はじめに
株式会社の目的は、法令および公正な市場ルールの下で、企業価値および株主価値を持続的に向上させることにある。現代の株式会社は,株主価値を追求すべきでなくESGも会社のパーパスに加えるべきであるという主張もあるが、ESGは、それ自体が株式会社の最終目的なのではなく、企業の将来キャッシュフロー、リスク、競争力および資本コストに影響する経営要因である。したがって、企業はESGを価値創造のレバレッジとして活用すべきである。他方、企業価値との合理的な関係を持たない社会政策の費用を、経営者の裁量によって株主に負担させるべきではない。社会が特定のESG上の成果を求めるのであれば、政府が民主的な手続を通じて、法律、税制または市場ルールとして明確に定めるべきである。
コーポレートガバナンスとは、企業価値の持続的向上を実現するための、株式会社の組織運営に関する基本的な仕組みである。
株式会社では、多数の株主が資本を提供し、その資本を用いて企業活動が行われる。しかし、通常、株主自身が日常の経営を行うわけではない。株主は取締役を選任し、取締役会がCEOを中心とする経営陣に会社の経営を委ねる。
このように、資本を提供し事業のリスクを負担する者と、実際に経営判断を行う者とが分離していることが、現代の株式会社の基本的特徴である。
この分離によって、企業は広く資本を集め、経営能力を有する者に経営を委ね、大規模かつ継続的な事業活動を行うことが可能になる。その反面、資本を提供する株主と、その資本を実際に運用する経営者との間には、目的、情報および利害の違いが生じる可能性がある。
経営者は株主よりも会社の内部情報を多く持ち、会社の資金、人材、設備その他の資源を事実上支配している。そのため、経営者が常に株主の利益および企業価値の向上を最優先して行動するとは限らない。
経営者が会社の資源を自己の地位、名声、報酬、権限または組織の維持のために利用する可能性もある。業績の悪い事業を継続したり、合理性に乏しい企業買収を行ったり、過大な内部留保を抱えたり、資本コストを下回る投資を続けたりすることもあり得る。
このような、資本の提供者と経営者との間に生じる利害の不一致を調整し、経営者が会社の資源を適切に用いて企業価値を向上させるようにする仕組みが、コーポレートガバナンスである。
コーポレートガバナンスは、単に不祥事を防止するための制度ではない。違法行為や不正行為の防止は重要であるが、それだけでは十分ではない。企業が適切な戦略を選択し、資本を有効に配分し、リスクを管理し、経営者に適切な動機を与え、長期的に価値を創造するための仕組み全体が、コーポレートガバナンスの対象である。
したがって、コーポレートガバナンスには、守りの側面と攻めの側面がある。
守りの側面とは、法令違反、不正会計、利益相反、資産の流用、過度なリスクテイクその他の企業価値を損なう行為を防ぐことである。
攻めの側面とは、優れたCEOを選任し、適切な経営戦略を形成し、資本を有効に配分し、経営者に価値創造へのインセンティブを与え、企業の成長力および競争力を高めることである。
現代のコーポレートガバナンスは、この二つの側面を統合したものでなければならない。
株式会社は、株主が出資した資本を基礎として事業を行う法人である。
株主は、会社に資本を拠出し、その事業に伴う最終的なリスクを負担する。会社が利益を上げれば、株主は配当や株価上昇という形で利益を得ることができる。一方、事業が失敗すれば、株主は出資した資本を失う可能性がある。
もっとも、株主の責任は原則として出資額に限定される。この有限責任という制度によって、株主は自ら会社の債務を直接負担することなく、多数の企業に分散して投資することができる。
株式の譲渡可能性も重要である。株主は、原則として株式を市場で売却することにより、投資から退出することができる。この仕組みによって、企業は長期的に資本を利用できる一方、投資家は必要に応じて投資を換金できる。
有限責任、株式の譲渡可能性、法人格および専門経営者への経営委任は、現代の株式会社制度を支える重要な要素である。
しかし、これらの仕組みが発達するほど、個々の株主が経営に直接関与することは困難になる。大規模な上場会社では、株主が多数に分散しており、それぞれの株主が会社を監視するための時間、情報および専門能力を十分に持っているとは限らない。
その結果、経営者は会社の資源に対して大きな裁量を持つことになる。
ここに、株式会社制度の強みと弱みが同時に存在する。
専門的な経営者に経営を委ねることによって、企業は高度で複雑な事業活動を行うことができる。しかし、経営者の裁量が適切に監督されなければ、経営者は必ずしも資本提供者の利益に沿って行動しない可能性がある。
コーポレートガバナンスは、この所有と経営の分離を否定するものではない。むしろ、その分離を前提として、専門経営者の能力と裁量を生かしつつ、それを適切な方向に導くための仕組みである。
