論考:モニタリングボードとしての取締役会の変容

モニタリングボードとしての取締役会の変容

一般社団法人日本コーポレートガバナンス研究所

代表理事 若杉敬明

 

はじめに

わが国の会社法は、取締役会の権限として①業務意思決定、②業務意思決定を執行する執行役員の監督、そして③代表執行役員の選任を定めているが、これは各国ほぼ共通である。

この枠組みの下で、取締役会の実務の現状は、マネジメントモデルとモニタリングモデルに大別されると言われる。わが国の多くの企業は前者であり後者はごく一部である。前者は取締役が業務執行役員(いわゆる経営者、以下執行役員)を兼ね、監督と業務執行が一体化した取締役会のことをいう。後者はガバナンスとマネジメントの分離-取締役と執行役員は原則として別人とする-の下で、経営者の成果を監視し厳格に評価するタイプの取締役会である。

取締役会は、株主から会社を委ねられるが、業務の意思決定は行うが、その執行は執行役員を選任し、執行役員に委ねる。モニタリングモデルの取締役会の役割は、執行役員の職務を監督するとともに監視(モニター)をすることである。それゆえにモニタリングモデルとよばれる。

        注)監督とは事前の行為で、監視あるいは検査とは事後の行為である。

執行役員の業績を客観的に監視・評価するためには取締役会が独立であることが前提となる。それゆえ取締役会は独立取締役-実際には独立社外取締役-を主体に構成されなければならない。このタイプの取締役会が、論理的には、株主と執行役員の間のエージェンシー問題を解決するベストプラクティスであると言えよう。

1.モニタリングモデルのロジック

モニタリングモデルの構造は複雑である。以下、米国企業の実務をイメージしながらそれを解明して行こう。

先ず業務の意思決定である。会社の目的は営利である。営利とは事業から利益を上げそれを出資者に分配することである。営利のことを会社の業務という。株式会社においては株主のために利益を上げるための企業行動が業務である。

株式会社は、いかなる事業を行って利益を上げるのであろうか。事業の範囲は定款で会社の目的として定められている。その範囲で、会社はどのような事業をどのように行うかは自由である。

株主が会社に投資する目的は株式会社の営利行動を前提として利益の分配を受けることである。現代の株主総会において支配的な株主は長期的な観点からの利益の最大化-株主価値最大化-を望む機関投資家である。株主の利益に重要な影響を与える業務に関する意思決定-戦略的意思決定など-を行うのは取締役会である。

2.取締役会の業務意思決定の前提

モニタリングタイプの取締役会においては独立取締役が中心であるが、独立取締役は独立性を確保するため、事実上、社外取締役である。社外取締役が、長期的せよ短期にせよ事業計画の策定などはできないことは誰の目から見ても明らかである。経営戦略始め経営計画案案を練ることができるのは、事業に従事し自社の経営環境を熟知する管理者や自社の経営資源に詳しい管理者、そして経営者である。つまり、経営陣と経営企画部や経営戦略部のスタッフのチームである。かくして、CEOをトップとする経営陣が策定した、経営戦略や重要な投資・資本調達などの事業案が取締役会で議論され業務意思決定がなされる。

3.取締役会のガバナンス-その1-

その際、意思決定された業務が、株主が期待する営利に結びつくように、、組織経営の基本ツールである目標管理が導入され、そこでは経営陣が目標とすべき諸指標(KPI)が設定される。インセンティブとなり経営陣から目標を達成する経営が誘導されるように、業績目標が埋め込まれた業績連動報酬プランが経営陣に付与される。それが取締役会の「監督」行動である。目標が課された後、いかにこれを達成するかは、経営陣のリーダーシップと管理に委ねられ、取締役会は経営陣の経営行動とその成果を監視するのみである。

4.経営組織と内部統制システム

企業においては、事業を行うために必要なジョブが経営陣により経営組織として体系化されている。そのジョブを企業で働く人々が分担する。ジョブの実施に関しては経営者によってルールが定められている。そのルールの全体、体系が内部統制システムである。内部統制システムが健全に機能しなければ目標の達成は期待できない。そこでCEOは監視機能をインストールし、スペシャリストにすべてのジョブが内部統制にしたがって遂行(コンプライアンス)されているかを検査させる。これが内部監査であり、内部監査のスペシャリストが内部監査人である。

5.内部監査および外部監査と取締役会の監査

内部監査人は職場の末端作業からCEOをトップとする経営陣の職務遂行までを対象に監査する。内部監査が厳格に行われるためには内部監査人が、企業内のすべての対象者(ジョブの担当者)に対して独立であるとともに、それを担保する社内の立場が保証されていなければならない。このことは、経営陣が、コンプライアンスの下、与えられた目標を達する上で基本的なことである。

そこで取締役会は、内部監査人の独立性を守るためにサポートするとともに内部監査人の独立性を検証する。他方、経営陣から株主に対する財務報告を監査する外部監査人も設置されているが、同様に独立性が求められる。経営者の健全な目標達成の実現を目指す取締役会には、内部監査人および外部監査人の独立性を監視する機能が不可欠である。これが取締役会の監査委員会による監査機能である。

ここで注意すべきは、監査自体は、監査委員会が行うわけではなく、内部監査人および外部監査人が行うということである。その意味では、監査委員会が職責を果たすことができるためには、執行部門である内部監査部門が前提である。監査委員会は、内部および外部の監査人にとってもっとも重要な特性である独立性をモニターし検証することによって、内部統制システムの機能を確保するのある。まさに取締役会のモニタリング機能である。

6.取締役会の独立性―再論―

このように報酬委員会および監査委員会は、当該執行部門の協力を得つつ、業務執行を評価するということになる。つまり、執行部門と取締役会のコラボが前提あるが、取締役会は執行から独立でなければならない。繰り返しになるが取締役会が独立取締役を中心に構成されなければならない所以である。

7.取締役会の機能の多様化

CEOをトップとする経営陣から優秀な経営を引き出すために取締役会がなすべきことは、報酬や監査に関する監督だけではない。取締役会が経営陣の経営を監視しなければならない側面は他にもある。しかも、国内状況や国際社会の変化・進歩にともない、企業が-必ずしも法律的にではなく倫理的に-応えなければならない問題が次々と出てきている。SDGsに代表される地球のサステナビリティ、ジェンダー・人種間の差別問題、社会における格差問題等々である。これらの問題は本来、CEOをトップとする経営陣が、法律を遵守しつつ営利企業の経営者として対応すれば良い問題である。株主はあくまでも営利を追求することだけを求めるかも知れないが、営利を追求しながらこれらの社会的問題の解決に貢献できるかも知れない。これまで、企業は営利を追求しながら、社会の進歩に貢献してきた。

現代においては企業にこのことが求められているのではないだろうか。それに取締役会が応えるためには、「自社において社会貢献と両立する営利事業」が可能か否かを積極的に検討する体制を作ることを、経営陣に促すことが不可欠である。モニタリングモデルの取締役会には、従来、報酬委員会と監査委員会と並んで、優秀な取締役を選任し、企業のガバナンス体制を構築し維持することを職責とする指名委員会とがあった。

8.指名委員会の変容

指名委員会の機能も、報酬委員会および監査委員会と同様にHR部門など執行部門の活動が前提になる。HR部門は、取締役会のためにも執行部門のためにも、絶えず外部の人材をサーチしているので、社内人材のデータベースだけでなく社外人材のデータベース(へのアクセス)を持っている。社外に求めるのが原則である独立取締役候補のリスト作りは、HR部門に任せるのがベストである。もちろん人材コンサルタントの活用が不可欠な場合もあろう。

取締役候補者のリスト作りは伝統的に指名委員会の最重要な職責であったが、現在のNYSEの上場会社規則は、指名委員会にそれ以上のことを求めている。つまり、上場会社のコーポレートガバナンス体制作りである。指名委員会は、取締役会委員会存廃・親切の決定から委員会メンバーおよび委員長の選定まで引き受けざるを得なくなっている。その上、コーポレートガバナンスガイドラインも決定しなければならない。HR部門への依存は非常に大きいと言わざるを得ない。このような指名委員会の活動範囲の広がりを考えると、指名委員会は必要な人材を備えた独自・独立のオフィスを持つことが必要であるかも知れない。ただし、執行部門のHR部門は一線を画さなければいけない。指名委員会に課された以上のような役割から、米国では指名委員会は取締役会のガバナンスの頂点と位置づけられており、指名委員会委員長は取締役のトップとされている。NYSE流に言えば、コーポレートガバナンス体制の運営管理を担う指名・コーポレートガバナンス委員会である。

指名委員会は、すでに新たな社会的要請に応える指名委員会に変容しつつある。指名・コーポレートガバナンス委員会が設置すべき代表例が取締役会のサステナビリティ委員会である。この委員会の理念は、経営陣に、地球のサステナビリティに貢献しながら営利企業としての自社のサステナビリティを確保する事業の開発に向けて経営陣にプレッシャーを与えることである。その開発は業務執行役員であるCEOの責任である。そのような事業機会を開発し、営利に貢献する事業として取締役会の案件として提案されたら、取締役会がそれを審議する。本質的には取締役会の機能は変化していないが、取締役会が意思決定機関として対象とする問題の範囲が急速に拡大しているのである。

まとめ

ここで強調したいのは、三委員会を始めとして取締役会の活動はすべて執行部門の活動に支えられているということである。取締役会のモニタリングモデルの名称の由来は、取締役会の活動は業務執行部門の関連する活動のモニタリングであることに由来しているのである。取締役会とCEOを頂点とする執行部門は、自己研鑽はもちろんであるが、それ以上に相互に尊重し合い協力し合いながら活躍の場を高めて行かなければならない。

(未定稿2021/11/17)

21世紀のガバナンス改革-日本のコーポレートガバナンス改革:その2ー

【論考】

日本コーポレートガバナンス研究所 理事長 若杉 敬明

第一部 コーポレートガバナンス改革始動

 日本経済は1980年代繁栄を享受したが、80年代半ば以降バブル化した。1990年に入ると、1月4日の株価暴落とともにバブルが破裂し、「失われた10年、20年、そして30年」と言われる低迷期に突入した。それでも2001年の議員立法による商法改正など、いたずらに監査役の地位強化が図られた。しかし、2002年商法は、三つの取締役会委員会を持つモニタリング・モデルの取締役会を導入した。

2002年改正(平成14年)
新たに委員会等設置会社の導入し、監査役設置会社との選択制にした。
委員会等設置会社においては、取締役会の中に社外取締役が過半数を占める三委員会(監査委員会、指名委員会、報酬委員会)の設置が義務づけられた。ただし、監査役に代わり監査委員会が設置されるので、監査役を置くことはできない。➁業務執行を担当する執行役を置き、取締役会決議事項について決定権限を大幅に執行役に委任した。③三委員会+執行役の体制の導入により、取締役会の監督と執行役の業務執行を分離する現代的な取締役会のガバナンス体制の設置を可能にした。

★ 世界の潮流である三委員会設置会社への移行を目指したが、経済界の理解が得られず旧来からの監査役会設置会社との選択制になった。その代わり、指名委員会等設置会社以外の大会社には、取締役の職務執行が法令及び定款に適合すること、その他株式会社の業務の適正を確保するための体制の構築など業務の適正を確保するための体制を設けることが義務付けられた。しかし、経済界の反対等が強く肝心のガバナンスの観点からはいわゆる「ざる法」で、取締役が執行役を兼任できることとしたため、大部分の会社で取締役は業務執行取締役で、ガバナンスとマネジメントの分離は、事実上、形骸化していた。

★ しかし、グローバリゼーションと技術革新で大競争時代が振興する中、商法の再構築が避けられず、これまで商法の一部として機能していた「会社の部」が切り離され、2005年独立の会社法が成立し翌年施行された。

2005年会社法制定(平成17年)
・資本金1円株式会社が認められるなど、新会社法は、これまでの常識を大きく変える制度変更が加えられている。ガバナンス関係では委員会等設置会社が委員会設置会社に改称された。
監査役制度についても次のような改正が行われた。(以下「監査役制度の変遷2」より一部抜粋)
➀ 監査役は、原則として会社の定款の定めによって任意に設置される機関となった。監査役および監査役会を設置する会社を監査役会設置会社と呼ぶ。
➁ 監査役を設置する会社のうち、特に会計業務以外の業務活動(購買・生産・物流・販売など)、および組織・制度などに対して監査権限を有する監査役が設置されている会社のことを、監査役設置会社という。
・監査役の任期:1993年(平成5年)改正商法273条1項では、監査役の任期は、就任後3年内の最終の決算期に関する定時総会の終結までとした。監査役の任期を、それまでの2年から3年に伸長することでその分地位が安定すると共に、任期2年のままの取締役からの横滑りも牽制される効果があるとされた。
③ 監査役員数と社外監査役 1993年(平成5年)改正商法特例法18条1項では、大会社の監査役の体制を強化する ため、監査役は3人以上で、そのうち1人以上は、その就任の前5年間会社またはその子会社の取締役または支配人その他の使用人でなかった者(社外 監査役の定義)でなければならないものとした。
④ 会計監査人の人事については基本的に取締役が関与していたが、経営監視機能の強化のため、会計監査人の人事についても相当部分、監査役が関与することになった。
⑤ 監査役会の運営手続も定められた。監査役会の招集権者、招集通知、全員同意の場合の招集手続の省略など取締役会の場合に準ずるものとした。監査役会の決議は監査役の過半数をもって行うが、同法6条の2に定める会計監査人の解任決議は全員一致の決議となる。会社に対する責任・第三者に対する責任等との関係において、監査役の行為が監査役会の決議によってなされたときは、その決議に賛成した監査役はその行為をなしたものとみなされ、議事録に異議をとどめなかった監査役もその決議に賛成したものと推定する旨の条項が置かれた。監査役会が設けられたことにより、監査報告書も監査役会が作成することとした。等々

★会社法には2つの意味がある。一つは固有の法律である「会社法」を指す。もう一つは「実質的意義の会社法」で会社の利害関係者の利害調整を行う法律のことを指す。「実質的意義の会社法」には、会社法施行規則、会社計算規則、電子公告規則、社債株式等振替法、担保付社債信託法、商業登記法などが含まれる。
その他にも会社にかかわる法律は多数あり、取引においては民法や商法、税制に関しては法人税法、また競争政策上会社に制約を課す私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)など多岐に渡る。
「実質的意義の会社法」が持つ特徴は、利害関係者の利害調整を主な目的として会社の組織、運営について定めたルールという点である。ここで言う「利害関係者」は主に株主と会社債権者を指す。
日本では従来、固有の法律としての「会社法」は存在しなかった。その代りに会社に関する法の総称(「実質的意義の会社法」)として会社法の用語が用いられていた。(ウィキペディア

 

2015年会社法改正(平成26年)
-株式会社に、第三の機関設計である監査等委員会設置会社が新たに導入された。監査役会に代わって過半数の社外取締役を含む取締役3名以上で構成される監査等委員会が、取締役の職務執行の組織的監査を担う。この機関設計の導入にともない、従来の委員会設置会社は指名委員会等設置会社と改名された。監査等委員会設置会社においては、他の取締役(任期1年)とは別に、任期2年の監査等委員会委員である取締役が設置される。なお、監査役を設置することはできない。
➀ 監査等委員は監査役と同等の権限を持ち、業務監査と会計監査を行う。
➁ 監査等委員については、独任制はとらず、報告徴収権・業務等調査権・子会社調査権は、監査等委員会が指名する監査等委員が行使する。
③ 監査役と異なり、監査等委員に常勤者は要求されていない。
選任:監査役は株主総会で選任され、取締役とは独立の存在であるが、監査等委員は取締役会において取締役の中から選定される。
業務執行:監査等委員は業務執行を行わない。当該会社の執行役・子会社の執行取締役の兼務が禁止されており、監査役同様、業務執行は行わない。
社外性:監査役は半数以上が社外監査役であり、監査等委員に関しては過半数が社外取締役でなければならない。いずれも、社外者は2人以上いればよい。
会計監査人の選解任:監査役は株主総会議案に対して同意権を持つのに対して、監査等委員は議案の決定権を有する。監査役も実質的な決定権を持つが、決定権を持つ監査委員会の方が議案決定に際して主体的である。
調査権:監査役は独任制であり、監査役会があるにかかわらず、個々の監査役が監査権限を行使できるが、監査等委員は限定されている。つまり、執行役の違法行為またはそのおそれに対し、取締役会への報告、差し止め請求権を単独で行えるが(緊急の場合の例外)、それ以外の権限は監査委員会に指名された監査等委員のみが行使できる。
実査:監査役は実査を行う。監査役は、取締役・使用人を兼務できないので、業務執行部門である内部統制システム(監査部、検査部等)を指揮することができず、これを活用できない。監査等委員および監査等委員会は、実査を行うことは予定されていないので、内部統制部門を用いて監査を行う。
まとめ:監査等委員会には監査役とほぼ同様の権限が認められているが、監査等委員会として組織的な監査が予定されていることと、監査等委員は取締役であることから自ずと権限に差異がある。

これにより、上場会社のコーポレートガバナンス体制は、(1)取締役会と監査役会をもつ伝統的な監査役会設置会社、(2)取締役会と指名、報酬、監査の三委員会を持つ指名委員会等設置会社(委員会設置会社を改称)、および(3)取締役会と監査等委員会をもつ監査等委員会設置会社(監査等委員会は、フレーバー的に擬似的な指名委員会機能をもつ)の選択制になった。

