21世紀のガバナンス改革-日本のコーポレートガバナンス改革:その2ー

【論考】

日本コーポレートガバナンス研究所 理事長 若杉 敬明

第一部 コーポレートガバナンス改革始動

 日本経済は1980年代繁栄を享受したが、80年代半ば以降バブル化した。1990年に入ると、1月4日の株価暴落とともにバブルが破裂し、「失われた10年、20年、そして30年」と言われる低迷期に突入した。それでも2001年の議員立法による商法改正など、いたずらに監査役の地位強化が図られた。しかし、2002年商法は、三つの取締役会委員会を持つモニタリング・モデルの取締役会を導入した。

2002年改正(平成14年)
新たに委員会等設置会社の導入し、監査役設置会社との選択制にした。
委員会等設置会社においては、取締役会の中に社外取締役が過半数を占める三委員会(監査委員会、指名委員会、報酬委員会)の設置が義務づけられた。ただし、監査役に代わり監査委員会が設置されるので、監査役を置くことはできない。➁業務執行を担当する執行役を置き、取締役会決議事項について決定権限を大幅に執行役に委任した。③三委員会+執行役の体制の導入により、取締役会の監督と執行役の業務執行を分離する現代的な取締役会のガバナンス体制の設置を可能にした。

★ 世界の潮流である三委員会設置会社への移行を目指したが、経済界の理解が得られず旧来からの監査役会設置会社との選択制になった。その代わり、指名委員会等設置会社以外の大会社には、取締役の職務執行が法令及び定款に適合すること、その他株式会社の業務の適正を確保するための体制の構築など業務の適正を確保するための体制を設けることが義務付けられた。しかし、経済界の反対等が強く肝心のガバナンスの観点からはいわゆる「ざる法」で、取締役が執行役を兼任できることとしたため、大部分の会社で取締役は業務執行取締役で、ガバナンスとマネジメントの分離は、事実上、形骸化していた。

★ しかし、グローバリゼーションと技術革新で大競争時代が振興する中、商法の再構築が避けられず、これまで商法の一部として機能していた「会社の部」が切り離され、2005年独立の会社法が成立し翌年施行された。

2005年会社法制定(平成17年)
・資本金1円株式会社が認められるなど、新会社法は、これまでの常識を大きく変える制度変更が加えられている。ガバナンス関係では委員会等設置会社が委員会設置会社に改称された。
監査役制度についても次のような改正が行われた。(以下「監査役制度の変遷2」より一部抜粋)
➀ 監査役は、原則として会社の定款の定めによって任意に設置される機関となった。監査役および監査役会を設置する会社を監査役会設置会社と呼ぶ。
➁ 監査役を設置する会社のうち、特に会計業務以外の業務活動(購買・生産・物流・販売など)、および組織・制度などに対して監査権限を有する監査役が設置されている会社のことを、監査役設置会社という。
・監査役の任期:1993年(平成5年)改正商法273条1項では、監査役の任期は、就任後3年内の最終の決算期に関する定時総会の終結までとした。監査役の任期を、それまでの2年から3年に伸長することでその分地位が安定すると共に、任期2年のままの取締役からの横滑りも牽制される効果があるとされた。
③ 監査役員数と社外監査役 1993年(平成5年)改正商法特例法18条1項では、大会社の監査役の体制を強化する ため、監査役は3人以上で、そのうち1人以上は、その就任の前5年間会社またはその子会社の取締役または支配人その他の使用人でなかった者(社外 監査役の定義)でなければならないものとした。
④ 会計監査人の人事については基本的に取締役が関与していたが、経営監視機能の強化のため、会計監査人の人事についても相当部分、監査役が関与することになった。
⑤ 監査役会の運営手続も定められた。監査役会の招集権者、招集通知、全員同意の場合の招集手続の省略など取締役会の場合に準ずるものとした。監査役会の決議は監査役の過半数をもって行うが、同法6条の2に定める会計監査人の解任決議は全員一致の決議となる。会社に対する責任・第三者に対する責任等との関係において、監査役の行為が監査役会の決議によってなされたときは、その決議に賛成した監査役はその行為をなしたものとみなされ、議事録に異議をとどめなかった監査役もその決議に賛成したものと推定する旨の条項が置かれた。監査役会が設けられたことにより、監査報告書も監査役会が作成することとした。等々

★会社法には2つの意味がある。一つは固有の法律である「会社法」を指す。もう一つは「実質的意義の会社法」で会社の利害関係者の利害調整を行う法律のことを指す。「実質的意義の会社法」には、会社法施行規則、会社計算規則、電子公告規則、社債株式等振替法、担保付社債信託法、商業登記法などが含まれる。
その他にも会社にかかわる法律は多数あり、取引においては民法や商法、税制に関しては法人税法、また競争政策上会社に制約を課す私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)など多岐に渡る。
「実質的意義の会社法」が持つ特徴は、利害関係者の利害調整を主な目的として会社の組織、運営について定めたルールという点である。ここで言う「利害関係者」は主に株主と会社債権者を指す。
日本では従来、固有の法律としての「会社法」は存在しなかった。その代りに会社に関する法の総称(「実質的意義の会社法」)として会社法の用語が用いられていた。(ウィキペディア

 