コーポレートガバナンスを理解するための中心的な考え方が、エージェンシー問題である。
株主は、会社の経営を取締役およびCEOに委ねる。株主は委任者であり、経営者はその委任を受ける者である。
しかし、委任者と経営者は、必ずしも同じ目的を持つとは限らない。また、経営者は株主よりも会社に関する多くの情報を持っている。さらに、株主が経営者のすべての行動を常時監視することは不可能である。
このような利害の不一致と情報の非対称性から生じる問題が、エージェンシー問題である。
経営者は、企業価値の向上よりも、自らの地位の安定、組織の拡大、報酬の増加、名声の獲得または失敗回避を優先することがある。
例えば、企業規模の拡大が経営者の権限や社会的評価を高める場合、企業価値を増加させない買収であっても実行される可能性がある。また、失敗した事業から撤退すると過去の判断の誤りを認めることになるため、経営者が撤退を先送りすることもある。
反対に、経営者の任期が短い場合には、長期的には価値を生む研究開発、人材育成、設備投資またはブランド形成を削減し、短期的な利益を増加させる可能性もある。
したがって、コーポレートガバナンスは、経営者の裁量を単純に小さくすることを目的とするものではない。経営者が必要なリスクを取り、革新を進め、長期的な経営判断を行うことができるようにしながら、その裁量が企業価値の向上に向けられるようにする必要がある。
そのためには、監督、評価、報酬、情報開示、内部統制および市場規律を相互に組み合わせなければならない。
経営者の行動を規則だけで完全に拘束することはできない。経営は、将来について不確実な状況の下で判断する活動であり、すべての状況を事前に契約や規則で定めることは不可能だからである。
したがって、現代のガバナンスでは、経営者に必要な裁量を与える一方、その裁量の行使を独立した取締役会が監督し、結果について経営者がアカウンタビリティーを負うという仕組みが重要になる。
株式会社は営利を目的とする事業組織である。したがって、企業活動の成果は、最終的には企業価値および株主価値の向上として評価される必要がある。
企業価値とは、企業が将来にわたって生み出すと期待されるキャッシュフローを、そのリスクに応じた資本コストで現在価値に換算したものである。
企業価値は、単年度の利益と同じではない。
ある投資が当期利益を減少させても、将来により大きなキャッシュフローを生むのであれば、企業価値を高める可能性がある。反対に、当期利益を増加させても、将来の競争力を損ない、過大なリスクを生じさせるのであれば、企業価値を低下させる可能性がある。
したがって、企業価値の持続的向上とは、短期利益の最大化を意味しない。
それは、資本コストを上回る収益を長期にわたって生み出すことのできる事業、組織、技術、人材、顧客関係および社会的信頼を形成することである。
株主価値は、企業価値から債権者その他の資金提供者に帰属する価値を控除した、株主に帰属する価値である。
株主価値を重視することは、株主以外のステークホルダーを軽視することではない。
企業が長期的に株主価値を創造するためには、顧客に価値ある製品やサービスを提供し、従業員の能力を生かし、取引先と公正な関係を築き、法令と市場原則を守り、地域社会および自然環境との持続可能な関係を維持しなければならない。
ステークホルダーとの良好な関係は、多くの場合、企業価値創造の条件である。
しかし、企業が多様なステークホルダーに配慮することと、経営者が誰に対してどのような結果責任を負うのかという問題は、区別して考えなければならない。
経営者が「すべてのステークホルダーの利益」を抽象的に掲げるだけでは、具体的な経営判断の評価基準が不明確になり、経営者の裁量が無限定に広がるおそれがある。
現代のコーポレートガバナンスでは、経営者は公正な市場取引、法令遵守およびステークホルダーとの適切な関係を前提として、資本を効率的に利用し、企業価値および株主価値を持続的に向上させることについてアカウンタビリティーを負うと考えるべきである。
コーポレートガバナンスは、会社内部の組織問題だけではない。企業と資本市場との関係を規律する仕組みでもある。
企業は、株主および債権者から資本を調達し、その資本を事業に投資する。資本提供者は、企業がどのような収益を生み、どのようなリスクを負い、どのように資本を配分しているかを評価する。
投資家が企業の将来性や経営の質を高く評価すれば、その企業は有利な条件で資本を調達できる。反対に、経営の質が低く、情報開示が不十分で、資本が非効率に利用されていると判断されれば、資本コストは上昇する。
したがって、優れたコーポレートガバナンスは、企業の資金調達力と密接に関係する。
