JCGR 日本コーポレートガバナンス研究所

コラム

わが国企業年金の課題

Ⅰ 日本の年金制度の概観

  • 年金制度とは

年金とは、現役世代は一生懸命働き、老後は年金給付で退職生活を楽しむという制度である。退職後生活を楽しむための原資は現役時の収入である。その一部を貯蓄して老後に消費するという考え方である。したがって、現役世代の収入は、現役時代の消費をまかなった上で貯蓄をするだけの余裕がなければならない。国民全体が年金の恩恵を受けるためには、一国の経済が生み出す価値-GDP-が、国民の最低限の消費を十分超えていなければならない。換言すれば、豊かな国でなければ、年金制度を運営していくことはできない。年金を運営できなくなれば、国民は死ぬまで働き続けなければならない。野生の動物は生きるために死ぬまで餌を求めて行動し、餌を獲得できなくなったとき死ぬ。貧しい国では人間も同様である。

 

  • 日本の年金制度-年金の3本柱-

現在の日本の年金制度は、公的年金、企業年金および個人年金の3本立てであり、年金の3本柱などと呼ばれている。これらは原資の調達方法が異なる。公的年金は、世代間の所得移転が原資になっており、国民の相互扶助の精神(動機)によって支えられる。企業年金は、企業の費用としての掛金が原資になっている。費用は最終的に株主利益を減ずることになるので、事実上、原資は株主の負担に支えられることになる。企業年金は任意の制度であるから、株主にとっては費用負担を超えるベネフィットがなければ、年金制度を実施しようとはしないであろう。最後に、個人年金は、「自分のことは自分で」という自律の精神に基づくものである。このように年金原資を拠出する精神と拠出者を多様化することにより、年金制度の安定を図るのが、年金の3本柱の制度である。

 

  • 年金財政-賦課方式と積立方式-

年金給付と掛金拠出とを適切に設計することにより、拠出による収入と給付による支出とがバランスし、年金制度が持続する。この状態を年金財政の安定という。公的年金の財政方式は、賦課方式と呼ばれる世代間の所得移転であるので、人口構成の変化が年金財政の安定を脅かす。わが国では公的年金の危機が叫ばれて久しいが、まさに少子高齢化による人口ピラミッドの変化によるよるものである。年寄りが増え若者が減っているので、若者の負担が増大せざるを得ない。他方、企業年金や個人年金は、働いている間に掛け金を拠出し、それを積み立てると同時に運用し、拠出元本と運用益で年金原資を確保する積立方式である。この財政方式は、運用に大きく依存するので、利子率や株式投資収益率の変動によって大きな影響を受ける。また、積立は就職から退職まで長い年月がかかるので、インフレなど貨幣価値変動の影響を受ける。わが国の企業年金危機は、企業業績が長期的に低迷しており、資産運用の利回りが低いことに起因している。

年金の3本柱の狙いは、年金制度を分散し、年金財政の危機を分散することにあったが、現実には、3本柱のいずれもが財政難に陥っており、年金制度全体の崩壊の危機に瀕してきたのである。その起死回生の策は経済の活性化である。アベノミクスが停滞し経済の活性化がなかなか実現しないことが、日本の年金制度の危機を深め、しかも将来の見通しをいっそう暗くしている。

 

Ⅱ.企業年金の二つのタイプ-確定給付年金と確定拠出年金-

企業年金には確定給付年金(DB)と確定拠出年金(DC)とがある。DBは、在職期間の長さや在職中の給与により退職後の給付が確定している年金であり、積立金運用のリスクなどは企業が負担する制度である。

それに対して、DCは、従業員一人ひとりの口座に企業が掛金を拠出し、運用は従業員が自らの裁量で行う制度である。運用対象として、元本確保型か元本変動型、あるいはその組み合わせを選べる。前者はリスクが小さいが、後者は利回りも高いがリスクも大きい。投資対象は従業員自身が決めるので、運用利回りが確定していないというリスクは従業員が負担する。

DC型の場合、企業には、従業員に対する投資教育が不可欠であるという課題があるので、企業は資産運用のリスクは回避できても、投資教育等にコストを掛けなければならないというマイナス面がある。

他方、従業員の立場からすると、最近では労働の流動性が高まっており、好むと好まざるとにかかわらず従業員の転職が一般化している。年金のポータビリティの観点からすると、(事態は以前より改善されているが)DB型よりDC型のほうが依然として望ましいという側面もある。

このように、DB型とDC型との間には、制度上、従業員にとっても企業にとっても、メリット、デメリットがあり、一概に優劣を付けることはできない。

しかし、従業員の観点から現状を見てみると、①従業員自身の資産運用に関するリテラシーつまり民度が低いこと、および②公的年金はマクロ経済の動向により給付が影響を受けるというリスクを考慮すると、DB型企業年金の方が従業員にとって望ましいと言うことができる。

 

