深化し、個々の銘柄のアンシステマティック・リスクは相殺され消去されていく。そのようなポートフォリオを分散ポートフォリオ(Diversified portfolio)という。分散投資の効果を最大限に生かした究極の分散ポートフォリオは、株式市場で売買できる銘柄をすべて保有する市場ポートフォリオである。

 分散投資において重要なことは、個別銘柄の投資収益率(TSR)の変動は銘柄の増加とともに減少するが、個別銘柄の投資収益率の平均(期待収益率)は銘柄の影響を受けず維持され、銘柄数の増加によって相殺されるというようなことは起こらないことである。したがって、分散投資によって組入銘柄の期待投資収益率が減少することはない。分散投資はリスクを減少させるというメリットだけがありマイナス面はないのである。

 したがって、同じ平均であるならよりリスクが小さいことを望む危険回避投資家(Risk Averter)にとっては、可能な限り銘柄を多様化し分散ポートフォリオを保有することが合理的な行動である。究極の分散投資は市場ポートフォリオであるから、合理的な投資行動とは市場ポートフォリオを保有することである。アンシステマティック・リスクが消去された市場ポートフォリオは、すべての銘柄の、究極の分散投資でも消去できないアンシステマティック・リスクを総計したもので、システマティック・リスクそのものを表している。

 分散投資理論に基盤を置く資産運用の世界では、市場ポートフォリオが基準になり、市場ポートフォリオの投資収益率つまり市場収益率の平均μMとリスクσM2が投資成果の基準となる。分散投資で消去されるアンシステマティック・リスクは、それがいかに大きくても無視され、リスク・プレミアムの対象にはならない。リスクとはシステマティック・リスクであり、システマティック・リスクがリスク・プレミアムの対象になる。

 個々の銘柄のiのシステマティック・リスクは、システマティック・リスクそのものである市場収益率の変動との連動性を表す共分散σMiで測定される。ここで、共分散が、プラスであれば個別収益率と市場収益率の増減が同じ方向に同じ方向に動く傾向があり、マイナスであれば反対方向に動く傾向があると判断される。また共分散の絶対値が大きいほど、個別銘柄の変動が大きいと判断される。なお、市場収益率のリスクσM2は共分散の合計である。市場収益率のリスクσM2を1と基準化すると、個々の銘柄のiのシステマティック・リスクは、σMi/σM2と表される。これはベータ係数あるいは単にベータと呼ばれβと表される。これは、個々の銘柄の投資収益率のシステマティック・リスクの大きさが、市場ポートフォリオの何倍であるかを表している。

 ファイナンスの世界では、リスクに対してリスク・プレミアムが与えられる。金利をrFとするとき、市場ポートフォリオに対するリスク・プレミアムは(RM-rF)である。市場ポートフォリオのベータ係数はβM=σMM/σM2=1である(分散σM2とは自らの変数と自らの変数との共分散σMMである)。銘柄iの投資収益率の平均(=期待投資収益率)をμiとするとそのリスク・プレミアムは(μ-rF)である。この銘柄のベータ係数がβであるということは、この銘柄は市場ポートフォリオのβ倍のシステマティック・リスクを有しているということである。したがって、市場ポートフォリオのリスク・プレミアムのβ倍のリスク・プレミアムが相当である。それゆえ、次の関係式が成立する。
       μ-rF=β( μM-rF
       μ=rF + β( μM-rF
これが分散投資理論であるポートフォリオ理論における市場均衡のモデルで、Capital Asset Pricing Model(CAPM;資産評価モデル)と呼ばれる。
 現代投資理論によれば、株式市場においては、個々の銘柄の期待収益率に関して上の式が成立するところで、株式市場に生まれる需給が均衡し株価が決まる。企業価値-株主価値-が決まるのである。
市場均衡においては、要求収益率は期待収益率に等しくなる。市場でこの期待収益率が成立しているならば、投資家はこれより低い期待収益率で我慢することができない代わりにこれより高い収益率を期待することはできない。上の式は、要求収益率がどのように決まるかをも表していると言える。
 CAPMは株式市場を前提として導かれているが、リスクの分散ということは、ファイナンスを含めこの世の中で重要な原理の一つであるので、CAPMはリスク・プレミアム決定の普遍的な理論とされている。 (若杉 敬明)

 

2021 コーポレートガバナンス研究会 第3回「会社法のガバナンス規整」

Q&Aセッション ⇨ ここ

Ⅰ 会社法について

 2019年12月4日、「会社法の一部を改正する法律」(令和元年法律第70号)が成立した(同月11日公布)。今回の改正は,前回(2014年)改正後の指摘等を踏まえ,会社をめぐる社会経済情勢の変化に鑑み,株主総会の運営及び取締役の職務の執行の一層の適正化等を図るため,会社法の一部を改正するものとされている。(法務省http://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00001.htmlより)

 会社法は、商法や有限会社法など細分化されていた会社に関する法律を1本にまとめて2005年に制定され2006年に施行された法律であり、会社の設立や運営のルールを規定した法律である。その立法趣旨は、①国際化・スピード化が進む経済・企業の実態に合うように、②定款で定められる事項の拡大(定款自治)、③会社形態の多様化、④M&Aに関する手続きの簡素化等々を進める一方で、⑤大会社に内部統制システムの概要の開示を求めるなど、⑥経営の透明化を図ることであった。その後、2014年に改正され、附則において、「改正法施行後2年を経過した場合において,企業統治に係る制度の在り方について検討を加え,必要があると認めるときは,その結果に基づいて,社外取締役を置くことの義務付け等所要の措置を講ずるもの」とされていた。しかし、改正後も,会社法の更なる見直しについて,様々な指摘がされてきた。

1.会社法の一部を改正する法律(2019)の概要

法務省の上記ウェブサイトは次のように今回の改正の概要を次のように紹介している。

① 株主に対して早期に株主総会資料を提供し,株主による議案等の検討期間を十分に確保するため,株主総会資料を自社のホームページ等のウェブサイトに掲載し,株主に対し当該ウェブサイトのアドレス等を書面で通知する方法により,株主に対して株主総会資料を提供することができる制度を創設することとしています。

② 株主提案権の濫用的な行使を制限するため,株主が同一の株主総会において提案することができる議案の数を制限することとしています。

③ 取締役の報酬等を決定する手続等の透明性を向上させ,また,株式会社が業績等に連動した報酬等をより適切かつ円滑に取締役に付与することができるようにするため,上場会社等の取締役会は,取締役の個人別の報酬等に関する決定方針を定めなければならないこととするとともに,上場会社が取締役の報酬等として株式の発行等をする場合には,金銭の払込み等を要しないこととするなどの規定を設けることとしています。

役員等にインセンティブを付与するとともに,役員等の職務の執行の適正さを確保するため,役員等がその職務の執行に関して責任追及を受けるなどして生じた費用等を株式会社が補償することを約する補償契約や,役員等のために締結される保険契約に関する規定を設けることとしています。

⑤ 我が国の資本市場が全体として信頼される環境を整備するため,上場会社等に社外取締役を置くことを義務付けることとしています。

⑥ 社債の管理を自ら行う社債権者の負担を軽減するため,会社から委託を受けた第三者が,社債権者による社債の管理の補助を行う制度(社債管理補助者制度)を創設することとしています。

⑦ 企業買収に関する手続の合理化を図るため,株式会社が他の株式会社を子会社化するに当たって,自社の株式を当該他の株式会社の株主に交付することができる制度を創設することとしています。

コメント 今回の会社法改正においてガバナンス上特に重要なことは、⑤の「社外取締役設置の義務化」であると言えよう。ただし、他国のように独立取締役とせず社外取締役としているところに、経団連への配慮であろうか、相変わらず本格的なガバナンス改革への尻込みが顕著である。また、④において、取締役の報酬を業績連動報酬とすることを促していることは業務執行取締役を前提としていることを如実に表している、監督に専念すべく取締役は業務執行に携わらないという世界の潮流である「ガバナンスとマネジメントの分離」(取締役と業務執行役員を別人にすること)を受け入れることができない経済界とそれを忖度する経済官庁の現状が感じられ遺憾の思いを禁じ得ない。(若杉 敬明)

2.ガバナンス規整と21世紀のガバナンス改革

2.1. ガバナンス規整と会社の機関

 株式会社は株主が実質的な所有者であり、株主がガバナンスを有するが、株主が自ら会社の意思決定や会社の行為を行うことを前提としていない。法律上、株式会社は人であり、自然人同様に法的行為をすることができるが、自ら意思を有し行為をすることができないので、自然人または会議体が行う意思決定や、自然人がなす行為を会社の意思や行為とすることが必要である。会社法は、株主の意に沿った意思決定や行為がなされるように、株式会社が、自然人や会議体を設置することを求めている。これを会社の機関と呼ぶ。これらの機関は、株主の意に沿った株式会社の経営がなされることを目的として設置が求められているので、(株主のための)ガバナンス規整と呼ばれる。