経営者は、企業が保有する資本を無償で利用しているのではない。自己資本にも資本コストがある。株主は、その企業と同程度のリスクを持つ他の投資機会と比較して、相応の収益率を要求する。
したがって、企業が利益を計上しているだけでは十分ではない。投下された資本に対する収益率が資本コストを上回って初めて、経済的な価値が創造される。
この観点から、取締役会は、売上高や会計利益だけでなく、投下資本利益率、資本コスト、キャッシュフロー、事業ポートフォリオおよび資本配分を監督しなければならない。
設備投資、研究開発、企業買収、事業売却、配当、自己株式取得、負債調達および株式発行は、すべて資本配分に関する意思決定である。
資本配分は、企業の将来を決定する最も重要な経営判断の一つであり、取締役会が監督すべき中心的課題である。
取締役会は、株主と経営者の間に位置する機関である。
株主は、株主総会で取締役を選任する。取締役は取締役会を構成し、会社の基本的な方向を定め、CEOを選任し、その経営を監督する。
取締役会の最も重要な役割は、会社の日常業務を自ら執行することではない。優れたCEOを選任し、そのCEOが企業価値の向上に向けて経営を行うように監督することである。
この意味で、取締役会は経営者の上位に立つ管理機関であると同時に、CEOが優れた経営判断を行うための助言者およびパートナーでもある。
監督と協働は矛盾しない。
取締役会がCEOと健全な信頼関係を持つことは重要である。しかし、その信頼関係は、取締役会がCEOの判断を無条件に追認することを意味しない。
取締役会は、経営陣から独立した立場で質問し、異論を述べ、前提を検証し、必要な場合には修正を求めなければならない。
同時に、取締役会は経営陣と対立すること自体を目的としてはならない。取締役会とCEOは、企業価値の持続的向上という共通の目的を持つ。
CEOは経営に責任を負い、取締役会はCEOの選任、評価、報酬、後継者計画および経営結果の監督に責任を負う。
この役割分担が、ガバナンスとマネジメントの分離である。
現代のコーポレートガバナンスでは、取締役会は、業務執行を中心とする取締役会から、経営を監督する取締役会へと変化してきた。このような取締役会は、一般にモニタリング・ボードと呼ばれる。
伝統的な取締役会では、取締役の多くが社内の執行責任者を兼ねていた。各事業部門の責任者が取締役となり、取締役会は経営会議の延長として機能することが多かった。
しかし、このような構成では、経営を行う者が自らを監督することになる。
CEOの人事、報酬、業績評価、後継者計画、経営戦略の失敗または内部統制の不備について、CEOの部下である取締役が独立した判断を行うことは容易ではない。
そのため、現代のベスト・プラクティスでは、取締役会の中心を独立取締役が占め、業務執行はCEOを中心とする経営陣に委ね、取締役会は監督に集中することが重視される。
独立性は、取締役が経営者と一切協力しないことを意味しない。独立性とは、経営者との雇用関係、経済関係、人的関係その他の事情によって判断を左右されず、会社および株主の利益のために客観的な判断を行うことができる状態である。
独立取締役が多数を占めるだけで、取締役会が自動的に有効に機能するわけではない。
取締役会には、企業経営、財務、会計、法務、技術、人材、国際事業、リスク管理その他の分野に関する多様な知識と経験が必要である。
また、取締役には、独立性だけでなく、判断力、誠実性、勇気、好奇心、学習能力、協働能力および十分な時間的余裕が求められる。
取締役会の質は、個々の取締役の質だけで決まるものでもない。異なる知識と経験を持つ取締役が、相互に尊重しつつ率直に議論し、集団として優れた判断を形成できるかどうかが重要である。
取締役会の責務は多岐にわたるが、その中心は次の領域にある。
第一は、CEOの選任である。
会社の成果に最も大きな影響を及ぼす単一の意思決定は、誰をCEOに選ぶかである。優れた戦略、制度および組織があっても、CEOに能力と誠実性がなければ、それらは十分に機能しない。
第二は、CEOの評価および報酬である。
取締役会は、CEOに明確な成果目標を与え、その達成状況だけでなく、成果を生み出した方法、負ったリスク、組織能力の形成および長期的な企業価値への影響を評価しなければならない。
報酬制度は、CEOの行動を企業価値の向上に結び付ける重要な仕組みである。しかし、報酬制度が短期的な利益、株価または特定の指標だけを過度に重視すれば、経営者に望ましくない行動を促す可能性がある。
したがって、業績目標、評価期間、株式報酬、報酬の繰延べ、マルスおよびクローバックその他の仕組みを総合的に設計する必要がある。
第三は、CEOサクセッションである。
CEOの突然の退任、事故、病気または不祥事に備える緊急時の後継者計画だけでなく、中長期的に次世代の経営者を育成し、複数の候補者を継続的に評価する必要がある。