2015年会社法改正(平成26年)
-株式会社に、第三の機関設計である監査等委員会設置会社が新たに導入された。監査役会に代わって過半数の社外取締役を含む取締役3名以上で構成される監査等委員会が、取締役の職務執行の組織的監査を担う。この機関設計の導入にともない、従来の委員会設置会社は指名委員会等設置会社と改名された。監査等委員会設置会社においては、他の取締役(任期1年)とは別に、任期2年の監査等委員会委員である取締役が設置される。なお、監査役を設置することはできない。
➀ 監査等委員は監査役と同等の権限を持ち、業務監査と会計監査を行う。
➁ 監査等委員については、独任制はとらず、報告徴収権・業務等調査権・子会社調査権は、監査等委員会が指名する監査等委員が行使する。
③ 監査役と異なり、監査等委員に常勤者は要求されていない。
選任:監査役は株主総会で選任され、取締役とは独立の存在であるが、監査等委員は取締役会において取締役の中から選定される。
業務執行:監査等委員は業務執行を行わない。当該会社の執行役・子会社の執行取締役の兼務が禁止されており、監査役同様、業務執行は行わない。
社外性:監査役は半数以上が社外監査役であり、監査等委員に関しては過半数が社外取締役でなければならない。いずれも、社外者は2人以上いればよい。
会計監査人の選解任:監査役は株主総会議案に対して同意権を持つのに対して、監査等委員は議案の決定権を有する。監査役も実質的な決定権を持つが、決定権を持つ監査委員会の方が議案決定に際して主体的である。
調査権:監査役は独任制であり、監査役会があるにかかわらず、個々の監査役が監査権限を行使できるが、監査等委員は限定されている。つまり、執行役の違法行為またはそのおそれに対し、取締役会への報告、差し止め請求権を単独で行えるが(緊急の場合の例外)、それ以外の権限は監査委員会に指名された監査等委員のみが行使できる。
実査:監査役は実査を行う。監査役は、取締役・使用人を兼務できないので、業務執行部門である内部統制システム(監査部、検査部等)を指揮することができず、これを活用できない。監査等委員および監査等委員会は、実査を行うことは予定されていないので、内部統制部門を用いて監査を行う。
まとめ:監査等委員会には監査役とほぼ同様の権限が認められているが、監査等委員会として組織的な監査が予定されていることと、監査等委員は取締役であることから自ずと権限に差異がある。

これにより、上場会社のコーポレートガバナンス体制は、(1)取締役会と監査役会をもつ伝統的な監査役会設置会社、(2)取締役会と指名、報酬、監査の三委員会を持つ指名委員会等設置会社(委員会設置会社を改称)、および(3)取締役会と監査等委員会をもつ監査等委員会設置会社(監査等委員会は、フレーバー的に擬似的な指名委員会機能をもつ)の選択制になった。

2019年会社法改正法会社法の一部を改正する法律」が12月4日に成立し12月11日公布された。

①株主総会資料の電子提供 ②株主提案権:提案できる議案数の制限 ③取締役の報酬等(株式報酬等を含む):個人別決定方針等 ④補償契約(会社補償)、役員等賠償責任保険契約(D&O保険)等に関する規定を新設 ⑤社外取締役設置義務化 ⑥業務執行の社外取締役への委託 ⑦社債管理補助者の設置を可能とする ⑧株式交付(自社株式等を対価とするTOBなど)制度を新設。 2021年3月施行(①⑧は2022年施行予定)

★この改正により、すべての取締役会に社外取締役の設置義務が課されることになった。

◆ 2012年末に、第2次安倍内閣が成立し、レーガン大統領のレーガノミクスに倣ってアベノミクスを標榜し、日本再興戦略の一環としてガバナンス改革を次々と打ち出した。これは監査役制度の強化に終始した過去のガバナンス改革とは一線を画すものであった。2014年金融庁が日本版スチュワードシップ・コードを策定し、翌2015年、会社法は監査等委員会設置会社を導入、直後に東証はコーポレートガバナンス・コードを公表した。二つのコードは法律ではないので、Comply or Explainというイギリス流のソフトローの形を採っているが、政府は3年置きに改訂を繰り返すという力の入れようである。ここで奇妙なことは、スチュワードシップ・コードは日本版と称しているようにシェアホルダー主義の英国版スチュワードシップ・コードをお手本としているのに対して、コーポレートガバナンス・コードはステークホルダー主義のOECD原則のコピーであることである。

アベノミクスのコーポレートガバナンス改革

アベノミクスの実質はソフトローと呼ばれる以下の二つのコードによって進められている。

1.スチュワードシップ・コード

2.コーポレートガバナンス・コード

(2021/12/01;未完)

監査役制度の変遷-日本のコーポレートガバナンス改革:その1-

【論考】

日本コーポレートガバナンス研究所 理事長 若杉 敬明

第一部 日本の監査役制度-ドイツの監査役制度と英米流の取締役会制度の狭間で-

 監査役の制度を定めたのは1890年(明治23年)制定のいわゆる旧商法である。旧商法とは、商人の営業、商行為その他商事について定めた日本の法律であるが、ドイツ人の法学者・経済学者であるヘルマン・ロエスエルにより起草された。 それに対して民法はフランスの法典を手本として定められていたため、商法と民法との整合性が議論になり、1899年(明治32年) 新商法公布された。

 旧商法においては、株式会社の運営体制として、基本的意思決定を行う株主総会、業務執行を行う取締役、監督を行う監査役の3機関置かれた。取締役は必ず3人以上必要とされ、かつ、取締役会の設置が義務づけられていた。ガバナンスの観点から注目すべきは、監査役就任の資格は株主に限られていたことである。まさに株主のガバナンスである。監査役は、取締役の業務監視権および株主総会招集権の二つからなる経営監督権限と会計監査権限とをもつ。監査役の人数については定めがない。なお、1899年新商法では、総会招集権限と取締役の会社代表訴権および取締役の自己取引(利益相反取引)の承認権が新たに付与され、監査役の権限が強化された。

 旧商法および新商法で監査役に与えられた権限は、経営監督権限と会計監査権限である。監査とは督&検からの造語であると言われる。監督とは経営者に対して事前に指図することであり、検査とは経営に対する事後の検査である。英語では、auditは通常会計検査を指し、internal auditというと内部で行われる会計検査を言い、外部の公認会計士が行う会計検査はexternal auditあるいは単にauditという。なお、最近の米国では、internal audit部門は経営検査も行うようになっている。

 1950年(昭和25年)英米流の取締役会制度が導入され、経営監督は取締役会による自己監査が原則になり、監査役の職務は会計監査が基本となった。監査役の権限は大きく縮小されたわけである。しかし、証券取引法(現在の金融商品取引法)との整合性を図るために、監査役に再度業務監査権限が付与された。これにより、業務執行に対する取締役会の監督権限と監査役の監督権限という二重性が固定され現在に至っている。しかし、取締役会の自己監査が形骸化していったことから、その後、粉飾決算や企業不祥事などが社会的な問題になる度に、監査役の権限強化と地位強化(独立性の確保)とでガバナンス問題の解決が図られてきた。明治時代に定められたドイツ流のガバナンスシステムが生き続けていたのである。新しいガバナンスシステムの導入には、委員会等設置会社の導入を決めた2002年(平成14年)商法改正を待たなければならなかった。