2019年会社法改正法会社法の一部を改正する法律」が12月4日に成立し12月11日公布された。

①株主総会資料の電子提供 ②株主提案権:提案できる議案数の制限 ③取締役の報酬等(株式報酬等を含む):個人別決定方針等 ④補償契約(会社補償)、役員等賠償責任保険契約(D&O保険)等に関する規定を新設 ⑤社外取締役設置義務化 ⑥業務執行の社外取締役への委託 ⑦社債管理補助者の設置を可能とする ⑧株式交付(自社株式等を対価とするTOBなど)制度を新設。 2021年3月施行(①⑧は2022年施行予定)

★この改正により、すべての取締役会に社外取締役の設置義務が課されることになった。

◆ 2012年末に、第2次安倍内閣が成立し、レーガン大統領のレーガノミクスに倣ってアベノミクスを標榜し、日本再興戦略の一環としてガバナンス改革を次々と打ち出した。これは監査役制度の強化に終始した過去のガバナンス改革とは一線を画すものであった。2014年金融庁が日本版スチュワードシップ・コードを策定し、翌2015年、会社法は監査等委員会設置会社を導入、直後に東証はコーポレートガバナンス・コードを公表した。二つのコードは法律ではないので、Comply or Explainというイギリス流のソフトローの形を採っているが、政府は3年置きに改訂を繰り返すという力の入れようである。ここで奇妙なことは、スチュワードシップ・コードは日本版と称しているようにシェアホルダー主義の英国版スチュワードシップ・コードをお手本としているのに対して、コーポレートガバナンス・コードはステークホルダー主義のOECD原則のコピーであることである。

アベノミクスのコーポレートガバナンス改革

アベノミクスの実質はソフトローと呼ばれる以下の二つのコードによって進められている。

1.スチュワードシップ・コード

2.コーポレートガバナンス・コード

(2021/12/01;未完)

コーポレートガバナンス・コードとサステイナビリティ

一般社団法人日本コーポレートガバナンス研究所 代表取締役 若杉敬明

はじめに
 コーポレートガバナンス・コードは、その初版から【原則2-3社会・環境問題をはじめとするサステイナビリティを巡る課題】において取り上げている。
 人類を取り巻く諸要因の下で、環境を含めて、文化、社会、経済を持続可能にしていくことをサステイナビリティ(Sustainability)という。この語の起源は社会的責任(CSR; Corporate Social Responsibility)にある(*)。ここでは「環境、社会、経済」のサステイナビリティと表現することにする。CO2がもたらす温暖化が地球の状態を大きく変えていることから、ホモサピエンスはサステイナビリティに関して大いに危機感を高めている。現代社会において、企業は、人々が必要とする財・サービスを社会に提供するととともに、労働と資本を通して人々に所得を生み出すという使命を負っているが、その際、特に大きな企業は永遠の存在と見られてきた。企業会計はこのことをGoing Concernと表現している。しかし、現代に至りそれに疑問符が付いており、永遠性を取り戻そうと全世界的な努力がなされている。企業にその一環を担うことが期待されており、企業が事業活動を通じて環境、社会、経済に与える影響を考慮しつつ長期的な経営戦略を組み立てていく過程がコーポレート・サステイナビリティと呼ばれ、注目を集めている。

(*)Wikipediaによれば、企業の社会的責任(CSR)とは、国際的に活動している民間企業の自主規制の一形態であり、ボランティア活動や倫理的な活動を行ったり支援したりすることで、博愛的、活動家的、または慈善的な性質を持つ社会的目標に貢献することを目的としている。 かつては、CSRを組織内の方針や企業倫理戦略として表現することができたが、国内外のさまざまな法律が整備され、さまざまな組織がその権限を行使して、個人や業界全体の取り組みを超えてCSRを推進するようになったため、そのような時代は過去のものとなった。以前は企業の自主規制の一形態と考えられていたが、ここ10年ほどの間に、個々の組織レベルでの自主的な決定から、地域、国、国際レベルでの義務的なスキームへと大きく移行している。(https://en.wikipedia.org/wiki/Corporate_social_responsibility)

 資本主義においては、企業には利益を追求すること(営利)により社会に貢献することが求められている。企業の社会的使命はそれだけではないという観点から、企業の社会的責任(CSR;Corporate Social Responsibility)がこの数十年間叫ばれてきた。日本語のウィキペディアによれば、「CSRは企業が利潤を追求するだけでなく、組織活動が社会へ与える影響に責任をもち、あらゆるステークホルダー(利害関係者:消費者、投資家等、及び社会全体)からの要求に対して、適切な意思決定をする責任を指す。CSRは、企業経営の根幹において、企業の自発的活動として、企業自らの永続性を実現し、また、持続可能な未来を社会とともに築いていく活動である。企業の行動は利潤追求だけでなく多岐にわたるため、企業市民という考え方もCSRの一環として主張されている。」CSRは年を経た概念であるが、これに「地球環境の持続性」への配慮が加わったのが現代のサステイナビリティ概念と言えよう。

 企業に関するサステイナビリティを巡っては、実務が先行し概念的な整理が行われているように思う。企業は、サステイナビリティを無視して事業を行って来たわけではないと思う。極言すれば、企業の外野が、企業にアドバイスビジネスをするために目新しい概念を提供しているようにも見受けられる。もちろん、企業においてサステイナビリティという概念が重要である。そのためには、基本モデルを明確にしておく必要がある。以下では私が考えるサステイナビリティ経営、そしてそのためのサステイナビリティ・ガバナンスの概念を明らかにしたい。

1.サステイナビリティとは

現在普及している用語法にしたがい、サステイナビリティを日本語では「持続可能性」と表現する。サステイナビリティという時、企業の観点からは、「企業」のサステイナビリティと「地球環境」のサステイナビリティという二つの次元のサステイナビリティが浮上する。

2.企業のサステイナビリティ

企業は、株主、債権者、従業員、顧客、サプライヤー、地球環境等のステークホルダーによって支えられ持続する。これらのステークホルダーを安定的に確保することが重要である。資本主義経済においては、地球環境以外のステークホルダー(の貢献)は、市場という競争の場で確保される。確保するためには、各ステークホルダーが市場で受け入れることができるフェアな対価を提供しなければならない。なお、企業が、各ステークホルダーに提供する対価の原資は、顧客がもたらす販売収益である。

1)顧客からの販売収益を確保するためには、顧客を満足させる品質のよい製品をそれに見合った価格で市場に提供することが基本原則である。

2)そのためには、従業員から事業を推進するのに必要な労働(labor)を安定的に確保しなければならいない。従業員に市場競争力のある対価(賃金、処遇、労働環境等)を提供することが不可欠である。

3)同様に、サプライヤーから製品の生産に必要な良質なインプットをタイミング良く調達することが重要であり、サプライヤーには品質・納期等にふさわしい対価で応えなければならない。

4)債権者には、金融市場で決まる条件(金利、期間、リスクおよび資金の使途など)により資本を調達するとともに返済しなければならない。

5)ビジネスリスクを負担する株主には、企業は適切なリスクマネジメントを行い、可能であるならばリスクに見合った以上のリターンを実現し、満足させることが必要である。それにより企業を存続・発展させるための資金をリーズナブルなコストで安定的に調達できる。

6)環境(地域、社会、地球環境等々)は企業のサステイナビリティを支える重要なステークホルダーであるが、環境自体の市場はない。しかし、国内・海外のステークホルダーが求める品質については(資源の流動化に伴い)、合意が形成されつつある。それを見極め、経営に生かすことが企業の持続のために不可欠になりつつある。

3.サステイナビリティ・マネジメント

 会社の目的は営利である。上記の1)~6)を前提に、企業の持てる経営資源を最大限に活用して長期的視点からの利益を最大化する事業を展開するのが経営-マネジメント-の役割である。そのためには一定の経営理念の下、企業の長期ビジョンを描きそれを実現する経営戦略を決定し実行する。これをスムースに進めるために、株主から会社を委ねられた取締役会はどのような経営体制を構築し経営を進めて行ったら良いのであろうか。英米流の一層型の取締役会の国の最近のベストプラクティスは、株主総会で選任された取締役で構成される取締役会は、独立取締役の多数で構成され、その取締役会はCEOをトップとする執行役員を選任し株式会社の経営を委ねる。経営陣は、株主の利益と整合的な業績目標を与えられ、その報酬は長期の業績目標の達成をインセンティブとする業績連動報酬(Pay-for-Performance)であるので、自ずと業績達成に動機づけられている。経営陣は、業績目標を達成するためには、自社の経営資源を活用し、いかなる事業を行うべきかを決定する。それが経営戦略である。長期の経営戦略を達成するためには、サステイナビリティを確保することが不可欠であるから、経営陣はそのために各ステークホルダーをいかにマネージするかに腐心する。それがサステイナビリティ・マネジメントである。事業にはリスクを伴う。リスクを負わなければ利益を営利を実現することができない。株主の財産(自己資本)を預かり営利を託された経営陣は、リスクマネジメント、サステイナビリティマネジメント等々さまざまな制約の下で利益を実現し受託者責任を全うしなければならない。

 経営者にこの受託者責任を果たさせることが、株主によって選任された取締役会の受託者責任であ。その責任を遂行するために、取締役会は、指名、報酬、監査の三機能を通して経営者を健全な利益追求に向かせようとする。これが取締役会のガバナンスである。

4.取締役会のガバナンスの前提

 上述のような取締役会のガバナンスが機能し役目を果たすのは、取締役会が圧倒的多数の独立取締役で構成されており、ガバナンスとマネジメントの分離-取締役と執行役員は別人とすること-いるときである。まさに英米の企業の取締役会である。このような取締役会の下では、上述の指名、報酬、監査を機能させていれば、経営陣は自ずとリスクマネジメントやサステイナビリティマネジメントを健全に行い、持続性のある経営を実現する。

5.取締役会のサステイナビリティ委員会

 しかし、このような取締役会が存在しないときには、経営陣に対する動機付けが完全でないので、取締役会は経営陣に対してマネジメント上の指示を出さざるを得ない。独立取締役が支配する取締役会が一般的ではないわが国では、コーポレートガバナンス・コードに見られるように、ガバナンス・コードに経営上の指示が盛り込まれることになる。それはヨーロッパの企業も同様である。サステイナビリティ・ガバナンスに深い関心を持っているが、取締役会のサステイナビリティ委員会が扱う項目は、各ステークホルダーに対するマネジメント上の注意である。ヨーロッパの国々が取締役会のガバナンス活動の拡大に勢力を割いているが、アメリカの企業はそれほどでもないのは、取締役会の構成や性格に違いがあるからではないだろうか。しかし、それと同時に、企業の業種などによってリスクファクターが異なりその重要性に他業種と著しく異なる-企業によってサステイナビリティを支えるキーファクターが異なる-ので、取締役会がマネジメントにその点に注意を喚起させるという意味合いもあるのであろう。

 ただし、ガバナンスとマネジメントの分離と述べたが、ガバナンスとマネジメントの間には截然として区切りがあるわけではないので、ガバナンスとマネジメントの分業に関しては、実態をよく調べた上で、柔軟に対処する必要がある。  2021/07/24 2021/1/16

コーポレートガバナンス概論-教育的ノート-

日本コーポレートガバナンス研究所
理事長  若杉 敬明

 企業は、人々が社会生活をする上で必要な衣食住などの財やサービス(以下単に製品という)を提供するともにそこに働く従業員に給料という収入をもたらしてくれる。企業活動は社会にとって重要であるので、社会にはさまざまな企業があることが望ましい。自由主義をベースとする資本主義国では、私企業(=民間企業)に営利活動を認めることにより、人々が必要とする製品が社会に行き渡ることが期待されている。営利が成立しない製品については公企業が生産・流通を担う。

1.会社法と会社の目的

 わが国では私企業の代表的な形態として会社法により会社が規定されている。ここでは会社とは、法人格を認められた、出資者を社員とする社団で会社の目的は営利であるとされている。営利とは事業を行うことにより利益を上げそれを出資者に分配することである。出資者は利益の分配を受けることを目的として出資をするのであり、利益は多いほど望ましいので、会社は自ずとより多くの利益を目指すことになる。出資者が会社の存続を望むときには、短期的な利益ではなく長期的な観点からより多くの利益を望むであろう。このことを会社の目的は長期的利益の最大化あるいは単に利益の最大化であるという。

2.株式会社と持分会社

わが国の会社法は、株式という均一な小単位に分割された権利(議決権、利益配当請求権、残余財産分配請求権)の所有と引き換えに出資を得る株式会社と、株式を発行せず出資者は持分と呼ばれる出資割合を所有する持分会社とを定めている。小規模な事業を前提とする持分会社には、社員が、有限責任社員のみの合同会社、無限責任社員のみの合名会社、および有限責任社員と無限責任社員とで構成される合資会社の三形態がある。持分会社では、出資者が自ら会社を経営するのが原則である。他方、大規模な事業を前提とする株式会社においては有限責任社員のみであり、出資者自らが会社の経営に従事することを前提としていない。

3.株式会社のガバナンス問題

 株式会社においては、株主は取締役を選任して取締役会に経営を委ね、自らは経営に関与しない。出資者として株式会社のオーナ-であり、会社に対するガバナンスを有するが、経営そのものにはタッチしない。もちろん、株主も取締役や経営者になることができるが、株主や取締役会が、経営者としての認知する場合だけである。  株式会社も会社であるから目的は営利であり、利益は多い方が望ましいので株主は利益最大化―現代では長期的な利益すなわち株主価値の最大化―のために経営者がベストを尽くすことを期待していることを、経営者は理解している。しかし、経営者は会社の中にいる内部者であるが、株主は外部者であり、経営者が行っている経営のすべてを見ることができない。そこに盲点があり、経営者は株主の立場に立ち株主価値最大化のためにベストを尽くすとは限らない。それに、経営者の個人的な目的は、経営者としての名声であったり自らの報酬であったりして必ずしも株主価値の最大化ではないであろう。 実際、経営者の不祥事や非効率な経営が長年にわたり問題になってきた。その結果、株主価値を損なうばかりでなく、会社の倒産などで他のステークホルダーの利益を害してきた。そこで、経営者を営利に邁進させるための仕組みや機能が必要になる。それがコーポレートガバナンスである。

4.会社法のガバナンス規整

 「株式会社の経営は、株主が自らするのではなく、株主総会で取締役を選任し、会社および経営を取締役に委ねる」という仕組みを決めた会社法は、株式会社の出資者かつ所有者である株主の利益を守るために株主のガバナンスが効果的に働くように、ガバナンス規整を敷いている。

 会社は法人として人格が認められており法律的な行為をなすことができるが、あくまでも法人は形式的な存在であり、自然人や自然人による会議体などの機関がなければ、意思決定もその執行もできない。現在の日本では機関のあり方として、監査役会設置会社、指名委員会等設置会社および監査等委員会設置会社の三つが認められているが、伝統的な監査役会設置会社を例にとって、どのようにガバナンス規整がなされているか見てみよう。

注)日経新聞(2019/7/13)によると2019年6月末現在、全上場企業3739社のうち監査等委員会設置会社1027社、監査役会設置会社2634社、指名委員会等設置会社78社(2020年6月13日現在の上場会社数は3827社)

5.監査役会設置会社のガバナンス体制

 株主総会において株主は、基本的事項(定款の変更、事業譲渡、合併等の組織再編行為、解散等)についてのみ意思決定し、それ以外の会社経営に関する事項の決定と執行は取締役を選任し取締役会に委ねる。

 株主総会は取締役の選任・解任により取締役を監督する。これがコーポレートガバナンスの枠組みにおける株主のガバナンスである。

 取締役は、全員で取締役会を構成し、会社の業務に関する意思決定をするとともに代表取締役・業務執行取締役を選定する。ここで業務とは会社の目的である営利に大きく企業の活動を指す。

 代表取締役は業務意思決定を執行し、対外的には会社を代表する。業務執行取締役は代表取締役の業務意思決定執行を補佐する。

取締役会は代表取締役および業務執行取締役の業務執行を監督する。監督とは、営利に向けて経営の適正化を図るため、業務執行の体制およびその妥当性を確認することである。(平易に言えば、現在の経営が適正であると認め現経営陣の継続を容認するか、あるいは経営を変えるために解任すべきかを判断することである。)

 監査役・監査役会は、➀ 取締役の職務の執行を監査する業務監査(適法性監査)と➁ 計算書類等の監査を行う会計監査の2つの権限を有する。監査役会設置会社のガバナンス体制は世界のガバナンスと比較すると次のように特殊である。

 わが国では明治23年に初めて商法が制定された。その後、明治32年に新しい商法が公布されたので初めての商法は旧商法と呼ばれるが、株式会社のガバナンス体制は新しい商法でも引き継がれ、昭和25年商法改正により英米流の取締役会制度が導入されるまで続いた。

 旧商法においては、株式会社の運営体制として、基本的意思決定を行う株主総会、業務執行を行う取締役、監督を行う監査役の3機関置かれた。監査役に与えられた権限は、経営監督権限と会計監査権限である。昭和25年の商法改正により、経営監督は取締役会による自己監査が原則になり、監査役の職務は会計監査が基本となった。監査役の権限は大きく縮小されたわけである。しかし、証券取引法(現在の金融商品取引法)との整合性を図るために、1974年の商法改正により監査役に再度業務監査権限が付与された。これにより、業務執行に対する取締役会の監督権限と監査役の監督権限という二重性が固定され現在に至っている。かし、取締役会の自己監査が形骸化していったことから、その後、粉飾決算や企業不祥事などが社会的問題になる度に、監査役の権限強化と地位強化(独立性の確保)とで対応がなされてきたが実効が上がらなかった。ついに2002年、英米型の三委員会制を取り入れた委員会等設置会社が導入され、監査役会設置会社との選択制が布かれた。