CEOサクセッションは、現CEOだけに委ねることのできない取締役会の固有の責務である。
第四は、経営戦略の監督である。
戦略を策定する第一次的責任はCEOおよび経営陣にある。しかし、取締役会は、戦略の前提、選択肢、必要資本、期待収益、リスクおよび実行可能性を検討し、その戦略が企業価値の向上に結び付くかを判断しなければならない。
第五は、資本政策および資本配分の監督である。
企業が得たキャッシュを、既存事業への再投資、新規事業、企業買収、負債返済、配当または自己株式取得のいずれに用いるかは、企業価値を大きく左右する。
取締役会は、それぞれの選択肢について、期待収益、リスクおよび資本コストを比較しなければならない。
第六は、リスク管理、内部統制およびコンプライアンスの監督である。
企業経営にはリスクが伴う。リスクを完全に排除することはできず、また排除すべきでもない。企業価値の創造には、合理的なリスクを引き受けることが必要である。
取締役会の役割は、リスクをゼロにすることではなく、会社がどのようなリスクを、どの程度、どのような条件で負うかという基本方針を監督することである。
第七は、企業文化および経営者倫理の監督である。
制度や規則が整備されていても、経営者が不都合な情報を隠し、異論を排除し、短期的な成果のみを評価する文化を形成すれば、ガバナンスは機能しない。
取締役会は、会社が掲げる価値観と、実際の意思決定、評価、昇進、報酬および人材配置が一致しているかを確認する必要がある。
取締役会とCEOの関係は、現代のコーポレートガバナンスの成否を左右する。
両者の関係が近すぎれば、取締役会はCEOを監督できなくなる。反対に、両者の関係が敵対的であれば、必要な情報共有と協働が失われる。
望ましい関係は、相互の役割を明確に認識した上での、緊張感を伴う信頼関係である。
CEOは、会社の経営を行い、その結果について取締役会にアカウンタビリティーを負う。
取締役会は、CEOに経営を委ねる一方、重要な判断について質問し、前提を検証し、結果を評価する。
CEOは、取締役会に対して、良い情報だけでなく悪い情報も、適時かつ正確に提供しなければならない。取締役会は、CEOから提供される情報だけに依存せず、必要に応じて他の経営幹部、内部監査部門、外部監査人および外部専門家から情報を得る必要がある。
取締役会が経営に過度に介入すれば、CEOの権限と責任が不明確になる。反対に、取締役会が経営陣にすべてを任せれば、監督責任を果たすことができない。
重要なのは、取締役会が何を決定し、何を承認し、何を監督し、何をCEOに委ねるかを明確にすることである。
この役割分担は、取締役会規則に定め、定期的に見直すことが望ましい。
取締役会議長は、取締役会の実効性に大きな責任を負う。
議長は、取締役会の議題を設定し、必要な情報が適時に提供されるようにし、会議を適切に運営し、すべての取締役が自由に意見を述べられる環境を整えなければならない。
議長は、単に会議を進行する者ではない。
取締役会が重要な問題に十分な時間を使っているか、経営陣の説明を受けるだけの場になっていないか、異論や懸念が抑制されていないか、結論が十分な検討に基づいているかを管理する責任がある。
CEOと取締役会議長を分離することには、監督と執行の役割を明確にする利点がある。
CEOが議長を兼ねる場合には、CEOから独立して取締役会を主導できる筆頭独立取締役その他の仕組みが必要になる。
形式的な役職名だけでなく、誰が実際に議題を設定し、独立取締役の議論を主導し、CEOの評価を取りまとめているかが重要である。
取締役会がすべての監督事項を全員で詳細に検討することは困難である。
そこで、専門性と独立性が特に求められる事項について、取締役会の下に委員会を設置する。
中心となるのは、指名委員会、報酬委員会および監査委員会である。
指名委員会は、取締役会の構成、取締役候補者の選定、独立性、多様性、スキル、取締役会サクセッション、CEOサクセッションその他の重要な人事・ガバナンス事項を扱う。
報酬委員会は、CEOおよび経営陣の報酬方針、業績評価、短期・長期インセンティブ、株式報酬、報酬リスクその他の事項を扱う。
監査委員会は、財務報告、会計監査人、内部監査、内部統制、コンプライアンス、内部通報制度その他の事項を扱う。
委員会は、取締役会から一定の権限を委ねられるが、取締役会から独立した別個の機関ではない。
委員会が検討または決定した事項についても、会社のガバナンスに関する最終的な責任は取締役会にある。
したがって、各委員会は、その目的、権限、責務、構成および運営方法を定めた委員会規則に基づいて活動し、その活動内容を取締役会に報告する必要がある。
また、委員会は毎年、自らの活動が委員会規則および活動計画に照らして有効であったかを評価し、必要な改善を行うべきである。