Ⅲ.わが国の企業年金が抱える基本問題

企業年金に関する深刻な問題は、企業経営者が、企業年金はコストとしか考えていないことである。企業には、使い方によっては利益を生むコストがある。東証のコーポレートガバナンス・コードは、経営者への成果報酬は、工夫次第で経営者に企業価値を創造するインセンティブになるということで、株式報酬などの業績連動報酬の採用を推奨している。

企業が従業員に安定した年金給付や、業績に連動した給付を支給できれば、従業員の企業に対する忠誠心を確保できたり、従業員の精勤を確保したりできる。その結果、企業年金に要した掛金以上の売上増や費用減により、利益の増加が得られるであろう。年金も利益を創造する。そうであれば、株主は喜んで年金掛金を負担するであろう。

確定給付企業年金においては、企業の拠出限度額は厳しく制限されているが、確定給付企業年金においては、年金設計上、定額and/or給与等の一定率としか定められていない。優秀な従業員に能力や業績に応じた給与を支払う制度になっていれば、高い成果を上げる従業員は高額の年金を期待できる。

現実には、わが国においては、営業関係など一部の職種にしかメリハリのある業績連動報酬制度が適用されていない。いろいろな批判を受けつつも、年功序列にもとづく給与制度が支配的である。その原因は、コーポレートガバナンス・コードの推奨にもかかわらず、経営者自身への(メリハリのある)業績連動報酬の適用は普及していないことにあるのではないか。経営者が、(人事制度としてではなく)人的資源管理(HRM、Human Resources Management)の観点から、従業員を「成果を生み出す能力」として見ることをしない限り、メリハリのある成果報酬制度は実施できない。経営者自身が利益の増進による企業価値向上に向けて動機づけられていないので、従業員に対するインセンティブ効果がある業績連動報酬が徹底しないのである。

わが国では企業の組織を人の組織として見るのが普通であるが、企業組織の本質は、事業を遂行する上で必要なさまざまな職務(job)の体系である。それぞれの職務に最も相応しい人を採用しその職務に配置することにより、効率的な職務遂行を期待するのが、組織編成の原則である。組織とは「人ありき」から出発するのではなく、「職務ありき」から出発するのである。しかるに、日本の会社の組織管理は全社から抜けきれないでいる。それが、日本の労働生産性が低いと言われるもっとも重要な理由である。

人事制度の抜本的な変革がない限り、企業年金はリスクとコストを回避する制度に終始してしまい、企業価値増進の経営ツールとして利用されることはないであろう。

 

Ⅳ.経営者を尻込みさせる政府の企業年金政策

政府(厚労省)は、公的年金が細っていることから、企業年金を、公的年金を補完するものとして位置づけている。公的年金の財政が弱体化する中、政府はかつて公言していた「公的年金主体の年金制度」の看板を下ろし、弱体化した年金制度を企業年金で補強しようとしている。

経営者は業績に対するプレッシャーを与えられている。経営者にとって企業年金はコストしか映っていない。政府は、企業年金は従業員に対するインセンティブとなり得るということを強調すべきである。そのためには、上述の組織論を理解し、従業員のインセンティブになり得るような仕組みを考案し、企業年金制度に組み込むべきである。

政府が「公的年金」を補完するのが企業年金の役割とだけ叫んでいたら、それに乗ってくる経営者はほとんどいないであろう。

 

Ⅴ.年金資産運用者の革新的育成

日本国民は膨大な貯蓄を行っているのに、その大半は最終的に国債という形をとっている。しかし、世界は動いている。開発途上国は成長を目指しており、成長資金を必要としている。海外に目を向ければインフラ投資の機会がいくらでも転がっている。対応して不動産開発も活発である。また、ITの進展、素材革命等の流れの中で多数のスタートアップ企業が誕生している。その中から大企業が育っていくことは高い確率で予想できる。

インフラ投資、不動産投資、プライベートエクイティなどは、日本ではオルタナティブ投資とひとくくりにされて、年金資産の中でわずかな場所しか与えられていない。確かにリスクは大きいが期待値も大きい。世界に目を向け、わが国の豊富な貯蓄をこれらの投資に回せば莫大な運用利益が期待できる。それにはそれなりの運用および投資対象の管理をする能力が必要である。

しかし、日本はそれらの能力が乏しいので、リスクを回避するために、それらの投資を束ねたファンドに投資し、リスクが小さい代わりにごくわずかのリターンしか得ていないというのが現状である。リスクも大きいがリターンも大きいそれらへの投資からの利益は、ほとんどファンドマネージャーに吸い取られているのである。

国策として、海外から優秀なファンドマネージャーを調達し、いくつか運用会社を設立し、日本の資産運用業界を革新する必要あると考える。もちろん、高額の成功報酬を払うことになるが、彼らの管理をうまく行い、報酬は成功の範囲内にコントルールする術を、国中の知恵を集めて開発することが必要である。

小規模な資産の年金基金も含めて、また年金ばかりでなく多くのアセットオーナーが恩恵を受けるはずである。

若 杉  敬 明

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