 このように日本語の監査という語は旧商法以来1950年商法改正まで、「経営監督+会計検査」を意味していた。米国では、事前の経営監督は「取締役」が行い、事後の会計検査はinternal auditorおよびexternal auditorが行う。現在の米国の取締役会にはaudit committeeが必置機関であるが、その役割は、事後の検査人であるinternal auditorおよびexternal auditorの独立性を検証することであり、会計検査を行うことではない。話が込み入って来たが、本来の”audit”は明治以来日本で制度化されてきた監査役の「監査」とは異なり、経営者(CEO)の部下であるinternal auditorあるいは外部のexternal auditorが行う事後的な会計検査である。

◆ 日本の監査役が米国の会社を訪問し名刺交換するとき、肩書きのAuditorをから低く見られる傾向があり、監査役はプライドを傷つけられることがよくあったと言われる。日本の監査役は株主総会で選ばれる役員でむしろ社長より上の立場であるのに、auditorがCEOの部下である米国の会社ではそう見てくれないので、監査役のプライドが痛く傷つけられるのである。米国には日本のような監査役制度はないのである。audit=監査ではないのである。もっとも日本の会社のシステムが知られるようになってきて、最近は正しく理解してくれるアメリカ人もいるようである。

 1950年の商法改正で米英の取締役会制度を導入したときに、監査役の制度を整理すべきであったのに、そのまま残したために紛らわしいことになってなってしまった。近年のコーポレートガバナンス改革の流れにおける経営監督は取締役の役割である。取締役会にaudit committeeがあるが、その役割はauditorsの独立性を事後的に検証することである。自ら会計検査をするわけではない(それゆえaudit committeeが行う財務諸表のチェックはauditとは呼ばずにreviewと呼ばれる)。

 日本の監査役は、経営監督権限と会計監査権限とを与えられてスタートした。異質な二つ機能を担った日本独特の制度であると言われている。監査役の監査はauditと翻訳してはいけない、あるいはauditを監査と翻訳してはいけないのである。

第二部 監査役会制度の変遷

1890年旧商法制定(明治23年)
・株式会社においては、基本的意思決定を行う株主総会、業務執行を行う取締役、監督を行う監査役の3機関置かれた。取締役は必ず3人以上必要とされ、かつ、取締役会の設置が義務づけられていた。
監査役の就任資格は株主に限られ、監査役は取締役の業務監視権および株主総会招集権からなる経営監督権限と会計監査権限をもつ。監査役の人数については定めがない。

1890年商法公布(明治32年)
・会社代表訴権および取締役の自己取引(利益相関取引)の承認権が新たに付与され、権限が強化された。

1938年(昭和13年)改正商法
・監査役の資格について、取締役及び支配人の兼任禁止が加えられた。また、取締役員に欠員が生じた場合にはその職務を代行する事が規定された。

 1950年改正(昭和25年)
英米法的な取締役会制度導入にともない監査役の権限が縮小され、業務監査権限は取締役に委譲され会計監査に限定された。株主であることが監査役就任資格であったがその制度は廃止された。他方、株主には次のような権限が付与され株主の権限が強化された。・株主代表訴訟提起権、違法行為差止請求権、会計帳簿閲覧請求権、株式買取請求権など。

◆ ガバナンスの観点から興味深いのは、従来の商法では、監査役が代行していた株主のガバナンスが、株主自身の戻されたと見ることができることである。1945年から47年に掛けて「侵略戦争の経済的基盤になった」として財閥解体が行われた。財閥が保有する株式は、「証券民主化」のかけ声の下、給与などの形で国民の手に渡り、個人の持ち株比率は一時60%を超えたと言われる。ところが、当時の国民は貧しかったので株式を手放さざるを得なかった。いわゆる乗っ取り屋などがそれを買い占め、買い占め屋は企業にそれを持って行き高値で買い取ることを要求する(米国のgreen mailer)という事件が相次ぎ企業は悲鳴を上げた。そこで、財閥解体とともにとられた企業の株式保有禁止が解禁された。企業の株式保有は財閥により財閥企業間の循環投資や持ち合いに利用されていたためである。これにより企業間の株式持ち合い急速に拡大した。ちなみに、これは第一次の持ち合いブームであり、第二次ブームが1960年代OECD加盟後に起こり、日本の株式持ち合い体制が定着した。

◆ 本来であれば、ガバナンス体制の強化のために英米型の取締役会制度の導入が図られたのであるが、動じに行われた財閥解体・証券民主化そして企業の持株禁止解除という諸措置により、本来の株主のガバナンスが希薄化されるというまったく逆の結果になったことはまことに皮肉な結果であり、日本にとって不幸な結果である。とくに、証券民主化がむしろ国民が株式から目を背ける国民風土を形成したことは現在に至って深刻な影響を与えている点は深刻である。

★ 1965年(昭和40年)、山陽特殊製鋼倒産事件(倒産により粉飾決算が発覚)が発生し取締役会による経営監督の機能不全が露呈されたことから、商法が改正された。

1974年改正(昭和49年)
・再度、監査役に業務監査機能が付与された(小会社を除く)。このことから取締役会と監査役の二つの経営監督機関が並立することになった。ともに株主総会で選任された取締役と監査役とが重複した機能を持ち、世界でも類を見ない独自の制度である。ただし、監査特例法により資本金1億円以下の小会社においては、監査役は従来通り会計検査機能のみである。大会社においては、会計監査人による会計監査を義務づけられ、監査役の会計監査と会計監査人の会計監査とが併存することになった。また、解任時の意見陳述権の付与、任期延長などにより監査役の地位強化が図られた。

1974年 商法特例法(監査特例法)制定
・大会社においては監査役の他に会計監査人(公認会計士または監査法人)による会計監査を義務づけられたが、小会社においては監査役の権限は会計監査権限に限定された(業務監査権限はない)。

 1976年(昭和51年)戦後最大の疑獄事件「ロッキード事件」が発覚した。米ロッキード社から日本の政界などへ流れた資金をめぐり、田中角栄元首相ら政治家、丸紅、全日空の幹部ら計16人が受託収賄、贈賄などの罪で起訴された。さらに1978年(昭和53年)には、ダグラス・グラマン事件等の会社が不正支出をしていた不祥事が明るみに出された結果、このような不正を会社が自治的に防止できるような措置を講ずるため次のような商法改正がなされた。

1981年(昭和56年)改正
・監査役の地位強化が図られ、会計監査人の株主総会による選任、監査費用請求などの権限が付与された。かつ、監査役制度の充実が図られ、商法特例法上の大会社に複数監査役制度および常勤監査役制度が導入された。なお、商法特例法の大会社の範囲が拡大された(資本額のほかに、負債総額も基準にする)。

