JCGR 日本コーポレートガバナンス研究所

コラム

01_役員報酬制度改革、なぜ業績連動報酬が必要か

アベノミクスのコーポレートガバナンス改革の潮流の中で誕生した東証のコーポレートガバナンス・コードが、指名・報酬などの任意の委員会の設置を求めたり(4-10①)、あるいは取締役会が役員報酬の決定に当たっての基本方針と手続きを取り上げたり(3-1)、業績連動報酬・現金報酬・自社株報酬の割合に関心を持つことを勧めたりで(4-2①)、企業の役員報酬に対する関心が急速に高まっている。これまでアメリカの役員報酬とくにCEOの高額な報酬には関心を持っていたが、日本企業の多くは他人ごと受け取ってきた。その一方で、メジャーリーグに移籍した日本人選手の高額な報酬やプロゴルファーが稼ぐ高額な賞金は抵抗なく受け容れてきた。優秀なアスリートが多額の報酬を得るのは当然だと考えるなら、良い製品で企業を成功に導き、顧客や従業員や株主に多大な恩恵をもたらす優秀な経営者が高額な報酬を得ることが、なぜ悪いことなのであろうか。

ファミリー企業、オーナー企業の経営者も多額の所得を享受している。彼らが社会的な常識や倫理に合致している経営を行っている限り、誰も文句は言わない。むしろ、好業績を上げているそれらの企業では、同業他社よりも高い給料やボーナスを得て、従業員も恩恵に与っている。しかし、いわゆるサラリーマン経営者が多額の報酬を得ると、途端に白い目で見られる。多くの人は、オーナー経営者は自分たちと異なる人種であるが、サラリーマン経営者は自分たちの同類だと考え、嫉妬を感じるのであろうか。

このようなわが国独特の株式会社観が支配するもとで、コーポレートガバナンス改革の一環として、法定にせよ任意にせよ報酬委員会を機能させるためには、あるいは役員報酬制度を設計するためにはどのような工夫が必要であろうか。

機会平等と結果平等

わが国では、機会平等ではなく結果平等の考え方が支配的である。職業を例にとって考えて見よう。前者の考え方は、すべての人に等しく機会が与えられており、会社であれば、自分の能力や考え方にあった仕事を選ぶことができるという仕組みである。仕事によって報酬が違う場合には、ある仕事に就いた人はその仕事独自の報酬で我慢しなければならない。高い報酬を臨む人は、高い報酬が得られる仕事に就けるよう自分の能力を高めるか、あるいは価値観が異なる仕事でも諦めてそれに従事するかしなければならない。
結果平等の典型は、同じ会社のばあい、入社年次が同じであれば、同じ報酬をもらうという年功序列方式である。ある意味では公平に見えるが、個人個人の能力や好みなどが無視されており、実際には不公平であるとも言える。

結果平等は、いわば社会主義の考え方で、「持てる者」が作られず「持たざる者」から構成される社会である。怠け者には心地よい社会であるが、有能な人にとっては苦痛の社会である。その意味では、機会平等の社会は、「能力を持つ者」には快適な社会であるが、「能力を持たざる者」にとっては過酷な社会である。しかし、機会平等の下では一人ひとりが持つ能力が適正に利用されることになるので、効率的な社会が実現する。しかし、他方で人々の間に所得の不公平が生ずる。時代に合った能力に恵まれ高い所得に得られるか否かは、自分にはコントロールできない生まれつきの能力や性格に依存する部分が大きいからである。もちろん、持って生まれた能力を生かす本人の努力にもよるであろうが、運不運の要素も大きい。したがって、国の社会保障制度などが不可欠になる。また、高額の報酬を得られる者は、多額の税金を納め貧しい人を助けることを可能にする税金の制度を設けることと同時に、寄附などを通じて社会的弱者を補助したり救済したりすることが社会的義務であるという意識を国民の間に育むことが重要である。

年功序列報酬vs業績連動報酬

上述のようにわが国の年功序列の制度は結果平等に基づいている。それに対して、コーポレートガバナンスのベストプラクティスとして採用されている業績連動報酬などによるインセンティブ報酬制度は機会平等の精神に基礎を置いている。コーポレートガバナンス・コードが報酬委員会を謳い業績連動報酬や株式報酬を唱えるのは、まさに結果平等の社会に機会平等を持ち込むことを意味する。その意味では、伝統的な日本的な考え方に馴染んでいる、役員報酬制度の担当者はどのように対応してよいのか戸惑うのではないだろうか。

戸惑いから抜け出すために担当者がまず理解しなければならないのは、従来の制度における弊害である。確かにこれまでも役員に対するボーナスなどがあり業績連動報酬も行われてきた。あるいは近年ではストックオプションが導入され株式報酬も広まってきた。しかし、固定給に対する業績連動報酬の変動部分の割合が小さく、業績連動報酬分のリスクは固定報酬を脅かすほどではないケースがほとんどである。このような役員報酬制度の下では、従業員が会社で一生懸命働くインセンティブは会社から受ける処遇つまり出世であり、まずは取締役になること、そして次に社長に昇進することである。このような仕組みの中では、社長であることのプライドは何にも代えがたいインセンティブであろう。交際費やゴルフの会員権などのインセンティブもあろうが、最大のメリットは社長の座そのものである。社長にとってもっと恐ろしいことはその座を失うことである。

リスクの下での行動原理に、期待損失最小化原理というものがある。これは、利益を得るチャンスと損失を被るリスクとがある代替案があるとき、利益を無視して損失だけを想定し、損失が最小である代替案を選択する行動原理である。