2.2. 伝統的な監査役会設置会社の機関

 次節で述べる2002年の商法改正以前は、公開大会社の機関設計は次の通りであった。太字の語が主たる機関である。なお、大会社とは資本金5億円以上または負債の合計額が200億円以上の株式会社であり、会計監査人による監査が強制される。また、公開会社とは、譲渡制限のない株式を発行している会社をいう。

(1) 株主は定時に株主総会を開き、基本的事項についてのみ会社の意思を決定し、それ以外の会社経営に関する事項の決定と執行とをさせるために取締役を選任する。かつ取締役の職務の執行を監督する監査役を選任する。株主総会は取締役の選任・解任により取締役を監督する。
(2) 取締役は全員で取締役会を構成する。取締役会は会社の業務に関する意思決定を行うとともに代表取締役を選定する。代表取締役は業務意思決定を執行し、対外的には会社を代表する。取締役会は代表取締役の業務執行を監督する
(3) 監査役は、取締役および会計参与の業務の執行を監査する。監査役会は監査役3名以上かつ社外取締役が半数以上の合議体である。
(4) 会計参与は、定款の定めによって株式会社に設置できる機関の1つで、取締役と協働して会社の計算書類を作成する。
(5) 会計監査人は、取締役および会計参与が作成した会社の計算書類を監査する。

2.3. 商法改正とガバナンス改革(2002年)

 1990年のバブル崩壊以降、不況に陥った日本の経済社会と企業活動を活性化させ、長い経済不振から抜け出すことが21世紀初頭における時代的要請であった。当時、市場経済のグローバル化により企業間の国際競争が激化する中で、株式市場からの資金調達に関して企業が投資家から厳しい評価を受けていた。政府はようやく、競争力・効率性・利益率・信頼性・遵法精神等の向上により企業価値の増大を実現するコーポレートガバナンスの必要性が高まっていると認識するに至り、① 委員会等設置会社の導入によるコーポレートガバナンス改革および②新株予約権、種類株式等の導入による株式発行・株取引の規制緩和を柱とする2002年商法改正へと政府を踏み切らせた。それまで企業改革といえば監査役制度の改正だけにこだわってきた日本政府としてはコペルニクス的転換であった。

2.4. 新会社法施行(2006年5月)

 上述のように、従来は、商法でいう会社(株式会社・合名会社・合資会社)関連の規定、および、有限会社法でいう有限会社の規定を総称して一般に「会社法」と呼んでいたが、現代の経済情勢の変化に対応し、新たに会社法が制定された。その主な内容は次の通りである。

①有限会社を廃止、全て株式会社に統合
②合同会社(LLC:Limited Liability Company)を規定
③株式会社の機関設定の自由度を向上
  -企業の競争力向上のため事前規制緩和により会社経営の自由度を拡大
  -定款自治の範囲を拡大するとともに明確化
④資本金1円でも株式会社の設立が可能になった

新会社法の機関設計ルールは次の通である。

(1)すべての株式会社は,株主総会のほか,取締役を置かなければならない
(2)公開会社には,取締役会を設置しなければならない
(3)取締役会を設置する場合は,監査役(監査役会を含む)又は委員会のいずれかを設置しなければならない
(4)ただし,大会社以外の非公開株式会社において,会計参与を設置する場合はこの限りではない。 
(5)監査役と三委員会をともに設置することはできない
(6)取締役会を設置しない場合には,監査役会及び三委員会を設置することはできない
(7)会計監査人を設置するには,監査役(監査役会を含む)又は三委員会(大会社であって公開会社にあっては,監査役会または三委員会)のいずれかを設置しなければならない。
(8)会計監査人を設置しない場合には,三委員会を設置できない。
(9)大会社には,会計監査人を設置しなければならない

 このルールの結果、公開大会社については、伝統的な監査役会設置会社と2002年導入の委員会等設置会社が改称された委員会設置会社との選択制になった。このあと、アベノミクスの下での2014年ガバナンス改革へとつながっていく。 (若杉敬明)

Ⅱ 講義資料の補足説明

「官民ファンド」(資料 p.2)
国の政策に基づき日本政府と民間で出資する日本の政府系ファンドである。内閣官房は既存官民ファンドのチェックと新規官民ファンドの制度設計について議論すべく、官民ファンド総括アドバイザリー委員会を設置している。政府系ファンド(Sovereign Wealth Fund; SWF) とは、各国の政府が出資する政府系投資機関が運営するファンドをいう。石油、ガスなどの天然資源による収入や、貿易黒字で膨らんだ外貨準備などの国家資産を財源として、将来の世代に向けた資金の蓄え、財政赤字の補てん、対外債務の支払いなどの目的で運用される。

「会社財産を危うくする罪」(資料 p.14
会社法第963条は、1項~4項で不実申述や事実隠ぺいを禁止する一方,「会社財産を危うくする罪」(狭義)として,5項1号,5項2号,および(5項3号)を設けている。
会社法第963条
1項~4項 裁判所又は創立総会もしくは種類創立総会に対し、虚偽の申述を行い、又は事実を隠ぺいしたとき五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金
5項 第九百六十条第一項第三号から第七号までに掲げる者が,次のいずれかに該当する場合にも,第一項と同様とする。
1号 何人の名義をもってするかを問わず,株式会社の計算において不正にその株式を取得したとき(自己株式取得罪
2号 法令又は定款の規定に違反して,剰余金の配当をしたとき(違法配当罪;いわゆる蛸配当)
3号 株式会社の目的の範囲外において,投機取引のために株式会社の財産を処分したとき(目的範囲外投機取引罪

「背任罪と特別背任罪」(資料 p.14)
背任罪刑法第247条は、「委託者から事務処理を依頼された者が、委託者以外の利益を図る目的あるいは委託者に損害を加える目的で(図利加害目的)、その任務に背く行為をし、委託者に財産上の損害を加えたときは、5年以下の懲役または50万円以下の罰金に処する」と定めている。
特別背任罪会社法第960条1項に定められた犯罪あり、株式会社の取締役や支配人など、一定の役職にある者が背任の罪を犯した場合、通常の背任罪よりもはるかに重い、10年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金、またはこれを併科という刑罰が科せられる。

「監査役・監査等委員・監査委員の選解任の比較」(資料p.21 p.25)

監査役会設置会社:監査役(任期:4年)
選任:株主総会の普通決議
解任:株主総会の特別決議(2/3以上)
選任議案に対する同意:監査役会の同意が必要

監査等委員会設置会社:監査等委員(任期:2年)
選任:株主総会の普通決議により監査等委員として選任
解任:株主総会の特別決議(2/3以上)
選任議案に対する同意:監査等委員会の同意が必要

指名委員会等設置会社:監査委員(任期:1年)
選任:株主総会の普通決議により取締役として選任され、その後、取締役会の決議により監査委員として選定される
解任:株主総会の普通決議(過半数)
選任議案に対する同意:他の機関の同意は不要            (以上)

 

Q&Aセッション

Q01:次回講義に直接関係が無くそもそもの質問で恐縮ですが、今までのご講演でも私には未だ基本的な理解が追い付いていないものですので、以下の点について、先生のお考えをお伺いしたいと存じます。

⑴取締役(会)がその向上を目指すのは、企業価値向上でしょうか、株主価値でしょうか。

・会社法の法的構成から見れば、取締役は会社の受任者(330条)であり、企業価値とも思えます。コーポレートガバナンスコードも「企業価値向上を促し」との記載があります(原則4)。すると、「所有者」たる株主の利益は劣後させてよいのかという疑問が生じます。

⑵取締役(会)が株主以外のステークホルダー(取引先・消費者、労働者、地域社会等。以下「SH」)への配慮をする意義・位置づけは、どう考えたらよいでしょうか(私は、以下の2つの考え方があると思いますが、いかがでしょうか)

①経済側面からは、SH配慮は、会社の暖簾価値や企業継続性の向上に繋がるので、企業価値(注)ひいては株主価値に寄与する。また、ESG投資重視の近時においては、株主価値の向上にも直接寄与する。

(注)コーポレートガバナンスコード基本原則2解説の「上場会社が、こうした認識を踏まえて適切な対応を行うことは、社会・経済全体に利益を及ぼすとともに、その結果として、会社自身にも更に利益がもたらされる、という好循環の実現に資するものである。」は、このことを指していると思います。