★ バブル崩壊後の1991年(平成3年)6月に発覚した証券・金融不祥事件(証券会社の一部の投資家に対する損失補填、金融機関の偽造の預金証書を担保とする融資)を契機として、監査制度を充実する改正がなされた。

★ バブル崩壊後日本経済は低迷し

1993年改正(平成5年)
・監査役の地位強化(監査役任期の伸張2年→3年)がなされるとともに、監査役会制度が法定化され、3名以上の監査役設置を強制し、大会社においては1名以上を社外監査役とすることが義務づけられた(中・小会社では1人以上)。

★1999年 東証 ①「コーポレートガバナンスの充実について」を上場企業に要請するとともに、②決算短信でコーポレートガバナンス施策そ開示を要請することを要請。

2001年改正(平成13年)施行は2005年(平成17年)5月1日から
・議員立法による改正が行われ、再度、監査役の地位強化が図られた。➀監査役任期の3年から4年への伸張 ➁・取締役会への出席および意見陳述義務の明文化、③辞任時の意見陳述権、④選任における監査役会の同意権・提案権等が付与された。また、商法特例上の大会社には、社外監査役の人数の拡充(1人→半数以上)が義務づけられるとともに、社外監査役の社外性が厳格化された。

(「21世紀のガバナンス改革-日本のコーポレートガバナンス改革:その2」に続く)

2021.12.1/2019.10.10

わが国企業経営の課題

わが国の企業経営の現状

1.はじめに-共通な制度としての資本主義と株式会社-

資本主義とは、一般に①自由経済とその下で働く競争原理、②競争にもとづく市場原理、③営利を目的とする民間企業による経済の運営、および④私有財産制度の下で出資者によつ企業の私有、等を特徴とする経済制度である。もちろん、人間が作る制度であるからそれぞれの国の歴史や文化によってさまざまなバリエーションがある。株式会社とは、株式平等原則のもとで均等な内容を持つ株式という権利と引き替えに出資を受ける企業形態で、①法人格、②出資者の有限責任、③株式の自由譲渡性、④所有と業務執行の分離、および⑤株主による所有を共通の特徴とする世界的な制度である(1)

注1)若杉敬明『新版入門ファイナンス』中央経済社2011年 第2章「資本主義と株式会社制度」

このように、資本主義においては、出資者が企業の所有者であり、出資者が所有に基づいて会社に対する支配権(ガバナンス、コントロール)を有する。株式会社においては株主が出資者であるから、株主が会社の所有者であり、株主が会社を支配できる。ここで支配とは、(a)会社を自ら経営すること、あるいは(b)他者に経営を委ねることである。多数の株主の存在を前提とする株式会社制度においては、後者の(b)が採用され、株主は自ら会社を経営せず、株主総会で取締役を選任し、取締役会に会社の経営を委ねる。ここで、取締役は「株主であることを前提としない」ということが株式会社制度の特徴である。つまり、株主は自らの代理人として第三者を選任し、経営を委ねることになっている。ここにコーポレート・ガバナンス問題の原点がある。つまり、株主は代理人をどのように監督-ガバナンス-し、代理人に株主の意向に沿った経営をさせるかという、エージェンシー問題である2

注2)資本主義を採るわが国は、民間企業の活動により、国民が必要とする財・サービスの生産・流通を行い、その過程において付加価値の生産=所得の創出することを、経済の原則としている。企業形態の中心として会社を制度化し、小規模な事業活動については持株会社として、合名会社、合資会社、合同会社を定め、大規模な事業を行う会社については株式会社を定めている。

エージェンシー問題の解決策として、現代採られている方法は次のガバナンス体制である。株主は、(a)株主に対して忠実で、他のステークホルダーからは独立な取締役を選任し、(b)取締役会は、取締役とは別人を執行役員(経営者)として選任し会社の経営を委ね、(c)独立取締役を中心とする取締役会は株主のガバナンスを代行し、執行役員の経営ぶりの監督に徹するというのが「現代の潮流」である。これを「出資者(株主)と業務執行者(経営者)の分離」あるいは「ガバナンスとマネジメントの分離」という。

2.わが国の資本主義観と株式会社観

会社法は会社の目的が営利であることを前提としているとするのが通説である。営利とは事業を行い、利益を上げてそれを出資者に分配することである。出資者にとっては、当然利益は多いほどよい。株主は、利益を求めて会社に出資を行うと考えるのが自然である。したがって、会社の目的は株主利益の追求であるべきである。ただし、(a)現代の社会はゴーイング・コンサーンを前提としており、かつ(b)株主総会で積極的に議決権行使を行うのは、年金、財団などの分散投資・長期保有を原則とする機関投資家であるので-わが国は先進国の中でも例外的であるが-、企業は長期的な利益を考えるべきであるとされている。このような市場観から、企業の目的は株主価値創造、株主価値最大化とされる。

それに対して、経営者の主たる目的は、現在の地位の安泰と安定的な報酬であると考えられる。しかし、株主価値を創造して行くためには、現代の厳しい競争環境の下では、経営者は絶えず新しい事業機会を開発し、その事業に投資を実行し、利益を実現して行かなければならない。従来の事業にこだわっていては、次々と現れる競争相手に利益を奪われてしまうからである。したがって新しい事業を開発する必要がある。新しい事業にはリスクをともなう。しかし、そのリスクを恐れていては利益を機会は巡ってこない。経営者は、自らの利益と株主の代理人として株主価値創造との間で板挟みになり、可能であるならば、敢えてリスクを取るような経営をしたがらないであろう。しかし、株主は、経営者に対して、リスクを取る経営を望むであろう。もちろん、ただリスクをとれば良いのではなく、株主が望むのはリターンに見合ったリスクでなければならない。かくして、明らかに、株主と経営者とでは利害が反する。経営者に対する何らかの仕組みが必要である。そこで、経営者の報酬を株主の利益と一致させるために、株主の利益と関係の深い業績指標と、経営者の報酬とをリンクさせるという業績連動報酬が多くの国で採用されている。これが、いわば現代企業のベスト・プラクティスである。

私見では、わが国には①企業の目的-営利-に関する社会的認知が株式会社制度とずれている、それに対応して②経営者に対する合理的な動機づけの仕組みがなく、経営の劣化を招いているという問題がある。