優れたガバナンスは、個人の資質だけに依存してはならない。
優れた議長、取締役またはCEOが在任している間だけ機能する仕組みでは、持続可能なガバナンスとはいえない。
そのため、取締役会の役割、権限、責務および運営方法を、取締役会規則として明文化することが重要である。
取締役会規則には、取締役会の目的、取締役会とCEOの役割分担、取締役会の留保事項、取締役会の構成、独立性、議長の役割、会議運営、情報提供、委員会、評価および規則の見直しなどを定める。
同様に、各委員会は、それぞれの目的、権限、責務、構成、会議運営、外部専門家の利用、取締役会への報告、自己評価および規則の見直しを委員会規則に定める。
規則の存在自体が目的ではない。
規則は、取締役会および委員会が何を行うべきかを明確にし、活動の基準を提供し、評価と改善を可能にするためのものである。
したがって、規則は一度作成して終わる文書ではなく、会社の事業、規模、リスクおよび外部環境の変化に応じて定期的に見直されなければならない。
取締役会の構成や制度が形式的に整っていても、実際に有効に機能しているとは限らない。
独立取締役が多数を占め、委員会が設置され、必要な会議回数が確保されていても、重要な議題が十分に議論されず、経営陣への質問が弱く、情報提供が不十分であれば、取締役会の実効性は低い。
そのため、取締役会は、自らの構成、運営、議題、情報、議論、意思決定、CEOとの関係および委員会活動を定期的に評価する必要がある。
評価の目的は、取締役会に点数を付けることではない。改善すべき課題を明らかにし、次年度の活動に反映することである。
評価は、質問票、個別面談、取締役間の相互評価、会議観察または外部専門家によるレビューなどの方法で行うことができる。
重要なのは、形式的な満足度調査に終わらせず、議題設定、情報の質、取締役の貢献、議長のリーダーシップ、取締役会の集団力学および経営陣への監督の実効性を率直に検討することである。
委員会についても同様である。
指名、報酬および監査という重要な機能が有効に果たされているかを各委員会が自己評価し、その結果を取締役会に報告することによって、取締役会全体の評価と改善につなげる必要がある。
取締役会がガバナンスを担うのに対し、CEOはマネジメントを担う。
CEOは、取締役会から与えられた目的および成果目標を実現するために、合理的な経営システムを構築しなければならない。
企業の成果をCEO個人の能力や経験だけに依存させることはできない。
CEOは、戦略を具体的な計画に落とし込み、組織全体に目標を展開し、権限と責任を配分し、業績を測定し、人材を評価し、必要な修正を行う仕組みを整える必要がある。
経営システムには、組織構造、予算、業績管理、投資審査、リスク管理、内部統制、内部監査、コンプライアンス、人材評価および報酬制度などが含まれる。
CEOは、会社全体の目標を事業部門、子会社および個々の経営幹部の目標に展開し、各責任者が何について責任を負うかを明確にしなければならない。
業績評価と報酬は、組織の行動を方向付ける。
評価指標が売上高だけであれば、利益を伴わない売上拡大が促される可能性がある。利益だけであれば、資本の過剰使用や長期投資の削減が促される可能性がある。
したがって、経営システムは、利益、資本効率、キャッシュフロー、成長、リスク、顧客、人材その他の重要な要素を、企業価値との関係において適切に組み合わせる必要がある。
企業活動には不確実性が伴う。
技術変化、競争、為替、金利、原材料価格、サイバー攻撃、自然災害、地政学的変化、法規制、サプライチェーン、人材不足、企業文化その他、多様な要因が企業の成果に影響を与える。
リスクとは、単に損失の可能性を意味するものではない。企業の目的達成に影響を及ぼす不確実性である。
事業機会とリスクは、多くの場合、表裏一体である。新市場への進出、新技術への投資および企業買収には、成長機会がある一方、失敗の可能性もある。
したがって、リスク管理は、リスクを避ける活動ではなく、企業が目的を達成するために、どのリスクを引き受け、どのリスクを抑制し、どのリスクを移転し、どのリスクを回避するかを判断する活動である。
取締役会は、会社のリスク選好および重要なリスク管理方針を監督する。
CEOは、その方針に基づき、リスクを識別し、評価し、管理し、報告する経営システムを構築する。
内部統制は、この経営システムの一部である。
内部統制は、財務報告の正確性だけを目的とするものではない。業務の有効性および効率性、資産の保全、法令遵守ならびに信頼できる情報の作成を支える仕組みである。
内部監査は、内部統制およびリスク管理が設計どおりに機能しているかを独立した立場から検証する。