 ➁法的側面からは、取締役は法令遵守義務(365条)があり、遵守対象は、各種法令(規制法、消費者保護法を含む)や契約法(取引・労働契約)はもとより、SH配慮を求めるソフトロー(コーポレートガバナンスコード、SDG)や、法人格を与えられ市民社会の一員で以上遵守すべき社会規範・要請も含まれるべきと考えられる(株主は、この行為による収益減を、与件として当然甘受しなければならない)なお、SH配慮は、上記⑴の企業価値向上を重視する考え方に親和的と思いました。

A01:まず最初に要点を示しておきます。株式会社は多種・多数のステークホルダー(SH)を確保することによって事業を円滑に進めることができますが、他方で、直接・間接にそれらステークホルダーの生活を支えています。その意味で、株式会社はステークホルダーみんなのためのものです。法は、株主を株式会社の所有者と定め、株主が所有者のガバナンスに基づき株式会社を支配することによって、真に全ステークホルダーのためになる存在たりうることを期待しています。その代わり、株主に事業のリスクを負わせることにより、支配の責任の所在を明確にしています。要するに、株式会社はステークホルダーみんなのためのものですが、誰ものかといえば株主のものです。株主の直接的な目的は会社の利益です。したがって、株式会社が利益を目指して経営されることを望みます。株主価値の追求です。資本主義は、株主の利益追求がすべてのステークホルダーのためになる仕組み-競争原理に基づく市場経済-を備えています。株式会社が皆のためだからと言って、すべてのステークホルダーの希望を取締役会で反映させていたら、「船頭多くして船山に上る」状態に陥り健全で効率的な経営を行うことができません。それが株主という単独のステークホルダーに会社を委ねる理由です。

株式会社の経済的使命は、①国民が欲する財・サービスを生産・流通させること、および②それを通して創出した付加価値を資本と労働とに分配し、資本の提供者および労働者に生活をするための収入をもたらすことです。すべての付加価値の合計が、一国の経済活動の成果であるGDPですから、私は企業の社会的使命は付加価値の創出にあると考えます。したがって、株式会社は企業価値を最大化する社会的使命、社会的責任を負っていると考えます。だからと言って、「取締役会の最大の関心事は、株主価値の向上でなく企業価値の向上であるべきだ」とはなりません。なぜなら、資本主義の仕組みにより、株主価値の向上が企業価値の向上に直結するからです。

現代企業の事業は資本と労働との協働によってなされ、付加価値が生産されます。資本を提供するのは債権者や株主です。労働を提供するのは従業員と経営者です。付加価値は最終的にこれら提供者に分配されます。資本主義および株式会社のルールは、第2回の講義で説明したように、企業の所有者は資本、とくに自己資本の提供者であり、株式会社においては株主が所有者です。(ただし、奴隷制度は許されていません。株式会社も法人という「人」ですから、法人を所有することは許されません。企業の所有者というのは経済的な意味においてです。)したがって、株式会社の経営は所有者である株主に委ねられます。これが株主のガバナンスです。しかし、株式会社は、大きな資本を使用し大規模な事業を行うことを基本として制度化されているので、株主が多数います。会社法の他の会社(合名会社、合資会社、合同会社)のように、出資者が自ら経営者になって会社を経営することは現実に不可能です。また、大小さまざまな株主が多数いますから、株主に経営能力があるとは限りません。そこで、株式会社では、株主の最高意思決定の場である株主総会において、株主の代わりに会社を経営する取締役を選任し、経営を委ねることになっています。取締役はあくまでも株主から依頼を受けた経営代理人です。株主は、企業が事業によって稼いだ利益に対する請求権を持っていますから、長期的な観点から会社の利益が最大化されることを望みます。これが株主価値最大化です。

 株式会社には、従業員、顧客、取引先、債権者などのステークホルダーがいるのに、株主が所有者面して自らの利益のために株式会社の経営を支配(ガバナンス)するのは社会的に正義なのでしょうか。資本主義ではイエスです。資本主義は、自由な経済活動が補償された市場経済を前提としています。商品の市場で、原材料や機械の市場で、また労働の市場で多数の人々が自由に需要や供給を行い、その需・給から価格や取引条件が決まるというのが競争原理に基づいた市場経済です。どの市場でも、不必要な規制がなく自由な経済活動が認められている市場経済は公平・公正な制度であるというのが資本主義の前提です。企業がすべてのステークホルダーと市場原理に則った価格や条件で利益を最大化するならば、付加価値=(利益+利息)+賃金も最大化されます。利息も賃金も市場原理に即したものですから、公平公正に最大化されたことになります。市場経済が機能する限り、株主価値の追求は企業価値の追求に直結しています。企業は余計なことを考えずに、株主価値を追求すれば良いのです。それが取締役会の責任です。要するに。株式会社において、取締役会および経営者が市場経済を尊重しつつ株主価値を追求するのは社会的正義であるというのが資本主義の思想です。企業が株主価値を追求するために、効率的な経営を行い大きな利益を実現すれば、従業員は基本給の他にボーナスで収入を増やすことができます。利益が上がる会社は研究開発などを積極的に行うことができ、良い製品やサービスを顧客に提供することができます。このように株主価値追求は顧客にも恩恵を漏らします。同様に取引先も下請けいじめなどされずに公正な取引で恩恵を受けるでしょう。企業は地域や地球環境に配慮した経営を行うことができるでしょう。そのために株主の利益が犠牲になっても、潤沢な利益を享受している株主は不平・不満を言わないでしょう。

 このように、市場経済が健全に機能すれば、株主価値創造はすべてのステークホルダーに恩恵をもたらします。しかし、日本はもともと規制の多い国です。したがって、市場経済が歪められる場面が多くありましたし、依然としてそれらが残っています。企業は規制などによる市場経済の歪みを株主利益の追求に利用できたかも知れません。そのことは多くの日本人が実感しているかも知れません。それゆえ、長らく規制緩和が強く叫ばれているのです。

 なお、自由経済を前提とする市場経済がその精神通り健全に運営されるためには、国民一人一人が自己規律を備え、社会のルールを尊重する社会人であることが必要です。嘘をついたり騙したりは許されません。ところがそうでない人が多いため、法はさまざまルールを決め遵守しない人には罰を与えます。また、ESGやSDGsに正しい理解を持つことも需要です。コーポレートガバナンス・コードがこれらを重視しているのは、健全な市場経済を実現するためです。資本主義を採用し株式会社制度に多くを依存している日本ですが、ここに述べたようなことが十分に理解されていません。コーポレートガバナンスコーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードを作っている人たちも理解できていないように思わざるを得ません。また、社会通念上、株主価値を堂々と謳うことがでいないために企業価値という言葉で誤魔化しています。日本人の多くが株式会社で働いているのに、また公的年金や企業年金を通じて多額の株式を保有しているのに、株式会社制度の制度や仕組みを理解していないので株主価値や株主の利益という言葉に後ろめたさを感じています。コードの作成者たちは、そのような国民に迎合した表現でコードを作っています。その結果、二つのコードができたにもかかわらず、会社は上辺だけ遵守を装い、真のコーポレートガバナンス改革により企業経営を確信する大きなうねりにはなっていません。大変残念なことです。 (若杉敬明)