6.英米流の取締役会制度

 英米型の取締役会は次のような仕組みになっている。➀株主総会で取締役を選任する ➁取締役は取締役会を構成し業務に関わる重要な意思決定を行う ③取締役会は業務執行役員を選任し業務決定の執行を委任する ④取締役会は業務執行役員および業務執行を監督する ⑤業務執行役員のトップであるCEOから株主への会計報告を外部監査人が監査する。

 株主総会における取締役の選任を「株主のガバナンス」というのに対して、取締役会の業務執行役員に対する監督を「取締役会のガバナンス」という。同じくガバナンスと言っても、取締役のガバナンスは株主のガバナンスよりやるべきことが沢山ある。英米の会社も利益を株主に分配することを最終目的としているので、会社の目的は営利であるということができる。したがって、取締役会の監督の対象は営利追求の業務執行体制を整備し、業務執行役員を営利に向けて邁進させることである。

 しかし、英米の企業においても、現在の日本企業のように、取締役が業務執行役員を兼務しており、取締役会のガバナンスは問題の多い自己監督であった。その結果、1980年代以降、企業経営は、会計の虚偽報告や経営者の不祥事あるいは経営業績低迷など、株主にとっても社会にとっても甚大な影響を及ぼす問題を惹き起してきた。。

 株式会社制度上、健全な経営を実現するのは、経営者すなわち業務執行役員を監督する立場にある取締役会、すなわち取締役会の責任である。このような法律上の建て付けのもと、取締役会はガバナンスの実務として何をすべきかが問題とされた。それを解決しようとしたのが、英国におけるカドベリー委員会(1992)以降の諸委員会活動―グリーンベリー委員会報告(1995)、ハンペル委員会報告(1998)、ターンバル委員会報告(1999)、スミス委員会報告(2003)、タイソン委員会報告(2003)等―である。2003年、それらを総合する「改訂コーポレートガバナンス≓規範」(新統合規範である)である。さらに内部統制を統合した「改訂コーポレートガバナンス統合規範」(2008)に集大成された。これらの委員会には経営者協会も参加しており経営者協会も合意したものである。さらに、ロンドン証券取引所もこれの研究会活動に参加しており、新たに報告書に盛り込まれたことは、取引所の樹上規則として実効化された。後に日も導入した、Comply or Explain“もその一つである。

 アメリカではそのような委員会活動は行われず、これらの影響を受けつつもっぱら実務が先行した。それが、具現化したのがエンロン事件後のニューヨーク証券取引所の上場ガイドラインである。次にそれを見ていくこととしよう。

7.コーポレートガバナンスのベストプラクティス

(1)ガバナンスとマネジメントの分離と独立取締役

 多くの国の会社法において、取締役会は伝統的に、取締役の中からCEOを始めとする業務執行役員つまり業務執行取締役を選定していた。この制度の下で、取締役会は業務執行取締役の業務執行を監督することになっていた。つまり監督を行う取締役会と監督の対象である業務執行取締役とは同一人物である。これでは監督は名ばかりで形骸化してしまう。20世紀後半のグローバリゼーションという大競争の環境の下で、監督を実効化するために取締役は業務執行役員を兼ねないという「ガバナンスとマネジメントの分離」という考え方が育ってきた。取締役会は業務つまり営利に関する重要な意思決定を行うので、会社の事業に詳しい社内取締役も取締役会に入っていることも不可欠である。そこで、最低限少数の社内取締役も含むが、各ステークホルダーから独立で、かつ株主の観点から経営者およびその経営を監督できる社外取締役、つまり社外独立取締役が大多数を占める取締役会が、世界的には現代企業の主流になりつつある。

(2)指名・報酬・監査の三委員会による経営監督

 これら三つの委員会はガバナンスの基本委員会である。そのメンバーは独立社外取締役中心に構成される。ニューヨーク証券取引所(NYSE)は全員が独立取締役であることを要求している。

 指名委員会: CEO以下の業務執行役員を選任する-あるいは業績を上げられないと判断されれば解任するのは、取締役会の任務である。したがって、それに相応しい能力を備えた独立取締役が不可欠である。取締役会から権限委譲され、あるいは事実上株主総会に提出する取締役候補者のリストを作成するのが指名委員会である。

 しかし、誰が社内取締役として相応しいか-通常はCEOやCFO-は、社外取締役を中心とする指名委員会には判断できない。そこで、社内人材のデータベースを持つHR部門(Human Resources Division)の助けを借りざるを得ない。また、社外独立取締役を選任する場合も、HR部門や人材コンサルタントの協力が不可欠である。指名委員会は専門家の協力があって初めて機能を発揮できる。逆に言えば、専門家の知恵を活用できる人材であれば、社外取締役でも指名委員会委員の職責を果たせるのである。指名委員会は第一に社内のHRM部門があって初めて機能を果たせるのである。

 取締役会の下には、次に見るように報酬委員会も監査委員会もある。ニューヨーク証券取引所(NYSE)のコーポレートガバナンスガイドラインは、それら委員会の委員長および委員である取締役を決めることも指名委員会に求めている。その他のガバナンスに関連する委員会の設立・廃止および委員・委員長の決定についても同様である。したがって、指名委員会は会社のガバナンス体制の管理を掌握している。そこでNYSEの上場規則は、指名委員会を単に指名委員会と呼ばずに、Nominating and Corporate Governance Committeeと名付けている。指名委員会の委員長である独立社外取締役はガバナンスの責任者として、すべての独立社外取締役の頂点であるとされる。ここでもHRM部門や人材コンサルタントの助けを借りざるを得ないことは言うまでもない。

 報酬委員会:どんなに優秀な人材がCEOや業務執行役員に選任されても、営利に向けて動機づけられていなければ、その能力を発揮できない。動機づけのインセンティブは個人によって異なるかも知れないが、ほとんどの人に共通なのは金銭つまり報酬である。昇進も重要なインセンティブであるが、会社の頂点に到達してCEOやCFOにはもはや昇進の余地がない。高額の報酬を得る経営者は優秀な経営者であるとされる社会的な風潮があれば、優秀な業績を上げ高額の報酬を得ることは、経営者のプライドや自己実現の欲求を満足させる。インセンティブ報酬として利用されるのは株主の利益と相関指標とリンクした報酬である。株式報酬をはじめとする業績連動報酬である。このことは業務執行役員が、株主と共通の利害関係に立つということで、経営者報酬と株主利益の一体化と呼ばれる。業績連動報酬においては、業績の目標が報酬制度に組み込まれ、目標をオーバーするほど高い報酬が得られ、逆に目標に達しないとただ働きになるようなルールが組み込まれるのが普通である。経営者が、これこれが会社の目標であると明言すると、それを、それを達成できなかったときに訴えられる訴訟リスクがあるので、暗黙裡に目標を埋め込むという意味も持っている。

 業務執行役員の報酬設計においては、事業と業績指標の関係や企業業績と株価の関係などについて会社に固有の専門的な能力が必要である。したがって、業務執行役員の業績連動報酬の設計は社外取締役のみで出来ることではない。ここで社内の報酬設計部門や社外お報酬コンサルタントのサポートが必要である。繰り返しになるが、インセンティブ報酬について一定の理解を持っていれば、社外取締役にも務まるのである。むしろ中途半端に社内事情に通じている人材より、社外の独立な人材の方が望ましいと言える。

 監査委員会:経営者は事業を遂行し営利を追求して行くとともに、その過程および結果を株主に報告しなければならない。そのために、最高経営責任者であるCEOが知っておくべきことが三つある。第一は社内の各部署で職務が効率的に遂行されていること、第二に社内の各部署において法律、社内・社会のルールなど守るべきことが守られていること、つまりコンプライアンスが確保されていること、そして第三に、株主から与った財産(出資)の状態、およびその財産を用いて事業を行った結果の利益である。経営者はこれらを毎期株主に年次報告として知らせなければならない。これらを確保するための社内ルールの総体が内部統制であるが、ルールがあるからと言って守られるとは限らない。ルールが守られているか否かをチェックする作業が必要である。ひとつは、外部の独立な機関による財務報告の正確性の検証―会計監査―である。もう一つが、内部でルールが守られているかを検査する内部監査である。会計監査や内部監査が適正に行われるための前提は、会計監査人の独立性および内部監査人の独立性である。現代企業においては、独立性の検証が、監査委員会の基本的な役割であるとされている。

 CEOが把握しておくべき3事項が適正に確保されていなことは、企業の利益を脅かす理数要因である。これらを確保するためには監査が必要であるが、監査委員会自体が監査をする必要はない。監査委委員会は内部監査人および外部監査人の独立性を検証し、内部監査および外部監査が適正に行われており、CEOの三事項が確保されていることを保証できる。監査委員会も、内部監査というマネジメント一機能と外部監査という専門家のサポートを適切に確保すれば良いのである。したがって、社外独立取締役にも務まるし、逆に社外独立取締役こそそのような機能に相応しいのである。

(3)むすびに

 指名、報酬、監査の機能により、経営のトップであるCEOから効率的で健全な経営を引き出すのが取締役会のガバナンスである。取締役会のリード役が社外独立取締役である。ガバナンスは、業務の執行に直接関わることではないので、社外の独立取締役にも果たすことができる、否、厳しくその職責を果たすためにこそ、独立な社外取締役こそ望ましいとするのが、現代のコーポレートガバナンスのベスト・プラクティスの根底にある思想である。

 ここで大事なことは、ガバナンスとマネジメントは一対であるということである。上に見たようにガバナンスは、マネジメントの協力があってこそ機能するのである。他方、健全なガバナンスの下でこそ、マネジメントはその力を発揮できるのである。残念ながら全体としてみると日本の経営は目的志向の合理的・科学的経営という観点からは貧弱である。政府も企業も学界も同様である。ガバナンス改革はガバナンス、ガバナンスとお題目を唱えているだけでは進まない。同時に、マネジメント力を高める施策が必要である。ガバナンス改革を唱えている政府はそれにもコミットする必要があることを自覚すべきである。(以上)

 

監査役制度の変遷-日本のコーポレートガバナンス改革:その1-

【論考】

日本コーポレートガバナンス研究所 理事長 若杉 敬明

第一部 日本の監査役制度-ドイツの監査役制度と英米流の取締役会制度の狭間で-

 監査役の制度を定めたのは1890年(明治23年)制定のいわゆる旧商法である。旧商法とは、商人の営業、商行為その他商事について定めた日本の法律であるが、ドイツ人の法学者・経済学者であるヘルマン・ロエスエルにより起草された。 それに対して民法はフランスの法典を手本として定められていたため、商法と民法との整合性が議論になり、1899年(明治32年) 新商法公布された。

 旧商法においては、株式会社の運営体制として、基本的意思決定を行う株主総会、業務執行を行う取締役、監督を行う監査役の3機関置かれた。取締役は必ず3人以上必要とされ、かつ、取締役会の設置が義務づけられていた。ガバナンスの観点から注目すべきは、監査役就任の資格は株主に限られていたことである。まさに株主のガバナンスである。監査役は、取締役の業務監視権および株主総会招集権の二つからなる経営監督権限と会計監査権限とをもつ。監査役の人数については定めがない。なお、1899年新商法では、総会招集権限と取締役の会社代表訴権および取締役の自己取引(利益相反取引)の承認権が新たに付与され、監査役の権限が強化された。

 旧商法および新商法で監査役に与えられた権限は、経営監督権限と会計監査権限である。監査とは督&検からの造語であると言われる。監督とは経営者に対して事前に指図することであり、検査とは経営に対する事後の検査である。英語では、auditは通常会計検査を指し、internal auditというと内部で行われる会計検査を言い、外部の公認会計士が行う会計検査はexternal auditあるいは単にauditという。なお、最近の米国では、internal audit部門は経営検査も行うようになっている。

 1950年(昭和25年)英米流の取締役会制度が導入され、経営監督は取締役会による自己監査が原則になり、監査役の職務は会計監査が基本となった。監査役の権限は大きく縮小されたわけである。しかし、証券取引法(現在の金融商品取引法)との整合性を図るために、監査役に再度業務監査権限が付与された。これにより、業務執行に対する取締役会の監督権限と監査役の監督権限という二重性が固定され現在に至っている。しかし、取締役会の自己監査が形骸化していったことから、その後、粉飾決算や企業不祥事などが社会的な問題になる度に、監査役の権限強化と地位強化(独立性の確保)とでガバナンス問題の解決が図られてきた。明治時代に定められたドイツ流のガバナンスシステムが生き続けていたのである。新しいガバナンスシステムの導入には、委員会等設置会社の導入を決めた2002年(平成14年)商法改正を待たなければならなかった。

 このように日本語の監査という語は旧商法以来1950年商法改正まで、「経営監督+会計検査」を意味していた。米国では、事前の経営監督は「取締役」が行い、事後の会計検査はinternal auditorおよびexternal auditorが行う。現在の米国の取締役会にはaudit committeeが必置機関であるが、その役割は、事後の検査人であるinternal auditorおよびexternal auditorの独立性を検証することであり、会計検査を行うことではない。話が込み入って来たが、本来の”audit”は明治以来日本で制度化されてきた監査役の「監査」とは異なり、経営者(CEO)の部下であるinternal auditorあるいは外部のexternal auditorが行う事後的な会計検査である。

◆ 日本の監査役が米国の会社を訪問し名刺交換するとき、肩書きのAuditorをから低く見られる傾向があり、監査役はプライドを傷つけられることがよくあったと言われる。日本の監査役は株主総会で選ばれる役員でむしろ社長より上の立場であるのに、auditorがCEOの部下である米国の会社ではそう見てくれないので、監査役のプライドが痛く傷つけられるのである。米国には日本のような監査役制度はないのである。audit=監査ではないのである。もっとも日本の会社のシステムが知られるようになってきて、最近は正しく理解してくれるアメリカ人もいるようである。

 1950年の商法改正で米英の取締役会制度を導入したときに、監査役の制度を整理すべきであったのに、そのまま残したために紛らわしいことになってなってしまった。近年のコーポレートガバナンス改革の流れにおける経営監督は取締役の役割である。取締役会にaudit committeeがあるが、その役割はauditorsの独立性を事後的に検証することである。自ら会計検査をするわけではない(それゆえaudit committeeが行う財務諸表のチェックはauditとは呼ばずにreviewと呼ばれる)。

 日本の監査役は、経営監督権限と会計監査権限とを与えられてスタートした。異質な二つ機能を担った日本独特の制度であると言われている。監査役の監査はauditと翻訳してはいけない、あるいはauditを監査と翻訳してはいけないのである。

第二部 監査役会制度の変遷

1890年旧商法制定(明治23年)
・株式会社においては、基本的意思決定を行う株主総会、業務執行を行う取締役、監督を行う監査役の3機関置かれた。取締役は必ず3人以上必要とされ、かつ、取締役会の設置が義務づけられていた。
監査役の就任資格は株主に限られ、監査役は取締役の業務監視権および株主総会招集権からなる経営監督権限と会計監査権限をもつ。監査役の人数については定めがない。

1890年商法公布(明治32年)
・会社代表訴権および取締役の自己取引(利益相関取引)の承認権が新たに付与され、権限が強化された。

1938年(昭和13年)改正商法
・監査役の資格について、取締役及び支配人の兼任禁止が加えられた。また、取締役員に欠員が生じた場合にはその職務を代行する事が規定された。

 1950年改正(昭和25年)
英米法的な取締役会制度導入にともない監査役の権限が縮小され、業務監査権限は取締役に委譲され会計監査に限定された。株主であることが監査役就任資格であったがその制度は廃止された。他方、株主には次のような権限が付与され株主の権限が強化された。・株主代表訴訟提起権、違法行為差止請求権、会計帳簿閲覧請求権、株式買取請求権など。

◆ ガバナンスの観点から興味深いのは、従来の商法では、監査役が代行していた株主のガバナンスが、株主自身の戻されたと見ることができることである。1945年から47年に掛けて「侵略戦争の経済的基盤になった」として財閥解体が行われた。財閥が保有する株式は、「証券民主化」のかけ声の下、給与などの形で国民の手に渡り、個人の持ち株比率は一時60%を超えたと言われる。ところが、当時の国民は貧しかったので株式を手放さざるを得なかった。いわゆる乗っ取り屋などがそれを買い占め、買い占め屋は企業にそれを持って行き高値で買い取ることを要求する(米国のgreen mailer)という事件が相次ぎ企業は悲鳴を上げた。そこで、財閥解体とともにとられた企業の株式保有禁止が解禁された。企業の株式保有は財閥により財閥企業間の循環投資や持ち合いに利用されていたためである。これにより企業間の株式持ち合い急速に拡大した。ちなみに、これは第一次の持ち合いブームであり、第二次ブームが1960年代OECD加盟後に起こり、日本の株式持ち合い体制が定着した。

◆ 本来であれば、ガバナンス体制の強化のために英米型の取締役会制度の導入が図られたのであるが、動じに行われた財閥解体・証券民主化そして企業の持株禁止解除という諸措置により、本来の株主のガバナンスが希薄化されるというまったく逆の結果になったことはまことに皮肉な結果であり、日本にとって不幸な結果である。とくに、証券民主化がむしろ国民が株式から目を背ける国民風土を形成したことは現在に至って深刻な影響を与えている点は深刻である。