利益を追求して新しい事業などにチャレンジしなければならないばあい、チャレンジにはリスクをともなう。チャレンジに失敗したばあい、社長の座を降りなければならないとしたら、期待損失最小化原理の下では、社長の座を降りるリスクがない「何もしないこと」を選択することになる。また、会社の中で過去の不祥事が見つかったとする。それが明るみに出たら自分が責任をとらざるを得なくなり、社長の座を降りなければならなくなるとしたら、リスクをゼロにできると考えて不祥事を隠蔽しようとするであろう。また、業績が予想以上に悪化していたばあい、社長の座を守るために粉飾決算に走るかも知れない。しかし、粉飾が明るみに出れば、かえって会社を危機に追い込んでしまい、社長の座を失うばかりでなく、会社の存続さえ危うくするかも知れない。それにも関わらず、実際ここで上げたような例は頻繁に発生してきた。日本の経営者の不祥事は、金銭が絡まないので、経営者の私欲によるものではなく、会社を思ってのことだと弁護する意見もあるが、このように考えれば自己保身というエゴに他ならない。経営者の不祥事などは役員報酬制度の欠陥によるところが大きいのではないだろうか。

報酬委員会の設立の提案

現代の企業の多くは、企業の大小にかかわらず、技術進歩とグローバル化により厳しい競争環境に晒されている。そのような企業においては、優秀な経営者が、企業を牽引する強い意欲を持ちリーダーシップを発揮しなければ競争に勝ち抜き生き残って行くことができない。経営者にそのような意欲を持たせるにはどうしたらよいのであろうか。

マズローのいう低次元の欲望が満たされている現代人の少なからぬ人々は、高い自己実現欲を持っている。自分の能力を最大限発揮し自分のプライドを充たそうとする。企業人であれば、企業人として活躍し会社の事業に貢献できれば誇りを持てるであろう。企業人の中でも経営者と言われる人であれば、良い企業戦略を策定し他社との競争に勝ち良い業績を上げることであろう。その時に、経営トップに上り詰めることという非金銭的な報酬だけで経営者が評価される場合には、上に述べたような弊害を招きやすい。

会社法は、会社の目的は営利であると前提としている。営利とは、事業を行って利益を上げそれを出資者に分配することである。現代の企業はゴーイングコンサーンを前提としているから、利益と行っても短期的なものではなく長期にわたる利益である。株式市場では企業があげる長期的な利益を予想して株価が形成される。企業が新しい事業機会を開拓し継続的に利益を拡大していけば株価が上昇する。それはまさに株主の財産価値を殖やすということである。これが株主価値創造である。株主総会で選ばれた取締役が構成する取締役会で選任される社長以下の経営陣の役割はまさに株主価値の創造である。経営者の評価は株主価値創造によってなされるべきである。それが役員の株式報酬制度の意義である。

経営陣に加わることが、できればトップの社長になることが、企業人の最高の報償だとされる社会では役員の株式報酬制度は意味を持たない。「株主価値創造に貢献した経営者は株主価値創造に比例して報酬をもらう。だから高額の報酬をもらっている経営者が優秀な経営者である」という経営者評価が確立している社会でなければ、役員の株式報酬制度は意味を持たない。アメリカでは、賞金を稼ぐプロゴルファーが優秀なゴルファーと評価され、高額な契約金でチームに入る選手が優秀なアスリートだと評価されるのと同じように、高額の報酬を稼ぐ経営者は優秀な経営者と評価される社会的な土壌がある。しかし日本では、スポーツ選手や芸能人は報酬の多寡で評価されるが、冒頭で述べたように経営者とくにサラリーマン経営者についてはそうではない。

そのような社会的風潮の背後には、「企業の目的は利益を上げることだ」ということが日本人の共通の観念になっていないことにあるのではないだろうか。企業は利益を上げることにより、従業員に他社より多くのボーナスを払うことができ従業員の忠誠心を得ることができる。また研究開発などを積極的に行うことが可能になり、優秀な新製品で社会に貢献し、かつその貢献大きな利益を上げることができるという好循環を享受することになる。日本の企業が、グローバル競争の中でランクを下げ続けているのは、つねに最善を尽くして利益を追求するという精神が、日本の経営者に乏しいからである。これを変えなければならない。アベノミクスのガバナンス改革の意義はそこにある。

業績連動報酬に慣れていないということで消極的になっていては、世の中は一向に変わらない。逆に多くの企業が、株式報酬により経営者に株主価値創造に邁進してもらうようになれば、瞬く間に企業社会は変わるであろう。

では、企業はどのようにして変わったら良いのであろうか。業績連動報酬などのインセンティブ報酬制度を素直に受け容れられる会社のばあいには簡単である。まず①役員報酬の基本方針を決め、その後に②基本方針に則した業績連動報酬決定方式を定めれば良い。

しかし、業績連動報酬などのインセンティブ報酬に直ぐには馴染めない会社のばあいには次のようにしたらいかがであろうか。
①法定、任意にかかわらず報酬委員会を組織する

②報酬委員会は、社長や前社長にヒアリングをし、現在行われている個別の役員報酬決定方式を明確にする

③それを報酬委員会として共有し、その方法の意義や問題点を解明する

④十分な分析が行われたら取締役会に現行役員報酬制度に対する評価を報告し、役員報酬制度を取締役会として共有する

⑤このようなことを数年続けていけば、取締役会の役員報酬に関する理解や取り組みも変化していくのではないだろうか。世界のコーポレートガバナンス改革の潮流とはかけ離れているが、まず一歩を踏み出すための方策として提案したい。

若杉敬明

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