Q02:「わが国会社法のガバナンス規整」について、明治時代の商法から現在の会社法に至る株式会社のガバナンスに係る歴史的経緯と三つの機関設計の相違に関する網羅的な説明ありがとうございます。本件に関連して、日本監査役協会が三つの機関設計別の役員等の構成の変化などに関するアンケート集計結果(約300ページ)を発表しております。また私が勤務した会社(2社)の総会資料に興味深い記載がありますので、私の感想も沿えて、会員の議論を高める目的で報告させていただきます。
Q02-1 監査役協会の報告について、紙面の関係から、指名委員会等設置会社を除いて、監査役会設置会社と監査等委員会設置会社の比較報告とします。監査役協会アンケート集計結果等
【弊所見1】日本監査役協会には現在日本の主だった企業が会員(監査役会設置会社:6002社/85%、監査等委員会設置会社:1003社/14%、指名委員会等設置会社:75社/1%)に登録している。同協会は各種専門委員会を設け、その活動の成果を年2回の全国大会で発表して、監査役等への監査の実務指針を示している。また実務分科会に監査役等が参画して監査レベルの向上の支援と新任監査役等への研修を実施し、また月刊誌「監査役」を発行して監査役等の専門知識の習得に貢献している。
 日本には監査役設置会社に加えて、指名委員会等設置会社並びに監査等委員会設置会社が存在しているが、実態は余り変わらないように見える。理由の一つに、新しい機関設計の策定に監査役会設置会社の先進事例も参考にされてきたことと、及び監査役会協会を中心に新しい機関設計の機能を監査役設置会社に取り込み、後日監査役設置会社の法改正につなげて来ていることによると思われる。
 今回の比較に置いても、役員の数及び監査役等の報酬に格差が見られるも、これは監査役設置会社の企業規模が比較的大きい事に起因するものと思われる。役員の社外比率も略同じで、監査役設置会社における社外取締役は平均2名、1名も居ない会社の比率は1.6%で今回の法改正が与える影響は殆ど無いと思われる。内部監査部門の脆弱性は両方の機関に言えることで今後の課題と思われる。
Q02-2 私が勤務経験を持つ以下の2社の事例を今期の総会資料をベースに紹介します。 →2社の事例
【弊所見2】会社のガバナンス体制は会社の規模・企業風土・業態・海外進出度合等を勘案しながら、最適な形態を試行錯誤して現在の形態に至り、更に将来に向かって試行錯誤を続けていくものと思われます。ガバナンスが3機関設計の選択で決まるのではなく、会社法が定める機関設計に会社が主体的に諮問機関等の任意の機関を組み合わせたハイブリット型、又はブテック型のガバナンス体制が当該企業にとって有効に機能する体制になるのではないかと思われる。株主の圧力や株主総会対応の為の、関係者のコンセンサスのない表面的な機関設計やガバナンス体制が有効に機能するのか疑問を禁じ得ない。また、いつの世でも同じことですが、組織体制と同時に重要なことはそこに働く役員の意識及び矜持の持ち方ではないかと思われます。

A02:二つの質問に対する私の答えは同じです。【貴所見2】の最後の文章に全く賛成です。同意見ですが、念のため補足説明を加えます。現代企業の取締役会のガバナンスの望ましい姿に関する私の考えは、JCGRウエブサイトの「コラム」において、『コーポレートガバナンス概論―教育的ノート-』と題するエッセイで述べさせていただいております。その(3)むすびを引用します。

「指名、報酬、監査の機能により、経営のトップであるCEOから効率的で健全な経営を引き出すのが取締役会のガバナンスである。取締役会のリード役が社外独立取締役である。ガバナンスは、業務の執行に直接関わることではないので、社外の独立取締役にも果たすことができる、否、厳しくその職責を果たすためにこそ、独立な社外取締役こそ望ましいとするのが、現代のコーポレートガバナンスのベスト・プラクティスの根底にある思想である。
 ここで大事なことは、ガバナンスとマネジメントは一対であるということである。上に見たようにガバナンスは、マネジメントの協力があってこそ機能するのである。他方、健全なガバナンスの下でこそ、マネジメントはその力を発揮できるのである。残念ながら全体としてみると日本の経営は目的志向の合理的・科学的経営という観点からは貧弱である。政府も企業も学界も同様である。ガバナンス改革はガバナンス、ガバナンスとお題目を唱えているだけでは進まない。同時に、マネジメント力を高める施策が必要である。ガバナンス改革を唱えている政府はそれにもコミットする必要があることを自覚すべきである。」

大事なことは「委員会」という形ではなく、自社の経営実態に合ったガバナンスの「機能」です。極論すれば、取締役会が指名・報酬・監査という三つの基本機能を正しく理解し確保してさえいれば形(委員会の名前)はどうでも良いのです。しかし、現代のように複雑な状況に置いては、株主始め投資家に理解してもらうためには、名前も重要だと思います。もちろん名前という形をとるか機能の確保をとるかという選択問題になったら機能の確保をとるべきです。日本のコーポレートガバナンス改革は―他の改革と同様に―形ばかりにとらわれ機能を強調することを忘れているので実効性が乏しいのであろうと私は憂いております。 (若杉 敬明)

 

資料1 監査役協会アンケート集計結果
【監査役会設置会社】
1)対象会社数  6,002社、有効回答数3,479社(58%)うち上場会社数1,464社
2)比較対象会社 上場会社 1,464社に限定。(うち一部上場 952社/65%)
3)役員構成
  ① 取締役平均人数 8人 (うち社外取締役 2.4人)
  ② 監査役平均人数 3.5人(うち社外監査役 2,4人、常勤監査役1.4人)
  ③ 役員合計    11.5 人(うち社外役員  4.8人、社外比率 42%)
  ④ 社外取締役がいない会社 24社(全体の1.6%)
4)社外役員の前職・現職
  ① 社外取締役・・・会社の役員(39%)、弁護士(12%)、公認会計士(8%)
  ② 社外監査役・・・公認会計士(26%)、弁護士(22%)、会社の役員(20%)
5)独立役員届出人数
  ① 4人・・・(内訳) 社外取締役 (2.1人)、社外監査役(1.9人)
6)内部監査部
  ① 内部監査部門の平均スタッフ数 5.8人
  ② 内部監査部門長の役職・・・部長(69%) 執行役員(9%)取締役(9%)
7)監査役による内部監査役への指示権
  ① 社内規則に監査役の指示権が明記されている・・・38%
  ② 社内規則の明記は無いが実質的に指示している・・・48%
8)内部監査部の報告
  ① 監査役(会)が正式報告先に規定 ・・・ 42%
  ② 監査役(会)が写報告先に規定 ・・・・ 39%
9)指名委員会・報酬委員会に相当する諮問機関の設置の有無
  設置している会社・・・51%
10)取締役会に於ける監査役の発言
 ① 議長の求めが無くとも、発言している。・・・93%
 ② 監査役の発言の影響…・代表取締役等との日常的コミュニケーションで意見を反映(25%)・取締役会での発言を真摯に受け止めて頂いている(44%)
11)社長・経営トップと監査役会の対話機会
  最も多いレンジ・・・年3~4回(31%)
12) 内部通報の窓口
  監査役が内部通報の窓口の一つになっている・・・42% 13)監査役の報酬  ① 常勤社内監査役・・・最も多いレンジ(2000万円~2500万円/19%)  ② 非常勤社外監査役・・最も多いレンジ(200万円~500万円/41%)

【監査等委員会設置会社】
1)対象会社数  1,003社、 有効回答社数626社(62%、うち上場会社数575社)
2)比較対象会社 上場会社 626社に限定
3)取締役構成
  ① 監査等委員でない取締役平均人数 5.9人(うち社外取締役 0.8人)
  ② 監査等委員の取締役平均人数   3.5人(うち社外取締役 2.7人、常勤 1人)
  ③ 取締役合計           9.4人(うち社外役員 3.5人、社外比率 37%)
4)社外取締役の前職・現職
  ① 監査等委員でない社外取締役・・会社の役員(36%)、取引先の役員(14%)、弁護士(11%)
  ② 監査等委員の社外取締役・・・・公認会計士(27%),弁護士(25%)、会社の役員(21%)
5)独立役員届出人数
  ① 3.2人・・・(内訳) 監査等委員でない取締役 0.8人、監査等委員 2.4人
6)内部監査部
  ① 内部監査部門の平均スタッフ数 4.8人
  ② 内部監査部門長の役職・・・部長(69%)、執行役員(9%)、取締役(9%)
7)監査等委員会による内部監査役への指示権
  ① 社内規則に監査等委員会の指示権が明記されている・・・60%
  ② 社内規則の明記は無いが実質的に指示している・・・  32%
8)内部監査部の報告
  ① 監査等委員会が正式報告先に規定・・・50%
  ② 監査役等委員会に写報告先に規定・・・32%
9)指名委員会・報酬委員会に相当する諮問機関の設置の有無
  設置している会社・・・54%
10)取締役会に於ける監査等委員の発言
  ① 議長の求めが無くとも、発言している・・・97%
  ② 監査等委員の発言の影響…・代表取締役等との日常的コミュニケーションで意見を反映(21%)・ 取締役会での発言を真摯に受け止めて頂いている(36%)
11)社長・経営トップと監査等委員会との対話の機会
  最も多いレンジ・・・年1~2回(33%)
12)内部通報の窓口
  監査等委員会が内部通報の窓口の一つになっている・・・45%
13)監査等委員の報酬
  ① 常勤社内監査等委員・・・最も多いレンジ(1000万円~1250万円/21%)
  ② 非常勤社外監査等委員…最も多いレンジ(200万円~500万円/43%)