★ 1965年(昭和40年)、山陽特殊製鋼倒産事件(倒産により粉飾決算が発覚)が発生し取締役会による経営監督の機能不全が露呈されたことから、商法が改正された。

1974年改正(昭和49年)
・再度、監査役に業務監査機能が付与された(小会社を除く)。このことから取締役会と監査役の二つの経営監督機関が並立することになった。ともに株主総会で選任された取締役と監査役とが重複した機能を持ち、世界でも類を見ない独自の制度である。ただし、監査特例法により資本金1億円以下の小会社においては、監査役は従来通り会計検査機能のみである。大会社においては、会計監査人による会計監査を義務づけられ、監査役の会計監査と会計監査人の会計監査とが併存することになった。また、解任時の意見陳述権の付与、任期延長などにより監査役の地位強化が図られた。

1974年 商法特例法(監査特例法)制定
・大会社においては監査役の他に会計監査人(公認会計士または監査法人)による会計監査を義務づけられたが、小会社においては監査役の権限は会計監査権限に限定された(業務監査権限はない)。

 1976年(昭和51年)戦後最大の疑獄事件「ロッキード事件」が発覚した。米ロッキード社から日本の政界などへ流れた資金をめぐり、田中角栄元首相ら政治家、丸紅、全日空の幹部ら計16人が受託収賄、贈賄などの罪で起訴された。さらに1978年(昭和53年)には、ダグラス・グラマン事件等の会社が不正支出をしていた不祥事が明るみに出された結果、このような不正を会社が自治的に防止できるような措置を講ずるため次のような商法改正がなされた。

1981年(昭和56年)改正
・監査役の地位強化が図られ、会計監査人の株主総会による選任、監査費用請求などの権限が付与された。かつ、監査役制度の充実が図られ、商法特例法上の大会社に複数監査役制度および常勤監査役制度が導入された。なお、商法特例法の大会社の範囲が拡大された(資本額のほかに、負債総額も基準にする)。

★ バブル崩壊後の1991年(平成3年)6月に発覚した証券・金融不祥事件(証券会社の一部の投資家に対する損失補填、金融機関の偽造の預金証書を担保とする融資)を契機として、監査制度を充実する改正がなされた。

★ バブル崩壊後日本経済は低迷し

1993年改正(平成5年)
・監査役の地位強化(監査役任期の伸張2年→3年)がなされるとともに、監査役会制度が法定化され、3名以上の監査役設置を強制し、大会社においては1名以上を社外監査役とすることが義務づけられた(中・小会社では1人以上)。

★1999年 東証 ①「コーポレートガバナンスの充実について」を上場企業に要請するとともに、②決算短信でコーポレートガバナンス施策そ開示を要請することを要請。

2001年改正(平成13年)施行は2005年(平成17年)5月1日から
・議員立法による改正が行われ、再度、監査役の地位強化が図られた。➀監査役任期の3年から4年への伸張 ➁・取締役会への出席および意見陳述義務の明文化、③辞任時の意見陳述権、④選任における監査役会の同意権・提案権等が付与された。また、商法特例上の大会社には、社外監査役の人数の拡充(1人→半数以上)が義務づけられるとともに、社外監査役の社外性が厳格化された。

(「21世紀のガバナンス改革-日本のコーポレートガバナンス改革:その2」に続く)

2021.12.1/2019.10.10

株式会社考-株式会社の歴史-

株式会社の歴史

日本コーポレートガバナンス研究所
理事長 若 杉 敬 明

1.重商主義と株式会社

 絶対王政が誕生した15世紀後半、大航海時代が本格化し絶対王政の経済政策である重商主義を支えた。毛織物産業の展開による羊毛需要の増大によって、 イギリスでは15世紀後半になると「囲い込み」運動が始まる。 その結果、産業資本に雇用される労働者が生まれた。 国王は、経済的には商人資本と結びつき、軍事的には常備軍を保有し、スペイン、オランダ、フランスなどと 重商主義戦争を遂行して行った。各国で共同出資により大規模な貿易企業・植民地経営企業(Joint Stock Company)が誕生し、アフリカ・アジア・アメリカ大陸への大規模な航海が行われ、

 1600年12月31日、テューダー王朝のエリザベス1世は、それ以前から存在していた「イギリス東インド会社(EIC:East India Company)」を「東インド諸地域に貿易するロンドン商人たちの総裁とその会社」として正式に法人と認める許可状を下付した。貿易の特権を与えられた世界最初の株式会社形態である。イギリスと貿易の派遣を争うオランダは間髪を置かず、1602年オランダ東インド会社(Verenigde Oost-Indische Compagnie;VOC)を設立した。このVOCが世界最初の株式会社とされる。それは次のような理由からである。

 EICにおいては、アジアに1回ごとに個別の企業が設立され船団が送られ、航海が成功して船が港に戻ると、航海で得た輸入品あるいは販売代金を、投資額に比例して出資者に分配され、個別企業は解散された。その意味では、EICは、個別航海への投資家の集まりに過ぎず、恒常的・組織的な株式会社ではなかった。1回の航海単位での投資は、海賊による略奪や難破などで、投資家にとってリスクが大きかった。そこで、オランダのVOCでは貿易会社という企業を作り、そこに出資者を募ることで、1回ごとではなく、複数回の航海で得た利益が出資者に還元され、投資家のリスク減らす分散投資のシステムがとられた。1回の航海ごとではなく、永続的に資金を集め、組織的な会社を組織し、利益を配当する形式の永続会社であった。

2.産業革命と株式会社

 その後、各国で株式会社が導入されたが独占権を伴う許可制で、国王または政府の許可により事業を行うことを認められた特許会社で勅許会社(Chartered Company)と呼ばれた。

 世界で最初の産業革命は1760年代から1830年代にかけてイギリスで起こった。工場制機械工業の導入による産業革命は産業および社会構造の変革をもたらし資本主義を成立させた。多額の資本を必要とする事業が急増し、事業形態として株式会社が多用された。勅許制は経済の発展を阻害することから、許可制あるいは登録制に移行し、ついには株式会社設立が自由化された。イギリスは1844年許可制から登録制に移行、フランスでは1867年登録制による株式会社設立が可能になった。ドイツでは、1870年ついに株式会社設立が自由化された。やがて、イギリスやオランダでも株式会社の設立が自由化された。

3.アメリカにおける資本主義と株式会社制度の発展-M&Aを通して-

 ヨーロッパにおける株式会社制度は、既成の商人資本家や産業資本家によって支えられ発展してきた。移民が作り上げた国であるアメリカではそのような資本家は存在しなかった。資本の面で産業革命を支えたのは個人の富裕層であった。大規模な事業を行うのに必要な巨額の資金を、多数の投資家から集める-塵も積もれば山となる-方式の現代の株式会社を作り上げたのがアメリカである。そのような株式会社に支えられた資本主義は大衆資本主義とも呼ばれる。

 イギリスの植民地であったアメリカは、1776年7月4日イギリスからに独立した。独立前のアメリカにおいては、法人は、英国王の治世下、特定の会社の設立を許可する法律に基づいて設立された。なお、アメリカでは、法人は必ずしも株式会社形態を意味しない。

 独立後、法人(corporation)の設立は州議会の許可制になり、その代わり特権や独占権が付与された。銀行から株式会社形態の法人が普及し、その後、設立が続いた鉄道会社等が株式会社という形態をとった。1811年、ニューヨーク州が規制を緩和、1875年ニュージャージ州法の規制廃止、そして19世紀末までに、デラウエア州はじめ各州で株式会社設立が自由化された。

 その後、アメリカの資本主義および株式会社制度の発展を支えたのはM&A-企業の買収合併-であった。1897年以降、独占利益を求め繰り返しM&Aが行われ、数次のM&Aブームを生み、巨大株式会社を誕生させた。

3.1 第一次M&Aブーム(1900年前後)

 第一次M&Aブームは、水平の統合によって特徴付けられる。19 世紀初頭のアメリカでは、西部開拓による国土開発を背景に鉄鋼、機械、鉄道等が発達した。会社設立自由化の下で、競争が激化し、リストラや倒産が頻発した。他方で、規模の経済を求め独占を目的とした統合が活発化た。その主役は、基幹産業である石油や鉄鋼・鉄道が主役でスタンダード石油、USスティール等の独占企業を生み出した。他方、独占利益を享受する企業に非難が集中したため、1890年政府は反トラスト法を制定(1)した。

 このブームは1907年の金融恐慌(2)で終焉した。

注1)米国の独占禁止法は、3つの法律「シャーマン法(1890年)」「クレイトン法(1914年)」「連邦取引委員会法(Federal Trade Commission Act)(1914年)」の総称で、事業者による不当な取引制限や価格協定、市場独占を禁止している。

注2)アメリカで発生したこの恐慌の構造的要因は前年制定の改正ニューヨーク州保険法(通称アームストロング法)による資金移動であった。生命保険会社の投資等を規制するこの法律は、イギリス系投信に回復しがたい被害をもたらすとともに、現金の不足を証券でごまかす金融制度の脆弱性を露呈し恐慌をもたらしたと言われる。

 3.2 第二次M&Aブーム(1920年代)

 第一次M&Aブームの間、同一業種で水平統合が繰り返され、独占企業、寡占企業が多数出現し競争が阻害指されたことから、1914年クレイトン法が定められ、水平統合が事実上禁止された。他方、生産技術の革新で、時代は大量生産・大量消費社会に入っていた。企業にとっては原材料から販売までを確保することが課題で、企業再編は水平統合を禁じられたので、寡占をねらった垂直統合へと方向転換していた。産業の花形は新興勢力である食費や自動車であり、これらの産業で垂直統合型の巨大寡占企業が出現した。しかし、1929年、株価暴落を景気に世界恐慌に突入し、ブームは終息した。

3.3 第三次M&Aブーム(1960年代)

アメリカはGolden Sixties(黄金の60 年代)と呼ばれる繁栄の時代であった。第二次大戦後の経済成長のピークを迎え、企業は巨大化・成熟化していた。第一次ブームおよび第二次ブームで水平統合・垂直統合は極限に達しており、この方向でM&Aを進めることは独禁法が許してくれなかった。企業の選択は海外への進出か、国内に留まるならば既存事業と関係のない事業を取り込むか、であった。全社の動きが多国籍企業の形成であり、後者がコングロマリットの形成であった。コングロマリットについてはアンゾフのシナジー概念をコアにした多角化戦略論が理論的支柱であった。コングロマリット形成のM&Aはまさにブームを迎えたが、コングロマリットの元祖と呼ばれるリットン・インダストリーズ(3)が大幅減益を発表し株価を急落させたのを機に、株式相場が暴落し、第三次M&Aブームはあえなく終焉を迎えた。

注3)アメリカの軍需エレクトロニクス・軍艦メーカー。2001年以降は総合軍需企業のノースロップ・グラマン社の傘下にある。(日本大百科全書

3.4 第四次M&Aブーム(1970年代~1980年代)

 1980年代はコングロマリット再編の時代といえる。コングロマリットの多くは、20年寄せ集め企業の馬脚を露呈し業績低迷・株価の下落に陥った。その再編を目的とするM&Aが活発化したのである。折しもグローバリゼーションが始まり大競争の時代が予見されたので、コングロマリットの効率化とグローバリゼーションへの対応を目指して企業のリストラが活発化した。インベストバンクがM&A仲介をビジネスとするようになり敵対的買収やLBOなど新しい手法が導入され、仲介手数料を目的とした大型買収が横行し世界をまたぐM&Aブームが出現した。バブルで金余りの日本から投資資金が流入し、M&Aを加速しM&Aのバブルを生んだとも言われている。しかし、巨額な仲介手数料を狙うインベストメントバンクの介入が、企業価値創造のM&Aでなく、M&AのためのM&Aを横行させるようになり、アメリカ社会ではM&Aに対する批判を巻き起こした。買収に対抗するための買収防衛策が話題を呼んだのもこの時期である。1989年のブラックマンデー(世界的株価の大暴落)を契機にこのブームも去った。

3.5 第五次M&Aブーム(1990年代~)

 IT技術の発達、新素材開発、バイオテクノロジー等々の新技術により、大競争時代の競争はますます激化している。企業は90年代の失敗に学び、本業回帰(core business)を目指し、本業を強化するために多角化した事業を整理するために、選択と集中(Selection and Concentration)と称して、M&Aを着実に進めようとしている。M&Aはもはやブームと呼ばれるような流行りではなく、地道に進んでいる。

以 上

資本主義考-資本主義の成立から現代まで-

日本コーポレートガバナンス研究所
理事長 若 杉 敬 明

 資本主義とは、企業が、資本と労働との協働で財・サービスの生産・流通を担い、その過程で価値を創造し、資本と労働とに生活に必要な収入をもたらす社会システムである。歴史的には、資本の提供者と労働の提供者が別々に誕生したため、資本家階級と労働者階級とを生み出し両者の間に軋轢が生じたことから、資本家を否定する社会主義思想が誕生し、実際社会主義や共産主義を標榜する国家も存在している。現代では、多くの国において、個人が労働者であると同時に資本家である新資本主義の時代に入っている。一例をとると、日本では、皆保険制度のもと20歳以上の国民6700万人が公的年金に加入し保険料を納めている。そして保険料の積立金160兆円余の半分で国内外の株式を保有している。残りの半分は内外の債券に投資されている。個人が直接株式を保有しているわけではないが、立派に資本家である。以下、資本家階級、労働者階級が誕生し資本主義が確立するまでの歴史を要約して紹介する。

Ⅰ 封建制(8世紀~14世紀)

 封建制は中国および西ヨーロッパに存在したが、現代の資本主義につながる封建制は西ヨーロッパにある。中世前期、封建制は荘園制度とともに封建社会を形成していた。封建制とは、領主が、軍事奉仕と引き換えに国王から土地(荘園)を借り、農民から年貢を吸い上げる制度である。農民は荘園に縛り付けられた農奴であった。その後、国王が領主に対して荘園への不輸不入権を容認したので、荘園が独立国家化した。不輸不入権とは、領主が、国王による荘園内の課税や裁判を拒否できる権利であり、荘園は、国王であっても侵すことのできない領地になった。それにともない王権は弱体化し、大小の領地が王国のように分立する状況が続いた。

 他方、農業の生産性向上とともに家内制手工業が誕生した。農家が、農業の合間に副業として、自ら原材料や道具などを調達し、家内において手作業で商品を生産し、販売まで行う生産様式で「農村家内工業」ともいう。他方、西ヨーロッパでは11世頃から形成された都市において、商人が自治を獲得し都市貴族として支配を確立していた。そこに農村を離れた手工業の職人が集まり商人ギルドのもとで生産活動をしていたが、やがて手工業者の親方が商人ギルドから独立して同職ギルドを形成し商人ギルドに対抗するようになった。それとともに都市が発達した。

 11世紀末になると、イスラム教徒に支配された聖地イェルサレムを快復するという宗教的目的で十字軍遠征(1096-1270)が始まったが、その副次効果として経済がグローバル化し貨幣経済が誕生した。十字軍遠征に伴いイスラム圏との交易が始まり、東地中海岸での東方貿易が盛んになるという経済的結果がもたらされ、そこからヨーロッパの商業の復興、北イタリア諸都市の勃興という大きな変動が起きたのである。しかし、七次にわたる十字軍遠征は失敗に終わり、領主の多くが戦死し、領主制が崩壊した。領主を失ったことによりヨーマンリー独立自営農民)が台頭することになったのである。それとともに、キリスト教側の敗北によりローマ教皇や教会の権威が失墜し、11世紀~13世紀の中世盛期おいてヨーロッパ最大の領主だった教会が没落し力を失った。それに呼応するかのように、没落しかけていた国王は権力を回復した。

 なお、イスラム圏との交流は文化の面でも中世ヨーロッパのキリスト教世界に大きな刺激になり、12世紀ルネッサンスを経て、中世後期(14世紀~15世紀)のルネッサンスを生み出す契機となった。

 ちなみに、日本では、封建制は12世紀末(鎌倉時代)に始まり19世紀半ば(江戸時代)まで続いた。

Ⅱ 絶対王政の完成と重商主義(16世~18世紀)

 十字軍遠征失敗で疲弊した領主は加護を求めて国王に領地を寄進し、力を回復した国王の臣下になった。その結果、国王による中央集権化が進み、16世紀に絶対王政が確立した。

 中世末のイギリスでは、フランスとの百年戦争( 1339~1453)、内乱であるバラ戦争(1455~1485)によって封建貴族の多くが没落し、騎士階層や商人・富農などから出たジェントリと呼ばれる地主階級が勢力を確立した。この間、バラ戦争の混乱を収拾して登場したテューダー朝の始祖であるヘンリー7世が王位(1485〜1509)に就き星室庁裁判所を改組して治安の維持に努めるなど、絶対王政の礎を築いた。ヘンリー7世は官僚としてジェントリを重用して、封建貴族を牽制した。以後のイギリス社会では、ジェントリと貴族がともに gentleman と呼ばれ、政治・社会・文化などあらゆる面で主導権を握るようになる。次のヘンリー8世(在位1509〜1547)は、この方向をさらに推し進め、イギリスに絶対王政を確立した。離婚問題で教皇と対立すると、1534年に国王至上法を成立させてローマ教皇庁と断絶した。その上でみずからイギリス国教会の首長となり、イギリスにおける宗教改革を進めた。経済的には、ヘンリー8世の時代のイギリスは、アントワープ向けの毛織物輸出が急速に成長し毛織物工業が発展した。このため、原料の羊毛生産を目指した囲い込みがさかんになったが(第1次囲い込み運動;Enclosure movement)、このことは折からのインフレーションと重なって、農民に不安を与え、社会を動揺させた。