以下は、今世紀に入ってからの私の個人的体験、つまり①上場会社のコーポレート・ガバナンスに関する継続的調査3、②上場会社の取締役・監査役の経験、③ミシガン大学ロス・ビジネススクールGlobal MBAプログラムのFaculty Adviserの経験、等々に基づく「日本の経営とガバナンス」論である。ここで指摘するようなことが日本経営を駄目にしてきたのであり、この問題を解決することこそがアベノミクスの課題であると考える。「良質の経営を導く」のがコーポレート・ガバナンスの機能であり目的だからである。

注3)http://www.cg-net.jp/jcgr/survey.html

3.日本社会の問題

 日本は資本主義国であるにもかかわらず、資本主義とはいかなる原理・原則に基づくものであるかが理解されていない。さらに、資本主義のもとにおける株式会社についても正しく理解されていない。上述のように、資本主義では、私有財産制度のもと原則として企業は出資者の私有財産であり、企業の所有者は出資者である。したがって、株式会社に対するガバナンスつまり支配権は株主が所有する。これが株主のガバナンスであるそれにもかかわらず、「会社は誰のものか」、「会社は従業員のものである」というような不毛な議論が依然として繰り返されている。

 企業の健全な事業活動によりすべてのステークホルダーが恩恵を受ける。ただし、企業がすべてのステークホルダーを尊重(respect)し、資本主義の大原則である市場原理に基づいた取引をおこなう限りである。その意味で企業はみんなの(ための)ものであるが、制度上は株主の私有財産-法律上でなく経済的事態として-であるから、株主が私有財産から最大限の利益を得ようとすることが許される。市場原理が遵守される限り、企業の利益追求が、結局は、すべてのステークホルダーつまり社会の利益に貢献するのである。わが国ではこのことが理解されず、企業が利益を追求することが、社会に広く受け入れられているとは言えない。サラリーマンの人たちも、自分の会社の利益が大事であることは身に染みて分かっているが、株主価値最大化ということには抵抗を感じる人が多い。これはもっともなことである。サラリーマンは、直接の責任としては自分の仕事を一生懸命やれば良いのであり、サラリーマン一人ひとりの仕事を企業の利益につなげるのは経営者の役割だからである。一方で、サラリーマンも公的年金である厚生年金や企業年金を通じて株主である。株主の利益にもう少し敏感になっても良いことも事実であると考える。

 株主利益の追求に一生懸命にならなければいけないのは、株主から会社を預かっている経営者である。そうは言っても、経営者自身も自分は株主の代理人であり、株主利益を追求するのが自分の唯一の使命であるとは考えたくないであろう。だからこそガバナンスが必要なのである。経営者の思いとは関係なく、株主利益を追求したくなるような仕組みが必要なのである。これが後述のガバナンス・システムによる経営者に対する動機づけである。

 多くの企業がウエブサイトで、経営者の「経営理念」や企業の「行動指針」を掲げ、企業は株主のためのみでなく、社会のために貢献することを謳っている。経営者が自らに対して、そして従業員に対して、自分たちは株主の奴隷ではないことを自らに納得させるためと理解できるのではないだろうか。

 最近は日本の経営者も「株主」、「株主利益」ということを、以前に比べれば頻繁に口にするようになったが、経営者から次のような言葉をよく聞く。「株主、株主というけれど、機関投資家には顔がない。そんな株主をなぜ大事にしなければならないのか?」「個人投資家には顔があるけれど、個人株主は買ったり売ったりで定まった顔がない」、こんな状況では株主を大事にできない。株主がそこに期待しているのは基本的には「利益の分配」、そしてそれにともなう「株価の値上がり」である。誰が株主であるか、どんな顔を持っているかは経営者には関係のないことなのである。経営者は株主価値の向上を心がけていれば良いのである。このことも日本の経営者にも一般の人にも理解できないことの一つのようである。

 長々と述べてきたが、ここで問題提起しておきたいことは、株主利益に対する社会的認知がないことから、わが国では経営者に対する業績連動報酬に対する理解がないのではないかということである。このことが、日本の企業経営を麻痺させているように実感するからである。

4.リスクをとれない経営

 平成20年度年次経済財政報告(経済財政政策担当大臣報告)-リスクに立ち向かう日本経済-平成20年7月 内閣府も指摘するように、日本の企業はバブル崩壊以降リスクがとれなくなっている(4)

注4)http://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je08/08b02010.html as of 2014/09/14

 1980年代まで高度成長のもとで資金不足に悩んできた銀行も企業も、80年代の好況で豊富な内部資金に恵まれ、かつ成長率の低下に伴う資金需要の減少で資金過剰に悩まされた。銀行は貸出先の減少に悩まされたが、企業は資金調達に制約されずに設備投資等ができる自由度を獲得した。企業は、好調な株価を背景に時価発行による資金調達を積極的に行った。金融の国際化で海外からの社債調達ができるようになったことも大きな要因である。企業は高度成長のもとで常に資金調達難に悩まされ、銀行に頭を抑えつけられてきたが、むしろ銀行に対して優位をもてる企業が多数出てきた。多くの企業が銀行から解放されたのである。

 持ち慣れないカネを持てるようになった企業は、投資の採算を度外視して投資を行った。企業が、投資利益率(ROI)が資本コストを超えた投資を行えば株主価値を創造するが、資本コストに達しなければ株主価値を破壊する。株式市場がそのことに気付くと株式市場は暴落する。それが1990年以降の株価下落であり、バブルの崩壊である。

  1990年以降、多くの企業が不採算投資の処理に追われた。その結果、銀行は不良債権問題に悩まされ、銀行は機能しなくなり日本経済全体が麻痺した。その結果、1990年代以降は「失われた10年」とも「失われた20年」ともよばれている。この経験は日本企業に多くの負の遺産を強いたと思われるが、その最たるものは、「リスクをとれなくなった経営」の定着である。

不況の中で企業の利益つまり株主利益に対する社会の関心が高まったこともあり、経営者は事業の失敗による利益の減少というリスクを極度に恐れている。企業が営利を追求し株主価値を創造するためには、新規の投資をしなければならない。当然、投資には利益が伴うがリスクもともなう。合理的な判断によりリスクをとる勇気がなければ投資はできない。この臆病が日本企業を駄目にしてきたのではないだろうか。