資料2 私が勤務経験を持つ以下の2社の事例を今期の総会資料をベースに紹介します。

1.A社の事例
 1)機関設計
   監査役設置会社から前期に監査等委員会設置会社に移行  
   ・役員構成の変化
    常勤社内取締役  6名から4名(2名減)
    非常勤社外取締役 2名変更なし
    常勤社内監査役  2名から常勤社内監査等委員  1名(1名減)
    非常勤社外監査役 2名から非常勤社外監査等委員 2名
    合計       12名から9名に変更
  ② 諮問機関
    数年前からガバナンス委員会(委員長・・社外取締役)を設置し、社外役員全員が
    委員に就任。今後も変更なし。ガバナンス全般・指名・報酬の協議機関
 2)業績連動型報酬
  ① 業績(連結)
    売上高 1750億円、純利益 120億円、自己資本比率 72%、ROE 8%
    配当性向率 65%、配当利回り 2.6%
   ・業績連動報酬比率
    報酬総額に占める比率を15%~20%とする。
2.M社の事例
 1)機関設計
   監査役会設置会社
   ・役員構成
    常勤社内取締役  9名
    非常勤社外取締役 5名(うち女性 3名、外国籍 2名)
    常勤社内監査役  2名
    非常勤社外監査役 3名(うち女性 1名)
    合計      19名(うち女性 4名、外国籍 2名)
   ・諮問機関
    ガバナンス委員会(委員長/会長)・・・18年前から設置されガバナンス全般
    指名委員会(委員長/社外取締役)・・・役員選解任基準・後継者計画等の評価
    報酬委員会(委員長/社外監査役)・・・報酬体系及び役員報酬案の評価及びクローバック条項の運用の適切性の評価
    会長の役割・・・執行役員を兼務せず、経営の監督に専念し、総会の議長・取締役会の議長及びガバナンス委員会の委員長に就任。
 2)業績連動型報酬
  ① 業績(連結)
    収益 8兆、 純利益 3500億円、 自己資本比率 39%,  ROE 7.3%
    営業キャッシュフロー 6600億円  配当性向率 40%、営業C/F比率 21%
    自己株式 700億 株主還元率 60% 配当利回り 3.4%
  ② 業績連動型報酬
    イ)業績連動賞与
      連結純利益並びに営業C/Fに一定の算式で計算した金額(但し7億円上限)
    ロ)株式報酬
      当社の株価成長率と東証株価指数成長率との比較により取締役の取得する株
      式数が決定する。(但し5億円上限)
    ハ)報酬総額の中、業績連動型報酬の占める比率は54%(昨年度実績)
    ニ)従業員への株式報酬 (70億円)

2021 ファイナンス研究会 第2回「資本市場と貨幣の価値」

Q&Aセッション ここ

 貨幣の時間価値の問題は、技術的には複利(compounding)と割引(discounting)の問題であるので、ここで特に付け加えることはない。しかし、実際の計算をエクセルの財務関数で行うことを今回の目的としているので、今回取り上げたPV関数、FV関数、PMT関数の変数(インプット)について説明をしておく。どの関数も、引数として、「利率」、「期間」、「定額支払額」、「現在価値」および「支払期日」という5つのインプットを定めることを求めている。同じ名前であるが、関数によって内容が異なるものもあるので、ここで説明しておく。3関数の使い方は動画<番外編>を視聴されたい。

PV関数(ローン返済や満期積立金を目指して定額の支払いをするとき、ローンの借入額や貯蓄をスタートするときの必要な頭金額が、定期支払額の現在価値として求められる)
1.利率:年率の数値をパーセント表示でインプットする。例えば、関数PV (・,・,・,・,・)(・は引数を表す)の最初の・には利率が入っているセル(a5とC3とか)を記入する。ただし、支払いや受け取りが月ごとになされる場合には、月率に換算する必要があるので「a5/12」や「C3/12」とする
2.期間:返済や積立の年数を指定する。関数においては(2番目の・に期間が入っているセルが記入される。月払い等では、セルを12倍する。つまりa6*12とC4*12となる。期間というよりは支払いや受け取りの回数である。月払いで10年であったら、セルa6やセルC4に最初から120と記入してもよい
3.定期支払額:ローンの場合毎期の返済額を、積立貯蓄の場合毎期の払込額を指定する。通常、マイナスで指定する
4.将来価値:残高を指定する。ローンを完済する場合は0を指定。積立貯蓄の場合は満期受取額を指定
5.支払期日:返済や払込が期首に行われるか期末に行われるかを指定する。期首の場合、通常は1を指定する

<例題1>3年後に300,000円必要である。3年の間、月末に10,000円ずつ積立て、満期積立額(将来価値)として300,000円を確保したい。頭金として今、いくら用意しなければならないか。

<答>B6にカーソルを置き、財務関数からPVを選ぶと、引数の表が現れるので、順に B1/12, B3*12, B3, B4,B5 をインプットすると、B6には、=PV(B1/12, B2*12, B3, B4,B5)が入り、瞬時に答えとして¥66,587が計算される。

  A B
1 利率(年利) 2%
2 期間(年) 3
3 定期支払額 -10,000
4 将来価値 150,000
5 支払期日  
6 現在価値(頭金) ¥66,587

 

◆ FV関数(ローン残高や満期積立額が定期支払額の将来価値として求められる)
1.利率:年率の数値をパーセント表示でインプットする。以下、PV関数と同じ
2.期間:返済や積立の年数を指定する。以下、PV関数と同じ
3.定期支払額:ローンの場合毎期の返済額を、積立貯蓄の場合毎期の払込額を指定する。通常、マイナスで指定
4.現在価値:ローンの場合借入額を、積立貯蓄の頭金を指定する。省略すると0が指定されたものとみなされる
5.支払期日:返済や払込が期首に行われるか期末に行われるかを指定する。期首の場合、通常は1を指定する

<例題2>年利3%で1,000,000円を借りて、一ヶ月後から毎月末に30,000円ずつ3年間返済するとき、3年後のローン残高はいくらか。

<答>財務関数からFVを選択し、引数の表に順に B1/12, B2*12, B3, B4,B5 をインプットすると、B6には、=PV(B1/12, B2*12, B3, B4,B5)が入り、瞬時に答えとして¥-54,372が計算される。

  A B
1 利率(年利) 3%
2 期間(年) 3
3 定期支払額 -25,000
4 将来価値 1,000,000
5 支払期日  
6 現在価値(頭金) ¥-54,372

 

PMT関数(定期的にローンの返済や積立貯蓄の払込を行うとき、1回当たりの返済額や払込額がいくらになるかを求める)
1.利率:年率の数値をパーセント表示でインプットする。以下、PV関数と同じ
2.期間:返済や積立の年数を指定する。以下、PV関数と同じ
3.現在価値:ローンの場合は借入額を指定し、積立預金で頭金を入れる場合は頭金を、頭金がない場合は0を指定する
4.将来価値:ローンで借入金を完済する場合は0を指定し、積立の場合は目標満期額を指定する
5.支払期日:返済や払込が期首に行われるか期末に行われるかを指定する。期首の場合、通常は1を指定する

<例3>金利3%のローンで100万円を借りた。頭金はなしで毎月返済するとき、月々の返済額はいくらであるか。なお、最初の返済は契約と同時つまり期首に行う。

<答>財務関数からPMTを選択し、引数の表に順に B1/12, B2*12, B3, B4,B5 をインプットすると、B6には、=PV(B1/12, B2*12, B3, B4,B5)が入り、瞬時に答えとして¥-29,009が計算される。毎月のローン返済額は29,009円である。

  A B
1 利率(年利) 3%
2 期間(年) 3
3 現在価値 1,000,000
4 将来価値 0
5 支払期日 1
6 定期返済額 ¥-29,009

(以上)

Q&Aセッション

Q01:マイナス金利ですが、これはあくまで中央銀行が意図的(市中銀行の預け金を少なくする)に行っている政策金利であり、ファイナンス理論上は時間的価値がマイナスとなることはない、という理解で宜しいでしょうか?大量の紙幣や硬貨に対する保管的なコストが時間的価値を上回るような概念は別としまして。

A01:名目金利と実質金利とに分けて考える必要があります。貨幣価値の変動が予想されている時には、実質金利=名目金利-予想インフレ率、デフレの時には実質金利=名目金++予想デフレ率です。