 その後、イギリスは、エリザベス1世の統治下(1533-1603)に黄金時代を迎え、後の大英帝国(17~19世紀)の礎を築いた。フランスでは、ブルボン王朝創始のアンリ4世の治世(1553-1610)から勢いを増し、ルイ14世の代に(1638-1715)最盛期を迎えた。しかし、絶対王政を維持するためには官僚制と常備軍に莫大な費用を要した。その資金を確保するために、王政は重商主義を生み出した。ここで国王がとった政策は、特定の商人団に貿易の特別許可を与えて利益を上げさせ、それを国家が吸い上げるもので、貿易差額主義と呼ばれる。その担い手の代表格が、1600年設立のイギリスの東インド会社および1602年設立のオランダ東インド会社である。重商主義のおかげで貿易が栄えた結果、商品があふれ商品経済誕生し、封建制を崩壊に導くことになった。なお、オランダの東インド会社は株式会社の始祖とされている。イギリスの東インド会社が株主の無限責任であったのに対して、オランダの東インド会社は現代の株式会社と同じく株主の有限責任制を採っていたからである。

 イギリス・オランダと並んでフランス・ドイツも重商主義に走ったがその背景は異なっていた。しかし、その経済ドクトリンはどれも大差ない。いずれも商人たちの富と国の力との緊密な関係による共存共栄を目指していた。商売が繁盛すれば歳入が増え、国の力も増す。国の力が増せば、利益の高い交易ルートを確保できて、商人たちの望む独占を与えられる。

Ⅲ 重商主義から資本主義の誕生へ(18世紀)

 重商時代は、商人が手工業生産者に原料・道具を前貸しし、生産者はこれを加工して製品化、製品は商人が独占的に買い取り、販売して利潤を得るという問屋制度(問屋制家内工業)が主流であった。この方式による生産の効率化により商人の営業が促進された。また輸出中心の重商主義貿易体制のもと貿易商の利潤も潤った。富裕化した大商人や貿易商は商業資本家として権力を強め、政界にも参入し国政に影響力を持つようになった。

 重商主義のおかげで異常と言えるほど商業が発達したが、商品経済が発展するとともに資本家階級と労働者階級が誕生することになった。イギリスの場合を見ると、売れ筋商品は毛織物であった。地主(ジェントリー)が農民から土地を没収し、柵で囲んで羊を飼い始めた。第2次囲い込み運動である。その結果、農民は土地を奪われ農村から追い出されたが、その農民を新しい工場制手工業(manufacture)が吸収した。工場制手工業とは、問屋制手工業とその後の工場制機械工業との中間に位置する生産方式で、生産手段を所有する資本家が、多数の手工業者を仕事場に集め、分業に基づく協業という形態で生産に従事させ賃金を支払う生産方式である。これが、労働者階級を誕生させると同時に、工場という生産手段を所有する資本家階級を誕生させたのである。それ以前の問屋制手工業の時代に芽生えた資本主義が、工場制手工業という生産方式を生みやがて産業革命を引きおこすこととなった。

Ⅳ 産業革命と資本主義の確立(18世紀半ば~19世紀半ば)

 綿織物の生産過程における様々な技術革新、製鉄業の成長と相まって蒸気機関の開発(1769)による動力源の刷新が画期的な製造業の革命をもたらした。産業革命である。これによって工場制機械工業が成立し、資本主義経済が確立した。また蒸気機関の交通機関への応用によって蒸気船や鉄道が発明されたことにより交通革命が起こり、世界経済は画期的な変革の時代に入った。

 このように、資本主義経済は、18世紀後半のイギリスでおきた産業革命をきっかけに成立したが、それが社会に根付くとともに、その精神は、自由競争により利益を追求して経済活動を行えば、社会全体の利益も増大していくという思想に整理されていった。国家(政府)が介入せず市場に任せておくと、市場がうまく機能し、需要と供給のバランスが調節されて市場価格が決まり、その価格に応じて生産者が商品を生産する量や消費者が商品を購入する量が決まるという経済メカニズムが機能するというのである。この経済原理を市場経済というが、産業革命当時のイギリスの経済学者アダム=スミス(1723ー1790)は、自由主義的な市場経済を擁護する学説を唱え現代の経済学のパイオニアとなった。19世紀のイギリス資本主義に典型的にみられたように,経済的自由主義の理念に導かれた資本主義の経済は古典的資本主義とよばれる。

 産業の発達は、利益(利潤)を追求して財・サービスを生産する企業においては、工場・土地・機械などの生産手段を所有する「資本家」階級と、生産手段を持たず労働力を提供して資本家から賃金をもらう「労働者」階級とを生み出すことになった。資本主義の確立期には、農村から都市に流入する人口が多く、資本の蓄積に対して労働の供給は過剰気味で、労働者側は弱い立場にあり、過酷な労働条件を受け入れざるを得なかった。その結果、階級間の軋轢を生み新しい経済思想である社会主義経済を生み出した。

Ⅴ 国家独占資本主義(19世紀後半~20世紀前半)

 自由主義の宿命として経済には変動が伴い、好況と不況とが周期的に繰り返された。勝ち組の企業が他の企業を買収・合併(M&A)を行うことにより、資本を集中し規模を拡大していった。その結果、カルテル、トラスト、コンツェルンなどの独占体が形成され自由競争が阻害されるようになった。同時に、産業資本と銀行資本が結合した金融資本が産業を支配するようになり、独占市場が形成された。また、工場制機械工業の技術発展は過剰な生産物を生み出すことになり、企業は市場を海外に求めざるを得なくなった。それを助けるために国家も強力な軍事力によって植民地獲得に乗り出した。帝国主義の出現である。

 マルクスの社会主義経済論 19世紀後半になると、不況による失業や貧富の差の拡大といった資本主義経済の矛盾や弊害が明らかになってきた。不況・失業・貧困は資本主義の旧三悪とも呼ばれる。ドイツの経済学者マルクス(1818~1883)は、当時の資本主義を国家独占資本主義と批判し、資本主義に代わる社会主義経済を提唱した。私有財産制を採用すると資本が集中したところに独占が生ずるので、私有財産制と利潤の追求をやめ、個人や企業ではなく、国や地方公共団体・協同組合などが生産手段を公有(社会的所有)することを主張し、資本家と労働者という階級対立をなくし、すべての人々を労働者とする平等な社会を作ろうとした。

 社会主義国の誕生 社会主義経済では、国家が介入しない市場経済ではなく、国家の計画と指令のもとに商品の生産・流通・販売や財の分配が行われる計画経済が主張された。1917年のロシア革命を経て、1922年にはソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)が成立したことで、実際に社会主義経済が実現した。国が管理し指導したとおりに経済活動を行うので、労働者が頑張って働いても賃金はあがらないし、効率よく仕事をしようと努力する必要もない。競争がないため、より良い商品を生み出そう技術改良を加えることもないというような問題が明らかになった。実際、労働者の勤労意欲は減退し、生産性が低下して経済は停滞するようになった。さらには官僚主義による非能率的な国家運営が行われたり、一部の共産党幹部が富を独占してしまったりする事態にも陥った。行き詰まったソ連は20世紀末に解体、その後ロシアは急速に資本主義化し、今日では全面的に資本主義経済が導入されている。

 中国の社会主義市場経済 第二次大戦後の1949年、共産主義革命により誕生した中国は、1970年代末から改革開放政策(経済改革・対外開放政策)に着手し、1990年代前半からは社会主義を維持しながら市場経済を導入するという「社会主義市場経済」を導入するようになった。現在の中国は国家独占資本主義ともいうべき資本主義国に変質している。

Ⅵ 修正資本主義・新自由主義

 1929年世界恐慌以降の政府は、資本主義を前提としつつも、経済的自由を制限し国民の福祉を実現しようとしてきた。国家が市場に介入して景気変動の調整をし、社会保障などによる貧富の格差解消に乗り出したのである。このような資本主義が修正資本主義と呼ばれる。国家観でいえば、夜警国家から福祉国家( 大きな政府 )への転換である。

 修正資本主義 資本主義の基本である自由主義を、政府は何もせず市場にすべてを任せることであると解釈する思想を自由放任主義という。その結果起きたのが世界恐慌で、大量の失業者が発生し資本主義国は大混乱に陥った。資本主義というシステム自体が欠陥システムなので資本主義を捨てようという主張が共産主義・社会主義であるが、これに対して、資本主義自体は間違っていない、政府が積極的に介入することで恐慌は起きなくなると主張する修正資本主義が台頭してきた。不況が来たら、政府は公共投資を積極的に行い需要を作ってしまえば、恐慌に陥ることなく景気は再び上向くという考える現代の資本主義を修正資本主義と言う。

 新自由主義 修正資本主義を採った結果、各国の政府は大量の政府債務を抱えて財政破綻のリスクを常に抱えることになったことから、再び政府の介入や規制を撤廃し、すべてを市場に委ねようと興った考え方が新自由主義である。旧来の自由主義と違うのは、グローバル化という国境を越えた経済活動を前提とし、国内政策にとどまらず、世界的な連携による関税障壁撤廃や規制緩和を求めてゆくという点が特徴である。

 豊かな資本主義 現代の先進資本主義国においては、豊かな資本家層も存在するが、国民は貯蓄を持ち労働者であると同時に資本家であるという側面を持っており、階級間対立が避けられない成立期の資本主義とはまったく異なる形になっていることは注目に値すると言えよう。例えば日本の場合を見てみよう。皆保険制度と呼ばれ20歳以上の国民全員が加入することになっている日本の公的年金においては、加入者6700万人で保険料が160兆円以上が積み立てられている。積立金は内外の株式に25%ずつ、内外の債券にやはり25%ずつ運用されている。公的年金加入者は全員が株主である。企業年金も株式に投資をしている。さらに、保険会社は加入者の保険料を積み立て、株式に投資をしている。このように、個人は、自分では意識していないが、間接的に株式を保有しており立派に株主である。国民の貯蓄は金融市場・金融機関を介して民間企業や国の事業に投資されている。これを豊かな資本主義と呼びたい。

以 上

SDGsをめぐって-その3:持続可能な開発目標、日本政府の取組

2015年9月、ニューヨーク国連本部おいて「国連持続可能な開発サミット」が開催され、150を超える加盟国首脳の参加のもと、その成果文書として。「われわれの世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択されると、日本政府はその実施に向けまず国内の基盤整備に取り組んだ。2016年5月に総理大臣を本部長,官房長官,外務大臣を副本部長とし,全閣僚を構成員とする「SDGs推進本部」を設置し,国内実施と国際協力の両面で率先して取り組む体制を整えた。さらに,この本部の下で,行政,民間セクター,NGO・NPO,有識者,国際機関,各種団体等を含む幅広いステークホルダーによって構成される「SDGs推進円卓会議」における対話を経て,同年12月,今後の日本の取組の指針となる「SDGs実施指針」を決定した。
実施方針は、「持続可能で強靱,そして誰一人取り残さない、経済、社会、環境の統合的向上が実現された未来への先駆者を目指す」というビジョンのもと、:①普遍性、②包摂性、③参画型、④統合性、⑤透明性と説明責任という実施原則を定めている。さらに①あらゆる人々の活躍の推進、②健康・長寿の達成、③成長市場の創出、地域活性化、科学技術イノベーション、④持続可能で強靱な国土と質の高いインフラの整備、⑤省・再生可能エネルギー、気候変動対策、循環型社会、⑥生物多様性、森林、海洋等の環境の保全、⑦平和と安全・安心社会の実現、⑧SDGs実施推進の体制と手段という8つの優先課題を掲げ、その課題を達成するための具体的施策を列挙している。
2018年12月の第6回推進本部会合では、日本は,豊かで活力のある「誰一人取り残さない」社会を実現するため,一人ひとりの保護と能力強化に焦点を当てた「人間の安全保障」の理念に基づき,世界の「国づくり」と「人づくり」に貢献していくとした『SDGsアクションプラン2019』を決定した。また、6月末の2019年G20大阪サミットを控えた第7回推進本部会合では,『拡大版SDGsアクションプラン2019』を決定した。
拡大版アクションプランのポイントは、G20議長国として、日本は豊かで活力ある「誰一人取り残さない」社会を実現するため、一人ひとりの保護と能力強化に焦点を当てた「人間の安全保障」の理念に基づき、世界の「国づくり」と「人づくり」に貢献しSDGsの力強い担い手である日本の姿を国際社会に示し、日本がSDGsの世界のリーダーを目指すことを宣言していることである。

SDGs主要課題におけるG20議長国・日本のリーダーシップ
① 質の高いインフラ投資に関するG20原則
  ・インフラの開放性、透明性、債務持続可能性といった要素を重視
② 防災:仙台防災イニシャティブ
  ・防災分野における国際協力の必要性
③ 海洋プラティックごみ対策に関する日本のイニシャティブ
  ・廃棄物管理、海洋ゴミ回収、イノベーションに関する能力強化
④ 気候変動・エネルギー:パリ協定長期戦略のポイント
  ・イノベーションの推進、グリーン・ファイナンスの推進、ビジネス主導の国際展開、国際協力
⑤ 女性:SDGsの担い手としての女性のエンパワーメント
  ・国際女性会議WAW、女性・平和・安全保障(WPS)分野における国際協力、国際協力における女子教育推進、途上国における女性企業家支援、国内の女性活躍推進、G20議長国として女性に関する諸議論を主導
⑥ 保健:国際保健分野における日本のリーダーシップ
  ・保健は人間の安全保障の具現化において重要な分野。保健分野への投資は人々の活力を高め、国の発展に寄与し、社会の安定化につながる
⑦ 教育:持続可能な未来実現のための「教育✕イノベーション」イニシャティブ
  ・イノベーションを生み出すための教育、イノベーションによる教育

以上は拡大版アクションプランの一部に過ぎないが、SDGsの実現には企業の関与が不可欠であることが如実に示されている。SDGsの達成は損得を抜きにした公共事業である。しかも、日本政府は、SDGsに関わる諸事業に対して、省庁横断的に全省庁に対して予算を割り当てている。そのような予算を利用することにより企業はより効率的に事業を行うことができる。このことは、株主始め投資家にとっても絶好の価値創造の機会であることを示している。このことについては、次回、考察することにしたい。

若杉敬明

 

SDGsをめぐって-その2:責任投資原則ESGとSDGs-

GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、2015年9月28日にPRI(責任投資原則)に署名した。GPIFは次のように述べている。「ESGという言葉が知られるようになったのは、2006年に国連のアナン事務総長(当時)が機関投資家に対し、ESGを投資プロセスに組み入れる「責任投資原則」(PRI、Principles for Responsible Investment)を提唱したことがきっかけです。2008年のリーマン・ショック後に資本市場で短期的な利益追求に対する批判が高まったこともPRIの署名機関増加につながり、2019年3月末時点で2400近い年金基金や運用会社などがPRIに署名しています。このうち年金基金などアセットオーナーの署名は432にのぼり、その運用資産残高の合計は20兆ドル以上(約2200兆円)に達しました。
ESG投資に似た概念としては、社会的責任投資(SRI、Socially Responsible Investment)という言葉を聞いたことがある人もいるでしょう。定義の違いについては様々な説明の仕方がありますが、SRIがまずは倫理的な価値観を重視することが多いとされるのに対し、ESG投資は長期的にリスク調整後のリターンを改善する効果があるとされています。このためGPIFにとってのESG投資は、「年金事業の運営の安定に資するよう、専ら被保険者の利益のため、長期的な観点から、年金財政上必要な利回りを最低限のリスクで確保することを目標とする」というGPIFの投資原則に沿い、受託者責任を果たすことができる投資手法であると考えています。」
国連が提案するESGが長期的な投資を行う機関投資家の投資原則として認められつつあるところに、新たに国連がSDGsを発表した。両者にはどのような関係にあるのであろうか。世界の解決すべき課題を環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の3つの観点から考えようというのがESG投資である。そこにSDGsという普遍的あるいは先進国も途上国も抱えている問題が提起された。その問題を解決するためには国レベルの公的な活動でなければできないことも多いが、私的な企業が事業としてできることが多数含まれている。持続可能な世界の実現は営利を目的とする私企業によっても支えられている。資本の観点から言えば、SDGsの世界は事業機会に溢れている。先読みをする投資家がSDGsの実現を加速しようとしていると言える。
世界全体でみるとESG投資は2500兆円を超えていると言われる。これだけの金額がすでに持続可能な世界や社会に貢献する企業に投資されている、ということである。日本では2016年5月20日に安倍総理が本部長、すべての国務大臣がメンバーになり、第1回「持続可能な開発目標(SDGs)推進本部会合」が開催された。それ以降も毎年2回同じメンバーで開催されていて、その過程で日本はSDGsに関わることが決定されている。
2回目の会合で日本が関わるSDGsの内容が明らかにされた。
「持続可能な開発目標(SDGs)の実施指針を本日決定しました。日本は、これまで、持続可能な経済・社会づくりのため、国際社会のモデルとなるような優れた実績を積み重ねてきています。
今回決定した指針には、経済、社会、環境の分野における8つの優先課題と140の施策を盛り込みました。この指針で、世界に範を示し、持続可能な世界に向けて、国内実施と国際協力の両面で国際社会をリードしてまいります。
一点目は、国際保健の推進です。国際保健機関に対し、総額約4億ドルの支援を行う予定です。
二点目は、難民問題への対応です。今般、新たに5億ドル規模の支援を行います。
三点目は、『女性の輝く社会』の実現です。2018年までに総額約30億ドル以上の取組を行います。
来年7月には、国連で我が国の取組の報告も行う予定です。関係閣僚においては、今後も本実施指針の下、緊密に連携し、政府一丸で取り組むようお願いします。」
日本政府は、SDGs関連に9億ドルの支援、30億ドルの予算をつぎ込むことを決めた。つまり日本円にして合計約4000億円を投資すると言っている。これは企業の事業機会を生み、そのことはそれだけの投資が必要であることを意味している。投資家にとってこれ以上のチャンスはないと言えよう。SDGsに関して政府主導でいろいろな取り組みが行われています。次回は、2019年年初に発表した「SDGsアクションプラン2019」に沿って代表的な取り組みを見てみよう。

