JCGR 日本コーポレートガバナンス研究所

コラム

論考:モニタリングボードとしての取締役会の変容

モニタリングボードとしての取締役会の変容

一般社団法人日本コーポレートガバナンス研究所

代表理事 若杉敬明

 

はじめに

わが国の会社法は、取締役会の権限として①業務意思決定、②業務意思決定を執行する執行役員の監督、そして③代表執行役員の選任を定めているが、これは各国ほぼ共通である。

この枠組みの下で、取締役会の実務の現状は、マネジメントモデルとモニタリングモデルに大別されると言われる。わが国の多くの企業は前者であり後者はごく一部である。前者は取締役が業務執行役員(いわゆる経営者、以下執行役員)を兼ね、監督と業務執行が一体化した取締役会のことをいう。後者はガバナンスとマネジメントの分離-取締役と執行役員は原則として別人とする-の下で、経営者の成果を監視し厳格に評価するタイプの取締役会である。

取締役会は、株主から会社を委ねられるが、業務の意思決定は行うが、その執行は執行役員を選任し、執行役員に委ねる。モニタリングモデルの取締役会の役割は、執行役員の職務を監督するとともに監視(モニター)をすることである。それゆえにモニタリングモデルとよばれる。

        注)監督とは事前の行為で、監視あるいは検査とは事後の行為である。

執行役員の業績を客観的に監視・評価するためには取締役会が独立であることが前提となる。それゆえ取締役会は独立取締役-実際には独立社外取締役-を主体に構成されなければならない。このタイプの取締役会が、論理的には、株主と執行役員の間のエージェンシー問題を解決するベストプラクティスであると言えよう。

1.モニタリングモデルのロジック

モニタリングモデルの構造は複雑である。以下、米国企業の実務をイメージしながらそれを解明して行こう。

先ず業務の意思決定である。会社の目的は営利である。営利とは事業から利益を上げそれを出資者に分配することである。営利のことを会社の業務という。株式会社においては株主のために利益を上げるための企業行動が業務である。

株式会社は、いかなる事業を行って利益を上げるのであろうか。事業の範囲は定款で会社の目的として定められている。その範囲で、会社はどのような事業をどのように行うかは自由である。

株主が会社に投資する目的は株式会社の営利行動を前提として利益の分配を受けることである。現代の株主総会において支配的な株主は長期的な観点からの利益の最大化-株主価値最大化-を望む機関投資家である。株主の利益に重要な影響を与える業務に関する意思決定-戦略的意思決定など-を行うのは取締役会である。

2.取締役会の業務意思決定の前提

モニタリングタイプの取締役会においては独立取締役が中心であるが、独立取締役は独立性を確保するため、事実上、社外取締役である。社外取締役が、長期的せよ短期にせよ事業計画の策定などはできないことは誰の目から見ても明らかである。経営戦略始め経営計画案案を練ることができるのは、事業に従事し自社の経営環境を熟知する管理者や自社の経営資源に詳しい管理者、そして経営者である。つまり、経営陣と経営企画部や経営戦略部のスタッフのチームである。かくして、CEOをトップとする経営陣が策定した、経営戦略や重要な投資・資本調達などの事業案が取締役会で議論され業務意思決定がなされる。

3.取締役会のガバナンス-その1-

その際、意思決定された業務が、株主が期待する営利に結びつくように、、組織経営の基本ツールである目標管理が導入され、そこでは経営陣が目標とすべき諸指標(KPI)が設定される。インセンティブとなり経営陣から目標を達成する経営が誘導されるように、業績目標が埋め込まれた業績連動報酬プランが経営陣に付与される。それが取締役会の「監督」行動である。目標が課された後、いかにこれを達成するかは、経営陣のリーダーシップと管理に委ねられ、取締役会は経営陣の経営行動とその成果を監視するのみである。

4.経営組織と内部統制システム

企業においては、事業を行うために必要なジョブが経営陣により経営組織として体系化されている。そのジョブを企業で働く人々が分担する。ジョブの実施に関しては経営者によってルールが定められている。そのルールの全体、体系が内部統制システムである。内部統制システムが健全に機能しなければ目標の達成は期待できない。そこでCEOは監視機能をインストールし、スペシャリストにすべてのジョブが内部統制にしたがって遂行(コンプライアンス)されているかを検査させる。これが内部監査であり、内部監査のスペシャリストが内部監査人である。

5.内部監査および外部監査と取締役会の監査

内部監査人は職場の末端作業からCEOをトップとする経営陣の職務遂行までを対象に監査する。内部監査が厳格に行われるためには内部監査人が、企業内のすべての対象者(ジョブの担当者)に対して独立であるとともに、それを担保する社内の立場が保証されていなければならない。このことは、経営陣が、コンプライアンスの下、与えられた目標を達する上で基本的なことである。