(1)インフレやデフレが予想されていない場合:常識的に考えて名目金利がマイナスになることは考えられません。マイナス金利で預金すれば現在価値が減少するのですからわざわざ預金する人はいません。したがって、市場でマイナス金利は成立しません。ただし、巨額の資産を持つ富裕者は、何らかの理由で流動性が必要な場合、安全に現金を預かってもらう代わりに保管料として銀行に金利を払うこと、つまりマイナス金利を承知するかも知れません。これが質問の最後にある断り書きのケースで(事実上のマイナス金利)が考えられます。巨額の資産の保有者は他の部分をリスクのある資産に分散投資などをすれば、そこからの利益で預金のマイナス金利を払うことができます。したがって、マイナス金利の預金を受け入れることが考えられますが、現実には、銀行や証券会社のプライベート・バンキング部門が富裕者の資産を預かり、総合的に富裕者の資産管理をしてくれますので(その分プライベート・バンキングの手数料がかかりますが)、マイナス金利の銀行預金は事実上成立しないでしょう。銀行はマイナス金利(預かり料)でなくゼロ金利で調達しても、その資金は、貸倒れリスクなどを理由に、プラスの金利で貸出しを行えますから、(経済活動が全体として付加価値を生む限りは)十分採算の取れる預貸業務を営むことができます。おかげで、それほど大きな資金を持たない者も、マイナス金利でなくゼロ以上の預金を享受できます。

(2)インフレ予想下の場合:インフレ下であれば黙っていても貨幣価値は時間とともに減少します。名目金利がマイナスであれば預金の貨幣価値の減少をさらに加速するわけですから預金する人はいません。自宅の金庫預金より銀行預金の方が安全だと考える人は、実質金利がマイナスでも預金をするかも知れませんが、マイナス名目金利では預金をする人はいないでしょう。仮にいても、量がわずかでビジネスになりませんから市場ではマイナス金利が成立しないでしょう。

(3)デフレ予想の場合:名目金利がマイナスでも、絶対値が予想デフレ率以下であれば、実質金利はプラスです。したがって、マイナスの名目金利は成立することが可能です。それでも、黙っていても貨幣価値が上がるのですからだれも、マイナス金利の預金を使用とは思わないでしょう。自然と金利が上昇しゼロ金利以上になるはずであり、現実にマイナス金利になることはないと考えるべきです。

(4)いずれにしろ、貨幣価値の変動が会ってもなくても、わざわざマイナス金利の預金をするメリットはほとんど無いわけですから、ファイナンス理論的あるいは経済理論的にはマイナス金利はあり得ないと言えます。銀行間や国際間ではマイナス金利が成立することがあると言われますが、それは名目金利ではなく事後的な実質金利のようです。⇨ 参考

(5)わが国のマイナス金利:わが国の政府はこの10年間、デフレから脱却することが長期の経済成長路線に乗せる唯一の方法だと考えてきました。そして経済成長とは国全体としての付加価値つまりGDPの成長にあるので、企業が積極的に投資等をすることが必要だと考え、アベノミクスの下で企業に成長のヒントを示唆する第三の矢を放ちました。その前提にあるのは、日本企業が積極的にリスクをとって前向きの投資に乗り出さないのは、お金がないからだという認識でした。それゆえ、第二の矢の金融緩和施策で銀行を通して市場に資金を供給しましたが、産業界に資金が出回るどころか、資金は銀行に滞留するばかりで,銀行の日銀への預金を膨らませるばかりでした。そこで、日銀に預金をしないで企業に成長資金として供給させようと、日銀への預金をマイナスにしたので、日銀のマイナス預金政策です。政府の認識と政策はどこか間違っていように思います。   (若杉敬明)

2021 コーポレートガバナンス研究会 第2回「資本主義と株式会社」

第2回研究会においては、コーポレートガバナンスの原点は、資本主義下の株式会社制度にあるので、第2回研究会では、資本主義の特質と株式会社制度の理念を明らかにする。ここでは資本主義および株式会社制度の概略を説明する。より詳細は説明は、JCGRのコラムを参照してください。コラム:資本主義 株式会社

Ⅰ 資本主義と社会主義

 資本主義は、18世紀後半イギリスで始まった産業革命を契機に成立した。資本主義は、自由競争により、企業や個人がそれぞれの利益を追求して経済活動を行えば、社会全体の利益も増大していくという考え方に立脚している。

1.資本主義の特徴

 財産を所有する個人や企業は、工場・土地・機械などの生産手段を私有し、財・サービスの生産・流通に従事して利益(利潤)を追求することが社会的に認められる。その前提は、私有財産制度の下、生産手段の私有が許されていることである。ここで生産手段とは、付加価値を生産するものという意味で企業を指す。他方、生産手段をもたない者は、労働力を提供して資本家から賃金を受け取り、もらうことを特徴とする。このことを「労働の商品化」という。

2.資本主義の理念

 国家(政府)は国民の経済活動に介入しないで、個人や企業が市場でなす自由行動に任せておけば-つまり市場に任せておけば-、需要と供給がバランスされるように市場が機能し、市場価格が決まるとともに、その価格に応じて生産者の商品生産量や消費者の商品購入量が決まるというのが、資本主義が信奉する経済原理である。この経済原理を「市場経済」という。

 産業革命当時のイギリスの経済学者アダム=スミスは自由主義的な市場経済を擁護する学説を唱えた

3.社会主義経済思想

 資本主義が浸透した19世紀後半になると、不況による失業や貧富の差の拡大といった資本主義経済の矛盾や弊害が明らかになってきた。ドイツの経済学者マルクスは資本主義経済を批判し社会主義経済を提唱した。私有財産制をとると資本が集中したところに独占が生ずるので、私有財産制と利潤の追求をやめ、個人や企業ではなく、国や地方公共団体・協同組合が生産手段を公有(社会的所有)することを主張した。理想は、資本家と労働者という階級対立をなくし、すべての人々を労働者とする平等な社会を作ることであった。

4.社会主義国の成立と問題の発生

 社会主義経済は、自由な経済活動が認められた市場経済ではなく、国家の計画と指令のもとに商品の生産・流通・販売や財の分配が行われる計画経済である。1917年のロシア革命を経て、1922年にはソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)が成立したことで、実際に社会主義経済が実現した。そこでの経験は次のようなことである。

 社会主義経済においては、国の管理の下に生産量や価格が決められるので、労働者が一生懸命に働いて企業が成果を上げても賃金はあがらないので、労働者に効率よく仕事をしようとするインセンティブが働かない。また、自由な競争が行われないので競争原理が働かず、より良い商品を生み出すために技術改良を加えられることもない。労働者の勤労意欲は減退し、生産性が低下して経済は停滞する。

5.社会主義経済の限界

 さらには官僚主義による非能率的な国家運営が行われたり、一部の共産党幹部が富を独占してしまったりする事態にも陥った。行き詰まったソ連は20世紀末に解体、その後ロシアは急速に資本主義化し、今日では全面的に資本主義経済が導入されている

 中国では、中国共産党が全権を掌握した社会主義国家「中華人民共和国」が1949年10月に成立した。資本主義の痕跡を残しながら企業の国有化を進めたが、1970年代末から改革開放政策(経済改革・対外開放政策)に着手し、1990年代前半からは社会主義を維持しながら市場経済を導入するという「社会主義市場経済」を導入するようになった。社会主義の限界に苦しめられながら、資本主義の市場経済と社会主義の国有経済との妥協を図っている。

 平等で公平を社会を目指す社会主義の思想は美しいが、現実は理想と解離しがちであり、今や社会主義を標榜する国は世界でも少数に限られている。

Ⅱ 株式会社制度の成立

1.ヨーロッパにおける株式会社の歴史

15世紀半ばから17世紀半ばにかけての大航海時代、ヨーロッパ人によりアフリカ・アジア・アメリカ大陸への大規模な航海が行われた。それにともない共同出資により大規模な貿易企業・植民地経営企業が誕生した。事業は一航海ごとに出資を募り、船が帰国した後に清算し、輸入品または販売代金を、投資額に比例して分配し終了するものであった。それらは Joint Stock Companyと呼ばれたが、恒常的・組織的な株式会社ではなかった

現代的な株式会社の誕生はイギリスとオランダの東インド会社であるとされている。テューダー王朝のエリザベス1世は、1600年12月31日正式に「イギリス東インド会社」を「東インド諸地域に貿易するロンドン商人たちの総裁とその会社」として法人格を認める許可状を下付した。国王から貿易の特権を与えられた世界最初の株式会社形態の勅許会社であった。1602年になるとオランダ東インド会社が誕生した。1回の航海ごとではなく、組織的な会社として永続的に資金を集め、定期的に利益を配当する事業を行った。継続的な自己資本を調達するとともに、初めて株主の有限責任を謳っており、世界最初の実質的な株式会社とされている。その後、各国で株式会社が導入されたが、独占権を与えられた許可制の会社で、勅許会社(Chartered Company)と呼ばれた。