 将来に目を向けるならば、アベノミクスの成長戦略は、新規の成長分野を示し企業に新規投資を促す政策である。経営者がリスクを取ることに臆病であっては、アベノミクスの成功はおぼつかない。

5.インセンティブシステムの欠如

 株式会社制度を採る国の多くでは、経営者報酬は固定報酬と業績連動報酬との組み合わせであり、かつ後者のウエートが大きいという報酬制度が採られている(*)。

(*) タワーズペリン編『「経営者報酬」の実務詳解』中央経済社 2008年3月

 組織における人間行動の心理学的分析の第一人者として知られているビクター・ヴルームの「仕事とモチベーションに関する期待理論」によれば、人間が仕事をするときのモチベーションの強さは、①努力をすれば望ましい結果が得られるという期待、②その結果に対して報奨が与えられるであろうという期待および③報奨は自分にとって望ましいであろうという期待という三つの主観的期待の積として説明することができる。ここでは報奨とその主観的な価値が重要である。

 多くの国-とくにアメリカの-のビジネス界では、「優秀な経営者は業績連動報酬制度のもとで結果的に高い報酬を得る」、逆に「高い報酬を得る経営者は優秀な経営者である」という経営者観、価値観が定着している。もちろん、経営者にとっても報酬は高い方が良い。さらにこのような価値観の下では、高い報酬を得れば経営者としてのプライドも満足される。さらに、社会的貢献として報酬の一部を寄付すれば、人間としてさらに高い社会的評価を受ける。

 そこで、株主と経営者の利害の不一致を解消するために、①株主利益に連動する企業業績指標にリンクした業績連動報酬や②株主の利益を直接に表す株価と連動する、ストック・オプションなどの株式報酬が活用される。①であれば、業績目標を達成するか否かで、②のストック・オプションであれば株価が権利行使価格を超えるか否かで、経営者報酬は大きく異なることになる。目標管理と業績連動報酬が巧みに組み合わされているわけである。

 業績連動報酬の経営者は、ビジネス・リスクを負担し報酬が変動する。ハイリスク=ハイリターンということで、業績連動報酬のもとでは、経営者の報酬は高額になる傾向がある。しかし、業績を伸ばし株価を上昇させていくためには、企業は新規投資をしなければならないのでリスクにチャレンジせざるを得ない。したがって、業績連動報酬は経営者がリスクを取ることを促進する効果があり、株主価値創造に適しているが、他方で、経営者が「過度のリスク」-リターンに見合った以上のリスク-を取る方に走る傾向も無視できない。リターンに見合った以上のリスクということは採算が合わない-投資利益率は資本コストを下回る-投資ということであるから、株主価値を破壊することになる。そこで、最近のアメリカでは、過剰にリスクを取ることを抑制するために、経営者に年間報酬の数倍の金額におよぶ自社株保有を義務づける傾向が顕著になってきている。

 わが国でも、最近は役員に業績連動報酬やストック・オプションを付与するケースは多い。上場企業の過半がストック・オプションを採用していると思われるが、固定報酬部分に対する割合はきわめて小さい。経営者の報酬は、事実上、固定報酬であると言っても過言ではない。報酬のリスクが小さいので報酬額も低い。このような環境のもとでは経営者はリスクを取って最大限成長を追求するインセンティブは働かない。これが日本の経営者-とくにサラリーマン経営者(ファミリー企業などのオーナー経営者ではないという意味)-の伝統である。

 1980年代半ばまでの、投資機会は豊富にあるのに資金調達が困難であった時代は、このような報酬制度は何の問題も引き起こさなかったが、資金に比して投資機会が少ない状況では、投資に対するインセンティブが働かないということは、致命的な問題ではないだろうか。

 このことはまた、経営者の評価が報酬等による客観的基準に基づかないため、経営者の選抜基準が「利益を上げる経営能力」になっていないという重大な問題を引き起こすとともに、後任の指名が現社長の頭の中というブラックボックスで行われ、米国のように取締役会に対する透明性が確保されないと重要な問題につながっている。

6.経営者のリーダーシップ・パターン

 2001年以来私は、ミシガン大学ロス・ビジネススクールMBAの1クラスであるGlobal MBA Programのファカルティ・アドバイザーを務めており、毎年30人前後の日本人受験生の入試面接を行っている。原則として企業派遣生が対象のプログラムであるので、企業の大小はあるが、受験生は企業の在籍者である。ロス・ビジネススクールの教育理念の一つは企業リーダーの育成であるので、私には面接で受験生とリーダー観について議論をすることが要請されている。

 リーダーシップ論の世界では、リーダーシップには二つの基本要素があることが知られている。一つは業績志向型(P型;Performance type)でありもう一つは組織維持型(M型;Maintenance type)である。当然、経営者のリーダーシップには、当然これら二つの要素が必要であるが、安定した経営環境のもとではM型がより重要であり、変化の激しい環境の下では、将来を見通して企業を導いて行く必要があるので、P型のリーダーシップがより重要である。現代のように厳しい環境のもとでは当然、P型のリーダーシップが強く要請される(5)

        注5) http://www.ritsbagakkai.jp/pdf/414_03.pdf

 私が「あなたの身近にリーダーシップのある人がいますか」と質問すると、ほとんどの受験生が「います」と答え、重ねてP型かM型かをたずねると9割以上が「M型」と答える。さらに「あなたはどちらのタイプのリーダーを目指しますか」と質問すると、ほとんど全員が「M型」と答える。

 M型は、極論すればみんなが仲良くチームプレーできるような環境作りのリーダーである。現代の変革の時代を乗り切るために、まず必要とされるのは、長期的観点からこれから何をすべきかを示せことができるP型のリーダーシップなのである。つまり、戦略志向的なリーダーシップである。ところが日本ではこのタイプのリーダーシップが不足しているのである(6)

注6)製造業では、経営者に関して「プロダクト派」「プロセス派」という言葉がよく聞かれる。後者が、既存の製品に関して工程管理等の合理化・化以前などで利益を出してきた会社に貢献してきた経営者を言うのに対して、後者は新製品を生み出して会社の利益に貢献してきた経営者を言う。わが国の経営者の基本的なタイプはプロセス派であることは容易に想像が付く。リーダーシップの型とは直接結び付かないが、経営マインドとしては、プロダクト派がP型、プロセス派がM型に通ずるのではないかと感じている。