若杉敬明

SDGsをめぐって-その1:持続可能な開発目標とは-

最近新聞やテレビでSDGs(エスディージーズ)という言葉をよく耳にする。Sustainable Development Goalsの略語である。2000年に国連のサミットで採択された「MDGs(エムディージーズ/ミレニアム開発目標)」が2015年に達成期限を迎えたことを受けて、MDGsに代わる新たな世界の目標として登場したのがSDGsである。2015年9月に国連で開かれたサミットの中で世界のリーダーによって決められた国際社会共通の目標である。
それまでのMDGsは以下の8つのゴールを掲げていた。
ゴール1:極度の貧困と飢餓の撲滅
ゴール2:初等教育の完全普及の達成
ゴール3:ジェンダー平等推進と女性の地位向上
ゴール4:乳幼児死亡率の削減
ゴール5:妊産婦の健康の改善
ゴール6:HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延の防止
ゴール7:環境の持続可能性確保
ゴール8:開発のためのグローバルなパートナーシップの推進 (外務省ホームページより)
それに対して、SDGsの「持続可能な開発目標」とは「17の目標」と「169のターゲット(具体目標)」で構成されている。まず、17の目標とは以下の通りである。
目標1:貧困をなくそう
目標2:飢餓をゼロに
目標3:すべての人に健康と福祉を
目標4:質の高い教育をみんなに
目標5:ジェンダー平等を実現しよう
目標6:安全な水とトイレを世界中に
目標7:エネルギーをみんなにそしてきれいに
目標8:働きがいも経済成長も
目標9:産業と技術革新の基盤をつくろう
目標10:人や国の不平等をなくそう
目標11:住み続けられるまちづくりを
目標12:つくる責任つかう責任
目標13:気候変動に具体的な対策を
目標14:海の豊かさも守ろう
目標15:陸の豊かさも守ろう
目標16:平和と公正をすべての人に
目標17:パートナーシップで目標を達成しよう
(外務省「持続可能な開発目標」(SDGs)について
 https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/pdf/about_sdgs_summary.pdf)
「極度の貧困と飢餓の撲滅」「HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延の防止」などが織り込まれていることからも分かるように、MDGsは先進国による途上国の支援を中心とする内容であった。それに対してSDGsには先進国が抱える社会的な問題も含まれている。もちろん国によって重視すべき目標は異なるであろうが、世界の各国が解決すべき問題が掲げられている。ただし、番号が上がるほど抽象的な表現になっており、目標を読み上げただけでは何をしたら良いのか、何をしなければならないのか分からない。そこで、それぞれの目標がブレークダウンされ、全部で169のターゲットが掲げられている。
たとえば目標1「貧困をなくそう」は次の7つのターゲットに分解されている。
1.1 2030 年までに、現在 1 日 1.25 ドル未満で生活する人々と定義されている極度の貧困をあらゆる場所で終わらせる。
1.2 2030 年までに、各国定義によるあらゆる次元の貧困状態にある、すべての年齢の男性、女性、子どもの割合を半減させる。
1.3 各国において最低限の基準を含む適切な社会保護制度及び対策を実施し、2030 年までに貧困層及び脆弱層に対し十分な保護を達成する。
1.4 2030 年までに、貧困層及び脆弱層をはじめ、すべての男性及び女性が、基礎的サービスへのアクセス、土地及びその他の形態の財産に対する所有権と管理権限、相続財産、天然資源、適切な新技術、マイクロファイナンスを含む金融サービスに加え、経済的資源についても平等な権利を持つことができるように確保する。
1.5 2030 年までに、貧困層や脆弱な状況にある人々の強靱性(レジリエンス)を構築し、気候変動に関連する極端な気象現象やその他の経済、社会、環境的ショックや災害に暴露や脆弱性を軽減する。
1.a あらゆる次元での貧困を終わらせるための計画や政策を実施するべく、後発開発途上国をはじめとする開発途上国に対して適切かつ予測可能な手段を講じるため、開発協力の強化などを通じて、さまざまな供給源からの相当量の資源の動員を確保する。
1.b 貧困撲滅のための行動への投資拡大を支援するため、国、地域及び国際レベルで、貧困層やジェンダーに配慮した開発戦略に基づいた適正な政策的枠組みを構築する。
(外務省仮訳「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための 2030 アジェンダ」より //www.mofa.go.jp/mofaj/files/000101402.pdf)
2006年、当時の国連事務総長であるアナン氏が金融業界に向け、責任投資原則(PRI)を提唱したことは今やよく知られている。
1.私たちは投資分析と意志決定のプロセスにESGの課題を組み込みます。
2.私たちは活動的な(株式)所有者になり、(株式の)所有方針と(株式の)所有慣習にESG問題を組み入れます。
3.私たちは、投資対象の主体に対してESGの課題について適切な開示を求めます。
4.私たちは、資産運用業界において本原則が受け入れられ、実行に移されるように働きかけを行います。
5.私たちは、本原則を実行する際の効果を高めるために、協働します。
6.私たちは、本原則の実行に関する活動状況や進捗状況に関して報告します。” (「責任投資原則」より)
ここで提唱されたのは、機関投資家(大規模な投資を行う企業・金融機関などの投資家)が投資をする際に、ESG[環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)]課題を反映させることである。つまり、投資家は企業への投資をする際に、その会社の財務情報だけを見るのではなく、環境や社会への責任を果たしているかどうかを重視すべきだという提言が国連によってされたのである。
わが国では日本では、2010年にGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がPRIに署名した。日本企業は世界最大級の機関投資家から、汚染物質の排出状況や商品の安全性、供給先の選定基準や従業員の労働環境等々という、ESGにもとづく非財務情報の開示を求められるようになった。SDGsはいま日本企業にとって、ESGを考える上での大きな指標になっているということができる。(以下次回)

若杉敬明

ベストプラクティスとベンチマーキング-現代のコーポレートガバナンス規整-

ベストプラクティスとは、世間が行っている最善と思われる実務をいう。最善と言ってもどういう意味で最善かと言うことが問題になるが、企業社会においては好業績を上げている企業の実務で多くの人から見て確かに合理的であると納得できる実務と考えれば良いであろう。ベンチマーキングとはベストプラクティスに至っていない企業が、ベスト・プラクティスをお手本として、自社の実務を再構築することをいう。

コーポレートガバナンス先進国の英米では、会社法のコーポレートガバナンス規整はシンプルであり、基本的には、株式会社においては、株主が株主総会で取締役を選任し、取締役が構成する取締役会が事業に関する意思決定を行いそれを執行すると定めているだけである。それに、ロンドン証券取引所やニューヨーク証券取引所が、多くの優良企業が行っている優れた実務つまりベストプラクティスを参考に、取引所の上場規則により独立取締役および指名・報酬・監査の三委員会からなるガバナンスシステムを推奨している。ここで重要なことは、取引所規則による強制ではなく、”Comply or Explain”方式で普遍化しようとしていることである。この方式の意義については別の機会に譲ることにして、以下では現代のコーポレートガバナンスの理念とベストプラクティスを整理する。

コーポレートガバナンスのベスト・プラクティスを詳述しているのがJCGRのコーポレートガバナンス原則であるが、ここではコーポレートガバナンスに関するJCGRの考え方の概略を紹介する。

コーポレートガバナンスとは

株式会社の前身は多額の資金を集め大規模な事業を行う会社である。会社法では、株式会社の他に合同会社、合名会社、合資会社が会社として定められている。小規模な事業を行うことが前提とされているこれら三社においては、出資者自身が経営者として会社を経営することが原則になっている。しかし、出資者つまり株主が多数いる株式会社においては、株主は株主総会で取締役を選任し、取締役が構成する取締役会に株式会社経営を委ねることになっている。ここで取締役は株主であることが要件とされていない。つまり、極言すると、株主は多額の資金を預けて赤の他人に会社経営を任せることを意味する。

他方、会社法は、会社の目的は営利であるとして、営利を確保するためにさまざまな仕組みを定めている。たとえば、監査役会設置会社、指名委員会等設置会社、そして監査等委員会設置会社という3タイプの取締役会制度である。取締役が、取締役会の職務を通して営利を確実に行うように規整している。ここで営利とは、事業を行うことにより利益を上げ、それを出資者である株主に分配することである。株主にとっては、利益は多い方が良いので株主は、取締役会が利益の最大化を追求することを望む。ただし、事業にはリスクがともなうので、短期的な最大化でなく長期的な最大化が重要である。これを株主価値の最大化という。取締役会は、株主により長期的な観点からの利益最大化つまり株主価値の最大化が期待されていると考えなければならない。もし取締役会がその期待に応えなければ、次の株主総会で現在の取締役は選任されず、株主価値の最大化を目的とする取締役が選任されることになるであろう。

株主の期待は株主価値最大化を追求する取締役会であるが、その構成員である取締役は必ずしも株主ではない。開示制度により会社の重要な情報は株主に開示されることになっているが、取締役は会社の中にいて会社内の事情をよく知っているが、株主は会社の外にいるので、取締役や取締役会のすべてを知ることはできない。それゆえ、取締役会が株主にとって最善の経営をしてくれるとは限らない。会社法はそのことを前提として、いろいろな仕組みを定めている。それが上述の会社法のコーポレートガバナンス規整である。

コーポレートガバナンスのベストプラクティス

世界的なコーポレートガバナンス改革の流れは1990年代に始まるがその中で生まれてきたベストはプラクティス次のような構成になっている。

1.【独立取締役】取締役会を構成する取締役は独立取締役を過半の多数とする
2.取締役会は取締役とは別人の執行役員を選任する。執行役員の最上位をCEOと呼ぶ。
3. 取締役会は、株主の利益に重大な影響を及ぼす事業上の意思決定(業務意思決定)を行うが、業務執行はCEO以下の執行役員に委ねる。
4. 【三委員会】取締役会は、下部機関として、指名委員会、報酬委員会および監査委員会の三委員会を設置し権限を委譲する。
5. 【指名委員会】取締役会は、執行役員のトップであるCEO(最高経営責任者)以下の重要な(業務)執行役員を選任する。CEOは業務執行の責任者として、重要な意思決定やリーダーシップに責任を負うので、それに相応しい優秀な人材でなければならない。取締役会の構成員つまり取締役もそれに対応しうる優秀な人材でなければならない。そこで、CEO以下の経営陣から独立でかつ優秀な人材を取締役として選任するために、取締役会は独立取締役から構成される指名委員会を組織し、株主総会に提出する取締役候補者のリスト作成を委ねる。
6.【報酬委員会】CEO以下の執行役員として、CEO以下優秀な人材が選任されても、株主価値の最大化に向けて動機づけされていなければ、株主にとって何の意味もない。すべての執行役員に共通で、かつインセンティブとして有効なのは経済的価値のある報酬であるとして、経営陣一人ひとりに対してインセンティブ報酬を設計するのが現代のコーポレートガバナンスのベストプラクティスである。
7.【監査委員会】利益の追求、株主価値追求のプレッシャーが強いと、経営陣は不正経理を行ったり虚偽の財務報告をしたりして業績不振を隠蔽したり、あるいは自己の利益を詐取したりという不正を犯しがちである。また、経営陣でなくても、会社の現場のあちこちで不正が行われたり、過誤の実務が行われたりする。内部統制に気を配っていてもどうしてもこのような内部統制違反の事故は避けられない。そこで、内部統制が正規に行われているかを検証する内部監査が不可欠である。内部監査が正しく行われるためには、内部監査人として優秀でかつ独立な人材が確保されなければならない。内部監査人の独立性を検証するのが監査委員会の使命の一つである。他方、経営陣には株主およびその他のステークホルダーに対して財務情報の開示-ディスクロージャー-が強制されている。開示情報の適正性を確認するのが監査委員会の第二の使命である。さらに、財務情報に関しては、独立な外部監査人による会計監査が法 律によって求められている。外部監査人の独立性を検証するのが、監査委員会の第三の使命である。

独立取締役から構成される三委員会によって、優秀な経営陣を構成し、株主価値最大化のために株主価値創造を目指す機能が、現代のコーポレートガバナンスである。

若 杉 敬 明

役員報酬制度改革、なぜ業績連動報酬が必要か

アベノミクスのコーポレートガバナンス改革の潮流の中で誕生した東証のコーポレートガバナンス・コードが、指名・報酬などの任意の委員会の設置を求めたり(4-10①)、あるいは取締役会が役員報酬の決定に当たっての基本方針と手続きを取り上げたり(3-1)、業績連動報酬・現金報酬・自社株報酬の割合に関心を持つことを勧めたりで(4-2①)、企業の役員報酬に対する関心が急速に高まっている。これまでアメリカの役員報酬とくにCEOの高額な報酬には関心を持っていたが、日本企業の多くは他人ごと受け取ってきた。その一方で、メジャーリーグに移籍した日本人選手の高額な報酬やプロゴルファーが稼ぐ高額な賞金は抵抗なく受け容れてきた。優秀なアスリートが多額の報酬を得るのは当然だと考えるなら、良い製品で企業を成功に導き、顧客や従業員や株主に多大な恩恵をもたらす優秀な経営者が高額な報酬を得ることが、なぜ悪いことなのであろうか。

ファミリー企業、オーナー企業の経営者も多額の所得を享受している。彼らが社会的な常識や倫理に合致している経営を行っている限り、誰も文句は言わない。むしろ、好業績を上げているそれらの企業では、同業他社よりも高い給料やボーナスを得て、従業員も恩恵に与っている。しかし、いわゆるサラリーマン経営者が多額の報酬を得ると、途端に白い目で見られる。多くの人は、オーナー経営者は自分たちと異なる人種であるが、サラリーマン経営者は自分たちの同類だと考え、嫉妬を感じるのであろうか。

このようなわが国独特の株式会社観が支配するもとで、コーポレートガバナンス改革の一環として、法定にせよ任意にせよ報酬委員会を機能させるためには、あるいは役員報酬制度を設計するためにはどのような工夫が必要であろうか。

機会平等と結果平等

わが国では、機会平等ではなく結果平等の考え方が支配的である。職業を例にとって考えて見よう。前者の考え方は、すべての人に等しく機会が与えられており、会社であれば、自分の能力や考え方にあった仕事を選ぶことができるという仕組みである。仕事によって報酬が違う場合には、ある仕事に就いた人はその仕事独自の報酬で我慢しなければならない。高い報酬を臨む人は、高い報酬が得られる仕事に就けるよう自分の能力を高めるか、あるいは価値観が異なる仕事でも諦めてそれに従事するかしなければならない。
結果平等の典型は、同じ会社のばあい、入社年次が同じであれば、同じ報酬をもらうという年功序列方式である。ある意味では公平に見えるが、個人個人の能力や好みなどが無視されており、実際には不公平であるとも言える。

結果平等は、いわば社会主義の考え方で、「持てる者」が作られず「持たざる者」から構成される社会である。怠け者には心地よい社会であるが、有能な人にとっては苦痛の社会である。その意味では、機会平等の社会は、「能力を持つ者」には快適な社会であるが、「能力を持たざる者」にとっては過酷な社会である。しかし、機会平等の下では一人ひとりが持つ能力が適正に利用されることになるので、効率的な社会が実現する。しかし、他方で人々の間に所得の不公平が生ずる。時代に合った能力に恵まれ高い所得に得られるか否かは、自分にはコントロールできない生まれつきの能力や性格に依存する部分が大きいからである。もちろん、持って生まれた能力を生かす本人の努力にもよるであろうが、運不運の要素も大きい。したがって、国の社会保障制度などが不可欠になる。また、高額の報酬を得られる者は、多額の税金を納め貧しい人を助けることを可能にする税金の制度を設けることと同時に、寄附などを通じて社会的弱者を補助したり救済したりすることが社会的義務であるという意識を国民の間に育むことが重要である。

年功序列報酬vs業績連動報酬

上述のようにわが国の年功序列の制度は結果平等に基づいている。それに対して、コーポレートガバナンスのベストプラクティスとして採用されている業績連動報酬などによるインセンティブ報酬制度は機会平等の精神に基礎を置いている。コーポレートガバナンス・コードが報酬委員会を謳い業績連動報酬や株式報酬を唱えるのは、まさに結果平等の社会に機会平等を持ち込むことを意味する。その意味では、伝統的な日本的な考え方に馴染んでいる、役員報酬制度の担当者はどのように対応してよいのか戸惑うのではないだろうか。

戸惑いから抜け出すために担当者がまず理解しなければならないのは、従来の制度における弊害である。確かにこれまでも役員に対するボーナスなどがあり業績連動報酬も行われてきた。あるいは近年ではストックオプションが導入され株式報酬も広まってきた。しかし、固定給に対する業績連動報酬の変動部分の割合が小さく、業績連動報酬分のリスクは固定報酬を脅かすほどではないケースがほとんどである。このような役員報酬制度の下では、従業員が会社で一生懸命働くインセンティブは会社から受ける処遇つまり出世であり、まずは取締役になること、そして次に社長に昇進することである。このような仕組みの中では、社長であることのプライドは何にも代えがたいインセンティブであろう。交際費やゴルフの会員権などのインセンティブもあろうが、最大のメリットは社長の座そのものである。社長にとってもっと恐ろしいことはその座を失うことである。

リスクの下での行動原理に、期待損失最小化原理というものがある。これは、利益を得るチャンスと損失を被るリスクとがある代替案があるとき、利益を無視して損失だけを想定し、損失が最小である代替案を選択する行動原理である。