その後産業革命期(18世紀半ば~19世紀半ば)を迎えると、工場制機械工業が確立し、産業および社会構造に大きな変革がもたらされた。世界で最初の産業革命は1760年代から1830年代にかけてイギリスで起こった。その結果、多額の資本を必要とする事業が急増したことから、事業形態として株式会社が多用された。それとともに、会社設立も許可制から登録制への移行し、やがては株式会社設立の自由化が一般化した。イギリスは1844年に許可制から登録制に移行し、フランスでは1867年、ナポレオン三世の第二帝政下、登録制による株式会社設立が可能になった。プロイセン王国のドイツでは1870年に株式会社設立の自由化が認められた。

2.アメリカにおける株式会社制度の発達

株式市場を備えた現代の株式会社制度を確立したのはアメリカであった。アメリカが独立したのは1776年7月4日であった。独立前のアメリカにおいては英国王の下、会社の設立は許可制で特定の会社の設立のみ設立が許されていた。しかし、独立後は、各州の議会がcorporation(法人)の設立を許可する法律を施行し、さまざまな形態の法人が設立された。許可は特権・独占権の付与を伴うものであった。株式会社は銀行から普及し、その後設立が続いた鉄道会社で一気に株式会社が普及した。特権が伴う代わりに規制も厳しいことから、規制緩和の波が広がり、1811年ニューヨーク州で規制緩和、1875年ニュージャージー州で規制廃止が行われ、19世紀末にはデラウエア州はじめ各州で株式会社設立の自由化が認められた。その後独占利益を求め、乱立された株式会社を整理するM&Aのブームが繰り返され、巨大株式会社が誕生することになった。

(若杉 敬明)

2021ファイナンス研究会 第1回「コーポレートファイナンス-序-」 

Q&Aセッション ここ

 現代の人類「ホモサピエンス」は、数十万年前に地球に誕生して以来、人々が集まり社会生活を行うことにより種族として発展してきた。現代においては、地球上の各地に散らばった人類は、それぞれ国を形成し経済や政治のシステムを作り生活している。わが国はじめ民主主義を基本とする資本主義国では企業形態の中心は株式会社であり、株式会社が経済を支えていると言っても過言ではない。400年の歴史を有する株式会社は資本主義に適合した優れた仕組みであるが、現在のように複雑な環境においては株式会社制度の運営は決して容易ではない。株式会社が人々の生活に貢献するためには、時代によって変質する資本主義の現状にあった株式会社制度のあり方を工夫していくことが不可欠である。その根本問題がコーポレートガバナンスである。株式会社を経営するのは経営者であるので、経営者の経営を社会が必要とする経営に誘導する仕組みが必要である。それが取締役会のガバナンスである。株式会社制度にはそれが内包されているが時間の経過とともに形骸化してしまった。20世紀から21世紀にかけて世界経済が大きく変容する中で、株式会社は業績低迷や経営者の不祥事などの問題を頻発させてきた。各国はコーポレートガバナンスのあり方に根本問題があると認識しコーポレートガバナンス改革を進めている。このような認識の下、第1回のコーポレートガバナンス研究会においては、コーポレートガバナンスをいろいろな角度からみてみる。

1.ファイナンスとは
 人々は働いて収入を得ると,大半を日々の生活費に充てるが残りを将来の大きな支出や不時の場合に備えて貯蓄する。それらは株式や債券の購入に充てられたり,金融機関に預けられたりして,金融資産の形をとる。あるいは企業も一時的に余裕のある資金を金融資産などで運用する。逆に,将来の収入をあてにしてお金を調達し現在消費する人もいる。また企業は製品からの将来の収入を見込んで資金を調達して投資しようとする。金融機関といってもさまざまあるが、これらは余裕資金を持つ個人や企業から集めた資金で,株式や債券の購入,あるいは企業や個人への貸し付けを行う。
 貸し付けを受けた個人はその資金で、たとえばマンションやマイカーの購入に充てる。企業は,株式や社債の発行や金融機関からの借り入れにより資金を調達し,事業を拡大するために,工場を建設したり,内外の会社を買収したりする。そしてそれらの事業からの売り上げの中から調達資金を返済したり,金利や配当を払ったりする。このように個人や企業は資金を調達したり運用したりしている。このような資金活動は民間部門だけでなく、国や地方自治体も行っている。政府は,税金の徴収や国債の発行により資金を調達し,国民に生活基盤、教育・科学、衛生・保健等々に関する公共サービスを提供するほか,公共事業と称して民間ではできない事業を行う。そして,将来の税収や事業収入で国債の元利の支払いを行う。このようにさまざまな経済主体が資金を供給したり調達したりしている。これをお金の融通という意味で一般に金融といいます。個々の経済主体に関しては財務や財政など使い分けることもある。英語ではすべてファイナンス(finance)である。経済主体別には,個人金融(personal finance),企業金融・企業財務(corporate finance),国家財政(public finance)などと呼ばれる。

2.経済とファイナンス
 どのような職業であるかにかかわらず,人々は働いて収入を得て,それで生計を立てている。その収入を,毎月,衣食住や娯楽・交際等々のために支出して生活を楽しむ。しかし,ほとんどの人は,給料のすべてを使ってしまうのではなく,将来の大きな買い物,たとえばマイホームやマイカー,子供の教育資金,老後の生活費,あるいはいざというときの備え等々のために,収入の一部を貯蓄する。
 貯蓄を銀行に預けたとする。銀行は,多数の人から集めた預金を,事業の拡大などを目指す企業に貸し付ける。あるいは大きな買い物(たとえばマンションの購入)を使用としている個人に貸し付ける。もちろん,いずれの場合も,将来,きちんと返してもらえること、つまり回収できることが前提である。そのためには、個人であれば安定した所得が見込めなければならないし、企業であれば事業から十分な収入を上げられると期待できなければならない。
 事業を拡大した企業のばあい、事業の拡大で増加した売上高により利子を払い元本を返済していく。銀行の住宅ローンを利用した個人は将来の所得から元利を支払う。銀行は貸し付けからの元利収入で、預金をしてくれた人たちに利子を払ったり預金の引き出しに応じたりする。
 金融機関の役割は、個人から資金を集め企業に資金を供給し企業の活動を促進することである。銀行が貸し付けた資金を回収できなくなると、資金が思うように集められなくなり金融機能が麻痺してしまう。一昔前の話になるが、バブルの破裂後の1990年代半ばから世間を騒がせた銀行の不良債権問題は,銀行がきちんと返済してもらえると判断して貸し付けた資金が,景気低迷による業績悪化や倒産で回収できなくなったことが原因であった。もちろん、個人の中にもリストラなどで仕事を失い収入が絶え返済不能になった人も多数いた。いずれにせよ、銀行が貸付金を正常に回収できなくなり、預金の返済が危ぶまれるという状況になり、銀行が機能しなくなり、その結果、金融が正常に機能せず、日本の経済が停滞することになった。不良債権問題解決の目途が付くのに10年の歳月がかかた。
 また、2007年頃からアメリカのサブプライムローンの貸し倒れ急増に端を発した金融危機では、サブプライムローン関係の証券化商品に多額の投資をしたアメリカやヨーロッパの金融機関が大きな損失を出し、経営が脅かされることになった。その結果、一時的にではあるが、金融機関は資金を集めることができなくなり、企業に資金を供給することもできなくなった。金融危機により多くの人々が損失を被ったということもありますが、金融機能そのものに対する不安や不信が残り、金融が停滞したのである。その結果、とくに国民の貯蓄が大きい先進国の経済は数年が経過しても不振に喘いだ。
 金融において大事なことは、預けたお金が返ってくる、貸した資金は返してもらえるということである。逆に言えば、借りた人や企業はきちんと元利を返済しなければならないということである。それができれば、お金を預けた人は、最終的にそれを使って事業を行った企業からの利益や利子で元本を増やすことができ、将来、貯蓄した以上の金額を消費することができる。金融が順調に行われれば、お金が世の中を円滑に循環し、経済活動が活発になり、豊かで安全な社会が実現する。お金が円滑に循環するための原理を探るのがファイナンス論であり、本ファイナンス研究会の目的でもある。(若杉敬明)

Q&Aセッション

Q01:「P18  家計が黒字主体で赤字主体の政府に資金を供給・・・・」とありますが、国債発行残高が1,000兆円を超えておりますが、よく日本国内で保有されているからとか、将来の子孫に負担を押し付けるものでないとか言われております。家計に置きなおすと、600万円の年間所得者が1億円の借金を抱えているようなもので、プライマリーバランスも中々実現できず、消費税30%が必要になるかも知れません。この問題に我々の世代としてはどのように対応していけば宜しいのでしょうか?