内部監査部門は組織上CEOの下に置かれることが多いが、その評価、予算、人事および監査計画について監査委員会が関与することにより、実質的な独立性を確保する必要がある。
コンプライアンスは、単に法律に違反しないことではない。
企業は、法令、社内規則、契約、市場ルールおよび社会的に受け入れられた倫理に従って、公正に事業を行わなければならない。
市場経済は、取引当事者が契約を守り、情報を偽らず、競争を妨げず、他者の権利を尊重するという信頼の上に成り立つ。
企業が不正、贈賄、談合、虚偽表示、会計操作、情報隠蔽または顧客軽視を行えば、短期的には利益を得ることがあっても、長期的には市場の信頼と企業価値を失う。
コンプライアンス体制の構築はCEOの責務である。
しかし、経営幹部自身が不正に関与する場合には、通常の指揮命令系統が機能しない可能性がある。
そのため、従業員その他の関係者が、報復を恐れることなく問題を報告できる内部通報制度が必要になる。
重大な通報が経営陣によって握りつぶされないよう、監査委員会その他の独立した機関に直接報告できる経路を確保することも重要である。
企業倫理は、規程や研修だけで形成されるものではない。
経営者が何を語るかだけでなく、実際にどのような行動を評価し、誰を昇進させ、どのような成果に報酬を与え、不都合な情報にどう対応するかによって、組織の文化が形成される。
取締役会は、CEOの発言と会社の実際の行動が一致しているかを監督しなければならない。
株主は、株式会社に資本を提供し、その事業の最終的なリスクを負担する。
そのため、株主には、取締役の選任、重要事項に関する議決権、配当を受ける権利、残余財産に対する権利および会社情報を受ける権利などが認められる。
企業は、すべての株主を公平かつ平等に取り扱わなければならない。
支配株主、安定株主、取引関係を持つ株主または経営陣に友好的な株主だけを優遇し、他の株主の利益を不当に害することは許されない。
株主総会は、株主が議決権を行使し、取締役の選任その他の重要事項について意思を表明する場である。
企業は、株主が十分な情報と検討時間を持ち、適切に議決権を行使できる環境を整える必要がある。
株主の権利を尊重することは、経営者が株主の個別の要求に常に従うことを意味しない。
取締役会は、特定の株主または短期的な市場圧力ではなく、会社および株主全体の長期的利益を考えて判断しなければならない。
株主エンゲージメントとは、企業と株主が、中長期的な企業価値の向上を目的として行う建設的な対話である。
それは、会社が一方的に情報を説明するIR活動だけではない。企業が株主の見解を理解し、株主が企業の戦略、資本政策、ガバナンスおよびリスクを理解するための双方向の対話である。
株主は、経営者とは異なる情報、経験および市場の視点を持っている。
長期投資家との対話は、企業が自らの戦略や資本配分を外部の視点から検証する機会となる。
一方、株主の意見が常に正しいとは限らない。短期的な株価上昇を重視する株主もいれば、会社の事業や長期戦略を十分に理解していない株主もいる。
したがって、エンゲージメントの目的は、株主の要求をそのまま受け入れることではない。
取締役会および経営陣は、株主の意見を慎重に検討し、会社の長期的な企業価値に照らして判断し、その判断についてアカウンタビリティーを果たす必要がある。
エンゲージメントは、CEOおよびIR部門だけの責務ではない。
取締役会議長、指名委員会議長、報酬委員会議長その他の独立取締役が、取締役会構成、CEOサクセッション、役員報酬、ガバナンスまたは重大な株主懸念について対話することが適切な場合もある。
資本市場が有効に機能するためには、投資家が企業の価値およびリスクを適切に評価できる情報が必要である。
企業の経営者は、投資家よりも会社に関する多くの情報を持っている。この情報の非対称性が大きければ、投資家は企業の価値を正確に評価できず、必要以上に高いリスク・プレミアムを要求する。
適時、正確かつ十分な情報開示は、資本市場の信頼を確保し、企業の資本コストを低下させる基盤となる。
開示すべき情報は、財務諸表だけではない。
経営戦略、事業ポートフォリオ、資本政策、資本コスト、リスク、ガバナンス、人的資本、気候その他の企業価値に重要な影響を与える情報も含まれる。
もっとも、情報量が多ければ透明性が高いとは限らない。
重要性の乏しい情報を大量に開示すれば、かえって重要な情報が埋もれる可能性がある。
企業は、投資家が企業価値を評価するために何が重要かを判断し、重要な情報を、理解可能で、比較可能で、一貫した形で提供する必要がある。
情報開示は、企業の宣伝ではない。
良い成果だけでなく、目標未達、失敗、重要なリスク、戦略上の課題および不確実性についても、誠実に説明することが求められる。
透明性とは、すべてを無制限に公開することではなく、企業価値の評価および株主の権利行使に重要な情報を、適時かつ公正に提供することである。