利益を追求して新しい事業などにチャレンジしなければならないばあい、チャレンジにはリスクをともなう。チャレンジに失敗したばあい、社長の座を降りなければならないとしたら、期待損失最小化原理の下では、社長の座を降りるリスクがない「何もしないこと」を選択することになる。また、会社の中で過去の不祥事が見つかったとする。それが明るみに出たら自分が責任をとらざるを得なくなり、社長の座を降りなければならなくなるとしたら、リスクをゼロにできると考えて不祥事を隠蔽しようとするであろう。また、業績が予想以上に悪化していたばあい、社長の座を守るために粉飾決算に走るかも知れない。しかし、粉飾が明るみに出れば、かえって会社を危機に追い込んでしまい、社長の座を失うばかりでなく、会社の存続さえ危うくするかも知れない。それにも関わらず、実際ここで上げたような例は頻繁に発生してきた。日本の経営者の不祥事は、金銭が絡まないので、経営者の私欲によるものではなく、会社を思ってのことだと弁護する意見もあるが、このように考えれば自己保身というエゴに他ならない。経営者の不祥事などは役員報酬制度の欠陥によるところが大きいのではないだろうか。

報酬委員会の設立の提案

現代の企業の多くは、企業の大小にかかわらず、技術進歩とグローバル化により厳しい競争環境に晒されている。そのような企業においては、優秀な経営者が、企業を牽引する強い意欲を持ちリーダーシップを発揮しなければ競争に勝ち抜き生き残って行くことができない。経営者にそのような意欲を持たせるにはどうしたらよいのであろうか。

マズローのいう低次元の欲望が満たされている現代人の少なからぬ人々は、高い自己実現欲を持っている。自分の能力を最大限発揮し自分のプライドを充たそうとする。企業人であれば、企業人として活躍し会社の事業に貢献できれば誇りを持てるであろう。企業人の中でも経営者と言われる人であれば、良い企業戦略を策定し他社との競争に勝ち良い業績を上げることであろう。その時に、経営トップに上り詰めることという非金銭的な報酬だけで経営者が評価される場合には、上に述べたような弊害を招きやすい。

会社法は、会社の目的は営利であると前提としている。営利とは、事業を行って利益を上げそれを出資者に分配することである。現代の企業はゴーイングコンサーンを前提としているから、利益と行っても短期的なものではなく長期にわたる利益である。株式市場では企業があげる長期的な利益を予想して株価が形成される。企業が新しい事業機会を開拓し継続的に利益を拡大していけば株価が上昇する。それはまさに株主の財産価値を殖やすということである。これが株主価値創造である。株主総会で選ばれた取締役が構成する取締役会で選任される社長以下の経営陣の役割はまさに株主価値の創造である。経営者の評価は株主価値創造によってなされるべきである。それが役員の株式報酬制度の意義である。

経営陣に加わることが、できればトップの社長になることが、企業人の最高の報償だとされる社会では役員の株式報酬制度は意味を持たない。「株主価値創造に貢献した経営者は株主価値創造に比例して報酬をもらう。だから高額の報酬をもらっている経営者が優秀な経営者である」という経営者評価が確立している社会でなければ、役員の株式報酬制度は意味を持たない。アメリカでは、賞金を稼ぐプロゴルファーが優秀なゴルファーと評価され、高額な契約金でチームに入る選手が優秀なアスリートだと評価されるのと同じように、高額の報酬を稼ぐ経営者は優秀な経営者と評価される社会的な土壌がある。しかし日本では、スポーツ選手や芸能人は報酬の多寡で評価されるが、冒頭で述べたように経営者とくにサラリーマン経営者についてはそうではない。

そのような社会的風潮の背後には、「企業の目的は利益を上げることだ」ということが日本人の共通の観念になっていないことにあるのではないだろうか。企業は利益を上げることにより、従業員に他社より多くのボーナスを払うことができ従業員の忠誠心を得ることができる。また研究開発などを積極的に行うことが可能になり、優秀な新製品で社会に貢献し、かつその貢献大きな利益を上げることができるという好循環を享受することになる。日本の企業が、グローバル競争の中でランクを下げ続けているのは、つねに最善を尽くして利益を追求するという精神が、日本の経営者に乏しいからである。これを変えなければならない。アベノミクスのガバナンス改革の意義はそこにある。

業績連動報酬に慣れていないということで消極的になっていては、世の中は一向に変わらない。逆に多くの企業が、株式報酬により経営者に株主価値創造に邁進してもらうようになれば、瞬く間に企業社会は変わるであろう。

では、企業はどのようにして変わったら良いのであろうか。業績連動報酬などのインセンティブ報酬制度を素直に受け容れられる会社のばあいには簡単である。まず①役員報酬の基本方針を決め、その後に②基本方針に則した業績連動報酬決定方式を定めれば良い。

しかし、業績連動報酬などのインセンティブ報酬に直ぐには馴染めない会社のばあいには次のようにしたらいかがであろうか。
①法定、任意にかかわらず報酬委員会を組織する

②報酬委員会は、社長や前社長にヒアリングをし、現在行われている個別の役員報酬決定方式を明確にする

③それを報酬委員会として共有し、その方法の意義や問題点を解明する

④十分な分析が行われたら取締役会に現行役員報酬制度に対する評価を報告し、役員報酬制度を取締役会として共有する

⑤このようなことを数年続けていけば、取締役会の役員報酬に関する理解や取り組みも変化していくのではないだろうか。世界のコーポレートガバナンス改革の潮流とはかけ離れているが、まず一歩を踏み出すための方策として提案したい。

若杉敬明

わが国企業経営の課題

わが国の企業経営の現状

1.はじめに-共通な制度としての資本主義と株式会社-

資本主義とは、一般に①自由経済とその下で働く競争原理、②競争にもとづく市場原理、③営利を目的とする民間企業による経済の運営、および④私有財産制度の下で出資者によつ企業の私有、等を特徴とする経済制度である。もちろん、人間が作る制度であるからそれぞれの国の歴史や文化によってさまざまなバリエーションがある。株式会社とは、株式平等原則のもとで均等な内容を持つ株式という権利と引き替えに出資を受ける企業形態で、①法人格、②出資者の有限責任、③株式の自由譲渡性、④所有と業務執行の分離、および⑤株主による所有を共通の特徴とする世界的な制度である(1)

注1)若杉敬明『新版入門ファイナンス』中央経済社2011年 第2章「資本主義と株式会社制度」

このように、資本主義においては、出資者が企業の所有者であり、出資者が所有に基づいて会社に対する支配権(ガバナンス、コントロール)を有する。株式会社においては株主が出資者であるから、株主が会社の所有者であり、株主が会社を支配できる。ここで支配とは、(a)会社を自ら経営すること、あるいは(b)他者に経営を委ねることである。多数の株主の存在を前提とする株式会社制度においては、後者の(b)が採用され、株主は自ら会社を経営せず、株主総会で取締役を選任し、取締役会に会社の経営を委ねる。ここで、取締役は「株主であることを前提としない」ということが株式会社制度の特徴である。つまり、株主は自らの代理人として第三者を選任し、経営を委ねることになっている。ここにコーポレート・ガバナンス問題の原点がある。つまり、株主は代理人をどのように監督-ガバナンス-し、代理人に株主の意向に沿った経営をさせるかという、エージェンシー問題である2

注2)資本主義を採るわが国は、民間企業の活動により、国民が必要とする財・サービスの生産・流通を行い、その過程において付加価値の生産=所得の創出することを、経済の原則としている。企業形態の中心として会社を制度化し、小規模な事業活動については持株会社として、合名会社、合資会社、合同会社を定め、大規模な事業を行う会社については株式会社を定めている。

エージェンシー問題の解決策として、現代採られている方法は次のガバナンス体制である。株主は、(a)株主に対して忠実で、他のステークホルダーからは独立な取締役を選任し、(b)取締役会は、取締役とは別人を執行役員(経営者)として選任し会社の経営を委ね、(c)独立取締役を中心とする取締役会は株主のガバナンスを代行し、執行役員の経営ぶりの監督に徹するというのが「現代の潮流」である。これを「出資者(株主)と業務執行者(経営者)の分離」あるいは「ガバナンスとマネジメントの分離」という。

2.わが国の資本主義観と株式会社観

会社法は会社の目的が営利であることを前提としているとするのが通説である。営利とは事業を行い、利益を上げてそれを出資者に分配することである。出資者にとっては、当然利益は多いほどよい。株主は、利益を求めて会社に出資を行うと考えるのが自然である。したがって、会社の目的は株主利益の追求であるべきである。ただし、(a)現代の社会はゴーイング・コンサーンを前提としており、かつ(b)株主総会で積極的に議決権行使を行うのは、年金、財団などの分散投資・長期保有を原則とする機関投資家であるので-わが国は先進国の中でも例外的であるが-、企業は長期的な利益を考えるべきであるとされている。このような市場観から、企業の目的は株主価値創造、株主価値最大化とされる。

それに対して、経営者の主たる目的は、現在の地位の安泰と安定的な報酬であると考えられる。しかし、株主価値を創造して行くためには、現代の厳しい競争環境の下では、経営者は絶えず新しい事業機会を開発し、その事業に投資を実行し、利益を実現して行かなければならない。従来の事業にこだわっていては、次々と現れる競争相手に利益を奪われてしまうからである。したがって新しい事業を開発する必要がある。新しい事業にはリスクをともなう。しかし、そのリスクを恐れていては利益を機会は巡ってこない。経営者は、自らの利益と株主の代理人として株主価値創造との間で板挟みになり、可能であるならば、敢えてリスクを取るような経営をしたがらないであろう。しかし、株主は、経営者に対して、リスクを取る経営を望むであろう。もちろん、ただリスクをとれば良いのではなく、株主が望むのはリターンに見合ったリスクでなければならない。かくして、明らかに、株主と経営者とでは利害が反する。経営者に対する何らかの仕組みが必要である。そこで、経営者の報酬を株主の利益と一致させるために、株主の利益と関係の深い業績指標と、経営者の報酬とをリンクさせるという業績連動報酬が多くの国で採用されている。これが、いわば現代企業のベスト・プラクティスである。

私見では、わが国には①企業の目的-営利-に関する社会的認知が株式会社制度とずれている、それに対応して②経営者に対する合理的な動機づけの仕組みがなく、経営の劣化を招いているという問題がある。

以下は、今世紀に入ってからの私の個人的体験、つまり①上場会社のコーポレート・ガバナンスに関する継続的調査3、②上場会社の取締役・監査役の経験、③ミシガン大学ロス・ビジネススクールGlobal MBAプログラムのFaculty Adviserの経験、等々に基づく「日本の経営とガバナンス」論である。ここで指摘するようなことが日本経営を駄目にしてきたのであり、この問題を解決することこそがアベノミクスの課題であると考える。「良質の経営を導く」のがコーポレート・ガバナンスの機能であり目的だからである。

注3)http://www.cg-net.jp/jcgr/survey.html

3.日本社会の問題

 日本は資本主義国であるにもかかわらず、資本主義とはいかなる原理・原則に基づくものであるかが理解されていない。さらに、資本主義のもとにおける株式会社についても正しく理解されていない。上述のように、資本主義では、私有財産制度のもと原則として企業は出資者の私有財産であり、企業の所有者は出資者である。したがって、株式会社に対するガバナンスつまり支配権は株主が所有する。これが株主のガバナンスであるそれにもかかわらず、「会社は誰のものか」、「会社は従業員のものである」というような不毛な議論が依然として繰り返されている。

 企業の健全な事業活動によりすべてのステークホルダーが恩恵を受ける。ただし、企業がすべてのステークホルダーを尊重(respect)し、資本主義の大原則である市場原理に基づいた取引をおこなう限りである。その意味で企業はみんなの(ための)ものであるが、制度上は株主の私有財産-法律上でなく経済的事態として-であるから、株主が私有財産から最大限の利益を得ようとすることが許される。市場原理が遵守される限り、企業の利益追求が、結局は、すべてのステークホルダーつまり社会の利益に貢献するのである。わが国ではこのことが理解されず、企業が利益を追求することが、社会に広く受け入れられているとは言えない。サラリーマンの人たちも、自分の会社の利益が大事であることは身に染みて分かっているが、株主価値最大化ということには抵抗を感じる人が多い。これはもっともなことである。サラリーマンは、直接の責任としては自分の仕事を一生懸命やれば良いのであり、サラリーマン一人ひとりの仕事を企業の利益につなげるのは経営者の役割だからである。一方で、サラリーマンも公的年金である厚生年金や企業年金を通じて株主である。株主の利益にもう少し敏感になっても良いことも事実であると考える。

 株主利益の追求に一生懸命にならなければいけないのは、株主から会社を預かっている経営者である。そうは言っても、経営者自身も自分は株主の代理人であり、株主利益を追求するのが自分の唯一の使命であるとは考えたくないであろう。だからこそガバナンスが必要なのである。経営者の思いとは関係なく、株主利益を追求したくなるような仕組みが必要なのである。これが後述のガバナンス・システムによる経営者に対する動機づけである。

 多くの企業がウエブサイトで、経営者の「経営理念」や企業の「行動指針」を掲げ、企業は株主のためのみでなく、社会のために貢献することを謳っている。経営者が自らに対して、そして従業員に対して、自分たちは株主の奴隷ではないことを自らに納得させるためと理解できるのではないだろうか。

 最近は日本の経営者も「株主」、「株主利益」ということを、以前に比べれば頻繁に口にするようになったが、経営者から次のような言葉をよく聞く。「株主、株主というけれど、機関投資家には顔がない。そんな株主をなぜ大事にしなければならないのか?」「個人投資家には顔があるけれど、個人株主は買ったり売ったりで定まった顔がない」、こんな状況では株主を大事にできない。株主がそこに期待しているのは基本的には「利益の分配」、そしてそれにともなう「株価の値上がり」である。誰が株主であるか、どんな顔を持っているかは経営者には関係のないことなのである。経営者は株主価値の向上を心がけていれば良いのである。このことも日本の経営者にも一般の人にも理解できないことの一つのようである。

 長々と述べてきたが、ここで問題提起しておきたいことは、株主利益に対する社会的認知がないことから、わが国では経営者に対する業績連動報酬に対する理解がないのではないかということである。このことが、日本の企業経営を麻痺させているように実感するからである。

4.リスクをとれない経営

 平成20年度年次経済財政報告(経済財政政策担当大臣報告)-リスクに立ち向かう日本経済-平成20年7月 内閣府も指摘するように、日本の企業はバブル崩壊以降リスクがとれなくなっている(4)

注4)http://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je08/08b02010.html as of 2014/09/14

 1980年代まで高度成長のもとで資金不足に悩んできた銀行も企業も、80年代の好況で豊富な内部資金に恵まれ、かつ成長率の低下に伴う資金需要の減少で資金過剰に悩まされた。銀行は貸出先の減少に悩まされたが、企業は資金調達に制約されずに設備投資等ができる自由度を獲得した。企業は、好調な株価を背景に時価発行による資金調達を積極的に行った。金融の国際化で海外からの社債調達ができるようになったことも大きな要因である。企業は高度成長のもとで常に資金調達難に悩まされ、銀行に頭を抑えつけられてきたが、むしろ銀行に対して優位をもてる企業が多数出てきた。多くの企業が銀行から解放されたのである。

 持ち慣れないカネを持てるようになった企業は、投資の採算を度外視して投資を行った。企業が、投資利益率(ROI)が資本コストを超えた投資を行えば株主価値を創造するが、資本コストに達しなければ株主価値を破壊する。株式市場がそのことに気付くと株式市場は暴落する。それが1990年以降の株価下落であり、バブルの崩壊である。

  1990年以降、多くの企業が不採算投資の処理に追われた。その結果、銀行は不良債権問題に悩まされ、銀行は機能しなくなり日本経済全体が麻痺した。その結果、1990年代以降は「失われた10年」とも「失われた20年」ともよばれている。この経験は日本企業に多くの負の遺産を強いたと思われるが、その最たるものは、「リスクをとれなくなった経営」の定着である。

不況の中で企業の利益つまり株主利益に対する社会の関心が高まったこともあり、経営者は事業の失敗による利益の減少というリスクを極度に恐れている。企業が営利を追求し株主価値を創造するためには、新規の投資をしなければならない。当然、投資には利益が伴うがリスクもともなう。合理的な判断によりリスクをとる勇気がなければ投資はできない。この臆病が日本企業を駄目にしてきたのではないだろうか。

 将来に目を向けるならば、アベノミクスの成長戦略は、新規の成長分野を示し企業に新規投資を促す政策である。経営者がリスクを取ることに臆病であっては、アベノミクスの成功はおぼつかない。

5.インセンティブシステムの欠如

 株式会社制度を採る国の多くでは、経営者報酬は固定報酬と業績連動報酬との組み合わせであり、かつ後者のウエートが大きいという報酬制度が採られている(*)。

(*) タワーズペリン編『「経営者報酬」の実務詳解』中央経済社 2008年3月

 組織における人間行動の心理学的分析の第一人者として知られているビクター・ヴルームの「仕事とモチベーションに関する期待理論」によれば、人間が仕事をするときのモチベーションの強さは、①努力をすれば望ましい結果が得られるという期待、②その結果に対して報奨が与えられるであろうという期待および③報奨は自分にとって望ましいであろうという期待という三つの主観的期待の積として説明することができる。ここでは報奨とその主観的な価値が重要である。

