JCGR 日本コーポレートガバナンス研究所

コラム

コーポレートガバナンス・コードとサステイナビリティ

一般社団法人日本コーポレートガバナンス研究所 代表取締役 若杉敬明

はじめに
 コーポレートガバナンス・コードは、その初版から【原則2-3社会・環境問題をはじめとするサステイナビリティを巡る課題】において取り上げている。
 人類を取り巻く諸要因の下で、環境を含めて、文化、社会、経済を持続可能にしていくことをサステイナビリティ(Sustainability)という。この語の起源は社会的責任(CSR; Corporate Social Responsibility)にある(*)。ここでは「環境、社会、経済」のサステイナビリティと表現することにする。CO2がもたらす温暖化が地球の状態を大きく変えていることから、ホモサピエンスはサステイナビリティに関して大いに危機感を高めている。現代社会において、企業は、人々が必要とする財・サービスを社会に提供するととともに、労働と資本を通して人々に所得を生み出すという使命を負っているが、その際、特に大きな企業は永遠の存在と見られてきた。企業会計はこのことをGoing Concernと表現している。しかし、現代に至りそれに疑問符が付いており、永遠性を取り戻そうと全世界的な努力がなされている。企業にその一環を担うことが期待されており、企業が事業活動を通じて環境、社会、経済に与える影響を考慮しつつ長期的な経営戦略を組み立てていく過程がコーポレート・サステイナビリティと呼ばれ、注目を集めている。

(*)Wikipediaによれば、企業の社会的責任(CSR)とは、国際的に活動している民間企業の自主規制の一形態であり、ボランティア活動や倫理的な活動を行ったり支援したりすることで、博愛的、活動家的、または慈善的な性質を持つ社会的目標に貢献することを目的としている。 かつては、CSRを組織内の方針や企業倫理戦略として表現することができたが、国内外のさまざまな法律が整備され、さまざまな組織がその権限を行使して、個人や業界全体の取り組みを超えてCSRを推進するようになったため、そのような時代は過去のものとなった。以前は企業の自主規制の一形態と考えられていたが、ここ10年ほどの間に、個々の組織レベルでの自主的な決定から、地域、国、国際レベルでの義務的なスキームへと大きく移行している。(https://en.wikipedia.org/wiki/Corporate_social_responsibility)

 資本主義においては、企業には利益を追求すること(営利)により社会に貢献することが求められている。企業の社会的使命はそれだけではないという観点から、企業の社会的責任(CSR;Corporate Social Responsibility)がこの数十年間叫ばれてきた。日本語のウィキペディアによれば、「CSRは企業が利潤を追求するだけでなく、組織活動が社会へ与える影響に責任をもち、あらゆるステークホルダー(利害関係者:消費者、投資家等、及び社会全体)からの要求に対して、適切な意思決定をする責任を指す。CSRは、企業経営の根幹において、企業の自発的活動として、企業自らの永続性を実現し、また、持続可能な未来を社会とともに築いていく活動である。企業の行動は利潤追求だけでなく多岐にわたるため、企業市民という考え方もCSRの一環として主張されている。」CSRは年を経た概念であるが、これに「地球環境の持続性」への配慮が加わったのが現代のサステイナビリティ概念と言えよう。

 企業に関するサステイナビリティを巡っては、実務が先行し概念的な整理が行われているように思う。企業は、サステイナビリティを無視して事業を行って来たわけではないと思う。極言すれば、企業の外野が、企業にアドバイスビジネスをするために目新しい概念を提供しているようにも見受けられる。もちろん、企業においてサステイナビリティという概念が重要である。そのためには、基本モデルを明確にしておく必要がある。以下では私が考えるサステイナビリティ経営、そしてそのためのサステイナビリティ・ガバナンスの概念を明らかにしたい。

1.サステイナビリティとは

現在普及している用語法にしたがい、サステイナビリティを日本語では「持続可能性」と表現する。サステイナビリティという時、企業の観点からは、「企業」のサステイナビリティと「地球環境」のサステイナビリティという二つの次元のサステイナビリティが浮上する。

2.企業のサステイナビリティ

企業は、株主、債権者、従業員、顧客、サプライヤー、地球環境等のステークホルダーによって支えられ持続する。これらのステークホルダーを安定的に確保することが重要である。資本主義経済においては、地球環境以外のステークホルダー(の貢献)は、市場という競争の場で確保される。確保するためには、各ステークホルダーが市場で受け入れることができるフェアな対価を提供しなければならない。なお、企業が、各ステークホルダーに提供する対価の原資は、顧客がもたらす販売収益である。

1)顧客からの販売収益を確保するためには、顧客を満足させる品質のよい製品をそれに見合った価格で市場に提供することが基本原則である。

2)そのためには、従業員から事業を推進するのに必要な労働(labor)を安定的に確保しなければならいない。従業員に市場競争力のある対価(賃金、処遇、労働環境等)を提供することが不可欠である。