アカウンタビリティーとは、権限を与えられた者が、その権限をどのように行使し、どのような結果を生み出したかについて、委任者に対して報告し、評価を受け、その結果を引き受ける関係である。
アカウンタビリティーは、単なる「説明責任」より広い概念である。
説明するだけで責任が完結するわけではない。権限を行使した者は、目標、判断、行動および結果について評価を受け、必要な場合には是正、報酬の減額、役職の変更または解任などの結果を受け入れなければならない。
CEOは、会社の経営について取締役会にアカウンタビリティーを負う。
取締役会は、CEOの選任、監督および会社の基本的方向について株主にアカウンタビリティーを負う。
各委員会は、取締役会から委ねられた権限の行使について取締役会にアカウンタビリティーを負う。
この連鎖によって、権限と責任の対応関係が明確になる。
権限だけがあり、結果責任がない状態は望ましくない。反対に、責任を負わせながら必要な権限を与えないことも望ましくない。
優れたガバナンスは、権限、責任、情報および評価を整合させる。
企業は、株主の資本だけで事業を行うことはできない。
従業員の知識と労働、顧客の信頼、取引先の協力、債権者の資金、地域社会の受容、公共インフラおよび自然環境を利用して価値を創造する。
したがって、企業は、ステークホルダーとの公正かつ持続可能な関係を構築しなければならない。
従業員を不当に扱い、顧客を欺き、取引先に過度な負担を押し付け、環境への影響を無視する企業は、長期的に競争力と社会的信頼を維持することができない。
もっとも、ステークホルダーへの配慮を理由として、経営者の判断を評価不能にしてはならない。
経営者は、異なるステークホルダーの利害を調整しながら、企業の長期的な競争力と価値創造につながる判断を行う必要がある。
取締役会は、ステークホルダーとの関係が企業価値にどのような影響を及ぼすかを監督する。
ステークホルダーへの配慮は、企業目的に代わるものではなく、企業価値を持続的に創造するための重要な条件として位置付けられるべきである。
気候変動、資源制約、人権、人口構造、技術革新および社会的価値観の変化は、企業の収益、資産、事業継続および資本コストに影響を与える。
サステナビリティーは、企業価値と無関係な社会貢献活動ではない。
企業の将来キャッシュフロー、競争力、リスクおよび資本調達に重要な影響を与える問題は、取締役会が監督すべき経営課題である。
もっとも、サステナビリティーという名称の下で、企業価値との関係が不明確な目標を無制限に掲げることは適切ではない。
取締役会は、それぞれの課題が会社の事業モデル、戦略、リスクおよび長期的価値創造にどのように関係するかを明らかにしなければならない。
重要なサステナビリティー課題は、経営戦略、資本配分、リスク管理、業績評価および情報開示に統合される必要がある。
ガバナンスの真価は、平時よりも危機の際に明らかになる。
重大事故、不正会計、製品問題、サイバー攻撃、自然災害、経営者不祥事、流動性危機その他の事象が発生した場合、取締役会は通常時よりも深く会社の対応に関与する必要がある。
ただし、危機時においても、取締役会が執行を全面的に引き取ることは望ましくない。
CEOおよび経営陣が危機対応を執行し、取締役会は、その方針、重要な判断、情報開示、利害関係者への対応、経営者の利益相反および会社の長期的利益を監督する。
CEO自身が問題に関与している場合、取締役会は独立調査、CEOの権限停止または交代を含む判断を迅速に行わなければならない。
危機対応を有効にするためには、危機が発生してから役割を考えるのではなく、平時において、報告基準、権限、連絡経路、代替責任者および取締役会へのエスカレーション手続を定めておく必要がある。
コーポレートガバナンスには、制度、規則、組織および手続が必要である。
しかし、それらが存在するだけでは、優れたガバナンスは実現しない。
独立取締役が一定数いること、委員会を設置すること、会議を一定回数開くこと、評価を行うことは重要であるが、それ自体が目的ではない。
形式が整っていても、取締役が十分な情報を得られず、経営者に質問せず、異論を述べず、重要な問題を先送りするのであれば、ガバナンスは機能していない。
反対に、優れた個人の努力だけに依存する仕組みも持続的ではない。
現代のコーポレートガバナンスには、制度と行動の双方が必要である。
制度は、役割、権限、責任および手続を明確にする。
行動は、取締役および経営者が、その制度の目的を理解し、誠実に判断し、率直に議論し、結果を引き受けることによって生まれる。
ガバナンスの実効性は、形式的な遵守ではなく、企業価値の向上、経営判断の質、資本配分、リスク管理、CEOの選任および組織の健全性にどのような成果をもたらしたかによって評価されるべきである。