そこで取締役会は、内部監査人の独立性を守るためにサポートするとともに内部監査人の独立性を検証する。他方、経営陣から株主に対する財務報告を監査する外部監査人も設置されているが、同様に独立性が求められる。経営者の健全な目標達成の実現を目指す取締役会には、内部監査人および外部監査人の独立性を監視する機能が不可欠である。これが取締役会の監査委員会による監査機能である。

ここで注意すべきは、監査自体は、監査委員会が行うわけではなく、内部監査人および外部監査人が行うということである。その意味では、監査委員会が職責を果たすことができるためには、執行部門である内部監査部門が前提である。監査委員会は、内部および外部の監査人にとってもっとも重要な特性である独立性をモニターし検証することによって、内部統制システムの機能を確保するのある。まさに取締役会のモニタリング機能である。

6.取締役会の独立性―再論―

このように報酬委員会および監査委員会は、当該執行部門の協力を得つつ、業務執行を評価するということになる。つまり、執行部門と取締役会のコラボが前提あるが、取締役会は執行から独立でなければならない。繰り返しになるが取締役会が独立取締役を中心に構成されなければならない所以である。

7.取締役会の機能の多様化

CEOをトップとする経営陣から優秀な経営を引き出すために取締役会がなすべきことは、報酬や監査に関する監督だけではない。取締役会が経営陣の経営を監視しなければならない側面は他にもある。しかも、国内状況や国際社会の変化・進歩にともない、企業が-必ずしも法律的にではなく倫理的に-応えなければならない問題が次々と出てきている。SDGsに代表される地球のサステナビリティ、ジェンダー・人種間の差別問題、社会における格差問題等々である。これらの問題は本来、CEOをトップとする経営陣が、法律を遵守しつつ営利企業の経営者として対応すれば良い問題である。株主はあくまでも営利を追求することだけを求めるかも知れないが、営利を追求しながらこれらの社会的問題の解決に貢献できるかも知れない。これまで、企業は営利を追求しながら、社会の進歩に貢献してきた。

現代においては企業にこのことが求められているのではないだろうか。それに取締役会が応えるためには、「自社において社会貢献と両立する営利事業」が可能か否かを積極的に検討する体制を作ることを、経営陣に促すことが不可欠である。モニタリングモデルの取締役会には、従来、報酬委員会と監査委員会と並んで、優秀な取締役を選任し、企業のガバナンス体制を構築し維持することを職責とする指名委員会とがあった。

8.指名委員会の変容

指名委員会の機能も、報酬委員会および監査委員会と同様にHR部門など執行部門の活動が前提になる。HR部門は、取締役会のためにも執行部門のためにも、絶えず外部の人材をサーチしているので、社内人材のデータベースだけでなく社外人材のデータベース(へのアクセス)を持っている。社外に求めるのが原則である独立取締役候補のリスト作りは、HR部門に任せるのがベストである。もちろん人材コンサルタントの活用が不可欠な場合もあろう。

取締役候補者のリスト作りは伝統的に指名委員会の最重要な職責であったが、現在のNYSEの上場会社規則は、指名委員会にそれ以上のことを求めている。つまり、上場会社のコーポレートガバナンス体制作りである。指名委員会は、取締役会委員会存廃・親切の決定から委員会メンバーおよび委員長の選定まで引き受けざるを得なくなっている。その上、コーポレートガバナンスガイドラインも決定しなければならない。HR部門への依存は非常に大きいと言わざるを得ない。このような指名委員会の活動範囲の広がりを考えると、指名委員会は必要な人材を備えた独自・独立のオフィスを持つことが必要であるかも知れない。ただし、執行部門のHR部門は一線を画さなければいけない。指名委員会に課された以上のような役割から、米国では指名委員会は取締役会のガバナンスの頂点と位置づけられており、指名委員会委員長は取締役のトップとされている。NYSE流に言えば、コーポレートガバナンス体制の運営管理を担う指名・コーポレートガバナンス委員会である。

指名委員会は、すでに新たな社会的要請に応える指名委員会に変容しつつある。指名・コーポレートガバナンス委員会が設置すべき代表例が取締役会のサステナビリティ委員会である。この委員会の理念は、経営陣に、地球のサステナビリティに貢献しながら営利企業としての自社のサステナビリティを確保する事業の開発に向けて経営陣にプレッシャーを与えることである。その開発は業務執行役員であるCEOの責任である。そのような事業機会を開発し、営利に貢献する事業として取締役会の案件として提案されたら、取締役会がそれを審議する。本質的には取締役会の機能は変化していないが、取締役会が意思決定機関として対象とする問題の範囲が急速に拡大しているのである。

まとめ

ここで強調したいのは、三委員会を始めとして取締役会の活動はすべて執行部門の活動に支えられているということである。取締役会のモニタリングモデルの名称の由来は、取締役会の活動は業務執行部門の関連する活動のモニタリングであることに由来しているのである。取締役会とCEOを頂点とする執行部門は、自己研鑽はもちろんであるが、それ以上に相互に尊重し合い協力し合いながら活躍の場を高めて行かなければならない。

(未定稿2021/11/17)

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