7.戦略的経営の欠如

 今や技術革新とグローバル競争とで経営環境の変動および競争が厳しくなっている。このような環境のもとで、企業が長期的観点から株主価値創造を続けて行くためには、経営者には①世界経済、自国経済および自産業の将来を見通し、②企業ドメインを確定したのち、③経営理念を確立し、④それをビジョン化するとともに⑤ビジョンを実現する戦略を立案することが不可欠である。しかるに、わが国企業のウエブサイトを見ても、明確・具体的な経営理念の説明は少なく、またビジョンも抽象的であることも多い。同様に、戦略を具体的・詳細に開示している企業も少ない。

 社外取締役の経験者に聞くと、取締役会で経営戦略が取り上げられ議論されることはほとんどないということである。私の経験でもほとんど記憶にない。取締役会は、原則として法律で決まった案件を取り上げるだけだからである。戦略の決定や見直しは、株主の利益に大きな影響を与える業務の意思決定に入るはずであるから、会社法の精神に則るならば、当然取締役の議題にされるべきである。困ったことに、会社法には経営戦略というような言葉はないので、通常は取締役会の議案項目に入っていない。したがって、取締役会の議事として上がって来ることはないのである。

 企業を訪ね、経営企画部等の経営戦略を担当するはずの部局の管理者にヒアリングしても、経営戦略を議論することはないという答がほとんどである。「戦略を立案しているが取締役会では議論しない」ということではなく、会社の中で戦略に関する検討自体がなされていないのではないだろうか(7)

注7) http://bizacademy.nikkei.co.jp/management/career/article.aspx?id=MMACz9000027122012

 戦略があるにしても次のような問題がある。メーカーの経営者の多くが、自社の技術力には大きな自信を持っている。1980年代に「ジャパン・アズ・ナンバーワン!」と讃え上げられたことが心地よく頭に残っているようである。しかし、その後の20年で製造業もすっかり変質している。多くの分野でITとの融合が進み、製品は見た目には似ているが、製品の本質はすっかり変質しており、似て非なるものになっている。もちろん日本の経営者もその変化を理解しており、一生懸命に対応しようとしている。しかし、その出発点は過去に成功をおさめた技術をベースにした製品である。ところが、たとえば韓国や中国の経営者は、既存の分野における日本の高い技術に追いつくには、莫大な資金と長い時間がかかることを理解しているので、これまで日本の企業が手を付けていない技術にもとづく新しい製品に、あるいは日本企業が手を付けられない(アフリカなどの)マーケットにターゲットを絞っている。日本企業が既存の技術に執着し短い将来しか見通せないのに対して、新興国はより遠い将来のマーケットを見て、新しいドメインを開発しようとしているのである。事業展開の視野に決定的な差があるように思われる。それがまさに戦略の不在となって現れているのではないだろうか。

 ミシガン大学ロス・ビジネススクールで勉強している日本人学生によると、最近はどの授業でも日本企業が教材として取り上げられることはほとんどないということである。日本企業について言及されるとすれば、「日本企業には戦略がない」という趣旨のコメントとのことである。1990年代始めまではミシガン大学に行くと、何かについて「日本はどうなっているのか」と聞かれて辟易としたが、最近は声を掛けられることがない。「洟もひっかけない」とはこういうことであろう。

8.経営者の年齢と任期

 全上場企業3,550社の現職社長の在任期間は平均7.1年であるが、6年未満が60%、10年以上が25%である(8)。企業規模の小さいファミリー企業においては在任期間が概して長いことを考えると、大企業の平均在任期間は5年程度と推定して良いであろう。しかも、全般的には社長の在任期間は短くなる傾向にあるとのことである。アメリカのCEOも平均は7年強であるが、日本のように任期が半世紀近くに及ぶようなCEOは少ないと言われる(9)。加えて、日本の社長就任年齢の最頻値は59.8歳であるから、平均年齢はさらに高いことになる。他の同僚が定年を迎える頃、役員ということで定年が延長され社長に就任する。なお、アメリカのCEOの平均年齢は56.3歳である。

 経済同友会の報告書『経営者のあるべき姿とは-確固たる倫理観に立脚したプロフェッショナリズムとリーダーシップ-』2007はトップの進退のあり方について次のように述べている。

  • 株主をはじめとした全てのステークホルダーの厳しい目に常に晒されながら企業価値を高める経営を行っていくためには、経営者はその任期の間は常に“全力投球”することが求められる
  • そのため、全力投球が可能な年数と到達するゴール地点(成果イメージ)を自ら設定して、自らに緊張感・アカンタビリティを課すとともに、自らの引き際も明確に描きながら経営に臨むべきであろう。

 美辞麗句が並んでいるが、要するに、社長の職をいつまでも続けないで、後進のために潔く辞め、道を譲るべきだと言っているのではないだろうか。このような状況下では経営者はリスクを取ったり、長期的な視野の戦略的な投資をしたりすることなどできないであろう。

注8) http://toyokeizai.net/articles/-/12186    http://yayoiplus.sblo.jp/article/94035930.html

注9)  http://www.forbes.com/2010/04/26/executive-pay-ceo-leadership-compensation-best-boss-10-bosses_chart.html

 前節で見たとおり、わが国の役員報酬は固定報酬中心であり経営者のリスク・テーキングに対する動機づけはきわめて弱い。これが経営者の戦略的発想を妨げていると思われるが、この任期の短さも、積極的な経営に対する動機づけを弱めていると思われる。しかも、わが国は減点主義であるから失敗は許されない。致命的な失敗をすれば屈辱的な辞任に追い込まれるかも知れない。経営者は短い任期をつつがなく全うするために、果敢にリスクを取って株主価値創造にチャレンジする経営からわが身を遠ざけているものと思われる。

9.経営者の近視眼

 1980年代、電気製品を中心にコスト・パフォーマンスの優れた日本企業の製品がアメリカ市場を席巻し、アメリカ企業は四苦八苦の苦境に陥っていた。日本企業が積極的に設備投資をしたのに対し、ROIにこだわるアメリカ企業は設備投資ができないでいた。日本企業の償却資産の平均寿命は4年程度であるのにアメリカ企業のそれは倍であると言われたものである。