 多くの国-とくにアメリカの-のビジネス界では、「優秀な経営者は業績連動報酬制度のもとで結果的に高い報酬を得る」、逆に「高い報酬を得る経営者は優秀な経営者である」という経営者観、価値観が定着している。もちろん、経営者にとっても報酬は高い方が良い。さらにこのような価値観の下では、高い報酬を得れば経営者としてのプライドも満足される。さらに、社会的貢献として報酬の一部を寄付すれば、人間としてさらに高い社会的評価を受ける。

 そこで、株主と経営者の利害の不一致を解消するために、①株主利益に連動する企業業績指標にリンクした業績連動報酬や②株主の利益を直接に表す株価と連動する、ストック・オプションなどの株式報酬が活用される。①であれば、業績目標を達成するか否かで、②のストック・オプションであれば株価が権利行使価格を超えるか否かで、経営者報酬は大きく異なることになる。目標管理と業績連動報酬が巧みに組み合わされているわけである。

 業績連動報酬の経営者は、ビジネス・リスクを負担し報酬が変動する。ハイリスク=ハイリターンということで、業績連動報酬のもとでは、経営者の報酬は高額になる傾向がある。しかし、業績を伸ばし株価を上昇させていくためには、企業は新規投資をしなければならないのでリスクにチャレンジせざるを得ない。したがって、業績連動報酬は経営者がリスクを取ることを促進する効果があり、株主価値創造に適しているが、他方で、経営者が「過度のリスク」-リターンに見合った以上のリスク-を取る方に走る傾向も無視できない。リターンに見合った以上のリスクということは採算が合わない-投資利益率は資本コストを下回る-投資ということであるから、株主価値を破壊することになる。そこで、最近のアメリカでは、過剰にリスクを取ることを抑制するために、経営者に年間報酬の数倍の金額におよぶ自社株保有を義務づける傾向が顕著になってきている。

 わが国でも、最近は役員に業績連動報酬やストック・オプションを付与するケースは多い。上場企業の過半がストック・オプションを採用していると思われるが、固定報酬部分に対する割合はきわめて小さい。経営者の報酬は、事実上、固定報酬であると言っても過言ではない。報酬のリスクが小さいので報酬額も低い。このような環境のもとでは経営者はリスクを取って最大限成長を追求するインセンティブは働かない。これが日本の経営者-とくにサラリーマン経営者(ファミリー企業などのオーナー経営者ではないという意味)-の伝統である。

 1980年代半ばまでの、投資機会は豊富にあるのに資金調達が困難であった時代は、このような報酬制度は何の問題も引き起こさなかったが、資金に比して投資機会が少ない状況では、投資に対するインセンティブが働かないということは、致命的な問題ではないだろうか。

 このことはまた、経営者の評価が報酬等による客観的基準に基づかないため、経営者の選抜基準が「利益を上げる経営能力」になっていないという重大な問題を引き起こすとともに、後任の指名が現社長の頭の中というブラックボックスで行われ、米国のように取締役会に対する透明性が確保されないと重要な問題につながっている。

6.経営者のリーダーシップ・パターン

 2001年以来私は、ミシガン大学ロス・ビジネススクールMBAの1クラスであるGlobal MBA Programのファカルティ・アドバイザーを務めており、毎年30人前後の日本人受験生の入試面接を行っている。原則として企業派遣生が対象のプログラムであるので、企業の大小はあるが、受験生は企業の在籍者である。ロス・ビジネススクールの教育理念の一つは企業リーダーの育成であるので、私には面接で受験生とリーダー観について議論をすることが要請されている。

 リーダーシップ論の世界では、リーダーシップには二つの基本要素があることが知られている。一つは業績志向型(P型;Performance type)でありもう一つは組織維持型(M型;Maintenance type)である。当然、経営者のリーダーシップには、当然これら二つの要素が必要であるが、安定した経営環境のもとではM型がより重要であり、変化の激しい環境の下では、将来を見通して企業を導いて行く必要があるので、P型のリーダーシップがより重要である。現代のように厳しい環境のもとでは当然、P型のリーダーシップが強く要請される(5)

        注5) http://www.ritsbagakkai.jp/pdf/414_03.pdf

 私が「あなたの身近にリーダーシップのある人がいますか」と質問すると、ほとんどの受験生が「います」と答え、重ねてP型かM型かをたずねると9割以上が「M型」と答える。さらに「あなたはどちらのタイプのリーダーを目指しますか」と質問すると、ほとんど全員が「M型」と答える。

 M型は、極論すればみんなが仲良くチームプレーできるような環境作りのリーダーである。現代の変革の時代を乗り切るために、まず必要とされるのは、長期的観点からこれから何をすべきかを示せことができるP型のリーダーシップなのである。つまり、戦略志向的なリーダーシップである。ところが日本ではこのタイプのリーダーシップが不足しているのである(6)

注6)製造業では、経営者に関して「プロダクト派」「プロセス派」という言葉がよく聞かれる。後者が、既存の製品に関して工程管理等の合理化・化以前などで利益を出してきた会社に貢献してきた経営者を言うのに対して、後者は新製品を生み出して会社の利益に貢献してきた経営者を言う。わが国の経営者の基本的なタイプはプロセス派であることは容易に想像が付く。リーダーシップの型とは直接結び付かないが、経営マインドとしては、プロダクト派がP型、プロセス派がM型に通ずるのではないかと感じている。

7.戦略的経営の欠如

 今や技術革新とグローバル競争とで経営環境の変動および競争が厳しくなっている。このような環境のもとで、企業が長期的観点から株主価値創造を続けて行くためには、経営者には①世界経済、自国経済および自産業の将来を見通し、②企業ドメインを確定したのち、③経営理念を確立し、④それをビジョン化するとともに⑤ビジョンを実現する戦略を立案することが不可欠である。しかるに、わが国企業のウエブサイトを見ても、明確・具体的な経営理念の説明は少なく、またビジョンも抽象的であることも多い。同様に、戦略を具体的・詳細に開示している企業も少ない。

 社外取締役の経験者に聞くと、取締役会で経営戦略が取り上げられ議論されることはほとんどないということである。私の経験でもほとんど記憶にない。取締役会は、原則として法律で決まった案件を取り上げるだけだからである。戦略の決定や見直しは、株主の利益に大きな影響を与える業務の意思決定に入るはずであるから、会社法の精神に則るならば、当然取締役の議題にされるべきである。困ったことに、会社法には経営戦略というような言葉はないので、通常は取締役会の議案項目に入っていない。したがって、取締役会の議事として上がって来ることはないのである。

 企業を訪ね、経営企画部等の経営戦略を担当するはずの部局の管理者にヒアリングしても、経営戦略を議論することはないという答がほとんどである。「戦略を立案しているが取締役会では議論しない」ということではなく、会社の中で戦略に関する検討自体がなされていないのではないだろうか(7)

注7) http://bizacademy.nikkei.co.jp/management/career/article.aspx?id=MMACz9000027122012

 戦略があるにしても次のような問題がある。メーカーの経営者の多くが、自社の技術力には大きな自信を持っている。1980年代に「ジャパン・アズ・ナンバーワン!」と讃え上げられたことが心地よく頭に残っているようである。しかし、その後の20年で製造業もすっかり変質している。多くの分野でITとの融合が進み、製品は見た目には似ているが、製品の本質はすっかり変質しており、似て非なるものになっている。もちろん日本の経営者もその変化を理解しており、一生懸命に対応しようとしている。しかし、その出発点は過去に成功をおさめた技術をベースにした製品である。ところが、たとえば韓国や中国の経営者は、既存の分野における日本の高い技術に追いつくには、莫大な資金と長い時間がかかることを理解しているので、これまで日本の企業が手を付けていない技術にもとづく新しい製品に、あるいは日本企業が手を付けられない(アフリカなどの)マーケットにターゲットを絞っている。日本企業が既存の技術に執着し短い将来しか見通せないのに対して、新興国はより遠い将来のマーケットを見て、新しいドメインを開発しようとしているのである。事業展開の視野に決定的な差があるように思われる。それがまさに戦略の不在となって現れているのではないだろうか。

 ミシガン大学ロス・ビジネススクールで勉強している日本人学生によると、最近はどの授業でも日本企業が教材として取り上げられることはほとんどないということである。日本企業について言及されるとすれば、「日本企業には戦略がない」という趣旨のコメントとのことである。1990年代始めまではミシガン大学に行くと、何かについて「日本はどうなっているのか」と聞かれて辟易としたが、最近は声を掛けられることがない。「洟もひっかけない」とはこういうことであろう。

8.経営者の年齢と任期

 全上場企業3,550社の現職社長の在任期間は平均7.1年であるが、6年未満が60%、10年以上が25%である(8)。企業規模の小さいファミリー企業においては在任期間が概して長いことを考えると、大企業の平均在任期間は5年程度と推定して良いであろう。しかも、全般的には社長の在任期間は短くなる傾向にあるとのことである。アメリカのCEOも平均は7年強であるが、日本のように任期が半世紀近くに及ぶようなCEOは少ないと言われる(9)。加えて、日本の社長就任年齢の最頻値は59.8歳であるから、平均年齢はさらに高いことになる。他の同僚が定年を迎える頃、役員ということで定年が延長され社長に就任する。なお、アメリカのCEOの平均年齢は56.3歳である。

 経済同友会の報告書『経営者のあるべき姿とは-確固たる倫理観に立脚したプロフェッショナリズムとリーダーシップ-』2007はトップの進退のあり方について次のように述べている。

  • 株主をはじめとした全てのステークホルダーの厳しい目に常に晒されながら企業価値を高める経営を行っていくためには、経営者はその任期の間は常に“全力投球”することが求められる
  • そのため、全力投球が可能な年数と到達するゴール地点(成果イメージ)を自ら設定して、自らに緊張感・アカンタビリティを課すとともに、自らの引き際も明確に描きながら経営に臨むべきであろう。

 美辞麗句が並んでいるが、要するに、社長の職をいつまでも続けないで、後進のために潔く辞め、道を譲るべきだと言っているのではないだろうか。このような状況下では経営者はリスクを取ったり、長期的な視野の戦略的な投資をしたりすることなどできないであろう。

注8) http://toyokeizai.net/articles/-/12186    http://yayoiplus.sblo.jp/article/94035930.html

注9)  http://www.forbes.com/2010/04/26/executive-pay-ceo-leadership-compensation-best-boss-10-bosses_chart.html

 前節で見たとおり、わが国の役員報酬は固定報酬中心であり経営者のリスク・テーキングに対する動機づけはきわめて弱い。これが経営者の戦略的発想を妨げていると思われるが、この任期の短さも、積極的な経営に対する動機づけを弱めていると思われる。しかも、わが国は減点主義であるから失敗は許されない。致命的な失敗をすれば屈辱的な辞任に追い込まれるかも知れない。経営者は短い任期をつつがなく全うするために、果敢にリスクを取って株主価値創造にチャレンジする経営からわが身を遠ざけているものと思われる。

9.経営者の近視眼

 1980年代、電気製品を中心にコスト・パフォーマンスの優れた日本企業の製品がアメリカ市場を席巻し、アメリカ企業は四苦八苦の苦境に陥っていた。日本企業が積極的に設備投資をしたのに対し、ROIにこだわるアメリカ企業は設備投資ができないでいた。日本企業の償却資産の平均寿命は4年程度であるのにアメリカ企業のそれは倍であると言われたものである。

 アメリカでは1934年の証券法で四半期開示制度が導入された(10)。1980年代の日本は、ジャーナリズムも財界も学者も政治家もこぞって、アメリカは四半期開示があるために短期的利益に目を奪われ、企業が長期的な戦略的投資をできないのだと蔑んだ。私はその頃、東北大学に在籍していたが、経済学部のファイナンスの授業では「日本企業は確かに短期的な視野ではない。だからといって、合理的な長期的な判断に基づいて投資をしているわけではない。何も考えていないのだ」とコメントしていた。「内部留保の資本コストはゼロである」とか、「負債の資本コストは金利である」とかの日本企業の現実を考えれば、合理的な判断があったとは到底考えられないからである。右肩上がりの成長を続けていた日本経済においては、最近お中国企業がそうであったように、企業は何をやっても利益を上げられたのである。

        注10) https://www.sec.gov/about/forms/form10-q.pdf

 このことは2008年から日本でも四半期開示制度が始まったことにより証明された。2008年前後は、私は数社の社外取締役および社外監査役を務めていたが、この制度が始まって以降、経営陣の最優先関心はこの四半期開示に移ったように見える。もともと戦略的思考が乏しいところに、四半期開示制度が導入されたので、経営陣の関心は一気に短期的利益に移行したように見える。日本の経営者も、同じ状況に置かれればアメリカの経営者と同じことをするのだというのが、私の率直な感想である。

10.経営スキルの欠如

 バブル崩壊後も間もなくは、多くの企業が利益を上げたが、逆に国内市場の停滞あるいは縮小で資金の余剰に悩まされた。資金調達難であった過去を思えば贅沢な悩みであるが、何に投資をしようかという苦しみに悲鳴を上げた企業も少なくない。結局、このような企業の多くは、グローバリゼーションの波に乗り、企業買収などで海外展開に乗り出した。しかし、海外M&Aを展開した日本企業の多くは期待した成果を上げていないと言われる(16)。日本企業からの資金注入で息を吹き返し業績を向上させているものの、その成果は買収側の日本企業の業績に反映されないほどわずかなのである。

        注11) http://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/13e085.html

 買収した日本企業は、親会社のガバナンスあるいはマネジメントにより、シナジー効果を発揮し、親会社、被買収企業双方の業績を向上させるのが当初の目的だったはずである。しかし、それができていないのである。

 私の経験では、海外子会社の視察に行くと、子会社のトップは現代経営理論のコンセプトやモデルで事業を説明する。Five forcesやvalue chainという言葉を用いてかれらの事業展開を説明する。しかし、日本の親会社の中では用語はほとんど聞かれない。これらの理論やモデルがどこまで有効かは別として、現代経営学の標準である、このようなコンセプト、モデル、理論により共通の言語ができ、ビジネス・コミュニケーションが可能になる。アメリカ企業では、このようモデル等はMBAプロトコルと呼ばれ、社内で議論や決定をするときには、「今日はこれとこれのプロトコルで議論しよう」と決めてから、議論に入るそうである。逆に言えば、経営者たる者は、この種のプロトコルをマスターしておかなければならないとのことである。アメリカ企業でのキャリアが長く役員の経験もある友人(ウィンワークス代表取締役社長渡邊邦昭氏)の話では、最低で20ぐらいは要求されるとのことである。

 このことから私が実感することは、日本企業には「経営の知」として最低限の経営スキルの蓄積がないということである。社外役員として会社に入って先ず驚くことは、各企業が外部者には理解できない社内用語でコミュニケーションを行っていることである。これはよく聞く話であるが、これでは経営学や他の企業での成果-ベスト・プラクティス-を賢く利用することができないのではないだろうか。

11.国際化されていない経営陣

 上述のように、多くの企業が海外のM&Aを行い多国籍化したが、親会社の取締役会に外国人取締役がいる企業はきわめて少ない。これでは海外の企業情報や経済情報をタイムリーかつ適切に取り入れることが出来ず、取締役会の意思決定が偏るのではないだろうか。 同様に女性の取締役がいる会社も多くない。一般的にいうならば、diversityに対する配慮が欠けた経営と言わざるをえないであろう。

12.社外取締役の誤用

 最近の日本では「コーポレート・ガバナンス改革といえば社外取締役の導入」との観があり、社外取締役を導入する企業は急増している。

 ところで社外取締役の役割は、後述するように二つある。第一は「株主のガバナンス」を実効あるものにすることである。つまり、指名、報酬、監査の各委員会のメンバーになり、それぞれの監督機能を果たすことである。第二は、ガバナンスの観点からは副次的なもので、取締役会において社長を中心に進められる重要な意思決定が適切になされているかを監視することである。また、必要に応じてアドバイスをすることである。多くの場合それなりの経験や専門分野の人が社外取締役として招聘されているのであるから、その経験や専門を活用することは意味のあることである。しかし、ガバナンスという観点からはこれは社外取締役の副次的な利用法であるが、日本の企業では社外取締役の(ガバナンス)以外の意見をありがたがる傾向がある。外部者の専門的知識が必要であるならば、本来、コンサルタントなどを利用すべきである。それをたまたまある分野の人が社外取締役になっているからと言って、その人の意見などを尊重しすぎるのは誤りではないだろうか。

 わが国では、社外取締役によりガバナンスの機能は果たされていないと言っても過言ではない。社外取締役が制度化されている委員会設置会社においてもそのようである。そもそも招聘する側の経営者自身が、社外取締役にガバナンスの役割を期待していない。また、社外取締役の二つの役割を正しく理解している社外取締役は少なく、また仮に理解しているにしても、社長の意図をおもんばかり、ガバナンスの改革を進言することはほとんどないからである。結果として、社外取締役の制度はガバナンスの観点からみると正しくは運用されていないのである。これはコーポレート・ガバナンスや取締役会のガバナンスが社会的に理解されたり認知されたりしていないからだと推測する。

 

13.まとめ

 私が気付いてきた日本企業の特徴について私見を述べてきた。これらは相互に関係があり、総合としてリスクをとれない日本経営を実現している。

 もちろん、企業によってはエクセレント・マネジメントが見られるが、日本全体としては経営力は脆弱、貧弱であると言わざるをえない。最近のMBA留学希望者には理工系、技術系のプロフェッショナルが多い。私がミシガン大学のMBA入試面接で見た限りでは、かれらが留学を希望する理由を大胆に要約すると次のようになる。「私たち技術者が優れた技術や製品を開発しているのに、わが社の経営者は経営力がないので利益に結びつけてくれない。かくなる上は、私たち技術者が経営の科学を勉強して会社を経営するしかない。」 (以上)