JCGR理事・専修大学商学部教授 大林 守
表題、どこかのブランドの持ち株会社のようですが、米ブルッキングズ研究所のコラム(1)をもうひとひねりしたものです。ちょっと前のことですが、いつも早朝研究会で並んで着席しているW氏との景気に関してのやりとりで、ごく最近アメリカで発表され話題となったスペイン風邪の経済的影響の論文(2)を紹介しました。この論文、谷深ければ山高し的結論で、ロックダウンを早期厳格に行い、それが成功すれば景気は急激に回復する傾向があったというエビデンスをアメリカの市町村ベースの計量分析で入手しています。そして本日(05/09/2020)の日経では、“米雇用悪化、「大恐慌型」より「ボルカー型」か”という記事が出て、アメリカの雇用悪化は一時的な解雇中心なので、コロナが終焉すれば雇用回復は早いという希望的観測が出ました。
景気回復のパターンへの興味が基本にあります。そういった中、上述の米ブルッキングス研究所のコラムがうまく整理をしているので紹介します。題して「コロナ後の景気回復のABC」です。このコラムでは、景気回復パターンをアルファベットで表しています。基本的に右上がりトレンドで成長する景気指標を想定し、景気回復はこのトレンド線への復帰とします。
最悪がL型、景気指標の水準がコロナで下がったままのパターン。V型はコロナで下がるが順調に元に戻るパターン、W型はV型が繰り返されるパターン。U型は回復に遅れがあるパターン。Z型は左右逆にして斜めにする必要がありますが、コロナで下がり、回復後オーバーシュートしてから、元のトレンドにもどるパターンです。他のタイプと異なるのは、マイナス効果がオーバーシュートによるプラス効果でほぼ相殺される点です。ナイキのマーク型(Swoosh)もありますが、ちょっとやりすぎでVあるいはU型で説明可能でしょう。それよりも分類するならば、可能性は低いがJ型、つまり下がった後に元のトレンドよりレベルが高くなる超楽観的なパターンを考えることができるでしょう。(禍転じて福となす:マイナス効果をその後の持続的プラス効果が凌駕する)
さて、これらのパターンを決める主要因が4つ、家計の消費意欲と支出能力、州・地方政府の財政、企業倒産と低設備投資、人的資本の喪失です。最初の3点は、ほぼ自明でしょう。家計消費が出てこないと生産したものが売れない、財政支出の後押しが必要、企業が倒産してしまうと起業するのが大変であり設備投資に消極的になる。
最後の点はHR(人事)問題です。一時的解雇された労働者が必ず戻ってくるとは限らず、再雇用・再教育で回復の足を引っ張る可能性が大ということです。
Z型を目指した経済政策運営が必要ですが、一時的な景気刺激策ではZ型は達成できません(そもそもZ型が必要かという議論もあります)。MMT(新貨幣理論)なる赤字財政を際限なくせよという理論が最近の流行ですが、かつてはラッファーカーブという最適税率があるという理論が出たこともあります。ブードゥー経済学と呼ばれる怪しい経済理論が跋扈する時代です。個人的には、政府が積極的に市場の失敗に対して政策を打ちつつ、市場メカニズムへ期待するしかないと感じています。
さて、日本へのインプリケーションはと言われると、すぐには出てこないので、イタリアのネタで勘弁していただきたいと思います。筆者は以前イタリア・トスカーナ州のシエナ大学の客員で1年間を過ごしました。シエナ派と呼ばれる画家グループは絵画に遠近法を導入し、ルネサンス絵画の原点といわれています。ルネサンスは、イタリア語ではリナシメント(リ=再、ナシメント=生)でまさに再生です。
リナシメントの背後には14世紀のペストがあります。雑学ですが、検疫を意味するquarantineの語源はquaranta、すなわちイタリア語の40という数字で、ペストを恐れた40日間の観察期間を意味します。このペスト時に中世ヨーロッパでは禁欲的キリスト教が絶大な権力を持っていました。しかし、ペストは宗教儀式では解決できず、教会は力をなくします。さらに、封建領主も力を失います。ペストで農民が急減し、年貢を取っていた農民に賃金を支払って耕作せざるを得なくなったことから、農民が相対的に力を持ちます(まさに市場原理です)。教会と封建領主という二大権力の失墜がルネサンスの原動力のひとつと考えることができます。そして、それが同時に中世から絶対王政、重商主義、そして資本主義という道筋を作ったことは、若杉先生のブログ「2020CG研究会:第2回「資本主義と株式会社制度」(3)で簡潔にして必要十分な名解説があります。そこでは、現代の先進資本主義国では、(少なくとも間接的には)資本家イコール労働者という階級間対立がない状態となっていると論じられています。
ペスト後の世界が新しい世界であったように、コロナ後の世界も新しい世界を生みます。実物資本は無形資本に代替され、インターネットにより個々の労働者の力はこれまでになく水平的なものになってきました。こういった状況を活かすイノベーションが新しい世界を牽引するはずです。それが何かは歴史が証明するはずです。(逃げるは恥だが役に立つ?)
以 上
1.米ブルッキングス研究所コラム:https://www.brookings.edu/blog/up-front/2020/05/04/the-abcs-of-the-post-covid-economic-recovery/
3.若杉敬明「資本主義略史」第2回コーポレートガバナンス研究会ブログ