3)同様に、サプライヤーから製品の生産に必要な良質なインプットをタイミング良く調達することが重要であり、サプライヤーには品質・納期等にふさわしい対価で応えなければならない。

4)債権者には、金融市場で決まる条件(金利、期間、リスクおよび資金の使途など)により資本を調達するとともに返済しなければならない。

5)ビジネスリスクを負担する株主には、企業は適切なリスクマネジメントを行い、可能であるならばリスクに見合った以上のリターンを実現し、満足させることが必要である。それにより企業を存続・発展させるための資金をリーズナブルなコストで安定的に調達できる。

6)環境(地域、社会、地球環境等々)は企業のサステイナビリティを支える重要なステークホルダーであるが、環境自体の市場はない。しかし、国内・海外のステークホルダーが求める品質については(資源の流動化に伴い)、合意が形成されつつある。それを見極め、経営に生かすことが企業の持続のために不可欠になりつつある。

3.サステイナビリティ・マネジメント

 会社の目的は営利である。上記の1)~6)を前提に、企業の持てる経営資源を最大限に活用して長期的視点からの利益を最大化する事業を展開するのが経営-マネジメント-の役割である。そのためには一定の経営理念の下、企業の長期ビジョンを描きそれを実現する経営戦略を決定し実行する。これをスムースに進めるために、株主から会社を委ねられた取締役会はどのような経営体制を構築し経営を進めて行ったら良いのであろうか。英米流の一層型の取締役会の国の最近のベストプラクティスは、株主総会で選任された取締役で構成される取締役会は、独立取締役の多数で構成され、その取締役会はCEOをトップとする執行役員を選任し株式会社の経営を委ねる。経営陣は、株主の利益と整合的な業績目標を与えられ、その報酬は長期の業績目標の達成をインセンティブとする業績連動報酬(Pay-for-Performance)であるので、自ずと業績達成に動機づけられている。経営陣は、業績目標を達成するためには、自社の経営資源を活用し、いかなる事業を行うべきかを決定する。それが経営戦略である。長期の経営戦略を達成するためには、サステイナビリティを確保することが不可欠であるから、経営陣はそのために各ステークホルダーをいかにマネージするかに腐心する。それがサステイナビリティ・マネジメントである。事業にはリスクを伴う。リスクを負わなければ利益を営利を実現することができない。株主の財産(自己資本)を預かり営利を託された経営陣は、リスクマネジメント、サステイナビリティマネジメント等々さまざまな制約の下で利益を実現し受託者責任を全うしなければならない。

 経営者にこの受託者責任を果たさせることが、株主によって選任された取締役会の受託者責任であ。その責任を遂行するために、取締役会は、指名、報酬、監査の三機能を通して経営者を健全な利益追求に向かせようとする。これが取締役会のガバナンスである。

4.取締役会のガバナンスの前提

 上述のような取締役会のガバナンスが機能し役目を果たすのは、取締役会が圧倒的多数の独立取締役で構成されており、ガバナンスとマネジメントの分離-取締役と執行役員は別人とすること-いるときである。まさに英米の企業の取締役会である。このような取締役会の下では、上述の指名、報酬、監査を機能させていれば、経営陣は自ずとリスクマネジメントやサステイナビリティマネジメントを健全に行い、持続性のある経営を実現する。

5.取締役会のサステイナビリティ委員会

 しかし、このような取締役会が存在しないときには、経営陣に対する動機付けが完全でないので、取締役会は経営陣に対してマネジメント上の指示を出さざるを得ない。独立取締役が支配する取締役会が一般的ではないわが国では、コーポレートガバナンス・コードに見られるように、ガバナンス・コードに経営上の指示が盛り込まれることになる。それはヨーロッパの企業も同様である。サステイナビリティ・ガバナンスに深い関心を持っているが、取締役会のサステイナビリティ委員会が扱う項目は、各ステークホルダーに対するマネジメント上の注意である。ヨーロッパの国々が取締役会のガバナンス活動の拡大に勢力を割いているが、アメリカの企業はそれほどでもないのは、取締役会の構成や性格に違いがあるからではないだろうか。しかし、それと同時に、企業の業種などによってリスクファクターが異なりその重要性に他業種と著しく異なる-企業によってサステイナビリティを支えるキーファクターが異なる-ので、取締役会がマネジメントにその点に注意を喚起させるという意味合いもあるのであろう。

 ただし、ガバナンスとマネジメントの分離と述べたが、ガバナンスとマネジメントの間には截然として区切りがあるわけではないので、ガバナンスとマネジメントの分業に関しては、実態をよく調べた上で、柔軟に対処する必要がある。  2021/07/24 2021/1/16

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