A01日本の国債は、目的別に見ると①普通国債(歳入債)、②財政投融資特別会計国債(財投債)、③繰延債、④融通債に分類されますが、通常国債と言っているのは普通国債です。普通国債の主たるものは建設国債と赤字国債です。質問の趣旨に応じてこの二つについて私の理解を述べます。

 わが国では、財政の安定を図るために国家財政は収支均衡主義がとられています(が、以下に述べるように形骸化しています)。収支均衡主義とは、財政支出を財政収入の範囲以内に抑える考え方です。主たる財政収入は税収ですから、国のさまざまな事業は税収の範囲で行うことになっています。したがって、税収で賄えない事業は民間に委ねることになります。国が国民のためにいろいろな政策を行おうとすると財政支出が増えますから、自ずと税金も高くなります。また、政策の実行のために政府で働く人も増え、大きな政府になります。逆に、なるべく国は経済に関与せず国の事業を抑制しようとすると、お役人の数も少なくなり、「小さな政府 small government」ということになります。道路の建設や空港・港湾設備などのインフラ関係の事業(国を建設する事業)は、数十年という長期にわたる事業で、採算が取れるには非常に長い期間を要します。またリスクもともないます。民間の経済計算に合わないので、国がそのような事業を行うことになります。インフラの整備が本当に経済活動に貢献するものであれば、その成果として経済が活性化し、企業は利益を上げることができるので、将来的には税収が増えます。また企業や国民は、インフラの利用料金や利用税など払ってくれます。その結果、インフラ投資のために要した資金を回収できます。また、したがって、このような事業のためであるならば、その直接・間接の効果で発行された国債の償還が自ずと可能です。このような事業のためであるならば国債を発行しても、収支均衡の原則に反することがありません。このような見通しの下で発行される国債を建設国債と呼びます。

 それに対して、石油危機や金融危機が生じた場合には、経済全体が落ち込み税収が激減し、収支均衡を貫くことができません。税収の減少に合わせて事業を縮小すれば、国民は大きな不便を負わなければ成りません。一旦、収支均衡から離れ、国債の発行により税収の不足を補い、国の事業を維持したり、あるいは不況から脱出するための積極的な財政支出を行ったりすれば、むしろ、経済が再び活性化し危機を乗り越えることができます。その結果、税収が増えることになり、国債の償還が可能になります。このような状況において発行される国債は、国の事業を維持するためにあえて財政赤字の時に特例で発行されるものであるから特例国債として制度化されており、赤字国債とも呼ばれています。しかし、建設国債にして赤字国債にしても、その償還が可能であるか否かを慎重に検討しなければなりませんから、発行に際しては国会での議決が必要です。特に赤字国債は、国債発行の採算計算が難しく、また国会議員が人気とり票獲得のために安易に賛成しがちで、借金地獄に陥るリスクが大きいことから、慎重に発行することが求められます。

 日本では、第二次大戦後、経済の復興が比較的順調で収支均衡、国債の国会議決の原則で財政運営がなされてきました。しかし、1965年佐藤栄作首相の下で初めて赤字国債が発行されましたが(証券恐慌による昭和40年不況)福田赳夫蔵相が抵抗したことや、オイルショック後の1975年三木武夫内閣が赤字国債を発行する際大平正芳蔵相が「万死に値する」と述べ「一生かかって償う」と語ったことは有名です。今思えば、現在の政治家には見られない矜持をもった政治家でした。しかし、そのような政治家は現れず、ばらまき政治を続けるために赤字国債の発行が恒例化、常態化しています。ひとたび赤字国債の味をしめると、政治家は安易に赤字国債の垂れ流しに陥ることは各国で経験されていることです。赤字国債が発行され続けると、国民の貯蓄は新しい投資には向けられず、赤字国債の借り換えと膨らむ金利支払いに向けられ、現状維持で経済は停滞して行きます。そうではないという理論もありますが、日本の現状は借金地獄に落ちたサラリーマンと同じで、ただ借金の返済と毎日を生きていくだけの経済と同じだではないでしょうか。

 国民が政治の重要性を認識し選挙に積極的に参加し、日本の将来を考えてくれる人を自分たちの政治家として選ばないと、政治に利用して自分の利益を追求しようとする一部の選挙民と、それに応えようとする政治家の国になってしまいます。政治のお粗末は、残念ながら国民のお粗末の反映です。(若杉敬明)

Q02:コーポレートファイナンスにおいて税制の動向の影響は大きいと思われますので、以下の質問をさせていただきます。最近の英国・米国の税制に対する新しい動きとして世界的な「最低税制制度」の導入と、英国の「法人税の引き上げ」、米国では「法人税の引き上げとインフラ投資(景気刺激策)」と「富裕層に対する増税と格差社会の是正の施策(中間層の復活)」の動きが見られます。日本は、財政状態は先進国の中でも際立って悪く、物価上昇率2%の達成による成長戦略の実現(財政再建)の見通しは暗く、コロナの影響により財政状態は悪化の一途ですが、英米に追随した増税政策の導入が視野に入って来たと考えて良いのでしょうか。それとも「ジャパン・プレミアム」や「国債の大幅な格下げ」等の圧力(黒船)が到来するまでは増税の決定は出来ないと考えるべきでしょうか。

A02:マクロ経済においては、経済主体を、個人、企業、政府(そして外国)に分類するので、ファイナンスでは、personal finance(家計), corporate finance(企業財務)そしてpublic finance(財政) と分かれて研究や分析が行われます。税制は財政を賄うための主たる財源です。国はさまざまな政策から成る経済政策を定め、①それを実行するための税源を確保する目的と②個人および企業に財政の目的に沿った行動をとってもらう目的とで税制を決めます。この研究会の目的である(コーポレート)ファイナンスはその限りにおいて税制と深い関係を持っています。しかし、ファイナンスが税制を決めるわけではありません。ファイナンスは、株主価値最大化を通して企業価値を最大化することですから、そのためにむしろ税制を利用します。その意味では税制と企業行動は相互に絡んでいるので、政府はそのことを読んで税制を定め施行しないととんでもない結果を招くことがあります。

ところで質問はこれからの税制のあり方に関する趣旨ですから、この研究会の範囲を超えていますが、若干説明をしておきます。「税制とは税金の体系ですが、税金とは、年金・医療などの社会保障・福祉や、水道、道路などの社会資本整備、教育、警察、防衛といった公的サービスを運営するための費用を賄うものです。みんなが互いに支え合い、共によりよい社会を作っていくため、この費用を広く公平に分かち合うことが必要です。」(財務省税制のホームページ)。国がどのような公的サービスをどの程度提供するかは国民が何を求めているかによります。しかし、国民のニーズは多様であり利害も異なります。それをくみ取り党の公約として掲げて選挙を戦い国政に反映させようとするのが政党です。政党の間の切磋琢磨がまさに政治です。これから他国の状況も見ながら、日本がどの方向に向かうかは国民自身が決める問題です。

 1980年以降、先進国は、高利益企業を呼び込むため、あるいは引き留めるために法人税率引き下げ競争をしてきました法人税率12.5%のアイルランドはフェイスブックの拠点になっています。しかし、法人税率引き下げ競争が国家財政を歪め負担になっていることは間違いありません。国民のニーズとは関係なく国際間の競争だけで法人税率が決まってしまうことは本来望ましいことではありません。OECDも加盟国の最低税率を設けようと議論を進めて来ました。イエレン米財務長官は4月5日、法人税率を競って引き下げる多年の「競走」を終わらせるため、G20で協力して国際的に共通の法人最低税率を導入することを提案しました。いまや分断国家となり共和党の主張を無視できないアメリカの政治情勢を考えると見通しが暗いと言わざるを得ません。しかし、コロナ禍で各国の財政負担が急増している世界情勢において法人税率引き下げによる高収益企業獲得競争は不健全であることは間違いありません。日本もOECDの一員としてこの議論に乗らざるを得ないと思いますが、もともと法人税率は高い方の国であるので影響は小さいと思います。

 税金を徴収し豊かな国家財政の下で公的サービスを経済先進国の夢です。税金は労働の賃金そして資本の利益に課税されます。労働の賃金と資本の利益の合計が付加価値です。付加価値生産性が高い国であってはじめて国政の財源が確保でき、豊かな公的サービスの提供が可能になります。資本主義国では、民間企業が中心になって付加価値の生産を担います。株主価値の最大化を目指して企業価値の最大化、長期的付加価値の最大化の実現を担うのがコーポレートファイナンスです。(若杉敬明)