 アメリカでは1934年の証券法で四半期開示制度が導入された(10)。1980年代の日本は、ジャーナリズムも財界も学者も政治家もこぞって、アメリカは四半期開示があるために短期的利益に目を奪われ、企業が長期的な戦略的投資をできないのだと蔑んだ。私はその頃、東北大学に在籍していたが、経済学部のファイナンスの授業では「日本企業は確かに短期的な視野ではない。だからといって、合理的な長期的な判断に基づいて投資をしているわけではない。何も考えていないのだ」とコメントしていた。「内部留保の資本コストはゼロである」とか、「負債の資本コストは金利である」とかの日本企業の現実を考えれば、合理的な判断があったとは到底考えられないからである。右肩上がりの成長を続けていた日本経済においては、最近お中国企業がそうであったように、企業は何をやっても利益を上げられたのである。

        注10) https://www.sec.gov/about/forms/form10-q.pdf

 このことは2008年から日本でも四半期開示制度が始まったことにより証明された。2008年前後は、私は数社の社外取締役および社外監査役を務めていたが、この制度が始まって以降、経営陣の最優先関心はこの四半期開示に移ったように見える。もともと戦略的思考が乏しいところに、四半期開示制度が導入されたので、経営陣の関心は一気に短期的利益に移行したように見える。日本の経営者も、同じ状況に置かれればアメリカの経営者と同じことをするのだというのが、私の率直な感想である。

10.経営スキルの欠如

 バブル崩壊後も間もなくは、多くの企業が利益を上げたが、逆に国内市場の停滞あるいは縮小で資金の余剰に悩まされた。資金調達難であった過去を思えば贅沢な悩みであるが、何に投資をしようかという苦しみに悲鳴を上げた企業も少なくない。結局、このような企業の多くは、グローバリゼーションの波に乗り、企業買収などで海外展開に乗り出した。しかし、海外M&Aを展開した日本企業の多くは期待した成果を上げていないと言われる(16)。日本企業からの資金注入で息を吹き返し業績を向上させているものの、その成果は買収側の日本企業の業績に反映されないほどわずかなのである。

        注11) http://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/13e085.html

 買収した日本企業は、親会社のガバナンスあるいはマネジメントにより、シナジー効果を発揮し、親会社、被買収企業双方の業績を向上させるのが当初の目的だったはずである。しかし、それができていないのである。

 私の経験では、海外子会社の視察に行くと、子会社のトップは現代経営理論のコンセプトやモデルで事業を説明する。Five forcesやvalue chainという言葉を用いてかれらの事業展開を説明する。しかし、日本の親会社の中では用語はほとんど聞かれない。これらの理論やモデルがどこまで有効かは別として、現代経営学の標準である、このようなコンセプト、モデル、理論により共通の言語ができ、ビジネス・コミュニケーションが可能になる。アメリカ企業では、このようモデル等はMBAプロトコルと呼ばれ、社内で議論や決定をするときには、「今日はこれとこれのプロトコルで議論しよう」と決めてから、議論に入るそうである。逆に言えば、経営者たる者は、この種のプロトコルをマスターしておかなければならないとのことである。アメリカ企業でのキャリアが長く役員の経験もある友人(ウィンワークス代表取締役社長渡邊邦昭氏)の話では、最低で20ぐらいは要求されるとのことである。

 このことから私が実感することは、日本企業には「経営の知」として最低限の経営スキルの蓄積がないということである。社外役員として会社に入って先ず驚くことは、各企業が外部者には理解できない社内用語でコミュニケーションを行っていることである。これはよく聞く話であるが、これでは経営学や他の企業での成果-ベスト・プラクティス-を賢く利用することができないのではないだろうか。

11.国際化されていない経営陣

 上述のように、多くの企業が海外のM&Aを行い多国籍化したが、親会社の取締役会に外国人取締役がいる企業はきわめて少ない。これでは海外の企業情報や経済情報をタイムリーかつ適切に取り入れることが出来ず、取締役会の意思決定が偏るのではないだろうか。 同様に女性の取締役がいる会社も多くない。一般的にいうならば、diversityに対する配慮が欠けた経営と言わざるをえないであろう。

12.社外取締役の誤用

 最近の日本では「コーポレート・ガバナンス改革といえば社外取締役の導入」との観があり、社外取締役を導入する企業は急増している。

 ところで社外取締役の役割は、後述するように二つある。第一は「株主のガバナンス」を実効あるものにすることである。つまり、指名、報酬、監査の各委員会のメンバーになり、それぞれの監督機能を果たすことである。第二は、ガバナンスの観点からは副次的なもので、取締役会において社長を中心に進められる重要な意思決定が適切になされているかを監視することである。また、必要に応じてアドバイスをすることである。多くの場合それなりの経験や専門分野の人が社外取締役として招聘されているのであるから、その経験や専門を活用することは意味のあることである。しかし、ガバナンスという観点からはこれは社外取締役の副次的な利用法であるが、日本の企業では社外取締役の(ガバナンス)以外の意見をありがたがる傾向がある。外部者の専門的知識が必要であるならば、本来、コンサルタントなどを利用すべきである。それをたまたまある分野の人が社外取締役になっているからと言って、その人の意見などを尊重しすぎるのは誤りではないだろうか。

 わが国では、社外取締役によりガバナンスの機能は果たされていないと言っても過言ではない。社外取締役が制度化されている委員会設置会社においてもそのようである。そもそも招聘する側の経営者自身が、社外取締役にガバナンスの役割を期待していない。また、社外取締役の二つの役割を正しく理解している社外取締役は少なく、また仮に理解しているにしても、社長の意図をおもんばかり、ガバナンスの改革を進言することはほとんどないからである。結果として、社外取締役の制度はガバナンスの観点からみると正しくは運用されていないのである。これはコーポレート・ガバナンスや取締役会のガバナンスが社会的に理解されたり認知されたりしていないからだと推測する。

 

13.まとめ

 私が気付いてきた日本企業の特徴について私見を述べてきた。これらは相互に関係があり、総合としてリスクをとれない日本経営を実現している。

 もちろん、企業によってはエクセレント・マネジメントが見られるが、日本全体としては経営力は脆弱、貧弱であると言わざるをえない。最近のMBA留学希望者には理工系、技術系のプロフェッショナルが多い。私がミシガン大学のMBA入試面接で見た限りでは、かれらが留学を希望する理由を大胆に要約すると次のようになる。「私たち技術者が優れた技術や製品を開発しているのに、わが社の経営者は経営力がないので利益に結びつけてくれない。かくなる上は、私たち技術者が経営の科学を勉強して会社を経営するしかない。」 (以上)