企業のガバナンスは、会社法、金融商品取引法、証券取引所規則、コーポレートガバナンス・コードその他の制度によって一定の枠組みを与えられている。
法令は、すべての企業が守るべき最低限の基準を示す。
これに対し、コーポレートガバナンス・コードや原則は、企業が望ましいガバナンスを構築するための基本的な考え方を示す。
ベスト・プラクティスは、その原則を実務においてどのように実現するかを示す。
したがって、法令を守っていることだけで、優れたガバナンスが実現しているとは限らない。
また、ベスト・プラクティスを形式的に導入するだけでも十分ではない。
会社の規模、事業、所有構造、成長段階、国際性およびリスクはそれぞれ異なる。企業は、原則の目的を理解した上で、自社に適した制度と運営を構築しなければならない。
しかし、「会社ごとに異なる」ということが、原則を軽視する理由になってはならない。
取締役会の独立性、CEOへのアカウンタビリティー、資本効率、株主の平等な取扱い、情報の透明性その他の基本的な考え方は、企業ごとの事情を超えて重要である。
日本企業では長らく、取締役会が執行役員の集合体として機能し、社内昇進した取締役が各部門を代表して経営判断を行う形が一般的であった。
この仕組みは、社内情報の共有、長期雇用、人材育成および部門間調整には一定の利点を持っていた。
しかし、事業の国際化、技術革新、資本市場のグローバル化、投資家構成の変化および企業経営の複雑化によって、社内者を中心とする取締役会だけでは十分な監督を行うことが難しくなっている。
社内取締役は、CEOの部下であると同時に、取締役会ではCEOを監督する立場に置かれる。この二つの役割には構造的な緊張がある。
また、企業集団内部の論理や過去の成功体験だけに依存すると、事業撤退、経営者交代、企業買収、資本配分その他の重要な判断が遅れる可能性がある。
そのため、日本企業においても、独立取締役を中心とする監督機能、指名・報酬・監査委員会、CEOサクセッション、取締役会評価、株主エンゲージメントおよび資本コストを意識した経営の重要性が高まっている。
もっとも、海外の制度を形式的に移植するだけでは十分ではない。
重要なのは、取締役会が経営を監督し、CEOが経営についてアカウンタビリティーを負い、資本が企業価値向上のために有効に利用されるという基本構造を、各企業の実情に即して確立することである。
コーポレートガバナンスは、経営者の行動を細かく拘束し、自由な経営を妨げるための仕組みではない。
優れたガバナンスは、経営者に必要な権限を与え、その権限を明確にし、経営者が合理的なリスクを取ることを可能にする。
権限と責任が曖昧で、重要な判断のたびに多くの関係者の合意が必要になれば、経営は遅くなり、誰も結果に責任を負わなくなる。
取締役会は、CEOに経営を委ねなければならない。
しかし、委ねることと放任することは異なる。
取締役会は、CEOの権限を尊重しつつ、目標を明確にし、十分な情報を求め、成果を評価し、必要な場合にはCEOを交代させる。
この意味で、ガバナンスは、経営の自由とアカウンタビリティーを両立させる仕組みである。
コーポレートガバナンスの最終目的は、制度を整えることでも、規則を守ることでも、外部評価を高めることでもない。
その目的は、株式会社に委ねられた資本、人材その他の資源を有効に活用し、企業価値を持続的に向上させることである。
そのためには、優れたCEOを選び、適切な戦略を形成し、資本を効率的に配分し、合理的なリスクを取り、不正と利益相反を防止し、経営者の成果を公正に評価しなければならない。
取締役会、CEO、委員会、内部監査、会計監査人、株主および資本市場は、それぞれ異なる役割を持つ。
優れたガバナンスとは、これらの主体が同じことを行うことではない。
それぞれの役割、権限およびアカウンタビリティーを明確にし、相互に補完しながら、企業価値の向上という共通の目的に向かって機能することである。
ガバナンスは、一度完成すれば終わる制度ではない。
企業の事業、経営環境、株主構成、技術、社会およびリスクは絶えず変化する。したがって、取締役会および経営陣は、自らのガバナンスが現在も有効に機能しているかを継続的に検証し、改善しなければならない。
現代のコーポレートガバナンスとは、経営者を疑うことを出発点としながら、経営者の能力と企業の可能性を最大限に引き出す仕組みでもある。
監督と信頼、規律と自由、株主価値とステークホルダーとの公正な関係、短期的成果と長期的価値創造を両立させることが、その中心的課題である。
JCGRコーポレートガバナンス原則およびベスト・プラクティスは、このような考え方を基礎として、取締役、取締役会、委員会およびCEOが果たすべき役割を示すものである。
2028/0722